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1話

 午後5時のチャイムが鳴って、私は読んでいた本から目を離した。

 平日の市立図書館の閉館時は当然ながら閑散としていて、早く閉館したいのか、職員が人目も憚らず掃除機をかけ始める。

 まだ私がここにいるのに失礼極まりない。

 こっちまで舞い上がってくる埃に顔をしかめながら、私はわざとらしくパタンと音を立てて本を閉じた。

 

 読書の邪魔をされて気分は悪かったものの、実を言えば、どうしても本が読みたかった訳でもなかった。

 今日読んだ本は、冒頭から犯人が分かちゃうような薄っぺらいサスペンスが2冊、都市伝説みたいなベタなホラー小説が2冊。

 取るに足らない三文小説だけど、私が消化しなければならない膨大な時間を少しは減らしてくれたことにはなる。

 20歳の私の人生は、この先まだまだ長いらしい。

 どうやったら早く終了できるのか、色々考えてはみたけれど、自殺以外のいいアイデアは浮かんでこなかった。

 でも、自殺は嫌だ。 

 痛かったり、苦しかったり、何よりも今以上に汚い状態になって死ぬのは絶対嫌だ。

 だから私は、この図書館に来ることを思いついたのだ。

 例えば、この一冊の本を読むのに2時間掛けるとすれば、5冊読んでる間に10時間は消費できる。

 私の残りの人生が10時間削除された事になる訳だ。

 ちなみに、この図書館に来るようになってから今日までに2週間。

 今までに読んだ本は約50冊。

 私の人生の中の100時間が既に消化された筈なのに、まだまだ人生は終わりそうもない。

 5冊の本を机の上に置いたまま、私は人気のない図書館の出口に向かった。


 9月も終わりだというのに、夕方5時の西日は強かった。

 図書館から出た途端、視界に飛び込んできたオレンジ色の夕日に目眩を感じる。

 色づき始めた銀杏の並木の陰に入ると、等間隔に並ぶ銀杏の間に設置されたベンチに腰掛けて、こっちを見ている男と目が合った。

 

「……とおるだ」


 私の眉間に皺が寄る。

 季節はまだ秋だというのに、流行遅れの黒い革ジャンとブラックジーンズという黒尽くめの姿。

 そして、何故かギターのソフトケースをたすき掛けに背負っている。

 この男は、この時間はいつもここにいるらしい。

 この2週間の間に既に何度も遭遇している。

 日焼けとは無縁そうな白い顔とくせのない黒髪を見ると、若そうに見える。

 でも、本当の年齢は聞いたことがないし、特別、興味もない。

 こんな時間にいつもベンチに座ってるんだから、仕事をしている人だとも思えない。

 ギター担いでいるくらいだから、もしかしたらミュージシャンなのかも。

 でも、私が彼について知っているのは、以前、本人が名乗ったトオルという名前だけだった。

 

「お疲れ。今日も図書館にいたの?」


 しらじらしいくらいに無視して歩いて行く私を見て、からかうような軽いノリで声を掛けてきた。

 私に対して透はいつも失礼だ。

 こんな軽い男は、そういうのが好きな軽い女の子を追っかければいいのに。

 返事をするのも面倒だったが、黙っていると更に調子に乗ってくるので、少しだけ相手をしてやる事にした。


「そうよ。でも、あなたには関係ないでしょ。放っといてよ」


 透は肩を竦めて苦笑すると「まあ、そう言うなよ」と言ってユラリと立ち上がった。

 いつもはベンチに座っているだけなのに、今日はどうしたことか、歩みを進める私の横まで追いかけて来る

 私はギョッとして、追いかけてくる彼を見つめた。

 今まで何度も会っているけど、透が立ち上がったところを見るのは初めてだ。

 私に追いついた透は、そのまま並んで歩き始めた。

 知らない人が見たら、まるで私達が付き合ってる恋人同志みたいな距離感……。

 私は眉間に皺を寄せたまま、横目で透を睨んだ。


「……あの、どういうつもり?」

「何が?」

「どうして私について来るの?」

「ついて来るなんて、そんなつもりはないよ。ただ、あんたと帰る方向が同じなだけ」

「嘘。透の家、どこなのよ?」

「あんたの家と同じ方向」

「……嘘つき。そんな訳ないじゃない」

「本当だって。今日は一緒に帰ろうと思って、あんたが出てくるの待ってたんだから」


 棘のある私の物言いも全く意に介さず、透はにっこり笑った。

 ベンチで座っているところしか見たことがなかったから今まで気が付かなかったけど、こうやって並んで歩くと、透は案外長身だった。

 だけど、全体的に痩せ過ぎで、ひょろっとした感じが頼りない。

 年は30才くらいだろうか?

 若くも見えるけど、中年だと言われたらそんな気もする。

 でも、笑った時にできた下がり気味の目尻の皺が優しそうで、それを見た時、私の緊張が少し解れた。


「いつも図書館に来るんだね。本好きなの?」


 私の目線に合わせるように、透は少し背中を屈めて話し掛けてきた。

 ナンパでもしてるつもりなんだろうか?

 透がいくら変わり者でも、私みたいな地味な女に興味がある男性がこの世にいるとは思えない。

 絡んでくる彼の真意がいまいち掴めないまま、私はボソボソと返事をした。


「……別に。本なんて好きじゃない。ただ、時間を潰したいだけ」

「へえ、変わってるなあ。時間を潰したいほど暇してんの?」

「暇してる訳じゃないわ。早く人生を終わらせたいから、時間を消化する為に本を読んでるの」

「ああ、なるほどね。それ、分かるよ」


 想定外の返事に、私は思わず顔を上げた。

 私の周りのほとんどの人が、「そんなこと言うもんじゃないよ」なんて、善人面して、ありきたりの綺麗事を押し付けてくるのに。

 透が、嘘でも「分かるよ」と言ってくれた事に、私は少し救われた気分になった。


「……そんな事言ってくれた人、初めて」

「まあ、普通の人なら言わないだろうね」

「理由は聞かないの?」

「聞かないよ。だって、オレは聞かなくても分かるから」

 

 透の言葉に、私はギョッとして、再び顔を上げた。

 

「聞かなくても分かる?」


 透は涼しげな顔で私を見下ろし、言った。


「あんたの事は全てお見通しなんだ。だって、オレは未来から来た男なんだから」



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