病弱お嬢様とお父様
婚約破棄第二弾です。
前作とは違った雰囲気でざまあはありませんが楽しんでいただけたらと思います。
それを伝えられたのは、窓に霜が降りるほどに冷えているであろう日の朝のこと。
珍しく、朝食を済ませた後にコーヒーを飲んでいたお父様はちらちらと私の方を見ていました。けれども、話しかけてこないのは私がまだ朝食を食べているからでしょう。
どことなくピリピリとした雰囲気のお父様を見て、私は気づかれてしまわない程度に食事のペースを上げました。仕事の忙しいお父様の時間を割くわけにはいかない。たとえ一分の時間であろうともお父様の時間は貴重です。
最後の一口を口に含み、咀嚼する。しっかりと飲み込んで私は近くに控える侍女へ言いました。
「ありがとう。今日もとてもおいしかったと、そう伝えてください」
「かしこまりました。失礼いたします」
目の前の食器が下げられ、代わりに温かいハーブティーが置かれる。一口飲めばじんわりと程よい暖かさが私の中へ広がった。
一口でカップを戻し、お父様、と声をかける。私の言葉にしっかりを反応したお父様は私の目を見て、そうしてゆっくりと息を吐き出しました。
「……お父様?」
いつになく口の重いお父様は、なんといっていいのかと考えあぐねているように見え、私はすうっと背筋が冷えます。
何か、よくないことがあったのでしょうか。
私に対する話なのであればお仕事関連ではないでしょう。ならば……私が思いつくのは一つしかありません。
「先生が、何かおっしゃいましたか?」
「! いや、違う。安心しなさい」
「それならば……」
「うむ……昨日、ルーベンス殿下より婚約破棄の書状が届いた」
「え……?」
婚約、破棄?
あまりにも突然のお話に私は呆然としました。いったいどうして、殿下はそのようなことをしたのでしょう。私が粗相をしてしまったのでしょうか?
殿下と最後にお会いしたのはふた月ほど前になります。いつもより少々落ち着きがないように感じましたがそのほかは変わらぬ姿だったので気にしていませんでした。ですが、その時から何かしらの不満を抱えていたのしょうか?
動揺から、ヒュッと息が詰まります。けれど、ここでお話を聞けなければ次は明日の朝食となってしまうでしょう。意識をしっかりと保つように深呼吸を繰り返し私はお父様に問いました。
「いったい、なぜ、なのでしょう?」
「”エリザベスに罪はない。ただ誰よりも愛しく、守らねばならない方ができた”とそう書いてあった。全ては私の否でありどんな叱責を受けるとも」
「……ああ」
そうなのね。殿下には、そのような人ができたのね。王家の人間として幼いころに強制された婚約者ではなく、本当に、心から愛おしいと想える方が。
きっと殿下の言うその方は聡明で愛らしく、殿下の隣に相応しい方なのでしょう。それならば、それならば私は潔く身を引くべきだ。
だって、どうしたって私は殿下の隣に立ち続けられないのだから。
「わかり、ました。ごめんなさい気分が優れないので、部屋に戻ります」
「エリザベス、もう少し話を聞きなさい。私は、この手紙が届かなくとも陛下に婚約を取りやめるよう進言するつもりだった。エリザベス、君の体はこのままではいけないことはわかっているね?」
「……ええ、わかっています」
「私は、エリザベスに王妃という責務がこなせるとは思わない」
お父様の言葉に、涙がこぼれそうだった。
私の体は強くない。今は亡きお母様もとても体の弱い方だったらしく、私を産んですぐにその灯火を消したという。その血を余すところなく受け継いだのか私は少しの無理も許されない体だった。
屋敷には母の代よりずっと同じ先生がいらっしゃる。老骨ですが、腕は確かですよと笑う先生は私の産まれたころからの主治医であり、きっと私の体を私よりも把握しているのだろう。
そしてその先生が、最近厳しい顔をしながらお父様と話し込んでいることも私は知っていた。
私の体は私が思っている以上に悪いのかもしれない。そう思いながらも私は何も言わなかった。それは何より、お父様に失望され、嫌われるのが怖かったからだ。
お母様の命と引き換えに生を受けた私。お父様は、そんな私を本当に愛しているのでしょうか? 私は、自信をもってはい、と答えることがどうしてもできません。
愛されているどころか、憎まれているかもしれない。そんな考えが頭の中をよぎることもあります。
だからこそ私は、お父様に何かしらの決定的な利益をもたらしたかった。それが次期王妃の父親、未来の王の祖父というものでした。
けれど、婚約破棄をされた今、私は何の価値もないただの娘です。お父様は私をどうするでしょう。
「メーオと呼ばれる村を知っているかい?」
「はい……隣国のはずれにある小さな村です。とても自然が豊かで、作物を育てることを生業にしていると」
「そう。エリザベスの、母の故郷だ。小さな村だが、みなとてもいい人だ。自然が多いゆえに空気もよく食材も新鮮だ。エリザベス、その村へ行きなさい」
「お母様の故郷に?」
「村へ行けばきっとすぐに元気になる。エリザベス、私に元気な姿を見せてくれないかい?」
そう言ってお父様は柔らかく微笑みました。想像もしていなかった言葉と笑顔に、私はしばし呆然とします。こんなにも穏やかに微笑むお父様は生まれて初めてかもしれません。
けれど、その笑顔を見た瞬間にどうしようもなく理解しました。お父様は私を愛してくれているということに。どこまでも慈愛に満ちたその眼差しを、どうして私は今まで信じることができなかったのでしょう。
堪えきれなかった涙がとうとう零れ落ちました。
「けれど、けれど私は、お父様にご迷惑ばかり! 殿下との婚約も破棄され、私はどうやってお父様に恩返しすればいいのかわかりませんっ!」
「エリザベス、殿下との婚約破棄など気にすることもない。私は権力のために大切な娘の命を差し出そうとは毛ほどにも思わないからね。それに子が親に恩返しなどと考えなくてもいいんだよ。どうしてもというのなら、やはり笑顔を見せておくれ」
「お父様……」
「さあ、部屋に戻りなさい。村へ行く手筈は整えておくよ」
そうして私は侍女へと連れられ部屋へと戻りました。
ベッドへと横になり、私付きの侍女であるアリスが持ってきてくれた読みかけの本を受け取る。けれど本を開いても内容は頭に入ってこないことはわかりきっていたので本は閉じたまま私はアリスへと問いかけました。
「ねえアリス。私、夢を見ているのかしら」
「それはなぜでしょう?」
「だって、まるで夢のような出来事なんだもの。お父様があんな風に微笑むなんて知らなかったわ」
「まあ。お言葉ですがエリザベス様。旦那様がエリザベス様を見る時はいつもあのように穏やかでいらっしゃいましたよ」
「……そうなの?」
「はい。さあエリザベス様、いつこの屋敷を出発するのかわからないのですから、少しでも安静になさってください」
「ふふ、大丈夫よ。なんだかね、とても気分がいいの。不思議ね」
婚約破棄をされたというのは、多分、一般的にはとても悲しくつらい出来事なのでしょう。
けれど、私はこの体であるからか、殿下との思い出はふた月に一度の細やかな逢瀬だけであった。もちろん殿下とお話をすることはとても楽しく、きっと私は殿下に少なからず好意を持っていたと思います。
それでも婚約を破棄されたと聞いて。殿下が私ではないほかの方を生涯の伴侶としたいと願ったと聞いて。私は悲しいと思うよりも良かったと思ったのです。だって私はいつまで生きられるのか、わからなかったから。
次代の王妃として、今の私にできることは必死にやってきました。ですが、体の制限というのは思っている以上に大きな重しだったと、婚約破棄された今思います。
願わくば、殿下のとそのお相手に、幸多からんことを。
ありがとうございました。
続きではお父様がはっちゃける予定でございます。お待ちくださいませ。




