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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーVOL.1 ~アオイ編~
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第四話「星の切り札」


   第四話「星の切り札」



 八坂イチルちゃん・園田サツキちゃんへ


 本当はお二人にそれぞれ別のお手紙を書くつもりでしたが、内容がほとんど似たり寄ったりなので、一つにまとめさせて頂きました。ご了承ください。

 まずイチルちゃんへ。私の恋を応援してくれて、ありがとうございます。嬉しい反面気恥ずかしかったですが、イチルちゃんがいてくれなかったら、私はずっと思い悩んだままでした。

 サツキちゃんへ。本当の事を言うとプライドが高いお嬢様っぽくて近寄りがたかったですけど、正義感がとても強くて、私なんかよりずっと大人びていて、憧れてしまいました。私がいじめられている事を知って激怒して、大友さんに剣を向けた事をナユタ君からこっそりメールで教えられた時、自分の為に怒ってくれたんだと思って嬉しくて、少し泣いてしまいました。

 そんなお二人が私にとって最初で最後の女友達で、誇らしく思います。

 さて、少し話が変わりますが、イチルちゃんもサツキちゃんも、ナユタ君の事が好きなんでしたっけ? サツキちゃんなんて特にベタぼれしているようで(笑)

 助けてもらってる身でこんな事を言うのはどうかと思いますが、お二人共テンションが高くて、ナユタ君もちょっと疲れてるんじゃないかな? って感じるところがあります。いくら変わっているとはいえ、ナユタ君も普通の男の子なんですから、いつまでも無敵なタフガイと思ってちゃ駄目だと、ちょっと苦言を呈します。

 少し生意気過ぎましたか? でも、本心です。

 はてさて……先に彼のハートを射止めるのがどちらか、私はタケシ君のデッキケースの中から見守っているとしましょうか。無責任っぽいようですが、お二人共、頑張ってくださいね。

 長文失礼。

 生まれ変わっても、友達でいましょうね。


 エレナの指示で先に寮まで帰る事になったイチルとサツキは、ハンスが回した車の後部座席で、アオイが自分達二人に宛てた遺書に繰り返し目を通していた。

 やがて目が疲れたのか、サツキが両目を指で揉み始めた。

「いつ読んでも悲しいだけですわ」

「……だね」

 意気消沈した二人は、これまでほとんど無言だった。

「悲しいのは分かるが、少し寝てたらどうだ? 寮についたら起こしてやる」

 運転席のハンスが気を使ったのか、そんな事をすすめて来た。だがいま走っている国道と寮まではほとんど目と鼻の先みたいなものだったので、寝ようとした瞬間に起こされるだけだろう。余計に目覚めが悪くなりそうだ。

 イチルは小さく答えた。

「いいです。もう近いですし」

「……そうか」

 ハンスも別ルートから、昇華室で起きた事の顛末は聞かされていたらしい。彼とて少なくとも明るい話題を振れる心境ではないようだ。

 たしか彼は妻帯者だと聞いている。丁度良かったので、イチルは彼に淡々と訊いてみた。

「ハンスさん。もしハンスさんが奥さんとお子さんを<アステルジョーカー>にされたら……ハンスさんはどうします?」

「その時はその時だ」

 彼の答え方は冷淡だった。

「ただ、それ以前にそんな事、絶対考えてたまるか」

「……ですよね」

「答えとしては、これで満足か?」

「充分です」

 満足と言うと不謹慎な気がしたので、言葉を変えて答えてみた。

 だが、意味合いとしては同じなので、きっと彼からしても良い気分ではないだろう。

「……ごめんなさい」

「いいさ。俺だってそんな質問で傷つく程、繊細な年頃でもないからな」

 彼はそれだけ言って、また運転に集中し始めた。

 もう、これで話は終わりだと言わんばかりに。


   ●


 <獣化>患者隔離空間。

 昇華室を更に行くとあるその部屋は、学校の体育館と同じくらいの広さを誇っている。この部屋はもともと多目的に使用されるので、今回のようなケースで患者を隔離するにはうってつけだったりする。

 本来だったら明日移送される筈だったのだが、急を要する場合は重篤患者のみを優先して、今日この空間に運ばれている。つまり、いまナユタ達の眼前に広がる患者達は全員、早く手を打たないとすぐに<完全獣化>してしまう者達ばかりなのだ。

「ひでぇな」

「まるで野戦病院だ」

 患者達は皆一様に、敷かれた布団の上に横たわっていた。各々が取りつかれた<星獣>と半分以上は同化しており、中には見た目が完全に狼と化している者までいた。

「作戦の確認だ」

 後ろで藤宮がナユタ達に告げる。彼の一歩先に出ていたナユタ、タケシ、エレナの三人は、振り向かないままに指示を待つ。

「六会が<星獣>を切り離せたとしても、後からその<星獣>共を取り逃したら大惨事だ。だから六会は勿論だが、九条と三山も最初から<メインアームズカード>を発動してもらう。九条は勿論<アステルジョーカー>だ」

「オーライ」

 ナユタが応じると、三人は得物となるカードを準備する。

 タケシはアオイの<アステルジョーカー>と自分の<メインアームズカード>を手に、祈るように目を閉じた。

「アオイ……」

 すっと目を開き、再び<星獣>に侵された人々を視界の内に捉えた。

「いくぜ!」


「「<アステルジョーカー>、アンロック!」」

「<メインアームズカード>、アンロック!」


 三人の姿が、一斉に変化した。

 ナユタはいつもの青い装飾、エレナは制服も兼ねた赤黒いコート。

 タケシの場合は服装に変化は無い。あるとすれば、いつも使っているC級アームズの方だ。

 この<アステルジョーカー>はナユタの<イングラムトリガー>とは違い、自分の<メインアームズカード>と融合させる形で使う代物だった。いつもの黒くて質素なグローブは、この力によって大きく姿を変えた。

 右手は装飾抜きの真っ赤なグローブ。

 左手は銀の装飾が至るところに施された、重厚な青のグローブ。

「<アステルジョーカー№5 サークル・オブ・カオス>」

 直訳すると『混沌の輪』。先程このカードの能力を検証し、タケシが命名した。

 タケシは左手を目の前にかざす。

「<円陣サークル>・<捉陣マーカー>」

 まず、この空間に存在する全ての患者達の下に一個ずつ、淡く光るアステライトの輪を敷いていく。このカードが本当の能力を発動させる為に必要な最初の動作である。

 まず、出現した<円陣>を<捉陣>で操作し、能力を使用する対象をロックオンし――

「<分析陣サーチ>」

 捕捉した対象全てにスキャンを掛ける術を使用。患者全てのステータスが頭の中に流れ込み、その状態の全てに目を通す。寄生している<星獣>と、寄生されている人間が、どの程度の比率で体内において干渉し合っているか――個人差はあるが、その全ての数値を合計し、人数分で割って平均値を算出し、次の段階に移行する。

「<断陣ディバイド>」

 患者の下に敷かれていた光の輪が赤く、そして一層強く輝き出す。

 すると、患者の体から徐々に<星獣>としての部分が薄れていき、いずれも元の人間らしい体格を取り戻していく。

 一方で、患者の体から離れていく<星獣>が、空間上に風船のように浮上し始めた。

「<円陣>・<吸陣バキューム>」

 天井に大きな光の輪を作ると、<星獣>達が徐々にその輪に向かって寄り集まっていく。元々は人間の体内に寄生していただけあって、形は歪だし、実際はかなり弱いらしいから、抵抗する事なく分離したり吸引されたりしているのだ。

 やがて全ての<星獣>が一箇所に集まって塊になると、ようやくいままで使っていなかった、赤い右手の出番がやって来る。

「<円陣>・<殺陣エリミネート>」

 左手を引っ込め、右手を天井に向け、赤い光の輪を掌から射出。輪はいまも尚<星獣>を引き付けている<吸陣>と重なると、さらに強い輝きを放つ。

 直後、爆発。

 激しい爆煙が高い天井を覆いつくす。ナユタは煙が患者達に降りかからないように、

「モノ・トランス=<シールド>」

 患者達を覆うように、ドーム状の薄い青の膜を生成してくれた。戦闘云々はともかくとして、やはりナユタの<アステルジョーカー>も多彩な能力を持っているのがミソなのだ。

 それはさておき、タケシはいま一度、この広大な空間の中で横たわっていた患者達を見渡す。

 やはり全員、獣らしい体格を残していない。

 <星獣>と人間の切り離しに、成功したのだ。

「やった……のか?」

「ああ、やったんだ!」

 エレナも感極まったのか、いままで締めていた表情を一気に緩めて叫んだ。

「凄いぞ! 本当にやったんだ!」

「アオイ……やったぞ!」

 タケシも何回かガッツポーズし、雄たけびを上げる。

「お前の願い、叶ったぞ! これがお前の――」

「――いや」

 本来なら喜んで良い筈の場面で、ナユタが険しい声音を上げる。

 その瞬間だけ、時間がゆっくり流れていくような錯覚を覚えた。

「っ! まだだっ!!」

 叫んだナユタは、いまだ張られていたシールドの頂点を見ていた。

 タケシもたったいま、シールドの上で四つんばいになり、こちらを睥睨している者の姿を確認する。

「……! 何だ、アイツは!?」

 銀色の甲冑を纏った人型――と表現すべきか。装甲の形や姿勢がどこか獣じみている。変な表現だか、人間が獣っぽい甲冑を纏って、獣っぽい姿勢を取っている、とでも言うべきか。

 全体のシルエットは小柄だが、異様な威圧感を感じる。

 ただ背丈や特有の曲線、胸部の膨らみから、自分達と同じ年代の少女である事が伺えた。

「女の子……?」

「ヘルムで顔が見えんから何とも言えんが、きっと美少女なんだろうなぁ……」

「呑気な事言ってる場合か。来るぞ」

 ナユタがエレナに警告された直後、狼の少女(?)は直立し、一瞬で天井付近まで飛び上がる。

 というか、もはやただのロケット頭突きだった。

 彼女はジャンプして、なんとそのまま砲弾のように天井を頭で突き破り、難なくこの部屋からの脱出を果たしてしまったのだ。

 ナユタはシールドを解除しつつ、天井に開いた黒い大穴を仰ぎ見ながら呟いた。

「……マジで?」

「マズイ。上は普通の病棟だぞ。入院患者のところに行かれでもしたら……!」

「追うぞ!」

 言うが早いか、三人の使い手は速攻でこの部屋を飛び出し、階段を駆け上がり、一階の様子を素早く伺った。

 何かが壊された形跡は、彼女が一階に出る為に開けた床の大穴以外は無い。

 とすると、外か。

「何じゃコイツはああああああああああああああっ!?」

 早速外でハンスの声がした。恐らくイチルやサツキを送って戻ってきたところに、あの狼少女と遭遇したのだろう。

「あの子、もしかして暴れてるのか!?」

「窓が壊された形跡は無い――正面口から出たんだ!」

 ハンスの悲鳴のせいか、焦り出したエレナが先んじて走り出す。ナユタとタケシも、必死にそんな彼女の背を追って走り出す。

 やがて病院の外に出て、予想通りの光景と直面する。

「ハンス!」

「エレナ! 何だ、このちっこいの! やたら強ぇぞ!」

 彼が<メインアームズカード>の黒くて大きい上にゴツい盾で、狼少女の徒手空拳を防ぎながら喚き立てている。他のライセンスバスターも彼女へと飛び掛っていくが、裏拳を顔面に喰らったり、綺麗な回し蹴りが股間に直撃したりで、まるで相手にならなかった。

 ナユタが今度こそ悲鳴に近い声を上げる。

「オイオイ姐さん! あんたの仲間は精鋭じゃないの!? あっさりやられてますけど!?」

「いや、奴が極端に強すぎるんだ!」

「ぐおあああああああああああああっ!?」

「またやられたぞ!」

 いまぶっ飛ばされたのはハンスだった。狼少女の右ストレートを防ごうとして構えたはいいが、盾ごと拳で粉々に破壊され、衝撃でぶっ飛ばされてパトカーの運転席に突っ込まれたのだ。

 派手にぶっ飛ばされたハンスが、ほとんど泣きそうな声で呟く。

「もうね……どうしろってんだ……」

 彼はそこで事切れた。多分、死んだ訳ではないだろうが、昏倒するには充分な一撃を喰らったのだろう。

 それにしても、A級の、しかも耐久性に特化したシールド型の武装を、事もあろうに徒手空拳で破壊しやがった。これではもはや手のつけようが無い。

 見ると、他の警官隊も彼女へ直接攻撃しようとはせず、構えていたリボルバーの銃口を向けて威嚇しているだけであった。下手に彼女を刺激すると、自分達までああなる危険性が高いからである。最悪、皆殺しも有り得る。正解かどうかは別として、現状ではベターな選択だ。

 ナユタとエレナは互いにアイコンタクトで一瞬だけ意志の疎通を図り、同時に駆け出す。二人は人間離れした速力を以って彼女に接近。先にナユタから剣を振り上げる。

 一閃。だが、狼少女は身を後ろに逸らす事で回避。

 立て続けに斬撃を見舞うが、狼少女は全てをいなし、かわし、さらには徒手空拳で反撃まで仕掛けてきた。

 一進一退の攻防が続く中、エレナが少女の背後に回り込み、袖口から伸びた光の刃を片方振り上げ、縦に一閃する。

 と同時に、前方からナユタによる、横一閃の斬撃。

「入った……!」

 絶妙なタイミングでの、回避不可の前後同時攻撃。もう避けられる間合いではない。

 だが驚いた事に狼少女は、後ろを見ないまま、左手を後ろに回り込ませてエレナの刃を素手で掴み、続いてやってきたナユタの刃も右手で掴んで止めてしまった。

「馬鹿な、素手で……!?」

「嘘だろ……!」

 二人が驚愕で顔を歪めていると、狼少女は刃を掴んだままナユタとエレナを強引に持ち上げ、軽々と投げ飛ばす。ナユタは警備団の群れを巻き込んで倒れ、エレナは道脇の茂みに頭から突っ込む。

 二人がそれぞれ頭を押さえながらふらふら立ち上がるのを無視して、あの狼少女が今度はタケシに狙いを定めてきた。

 狼の頭を模したような、鋭利なシルエットのヘルムから、爛々と赤い瞳が覗く。

「……お前は、まさか」

「タケシ、逃げろ!」

「早く!」

 二人があらん限りの声を絞り出して叫ぶが、不思議と自分の心は穏やかそのものだった。

 何故なら、動揺しないに足る理由が出来たからだ。

 試しに三秒待ってみる。しかし彼女はただ睨んでいるだけで、襲って来る気配は微塵も無い。

「心配するな。俺は敵じゃない」

 <アステルジョーカー>を解除してデッキケースに仕舞い、タケシは歩き出す。

「お前とは初対面だが、そこまで警戒されるような奴じゃないぜ、俺は」

「ぐぅ……うぅ……」

 狼少女がやっと声を発した。といっても、見た目通りの獣の呻き声だが。

「可愛い声で鳴きやがるな。そうだ。もっとだ。もっと鳴いてくれ」

「タケシ、お前マジで何を……」

「ナユタ。少し時間をくれ」

 タケシが可能な限り誠実な声音で言うと、ナユタは警戒姿勢をそのままに、とりあえずは待ってくれるような態度を示した。

 後は、こっちの説得次第だ。

「少しだけ、俺の話を聞いて欲しい」

 タケシはそうやって切り出して、威嚇の姿勢を取る狼少女に語りかける。

「俺にはお前がそうやって暴れ回るような奴には思えないんだ。その鎧から察するに、何か特殊な力か何かだとは思うが……多分、お前はそいつを制御出来ていないんだ」

「……グゥ……う?」

 少女は少し首を捻った。何を言ってんだ、こいつは? とでも言っているかのように。

 でも、それでいい。そうでなくちゃいけない。

「どうやらこっちの言葉も多少通じるみたいだな。じゃあ尚更安心しろ。もう一度言うが、俺はお前に敵意なんて無い。だから、肩の力を抜くんだ。ほら」

 言いながらも、徐々にタケシと狼少女の距離は縮まっていく。

 やはりそうだ。この少女にはちゃんと、自我がある。

 あの圧倒的な力の正体は未だに不明だが、少なくともこちらから攻撃の意思を示さなければ彼女は襲って来ない。それにいまさらだが、見た限りでは彼女がこちら側から仕掛けられたから戦闘になっているだけで、彼女の方からは積極的に襲ってきてはいない。彼女がライセンスバスターを攻撃したのも、おそらく同様の理由だろう。

 要はこちらが敵意を示さなければ、話し合いが出来る相手なのだ。

 いまも警官隊が射撃姿勢のまま銃を構えて留まっているが、結果論的にはあながち間違いではないらしい。

 タケシが少女の目の前まで辿り着き、ゆっくりと手を伸ばし、背中に手を回す。

 そして、優しく引き寄せ、深く抱きしめる。

「お前、案外良い体してんじゃねーかよ」

「だれ……?」

 甲冑の中から、ようやく言語らしい声が聞こえてきた。多分、混乱が収まりつつあるのだ。

「お前、名前は?」

「ナナ……」

「そっか、ナナか。で、この姿は何だ?」

「わか……らな……い。気付い……たら……な……って?」

「? 何だ?」

 突然、ナナと名乗った少女の体が震え始めた。今度は何だろう?

 彼女は消え入りそうな声で言った。

「はな……れて」

「え?」

「いいから、はなれてっ」

 ナナが目一杯タケシを突き飛ばし、遠くへと転ばせる。力は加減したのか、ダメージはさほど無かったりするのだが、いきなりどうしたのだろうか?

 タケシが起き上がって瞠目していると、ナナはガクガクと体を激しく振動させた後、ぴたりとその動きを止めた。

「……ナナ?」

「に……げ……」

 逃げて――そう言おうとしたのだろうが、もう手遅れだった。

 ヘルムから覗く彼女の瞳が鮮やかな赤からどろりとした真紅に転じると、ナナは強く地を蹴ってタケシへと飛び掛ってきた。

「タケシっ!」

 ナユタが彼女の前に立ちはだかり、剣を盾にして構えるが、ナナは腕の一振りで剣を破壊し、彼の体を空高く打ち上げてしまった。

「ナユ――」

 視線が頭上を吹っ飛ぶナユタに引き寄せられたが為に、前から猛然と飛び掛ってくるナナに反応出来なかった。

 ナナの獰猛な右ストレートが、彼の鳩尾に打ち込まれ――

「モノトランス=<ブースト>!」

 頭上に対空していたナユタに首根っこを掴まれ、横に引っ張られ、何とか彼女の強打を回避。大きく距離を置いたところで、ようやく首根っこから手が離された。

「ぐっ……ぐるじぃ……! 滞空中でも加速できたのか、それ……!」

「無茶したそっちが悪いんだ。文句は言うなよ?」

 ナユタは険しい顔で、大仰に首を上下させる。

 まあ、たしかに無茶ではあった。

「げほっ……だが、いきなりどうしたってんだ」

「俺が知るかよ」

「なら、俺が教えてしんぜよう」

 まるでこっちが「何だってんだ」みたいな事を言い出したタイミングを見計らったみたいに、藤宮が遠くから拡声器で気だるそうな声を拡大してきた。いつの間にいたんだか。

「たまーにいるんだよ。ああやって<星獣>そのものを鎧みたいに纏っちまう能力者が。俺も見たのは初めてだが、たしか、<トランサー>つったっけ?」

「その<トランサー>が、何で寄生患者の隔離病棟にうおぁあ!?」

 暴走するナナは待つ事さえなく、執拗に攻撃を仕掛けてくる。仕方ないので散開し、とりあえず逃げ回る事にした。

 藤宮の呑気な説明は続く。

「俺もそのあたりの事情は知らんけど、実際何かヘマやって寄生されたんだろ。例えば、鎧化していた<星獣>の制御をミスったとか何とかで」

「じゃあ、この暴走状態は何だ!?」

「<トランサー>が纏っていた<星獣>に見限られる時ってのは大概、取りついてた<星獣>が機嫌を損ねた時らしい。だからお前のおかげで<星獣>が分離したは良いが、やっぱり損ねた機嫌だけはどうやったって直らん。後はご機嫌斜めな<星獣>が何をやらかすかだが――」

「ああ、もういい! もう分かった! つまりこいつは!」

 もうそこまで分かれば充分だった。

 ナナがこちらをロックオンし、こちらへとまた飛び掛って来る。

「こいつに取り付いた獣は、気分で強制装備して、ご主人様を振り回してるだけなのかっ!」

「じゃあ、こいつの出番だな」

 ナユタは不意打ちで、横からナナを蹴っ飛ばして着地すると、デッキケースからある一枚の、新しくデッキに加わったカードを取り出す。

 青い鳥を模したエンブレムが描かれた<ビーストカード>。

 アオイに取りついていた<星獣>の力が封じ込められた、彼女が遺した物の一つだ。

「タケシ。俺は奴の動きを止める。その間に、とりあえず何とかしろ」

「とりあえずってそんなアバウトな――」

「俺に分からなかったあの子の精神状態を看破したんだ。お前なら絶対やれる」

 ナユタはきっぱり言うと、また一歩、前に出た。

「<ビーストカード>・<エスピミア>、アンロック!」

 カードは力を解放すると、いくつかの光の筋となって宙を舞い、ナユタの体に纏わりつき、彼の姿を一瞬にして獣のそれに変貌させてしまった。

 両手両足から伸びた、刃のような鋭利な爪。背中に生えた、見るからに鋼鉄っぽくて機械的な、青くて大きな双翼。

 目から下はネイビーのぴっちりとしたフェイスガードが施され、瞳の色が深いインディゴに変わり、瞳孔が死人のよう開く。

 ナユタは変化した後、大きく息を吸い込み、地をも裂きそうな激しい咆哮を放つ。

 怒号の波動を受け、ある者は耳を押さえ、ある者は音圧で吹き飛びそうになった体をパトカーにしがみつかせ、どうにか衝撃に耐えようとしていた。

 叫び声だけで、何て威力だろう。

「……いくぞ!」

 ナユタが瞳を閃かせ、飛翔。背中の翼からアステライトの光が噴射され、彼の体ははるか上空へと舞い上がる。

「モノ・トランザム=<キャノン>!」

 彼の腕が巨大なリボルバーのバレルみたいな形に変形。狙いを定める。

 発砲。

 青い光の弾丸が撃ちおろされるが、ナナは難なく回避。

 だが、かわした程度で済むものでもなかった。

「!」

 彼女がさっきまで立っていた地点に突き刺さった弾丸は、爆発すると一瞬で収縮して拡散し、今度は台風レベルでの爆風を巻き起こした。ひっくり返って飛んでいったパトカーは、この時点で既に十数台にも上る。

 周囲を思って手加減しているにせよ、威力が桁違いだ。

「モノ・トランザム=<スラスター>・<ブレード>!」

 上空からナナを睥睨していたナユタの姿が消え、彼女の背後に出現。ナナはギリギリで反応しきれず、振り返ったところで、ナユタが振るった刃と化した右腕の直撃を許した。胸の装甲を斬り裂かれ、今度は彼女がパトカーに頭から突っ込む。

 だが、彼女はすぐ立ち直り、猛然とナユタへと向かっていく。彼も彼女から繰り出される激しいラッシュをいなしつつ、時折上空に飛んでは遠距離攻撃を仕掛け、接近戦で翻弄し始めた。ナナは地上でしか動けないが、ナユタは飛行能力を持った分だけアドバンテージがあるので、やはりいまはナユタの方が圧倒的に優勢だった。

 この調子なら、ナナの方に自分を相手にしている余裕は無い。

 やるなら、いま!

「もう一度だ! <アステルジョーカー>、アンロック!」

 再び青と赤のグローブを出現させ、青の左手を彼女に向けて突き出した。

「<円陣>・<捉陣>!」

 掌から飛び出したいくつもの光の輪が、彼女の真下に重ねて設置される。ナユタもそろそろ決め時と睨んだか、一歩下がってサポートの体勢に入る。

「モノ・トランザム=<クロウ>+<ウィップ>!」

 唱えると、彼の両手に生えた獰猛な爪が計十本、にゅるんと柔らかくしなり、圧倒的速力を持って伸ばされ、そこら辺の電柱や街灯などを経由し、ナナの五体をきつく縛り付けた。

 捕縛完了。これでもう逃げられない!

「<破陣デストロイ>!」

 右手の赤いグローブが放った光の輪が、ナナの下に敷かれた光の輪と重なる。その瞬間、輪の中で複雑な図形が描かれ、至るところから細い光が伸び、彼女の体を覆っていた装甲を焼き切り始めた。

 やがて破滅の光が止んで光の輪が消え、彼女が纏っていた全ての装甲が砕けて地面に零れ、砂となって消滅する。

 その場に残されていたのは、患者用の寝巻きを着た、長い金髪の女の子だった。

「ナナ!」

 タケシはすかさず駆け寄り、気を失ってぐらっと前のめりに倒れる彼女の体を支えた。

 やっぱり思った通り、見た目は自分と同い年くらいだ。小さくて、頼りなくて、強く抱いたらすぐ壊れてしまいそうな……いや、この年齢の子にしてはちょっと豊満な気がするけど、それは生まれ持った血統の違いか? じゃなきゃ、いま自分の胸板に当たってる二つのクッションとか、寝巻き越しでも妙な事を考えてしまうくらいにはハッキリと浮かび上がった、しっかりとした肢体に対する説明ががががががが

「タケシ、どうした。フリーズしたか? しょうがない。モノトランス=<ハンマー>……」

「はっ!?」

 いつの間にか<ビーストカード>を解いていたナユタが、自分の背後で<アステルジョーカー>解放時の武装を召喚しようとしたのを察知して、とにかく慌てて振り返った。

 大丈夫だ。まだ出現してない!

「なななななナユタてめぇ!? いま俺を殴殺しようとしたか!?」

「いや、何か不埒な事を考えてるような気がして……」

「そこで何故お前が出張る!?」

「さっきまでアオイー、アオイーとか言ってたくせして、失礼な奴だなと」

「違う! 俺は決してそんな事……」

「タケシ。男が言い訳とは情けないな」

 今度はいつ復活したのか、頭が草塗れのエレナに背後から肩を叩かれた。

「ま、私は君達の青春時代に水を差す気が無いのでね。せいぜい楽しみたまえ」

「俺に死ねと? 嫌だ! ナユタにだけは殺されたくない! 助けて美人のお姐様!」

「さらだばー」

 彼女は<メインアームズカード>の光剣をジェット噴射モードにして(見た目的には広い袖口からほうき星の尾みたいな光が出ているイメージ)、ぴゅーっとこの場から退散してしまった。あの人、あんな高速移動が出来たのか!? だったら、何でいままで使わなかったの!?

「まあ、あれだ。人生山アリ谷アリだ」

 続いて、こちらもいつ復活したのか知らないが、顔面ガーゼと包帯塗れのハンスが、タケシの横で腕を組んでうんうんと首を上下させていた。

「いまのでエレナに認められたな。将来有望だぜ、坊主」

「俺に将来があればな」

 ナユタが打撃部に「1t」と書かれたバカでっかいハンマーを本当に召喚し、小さな体で振り上げ始めた。

 いやだから、お前は何に怒ってるんだ!

「たけしぃぃぃぃ……」

「あん? ああ、目を覚まし……ちょ、すとおおおおおおおおおおおおおっぷ! ナユタ君、ナナちゃんが目を覚ましましたよぉぉおおおい!?」

「ん? おお、おはよう。……あ、やべ。手が滑っ……おおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 ナナが目を覚まして気を緩めたのか、本来ならアオイの嫉妬(?)を乗せていた筈の鉄槌が、手を滑らせたナユタへと上手い事直撃してくれた。ザマミロワロス。

 ちなみにハンマーの下敷きになり、気絶する直前に彼から放たれた一言が、こちら。

「リア充……爆発しろ……がくっ」

 お前は単に、ナナと俺がいちゃついているように見えるのが気に食わなかっただけかい。

 というかこいつは、一トンの下敷きになって、何で生きてるんだろう?

「ぷっ……はははっ」

 タケシの腕の中で、ナナがくすくす笑い出した。

「あの人、変なのー」

「……全くだ」

 九条ナユタは本当に変な奴だ。コイツとは入学当初に変な出会い方をして以降、だらだらとつるんではいたが、未だにこのバカのメンタリティーが理解出来ないでいる。

 でも、一つだけ分かる事がある。

「本当に楽しくて、変な奴だ」

 そして、変な奴だけど、とても頼りがいのある友達だ。

 けれど勿論、そんな事を口にする程、自分もバカ正直な人間では無かったようだ。


   ●


 美月アオイが最後に仕掛けた反撃は、自身が<アステルジョーカー>となってしまうだけでは終わらなかった。

 彼女はなんと藤宮にも遺書を書いていたらしく、その内容は所謂「告発文」も同然だった。

 自分が受けていたイジメが原因で自殺した事。

 イジメを学校側が隠蔽しようとしていた事。

 あとは恨みがましい文章がいくつか。

 それらがびっしり乗せられた文面が、今朝の全校集会で藤宮によって読み上げられていたのだ。しかもエレナの手回しでマスコミ達が星の都学園・第二アリーナに数人配置され、ボイスレコーダーで藤宮から言質を取るといった光景まで見受けられた。中にはビデオカメラを回す者までいた。

 そんなこんなで、<グランドアステル>全体で、星の都学園に対する不信感が高まった。校長はこれらの件について深く追求され、<スカイアステル>に設営されている教育委員会からの査察が入り、委員の代表から本格的に校長共々人事の総入れ替えが行われると明言された。

 たかがイジメ一つでと思うかもしれないが、この一つこそあってはならないのだ。

 しかも今回は、世界を一変させる切り札に関する案件でもある。世界的に注目の的となる大惨事である事には変わらない。

 最後の最後までアオイへの凶行をやめなかった大友仁美以下数名は、来月にサウス区の片田舎にある古い学校への転校が決定した。ある意味、会社人事で言う左遷に等しい。だが、彼女らは一向に反省した様子がなく、きっと転校した先でも同じ事をするんだろうな、とかぼんやりと考えてしまう。

「……疲れた」

 昼食の時間、タケシがぼんやりと空を眺めながらぼやいた。

「あの翌日、他の<獣化>患者全員を相手に、<アステルジョーカー>をフル稼働させた。なあ、ナユタ。あのカードって、そこまで疲れるものなのか?」

「扱ってる力がデカ過ぎて馴染まないから疲れるだろうけど、じきに慣れるさ」

 ちゅーっと紙パックの牛乳をストローで吸いつつ、ナユタが答えた。

「でもまあ、疲れに見合う以上の働きをしたんだ。お前も、アオイもな」

「ああ……そうだな」

 ちなみに、本来なら同席していた筈のイチルとサツキは、今日は姿を見せていなかった。イチルは撮影で授業は午後からの参加になるとは聞いていたが、サツキに至っては何故か連絡が昨日から途絶している。

 だから、今日の昼食タイムはこの二人だけなのである。

「そういやさ、あのナナって子、結局何だったの?」

「何だったって?」

「<トランサー>とかいう訳の分からん能力者なんだろ? 出自とか、その辺の話は聞かなかったのかって」

「ああ……あの子ね。元は<スカイアステル>で暮らしてた、<トランサー>一族の末裔なんだとか。詳しくは知らんが、藤宮教授が言った通り、何かをヘマって取り扱ってる狼型の<星獣>に体を乗っ取られたらしい。で、自分の家じゃ手に負えないから、病院行きってね」

 タケシは全ての<獣化>患者を救った後、ナナと面会し、色々話を聞いた。彼女はここに来る以前の記憶を失っていたらしいので、正確には後からやってきた彼女の親族からなのだが。

 どうやら家族の事も覚えていないらしいので、いまさら彼女が<スカイアステル>に戻るのは社会的に不可能だろうという話もした。だから彼女は後日、この星の都学園中等部一年に編入してくるとの事だ。

「良かったじゃん。上では無理でも、一応は社会復帰出来て」

「まあ、良かったさ。良かった……んだが」

「? 歯切れが悪いな」

「いや……実はナナが俺の事を痛く気に入ってしまったらしくてな。俺が姿を現した瞬間べったりされまして。「大好き」だの「愛してる」だのと連呼された。時間も時間だから病室を出ようとしても、中々放してくれなくてすっげぇ焦った。遠くない未来が思いやられる」

「アオイが聞いたらどう思うだろうな」

「やめろ。もうアオイはいないんだ」

 もはや言ってるだけ悲しいだけだ。

 アオイはもういない。

 いや、完全に亡き者となった訳ではない。彼女はいまもタケシのデッキケースで眠っている。

 闇を切り裂く、もの言わぬ星の切り札として。

「アオイは……自分が望んだ自分になれた。もう、それで良いじゃねぇか」

「いや、俺はまだ物足りんとは思うがな」

「何がだよ?」

「先公共はともかくとして、生徒達がな。この事件がイジメをきっかけに起きたとは思えないくらい、あまりにも大事になりすぎた。多分、実感が無いくらいには」

「実感が無いから、他のところでもイジメが続くってか?」

「エレナの姐さんがやったみたいなインパクトさえ与えない限りはな」

 それでも足りているかどうか――と、ナユタは付け加えた。

 実際、ナユタの言う通りなのかもしれない。例えばの話だが、エンターテイナーは、何をすれば相手を楽しませる事が出来るかを自分で覚えているからこそのエンターテイナーだ。人の優しさに関するところも同じで、自分がされて嫌な事は、他人にはそうそうしない。

 そこにある共通のテーマは、やはり実感なのである。

「生徒達に何かを訴えない限りは、どうやったってイジメは減らないでしょ。俺が物足りないって感じてるのは、そういう事だよ」

「お前、本当についこないだまで少年兵だったのか? てっきり日夜戦争ばっかりなんだと思ってたんだが」

「その偏見はいただけないね。考え方を押し広げる事に、少年兵も平和な国の住民もあるか。俺は戦争時代で得た経験を、今回の事に当てはめただけだよ」

 存外、ナユタは下手な大人以上に了見が広い人間なのかもしれない。

 あ、下手な大人で思い出した。

「そういや、次のコマは桂先生最後の授業だな」

「ああ、<バトル>か」

 <バトル>は体育とは別途の科目で、担任教師責任の下で行われる授業だ。

 思えば、桂先生が一番気合を入れていた授業だった気がしないでもない。

「最後は本当……どんな授業になる事やら。楽しみすぎて飯が喉を通らねぇわ」

「案外、自分を左遷まで追いやった俺達への復讐がメインだったりしてな」

「あなた達は二人揃って根性がひん曲がってますわね」

「「ぬぉわっ!?」」

 いつの間にか背後でしゃがみ込んでいたサツキに驚き、二人揃って腰を抜かしてしまった。

「おおおおおお前、いつからそこに!」

「桂先生の事を話し始めたあたりから」

 という事は、ほとんどいまさっきか。

 まあ、別に聞かれてマズい内容では無いから良いのだが。

「ていうか、お前いままで何処行ってたんだよ」

「さっき色々掛け合って、この後ある<バトル>の授業内容を変えさせていただいたのですわ。教師側の弱みとかはちょいちょい握っているので、取引に関しては楽勝で助かりました」

「は? 何の為にンな事……」

 タケシが怪訝そうな顔をすると、反対にサツキが悪そうな笑顔を浮かべる。

「私、学校側が痛い目を見る程度では気分が収まりませんの。だから、せめてクラスメート……いえ、この学園の生徒全体を巻き添えにして八つ当たりをしてやろうかと。でも、私だけでは力不足でして。そこで、あなた達の力をお借りしたいのですが」

「い……いや、話が読めないんだが……」

 ナユタにあてられてとうとうサツキまでおかしくなったのだろうか? いまの彼女は、悪巧みしているナユタと同じような顔をしていた。

 何か、すっごい嫌な予感がする。

「簡単な話ですよ。あなた達はこの後の<バトル>で、この学校の生徒全員を無痛覚フィールド内で思う存分叩きのめせば良いだけですわ」

「あー、なるほどね」

 ナユタがぽんと手をうち、何かを理解した様子で頷いた。

 何だ? 分かってないのは俺だけなのか? こいつはいま、何を理解した!?

「俺も丁度、何か良い手が無いかなーとか思ってたところなんだ」

「でしたら決定ですね。タケシ君もきっと、スカっとする事でしょう」

「……一つだけ、聞いて良いか?」

「何でしょう?」

「もしかして、<アステルジョーカー>使うの、アリ?」

「もちろんですわ」

 タケシの質問に、彼女は顔を綻ばせて肯定した。

 同時に、全ての疑問が氷解し始める。

「ああ……サツキよ。まさかよりにもよって、この俺に一番与えちゃいけないアイデアを……」

「でも、面白いでしょう?」

「ああ。面白い。面白いってのは大切だ」

 タケシは久々にイヤラシイくらいに満面の笑みを浮かべ、掌と拳をパンと合わせた。

「やったろうじゃねぇか。これが本当の、最後の戦いだ」

 この後遅れてイチルがやってきて、この後の<バトル>について説明したら、彼女も快く話に乗ってきた。これが成功すればナユタが言ったような実感を生徒側に与えられるだろうし、何より自分がすっきりする。

 だからといって、イジメを全滅させる事は不可能だ。それはもう既にいつの時代でも証明されている。種はどこにでも埋まっていて、放っておいてもすぐに芽が出るのだ。

 けれど、全滅させる事は出来なくとも、減らす事は出来る。

 いや、そんな高尚な目的で、これから自分達は戦いに臨む訳じゃないか。

 やっぱり、ただのストレス解消だな、これは。


   ●


 <グランドアステル>の約三万フィート上空に、その島は浮かんでいた。

 天空都市・<スカイアステル>。

 政府機関や皇居が置かれ、主に貴族達が住まう街であり、上から見れば綺麗な円を描いたような形をしている。天空に浮いている原理はめんどくさいので詳しくは記載しないが、一応この星に充満しているアステライトが動力源となっている……とか何とか。ちなみにこの高度だと気圧の関係で凄まじく寒かったり酸素が薄かったりと大変だったりするのだろうが、この都市全体に張られた、空調や酸素調整機能を兼ねたシールドによって、いつも人にとって快適な空間を実現しているのだ。

 ご都合主義の魔法都市。

 異常に発達しすぎた文明都市であるからこそ、下々の執政が許される。

 それがここに住まう元老院のご意見である。

「三山エレナ、お召しにより参上仕りました」

 <スカイアステル>の中心区。全ての執政を司る最高機関<ウラヌス>。

 千年前の日本で言う国会議事堂に、ライセンスバスター所属機関などを含む最重要級機関が混在する、天と地の覇者が築いた世界の中心。ちょうど、<グランドアステル>の中央に建つ星の都学園の真上に位置すると考えた方が早い。

「ふむ……役者は揃ったな」

 真っ暗な部屋の中心に立つエレナの周囲が、紫色の光でぼんやりと照らされる。脚だけでビル二階分の高さに匹敵する椅子らしき物体が、彼女を取り囲むように闇から浮かび上がる。

 そこに座すスーツ姿だったり黒マント姿だったりする者達は、各部門の最高責任者達ばかりで、中にはこの世界の象徴とも言える天皇一族の一人まで見える。

 いましがた、全員が揃った事を確認した老人の一人が告げた。

「三山君。今回の美月アオイの一件について、君が得た重要な情報の全てを開示したまえ」

「それが今日の議題ですが」

 エレナは淡々と頷くが、内心では「ホログラムの分際で偉そうに」とか毒を吐いている。

 そうだ。いまこの部屋に集まっている人間は、エレナ以外は全員ホログラムだ。だから彼らの姿はいま、この世界特有のホログラムが放つ紫の光に染色されているのだ。

「今回の事件で前線に立って戦っていたのは君と、結果的に巻き込む形になってしまった二人の少年だと聞く。六会武君と、九条那由他君だったかね」

「それが何か」

「六会君は<アステルジョーカー>を入手した――そこまではいい。だが、あの九条とかいう少年は何なのだね? 最初から<アステルジョーカー>を保有している。一体、あれは誰を材料に作られたカードなのかね?」

「ここ六十年以上に渡って、№3を最後に<アステルジョーカー>の生成はされていない。だが、ここに来て四番目と五番目のカードが同時にセントラルで発覚している」

「これは六十年前以来の非常事態だ。早急に何か手を打たねば――」

 他の出席者達もこの話題にざわめき始めた。たぶん、その<アステルジョーカー>を掌握すれば、自分達が世界の覇権を握れるとでも思っているのだろう。

 欲しいなら欲しいと素直に吐けば良いものを。

「九条ナユタのカードについては、私は何も聞かされていません」

 とりあえず話がとっ散らかんうちに、迷いも無く虚言を吐いてみた。

「彼も話したくない事情があるのでしょう。あなた達にも人の心があるのなら、ここはまだ幼い彼をそっと見守る姿勢も大事かと思われますが」

「その幼いクソガキが、<アステルジョーカー>を暴走させない保障は?」

 ホログラムとして参加している一人に、やたら口が悪い男も混じっていたらしい。彼はたしか、ここのシールドやフロートシステムを制御する『管制室』の責任者だったか。

 エレナは彼を見ようともせずに答える。

「無い。それは間違いない」

「理由は?」

「今回の九条ナユタは、新しく適合者となった六会タケシと、この度の事件で犠牲になった美月アオイの意思に忠実に従った。結果的に、彼の力で出た被害は皆無で、むしろ全てにおいて貢献していると言っても良い。何より、私は彼から信頼を得ている」

「なるほど。信じよう」

 男はふんと鼻を鳴らすと、それ以降はずっと黙ったままだった。

 そろそろ下へ行く予定があったので、エレナはさっさと話を推し進めようとする。

「私も時間が無いので、手身近に。九条ナユタ、及び六会タケシの両名は、現時点で既にライセンスバスターと同等以上の能力を秘めている。上にも下にも有益な存在である。以上!」

「え? それで終わりかね?」

「私も忙しいのです。定年を迎えてなお退陣せずに、一日中パソコンでソリティアと麻雀やってるだけで安定した収入を得られる暇人老害ホログラムとは違いまして」

「ちが……わしはそんなゲームやっとらんぞ? こう見えて幾多もの雑誌に目を通しつつ世界情勢のあれこれをだな……」

「聞いてない! アデュー!」

 もう時間と我慢の限界だったので、さっさとこの映画館並みに真っ暗な空間から飛び出してやった。これ以上あんなところに居ても、周りの光に目をやられて視力が落ちるだけだ!

 ていうか雑誌って、アンタが勤務中読んでるのは経済新聞の株式欄でもなければ経済雑誌でもなく、有り体に言ってただのエロ本だろうが! 何を学ぼうとしていたんだ、貴様は!?

「ていうか……学ぶ年頃でも無いだろうがっ!」

 全く。予定が入ってると何度も言っているっちゅうに、空気読まず召集かけやがって! それがよりにもよってナユタの件だとは。彼の事は可能な限り<スカイアステル>の連中には漏らしたくなかったので、詰問されるとなれば余計に時間の無駄だ。

 あー、イライラする。何が一番イライラするって、オフの日くらい休ませろって事だ!

「お、エレナ。お前今日非番……」

 通りすがったハンスを無視して通り過ぎ、機関の建物からすぱっと出て時計を見る。

 十二時半か。まだ間に合う!

「へい、タクシー! 私をテレポーターまで連れて行け!」

 ラインセンスバスターの階級証ごと手を高く上げ、職権濫用の勢いでタクシーを強引に捕まえ、エレナはどうにか下まで一瞬でワープ移動が可能なテレポーターと呼ばれる施設まで急行するのであった。

「お……お客さん、三山エレナか。小学生の娘がファンなん……」

「無駄口叩かず急げ! 私にはこれから、好き放題気に食わんものをぶった斬るという楽しいお仕事が待っているんだ!」

「は……はいぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 今日はこれまで溜まった鬱憤を全て晴らす丁度良い機会だ。

 私はこの手を逃す、人類最強のバスターではないっ!


   ●


「壮観だな」

「ああ」

 普段は全校集会などの、生徒が大人数集まる行事の為にある第二アリーナには、この学校の中等部の生徒全員が集結していた。彼らはここで何が行われるのかを知らされておらず、不安がる者もいれば、謎のテンションではしゃぎ出す者まで存在した。

 生徒全員が集まったのを確認すると、壇上から桂先生がマイクでアナウンスする。

「えー、ではみなさん。集まりましたね、はい。午後の授業を全て潰してまでご苦労さんです。ですが、この後皆さんにはもっと疲れていただく事になります」

 彼女の淡々とした語り口に、生徒全体が困惑し始めた。当然だ。いきなり内容が知らされていないイベントの為に午後のコマを潰された挙句、こんな事まで言われたのだから。

 桂先生はやはり無感動に言う。

「その前に、九条ナユタ君と六会タケシ君。あなた達はこのアリーナの真ん中あたりにでも移動して頂きましょう。それ以外の生徒全員は、彼らから距離を取って、取り囲むように並んでください。囲む側の陣形は雑でもかまいません」

『?』

 生徒達がさらに当惑するが、ナユタとタケシはそれぞれ指示通り、人混みをかき分けてアリーナの中央に背中合わせで立つ。生徒達もよく分からないといった顔をしながらも、一応は指示通りに、距離を空けて二人を取り囲む配置についた。

 桂先生の説明が再開される。

「今回はほんっとうに遺憾な事に、この学校における私最後の授業となります。ですので、今回はその原因となったにっくき二人のバカ男子を、皆さんの手で叩きのめしてくださいまし」

 この台詞にも、やはり騒然となった。しかし聞こえてくるのは「やっちゃっていいの?」「よっしゃ、あのバカ二人を袋叩きにしてやるぜ」「絶対殺す」といった、ほとんど殺意と悪意に満ちた、二人にとっては何でもない息巻きであった。

 何とも単純な連中である。普段は絶対勝てない相手をリンチする機会を得たのだから、当然と言えば当然なのだろうが。

「建前として授業の目的をば。九条君と六会君の二人には<アステルジョーカー>を発動してもらって、強力な敵役として暴れてもらいます。他の皆さんは、暴れ回る強敵を処理する役割に徹していただきます。だからこれは、誰の手にも負えない程の強敵が現れた時の為の、予行演習だと思ってください」

 といっても、その前に吐いた毒の方が先に浸透しているようで、もはや血気盛んな生徒達は建前とか気にする余地は無いらしい――こちらに、敵意のみを向けていた。

「なあ、ナユタ。俺達、何か悪い事したっけ?」

「俺達の所業はともかくとして、いま奴らを満たしているのは嗜虐心だ。普段から勝てない相手も、数を揃えれば勝てると思ってるんだろう」

「イジメっ子とさして変わらんな」

「全くだ」

 ナユタは懐から、さっきサツキが放送室からくすねてきたというマイクを取り出し、スイッチを入れて声を吹き込み始めた。

「あー、てすてす。マイケルのテスト中? てめぇらー、耳の穴かっぽじってよーく聞けー」

 突然ナユタの声が拡散された事に、周囲のほぼ全員がぽかんとし始めた。見ると、桂先生も意外そうに目を丸めている。

 ナユタは朗々と語り始める。

「いまから俺達は<アステルジョーカー>を発動する。ところで、その<アステルジョーカー>って、何が材料で出来ているか、知ってる? 決して材料学とか変な工学の知識は要らんよ? だって材料なんて、専用のブランクカードと、人一人分があれば良いんだからな」

 二人はデッキケースからそれぞれ一枚ずつの<アステルジョーカー>を抜き出し、頭上に高く掲げて見せた。

「俺のカードはともかくとして、いまタケシが掲げてるカードの材料はな、いままで散々イジメを喰らった挙句この世に絶望して自殺していった、あの美月アオイなんだよ」

 この事実を受けて、いままでざわついていた生徒全体が静まり返る。

 いいぞ。その調子だ。もっとやれ。

「もったいぶっても仕方ないからハッキリ言ってやる。アオイは、お前達が殺したんだ。アオイを直接いじめてた奴もそうだし、アイツが苦しんでるのに、知っててシカトこいた生徒も教師も、とにかく全員だ。アイツに手を差し伸べてやれなかった奴ら全員が、この事件の犯人だ。そしてここは生死の駆け引きが当たり前のウェスト区じゃない――セントラルだ。だから、犯罪を犯した悪人は裁かれなければならない」

 朗々と、まるで目の前にある原稿を読み上げるようにアドリブで語るナユタの声は、やはりどこかやりきれない何かが込められているようだった。

 飄々とした表情からは読めないが、きっと精神的にも相当きている筈だ。

「さっき俺は聞いたぞ。殺してやるだの袋叩きにしてやるだの。お前らは自分が何を言ってるのか、分かってるのか? あんな事があった後で、そんな事を言えるお前らは、あの事件から何も反省しちゃいない。だから――」

 二人が掲げるカードが、ほんのり淡い青の燐光を放ち始める。

 ナユタは片手のマイクを投げ捨てた。

「だからここで、お前らの思い違いを正す。いまから俺達が使うのは、俺達の力じゃない」

「アオイから受け継いだ力で、お前らに教えてやる」

 二人はそれぞれ掲げる<アステルジョーカー>の裏に隠れていた別のカードを、一枚ずつずらして露出させる。

 二人の手には、それぞれ二枚のカード。


「<メインアームズカード>・<アステルジョーカー>、ダブルアンロック!」

「<アステルジョーカー>・<ビーストカード>、ダブルアンロック!」


 青い閃光が爆ぜ、二人の切り札が姿を現す。

 タケシの両手には、赤と青の、一対のグローブ。

 ナユタはいつもの解放状態に加え、鋼鉄の爪と翼を纏った鳥人風に変化していた。

 いずれも、美月アオイの力を纏った姿だった。

「桂先生。さっさと無痛覚フィールド展開しちゃってください。まあ、俺としてはこのまま全員の首をスパーンと撥ねて終わりってのも面白いんですが」

「え? あ、ええ……無痛覚フィールド、作動!」

 ナユタがぽかんとしていた桂先生を現実に引き戻したところで、彼女は急いで無痛覚フィールドを作動させた。

 サツキが前日から進めていた下準備もあってか、いまやこの第二アリーナ全体が、生徒全員のダメージを肩代わりする超便利な演習場に早変わりである。

 全員の頭上にヒットポイントメーターが表示される。その後から、生徒達も状況を飲み込めたのか、慌てて<メインアームズカード>を展開し始めた。

 これで、全ての準備は整った。

「タケシ」

「分かってる」

 タケシはようやくこの時が訪れたかと、目を閉じてこれまでの事を思い返す。

 アオイと出会ってから、いまに至るまでを。

 辛かった。苦しかった。楽しかった。嬉しかった。ドキドキしたし、ドギマギした。

 これは掛け替えの無い、初恋の物語だった。

「「これが俺達の弔い合戦だ!」」

 タケシが目をかっと開くと、背中合わせの二人は同時に駆け出す。

 まず開始一秒後、およそ二十人のヒットポイントが尽きた。

「……え?」

 ばしゅん!

 ナユタの打撃と、タケシが放った光の輪を受けてヒットポイントがゼロになった生徒達が、フィールドからアリーナの敗退者スペースに強制送還される。

 <獣化>したナユタと、新たな力を得たタケシの猛攻は止まらない。

 一人、また一人、纏めて三人と、次々と生徒のヒットポイントを刈り取っていく。ナユタの爪と、タケシの<アステルジョーカー>が最近覚えた新しい技である<円陣刃コーリングカッター>が乱舞し、会場内にいた生徒達の数がここ十数秒で三分の二までに減少する。

 まるで、敵が塵のようだ。

「おらおらどうした! 相手はたった二人だぞてめぇら!」

「●玉ぶち抜かれたい奴から前に出てこいやオラァ!」

「な……こいつら……」

「化け物だあああああああああああああああああああ!」

 誰かが放った悲鳴がきっかけとなり、群れを成す生徒全員に恐怖が伝播し、このアリーナは一瞬で怒号と悲鳴と混乱の坩堝と化す。誰もが逃げ惑い、少なくとも、いまのナユタとタケシに正面から勝負を挑もうとする愚か者は存在しなかった。しかも、女子や大人しい系の気弱な男子達に至っては、この空間から這い出ようとする者達ばかりだった。多分、ナユタとタケシが絶対安全な模擬戦であるにも関わらず、本気で殺気を放って戦っているからであろう。

 けれど、いくら怖かろうが、もうこの部屋においては敗退者以外の脱出は叶わない。

「何で出られないんだよぉ!」

「このドア開かない! 何で!?」

「出して! お願い! 怖いよぉ!」

「HAHAHA! 出られる訳無いだろうが、ブァカめ!」

 ナユタの哄笑にドン引きしつつも、タケシはさっき聞かされた事を思い返していた。

 実は昨日の夜、前もってサツキが学園に忍び込み、無痛覚フィールドの制御系統に細工していたのだ。ちなみに問題の彼女は現在、イチルと一緒に学園の管制室をジャックして、アリーナのありとあらゆる出入り口を完全封鎖する作業に取り掛かっているだろう。この後一週間ぐらいは謹慎処分を覚悟しなければならない所業だが、彼女達からすれば何処吹く風の何のその、である。

 しかし揃いも揃って、何て行動力なんだろう。

「死ねやああああ!」

「おっと」

 物思いに浸っている間にも、C級バトルカードによる攻撃が飛んでくる。タケシはさっとかわしつつ、刃付きの光の輪を思いっきりぶん投げて、一人、また一人と排除していく。

 ナユタは飛翔し、翼からアステライトの光を撒き散らし、目にも止まらぬ速さでぐるぐると飛び回り始める。大半の者は遠距離系の<バトルカード>で攻撃しようとしていたが、いずれも当たるには至らなかった。

 野郎め、さては遊んでやがるな? まあ、少しだけなら別に構わんが。

「<円陣刃>+<複陣スプレッド>!」

 掌から一個、刃付きの光輪を投げ、そこに別の光輪を重ねると、まるで弾けたかのように、刃付きの光輪が増殖し、拡散。光輪の散弾が散布界にいた全ての生徒を巻き込み、切り裂き、この場から消し飛ばす。

 近くにいた奴らは直接殴ったり蹴っ飛ばしたりしてやった。いくら殴ってもダメージはこのアリーナそのものが肩代わりしてくれる。遠慮は要らない。

「私も混ぜろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「「え?」」

 本当に、突然の事だった。

 このアリーナの正面入口のドアを細切れにして破壊し、なんとあの三山エレナが、既に<メインアームズカード>を発動した状態で乱入してきたのだ。

 しかもそれから間断なく、中にいた生徒達にも制裁を加え始めた。いや、アンタはマジで何しに来たんだよ!? 唐突過ぎだろ!

「エレナさん、何でアンタが……」

「ははは! 水臭いじゃないか! 私に黙ってこんな楽しそうな事を! 何故一報入れてくれなかった!?」

「逆に何で姐さんが知ってるのかを訊きたい!」

 エレナの出現に驚いたナユタが床に降り立ち、とりあえずは三人でアリーナの中央に背中合わせで寄り合った。

 エレナはからから笑いながら言った。

「君らのとこの可愛いお嬢さん……サツキといったかな。彼女が色々怪しい動きをしているのを察知してしまってな。で、昨日丁度良かったので通りすがりのフリしてひっ捕らえたら、ペラペラ喋ってくれたよ」

「サツキの奴こそ、何で俺達にその事を話さなかったんだろう」

「サプライズのつもりだったのではないか? それに、私も彼女の意見に同意さ」

 エレナは寂しそうに笑った。

「こういう事も必要だったのさ。アオイ本人の痛みや苦しみをぶつける事は、やはり本人にしか出来まいよ。ただせめて、アオイがいなくなった事で悲しんだ君達には、こうして弔い合戦という形で、全てを吐き出して戦う資格がある」

「ふーん。で、姐さんがこうして出張ってきた理由は?」

「彼らには前回の授業だけでは足りなかったようだからな。補習《お灸》を据えておこうかと」

「じゃあ、お互い好きなようにやればいいさ!」

 三人はまた駆け出し、それぞれ敵の始末に当たる。

「おるぁああああっ!」

 全力で殴って、

「モノ・トランザム=<ブレード>+<ウィップ>」

 全力でぶった切って、

「ほれほれ、こんなもんかね!」

 全力で踊り狂った。

 溜めてきた怒りに任せて、自我さえ戦意に委ねて、ただ拳を振り上げるだけの戦闘狂になって――正直、こんな事をしても、アオイはきっと喜ばない。

 けれど、死人の魂に応えてやれる程、自分達は器用なんかじゃない。だから彼女に対しては、もう何もしなくて良いのだ。

 でも、現在いまという現在いまを生きる自分の中に溜まった鬱憤だけはどうにかしないといけない。

 もう、抱え込んでばかりではいられないから。

「タケシ君……ちょ……来ないでっ!」

 並み居る雑魚共を殴り飛ばした先に、大友仁美以下数名の女子軍団を捕捉した。いままでアオイを苦しめてきた挙句、どこだか忘れたけど、近々どっかの学校に左遷っぽく飛ばされる女共だ。

 けれどいまさら、こいつらには何も感じない。

「<円陣>・<捉陣>――」

 光の輪を彼女達全員の足元に設置。動きがのろいなら、これだけで充分だ。

 続いて右手から別の輪を重ねようとした瞬間――


「タケシ君。タケシ君」

「……!」


 幻聴だろうか、自分の名を呼ぶ、誰かの優しい声がした。

 幻覚だろうか、ほっそりとした誰かの手が、突き出していた自分の左手と重なった。

 時間が止まったような錯覚を覚える。

「……ああ」

 幻聴だ。幻覚だ。これは疲れ果てた自分が勝手に作り上げた幻想だ。分かってる。

 でも、不思議と虚しい気分にも、悲しい気分にもならなかった。

「――っ!」

 急に時間が元に戻り、視界が開けてくる。

 今度こそ、光の輪を握った右手を振りかざした。

「いくぜ――アオイっ!」


 結果は当然のように、ナユタ達の勝利で終わった。

 いや、間違えた。

 美月アオイの勝利、で良いんだよな? この戦いは。


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