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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.8 ~GACS編 最終話 たったひとつの大切な願い~
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GACS編・第十五話「最終決戦! 九条ナユタVS御影東悟」

   第十五話「最終決戦! 九条ナユタVS御影東悟」



「これで例の小娘復活の準備は整ったぜ」

「ご苦労」

「報酬がたんまり入るなら喜び勇んでちょちょいのちょいさ。それより、これで御影東悟が負けちまったら、俺の労働時間が水の泡と消えちまうぞ」

「こいつが後々どうなるのかは先のお楽しみじゃ。では、ワシはちょいと孫の晴れ舞台を眺めに行ってくらぁ」

「へいへい」


   ●


 神秘をそのまま体現したような方舟と、それを覆う緑色の球体。

 その中で、白と黒の閃光が何度も超高速でぶつかっては離れ、ぶつかっては離れを繰り返していた。

「何で奴は最初からブラックホールを使わない?」

 Bブロックの選手席にて。修一が眉をひそめながら言った。

「ナユタにはブラックホールへの対抗手段が無い。使えば一発で勝負が決まるのに」

「使えない理由があるんだろう」

 アルフレッドが冷静な意見を述べる。

「まあ、何故かは大体想像が付くけど」

「本当っすか? 凄いっすね」

「僕はこれでもライセンスバスター部門の次期長官だぞ。馬鹿にしているのか?」

「いやあ、別に?」

「貴様……後で目上の人間に対する態度というものを教えてやる」

「まあまあ、落ち着けよ」

 アルフレッドよりも目上のハンスが彼を宥めに掛かる。

「修一も、あんまりアルをからかってやるな。こいつは案外ピュアなんだから」

「ハンス。お前はフォローを入れているつもりだろうが、逆に人の傷口を抉っているからな?」

「めんどくせー奴だな、お前」

「何だと貴様」

 ハンスとアルフレッドが後ろでやいのやいの言い合っている。

 修一はいま一度、試合に意識を引き戻した。

 ナユタが勝てば美縁は復活しない。その代わり、奴はどんな願いを叶えようとしているんだろうか。

「お前は一体、何がしたいんだ、ナユタ」


「<クェーサー・ホライゾン>」

 <月蝕蒼月>の刀身をカタパルトにして、黒い矢じり型のマイクロブラックホールが解き放たれた。本当なら、これでナユタの負けは確定している。

 しかし、あれには決定的な弱点が一つだけ存在する。

 ナユタはごく小さなシュバルツシルツ半径に吸い寄せられる最中、<蒼月>を軽く一振りした。

 すると、切っ先から放たれた超高密度のアステライトの斬撃が、マイクロブラックホールを呑みこんで完全に消し去ってしまった。

「やっぱり、思った通りだ」

 船首の上に降り立ったナユタが剣先を払う。

「使用者自身が引力の影響を受けていないところを見ると、あんたの<クェーサー・ホライゾン>は本物のブラックホールじゃない。あくまで、ブラックホールみたいな効力を持った<月火縫閃>だ。つまり、そいつを撃つ為には<月蝕蒼月>の力を借りなきゃならない」

「やはり読まれていたか」

 どうやら東悟も最初から気付いていたらしい。切っ先を下げた<月蝕蒼月>を見下ろして舌打ちする。

「<月蝕蒼月>は<蒼月>を<グラビレイズ・タイラント>専用に改造した派生形の一つ。<月火縫閃>と同じ仕組みで放たれる技なら、同じ技で相殺が可能だな」

 といっても、本当にそれが可能なのかどうかはいままでナユタも半信半疑だった。

 これは昨晩、寝る前に鑑賞していたタケシと東悟の試合を参考にして編み出された対抗策である。タケシは東悟の重力そのものを中和する<円陣>を作る事で<アステルジョーカー>の能力自体を無力化していたが、ナユタにタケシと同じ芸当は不可能だ。

 でも、<月蝕蒼月>が相手ならやりようはいくらでもある。

「さあ、どうする? これであんたの一撃必殺は使えないぜ?」

「ならば、こうするまでだ」

 東悟が脇差を突き出すと、ナユタの体がいきなり船外に押し出される。どうやらナユタの周囲だけ、重力の方向を変えたようである。

「そういや、重力自体は無力化してないんだったな」

 次はハンマーで叩き落とされたような衝撃を受けて真下に落とされる。今度は地上に向かう重力をさらに強化したのだ。

 でも、重力の方向を変えられても、対処のしようはいくらでもある。

「ブースト!」

 スラスターを最大出力で噴射。前に飛んで強化された重力の圏内から脱出すると、船体の下を回り込み、再び船の数百メートル上空に躍り出る。

「<バトルカード>・<フォトンブレード>、アンロック――<月火縫閃・光>!」

 こちらも<蒼月>を発射台に鋭いレーザーの斬撃を発射。甲板上に立つ東悟を真っ二つに斬り裂いた。あれはタケシの試合でも見せた、彼の分身。

 本体はナユタの背後で、既に剣を振りかぶっていた。

 当然、身を翻して、彼の<月蝕蒼月>を<蒼月>で受け止める。

「なるほど。ムルシエラゴのスピードはさして脅威にならないみたいだな」

 ぎりぎりと鎬を削る中、東悟はさらに体重を乗せてナユタに詰め寄る。

「イチルが言った通りだ。お前は強い――だが」

 東悟は剣を強引に振るい、ナユタの体を真上に高く打ち払った。

「六会タケシの方が、もっと強かったぞ!」

「分かってるよ、そんな事!」

 体勢を立て直すと、ナユタは下から肉薄してきた東悟が仕掛ける斬り合いを真っ向から受けて立った。


 最初からブラックホールを使用しなかったのには理由がある。

 単純に、美縁への負担が極端に大きいからだ。本当なら一日に一発撃てば美縁の体である脇差は大きなダメージを受ける。それを、昨日は三発も使ってしまった。だから美縁の疲労が抜けきっていない状態で<クェーサー・ホライゾン>は使いたくなかった。

 よって、もうこの試合ではブラックホールが使えない。

『パパ、あいつ超速い!』

「当然だ」

 ナユタの猛攻を凌ぎながら、東悟は内心で焦っていた。

 Vフィールドの武装幻影化モードと無痛覚モードは<メインアームズカード>を半幻影化して、対戦者への肉体的損傷をゼロに抑える。だが、武器同士の接触、及び武器と肉体の接触だけは現実のままと考えた方が良い。

 なので左の脇差では受け太刀も攻撃も許されない。美縁の過労が限度を越えて、脇差が壊れる可能性があるからだ。

 ナユタも戦歴が長いならそれくらいは察しても良いだろうに、何故かこちらの左だけは狙ってこない。遠慮でもしているのだろうか。

 どのみち、この戦いが長引けば美縁は壊れてしまうというのに。

「美縁、体の方は大丈夫か?」

『パパ、後ろ!』

「!?」

 いつの間にかナユタが背後で刀を振りかぶっている。美縁に警告されていなければ気付かなかった。

 どうする? このままでは振り返っても<月蝕蒼月>での受け太刀が間に合わない。

反重力で奴を遠くに飛ばすか? 駄目だ。これを使えば、また美縁に負担が――

「なっ!?」

「……!」

 こちらが指示していないにも関わらず、ナユタの体が勝手に後ろに吹っ飛んだ。

 どうなっている? 俺は何もしていないぞ!

『パパ、何してるの!』

 美縁が必死に叫ぶ。

『あたしが反応してなかったら、いまごろパパ真っ二つだよ!』

「お前がやったのか? 馬鹿な真似は止せ! そんなに能力を酷使したらお前の体に負担が――」

『あたしは全然大丈夫!』

 何故か、今日の美縁がいつもより頼もしく見える。

『パパは負けないもん! パパが頑張ってあたしの体を取り戻してくれるなら、あたしだって頑張るもん!』

「美縁、お前……」

『パパは負けない。このあたしが、負けさせない!』

 今度はナユタの周辺の重力を操り、四方から彼の体を締め付けて動きを封じた。

「がぁあああああああああああっ!」

 見えない縄にでも絞められているように、ナユタが目を剥いて悲鳴を上げる。Vフィールドのダメージ判定に絞め技は含まれていない。つまり、彼はいま、現実の苦しみを味わっているのだ。

「止めろ美縁! このままでは奴が本当に死ぬぞ!」

『だったら早く攻撃すればいいでしょ! ほら!』

「これが噂に聞く反抗期か……!」

 でも、これは千載一遇のチャンスだ。逃す手は無い。

「<月火縫閃>!」

 黒い斬撃を発射。身動きが取れないナユタに向けて一直線に飛ぶ。

「<モノ・トランス>=<シールド>!」

 ナユタの前に六角形の藍色の水晶体が出現し、<月火縫閃>を完全に弾いた。そういえば、あの<インフィニティトリガー>にはありとあらゆる武装を召喚する能力が備わっていたんだったか。

『うっ……!』

 美縁がくぐもった呻き声を上げる。と同時に、ナユタの拘束が解かれた。

「美縁!」

『パパ……あいつが来る!』

「くそ!」

 すかさずこちらへ突っ込んできたナユタに対し、東悟は<輝操術>で自らの手前に生成した十数本の氷柱みたいな結晶体を飛ばす。

 ナユタは氷柱と氷柱の間をすいすい縫いながらこちらに接近してくる。だが、その時には既に東悟はマストの上に降り立っていた。

 ナユタがこちらに体を向け、青白い光の斬撃を発射。

『<グラビティ・リフレクタ>!』

 美縁が東悟の前に反重力の壁を形成、ナユタの<月火縫閃>を押し返し、そっくりそのまま彼に直撃させた。

 ナユタのHPが減少する。しかし、微々たるものだった。直撃したかと思ったら、刀身で防いでいたのだ。

「<モノ・トランス>=<バスター>!」

 <蒼月>を鞘に納め、ブルーメタリックの自動拳銃を二丁召喚。即座に発砲。

 これ以上美縁に頼る訳にはいかない。東悟は<流火速>で飛び回りながら、ナユタが立て続けに放つ銃弾の嵐を回避する。

 やはり<アステルジョーカー>を発動したナユタを相手に余裕は保てない。さすがはあのプロメテウスと互角に渡り合っただけはある。

「美縁、お前はもう休んでいろ! ここは俺だけでやる!」

『嫌だ!』

 美縁が叫ぶと、いましがた飛翔したナユタが甲板に叩きつけられ、そのままはりつけになる。

『見てて分かるもん。こいつ、あたし抜きで勝てる相手じゃないよ!』

 彼女の言う通りだ。ムルシエラゴを<ビーストランス>して身体能力を極限までに底上げしたとはいえ、それだけではナユタの戦闘機動に拮抗するのがやっとだ。加えて機動力がこちらと並んでいる以上は<新星人>としての技もあまり意味が無い。

 やはり、美縁がいなければ駄目なのか、俺は。

『けほッけほッ』

 美縁が咳き込むと、再びナユタに掛けられていたバインドが解除される。

 やはり、美縁に限界が訪れつつあるのだ。

「美縁!?」

『やっば……調子乗り過ぎたかも……』

「おい、御影東悟!」

 立ち上がったナユタが滞空中の東悟を見上げながら叫ぶ。

「やっぱり、もうその子に限界が来てるんじゃないのか?」

「うるさい。貴様の知った話ではない!」

「でもこのままじゃその子は本当に死んじゃうぞ!」

『あたしは……大丈夫』

 もしこれが人間の肉体なら血反吐でも吐いているのだろうに、美縁は気丈に言った。

『パパは負けない……あたしが、負けさせない……』

「死んでしまったら元も子も無いんだぞ、分かっているのか!」

『何を言ってるの? あたしはもう、死んでるんだよ?』

 まるで微笑んでいるかのように振舞う美縁だった。

『<アステルジョーカー>は死んじゃった人の力……あたしがこうして喋ってるのがそもそもおかしいんだって』

「ふざけた事を言うな。お前はまだ生きてる。こうして俺と一緒に生きてるんだぞ!」

『そう……だから、あたしもパパと一緒に生きる』

 決意と共に吐き出された言葉は、やがて現実に影響を与え始めた。

 ムルシエラゴが突然解除され、<月蝕蒼月>も粒子レベルに分解され始めたのだ。

「これは……!?」

『あたしは負けない。パパが負けさせないから……!』

 やがて<月蝕蒼月>が黒い粉となって完全に分解され、解除されていた筈のムルシエラゴが東悟の背後に顕現する。

「ムルシエラゴ……一体何の真似だ?」

 ムルシエラゴの<星獣態>を見たのも久しぶりだ。何せ、発動直後に<ビーストランス>して自身に纏うのが本気を出した時の東悟の戦闘スタイルなのだから。

 コウモリのような翼を背に負い、たくましい四肢と、鋭利な牙と耳を持つ、この世のどの生物とも類似しない筋骨隆々の悪魔。これがムルシエラゴの本当の姿である。

 それがいま、さっきまで<月蝕蒼月>だった黒い粉に覆われ、液体みたいな姿に変容する。こんな現象は、いままで見た記憶が無い。

『御影選手のムルシエラゴと<月蝕蒼月>が姿を変えた!? 何が起きているんだ!?』

『まさか、この試合中に進化しようというのか』

『そこの解説さん、正解』

 液体化したムルシエラゴが美縁の声を発し、すぐに左の脇差を覆い尽くし、ぼこぼこと泡を立てながら細長く錬成されていく。

 完成したその姿は、一本の黒い大柄な長刀だった。

 柄は細長い棒状に変更され、拳をすっぽり覆い尽くす大きな拳護が鍔元に備わり、磨き抜かれたような色合いの黒い片刃が陽光を反射して眩しく輝く。

 剣の中から、彼女は告げる。

 この、新しい力の名を。

『<アステルジョーカーNO.666《トリプルシックス》 デモンズ・タイラント>』


「試合中に<アステルジョーカー>が進化した!?」

 イチルが席を立って驚嘆する。

「でも、一体どうして……」

「おそらく進化のきっかけ自体は最初からあったんだろう」

 エレナが目を細め、こめかみに汗を浮かべながら述べる。

「使用者の成長と共にレベルアップするのが<アステルジョーカー>なんだろう? だったらあの脇差に蓄積されていた経験値はナユタやお前より圧倒的に上の筈だ。何せ、使い手はお前達よりずっと年季の入った大人なんだからな」

「だったら尚更、いまのタイミングで進化するっておかしくないですか?」

「お前達の<アステルジョーカー>と違って、あれには最初から美縁とやらの意思がある。美縁の心が成長したから、積まれていた経験値の一部が反映された。そう考えるなら不自然は無い――が」

 さすがのエレナも、どうやら驚きは禁じ得なかったらしい。その声は震えていた。

「<デモンズ・タイラント>か……あれは何か、とびっきりヤバい気がする」


 ナユタは驚きのあまり、いまが試合中であるのをすっかり忘れていた。

「……マジかよ」

ナナが<星獣>から<アステルジョーカー>を誕生させた時以上の驚きだ。こんな形での進化がこの世に存在していたなんて。

『パパ』

 美縁がナユタ同様に呆然とする東悟に呼びかける。

『行こう。あいつをぶっ倒しに』

「お前、体は大丈夫なのか?」

『さっきムー君からエネルギーを分けて貰ったから全然平気』

 ムー君とはムルシエラゴの愛称だろう。それにしても、美縁のアステルコアは<星獣>から何らかの処置を受けて回復するのか。それはそれで驚きだ。

『でも、そう長くはもたないよ。時間が来る前に決着を付けよう!』

「分かった」

 東悟が剣先を払う。どうやら腹を括ったようだ。

 自然と、ナユタの口角が釣り上がる。

「来るか……!」

 これで美縁の体を気遣わずに済みそうだ。全力を出しても基本は問題無い。

 ナユタが<ソードフォーム>の<ドライブキー>を装填すると、いままで着ていた白いロングコートが、全体的に赤が基調のカラーリングが施された陣羽織に変化する。

両手に<蒼月>を一本ずつ装備して、これで<ソードフォーム>への換装が終了した。

「いくぞ、美縁」

『おう!』

 東悟の姿が宙から掻き消えたかと思ったら、既にナユタの真横に回り込んでいた。やはり、彼の<流火速>も速度が向上している。

 体を瞬転させ、ナユタが二本の大太刀を真上から同時に振り下ろすと、同じタイミングで東悟も大きく<デモンズ・タイラント>を横にひと薙ぎする。

 二つの刃と一つの刃が衝突して、けたたましい異音を轟かせる。

 鍔迫り合いの中、二人は顔を寄せ合った。

「本当の勝負はここからだ」

「そりゃ何よりだよ!」

 剣を払って間合いを開けると、二人はそれぞれ真横に駆け出した。



 忠は妻の恵美と、タケシの病室で決勝戦の様子を見守っていた。ちなみに映像媒体は旧石器時代の遺物に等しいブラウン管テレビの姿をしているが、実はこれも立派な地上デジタル波放送対応型のハイビジョンテレビだ。

「思ったより早くケリがつきそうだな」

「九条ナユタ――タケシはいつも、あんな強い子の傍にいたのね」

 恵美がタケシの寝顔を見下ろしながら言った。

「あの子と関わるようになってからタケシが無茶をするようになったと聞いた時は正直色々悩んだけど、いまとなっては彼がこの子の目標になってるんだもの。複雑な心境ってこういう事を言うのかしら」

「男は傷付いてナンボの生き物だ。そういう意味では、九条君に感謝せねばな」

 再び試合中の様子に集中する。

 いまは<ソードフォーム>のナユタが、背面と足裏に追加された小型バーニアを活用しながら高速移動して、東悟の高速移動に対抗しながら激しく斬り結んでいる。

 やがて、<ドライブキー>の差し替えで、ナユタが<ウィザードフォーム>に換装。纏う衣装が赤い陣羽織から真っ青なローブに切り替わり、武装も二丁のハンドガンに変更、謎の浮力で甲板上を滑るように移動して射撃戦に持ち込んだ。

 <ウィザードフォーム>のナユタはまるでスケート選手のような動きが特徴的だ。<イングラムトリガー>の時より性能も全体の性能が大幅に向上している。

 しかし、ナユタの弾丸も東悟には届かない。全て反重力の壁で押し返されるからだ。

「う……」

「!」

 一瞬、タケシの口から唸り声らしきものが零れた。

「タケシ……!」

「……親父」

 目を開けたタケシは、消え入りそうな声で呟いた。

「ここは……病院か」

「そうだ。いま医者を呼ぶ」

「俺は……負けたのか」

 ナースコールのボタンを押した忠が、タケシの問いで動きを止める。

「って事は、決勝戦って」

「九条君と御影東悟の試合だ。いま中継されている」

「…………」

 タケシは首だけ回して視線をテレビに遣ると、常識を超えた速力で衝突を繰り返すナユタと東悟の姿を凝視する。

「……あのオカマ院長に合わせる顔がねぇや。情けねぇ」

「いいえ、あなたはよくやってくれたわ」

 白衣姿の坊主頭の大男が、二人のナースを伴ってこの病室に入ってきた。

 噂をすれば影という奴か、その大男がオカマ院長こと、レイモンド・アッカーソンだ。

「試合の顛末をさっき映像で確認して、事情も全て六会長官から伺いました。本当に、ここまでよく戦ってくれたわね」

「アッカーソン院長……? 何であんたがここに?」

「あなたが負傷したとの報を受けてすっ飛んできたのよ。私は医者なんでゴールデンウィークにも仕事があるもんで、決勝トーナメントまでは見ちゃいなかったんだけど……こういう事になるなら、無理矢理休暇を取ってでも見ておくべきだったわ」

「すまない。結局、俺はあんたの病院を救えなかった」

「いいの。元々、子供に背負わせる業じゃなかったのよ」

 レイモンドはタケシのベッドの横で跪いた。

「それに、あなたは自分の勝利や私達の願いより観客の安全と命を優先した。その判断はどんな切なる願いよりも尊いの。だから、謝らないで。私はあなたを恨むどころか、むしろ誇らしく思っているのだから」

「…………」

 忠はさっきまで、内心では「これで良かったのだろうか」という疑問を抱いていた。

 でも、その答えについては考えるまでも無かった。

「さあ、タケシ君。まずは体温を計ろうかしらね」

「う……うっす」

「服を脱ぎ脱ぎしましょうねー」

「ちょ、何処触ってんだこのゲ――やめ、そこの綺麗なお姉さん達に手伝ってもらうから、あんたは俺に触るな!」

「可愛い看護士さんにちやほやされたいのは良いけど、ナナちゃんに知られちゃったら入院費が倍以上嵩むわよ?」

「それは困ったわね」

 恵美が見た目通りのおばさん笑いをする。

「タケシ、ちょっとは大人しくしていなさい。私達だって、何万何十万と湯水みたいにお金を使える程、裕福な家庭じゃないのよ?」

「酷い! 息子が性犯罪に巻き込まれようとしているのに!」

「病院で騒いじゃ駄目よーん」

「何故下まで手に掛ける? そこはまだ良いだろ!?」

 やっぱり、タケシはいつものタケシだった。

 忠の中で、これで良かったのだろうかだなんて考える気は、とっくに失せていた。



 <デモンズ・タイラント>が出現してから、東悟の動きに躊躇が無くなった。加えて、操る重力の重さがさっきとケタ違いだ。おかげでナユタはさっきから東悟に接近出来ていないし、どんな攻撃も当てられずにいた。

 美縁の進化形態は<アステルジョーカー>自体の能力値に大幅なプラスを与えるだけで、東悟自体の戦闘能力は全く向上していないどころか、ムルシエラゴを解除した末に形態なのでむしろ低下している。つまり、純粋な接近戦ならナユタにもまだ勝ちの目は残っている。

 問題は、どうやって相手に近づくか、だ。

『寄るな!』

 再び反重力で真上に吹っ飛ばされる。ナユタは<ウィザードフォーム>から<ウィングフォーム>に再換装すると、Vフィールドの内周を沿うように飛行し、一旦方舟の真下に回り込んだ。

「あいつら、息ぴったりだな」

「きゅい」

 ナユタの頭の上に、SD化したチャービルが乗っかる。

「<アステルジョーカー>とオペレーターが意思を持って連携している。二人の間に強い絆が無けりゃ不可能な芸当だな」

「きゅうーん」

「チャービルよ。毎度の事ながら、何言ってるかわかんねーよ」

「きゅいきゅい、きゅきゅきゅーい!」

「俺にイルカ語は通用しないって何度言えば分かるんだ」

「きゅう」

 チャービルはナユタの目の前に踊り出ると、メモ帳の画面を呼び起こし、文字を撃ち込んでナユタに見せつけた。なるほど、そういえば、筆談という手があったか。

「えーとなになに……? だったら僕達もコンビネーションアタックだ! ……って、お前は水のあるところじゃないと召喚できないだろ?」

 チャービルが<フォームクロス>で空を飛べるのは、ナユタが<インフィニティトリガー>を使っていない場合のみである。

 でも、意外と方策はあったらしい。チャービルが作戦を提案する。

「……おお、その手があったか」

 船の高度はさっきから下降気味だ。半径二キロ以内には海面も含まれている為、チャービルの召喚が一定時間だけ可能となる。

 その一定時間で、奴の余裕を突き崩す!

「<ビーストサモンカード>・<チャービル>、アンロック!」

「きゅい!」

 頭の上からチャービルが消えると、ナユタは再び船体を回り込んで甲板の上に降り立ち、マストの上に佇んでいた東悟を見上げる。

「いままで律儀に待ってくれてありがとよ」

「いや、こちらも美縁は休ませたいからな。それで、何か良い案でも思いついたか?」

「それはやってみてのお楽しみだ」

 <ウィザードフォーム>の<ドライブキー>を指で弾いて回転させ、再び掴み取ると、鞘に収まったままの<蒼月>の柄頭に備わる鍵穴に端子部を挿し込んだ。

 <蒼月>を抜刀。刀身が青く輝くと、蛍火のように散華する。

「<インフィニティトリガー>の全能力をお見舞いしてやる」

 これから放つのは<インフィニティトリガー>の最終奥義。

 <トランスミッション・フルストライク>。

「<月火陣閃>!」

 ゆらゆら漂う無数の蛍火が一瞬で魔法陣に変化し、一つにつき無数のレーザーを発射。夥しい数のレーザー光線の怒涛が東悟の前面を覆い尽くす。

『<グラビレイズ・リフレクタ>!』

 例によって斥力の壁を形成、彼に当たる予定だったレーザーが全て受け止められる。

 その隙に、<蒼月>の柄頭に刺さっていた<ウィザードフォーム>の<ドライブキー>を<ソードフォーム>の<ドライブキー>に差し替え、東悟の真後ろに回り込む。

 振り上げた<蒼月>の刀身が肉厚な包丁を模した巨大な姿に変貌する。

「<月火斬閃>!」

 渾身の縦一閃。身を翻した東悟が<デモンズ・タイラント>で斬撃を受け止めるが、あまりの威力に吹っ飛ばされ、甲板の上に叩きつけられる。

『いったぁ!? あの技、なんつーパワーだよ!』

「<インフィニティトリガー>は<ドライブキー>の差し替えで、その能力対応した必殺攻撃を撃てる。プロメテウスもあの力にやられた」

「まだまだぁ!」

 ナユタが<ウィングフォーム>の換装を解き、その<ドライブキー>を<蒼月>に挿し込むと、刀身が白い大きな翼みたいな形に変容する。

 あの技は方舟の戦いに終止符を打った、<インフィニティトリガー>最強の必殺攻撃!

「<月火翼閃>!」

 宙に散乱させた羽が白い太刀筋に変わり、鋭くこちらの周囲から襲い掛かってきた。

「美縁!」

『パパ!』

 東悟は自らの<輝操術>でアステライトを刀身に収束し、美縁が重力でそのアステライトを圧し固めて巨大な黒い刃を生成する。

 まずは後方から飛んできた太刀筋を払い、身を翻して右、さらに回転して左、真下から切り込んでくる太刀筋も薙ぎ払い、正面から飛んできた三本の太刀筋もまとめて斬り伏せた。

 卓越した剣捌きと超絶的な反応速度、<輝操術>による加速と、美縁が生み出した超高密度かつ純度が高いアステライトの刃。これら全てが揃った結果、ナユタが持つ技の中で最強の威力を誇る技、<月火翼閃>は破られた。

「全部叩き落としやがった……!? ならば――」

 自然と楽しくなってきた。でも、やる事は変わらない。

「チャービル、<レミッションレーザー>!」

「きゅい!」

 目下の海面から青いレーザーが突き上がりループして、メインルームの上に降り立ったナユタを頭上から狙う。

 ナユタは<蒼月>の柄に両手を添え、自らの手前に落ちてきたレーザーの先端を刃の腹で打ち、ターゲットを東悟に変更する。

 東悟は右に飛んでレーザーを回避するが、その面持ちには冷や汗が浮かんでいた。

「レーザーの軌道を変えただと!?」

「おらおら千本ノックじゃ!」

 おそらくはチャービルが海中を不規則に泳ぎ回りながら撃っているのだろう、各方向からレーザーがナユタのもとへ吸い込まれるように向かい、その度に<蒼月>によって打ち返され、本来のターゲットである東悟へ向かう。

「おらおらおらおら!」

 まさに千本ノックそのものだ。

『にゅっ!?』

 <デモンズ・タイラント>がレーザーの直撃を受けると、美縁が変な声を上げる。

『パパぁ~、なんだかちょーねむーい』

「鎮静作用のあるレーザーか。しかし」

 東悟が刀身に手を添えると、<デモンズ・タイラント>が刀身から黒いアステライトを噴射して、美縁の容体を復活させる。

『ふっかーつ!』

「俺にもある程度の精度を持った<回>が使える事を忘れるな」

「だろうと思ったよ!」

 ナユタは<サモンフォーム>の<ドライブキー>を<蒼月>に挿し込むと、

「<アームドビーストランス>、チャービル!」

 限定的にリリカが得意とする技を使用。海中のチャービルが彗星みたいな光となって飛翔し、<蒼月>の刀身に飛び込み、刀身の形をチャービルそのものに変化させる。

「<月火獣閃>・ver.チャービル!」

「きゅいいいいいいいいいいいいいい!」

 鍔元からチャービルが射出される。東悟は身を翻して、蛇行しながら船尾に向かうが、どんな逃げ方をしてもチャービルが自らの意思で彼の背を追尾する。

 チャービルの鼻柱が直撃、全身が炸裂。東悟の動きが完全に停止する。

「……! 動けない……!」

 <月火獣閃>のチャービル弾頭に直接的な攻撃力は無い。水属性のアステライトの特性を最大限引き出して放った結果、あのイルカは着弾したあらゆる対象の運動を一定時間だけゼロに近づけたのだ。

「<モノ・トランス>=<デスサイス>!」

 水色の光子で構成された大鎌を召喚し、東悟の間合いに入って思いっきり大振りするが、切っ先が見えない何かに阻まれてしまう。またしても美縁が自分の意思で重力の壁を発生させたらしい。

 東悟の体が急に真上に跳ね上がる。これも美縁の仕業だ。

「<モノ・トランス>=<バスター>!」

 再び二丁拳銃を召喚、即座に連射。彼の真下に張られた重力の壁に全弾防がれる。

 いよいよ、必殺奥義も最後の仕上げに入る段階まで来た。

「<モノ・トランス>=<ミラージュ>!」

 ナユタの横並びに、<ウィザード>、<ソード>、チャービルを装備した<サモン>の姿をした自らの分身体を出現させる。そして、自身も<ウィングフォーム>に換装した。

 まず、<ソードフォーム>の分身が飛び上がり、東悟にすれ違いざまの一閃を繰り出してダメージを与え、続いて二丁拳銃を装備した<ウィザードフォーム>が銃口の前にそれぞれ魔法陣を生成、<破陣>の複数レーザーを発射。直撃直後、イルカの形を模した小太刀二刀を携えた<サモンフォーム>が両腕を順々に振って<月火縫閃>を発射。これも直撃する。

 だが、いずれも浅かった。東悟が体のコントロールを取り戻し、重力の壁や<デモンズ・タイラント>を駆使して全ての攻撃を凌いでいたのだ。

 最後に、<ウィングフォーム>のナユタが飛翔、東悟の遥か頭上を支配する。

「これで止めだ!」

 <トランスミッション・フルストライク>。全<フォームクロス>、よく使う攻撃系の<モノ・トランス>、<蒼月>の各種必殺技、加えてチャービルによる攻撃、これら全てを用いた怒涛の連続攻撃。

 ナユタは最後の締めとして、<蒼月>からこれまでにおいて最大量のアステライトを噴射し、真っ直ぐ東悟に向けて降下した。

 これはバリスタを倒した最後の一撃。

 最大威力の<月火縫閃>、零距離発射だ。

「くたばれぇええええええええええええええええええええええええええええ!」

 巨大な光の斬撃が東悟の全身を呑み、ナユタは彼の真下の床に着地する。

 これだけの攻撃を喰らえば、さしもの東悟も耐えきれないだろう。

『決まったぁああああああああああ!』

 実況が音割れしそうな勢いで叫ぶ。

『九条選手、全ての技を用いた怒涛の連撃! 御影選手、一巻の終わりか!?』

『……いや』

 村正が当然の反応をする。無論、ナユタもこれで終わったとは思わない。

 東悟が司令室の上に墜落する。

 いま確認すると、彼のHPはレッドゾーンのまま残っていた。


「野郎、まだ生きてやがった」

 Bブロックの観客席。ハンスが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「でもあと一息だ。ナユタの方が、まだ比較的余裕がある」

「だと良いんですが……」

 リリカが不安そうな顔をする。

「さっきから思ってたんですけど、あれだけの攻撃を防いだりなんかして、あの脇差の子は大丈夫なんでしょうか?」

「言われてみれば……」

「あれを見ろ!」

 修一が何故か焦燥したように叫ぶ。

「あいつ、何か様子がおかしい!」

 不幸にも、リリカの不安は的中していたようだ。


 チャービルを一旦カードに戻すと、東悟がよろよろと立ち上がる。

 その時、ナユタの目に、驚愕の光景が飛び込んできた。

「あれは……!?」

<デモンズ・タイラント>の鍔元から、黒い触手みたいな物体が何本も生えて蠢いている。見た者全てを生理的に嫌悪させるような有様だった。

 しかも操っている当人である東悟が白目を剥いている。

『おやや? これはどうした事か! <デモンズ・タイラント>から怪しげな触手が……というか、御影選手の様子も何かおかしいぞ!?』

『九条選手、いますぐ逃げろ! 早く!』

『はい?』

『あれは危険だ! 早く止めさせないと――』

 いち早く危機を察知した村正が制止しようとするが、既に遅かった。

 触手の先端が東悟の腕に突き刺さると、彼は歪なうめき声を上げ、その場で激しく刃を振り乱しながら暴れ始めた。

『どどど……どうなってるんだ!?』

『おそらく<デモンズ・タイラント>のアステルコアにも御影選手当人にも意識が無い。だからコントロールを失った<デモンズ・タイラント>が暴走しているんだ』

『暴走!? だったら早くVフィールドを解かないと!』

『駄目だ。解除したらダメージが現実化する。そうなったら、あの状態の御影選手と九条選手が本当の殺し合いをする羽目になるぞ!』

『じゃあどうすれば!?』

「試合中に俺が<デモンズ・タイラント>を止めれば良い!」

 ナユタが実況席の二人に向けて声を張る。

「あんたの言い分だと、バカ親かバカ娘のどっちかを叩き起こせば暴走は止まるって事だよな!? だったら話は簡単だ!」

「がああああああああああああああああああああああっ!」

 白目を剥いて絶叫し、東悟が司令室の上から飛び降り、<流火速>を用いた高速移動で再びこちらへ肉薄してきた。

 ナユタが再びスラスターを噴かせて飛行すると、あちらもこちらと同じかそれ以上の速さで跳躍して追いすがってくる。このまま速力に任せて逃げ切る作戦は無しか。

 両者の剣が再び衝突する。相手の斬撃が思ったより体の芯に響く。

「おいコラ、この野郎! 試合中に親子揃って居眠りしてんじゃねぇ! 起きろ!」

「あぁあああああぁぁああぁあああああぁああぁああッ!」

 さらなる悲鳴と共に、東悟の顔の左半分に血管の筋がくっきり浮かび上がり、背中から黒い双翼が突き出てきた。おそらく、<デモンズ・タイラント>と融合しているムルシエラゴも意識を失って暴走しているのだろう。

 親も子もペットも自我が無い上にこの有様とは。

「ちっ……だったら!」

 何度も何度も剣を振りかざしてくる東悟の腹に蹴りを入れ、一瞬だけ動きを止めると、ナユタはすかさず一頭身分だけ間合いを開ける。

「<バトルカード>・<フラッシュボム>、アンロック!」

 自分と東悟の間に四つの光球が生まれ、破裂。眩い光がVフィールド内をくまなく覆い尽くした。この閃光手榴弾がきつけになれば御の字だ。

「あぁあああっ!」

 呻き声と共に、ナユタの体が一瞬でVフィールドの壁に叩きつけられた。ダメージ量に従いHPが減少。これでナユタのHPもレッドゾーンに突入した。

 刀で咄嗟に防御していなかったら危なかった。

「野郎……!」

 毒づいている余裕などなかった。

 東悟は死にもの狂いの形相で、既に再びナユタの間合いに侵入していた。


 Aブロックの観客席にて。

「御影さん、ナユタ!」

 イチルが前のめりになって叫ぶ。

「あの二人を早く止めないと……このままじゃ、美縁ちゃんが……!」

「落ち着け、イチル。私達が騒いだところでどうにもならん」

 エレナが至って冷淡にイチルを制する。

「ナユタを信じよう。いまはあいつに賭けるしかない」

「でも――」

「ナユタ君なら大丈夫だよ」

 絢香が朗らかな笑みを浮かべる。

「彼は必ず奇跡を起こしてくれる。そうやって、いままで生き抜いてきたんだから」

「そうそう。絢香の言う通り!」

 ユミが偉そうに頷く。

「ほら、見てみ? あいつ、まだ粘ってるよ」

 イチルは言われた通りに試合中の様子に再び目を遣る。

 東悟と切り結ぶナユタのスピードはさっきよりも落ちている。だが、いまはどうにか持ちこたえていた。

「諦めの悪さは父親譲りってところかな」

「父親……?」

「九条カンタ。単騎で総勢千体余りの<星獣>をなぎ倒し、レジェンド型<星獣>を二体も制圧した事から、西では『暴君』として語り継がれた伝説の男。その強さの秘訣は、どんな強敵が相手でも諦めずに立ち向かう粘り強さにあったらしいよ?」

 まるでイチルの母親、八坂ミチルみたいな男だ。彼女もかつては、自分がどんな苦境に立たされても諦める事を知らなかった。

「だから、大丈夫」

 ユミはさっきと打って変わり、人を安心させるような笑みを浮かべた。

「よく言うでしょ? その親にして、この子ありって」


 タケシの病室で試合を鑑賞していた忠は、昔を思い出して舌打ちしてしまった。

「……何から何まで奇天烈な男だったよ、九条カンタは」

「親父?」

 病床のタケシが訝る。

 そういえば、タケシには話していなかったような気がする。

「私にも生涯のライバルと呼べる男がいた。それが九条カンタ。九条ナユタを拾い、育て上げ、いまも彼の<アステルジョーカー>となって戦い続ける男だ。九条君を見ていると、あの男の姿が毎度のようにちらついてくる。血も繋がっていないのに、何故かあの男によく似ているんだ」

「どんなところが似てたんだ?」

「飄々として、無礼勝手もお構いなし。やけに人懐こくて、どんな事に対しても諦めが悪かった。そういう全てが九条ナユタの人格を構築したんだろう。でもな、タケシ。そんな倅も、あいつのとある部分だけは引き継がなかった。それは何だと思う?」

「知らねーよ。俺はそのカンタさんとやらには会ってないし」

「だったら教えてやる。それは――」


「才能だ」

 たまたまタケシと忠がしていた話と同じ内容を、ハンスもリリカに聞かせていた。

「カンタさんのバトルセンスは天才的だったという。だからそれ相応の武勇伝もあったし、ナユタにも自分が持ちうる戦いの術を全て叩き込んだんだろう。でも、ナユタには元から戦闘の才能が無かった。言ってみりゃ、ナユタはカンタさんの劣化版だ」

「劣化版であの強さって……じゃあ、カンタさんはどれだけ強かったんですか?」

「いいや、逆なんだよ」

「はい?」

「才能ってのは言ってみりゃ『与えられたステータス』であって、『独力で得たステータス』じゃない。つまり、ナユタはこれまで教えられた事の全てを一つ一つ、丁寧に呑みこむ事でしか強くなれなかった。才能のある奴はいくつかの段階をすっとばしてどんどん先に強くなっちまうが、ナユタは決して強くなる順序を一つも抜かした事は無い。だからナユタはあれだけ強くても、自分の力は決して誤解しない」

「じゃあ、逆って言ったのは……」

「自分の非力さを知っているから、本気を出したナユタは誰よりも容赦が無い。自分が望んだ結末を迎えるまで、あいつは力の限り、何度だって立ち上がる」

 それはあの九条カンタですら持たない、ある種の『才能』だった。


 速力が徐々に戻り、<インフィニティトリガー>のスピードが再び東悟と並んだ。

 しかし、今度はナユタの肉体自体に限界が訪れ始めていた。<アステルジョーカー>を長時間に渡って稼働させて全開戦闘を続けていれば、いずれこうなるのは自明の理だ。疲労がピークに達するのも時間の問題だろう。

 でも、まだ諦める訳にはいかない。

「グオオオオオォッ!」

 再び横薙ぎの一閃がナユタを襲う。何とか意識を集中させ、<蒼月>の刀身で斬撃を受け止める――が、力を受け流す余力も無くなったのか、その体は再び甲板の上に叩きつけられてしまった。

 墜落直前に<モノ・トランス>の<シールド>を背中に展開していたのでダメージは極めて軽微で済んだが、もう一撃喰らったら今度こそゲームオーバーだ。

 いっそ、このまま暴走状態を長引かせ、美縁のアステルコアが自壊するのを待つか?

 駄目だ。それだけは出来ない。

「まだ……諦めてたまるか」

 立ち上がり、ナユタは思い返した。

 西の最果てに棄てられ、カンタに拾われて育った十年間。

 カンタが死に、砂漠を彷徨っていたところをバリスタに拾われ、軍の少年兵として戦火を駆け抜けた三年間。

 セントラルに移住し、星の都学園の仲間達と過ごした一年間余り。

 この人生十四年の間で、俺は数多くの命を奪い、取りこぼしてきた。

「こんなところで、絶対に!」

 こんなところで折れてしまったら、いままで踏み台にしてきた全てが無駄になってしまう。もしここで諦めたら、明日の俺は昨日の俺を絶対に許せなくなる。

 いまだって、俺は過去の俺を許せてなんかいない。名塚がしでかした色んな惨事のおかげでそれがよく分かった。

 これ以上、俺は後悔したくない。

「<インフィニティトリガー>!」

 肩を震わせ、ナユタは力の限り叫んだ。

「お前、<アステルジョーカー>なんだろ!? だったら俺にもっと力を寄越しやがれ! 第二解放でも最終形態でも何でもいい! 必要なら俺の命を喰らっても構わない! だから、いますぐそこのバカ親とバカ娘とバカペットを叩き起こすだけの力を俺に寄越しやがれ!」

 いくら呼びかけても、<インフィニティトリガー>はうんともすんとも言わなかった。

「何が<インフィニティトリガー《無限の引き金》>だ! その名前は見かけ倒しか? もしそう言われるのが悔しいなら根性見せろや!」

 叫んでいる間にも、東悟が最接近してきた。ナユタは舌打ちすると、

「<バトルカード>・<ラスタースモッグ>、アンロック!」

 <蒼月>の刀身から光輝く大量の噴煙を撒き散らした。

「<月火縫閃>!」

 正面に光の斬撃を一発。姿は見えないが、東悟に直撃した手応えはある。その直後、奥で重たい何かがぶつかり合うような音がした。おそらく、マストに東悟の体が叩きつけられたのだ。

 ナユタは再び自らの力に呼びかける。

「もうあの様子だと俺があいつを倒しても暴走が続くぞ。そうなったら俺はあいつを殺さなきゃいけなくなる。でも、そんな真似だけは絶対にしたくない! だから頼む、俺に力を貸してくれ!」

 少しだけ待ってみる。だが、やはり何も起きてはくれない。

 やっぱり、駄目なのか。

「……くそ」

「きゅい」

 空気も読まず、SD化したチャービルがナユタの頭の上に乗っかる。

「きゅいきゅい、きゅいきゅきゅきゅーい」

「……何言ってるか、わかんねーよ」

「きゅきゅーい!」

 おそらく<月火獣閃>を撃てと言っているのだろう。でも、これ以上そんな技を撃てば、ナユタ自身の肉体が過大なダメージを負う。

 さっきから続いた接近戦の応酬で体力も限界に近い。

 ナユタはとうとう、甲板の上で片膝をついた。

「……もう、限界が来たのか」

「きゅきゅきゅい!」

「大丈夫……まだ、立てる」

 強がりで笑ってみせ、ナユタは再び立ち上がった。

 光学の霧が晴れ、東悟の姿が再び露になる。彼もどうやら体力の限界を迎えていたらしく、その足取りも覚束なかった。

「きゅい!」

 チャービルがメモ帳機能の画面をナユタの前に突き出した。

「……chaos?」

「きゅきゅい」

「カ……オス……」

 メモ帳に記載された、ひとつの英単語。

 ナユタはこれまでの記憶から、その単語を聞いた機会を探り当てようとする。

「カオス……カオス……」

 喉の奥に何かが引っ掛かっている感触がした。あとちょっとで、明確な形となって口から吐き出されそうな、そんな感じだ。

 カオス――そうだ。一つだけ、この状況を打破する方法がある。

「カオス……<アステルジョーカー>……?」

 ここは方舟の上だ。去年の冬、ここで俺はその単語を聞いている。

「<カオスアステルジョーカー>」

 呟いて、その意味を再び咀嚼し、ナユタはある日の事を思い出していた。


「<カオスアステルジョーカー>って何なんすか?」

 方舟の戦いが終わってから大して日を置かなかった、ある日の話。ノース区にある園田村正のラボに訪れていたナユタは、村正に頼まれて<インフィニティトリガー>の性能テストを実施していた。

 その時の話の流れで、ナユタがこういう質問を村正にしたのだ。

「ああ、そういえば詳しく説明していなかったね」

 村正がいま思い出したように言った。

「<カオスアステルジョーカー>というのは、その名の通り、全ての<アステルジョーカー>の中心に存在する、いわば混沌の坩堝みたいな存在なんだ。別の言い方をするなら、カジノのディーラーみたいなものでね」

「カジノか……」

 ある日、九条カンタから悪い遊びを教わった時に連れて行かれたのをよく覚えている。どういう訳か知らないが、ナユタが賭けをした途端、面白いくらいヤマが当たって大儲けしたのも記憶に新しい。いま思えば、当時の親父の生活費の大半はカジノで賄われていたような気もしなくはない。

「<カオスアステルジョーカー>は全ての<アステルジョーカー>と無線で繋がっている」

 村正が話を本筋に戻す。

「<アステルジョーカー>にはそれぞれ製造順にナンバーが記載されているだろう? それらを決めているのも<カオスアステルジョーカー>なんだよ。逆に言えば、<カオスアステルジョーカー>が破壊されれば<アステルジョーカー>からナンバーが消える」

「でも、八坂ミチルの<カオスアステルジョーカー>はイチルが破壊しましたよ? 何でその時にナンバーが消えなかったんですか?」

「それについては目下調査中だが、君の<アステルジョーカー>に……いや、<蒼月>にその秘密が隠されているみたいだ」

「<蒼月>?」

 そういえば、ミチルの<ステラマイスター>を破壊した武器は<蒼月>だった。イチルが彼女と最後の一騎打ちをする際、ナユタがイチルに決着がつくまで貸し与えたのだ。

「そう。さっき<蒼月>のメンテナンスをしていたら、開発当初は存在していなかったシステム領域を発見してね。それらの構造は<アステルジョーカー>内に存在するブラックボックスとよく似ている」

「ほほう……」


 <カオスアステルジョーカー>の能力はこの身を以てたっぷりと味わっている。そして、その厄介者を破壊した武器を、ナユタはいま握っている。

 龍牙島で受け取って以降、数々の激戦を共に潜り抜け、いまやナユタの愛刀となった一本の大太刀。

「きゅきゅいきゅい」

 チャービルが大きく頭を縦に振った。

 そうか。いくら<インフィニティトリガー>に呼びかけても無駄だったのは、そもそもこいつには進化の余地が無いからなのか。

 あるとすれば、外付けのハードやソフトしかない。これはそういう力だ。

「グルルルル……」

 東悟が獣じみた鳴き声を漏らし、腰を低くして突進の構えに入った。

 もう東悟と美縁に残された時間は少ない。このままだと本当に自壊してしまう。

「……そういや、親父から言われてたっけな。賭け事の才能だけはあるって」

 俺の人生はいつだって、否が応でもギリギリのギャンブルだった。だから、どんな賭けをするにせよ、それが自分の日常だった。

 これもそんな人生の、たった一ページに過ぎない。

「やるぞ、チャービル」

「きゅい!」

 <蒼月>の柄に両手を添え、切っ先を東悟に真っ直ぐ向ける。

『九条選手、一体何をするつもりだ!?』

『まさか、ここで使う気なのか!』

 ああ、そうだよ。園田村正、あんたが言ったんだぜ?

 <蒼月>には、隠された領域――<アステルジョーカー>のブラックボックスがあるって。

「発動率一〇〇%――<アステルジョーカー>、フルアンロック!」

 まるで鍵穴に差した鍵を捻るように、突き出した<蒼月>を横に捻った。


「フルアンロックだと……!?」

 方舟内の機関室にて、自らの<アステルドライバー>で試合の様子を見ていた一之瀬ヒナタは、ナユタが起こした奇跡を見て驚嘆した。

 昔、八坂ミチルが一番目の<アステルジョーカー>――<ステラマイスター>を作って発動した際、彼女はその能力値を全て一気に解放した。

 その結果生まれたのが、<カオスアステルジョーカー>だ。

「まさかあいつ……ミチルさんと同じ境地――発動率一〇〇%に達したのか」

 発動率とは、<アステルジョーカー>に内臓された力をどれだけ引き出したかという割合を指す。<アステルジョーカー>は使い慣れていないと精々六〇%ぐらいの力しか発揮しないが、熟練すると九〇%ぐらいの力を発揮できるようになる。

 ミチルはそれを、最初から一〇〇にする術を持っていた。

 何せ、最初に本格的な<アステルジョーカー>を作った張本人なのだから。


 ナユタの全身が黒い炎に包まれると、纏っていた白いロングコートが黒く染まり、コバルトブルーのラインも真っ赤に染まっていた。まるで、ライセンスバスターの制服の色、そのまんまだ。

 両手には黒く薄い手套が嵌められ、足には黒いブーツが装着される。

 最後に、水色だった髪が、黒く塗りつぶされた。

『<カオスアステルジョーカーNO.9 デステニートリガー>』

 <アステルドライバー>の画面上には、この名前が表示されていた。


「<デステニートリガー>!?」

「ちょい待ち、<カオスアステルジョーカー>って……」

 絢香とユミが同時に驚嘆する。エレナに至っては、開いた口が塞がらない様子だ。

 いまナユタが発動したその力――あれは、八坂ミチルと同種の力。

「ナユタがお母さんの力を……?」

 イチルからしても、この光景はにわかに信じがたい様相を呈していた。


 不思議と体が軽い。さっきまでの疲労が嘘みたいだ。どうやら、発動と当時にこれまでの肉体的ダメージを回復してくれたらしい。

「きゅう!」

 ナユタの横で、チャービルが「GO!」とでも言っているような気がした。

 ――いいだろう。やってやる!

「<モノ・トランス>=<ウィング>、<ソード>、<ブースト>」

 背中に<ウィングフォーム>のスラスターを装備し、右手に<蒼月>を召喚。さらに肉体強化の技を使用し、一息に東悟との間合いを詰めた。

 真下からの斬り上げ一閃。東悟の体が、思ったより軽々と真上に吹き飛ぶ。

「<モノ・トランス>=<バスター>!」

 両手に黒い自動拳銃を一丁ずつ召喚、発砲。直撃する。

 さっきと違って奴に重力の壁は使えない。あれは美縁の意識があって、初めて使用可能となる技だからだ。

 東悟が<デモンズ・タイラント>を振り上げ、縦に一閃。無数の黒い太刀筋が飛び出し、正面から雪崩のようにナユタを襲う。

「<モノ・トランス>=<サークル>!」

 <バスター>を消し、両手に見慣れたグローブを装着。

「<盾陣>!」

 正面に禍々しさがにじみ出た黒い魔法陣を展開。黒い太刀筋を全て受け止め、霧散させた。

「<円陣>・<破陣>!」

 続けざまに複数の魔法陣を手前に展開、陣の真ん中から複数のレーザーを撃ち、火線で東悟をVフィールドの天蓋すれすれまで追いやる。

 そうだ、それで良い。

 お前がいま誘い込まれたのは、既に展開していた大型の<転陣>のすぐ傍だ。

「ぐぉおおっ!?」

 彼が<転陣>に呑まれ、さらにナユタの手前に同じ陣が展開されると、その中央から東悟が飛び出してきた。

「<円陣>・<衝陣>」

 今度は右手の甲に魔法陣を乗せ、渾身の右ストレート。

 東悟の顔面に思いっきり拳がめり込み、再び彼はマストに叩きつけられた。

 彼のHPはかすり傷程度のダメージしか受けていない。やはり頑丈な奴だ。

「<モノ・トランス>=<アロー>!」

 <セイヴァーマーチ>と良く似た黒い弓を召喚。ナユタは甲板を蹴って駆け出した。


『九条選手がいま使ったのは六会選手の<円陣>と八坂選手の<セイヴァーマーチ>だ! 他人の<アステルジョーカー>を使えるなんていう能力は前代未聞だぞ!?』

『いや、八坂ミチルの<ステラマイスター>も同じ能力を持っていた。九条選手の場合、それを<モノ・トランス>という形で具現化しているようです。しかし驚くべきは、九条選手の使いこなしです』

『使いこなし?』

『皆さんもご覧ください、彼の戦いぶりを』

 言われるまでもなく、病室のタケシもテレビに映るナユタの獅子奮迅をさっきからずっと凝視していた。

 熾烈な空中戦の最中、ナユタは黒い<セイヴァーマーチ>の弧に装備された刃を振りかざし、東悟を奥へ奥へと追い立てると、相手の斬撃を斜め後方に上昇してかわし、デッキケースから直接カードを抜いて、白い光の矢に変換して弓に番える。

 発射。鋭く速いレーザーの矢が、盾として構えられた<デモンズ・タイラント>に命中する。

「あいつ、全ての武器の能力を最大限に引き出してやがる」

「あれが九条ナユタの本領だ」

 忠が鋭い眼差しをテレビに向けながら言う。

「彼の最たるは高い身体能力と順応性。過酷な環境で鍛え抜かれ、<アステルジョーカー>を使い続ける過程で、彼はありとあらゆる武器を使いこなす『本物の技術』を得た。九条君の戦いには、彼の人生の重みが何もかも乗せられている」

 <イングラムトリガー>時代の<モノ・トランス>、<フォームクロス>、そして<インフィニティトリガー>の全能力。これら全てを遺憾なく発揮して、ナユタは数々の強敵を打ち倒してきた。

 西で過ごした十二年、平和の世界で起きた新たな戦いを生き抜いた二年。

 彼は混沌渦巻くこの時代が生んだ、奇跡の代行者だ。

「何で俺は、あんな奴に勝とうと思ったんだろうな」

 タケシの口角が自然と釣り上がる。

「絶対無理じゃん。俺とあいつじゃ、人生の重さが違い過ぎんだろ」


「<モノ・トランス>=<ドラグーン>!」

 ナナの<アステルジョーカー>を発動。ナユタ自身がキララに良く似たドラゴンの姿に変身して、口腔から黒い炎を吐き出す。

 炎が東悟の真上を通り過ぎる。直前で降下してかわされたか。

「<モノ・トランス>=<サークル>! <円陣>・<破陣>!」

 東悟の真下に複数の黒い魔法陣を配置、複数レーザーを放ち、あえて彼に回避させる。東悟を船首に近い甲板まで追い立てるのが狙いだ。

「<モノ・トランス>=<ブースト>!」

 ナユタが背に負う黒い双翼をはためかせて加速。一気に相手との間合いを詰め、両手をがっちり組み、丸太みたいに太い両腕をハンマーみたいに振り下ろす。

 直撃。東悟が甲板の上に叩き落とされた。

 ナユタはドラゴン形態を解除して船首に降り立ち、うつ伏せになって倒れる東悟の様子を窺う。

 彼はがくがく震えながら起き上がった。

「ぐぅ……うううっ……!」

 白くなっていた東悟の右目に黒目が戻ってきた。意識を取り戻しつつあるのだ。

 あと一息で、奴の意識を取り戻せる!

「<モノ・トランス>=<ダブルソード>」

 両手に一本ずつの大太刀を召喚。これは十神凌の<疾風牙燕丸>だ。

 しばしの睨み合いの後、二人の斬り合いが再び始まる。

 互いの速さはほぼ互角。意識を失っている分だけ東悟の太刀捌きには精彩が無い。前掛かりに攻めてくる東悟に対し、ナユタは凌と似たような太刀捌きで双刀を繰り、丁寧に相手の斬撃をいなしていった。

「<黒旋牙燕>!」

「……!」

 双刀を同時に縦に振り下ろすと、刃に纏っていた黒い太刀風が無数に分裂し、咄嗟の反射で高々と飛び上がる東悟を突き上げるように猛追する。

「がぁぁあぁああっ!」

 雄叫びと共に大振りされた<デモンズ・タイラント>が、一撃で<黒旋牙燕>を全て打ち払った。

 すると、東悟はまたぞろ<デモンズ・タイラント>を振り上げ、黒いアステライトを刀身に収束する。

『あれはBブロック決勝で最後に見せた御影選手の必殺技だ! 重力の集中によって超高密度に圧縮されたアステライトの斬撃……しかも、あの時より威力も規模も段違いだぞ!?』

 迂闊だった。東悟の意識が戻りかけているなら、暴走によってこれまで使えなかった重力を用いる技を使用可能になる。

『あれを消すにはビッグバン級のパワーが必要になります。現状、そんな芸当が可能な必殺技はこの世に一つだけです』

 分かっている。だから、その力も借りさせてもらおう。

「<モノ・トランス>=<ソード>!」

 <疾風牙燕丸>を消し、再び<蒼月>を召喚。実は、この刀には既に、とある<アステルジョーカー>の能力が備わっていた。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、フォースアンロック!」

 最後の力押しに必要になるかと思ってこっそりデッキに入れていた四枚の<ストームブレード>を、まさかこんなタイミングで、しかもこんな用途で使うとは思ってもみなかった。

「お前の力を借りるぞ、サツキ!」

 振りかぶった<蒼月>の刀身から白い太刀風が渦巻く。これはナユタがサプライズのつもりで用意していた<トルネードブリンガー>ではない。

 予想外の状況で生まれた、<トルネードブリンガー>の上位互換だ。

「<ハイパーカードアライアンス>・<ハリケーンオーバー>!」

 刀を握っているだけで自分の腕が折れそうだ。サツキがこんな技を何発も使っていたと思うと血の気が引くようだった。

 だから、自分の体が引き裂かれぬうちに、早く撃たねばならない。

「喰らえ!」

「ぐがぁあああああっ!」

 奇しくも、同時に最大威力の奥義を放つ形になった。

 瞬間最大風速がハルマゲドン級に達していた狂気の風が、ひとまとまりの矢となって、向かい側から真っ直ぐ飛んできた巨大な黒い矢じり型の斬撃と衝突する。

 ぶつかった白と黒が混ざり合い、二人の間に奇抜なコントラストを生む。

「ぶち抜けェえええええええええええええええええええええええええええええ!」

「ァアああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 喉を壊す程の叫びは、溶け合う白と黒の間で起きたビックバン級の爆発によってかき消された。


 戦場の中心から広がった未曽有の衝撃によって、Vフィールドの色が真っ白に塗り替わり、真っ黒に染まり、再びエメラルドのような緑色に戻った。

 大気が蒸発したのか、白い蒸気がもうもうと方舟を覆っている。

 やがて、Vフィールドがぱっと消滅した。

「Vフィールドが消えた……?」

 普通は起きない筈の状況を見て、イチルが控えめな声で呟く。

 蒸気が船外に流れてしばらく経つと、甲板上で倒れる二人の姿を発見する。

「どっちが勝ったの?」

『これは……二人のHPが、同時にゼロになった!?』

 観客席のモニターで二人のHP情報を確認すると、たしかにHPメーターがお互いに尽きていた。

「じゃあ、この勝負……」

『この勝負は引き分けですね』

 村正が告げる。

『ですが、こうなると勝敗についての判断が難しくなりますね』

『おおっと? 二人の選手が立ち上がり始めたぞ?』

 まだ立つ気力だけはあったらしい。ナユタと東悟が、それぞれの刀を杖に、歯を食いしばりながら立ち上がった。


 ナユタの<デステニートリガー>は強制解除され、髪の色も水色に戻っている。いま顕現している得物は<蒼月>一本のみだ。

 片や、東悟はというと。

「く……美縁、大丈夫か」

『パパ……うん、へーき』

 二人揃って、その声音は憔悴しきっていた。

 でも、どうやら意識は取り戻したらしい。しかも<デモンズ・タイラント>は解除され、東悟の得物は右手の<月蝕蒼月>と左手の脇差だけとなっていた。

 東悟は一旦ナユタに背を向けると、手近な砲塔の物陰に脇差をそっと置いた。

『パパ……?』

「苦労をかけたな。お前はここで休んでいろ」

 彼は再び振り返り、ナユタと対峙する。

「まだ勝敗は決まっていない。決着を付けよう」

「ふざけるな。試合はもう終わっただろ」

「いいや。試合結果は引き分けでも、まだ雌雄が決した訳ではない」

『……? あの……御影選手?』

 実況が何かに気付いたらしいが、もう遅い。

 既に、東悟は<月蝕蒼月>を手に駆け出していた。


『御影選手、攻撃を止めなさい!』

「まさかとは思うが、あのバカ共……!」

 実況とアルフレッドが焦燥する。

「やめて二人共! もう勝負はついたでしょ!?」

 いくら叫ぼうとも、リリカの声は二人に届かなかった。

 観客席全体の様子も、あまりの事態にざわつきが収まらない――かと思ったら、神妙な眼差しで二人の剣戟を、固唾を飲んで見守っていた。

「早く止めないと……」

「いいや、駄目だ」

 ハンスがリリカの肩を押さえる。

「ハンスさん、離して……!」

「どうやって方舟に乗り込む気だ? ナナの<アステルジョーカー>を使ったとしても相当時間を喰うぞ。それに、いま割り込んだら俺達は御影の奴に殺される」

「でも、このままじゃナユタお兄ちゃんが……!」

「分かってる。だから全て、あいつ次第なんだ」

 どういう訳だか知らないが、東悟はもはや完全な決着がつくまで勝負を止めない気でいる。説得はほとんど不可能だろう。

 だから、全てはあいつ――ナユタ次第だ。


 暴走状態より精彩の欠いた東悟の太刀を凌ぐのは非常に容易い。

 なのに、受け太刀する度に、体以外の何処かが痛む。

「何故だ!」

 東悟がひび割れた声で叫ぶ。

「お前は何故そこまで強い!? 何故そうまでして立ち上がる!? お前だってこの世界を恨んだろうが! お前だって俺と同じ生き物だろうが! この歪んだ世界に大切なものを奪われたのに――お前はどうして、俺の前に立ちはだかる!?」

ナユタはただ黙って彼の太刀を――想いを、しばらくの間、真っ向から受け止め続けた。

東悟は焦っている。最初からうっすらと分かっていた事だが、刃と刃を交わして初めて、ナユタは彼の心情をはっきりと察していた。

やがて、東悟が感極まって絶叫する。

「お前は一体、何者なんだぁあああああああああああああああああああ!」

「俺は俺だ!」

 頭上から飛んできた兜割に対し、ナユタは真下から<蒼月>を振り上げ、東悟の<月蝕蒼月>を美縁の傍まで弾き飛ばす。

 直後、東悟の回し蹴りがナユタの手首に命中。<蒼月>が後ろに弾かれ、プロペラみたいに回転しながら墜落して甲板の上を短く滑った。

 これでお互い丸腰。

 二人はそれぞれ拳を固めると、今度はノーガードで殴り合いを始めた。

 東悟の拳が思ったよりも軽い。それだけ、体力を消耗しているのだ。

 いや、本当にそうか?

 奴の拳を、俺は何でこんなに軽く感じるんだろう?

「おらぁあああああああああ!」

 渾身の右ストレートが東悟の鳩尾に入った。

 かと思ったら、東悟の膝蹴りがナユタの顔面にめり込む。ごきっと嫌な音。鼻柱が折れたか。鼻血が止まらない。顔の中心が異様に熱い。

 二人はまるで示し合わせたかのように反対方向に疾駆して、さっき弾かれた刀の柄をがっちりと掴み上げる。

 瞬転、二人は地を蹴り、引き寄せられるようにぶつかり合おうとしていた。


 二人が刀を拾った瞬間、イチルは背筋がぞっとした。

「だめっ……」

 いまはVフィールドが消えている。それに、二人には既に、あと一回分くらいしか刀を振るう余力が残っていない筈だ。つまり、これが最後の衝突だ。

 だからこそ、次の太刀を受けた者が確実に死ぬ。

「やめて……!」

 二人の間合いが目と鼻の先まで詰まる。

「やめてぇええええええええええええええええええええええええええええ!」

 イチルが絶叫した時には、既に決着が付いていた。



 東悟は美縁を復活させる為の技術が未来に完成すると信じ、<トランサー>との戦争直後、自らも八坂ミチル達と同じコールドスリーパー装置で眠りについた。

 そしていざ目覚めてみると、状況はさらに悪化していた。

 美縁を貶めた<トランサー>の一族が貴族としての扱いを受け、<アステルジョーカー>を成功率九十九パーセントで作る事が出来る機械が開発されていたのだ。

 まるで、美縁の犠牲が未来への礎になったと言われているような気分だった。

 それから東悟は一人で美縁を復活させる方法を探し続けていた。でも、どんなに世界中を飛び回っても、そんなものがこの世には無いと知り、絶望した。

 だから東悟は決心した。せめて、美縁を苦しめた一族を皆殺しにしてやろうと。

 だけれど、皮肉にもスカイアステルに攻め入る最中に、美縁は脇差の姿のまま意識を取り戻した。

 この時、ほんの少しだけ、希望が湧いてきたのだ。

 そして、ついに辿り着いた。美縁を蘇らせる、その手掛かりに。


 すれ違い様に放った最後の一閃に、ナユタはたしかな手応えを感じていた。しかも、ナユタ自身は相手の太刀を喰らっていない。

「……何故だ」

 互いに背を向け合う中、東悟が訊ねてくる。

「何故、俺を斬らなかった」

 手応えは感じた――が、ナユタは東悟本人を斬った訳ではない。

「あんた、決勝トーナメントの勝敗条件を覚えてっか?」

 決勝トーナメントの試合においては、三つの条件を先に満たした選手の敗北となる。

 その三つの中で、誰も意識していなかったであろう項目が一つだけあるのだ。

「選手敗北の条件だ。一つはHPメーターの全損。二つ目はデッキ内に存在する<メインアームズカード>の全破壊。そして、最後の一つは――」

 東悟の足元には、既にその残骸が転がっていた。

「<アステルドライバー>、もしくはデッキケースの、破壊」

 宣告と共に、<月蝕蒼月>が砕け散った。<月蝕蒼月>を含む、デッキ内の全アステルカードがケースごと斬り裂かれていた為、その形を保てなくなったのだ。

 これで、東悟は戦闘能力をほぼ全損した。

「俺は、お前を殺そうとしたんだぞ」

 東悟が声を震わせる。

「なのに……どうして」

「あんたの都合なんか知ったこっちゃねぇんだよ。でもな、一つだけ言えるのは――」

 ナユタは固定砲台の陰に隠れていた美縁を拾い上げ、東悟に投げ渡した。

「あんたがこいつ無しじゃ生きていけないように、いまのそいつには、あんたがいなきゃ駄目なんだよ」

「お前……」

「いまは別に親子べったりでも良いさ。でも、最後はちゃんと」

 ナユタの手から、<蒼月>が光の飛沫となって散華する。

「その子が一人前になったら、子離れしてやろうな」

 ちらちらと撒き散らされた青い光が、すうっと薄まって大気中に溶け込んだ。


 静寂が観客席全体を支配する中、イチルは呆然としながら悟っていた。

「終わった……って、事は」

『えーっと……大会規約には、試合終了後における相手選手への攻撃行為はいかなる勝敗を以てしても攻撃した側が敗北になると記載されています』

 実況がこの試合の結果を棒読みする。おそらく、たったいま運営側から渡された原稿を読み上げているのだ。

『さらに御影選手は九条選手より先に全ての敗北条件を満たしました。よって、この試合をモニター判定していたレフェリーの判断により――』

 感極まったのか、実況の声がやや引き気味になるが、

『っ……この試合ッ……九条ナユタ選手の勝利です!』

 最後はちゃんと、はっきりと試合の結果を通達した。

 この瞬間、イチルの面持ちが明るくなると同時に、観客席全体が爆発したような歓喜で満たされ、拍手喝采が巻き起こった。

『ゴールデンウィークの五日間に渡って開催された、この星の最強王者決定戦、グランドアステルチャンピオンシップの初代王者に輝いたのは! 数々の激戦とアクシデントを潜り抜け、最後は漢としての矜持を貫き通した、若干十四歳の少年戦士! この星に新たな歴史を刻んだその戦士の名は、九条ナユタァアアアアアアアアアアアアアア!』

 この宣言を以て、彼は至高の戦士として王者の座に君臨した。

 でも、イチルからすれば、複雑な心境だった。

「困ったなぁ……あたしは将来、あの有名人の旦那さんかよ」

「良いんじゃないのか? それで」

 エレナがイチルの肩に手を乗せる。

「そういえば、イチルよ。ナユタが優勝したらどんな願いを叶えるのかっていう話をあいつから聞いたか?」

「え? 聞いてないですけど……」

「あのバカ、決勝前には絶対に話しておけって約束したのに」

「あの……ナユタは一体、何を願ったんですか?」

「それは――」

『方舟がバトルフロートの一キロ前に到達した! 勝利の凱旋だ!』

 映像の中で、ナユタが甲板の上で大の字になって仰向けに倒れていた。既に限界だったろうに、よくもあそこまでやってくれたものだ。

「……いまは先送りにしても大丈夫だろう」

 エレナがぽつりと呟く。

「あいつの願いはお前達にとって一番重要な事だが、いまの状況ではその願いを叶えるのにちょっとした難関がある。多分、あいつの本当の願いと、いま叶えようとしている願いは違うだろう」

「どういう事ですか?」

「それは、聞いてのお楽しみだ」

 結局、ナユタの願いについての話題はここで終わった。



 方舟がバトルフロートの滑走路に降り立ち、ナユタは東悟と共に船を降り、待ち受けていた望波和彩の肩を借りて空港内に入る。

 早速、大波が如く取材陣の怒涛を浴びる羽目になってしまうが、同僚であるニーナや空也達のおかげでどうにか無事に空港のバスターミナルに出る。

 そこで最初に、ナユタは黄色いドラゴンの手厚い歓迎を受けた。

「ナユタ!」

 <ドラグーンクロス>を解いたナナと、その背に載っていたイチルやリリカ、修一とユミに詰め寄られる。

 こいつら、大人しく帰りを待つってのが出来ないのか?

「優勝おめでとう!」

 と、ナナ。屈託の無い笑顔が素敵だった。将来は良いお嫁さんだろう――タケシの。

「凄かったです! さすがナユタお兄ちゃんです!」

 と、リリカ。興奮冷めやらぬ様子が可愛らしい。

「最後の最後で気持ちよく勝ったな」

 修一がナユタの胸に拳を押し付ける。こいつが珍しく素直に褒めてくれるとは。

「よーしよし、えらいえらい」

 ユミが何故か頭をぽんぽんと撫でてきた。うぜぇ。

 ナユタは和彩から離れると、さっきからもじもじしていたイチルに向き直った。

「イチル、ただいま」

「……本当に優勝しちゃったんだ」

「当たり前だろ。で、試合中の俺はどうだったよ。かっこよかったろ?」

「臭い台詞を連発していたのだけは覚えてる」

「オイ」

「でも……うん、そうだね。ちょっと、かっこよかったかも」

 イチルは包み込むように、擦り切れたナユタの両手を握った。

「……おかえりなさい、ナユタ」

「ああ」

 イチルからの言葉で、ようやくナユタは長く苦しい戦いを終えたのだと自覚した。

 さて、最後の仕上げと行こうじゃないか。

「あー……テレビカメラさん? ちょっとこっち来てー」

 ナユタは適当な局のカメラマンを一人だけ引っ張り出して、その四角く大きなレンズに向かって、咳払いして喋り始める。

「あー、てすてす、てぃらみーす。……えー、この番組をご覧の皆様、聞こえていらっしゃいますでしょうか。これからこの私、九条ナユタより、皆さんに大事なお報せがございまーす。ていうか、この映像と音声は会場の皆にも届いてんの?」

「届いてます、届いてます」

 カメラマンが慌てて頷く。

「なら良かった。……じゃあ、この大会の優勝賞品――つまり、好きな願いを一個だけ叶えられる権利をここで行使しちゃいまーす」

 これには周囲のマスコミだけでなく、イチル達もぎょっとした。

「たしかもう一つの優勝賞品として、チャンピオンベルト代わりにSSS級の<メインアームズカード>をくれるっていう話でしたよね。それ、まだ運営側で持っておいてくれませんかね?」

「それはつまり、どういう事ですか?」

 マスコミの一人がマイクを突き出して訊ねてくる。

 では、満を持して答えるとしよう。

「俺にはまだそのカードを受け取る資格が無い。何故なら、まだ俺は優勝しちゃいないからです」

「いや、いまこうして決勝戦を勝利したじゃないですか」

「あんたらはこの大会の何を見てきたんですか? ほら、いるでしょ。Bブロックの決勝戦、運営側のミスで起きた機材トラブルが無ければ、決勝に上がっている筈だった選手が一人」

「それって、まさか」

 いち早く察したのはナナだった。やっぱり彼氏の事となると聡いなぁ。

「そう。俺の願いは決勝戦のやり直しです。そして、その対戦相手は――」

 俺にはまだ、倒さなければならない強敵がいる。

 そいつの名は――

「六会タケシ! 俺はお前を、GACS真の決勝戦の対戦相手に指名する!」


『ななななな……なーんだとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』

テレビの向こうで、実況が目玉を剥いて絶叫している。

『これこそまさに驚愕の提案! 九条選手、自ら王者の座を賭けて、六会タケシ選手に決闘を申し込んだぞ!?』

『なるほど。彼が要求したのは決勝戦のやり直し。つまり、優勝賞品であるSSS級<メインアームズカード>と、好きな願いを一個だけ叶える権利の行方ついては、九条選手の言う真の決勝戦に委ねられた訳ですね。これならお互い条件は全く同じ、このトーナメントをご覧の皆様も納得する対戦カードになるという訳ですね』

「あいつ……」

 タケシは手元のシーツを強く握り締めた。

「俺にチャンスなんか与えやがって」

「いいや、本来あるべき姿に戻っただけだ」

 忠がタケシの肩に手を添える。

「それだけ九条君はお前を対等に見ているという事だ」

「受けてあげなさい、彼の申し出を」

 恵美が笑顔で後押ししてくる。

「彼はきっと、この時の為にさっきの試合を頑張ったのよ」

「……だな」

 タケシはサイドテーブルに置かれた<アステルドライバー>を起動させた。


「お、タケシからだ」

 <アステルドライバー>の画面にタケシの番号が表示される。

 応答するや、開口一番、憎まれ口が飛んできた。

『よう、ナユタ。テメー、優勝したからって良い気になってんじゃねぇぞ。この俺に優勝のチャンスを与えた事、真の決勝戦とやらで後悔させてやるからな』

「その様子だとまあまあ元気みたいだな。でもいますぐ退院して決勝戦やんのは無理だろ? だから日程の調整については運営に掛け合ってやるよ。お前は大人しくリハビリしてるんだな。俺は龍牙島で呑気にバカンスしながら待ってるから」

『自分で呼んでおきながら、吠え面かいて逃げんなよ?』

「お前もな。あ、そうだ。せっかくだし、ここで俺が優勝したら叶える予定だったお願いってのを先に言っておくぜ」

『あん?』

「ナユタのお願い?」

 ナナだけでなく、リリカやイチルまで首を傾げている。そういや、こいつらには何も言ってなかったな。

 ナユタは再びテレビカメラに向き直る。

「俺が優勝したら、この世界に現存する<アステルジョーカー>とそれに関わるあらゆるものを一つ残らず回収して、この世から完全に抹消する」

『なっ!?』

「そんな!」

 この発言に、この場にいる全ての人間が騒然となる。

『お前……自分が言ってる事の意味を理解してんのか!?』

「俺が伊達や酔狂で宣言したと思うか? よく考えてみろよ。<アステルジョーカー>なんて物騒なモンのせいで、どんだけの人が傷ついたと思ってんだよ。たしかに強力な力かもしれないけど、御影親子みたいな被害者だってこの世にはいるんだぜ?」

『たしかにそうかもしれねぇけど……お前はそれで良いのかよ! お前の<アステルジョーカー>はお前の親父さんなんだろ? 封印ならまだしも、抹消までしなくても良いんじゃねぇのか?』

「いいや、抹消だ。これだけは譲らん」

 ナユタの意思は固かった。

「その存在も作る機械も器に必要なブランクカードも完全に消して、法律で<アステルジョーカー>の生成を禁忌に制定する。これが俺の願いだ」

「あたしからキララを奪うの!?」

 さっきまでの喜びから一転、ナナが眉間にしわを寄せて激昂する。

「もしそうなら、ナユタは<アステルジョーカー>の所持者を全部敵に回したって事だよ? ナユタがそれで良くても、他の皆はきっと納得しないよ!」

「だったらタケシが俺に勝てば良い。勝てれば、の話だけど」

「……!」

 ナナが閉口する。一方、イチルはさっきから何も喋ってはいない。おそらく、最初からこちらが何をしようとしているのかを察していたからだろう。

「……じゃ、俺は行くから」

 観衆が一様に呆然とする中、ナユタは一人、病院がある方向へ歩き出した。



第十五話「最終決戦! 九条ナユタVS御影東悟」 おわり

最終話に続く


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