GACS編・第十四話「死闘! 六会タケシVS御影東悟」
第十四話「死闘! 六会タケシVS御影東悟」
残されたセフィラの門はあと五つ。これが全て解放された時、<サークル・オブ・セフィラ>は最終形態、<アイン・ソフ・オウル>に進化する――と、<サークル・オブ・セフィラ>が教えてくれた。
でも、本当にこれで野郎に勝てるんだろうな!?
「<月火縫閃>」
東悟から例によって黒い斬撃が飛んできた。<ビーストランス>前よりも威力と攻撃範囲が増している。かわせない。
「<生命の門>・<剣>!」
第十のセフィラ・<マルクト>を開門。黄色い魔法陣を盾のように構えると、中央から同じ色をした水晶の太い刃が何本も伸び、<月火縫閃>を引き裂いた。
東悟が跳躍、伸びてきた剣が彼の直下を通り過ぎる。
「<生命の門>・<月光!>」
第九のセフィラ・<イェソド>を開門。今度はVフィールドの頂点に魔法陣を展開。中央から紫色のレーザービームが発射され、東悟の真上から降り注ぐ。
東悟が体を思いっきり右回転させ、尻尾を振るい、レーザーの軌道を真横に変更してしまった。
「くそ!」
「その程度か」
空中の東悟が一瞬でタケシの一歩手前に現れ、<月蝕蒼月>を突き出した。
――よく見ろ。切っ先から、意識を外すな。
「<生命の門>・<恩寵>」
さっきはドーム状に展開していたサファイアが、今度は両手の甲に円盤となって張り付き小型の盾となる。
額に飛んできた<月蝕蒼月>の切っ先を、盾を添えるだけで後ろに受け流す。
「……!」
「<円陣>・<殺陣>」
東悟の足元に爆破能力を持った魔法陣を展開、<転陣>を自らの足元に張り、起爆。東悟が爆炎に包まれ、片やタケシはフィールドの端に離脱する。
この程度で奴を殺せたとは思えない。
「<円陣>・<破陣>+<複陣>!」
目前に十数個の魔法陣を展開、一個の魔法陣につき十発以上ものレーザーが、いましがた東悟を包み込んだ爆炎に向けて一斉に発射される。
火線の怒涛が爆炎を突き抜けて、中の東悟を串刺しにする。
違う。あれは東悟がアステライトを練って作った彼の分身だ。
「<バトルカード>・<ミラーシールド>、+<強陣>+<複陣>!」
両手のサファイアの上に魔法攻撃反射効果を持った魔法陣を設置。真上から飛んできた漆黒の斬撃に向けて、拳の前に回り込んだサファイアの盾を突き上げる。
拳の盾と黒い波動がぶつかり合い、せめぎ合う。
「てめぇの技は、てめぇが喰らいやがれ!」
黒い斬撃が弾き返され、そっくりそのまま――いや、さっきよりも威力を強化された状態で頭上の東悟に返された。
だが、既に東悟は、別の技を発射すべく刀を振りかぶっていた。
「<クェーサー・ホライゾン>」
例の矢じり型のブラックホールを刀の一閃と共に発射。反射された斬撃だけでなく、周囲の森林全てを根こそぎ呑みこみ、そのまま直下のタケシに向かう。
いまは<重陣>の魔力で自身の体をコーティングしているので、<クェーサー・ホライゾン>に吸い寄せられるというような事態にはならない。
でも、直撃したらさすがに耐え切れない。
「<生命の門>・<銀鏡>!」
第八のセフィラ、<ホド>を開門。これはこちらが使用する<円陣>の効力をさらに増強する効果を持った<生命の門>だ。
「<円陣>・<重陣>!」
掌に黒い魔法陣を生成。そのまま投げつけると、ブラックホールが一瞬で消滅する。
「<生命の門>・<太陽>!」
すかさず第六のセフィラ・<ティファレント>を開門。太陽の光が収束してタケシの掌に集まり、一つの大きな光球を産む。
光球を力いっぱい投擲。着地した瞬間の東悟を狙う。
直撃。光球が破裂し、<フラッシュボム>の比にならない閃光を拡散させる。
普通の人間に対してなら、この技に攻撃力は無い。
だが、悪魔型のムルシエラゴを纏っている東悟には、やはり効果覿面だった。
「ぐおぉおおおおおおっ!」
東悟が見た目通りの悍ましい悲鳴を上げる。光属性の攻撃に弱いのもあるかもしれないが、元々が対<星獣>用の殲滅奥義なので、尚更効き目が濃いようだ。
いま、止めを刺してやる!
「最後のセフィラ、開門!」
いままでの戦闘で使っていない唯一の境地――第七のセフィラ・<ネツァク>を開門。緑色の魔法陣がタケシの胸に浮かび上がる。
心拍数が急上昇する。この<生命の門>は、タケシの中にある感情のリミッターを一瞬だけ解放する効果がある。
どんな類の感情が増幅したにせよ、これで<アステルジョーカー>の能力値が大幅にアップする。
「これで最後だ!」
閃光の終了と共に、再び目の前に黄色いセフィロトの魔法陣を展開。
「<生命の門>・<剣>!」
魔法陣の中央から、より巨大化した複数本の刀身が伸び、直線状でふらついたまま動かない東悟に切っ先が到達する。
手応えありだ。今度こそ、やったか!
「あまり調子に乗るな!」
とうとう感情的になった東悟の雄叫びと共に、<剣>の刃が粉々に破砕される。おそらく、体を無理矢理暴れさせただけでこちらの攻撃を押し返したのだ。
東悟のHPメーターはさっきからさほど減っていない。何て頑丈な奴だ。
「この程度で俺を倒せると思うならオツムが緩い」
「そうかよ。だったら、こっちも最後の切り札を使わせてもらう」
既に左手のグローブには十個のランプが点灯している。全てのセフィラが解放され、<サークル・オブ・セフィラ>が最終形態に進化する条件が整ったのだ。
「いくぞ。<サークル・オブ・セフィラ>、最終形態発動!」
唱えて念じ、一秒待ってみる。まだ何も起きない。
一応、三秒待ってみる。まだ何も起きない。
「……あれ?」
首を傾げ、十秒経過。
やはり、何も起きてくれなかった。
タケシが何かする――そう思っていたであろう観客達のざわめきは、あっという間に拍子抜けのそれに変わった。
ナナはぽかんと口を開け、タケシと同じように首を傾げた。
「……あれれ?」
「何も起きないですね」
コメントするリリカの目も平たかった。
「どういう事ですか? <アステルジョーカー>ってたしか、使ってる人に使い方を教えてくれるんですよね?」
「その筈……なんだけど」
「だったら、何でタケシお兄ちゃんの命令に従わないんですか?」
「…………」
ナナは真っ先に心当たりを思い出し、試合前にタケシの鞄から拝借していた聖書を開き、付箋がしてあったページを慌ただしく開く。
これはセフィロトの体系図が載ったページだ。
「おかしいな。十個のセフィラが全部開いたら、十一個目のセフィラが解放するんじゃないの? それが<アイン・ソフ・オウル>なんでしょ?」
「セフィラ? アイン・ソフ・オウル?」
修一が頭上に疑問符を浮かべている。そういえば、この話をタケシとしたのは、修一が控室に来る前だ。
「あのね、タケシのグローブには十個の<生命の門>があって、その仕組みがこの聖書の中に載ってるらしいの」
「……ああ、なるほどね」
修一が何かを理解したらしい。どうやら、聖書の内容を知っているようでもある。
「たしかに十個のセフィラとやらは全て開門したかもしれない。でも、ほら、ここ見てみ?」
「?」
修一が指をさしたのは、ティファレントの真上に位置する領域だった。
「これは知識、つまりは<ダアト>のセフィラ。全てのセフィラを通ったその先にある隠された領域。神が知識を適当などっかに隠して、賢者が試練として意気揚々と見つけ出そうとした。この場合、神が<アステルジョーカー>、賢者がタケシ君だ」
「つまり?」
「タケシ君が<サークル・オブ・セフィラ>の神髄を自らの手で探さなければならない、という事だ」
「見つけるって……十個のセフィラ以外に、まだ解放の条件があるの? それを、タケシ自身の手で見つけなきゃいけないの?」
「そういう事になるね」
「…………」
え? じゃあ、駄目じゃん。
使い手を助けてくれる筈の<アステルジョーカー>まで、使い手自身の敵になっちゃったって事じゃん。
それって、さっきよりも状況が悪化してない?
『六会選手、何か秘策を出そうとした様子ですが……』
『不発ですね』
『<サークル・オブ・セフィラ>って、園田夫妻が作ったんですよね?』
『作ったというより改造したと言いますか。あれの中に内臓されたブラックボックスをちょっと弄ったら、あんな感じになったといいますか。それに<インフィニティトリガー>の戦闘データを反映させて強化したのが、あの<サークル・オブ・セフィラ>です』
『園田さんが手を加えたご本人なら詳しい事もご存知なのでは?』
『知りません』
『は?』
『いやだって、<生命の門>が十個あるだなんて、この試合を見るまで知りませんでしたし。だから彼が一体何をしようとしたのかまではちょっと……』
「無責任にも程があんだろ、オイ!」
実況席に向けて怒鳴るタケシであった。
「どーすんだよ! これまでの苦労が全部水の泡なんて冗談じゃねぇぞ!」
『やーいやーい、ばーかばーか!』
脇差の分際で、美縁が野次を飛ばしてきた。
『タケシのへっぽこー、まぬけー、あんぽんたーん』
「こ・の・ガ・キ……! おいこら御影てめぇコノヤロー! お前の娘、ちょっと態度悪すぎやしないか!? どういう教育してんだゴルァ!」
「教育論云々はともかくとして、俺も美縁には同感だ。たしかに間抜け過ぎる」
「んだとテメー!」
「武器の性能をしっかり把握してない上に使えるかどうかも分からん最終兵器に頼って大失敗したお前に弁解の余地は無いと思うが」
ぐうの音も出ない。まさしくその通りだ。
「お……俺とした事が……」
「もう終わりにして良いか?」
東悟が<月蝕蒼月>を振り上げ、刀身から再び黒いアステライトを噴射する。
「これ以上の茶番に、付き合う気は無い」
振り下ろした刀から黒い太刀筋が分裂してタケシの周囲を回り込むと、全ての太刀筋がまるで蛇みたいにうねって四方から強襲してきた。これはナナ戦の時に見せた、重力強化と<月火縫閃>の合わせ技だ。
「ええい、もういいや! <バトルカード>・<アステルバレット>、アンロック!」
失敗を悔いている暇は無い。こうなったら別の戦術に切り替えるまでだ。
タケシは両手からアステライトの粒子を噴射して推進剤とし、不規則にうねる黒い太刀筋を全て回避し、Vフィールドの壁に足を乗せ、膝立ちの姿勢になって垂直に張り付いた。
どうする? <生命の門>はあいつに通じないし、<カードアライアンス>を使うにしても<リロード>込みで二発が限界だ。それでも奴を倒せるかどうかは怪しいし、そもそもムルシエラゴを装備した状態の野郎に生半可な攻撃は通らない。
もう一度、退魔用の光球を当てるか? いや、それでもダメージは微々たるものだ。このままちくちくHPを削るのは楽かもしれないが、その前にこちらのHPが先に尽きてしまう。
どうする? もう、俺一人の力じゃどうしようも――
「意識が御留守だぞ」
「!?」
考え事をしている隙を狙われた。東悟が既に、タケシの頭上からそのまま落下してきたのだ。このままドロップキックを喰らっただけでHPは全損するだろう。
攻撃を凌いだとして、その後、どうする?
先の事ばかりを考えてしまいそうになる。
このまま一撃を貰ったら終わりなのに。
――かわして。
誰かにそう言われたような気がして、タケシは両手から再びアステライトを噴射、壁を沿うようにして加速し、壁を蹴り、宙に飛び上がった。
東悟が身を翻して追い縋ってくる。
「<カードアライアンス>・<エレメンタルバースト>」
虹色のエネルギーが集中した右拳を突き出し、極大のレーザー光線を発射。四属性の力を持った破滅の光が東悟を丸ごと飲み込み、彼の体をVフィールドの壁に叩きつけた。
すかさず目の前に金色の魔法陣を展開。
「<生命の門>」
魔法陣の中央から金色に光る枝が伸び、成長の過程でさらに枝分かれし、やがて東悟の体を刺し貫いた。
金色の枝が脈動し、東悟の体表を覆う黒い獣の皮からアステライトを吸収。
まず、彼の右腕が本来の人のそれに戻ろうとしていた。
「これは……ムルシエラゴのアステライトを吸収しているのか!?」
『パパ、逃げて!』
「分かってる!」
<月蝕蒼月>から再び黒いアステライトを噴射。再び散らした無数の太刀筋が成長を続ける金色の枝を豪快に斬り裂いて消滅させた。
タケシは一旦着地したと同時に、目をぱちくりと瞬かせた。
「? あれ? 俺、いま何を?」
おかしい。たしかに反撃していた筈なのに、いざ正気に戻ってみると自覚が無い。
いや待て。さっきの俺は、一体何を考えてあんな行動に出たんだ?
「驚いたな」
同じく着地した東悟が淡々と言った。
「お前にもどうやら、野性という奴が眠っていたらしい」
「野性……?」
誰かが「かわして」とこちらの頭の中に直接語りかけてきた時から、タケシは考える事を放棄していた。その状態で咄嗟にあんな動きをしたなら、なるほど、たしかにこれが自分の中に眠る野性なのかもしれない。
「そうか。そういう事か」
野性――言いかえるなら、闘争本能。
タケシが<アステルジョーカー>を初めて得てから、これまでの間に体験した激戦に次ぐ激戦の記憶は、しっかりと自身の経験値として反映されている。
記憶の集積を、人は知識と呼ぶ。
闘争本能が自身の体に反映されたのも、経験という記憶が、そして記憶という知識が濃密に折り重なっていたからだ。
物思いに耽ながら目を閉じると、必ずと言って良い程、思い出す。
これまでの戦いの記憶が。
これまでに出会ってきた、仲間達との記憶が。
――反撃だよ、タケシ君。
誰だ? 俺の頭に語りかけてきた奴は。
「……考えるのは後回しだ」
腑に落ちないところはあるが、いまはそれで良い。
拳からアステライトを噴射し、再びタケシは宙に舞い上がった。
すると、東悟の背中が突然蠢き、肩甲骨のあたりから黒く鋭利な双翼が突き出てきた。ムルシエラゴはスペイン語で『コウモリ』の意なので、モチーフもおそらくそれに近いものなのだろう。ついでに、換装が剥げていた右腕も復活している。
黒翼をはためかせ、東悟も飛翔。空中戦の構えだ。
生憎とこちらは空中での戦闘の経験が浅い。でも、飛行能力を手に入れたナユタの戦い方なら何度か目にしている。
東悟の<月火縫閃>が飛んできた。タケシは軌道を螺旋させながら上空に加速して回避、そのまま放物線を描いて標的の間合いに一直線。懐に入ったところで拳を突き出すが、<月蝕蒼月>の腹で受け止められる。
返しの刀を喰らう前に即離脱。この一撃離脱戦法はナユタの十八番だ。
――相手が追ってくる!
「わーってるよ!」
言われるまでもなく急降下。
――いまよ!
「<円陣>・<破陣>!」
突き出した両の掌に生成した魔法陣から複数のレーザーを発射。直撃。相手の動きが一瞬だけ止まる。
続いて、急加速して上昇、東悟を通過してその真上を取った。
「<アステルバレット>+<強陣>+<煙陣>!」
巨大な星形の弾丸を掌に生成、射出。これは東悟の斬撃一閃で叩き斬られる。
しかし、斬った星の断面から、灰色の煙が広がった。
「目くらまし……!」
「ピンポーン」
拳を頭上に突き出し、再びアステライトを噴射。加速を利用して、そのまま相手の顔面に両膝を叩き込んで跳ね上がり、足の裏でさらに同じ箇所を踏みつけて跳躍。蹴りの威力にしたがって、東悟の高度がやや落ちた。
――このまま最大火力を叩き込んで!
「<リロード>!」
デッキ内のカードにアステライトをチャージ。再使用可能の状態にする。
「「<カードアライアンス>・<エレメンタルバースト>+<強陣>!」」
今度は、あの声の主と完全に意識が同調した。
さっきより威力が倍以上も強化された虹色の極大レーザーを撃ち下ろす。
直撃。フィールドの中央に、虹色の柱が打ち立てられた。
「タケシの奴、あんなに強く……!」
ハンスが口角を釣り上げて唸る。
「ムルシエラゴに対抗してやがる。いいぞ、これなら勝てる!」
「いや、まだ油断出来ない」
修一の顔は未だ晴れない。
たったいま発生した<エレメンタルバースト>が終了して、地面に大の字になった東悟の体には傷一つ付いていない。
「HPは大きく持っていかれたけど、まだ半分も切っちゃいない。タケシ君のデッキにはもう<リロード>のカードも無いし、<エレメンタルバースト>はもう撃てない」
「いいや、勝負はもう決まったさ」
「え?」
修一が訝ると同時に、東悟が再び飛翔。タケシとの空中戦に挑み、再び互角の速力で立ち回り始めた。
ここでようやく修一は気付いた。東悟のスピードが、徐々に落ちているのだ。
「そうか、あの<ビーストランス>には制限時間があるのか」
「ああ。奴は<新星人>だから、体内の疲労を<回>で抜きながら騙し騙しムルシエラゴを長時間使用している。でも限界がある事に代わりは無い。肉体へのダメージが回復量を上回り始めたんだ」
さっき東悟はモロに<生命の門>を喰らっていた。<生命の門>は枝に触れた者のアステライトをハイペースで奪い続ける能力があるみたいなので、そのせいで回復量とダメージ量の均衡が崩れ始めたのだ。
それに、いまや二人の戦闘力は全くの互角。
まさか、勝ってしまうのか? 知恵と戦略で、あの<新星人>の長を?
「……負けるな」
自然と、修一が呟く。
「ここまで人を期待させといて、負けたら絶対承知しないからな……!」
この憎まれ口は、修一なりの期待の表れだった。
さっきよりも奴の防御力が落ちている。HPメーターの減少もより顕著になってきた。やはり、ムルシエラゴの憑依にも限界が訪れているらしい。
二人は再び地に降り立ち、肩で息をしながら制止する。
「……まさか、ここまでやるとはな」
東悟が疲労に喘ぎながら言う。
「まだ粗さも未熟さもある。だが、君は強い」
「そりゃどうも。まあ、褒められても嬉しくはないがな」
「君を倒す為なら、命を懸けても良さそうだ」
ある意味で最大級の賛辞と取れる一言を述べるや、東悟は驚くべき事に、ムルシエラゴの換装を解いてしまったのだ。
「? 何のつもりだ」
「見ていろ。これが俺の<アステルジョーカー>の最終形態だ」
換装は解いたものの、さっきまではムルシエラゴだった黒いエネルギーは、<月蝕蒼月>と左手の脇差に纏わり付いていた。おそらく、ムルシエラゴを構成していた全てのアステライトを両手の刀に集中させたのだろう。
やがて完成したその姿は、まさしく『魔剣』と言えるそれだった。
右手の<月蝕蒼月>は刀身が巨大化して、日本刀というよりは西洋刀みたいな様相を呈している。片や左手の脇差は、刀身の上部に目玉が付いた、小さなカトラスみたいな形に変容していた。
「最終形態、<ダブルタイラント>」
東悟が両方の剣を高々と振り上げると、黒いアステライトが両方の刀身を覆い尽くし、巨大な一本の黒い柱となる。
同時に、Vフィールドがちかちかと明滅していた。
「周囲のアステライトを奪って取り込んだのか……!」
「俺達<新星人>は自らの周囲に存在する全てのアステライトを意のままに操る。Vフィールド如きの電力として使用されているアステライトを奪うなんて簡単だ」
よく見ると、黒い柱の周囲が歪んでいるようだ。おそらく、吸収した莫大なアステライトを重力で圧し固めて濃縮しているのだろう。
さしずめ、<クェーサー・ホライゾン>とは対を成す裏奥義、といったところか。
「おいおい、ずりーな。俺、そんなスゲー技、持ってねーぞ?」
『ううん。大丈夫』
意外にも、東悟ではなく、さっきからちょこちょこ話しかけていた声が答える。
「? 何の声だ? 何処から聞こえた?」
どうやら東悟にも聞こえるようになったらしい。彼はやたら周囲を忙しく見渡している。
タケシも同じように首を巡らせて、その声に呼びかけた。
「何処だ? 何処にいるんだ!」
『私はここだよ』
たおやかな掌が、タケシの肩に優しく添えられる。
ゆっくりと振り返り、その正体を目視したタケシの目が、極限まで見開かれた。
「……お前は」
彼女の姿を目にしたのは何か月ぶりだろうか。体感時間にして、もう一万年も会っていない気がする。
「……アオイ」
セミショートのおかっぱ頭、大きな瞳と、何の変哲も無い普通の眼鏡。着ている服は、星の都学園中等部の学生服だった。
彼女の名前は、美月アオイ。
<サークル・オブ・セフィラ>のアステルコアにして、タケシの初恋の少女だった。
『私はいま、夢でも見ているのでしょうか』
豊子が実況席から、かすれそうな声で言った。
『あれは……美月アオイさん……でも、彼女はたしか』
『<サークル・オブ・カオス>のアステルコアになりました』
村正も信じがたい様子で述べる。
『信じられません。アステルコアになった人間が、こうして私達の前に姿を現すなんて……これは立体映像か何かでしょうか』
「あれが、美月アオイ」
「ナナお姉ちゃんを助けた人」
修一とリリカは初めて目にした筈だ。
ナナも彼らと同様に初めてだが、それでも、勝手に涙が浮かんできてしまう。
「あれが……あの子が……!」
美月アオイ。かつて自分と同じ病に苦しめられ、自ら命を絶ち、<サークル・オブ・カオス>の心臓となった少女。
タケシがあの力を手にしたおかげで、いまのナナはこの世界で生きている。
彼女はナナにとって、命の恩人とも言える存在だ。
『久しぶり、タケシ君』
以前と変わらぬ姿で、アオイはタケシの前に躍り出て挨拶した。
『こうして会うのは久しぶりだね』
「……お前だったのか。さっきから俺にああしろだのこうしろだの言ってきたのは」
『うん』
「一体何の冗談だ」
東悟が眉を寄せて訊ねてきた。
「死者の姿をホログラムで投影するとは、悪趣味にも程がある」
『ホログラムなんかじゃありません』
アオイがタケシの横に並び、毅然と告げる。
『私は<サークル・オブ・セフィラ>の意思そのもの。タケシ君は既に十個のセフィラと、その奥に隠された<ダアトのセフィラ>を自らの手でこじ開けた。だからこうして、私はこの世界に顕現しています』
「<ダアトのセフィラ>……だと?」
『ええ。集積した経験を知識として力に換えられると自覚した者だけが開ける未知の領域。つまり、タケシ君自身が最後の<セフィラ>だったんです』
「何を言っている?」
『貴方が知る必要はありません』
呆然としているタケシの背後に回り込み、彼女はタケシの両手の甲に自らの掌をそっと重ね合わせた。
『これで<アイン・ソフ・オウル>の発動条件が整いました。ここから先は、タケシ君自身が見つけた答えの集大成です』
「何だか知らんが、やってみるか」
いまは再会に感動している場合ではない。
東悟が放っていた黒いアステライトがさらに凝固され、刃を覆い尽くす黒い結晶の姿と化す。あんな農密度な斬撃を喰らったら塵になりそうだ。
『イメージして。あなたが信じる、力の形を』
「俺が……信じるもの」
そんなの、最初から決まっている。
だから、決して迷いはしなかった。
「<円陣>・<創陣>!」
左手の十個のランプが全て虹色に発光し、小さな虹色の魔法陣を手の甲に産みだす。
「<生命の門>+<剣陣>+<竜陣>+<星陣>+<無限陣>!」
自らの手前に発生させた<生命の門>の魔法陣を中心に、たったいま即興で作り上げた<円陣>を四隅に配置する。
いま創作した<円陣>は全て、タケシが信じる最強の仲間達の力がベースとなっている。つまり順々に、サツキ、ナナ、イチル、ナユタの力という訳だ。
全ての魔法陣が空を引き裂くような唸り声を上げると、<サークル・オブ・セフィラ>の形態が徐々に変化していく。
左手の甲からセフィロトの装飾が消え、金色に輝く0が三つ、横並びに配置される。
右手の甲のディスプレイには、『永』の文字が表示されていた。
「<アステルジョーカーNO.〇〇〇《トライオー》 サークル・オブ・エターナル>!」
これが最後の境地、<アイン・ソフ・オウル>の本懐だ。
無は無限と化し無限光を成す。<アイン・ソフ・オウル>は無限光、つまりは宇宙創世のビッグバンを表すとされている。
創世の先にある未来は、作り手となる生命そのものに委ねられる。
だから、最終形態である<サークル・オブ・エターナル>こそが、タケシが導き出した未来に対する一つの答えとなる。
「<第一二のセフィラ=永遠>、開門!」
<生命の門>と全く同じ形の白い魔法陣が展開され、中央の空白から虹色の蔦らしき物体が伸び、生物みたいにうねって鎌首をもたげる。
「いくぞ、アオイ。これが最後の勝負だ!」
『うん!』
後にも先にもこの一発で勝負が決まる。
それを分かっているのか、東悟の顔つきがこれまでになく引き締まった。
「美縁、やるぞ!」
『よっしゃ!』
東悟が<流火速>で最大限の加速を見せ、砲弾のように突っ込んできた。どうやらこちらの技ごと斬り伏せるつもりでいるらしい。
その勝負、受けて立つ!
「「<永遠の門>!」」
合図と共に、虹色の蔦が増殖し、爆発したかのように伸び、正面から突っ込んできた東悟の全身を絡め取ろうとする。
相手の黒い結晶の剣が蔦をぶちぶちと斬り裂いている。だが、蔦の何本かは剣を刺し貫き、内服されているアステライトを急速に分解して宙に散らしていった。
<永遠の門>は<生命の門>の上位互換ではない。
触れた者全てを素粒子レベルに分解して消滅させる技だ。
「ぐ、お、おお、おおおおおおおっ……!」
東悟が苦心しながら加速を続けるも、前に進めず、それどころか余裕を保っていた彼のHPメーターが急速に減少していた。最終形態たる<ダブルタイラント>も、この技の前ではがりがりとアステライトを削られ、徐々にサイズが縮小している。
あと少しで奴のHPが尽きる。
勝ちを確信した、その時だった。
「……!」
東悟の姿越しに見えた観客席で起きた異変を、不幸にもタケシは捉えてしまった。
タケシの直線状にある客席を真上から照らす巨大な照明が、根本の爆発によって支えを失い、直下に客に向けて一直線に落下していたのだ。
「……! ヤバい!」
『タケシ君!?』
タケシが<永遠の門>を解除したのと同時に、背後のアオイの姿も消える。
「<円陣>・<転陣>+<強陣>!」
いまはVフィールドの影響が消えている。東悟の斬撃とこちらの<永遠の門>のぶつかり合いが何らかの被害でも及ぼしたからだろうか――そんな事はどうでもいい。
巨大な<転陣>を落下中の照明と、直下の客の間に挟み込む。
間に合った。展開された<転陣>が照明を丸呑みにする。後は別の場所に照明を落としてやれば――
落下する照明を背にしていた東悟には、タケシがどうして急に<永遠の門>を解除して、別の<円陣>を撃ったのかが分からなかった。
だから勢い余って、死にもの狂いのまま突っ込み、<月蝕蒼月>を全力で突き出した。
刃がタケシの腹にめり込んだ瞬間、東悟は自らの過ちを悟る。
どうして、俺は気付けなかったんだ?
タケシが、会場の一般客を助けようとした事に。
「……!」
気付いた時には、既に遅かった。
<月蝕蒼月>の刃が、深々と彼の腹を刺し貫く。
「……そんな」
気付いて、素早く彼の腹から刃を引き抜くまでの一秒が永遠に感じる。
東悟は血に濡れた<月蝕蒼月>を放り捨て、後ろに倒れるタケシの体を、すかさず彼の背後に回り込ませた右腕で受け止める。
「おい、しっかりしろ!」
「……<転陣>」
彼の口の端から血が零れたと思ったら、今度はフィールドの端に巨大な照明装置が落とされる。
タケシは目を半開きにして虚ろな面持ちで訊ねる。
「よお、御影さん……客は無事か?」
「ああ、無事だ。それより、いまから応急手当を」
「タケシ!」
選手入場口からイチルが駆け寄って来た。彼女はAブロックに居た筈では?
「タケシ、しっかりして!」
「イチル、彼の応急手当てを」
「はい!」
東悟がゆっくりタケシの体を地面に下ろすと、イチルが早速<回>による応急処置を開始した。止血作業だけなら、彼女の高度な回復術ですぐに終わる。
東悟が一歩身を引くと、美縁が珍しく恐慌したようにうろたえた。
『ど……どうしようっ……こんなつもりじゃなかったのに……!』
「…………」
東悟はさっきタケシが転送した照明の傍まで歩み寄り、その根元を観察した。
思った通りだ。爆破された痕跡がある。
「誰かがVフィールドを一瞬だけオフにして、照明を爆弾で落としたんだ」
『誰がそんな事をしたの!』
「分からない。だが、犯人をこのまま生かしておくつもりはない」
目的を成す為なら手段は選ばない――少し前までの自分がそうだった。
でも、決して好きなやり方では無かった。
「このまま戦っていれば、負けていたのは俺の方だ」
『パパ……』
「いくぞ、美縁。生憎、犯人には心当たりがある」
<月蝕蒼月>を拾い上げ、東悟はこのフィールドを後にした。
観客席がまたしても騒然となる。
やれBブロックは呪われていただの、やれ帰ろうかな、だのと。
でも、いまのナナには、その全てがどうでも良かった。
「タケ……シ……?」
何も聞こえない。フィールドのただ一点、タケシが倒れている場所以外は何も見えない。
イチルが必死に<回>で止血作業に取り掛かっている。
気付けば、東悟がフィールドから姿を消していた。
誰かに体を揺すられている。分からない。誰かに呼びかけられている。分からない。
いま何が起きているのか、分からない。
「お姉ちゃん!」
リリカの絶叫で、ナナはようやく我に返った。
「お姉ちゃん、しっかりして!」
「……あ、あたしは平気」
タケシがたったいまストレッチャーに乗せられ、救急隊員によって場外に運ばれる。凌が負傷した時と同じで、バトルフロート内の病院に運ばれるだろうから、もしタケシの容体が気になるようなら先回りした方が賢明だろう。
ナナはリリカを抱えて<流火速>でフィールドの真ん中に降り立ち、<ドライブキー>を<アステルドライバー>に挿し込んだ。
「<アステルジョーカー>、アンロック! <ビーストランス>・<キララ>!」
発動時に早速最終形態を機動。黄色い体に銀色の装甲を纏ったドラゴンの姿になり、リリカを背中に乗せてナナは飛び立った。
スタジアムから病院までは他の施設との兼ね合いで一キロぐらい離れている。しかし、ここからならそう遠くは無いし、<ドラグーンクロス>なら比較的早く辿り着ける。
飛んでいる最中、ナナはずっと考えていた。
どうして、凌とタケシがあんな目に遭わなければならなかったのだろうか――と。
●
Aブロックを終えた選手達がBブロックの選手達と合流して彼らから全てを聞かされた時、真っ先に激昂したのは六会忠だった。続いて、エレナが貴賓席にいる主宰者、つまりは移ノ宮春星のもとへ乗り込もうと提案し、凌、タケシ、東悟、ナナ、サツキの五人を除いたメンバーは満場一致で賛成した。
つまり、十一人の選手達と、後から加わった実況と解説のメンバーを加えた計十五人が、貴賓席に続くエレベーターに鮨詰めとなったのである。
ちなみに貴賓席は二つの会場の繋ぎ目の真ん中に位置するボックス席だ。これで主宰者は端から端を一直線に移動するだけで好きなブロックの試合を鑑賞出来る。そして、貴賓席に続く大型エレベーターは、当然ながらその真下に位置している。
やがて貴賓席の階層に到着、開かれた扉から、忠を筆頭とした選手団が解き放たれ、丁度Bブロックを見下ろす窓際のテーブルで紅茶を飲んでいた一人の青年に視線の集中砲火を浴びせる。
「突然の立ち入りをお許しください」
まず、忠が丁寧に断りを入れる。
「移ノ宮春星皇太子殿、貴方に折り入ってお話がございます」
「Bブロック決勝は見ていたよ」
優雅な仕草で立ち上がり、その青年、移ノ宮春星は会釈した。
「六会選手については命に別状は無いと伺っています。ですが、大会中にこのような事故が起きてしまった事についての責任は我々にある」
「でしたら、いまから即刻大会の中止を提案します」
「大会はこのまま続行する」
「何故? 重傷者が二人も出たのに、ですか?」
「これはあくまでスポーツの大会です。Vフィールドを用いているとはいえ、我々運営側からしても選手の事故に対して全ての責任を負える訳じゃない」
「事故だぁ? ふざけやがって!」
ハンスが怒り心頭の様子で、忠より一歩前に出た。
「一回戦第四試合、そしてさっきの準決勝。あの時起きたVフィールドの変調は事故なんかじゃねぇ! サツキと十神の試合なんて、後から調べたらVフィールドのジェネレーターに誰かが細工した痕跡がくっきり残ってたぞ!」
「ハンス・レディバグさん。貴方は専門家か何かでしょうか?」
「舐めんじゃねぇぞ。専門家も何も、あのVフィールドの開発と機密区分には俺も関わってんだ。少なくとも俺の前じゃ誰もシラは切れねぇぞ!」
「……これ以上がなり立てられても迷惑ですね」
春星はやれやれと大げさに肩を竦めてため息を吐いた。
「分かりました。この際だから白状します。僕は全ての真相を知っている」
「とうとう白状したな」
今度は修一が忌々しい顔をした。
「だったらいますぐ話してみろよ」
「構わないけど、一つだけ条件がある。この話をするのは、いまこの中にいる二人だけとさせてもらう」
「だったら俺とユミが聞いてやるよ。俺達が見聞きした内容を後で他の選手とこのバトルフロートにいる一般客に暴露してやる」
「話す相手を指名するのはこの僕だ」
春星が一歩も引かない気丈さを見せると、自らの前に広がる選手の群れを見渡し、とある人物に目を付けた。
「僕が指名するのは、九条ナユタ君と八坂イチルさんだ」
「あたし!?」
「…………」
イチルが自分で自分を指さして驚くが、ナユタは微動だにしなかった。
「それ以外は席を外して頂きたい」
「ふざけるな!」
普段は温厚なケイトが激昂して前に出る。
「私はこの大会に対して既に信用を失っている。これ以上この大会で私の生徒達に危害を加えるつもりなら、いくら皇太子殿でも許す訳にはいきません。残るなら僕も同席させてください。僕には二人を監督する義務がある」
「先生、大丈夫です」
ナユタが微小な笑みをケイトに向ける。
「俺とイチルなら自分の身は自分で護れます。それに、いまの皇太子様は俺達に危害を加える気が無い。もし何か仕掛けたいなら、さっきみたいに試合中を狙う筈ですし」
「ナユタの言う通りです」
イチルもナユタと同様の面持ちで頷いた。
「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です」
「だとさ、ブローニング先生」
豊子がケイトの肩を叩く。
「良い生徒を持った教師の役割は、その生徒を信じてあげる事さね。いまはあの二人を信じようじゃないか」
「話は纏まりましたか?」
春星がさっきまでくつろいでいたテーブルを勧める。
「では、九条君、八坂さん。こちらへ」
「じゃ、ちょっと行ってきます」
「少しだけ待っててください」
残りの十三人を置いて、ナユタとイチルは並んで歩き出した。
他の選手と関係者達が立ち去ったのを確認すると、小間使いらしき女がテーブルを囲む三人にそれぞれ高級な陶磁器のカップを差し出す。中身は高級な茶葉から出た紅茶だ。
「君達二人と、こうして話せる機会が来るなんて思いもしなかった」
春星が心底安らいだように言う。
「さて。最初に、何でこの場に君達二人を呼んだのか。その理由は二つある。一つは二人が御影東悟と浅からぬ因縁を持つからだ。九条君はファイナリストとして彼と対峙するし、八坂さんは彼と同じ種族の人間なんだろう?」
「もう一つは?」
「九条君。君に頼みがあるからだ」
頼み? 事ここに及んで、何をいまさら。
「次の決勝戦、君には絶対に勝って欲しい」
「どういう事っすか」
「順を追って説明しよう」
春星がカップを皿の上に置き、呼吸を整えてゆっくりと語り出した。
「まず、これまでBブロックで起きた全てのトラブルについてだ。あれは僕が自らの手で細工させてもらった」
「つまり、あんたが犯人だって言いたいのか」
「そうだ」
随分と気持ちの良い犯行の自供だった。皇太子はやはり思い切りが違う。
「知っているとは思うけど、名塚先生は僕の家庭教師でね。彼には色々なところで世話になった。学者として尊敬する偉大な方だと思っている」
「要はてめぇが名塚の手先として動いていたって言いたいんだな。天皇の息子じゃなきゃ殺してやるところだよ」
「殺すのは全ての話を聞いてからにしてくれ」
こちらの無礼も笑って許す器の大きさには敵いそうに無い。
「最初は僕も彼の計画を知って、協力するつもりではいた。でも、僕が協力するのはあくまで彼の研究であって、九条君への復讐劇じゃなかった。君は僕らの街、スカイアステルの救世主だからね」
「あんたに俺への敵意は無いと? じゃあ、どうして十神君とサツキと――それからタケシがあんな目に遭わなきゃいけなかったんだ?」
「いまと同じ事をね、さっきここで御影選手から言われたよ」
またも紅茶を口にして、春星は一息ついてから落ち着いた様子で話す。
「話を戻そう。彼が僕に求めた研究の援助は金銭面を始めとする施設・資材・機材の提供。簡単に言うと、僕が彼の財布のひもを握ってたんだ。金は必要なら必要なだけ引っ張ってくるし、研究に役立ちそうな人員の手配も僕個人で済ましておいた。でも、君への復讐に本格参入するような人員だけは何があっても貸さなかった。勿論だが、名塚先生もそれに勘付いてしまった訳だ」
話を聞く限りでは、立場は微妙だが、春星はナユタに対して何らかの危害を加える気が本当に無かったらしい。
「そして途中で名塚が逮捕されたもんだから、あらかじめ用意されていた名塚の指示をあんたが引き継いだ。そういう筋書きか」
「そこまでは先生の想定通りだった。でも、引き継いだ直後からは僕の裁量で全ての策を実行に移した。例えば一回戦第四試合、先生のシナリオだと攻撃されるのは園田サツキ選手だけだったけど、僕はそのターゲットに十神選手も追加した。名塚先生が産みだした負の遺産の後始末を、園田選手と十神選手に押し付けた形になる」
「……最低」
イチルが目を伏せてぽつりと呟く。
「死体の後片付けなら自分でやれば良いじゃないですか。何でサツキ達に押し付けたんですか? そのせいで十神君は――」
「僕は叩けば埃が出ると拙い身分なんでね」
春星は特に悪びれなかった。
「何にせよ、これで結果的に園田さんと十神君はGACS――ひいては名塚先生の陰謀から退場した形になる。狙い通りの展開だ」
サツキからその試合の顛末は聞いている。いま春星が語った展開は、ある意味では凌の狙い通りの形でもあったという。春星がわざと凌との間に意見の食い違いを起こしたのもその為だろう。
「そしてBブロック決勝。先生は御影選手を何が何でも優勝させたかった。だから万が一を考えて、六会タケシ選手に大きな隙を与える策も用意していたんだ。彼なら客の危機にはすぐ反応するだろうし。そこだけは先生の言われた通りにした」
「でも、あんたはさっき俺に御影を倒して欲しいと頼んだ。その理由は何?」
「君にはこれまでしてきた事に対する責任を取ってもらわなければならない」
「ナユタが何をしたって言うんですか!」
テーブルを叩き、イチルが憤慨して立ち上がった。
「名塚の場合はただの逆恨みじゃないですか! ナユタは何も悪い事なんかしてない! 責任って言うなら、名塚に協力してきた全ての人が取るべきなんじゃないんですか!?」
「君の言う事はもっともだ」
責められても、春星の面持ちは崩れなかった。
「でも先生と九条君の間に確執があるのは事実だ。だからこそ、決勝の大舞台で九条君が御影東悟を倒さなければならない。それが、この因縁に完全な決着をつける」
誰も見てないところで栄光を掴もうが何ら意味を成さないが、人目につけば民衆はこの星最強の戦士を讃え、彼に刃向かう者は愚か者扱いされる。
つまり、春星は春星なりのやり方で、ナユタを護ろうと考えたのだ。
「俺は優勝すればGACS初代王者の称号を得て、あんたら貴族の後ろ盾を得られるって寸法かい。でも、あんたが俺をそうまでして護りたい理由って何だ?」
「決まっているでしょ」
春星は「何をいまさら」と言わんばかりに目を丸くする。
「さっき言ったろ? 君はスカイアステルの恩人だって。おかげで最近は君のファンが急増している。かくいう僕も、その一人だよ」
ウィンクした彼に対して、ナユタとイチルは同時に言葉を失った。誰もが誰も内心がひりついている状況において、あまりにも軽い理由を述べたのが信じられなかったからだ。
「六会君と十神君に関しては本当に申し訳なく思っているし、既に全ての責任を受ける覚悟も整っている。でも罪の追及は大会が終わるまで待って欲しい」
彼はあろうことか、席を離れ、床に膝を突き、頭を床にこすり付け始めた。ナユタやイチルは勿論、傍に控えていた小間使いの女も酷く当惑している。
「この通りだ」
「ちょ……皇太子様!?」
「あんまり慌てるなよ、イチル」
イチルが動揺する一方で、ナユタは落ち着き払って答えた。
「その話が嘘だったらその皇太子様を殺せば済むだけの話よ。あんたの言う覚悟にはその要項も含まれてるんだろ?」
「ああ。君がそういうだろうと思って、既に遺書は皇居に置いてきた」
頭を上げ、春星は不安げに言った。
「名塚先生は僕の大切な恩師だ。彼を妄執から解き放つ為なら、僕は命を擲っても良いと思っている」
「本気なんだな?」
「当たり前だ。信用が足りないというのなら、僕は一体何をすれば良い?」
「簡単な話だ」
ナユタは<アステルドライバー>を操作し、さっきからずっと録音していたこの会話の音声を再生した。
「この音声を他の選手と、それからサツキのお父さんとお母さんに聞かせる。これであんたは誰に対しても言い逃れが出来ない状況になる。それで良いなら、俺はあんたを信用してやっても良い」
「抜け目が無いな」
「いまベッドの上でくたばってる俺のダチ公が、初恋の子を助ける為に昔使った手なんだとさ」
もっとも、あの時は録音ではなく撮影だったが。
「さあ、どうする?」
「良いだろう。だが、いま挙げた人間以外には絶対に聞かせないでくれ。このタイミングであまり広まり過ぎるのも困る」
「分かってる」
ナユタが立ち上がると、イチルも慌てて席を立った。
「じゃ、俺達はこれで失礼しますわ。いくぞ、イチル」
「う……うん」
二人は春星を残してそのままエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まり、地上へ降下していく中、イチルが極度の緊張を大きなため息と共に吐き出した。
「はぁああああああああああ。もう、死ぬかと思ったああああああああああ」
「お前はつくづく余裕が無い奴だな」
「だって、天皇陛下がお相手よ? あんな丁々発止が出来るのはこの世であんた一人だけだっつーの!」
「イチルだって最低だのなんだの言ってたくせに」
「それでもあんたと違って頭のネジはちゃんと締まってる方なんですぅ。分かったか、このモジャモジャ陰毛鳥の巣ヘッド!」
「誰が陰毛だって? 誰が鳥の巣だって? 俺の頭は鳥の巣じゃない!」
「陰毛は否定しないんか」
「女の子が陰毛陰毛連呼しちゃいけません!」
二人はじっくり睨みあうと、やがて緊張を解き、同時に笑い出した。
いま思えば、付き合っていようがいなかろうが、イチルとはいつもこんな感じだ。
「……イチル」
「ん?」
「本当はあんまり言いたくないけど――あいつは立派に戦ったよな」
「そうだね」
イチルは沈み込むように微笑む。
「タケシらしいっていうか……なんていうか」
「マジで世話が焼ける奴だよな。それで負けちまうんだから」
「目を覚ましたらお説教しなきゃね」
「お見舞いは俺の優勝トロフィーで決定だな」
「あたしもタケシも、期待しないで待ってるよ」
「そこは期待しなさい」
「はいはい」
イチルが適当に頷いた時には、エレベーターは地上に到着していた。
●
「君は九条君と一回、本気でぶつかるべきだ」
貴賓席に乗り込んで、全ての事情を聞いた矢先、移ノ宮春星の口から飛び出した衝撃の一言がこれだ。呆れを通り越して感動すら覚える。だから馬鹿馬鹿しくて何も言う気が起きず、結局は彼への追及を途中で諦めてしまった。
だからホテルの自分の部屋に戻って、東悟は暗がりの中で一人、テーブルの上でジム・ビームのグラスを揺らしていた。飲んでなければやってられない気分だったからだ。
そんな時、一人の物好きがこの部屋を訊ねてきた。
いま、東悟の向かいで同じ酒のグラスを揺らす男――ロットン・スミスだ。
「俺に何か聞きたい事があるんじゃないのか?」
まず、東悟はそう切り出した。すると、ロットンは首をゆっくり横に振った。
「いいや。私もちょっと疲れていてね。たまには誰か、年が近い誰かと飲んでいたい気になるのさ。不満かね?」
「別に。だが、貴様は俺の敵なんだろう、立場上は」
「勘違いしないでおくれ。私はS級バスターでもあるが、いまは弁護士寄りの人間だ。犯罪者の擁護がお仕事なもんでね。君が明日の決勝に負けた瞬間、君は緊急逮捕される手筈になっている。その時はこの私が君の弁護士を引き受けよう。可能な限り、減刑には協力してやる」
「代わったご挨拶だな。では、俺が勝ったらどうなる?」
「その時は初代王者として君臨した君を讃えよう。残念ながら、名塚以上の権力者にはそうそう簡単に手は出せないからね」
「喰えん奴だ」
こいつは人をおちょくる為に生まれた男なのではないかと疑ってしまう。
「ああ、そうそう。皇太子殿のご意向によって、君自身の願いを叶える準備は既に終えている」
「用意周到な奴だ。そこらの政治家よりずっと有能に見える」
「知恵の巡りだけならタケシ君も越えてるからね。もしかしたら、いまも君は彼の掌で踊らされているのかもしれない」
「不思議と悪い気分ではない」
グラスの中身を一気に飲み干すと、東悟は新しいロックアイスを入れ、追加のジム・ビームをなみなみと注いだ。
「どうだ? 暇つぶしに、俺と勝負してみるか?」
「やめておこう。酒はゆっくり楽しみたい」
「そうか」
意外にも、東悟とロットンの酒の趣味は同じだった。
集中治療室のベッドで眠るタケシの姿を、ナナは何時間になるかも分からない間、ずっと一枚の分厚いガラス越しに眺めていた。
「ナナお姉ちゃん」
傍らのリリカがナナの袖を小さく引いた。
「タケシお兄ちゃんなら大丈夫だよ。だから、今日はもう帰ろう?」
「……そうだね。タケシは死なないもん」
自分に言い聞かせるように呟き、ナナが踵を返すと、向いた方向から忠と、タケシの母親である六会恵美が歩み寄ってきた。
まず、忠が訊ねた。
「タケシの様子は?」
「峠は越えたって、さっきお医者さんが」
「そうか」
忠が横目にタケシを見遣る。
「タケシは九条君との決勝戦を非常に強く望んでいた。口には出さないが、見ていれば何となく分かる」
「タケシにとって、ナユタって何なんですか?」
「簡単に言うなら、羨望の対象だろう」
「羨望?」
「九条君にはきっと、負けられない戦いの中で勝利を手繰り寄せる才能がある。それは君達が持つような超常的なセンスと大きく質を異にする、言わば『奇跡を起こす力』。それがタケシには羨ましくてならなかったんだろう」
「……………………」
九条ナユタとは何者なんだろう――そういった疑問を持つ者は決して少なくない。ナナもその一人だ。
何で彼は、いまの忠が言うような力を得たのだろう?
「ナユタお兄ちゃんって、何だか流れ星みたいです」
意外にもリリカが的を射た回答例を述べる。
「流れ星に祈ったら願いが叶うって言うじゃないですか。だから、ナユタお兄ちゃんは「世界を救って欲しい」っていう誰かの願いを受けて空を走った流れ星なんだと思います」
「たしかに、その通りだ」
忠は満足したように頷くと、いつもより柔らかな笑みでナナとリリカを促した。
「明日はその奇跡が見られるかもしれん。その時に寝不足で見逃したとあっては勿体ないにも程がある。二人は早くホテルに戻って休みなさい。ここはしばらく、私と妻が見守っているから」
「ありがとうございます。さ、お姉ちゃん」
「……うん」
ナナはもう一回タケシを一瞥すると、リリカに手を引かれてこの場を辞した。
「……いつまでそうやって隠れているつもりかね」
ナナとリリカの背中が見えなくなったところで、廊下の角に隠れていたナユタは早速、最初からこちらの気配に気づいていた忠に呼び出される。
ナユタは恵美に会釈して、無言で忠の横に並ぶ。
「聞いていただろう、さっきの話は」
「皆、俺を過大評価し過ぎっすよ」
「それだけの事をしてきた証左だろう。君には奇跡を起こした責任として、皆の願いを背負う義務がある」
「勝手に期待しやがって、とか言っちゃ駄目ですか?」
「今日だけは聞かなかった事にしてやろう。その代わり、明日の試合は何が何でも絶対に勝て」
「それは長官命令ですか?」
「いいや。私の願いだ」
「願い……か」
何故だか知らないが、急に馬鹿らしい気分になってくる。
命令よりも、願いという響きの方が重たく感じたからだ。
「願われなくても、最初から勝つ気でいるから心配無用です」
「そうか」
「では、俺はこれで――っと、そうだ、忘れてた」
あれよあれよと喋っているうちに、大事な伝言を忘れるところだった。
「長官。タケシが目を覚ましたら、「優勝したら見舞いの品に面白いモンを持ってくる。だから待ってろ」って伝えといてください」
「何を考えている?」
「ちょっとしたサプライズですよ」
大会に出場した時から立てていたプランもこれでほとんど台無しになってしまうが、それよりも最優先すべき願いが生まれてしまった。
「じゃあな。また明日」
ナユタは最後に、タケシと自分を隔てるガラスを指で弾いた。
●
翌日の正午。ゴールデンウィーク最終日にして、GACS決勝トーナメント、決勝戦の開催日。数多くのアクシデントに見舞われながらもしぶとくここまで漕ぎ着けたのは、ひとえに移ノ宮春星の卓越した差配によるところが大きい。闘技場の客入りも前日とさして変わらない。
「あ、いたいた」
「おーい、こっちこっちー」
選手席の近くに来ていた絢香を、イチルが手招きして呼び寄せる。
ここはAブロックの試合会場だ。決勝戦の会場は諸事情によって全く別の場所になっており、試合の様子はフィールドの真ん中に鎮座する巨大な投影装置が映してくれる仕組みとなっている。これは一次予選の中継映像を流していた超大型のプロジェクターと同じタイプの物だ。ちなみに、Bブロックの会場にも同じ装置がセットされている。
「これで選手組は全員揃ったな」
エレナがうんうんと頷く。彼女が言った通り、イチルや絢香の周りを占めるのはAブロックで奮闘した選手勢だ。心美もユミもケイトもいる。
「で、ナユタと御影はいま何処にいるんだ?」
「さあ? 試合会場の場所は直前まで教えないって言ってたし、いま頃その秘密の会場とやらに向かっているんじゃないですか?」
決勝戦の進行は当初の予定通りだ。どんなトラブルがこの闘技場で起きていたとしても、決勝はこのバトルフロートに全く影響が出ない場所で行われるという。本当ならVフィールドの仮想空間モードを使えば安上がりに済んだのだが、ナユタと東悟がどれくらいの規模で衝突するか分からない以上、前者の方がより安全という訳だ。
『それでは皆様、長らくお待たせしました!』
実況が元気良く切り出した。
『数多くのアクシデントに見舞われながら、こうして本日は天候にも恵まれ、このグランドアステルチャンピオンシップ、通称・GACSも決勝戦を迎える運びとなりました。決勝戦の実況はこの私、Aブロックから引き続き、ダニエル・ポートマンが務めさせていただきます。そして解説はBブロックから引き続き、園田村正さんです』
『園田です。今日は決勝の舞台にこういう形で立ち会える事を誇らしく思います』
嘘だ。そんな訳が無い。本当は、村正だって色々と不安な筈だ。
『今日は最後まで、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします。それでは、決勝戦のルールを説明させて頂きます』
例の投影装置が、球状の大型ホログラムディスプレイを投射する。これでどの角度から見ても試合の様子を楽しめるようになった。
「あれは!?」
映像を見て、イチルが驚嘆する。
見覚えのあり過ぎる巨大な船体が、緑色の巨大な球状の膜に覆われて大空を悠々と飛行している。緑色の膜はVフィールドなので驚くに値しないが、やっぱり驚くべきは船の方だ。
「方舟!?」
「イチルちゃん達が戦ってた舟だ!」
絢香も当時のテレビ中継を見ていたというので覚えているのだろう。
そう。あれはかつて、<新星人>達がスカイアステルへ攻め入る際に用いられた飛行船だ。アステライトリアクターと呼ばれる<新星人>規格の動力炉が搭載されており、<新星人>にしか起動できない筈だが、あれが何で再び宙に浮いているのだろう?
『決勝戦の舞台はあの方舟の上と、その船体を中心とした半径二〇〇〇メートル圏内とさせて頂きます。その範囲には無痛覚モードと武装幻影化モードに設定した巨大なVフィールドが展開されており、試合が終了するまで選手はその範囲から抜け出せません。しかし船の高度はその都度変わるので、場合によっては海中での戦闘も可能になります』
これでナユタは<アステルジョーカー>を使いながらチャービルの使用も可能となった。チャービルは基本的に水中戦仕様なので、このルールはナユタにとって決して悪い条件ではない。
でも、それが分かったところでイチルの顔は浮かなかった。
「そんな事より、誰が方舟を起動させたの?」
呟いてすぐ、計ったかのようなタイミングで<アステルドライバー>にメールが届く。
その内容を見て、イチルはさらに目を丸くして、すぐにほっとした。
「……なーんだ、そういう事か」
「イチルちゃん?」
「方舟を動かした奴の正体が分かったよ。彼なら安心だね」
「……まさか」
絢香にも察しがついたらしい。
そう。この大会に出場していない者の中で、あの船の構造を熟知し、アステライトリアクターを点火させられる唯一の<新星人>に、一人だけ心当たりがいる。
『なお、試合会場が変更になった以外はルールに大きな変更点はございません』
という事は、勝敗条件は以前までと全く同じだ。
一、どちらか一方のHPが全損する
二、どちらか一方のデッキ内に在る<メインアームズカード>の全破壊
三、どちらか一方の<アステルドライバー>、もしくはデッキケースの破壊
これらが決勝トーナメントにおける試合の勝敗条件となる。
『ルールの説明は以上です。さあ、お待ちかね! この決勝戦に勝ち上がった、ファイナリストの紹介だ!』
彼らは既に方舟の甲板の上で佇んでいた。先に、東悟の顔がモニターに映される。
『まずは、いま話題のこの人! <新星人>の技と重力操作の<アステルジョーカー>を巧みに操り決勝まで歩を進めた最強のダークホース・御影東悟選手!』
彼の名が挙がった途端、会場の空気が一気に落ち込んだ。Bブロック決勝での顛末を人伝てからでも聞いてれば、たしかにそういう反応にはなるだろう。結局は試合中のトラブルによる不戦勝という、不名誉な勝利を土台に決勝の舞台に彼は立っているのだから。
『それに対しますは、もはや説明が不要なこの人!
人の生と死が交差する戦場から、一人の少年が平和の世界に足を踏み入れた。
彼は現れるなり数多くの人を救い、いつしか方舟の英雄と呼ばれる至高の戦士となっていた』
至高――たしかに、いまの彼を表すのに相応しい漢字二文字だ。
『西の果ての大地より迸った蒼き閃光、九条ナユタ選手!』
ナユタの紹介が終わった途端、さっきと打って変わり、割れんばかりの歓声が沸き上がった。まだ戦ってもいないのに、期待し過ぎではないだろうか。
『解説の園田さん。彼ら二人の試合をどう見ますか?』
『六会タケシ選手と違って、九条選手には御影選手の重力操作への対抗手段が無い。このままだとブラックホールの一発で試合が終わってしまう』
『何か、九条選手に可能な攻略の手段というものがあるんでしょうか』
『分からない。全ては九条選手次第でしょう』
『なるほど』
珍しく、実況のダニエルが神妙な口調で言った。
『たしかに、その通りでしょう』
「まさかこんな形で使い回されるなんてな」
ナユタは懐かしむように言った。
外観上は木造に見えるこの船はダークマターに近い物質で構成されているという。そう考えると、この世の物でない乗り物で、世界最強の戦士を決めようという趣向なのだと良く分かる。
「ここでなら思いっきり戦えそうだ」
「お前は怒っていないのか?」
「何が?」
「俺が六会タケシを殺しかけた事を、お前は怒っていないのかと訊いている」
「あんたのせいじゃないってのはよーく分かってるし」
きっと、タケシなら惜しくは思っても恨んではいない。奴はそういう人間だ。
「さあ、とっととおっぱじめようぜ!」
<アステルドライバー>に<ウィングフォーム>の<ドライブキー>をセット。東悟も同様の準備を済ませ、懐の脇差の鞘を払った。
『両者、気合も充分の様子です!』
マストに増設されたスピーカーから、実況の声が轟いた。ちなみに勝敗判定はこれまで同様Vフィールドの制御装置と各所に設置されたカメラが行ってくれるので、レフェリーみたいな役割の人間は船に乗り合わせていない。
『それでは、グランドアステルチャンピオンシップ、決勝トーナメント最終戦、九条ナユタVS御影東悟の試合を開始します! GET READY!』
「<アステルジョーカー>、アンロック!」
「<アステルジョーカー>、<ビーストサモンカード>、ダブルアンロック!」
両者を中心とした、白と黒の柱が天に座す雲を貫いた。
光の中から現れたナユタの衣装は青いラインがいくつも入った白いロングコート。背中には白い双翼型のスラスターが装備されている。
黒いエネルギーを纏い顕現した東悟は、最初からムルシエラゴを<ビーストランス>した状態で現れる。背中からはコウモリのそれに似た黒い双翼が伸び、奇しくもナユタの翼と色が対比する構図となった。
ナユタは腰の鞘から、柄頭に車の鍵穴みたいなスロットが追加された<蒼月>を抜き放ち、剣先を力強く払った。
「これが最後だ。いくぞ、御影東悟!」
「来い、九条ナユタ!」
東悟が目の前で右の<月蝕蒼月>と左の脇差の刃を交差させ、ずばっと左右に切っ先を払った。
『世紀の最終決戦、勝利の女神がほほ笑むのは九条選手か、御影選手か! いま、最後のゴングが鳴り響く!』
決勝戦はカウント4でのスタートになる。
――三。
――二。
――一!
『GO!』
かくして、最後の戦いが始まった。
第十四話「死闘! 六会タケシVS御影東悟」 おわり
第十五話に続く




