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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.6 ~GACS編 第二集 決勝トーナメント・開幕!~
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GACS編・第十一話「淡い想いと渦巻く陰謀 園田サツキVS十神凌」

   第十一話「淡い想いと渦巻く陰謀 園田サツキVS十神凌」



 自らが組み上げた、現時点で最高のデッキ。このデッキと自らの力で、何処まで上を目指せるだろうか。つい先日までは、そんな事ばかり考えていた。

 しかし、いまは違う。

 対戦相手の十神凌。彼は名塚の腹心で、しかも<アステルジョーカー>を持っている。

 彼の生い立ちを聞いたサツキにとって、これからの試合は重苦しいものでしかない。

「……本当は、こんなつもりじゃなかったのに」

 誰もいない控室の真ん中で、サツキは少しだけ泣きたい気分になった。

「私は……どうすれば」

「勝てば良いんじゃない?」

「!」

 振り返ると、いつの間にか扉の横の壁に修一が寄りかかっていた。

「修一君……驚かせないでください」

「ごめんごめん」

 悪びれず謝る修一であった。

「サツキちゃんさ、さっき十神君を探しに行った時、何かあった?」

「…………」

 言えない。彼の正体を知ったら、修一ですら動揺するに決まっている。

「うーん……まあいいや。じゃあ、次の質問」

 こちらが迷っていると、修一は質問を変えた。

「君、十神君をどう思ってるの?」

「……それを貴方に話す理由がありますか?」

「俺個人の興味だからねぇ。答えなくても良いけど」

 修一は踵を返し、部屋の外に踏み出した。

「俺が彼なら、そんな顔のサツキちゃんと戦いたくは無いかな」

「!」

 男子の視点から率直な感想を言われ、サツキは蒙が啓かれた気分になる。

「まあ、頑張りなよ。じゃ」

 ただひやかしに来ただけか――などと忌々しく思っていると、既に修一の気配は近くから消えていた。彼は本当に何を考えているのだろうか。

 でも、たしかに修一の言う通りかもしれない。

「――しっかりしなさい、園田サツキ」

 サツキは自らの顔を叩き、係員の呼び出される前に控室を後にした。


   ●


『これよりGACS決勝トーナメントBブロック一回戦、最終試合を開始します』

「ふぅ……もうクタクタだぜ」

「さすがにはっちゃけ過ぎたな」

 サツキ達がエントリーする前に、タケシとハンスが観客席に帰ってきた。

「次はサツキと十神の試合かぁ。あいつら、結構仲良かったもんな。互いの手口を知り尽くした者同士の対決って訳かい」

『えー……ここで、この試合に関する変更点をお知らせ致します』

「は?」

 実況が珍しく言い淀んでいるのもそうだが、この場面で一体何の要素を変更するのだろうか。まるで訳が分からない。

『つい先ほど、十神選手のデッキに<アステルジョーカー>が加わりました。よって、この試合では園田サツキ選手の<アステルジョーカー>も使用可能になります』

「何だと!?」

「マジ!?」

 タケシとナナが驚嘆し、修一と東悟が互いに顔を見合わせて目を細める。

「新しい<アステルジョーカー>だぁ!? どういう事だ!」

「名塚の試作品だ」

 たったいま戻ってきたアルフレッドが険しい面持ちで説明する。

「このスタジアムの地下に名塚の『アステルジョーカー研究所』が建造されていたんだ。その奥にある『アステルジョーカープロセッサー』によって誕生した、十一番目の<アステルジョーカー>。いま、そいつが十神凌の手に渡っている」

「話が全然読めないっすよ。名塚と十神に何の関係が――ていうか、地下の研究所って何ですか?」

「全てはこの試合が終わった後だ」

『それではお待たせしました。選手入場です! まずは北コーナー!』

 北側の入場口からはサツキが現れた。服装は星の都学園中等部の制服姿だ。

『方舟の英雄の一人にして、Bブロック解説の園田村正氏と、Aブロック解説の園田樹里氏の一人娘! 英才教育と実戦経験から得た天才的なカードタクティクスが世界の強豪を打ち砕くか!? グランドアステルのカードマスター・園田サツキ!』

『サツキ……』

『? どうかしましたか?』

『いや、何でも』

 やはり村正も現在の異常事態に気付いているらしい。サツキを心配する気持ちは良く分かる。

『続いて南コーナー! 一次予選では対戦相手の園田サツキ選手、望波選手とチーム・トライデントを結成! 新しく<アステルジョーカー>を戦力に加え、かつての仲間といまこうして対峙する彼の戦いぶりとは如何に! 実力は未知数、十神凌選手!』

 問題の凌が入場した。とても不穏な話題の渦中にいるとは思えないくらい、何も感じていないような面持ちだ。

 二人の選手が向かい合う。彼らはいま、何を想っているのだろうか。

『いよいよ一回戦も最終戦ですね。解説の園田さん、これから先の試合展開をどう見ますか?』

『問題は十神選手の<アステルジョーカー>です。出場選手の<アステルジョーカー>の中で、現段階において唯一能力が判明していません』

『十神選手は他の選手達と比べてデータが極端に少ないですからね』

『ただ一つ分かっているのは、園田サツキ選手の<紅月>は幾度の戦闘で経験値を積んでパワーアップしています。普通に考えれば、カードの性能で軍配が上がるのは彼女の筈です』

『なるほど』

 解説の間に、二人は<ドライブキー>をセットしていた。

『それでは、GACS決勝トーナメントBブロック、園田サツキ選手VS十神凌選手の試合を開始します。GET REDAY!』

「「<メインアームズカード>、アンロック!」」

 召喚された武装は互いにソード型。サツキはスペツナズナイフを日本刀くらいの長さに伸ばしたような長剣を正眼に構え、凌は燕の翼を模ったような銀色の小太刀が両手に一本ずつ携えている。

『GO!』

 かくして、二人の戦いが始まった。


 ナナとの模擬戦で凌のスピードは知っている――つもりだったが、体感するとあの時以上に感じてしまう。

 一呼吸置かないうちに間合いに侵入され、二本の小太刀が銀色の閃光を幾重にも視界に敷いてくる。

 一太刀が速い。そして、重い。でも、見えない速さではなかった。

 前掛かりな姿勢で見舞ってくる凌の連撃に対し、サツキも攻めの姿勢は崩さない。防ぐという手を全く考えず、あくまでこちら前のめりに斬り掛かる。

 間合いの中心を軸に、ワルツのように立ち位置を変えながらの太刀の応酬。彼の身体能力には勝てないが、これまで強豪と共に生き続けた経験が、凌の太刀筋を一手先から教えてくれた。

 いつもナユタの速さを見て、そして憧れていた。

 これしきの速力で、音を上げるような鍛え方をした覚えはない。

「?」

 剣戟の最中、サツキは目を疑った。

 凌が、微かに笑っているのだ。

「何がおかしいの?」

「そう見えるか? だとしたら――」

 凌の足払いが飛んできた。サツキは一歩後退して回避、一歩前身して、正面からの鍔迫り合いに持ち込んだ。

「きっと、これが楽しいという感情なんだろう」

「楽しい?」

「ああ」

 凌が剣を強引に払い、互いに距離が空く。

「<牙燕丸>の鳴り方がいつもと違う。まるで喜んではしゃいでいるみたいだ。こんなの、生まれて初めてだ」

 生まれて、初めて。

 元は死体だった凌が言うと、その響きは不気味だった。

「俺の対戦相手がサツキで良かった。本当なら、決勝で戦いたかった」

「凌君――」

 呟き、サツキは思わず自らの口を塞いだ。

 また、凌君と呼んでしまった。

 実はある時から、サツキは彼を下の名前で呼ばなくなっていた。何故なら、普通に仲の良い友達として、彼と接していたかったからだ。それに、彼に必要以上に慣れ慣れしくしていたら、自分で自分が嫌になりそうだったというのもある。

 失恋の八つ当たりを、偶然出会った彼にしてしまわないように。

「……前にも言ったけど、私はあなたが思う程、いい人なんかじゃない」

「俺はこうも言ったぞ。滅多な事を言うものじゃないと」

「やっぱり、あなたはずるいですわ」

「ずるいのはお前も一緒だ。男はちょっと優しくされると、その女をすぐに好きになると聞いた事がある。よくも人を勘違いさせて、こうも簡単にたらしこんでくれたな」

「騙したつもりも無いし、勝手に騙されたのはそっちです」

「そうか」

 凌は目一杯屈んで、弾かれたように高々と飛び上がる。

「貴重な体験だ。これが失恋という奴か」

 小太刀が鋭い気圧の筋を纏う。

 ――来るか!

「<旋閃牙燕>!」

 一対の太刀を思いっきり振り下ろすと、刃の先から気圧の筋が五本、射出される。

「<バトルカード>・<バウンサーシールド>、アンロック!」

 黄色いドーム状のシールドがサツキを覆い、歪曲軌道を経て襲来してきた五本の筋を全て弾き返す。やはり、あれはただのカマイタチみたいなものか。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、アンロック!」

 サツキの十八番が発動。刀身に纏った白い大気の渦を、刀の一振りでドリルみたいな形にして飛ばす。

 ターゲットは勿論、滞空中で身動きが取れない凌だ。

「<牙燕丸>!」

 凌が叫ぶと、二つの刀身の先で陽炎が揺れ、彼の体を急上昇させる。当然、風の刃は彼の真下を通り過ぎた。

「飛んだ!?」

 彼はまるで燕のように風を切りながら、鋭くフィールド内を縦横無尽に飛行している。刀身の形は伊達じゃなかったらしい。

『アメイジング! 十神選手が飛んでいる!?』

『<牙燕丸>はユミ・テレサ選手の<風鼬>同様、風を操る力を備えた<ランク外アームズカード>のようです。でも彼の場合は大気そのものを操っているというより、大気の力を攻撃と機動力のみに絞った運用方法を採用している。あの刀身は<蒼月>みたいなロケットブースターでもあり、そしてハンググライダーみたいなものでもあるようです』

『これで園田サツキ選手の機動力を上回った! さあ、どうする!?』

「こうするまでです。<バトルカード>・<フワライダー>、アンロック!」

 サツキは片方の掌からたんぽぽの綿みたいな白い塊を無数に飛ばし、Vフィールド全体を『浮遊する機雷』で満たした。

 あれは触れれば小規模かつ小威力の爆発を巻き起こす。これで凌は下手な飛行が不可能になった筈だ。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、ダブルアンロック」

 凌がお返しにと言わんばかりに発動。二つの刀身に轟々と唸る大気が渦巻くと、そのまま両手を広げて斬撃を左右に発射。風の矢は機雷を呑みこみながらVフィールドの内壁を沿うように走ると、やがて軌道が歪曲して、最終的には二つの暴風がサツキの頭上から降下してきた。

 二つの<ストームブレード>は機雷を呑みこんだ危険物だ。あれをまともに喰らえば、暴風で切り刻まれるだけでなく、<フワライダー>の爆発を総身に受ける事になる。

 勿論、あれをタダで喰らう気は無い。

「<バトルカード>・<ワームホール>、アンロック!」

 足元に一般的なマンホールサイズの黒い孔が空き、サツキはすぐ様飛び込んでフィールド内から姿を消した。

爆発物含有の暴風が地面に激突。断続的な爆薬と気圧の炸裂が地表で続いた。

 続く一瞬後、天蓋に同じ孔が空き、中からサツキが砲弾のように飛び出す。

 丁度、飛行中の凌の背中に突っ込むところだ。

 通り過ぎ様の一閃。凌の頸動脈を狙った一撃のつもりだったが――感触が硬い。<牙燕丸>で防がれたか。

「外した……!」

 空中で横に一回転して、着地してすぐに地面を後ろに滑って止まる。

「反応速度が鋭すぎる。ならば……」

 サツキの刀、<マルチブレードシステム>の能力をフル活用すれば、いまの状態の凌に勝つのは決して無理ではない。大抵の出場選手はそうやって戦い抜いてきた。

 でも今回は事情が違う。相手は未知の<アステルジョーカー>を使うからだ。

 速く倒さないと、下手をすれば取り返しがつかない事になる!

「<アステルジョーカー>、<アンロック>!」

 いま握っている刀を一旦リバース(アンロックした武装を再封印する操作)して、激しい赤い発光と共に全身真紅の大太刀を召喚する。

 いまの<紅月>は刀身や柄の作りもより頑丈に補強されている。更に、レベルアップに伴って黒地と赤いラインが刻まれた長羽織まで同時に装備される。ついでに、腰には<紅月>専用の鞘も付属している。

 その姿は、まるでS級バスターのようでもあった。

『あの姿は、まさに私の父そのものですね』

 村正が懐かしそうに述べる。

『かつて西の戦場で伝説的な活躍をした黄金世代の一人。冴えわたる剣技と旧式のアステルカードによるタクティクスは世紀無双と謳われ、数多くの<星獣>を斬り伏せた豪傑の一人。史上最強の剣客、その名を、園田政宗』

 勿論、祖父である政宗に、十四の孫である自分が勝てるとは到底思わない。

 でも、いまは時代が違う!

「チャージ!」

 早速、<紅月>の新能力を発動。刀身が発光すると、同時に<アステルドライバー>の画面に大きく『RELOAD』と表示される。

 基本的に<バトルカード>は内臓されたバッテリーに貯蓄されているアステライトを解放したらその分しか仕事をせず、専用の充電器か、もしくは<リロード>のカードを使用しない限りは再使用が叶わない。

 しかし、レベルアップした<紅月>に限っては違う。このカードは大気中のアステライトを吸収して、そのエネルギーを<バトルカード>内のコンデンサに蓄える能力を持つ。つまり、<紅月>自体が即席の充電器となるのだ。

 これでこの試合中、<バトルカード>が枚数制限関係無く使い放題になる。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、フォースアンロック! <ハイパーカードアライアンス!>」

 たったいま復活させた<ストームブレード>一枚と、デッキ内に残る未使用の<ストームブレード>三枚を同時発動。

 <紅月>の刀身に大気の奔流が激しく渦巻き、大気同士の摩擦で稲妻が発生する。

「<ハリケーンオーバー>!」

 渾身の横一薙ぎ。濃縮された風圧を解放し、龍の如くうねる暴風の化身が凌に迫る。

 彼に余裕を与えてはならない。<アステルジョーカー>をこのタイミングで発動しようとも、召喚した武装ごと凌のHPを全て吹き飛ばせばジ・エンドだ。

「<アステルジョーカー>、<アンロック>!」

「もう無駄ですわ!」

 直撃。着弾と同時に拡散する爆風がVフィールド全体を無茶苦茶に揺らす。その衝撃はVフィールドの向こう側、観客席の四隅に位置する大型の照明装置すら震動させ、撃った本人であるサツキの体すら後ろへと吹き飛ばした。

 衝突して壁に張り付いたまま、凌の末路を遠巻きに確認する。

 次に、<アステルドライバー>で彼のHP情報を確認した。

「……そんな」

 あろうことか、彼のHPメーターは微塵も減ってはいなかった。計測機器の故障――という訳でもなさそうだ。

 舞い上がる砂塵の壁に、凌のものと思しき影が浮かび上がる。

「お前に一つだけ、言い忘れていた事がある」

 顔も見せず、凌が言った。

「俺はたしかに元は死体だが、ただの死体じゃない。かつてウェスト区に存在した『アステルジョーカー研究所』の奥深くに眠っていた、試作型戦闘用試験管ベビーの一体だ。三歳まで成長したが、実験用の薬剤の作用で拒絶反応を示して絶命した」

 何を話しているのかと思ったら、砂塵の向こうから彼が姿を現した。

「凌君、その姿は!?」

 いまの凌は、さっきまでとは大きく変わり果てた姿をしていた。

 伸びた頭髪は前後左右が燕を思わせるような形で跳ね上がっており、色も紺色に変化している。瞳は深いインディゴに彩られ、服の布地が弾けて剥き出しになった両腕には禍々しい黒い刺青が彫られている。

「名塚は俺を基礎とした量産型を作ろうと、西の死体の子供達をかき集めて、俺にしたのと同じ事をやろうとしたが、結局は全て失敗した。何故なら彼らと俺とでは、決定的に違う部分があったからだ」

 彼が握る一対の小刀は、それぞれ青みがかった黒に染まる大太刀に変貌を遂げていた。それぞれの刀のはばきに巻かれた薄汚いぼろ切れが、持ち手の荒々しさと寂しさを表現しているようで、何処か物悲しい気分にさせられる。

「それはすなわち、およそ一千万分の一の確率で生まれる先天性の細胞――自らの体内に取り込んだアステライトの塊、つまりはアステルコアの受容器の強度」

 傍から聞いていれば訳が分からない話かもしれないが、サツキは彼が持つ黒い刀を見て、すぐにその意味を悟った。

 黒い力。それは、とある病に対する抗体を持った者のみに許される禁断の領域。

 <ブラックアームズカード>。或いは――

「俺にはこの<ブラックアステルジョーカー>――<NO.X11 疾風牙燕丸>の使用が許されている」


「<ブラックアステルジョーカー>!?」

 観客席でその単語に真っ先に反応したのは、かつて同じ種類のカードを使った事があるタケシだった。

「あれはODD患者専用の武装だろ! 何であいつがそんなモンを!?」

「先天的に使える条件を満たしていたからだ」

 気配も音も無く、ぬっと選手用の観覧席に現れたのは、仕事だとかで消えていた筈のロットン・スミスだった。

「ロットンさん? あなた、いままで何処に?」

「ちょっと上の方までね。何の用で行ったかは言えないが――用件のついでに、十神凌君のデータを調べさせてもらった」

 ロットンが許可も無く、席の一角に腰を下ろした。

「<ブラックアームズカード>は通常、アステルカードを過度に使用した際に起きる後天性の障害を持つ者のみが使用を許されている。カードから受ける負荷に対する抗体をその身に宿しているからね。では、その抗体とは何だと思う?」

「体内に流れ込んだアステライトですか?」

「そうだ。その障害、『オーバードライブディスオーダー』は肉体疲労とアステライトによる体内汚染が主な原因となる。それによって神経や知覚なんかに重大な変異をもたらすが、同時に体内の『アステライト受容器』の強度が増す。つまり、アステライトがどれだけ体内に入り込んでも、それ以上は肉体的影響を受けなくなるんだ」

「そういう事か」

 自らが経験した事となれば、タケシの理解も余計に早かった。

「あいつはその『アステライト受容器』の強度が生まれつき強いんだ。だからODDに罹患しなくても<ブラックアームズカード>を……!」

「見た感じ、奇しくも<疾風牙燕丸>は<サークル・オブ・セフィラ>と同様、別の<メインアームズカード>と合体して発動するタイプの<アステルジョーカー>らしい。普段は普通の<アステルジョーカー>だが、合体時に<黒化ブラックアウト>したんだな」

「だとしたら、予想以上にヤバい事になるかもしれない」

「どうしよう、サツキが負けちゃう!」

 タケシとナナは<ブラックアームズカード>の脅威を嫌という程知っている。

 だからこそ、この試合はサツキの敗色が濃厚だと直感的に思ってしまった。


 死体にアステルコアを容れて生命を復活される実験。それはつまり、死体をアステライトで蘇生するという行為だ。

 たしか、名塚が実験に使った子供達は凌以外の全員が失敗作と言っていた。つまり、容れようとしたアステルコアが体と心に馴染まなかったのだ。

 だとすれば、凌が同じ方法で蘇生に成功したのも納得だ。

 彼はそもそも、生物としての規格が一回りも二回りも違っていたのだ。

「<ブラックアステルジョーカー>……」

 呟き、サツキは息を呑んで、凌に問う。

「そのカードの生け贄、まさか」

「お前の想像通りだ」

 凌が淡々と述べる。

「蘇生実験に使われた約半数の子供達は感情を破壊されたまま生命活動を続けているが、残り半数はそれさえ叶わなかった。このカードに捧げられた贄は、その残り半数だ」

 つまり、最低十数人以上はこのカードの素材となっている、という事になる。<アステルジョーカー>が人を生け贄とする際は一人の犠牲が一般的だが、製法の違いによって要求する生け贄の数も違うのだろうか。

 何にせよ、許されざる話だ。

「あなた、いくら父親がした事とはいえ、ちょっとは異常だと思わなかったんですか? 名塚啓二がした事の全ては生命や神への冒涜ですわよ! なのに、その彼から受け取った最悪の代物を、よくもそうやって簡単に使えたものですね!」

「軽蔑したか?」

「ええ。見損ないました。あなたはもうちょっと、まともな人だと思ったのに」

「いくら罵られようが些末な問題だ。俺には果たすべき目的がある」

「目的?」

「父さんの願い――九条ナユタへの、復讐」

 この時、途端にサツキは背筋をぞわっと震わせた。

「九条ナユタは自分に対する危害なら何て事も無いと言い張るタイプだが、仲間が傷付けられるのは黙って見過ごせない。ああいうタイプは外堀から埋めた方が早い。だから、この大会で奴の大切なものを全て破壊する。この、俺の手で」

「それはあくまで名塚の目的ですわ! あなたには無いんですか? あなた自身が叶えたい願いというものが!」

「無い。でも、俺にはあの人しかいないから」

 凌は寂しそうにもせず、腰を落として二本の刀を振りかぶる。

「Vフィールド内だからと言って、気を抜くなよ? これから始まるのは、本当の殺し合いだ」

「……!」

 言葉の意味を察する間も無く、凌が低空飛行する燕のように真っ直ぐ肉薄してきた。さっきよりも踏み込みが鋭い。

「<バトルカード>・<バウンドパネル>、アンロック!」

 サツキは自らの前後上下左右にいくつかの四角い光子のパネルを飛ばすと、足元の一個を踏みつけ、その作用で高々と跳躍した。

 凌もサツキの<バウンドパネル>を利用して跳躍。二人は反重力作用を持つ空中の足場を用いて、擬似的なドッグファイトを開始した。

 さっきまでの足捌きがモノを言う剣戟から一転して、衝突とすれ違いを繰り返すばかりの殴り合いだ。皮肉にも、いまのサツキと凌にはうってつけの展開だった。

 サツキはひたすら葛藤する。

 出会ってから今日に至るまで、少なくとも凌はサツキの拠り所みたいな存在だった。

 初めての場所で右も左も分からずあたふたする彼。都会の常識がまるで身についておらず、天然ボケとさえ思える発言を連発する彼。

 私をいい女だと、素直に言ってくれた、彼。

 その全てが、いままで嘘だったというのだろうか。

「っ……私は――」

 真上に跳躍。一旦距離を大きく開け、再びチャージを発動。

「私はあなたの事が――!」

 直下へ撃ち下ろした<ハリケーンオーバー>の轟音が、同時に放った言葉を綺麗にかき消した。

「<旋閃牙燕>」

 凌が片方の刀を一振りすると、暴風の化身が真っ二つに斬り裂かれて消滅した。

 有り得ない。ブラックホールさえ消しかねない威力の攻撃を、刀のたった一振りで!?

「いくぞ」

 今度は凌がパネルで跳躍すると、二本の刀身を同時に振り上げ、

「<黒旋牙燕>!」

 思いっきり反らした背中のバネを解放し、二本の刀を振り下ろした。

 刀身から無数の黒い大気の筋が放たれ、のたうちまわるように激しくうねり、<バウンドパネル>を全て斬り裂いた果てに、その攻撃全てがサツキ一人に集中する。

「<バトルカード>・<バウンサーシールド>!」

 周囲に展開された黄色いドーム状のシールドが鞭のようにしなる黒い太刀風の群れに引き裂かれる。

 <紅月>に全弾直撃。サツキ本人にこそ当たらなかったが、<紅月>に叩きつけられた気圧の斬撃が、サツキの体を大きく後ろに吹っ飛ばした。


 再び壁に叩きつけられたサツキを見て、実況席の村正が勢いよく立ち上がった。

「サツキ!」

「園田サツキ選手のHPが全損! この勝負、十神凌選手の勝利です!」

 たった一撃。身体に直撃していないにも関わらず、何て威力だろう。

 これが最低二人以上の犠牲で生まれた<アステルジョーカー>の力か。

「一体どうなっている……? <ハリケーンオーバー>さえ通用しないなんて……」

「? おやおや?」

 隣の実況、豊子が怪訝な声を上げる。

「試合が終わったのにVフィールドが解除されない? どうなってるんだい、こりゃ」

「何ですって?」

「ちょっとちょっと、こんな時に故障かい? 勘弁してよ、ホント」

「少し調べてみましょう」

 村正は手前のモニター(選手達のカードデータなどを参照する等に使う)の下部に設けられたソケットにケーブルを挿し、<アステルドライバー>に有線接続する。

 モニターに表示されたのはVフィールドの稼働状況を示すグラフだ。

 さて、何が原因か――

「これは!?」

「園田博士?」

「いま展開されている外壁はVフィールドじゃない。暴徒鎮圧用の封印結界だ」

 Vフィールドに備わったモードは、この決勝で使用されている<武装幻影化モード>と<無痛覚モード>だけではない。<仮想空間モード>だったり、その応用である<対星獣訓練モード>、<チュートリアルモード>など、数多くの機能が備わっている。

 その中でも唯一『バトル』に関係無いのが、<シールモード>だ。

 簡単に言うと、超高密度に圧縮されたアステライトのシールドで、予想外の暴走をする<星獣>や警察だけでは手に負えない犯罪者を閉じ込めるモードだ。

 操作するうちに、村正の胸に焦燥が訪れる。

「おかしい。モード変更も強制終了も出来ない」

「じゃあ、あの二人はいま閉じ込められてるというのかい?」

『園田博士!』

 緊急用の回線を使ったのか、<アステルドライバー>からタケシの声がした。

『サツキがさっきから起きないんです。スタジアムの選手入場口がVフィールドで塞がってるから救護班も入れやしない。どうにかならないんすか!?』

「何だって?」

 Vフィールドの復旧に夢中で、サツキの方に全く気が回っていなかった。

 改めてフィールドを見下ろすと、タケシが言った通り、サツキは壁に寄り掛かったままぐったり動かなくなっていた。

「サツキ! 起きろサツキ!」

『おい、十神! お前何やってんだ!?』

 彼女の前に立った凌が、何故か片方の刀を振り上げる。

『もう試合は終わってんだぞ! お前の勝ちだ、さっさと剣を引け!』

「十神君、やめるんだ! 私の声が聞こえないのか!」

 こちらの制止も空しく、凌は無造作に剣を振り下ろした。


 実況席の父がやかましく叫んでくれたおかげで、どうにか目を覚まして横っ飛びに転がり、辛くも凌の縦一閃から逃れられた。

 膝立ちで剣を構えつつ、サツキは凌を睨みつけた。

「何のつもりですか?」

「言った筈だ。これは本当の殺し合いだと」

 凌は頭上を仰ぎ見て言った。

「いまVフィールドは<シールモード>に切り替わった。つまり、これから発生するダメージは全て現実だ」

「本当に私を殺す気なんですか?」

「そうだ」

 彼の返答に迷いは無かった。

「言った筈だ。俺は俺の目的を達成する」

「…………」

 もう話し合いでは解決しない。

 なら、こちらが選ぶ方針もたった一つだ。

「来るなら来なさい」

 サツキは剣を八双に構える。

「私を斬りたいなら、気が済むまで斬ればいい。でも私の方からは手を出しませんし、あなたが諦めるまで私は諦めません」

「勝手にしろ」

 足音すら立てず、凌は地を蹴って駆け出した。


「おいおい、何かあいつら勝手にバトりだしたぞ!」

「二人共、やめて!」

 ナナが両手でVフィールドの外壁を殴りつけるが、やはりビクともしなかった。

 いま、凌が一方的に刀を振り回し、サツキが防戦一方になって彼の攻撃を凌ぎ続けている状況だ。

 まさかとは思うが、サツキは自分から手を出すつもりが無いのか?

『反撃しろ、サツキ!』

 実況席から、村正の檄が飛ぶ。

『彼は本当にお前を殺す気だ! このままじゃなぶり殺しにされるぞ!』

「そもそも十神の奴、何でサツキに攻撃してんだよ!」

「奴の指示か」

 ロットンが言った。

「たしかに、九条ナユタ君への復讐にはこれが一番効果的なんだろう」

「何言ってんすか! つーか、早くサツキを助けないと!」

 タケシは再び自らの<アステルジョーカー>を発動しようとするが、<アステルドライバー>が巻かれた手首をロットンに掴まれる。

「っ! ロットンさん!?」

「下手に突っ込んでも返り討ちに遭うだけだ。さっきの攻撃を見ただろう。あれはもはや<アステルジョーカー>の規格を大きく逸脱している」

「だったら尚更だろうが! それに、俺とナナと御影東悟の<アステルジョーカー>が力を合わせればどうにかなるかもしれない」

「無理だな」

 今度は東悟が首を横に振った。

「仮に俺がブラックホールを作ったとしても、<ハイパーカードアライアンス>と同等かそれ以上の威力の前ではほとんど無力だ」

「そんなの、やってみなきゃ――」

「きゃぁあっ!?」

 サツキの悲鳴がスピーカーから大音声で観客席に響き渡る。再び<黒旋牙燕>を喰らって吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられたのだ。

 既に彼女は満身創痍で、服も擦り切れ、頭からも血を流している。ブラウスのボタンも上から半分くらいが千切れ飛んで、白く豊かな胸元が露になる。

 不謹慎にも、いまの彼女の姿を<アステルドライバー>のカメラ機能で捉えようとしている観客がいる。

 いままさに、彼女は殺されかかっているというのに。


 観客の民度の低さも他人の助けも気にする暇はない。いまは如何に凌の太刀を凌ぎ、彼に根性で勝てるかが重要だ。

 <黒閃牙燕>を何度も<紅月>で凌いでいるうちに、徐々に腕に走る痺れが大きくなる。<ハリケーンオーバー>すら一撃で吹き消す威力の技を何発も喰らっていれば無理も無い。

 <紅月>自体の強度は<ハイパーカードアライアンス>の使用に耐えうる強度だ。勿論、外部からの衝撃にも内部からの負担にも強い。

 でも、自分自身がどれくらいまで耐えられるか。

 一方的な二振りの激しい連撃を受け止め続けていると、凌が攻撃の手を緩め、その場で立ち止まった。

 サツキは身を大きく引いて彼の様子を窺った。

「……凌君?」

「何でだ」

 凌の面持ちは何処か物憂げだった。

「何でお前は反撃してこない?」

「……あなた、本当はこの戦いで自分が死ぬ気なんでしょう?」

「……!」

 初めて、凌の表情に動揺が走る。

「どうやら図星みたいですわね。おかしいと思ったんです。心変わりをするにしては急過ぎましたし、何よりあなたからは殺意を全く感じない」

「俺の言葉が嘘だと言いたいのか」

「ええ」

 凌の目的は、大体分かっている。

「あなたは私を殺そうとして、私から返り討ちに遭って殺されるつもりだったんです。襲われた側の私は正当防衛が認められてお咎めなし。そういう筋書きでしょう?」

「根拠はあるのか」

「あなたが本気で戦っていたなら私はいまここに立っていません。だからあなたは私を試合で敗退に追い込んだ上で、自らもこの大会から退場しようとした。私を名塚の陰謀から逃がす為に」

「全てはお見通しか」

 凌が観念したように剣を下ろす。

「やっぱり、お前には敵わないな」

「理解してくれて何よりです。さあ、早くここから出ましょう。他の皆には私から事情を聞かせて説得しますから」

 サツキが一歩踏み出した、その時だった。

 突如として、Vフィールドの外壁が、発生装置の根本から黒く染まり始めたのだ。

「何だ、これは」

「Vフィールドが!?」

 驚くのも束の間、観客席どころか、頭上の空すら黒く塗りつぶされた。幸か不幸か、スタジアムの円周の内側と地面、あとは凌の姿だけは見えている。

続いて、二人の周囲一帯に、無数の黒い孔が発生する。

「!?」

「<ワームホール>だと?」

 つまり、いまこの場に、何者かが空間転移してくる。

 ややあって、その正体が頭を覗かせた。

「あれは……二次予選で私達を襲撃した……!」

「父さんの私兵だ」

 凌が言った通り、現れるなり二人を包囲したのは、黒いタクティカルベストに身を包んだ十代前半くらいの少年少女の群れだった。彼らが携える武装は長剣だったりアサルトライフルだったりでばらつきがあるものの、皆一様に<ブラックアームズカード>だった。

 二人は身を寄せ合って背中合わせになる。

「どうなっている? アイツからこんな話は聞いていないぞ」

「アイツって?」

「顔も体格も隠していたから正体はよく分からん。でも、逮捕された父さんの指示を引き継いだ奴なのは間違いない」

「逮捕ですって!?」

 サツキからすれば――いや、この会場に存在する全ての人間からしても初耳だっただろう。もっとも、この状況だとフィールドの外側にいる人間に聞こえたかは知らないが。

「大会主催者が逮捕って、何がどうなってるんですか?」

『それを君達が知る由は無い』

 実況用のスピーカーから、合成音声らしき声が告げる。

『十神凌。私は君の降参を彼への反逆行為と見做した。よって、いまこの場で君と園田サツキを処刑する』

「何ですって!?」

「待て、俺はともかくサツキまで攻撃する気か!?」

『そうだ。園田サツキ、君には何の恨みも無いが――全ては名塚先生の為だ。彼の崇高なる目的の為、君にはここで消えてもらう』

 口ぶりからして、彼も名塚の協力者らしい。

『全員、撃ち方用意!』

 数十人いる中で、ガンナー系の武装を携えた子供達が一斉に照準を二人に合わせる。

「ちぃっ!」

 すかさず、凌は自らの双刀を逆手に持ち替え、切っ先を地面に突き立てる。

「<黒燕凱旋>!」

『撃てぇ!』

 合図の直後、彼らの銃口が一斉に黒く瞬き――<疾風牙燕丸>の刃先から黒い気圧の太刀筋が飛び出して螺旋し、ドーム状の壁を形成、サツキと凌を覆い尽くした。

 壁の外側で断続的に重たい衝撃音が鳴る。

「まだこんな技を隠し持ってたんですね」

「そうは言っても長くは持たない」

『……ツ……サ……サツ……サ』

 <アステルドライバー>からノイズ混じりに村正の声がした。

『サツキ……! 聞こえたら返事をしてくれ!』

「お父様!」

『サツキ、いまそっちの状況はどうなっている!?』

「二次予選で私達を襲った集団から一斉掃射を受けていますが、いまは凌君の防御技の内側にいますわ」

『そうか。こっちはいまタケシ君がVフィールドの発生装置を破壊しに向かっている。でも装置自体に強力な結界が張られているらしい。解除には時間が掛かる』

「それまで待てる余裕はありません。いくら<疾風牙燕丸>でも、<ブラックアームズカード>の総攻撃を受け続けたらお陀仏ですわ」

「総攻撃が止んだら反撃するぞ」

 凌がこめかみに冷や汗を垂らして言った。

「俺とサツキだけであいつらを無力化するんだ」

『十神君、頼めるかい?』

 村正も馬鹿ではない。いくらサツキを攻撃した相手だったとしても、この試合における彼の狙いくらいは察している。

 凌はそれを知ってか知らずか、きっぱりと言い放った。

「あんたの娘は死なせない。最初からそのつもりでここに来た」

『分かった。サツキを頼む』

「凌君、攻撃が止みましたわ!」

 もう外側から音はしない。

 凌が刀を地面から引き抜いて風の防壁を解除すると、再び景色が子供達の包囲網に戻る。

「こうなったら、出し惜しみは無しですわ」

 少なくとも凌の足手纏いにはなりたくない。

 いまこそ、あのカードを発動する時が来た。

「<クロスカード>・<ステラクロス>、アンロック!」

 このカードの発動に伴って変化するのはサツキが纏っている<アステルジョーカー>の装束だ。法被みたいな羽織はノースリーブに変化して、もともと膝くらいの長さだった裾がさらに長くなって三つに枝分かれする。

 近接用の武器を携えた子供達が一斉に間合いの半径を狭めに駆け寄って来る。

「いくぞ、サツキ!」

「ええ!」

 二人はそれぞれ逆方向に駆け出し、軍勢に頭から突っ込んだ。

 サツキは足裏にアステライトを溜め込んで炸裂させて頭上に跳躍、さらに同じように空中で加速すると、子供達の後ろをあっさりと陣取った。

「<トルネードブリンガー>!」

 <カードアライアンス>発動。刀の一振りによって生まれた巨大な竜巻が子供達を浮かせて巻き取り、交通事故に近いような勢いで黒い壁に叩きつけた。

 どのみち相手は元々死体だ。なら、遠慮はいらない。

 でも、やはり心は痛む。正直、自分で自分を殺したい気分だ。

「はあああああああああああああっ!」

 雑念を振り払うように叫び、再び加速して子供達の首を通り過ぎ様に跳ね飛ばす。

 後ろからマシンガン型の筒先を構える少女が一人。すぐに反応して、背後に分厚いアステライトのシールドを展開。相手が撃ってくるも、敢え無く弾丸は弾かれる。

 やはり<新星人>の――イチルの力は凄まじい。<ステラクロス>はイチルの<新星人>としての能力をカード化したものだ。これはイチルがS級バスターとして活動する上で与えられた仕事の副産物でもある。

 これならやれると思いつつ、ちらっと凌の様子を見遣る。

 やってる事はサツキと似たり寄ったりだが、やはり凌の身体能力と<疾風牙燕丸>の攻撃力は凄まじい。開始十秒で、彼の眼前に広がる子供達はほとんどバラかミンチにされていた。

「決めるぞ!」

「はい! <バトルカード>・<バウンドパネル>、アンロック!」

 サツキはお互いの足元に跳躍用のパネルを配置すると、<紅月>の力でデッキ内のカードのバッテリーを再チャージする。

 二人が<バウンドパネル>で跳躍。高度の限界まで来て、同時に剣を振り上げる。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、フォースアンロック!」

「<疾風牙燕丸>、最大奥義!」

 サツキの刃には白の、凌の刃には黒の大気が巻きついた。

「<ハイパーカードアライアンス>・<ハリケーンオーバー>!」

「<黒旋・失落燕こくせん・しつらくえん>!」

 渾身の縦一閃。それぞれの切っ先から放たれた白と黒の太刀風が、地上の子供達を丸呑みして、大海の大波が如く大胆に広がった。


「起きろ、サツキ」

「……うーん」

 いつの間に気を失っていたのだろうか。何故か、サツキはフィールドの真ん中で大の字になって倒れていた。傍らには凌もいるので、夢じゃないのは確実だ。

「私は……どうなったんですか?」

「終わったよ」

 彼に促され、起き上がって周囲をぐるりと見渡した。

 死屍累々とは、まさしくこの光景を指すのだろう。子供達の死骸がそこかしこに転がっている。バラバラになってただの肉塊となっているものもあれば、原型だけはどうにか保っているものもある。

「サツキ!」

 北側の入場口からタケシが駆け寄って来た。彼はたしか、Vフィールドの発生装置を破壊しに回っていたのでは?

「タケシ君? あなたがどうしてここに?」

「見れば分かるだろ。Vフィールドの装置を一時的に無力化したから、そっちの様子を見に来たんだよ。これで救護班もフィールド内に立ち入れる」

 言われてみれば、観客席も頭上の天空もはっきりと見えるようになっていた。Vフィールドもタケシの言う通りに止まっているし、これでひとまずは安心だ。

 でも、これで最大の懸念が生まれてしまった。

「この子達の死骸、観客に見られてしまったんですが……大丈夫なんですか、これ?」

「それなら俺の<幻陣ビジョン>で隠蔽しておいた」

 タケシの両手には<サークル・オブ・セフィラ>が発動していた。おそらく<幻陣>とは、相手に幻覚を見せる類の<円陣>なのだろう。

「こんな事もあろうかと、Vフィールドの解除と同時に発動するようにセットしておいた。フィールド内の様子は観客には全く見られていない。いまからこいつらを<転陣ワープ>で別の場所に移送する。お前ら、そっから動くなよ」

 告げるなり、タケシは両手から大量の魔法陣を死骸や肉塊の真下に敷く。魔法陣は青白く発光すると、遅々と対象物を自らの中へ呑みこんでいった。

 作業の最中、凌が小さく呟いた。

「……すまなかった」

「え?」

「俺には父さんしかいないと思っていたが、そんな事は全然無かった」

「ええ。だって、私がいますもの」

 サツキが凌の頬に指先を添えようとする。

「……な」

 重たいような、軽いような、そんな奇怪な破裂音と同時に、凌の口から小さな血の筋が零れる。

「? 凌君?」

「サツ……」

 凌の体が横に倒れ、彼はそれっきり動かなくなった。

 彼の身に何が起きたのか。理解する前に、サツキの目にとんでもない光景が映った。

 まだ動ける者があったらしい。倒れていた子供達のうち一人が、サブマシンガンの銃口を寝そべったまま持ち上げていたのだ。

 発砲直後だったのか、銃口から白い煙が立ち上っている。

 凌の背中から血が滲み出て、翼のように広がっていく。

「凌君? ねぇ、凌君? どうしたんですか?」

 何が起きたか分かっている筈なのに、サツキはとぼけたように、何度も凌の体を揺すった。

「起きてくださいよ、ねぇ。こんなところで寝たら……風邪……を」

 一旦離してみた掌が血に濡れている。

 この時、サツキはようやく、事態を把握した。

「そん……な」

「んの野郎!」

 タケシが激昂して、<円陣光輪コーリングカッター>を投げつけ、その子供の銃器を斬り裂いた。

「油断も隙もねぇな――っと、そうだ。おい、十神は!?」

「凌君、起きて下さい!」

「サツキ、落ち着け。まずは脈を測れ」

「凌君、凌君!」

 いまのサツキは、タケシの指示さえ耳に入らないくらいに混乱していた。

 ややあってナナとロットンが駆けつけ、まずはロットンがサツキを凌から引き剥がし、ナナが脈を測る。

「凌君、しっかりしてください!」

「サツキ君、落ち着きたまえ!」

「まだ脈はあるよ! でも急がないと――」

『誰か、早く救護班を呼んでくれ!』

『一体どうなってるのよ、これは!?』

フィールド内の人間だけでなく、観客席も、実況席も混乱に陥っている。

 サツキが落ち着いたのは、それから十五分後の事だった。


   ●


 お昼休憩に入ろうとしたナユタは、タケシとナナの口から凌の負傷とサツキの敗退を告げられた。この時、同時にロットンから凌の正体とその目的も聞かされたのだ。

 凌が運び込まれたのはバトルフロート内の病院の個室だ。いま、ナユタらAブロックの選手達と、御影東悟を除くBブロックの選手達は、面会謝絶の札が下がった個室の前に群がっていた。緊急手術の終了と共に、執刀医から結果を聞く為だ。

「彼の命に別状はありませんでした」

 中年の執刀医が淡々と告げる。

「手術を開始する直前までに彼の傷口は自己修復していました。本来なら死んでいてもおかしくないのに、凄まじい回復力です。でも意識を取り戻すまではかなりの時間が掛かるでしょう」

「どれくらいで目を覚ましますか?」

 忠が重苦しい面持ちで訊ねると、執刀医も同様の表情で返答する。

「早くて一か月。最悪、半年掛かるかと」

「半年!?」

 イチルの声が上擦る。

「いくらなんでも眠り過ぎじゃ……」

「どんな人間でも脊椎かそれに近い場所を撃たれればそうなります。通常なら植物人間になっていた筈でしょうし。彼は本当に運が良い方です」

「だったらあたしの<アステルジョーカー>で回復を促進します」

「<新星人>の技は彼の体に対してほとんど無意味です。体内の『アステライト受容器』の強度が強いという事は、それだけアステライトに対する耐性が強いという事。いくら強い<回>の力でも効力が発現するまでには時間が必要ですし、何よりこれ以上の治療行為はむしろ負担にしかならない」

「そんな……」

「いいんです、イチルさん」

 個室前のベンチで頭を垂れていたサツキが力無く言った。

「医師の先生方が最善を尽くしてくださったおかげで最悪の事態は免れました。凌君もきっと恨みはしないでしょう。彼はそういう人です」

「思わぬ形で彼自身の思惑も成功した訳だしな」

 ロットンが事実を何の躊躇も無く告げる。

「サツキ君は一回戦敗退、凌君も負傷により二回戦を棄権。これで二人はGACS――ひいては名塚の術中からも排斥された。ある意味、十神君の狙い通りの展開だ」

「そういえば、名塚が逮捕されたってどういう事ですか?」

 ロットンに同伴していたリリカが訊ねると、彼は一旦周囲をぐるりと見渡し、ようやく腹を括ったように語り始めた。

「名塚には十数年以上前から複数の嫌疑が掛けられていた。ウェスト区から違法に子供達の遺体をかき集めて人体実験の材料にしようとした罪。その死体のおよそ半数を使って、無断で<アステルジョーカー>を作った罪。他にもよりどりみどりだ。そしてヤマタの老師率いる憲兵団と会場護衛を担当していたS級バスターが、スタジアムの地下に建造されていた研究施設の存在を突き止めた。十神君の<疾風牙燕丸>がそこで製造されていた事も」

「逮捕令状は決勝が始まる直前までに発行済みだった」

 アルフレッドがロットンの説明を引き継ぐ。

「だから彼には任意同行を求め、その身柄はいま、スカイアステルの留置所で預かっている。どのみち、この大会で奴自身は何も手を出せないと思っていたんだが……」

「奴の指示を引き継いだ奴が、この会場のどっかに潜り込んでいる――と」

 ナユタは腕を組んで語る。

「奴の目的はアッカーソン院長から伺いました。それは大きく分けて二つ。一つは自分の研究所を破壊した俺への復讐。もう一つは、亡くなった院長の奥さんが産む予定だった子供と、その子に与える<アステルジョーカー>の製造」

 ほぼ全員がナユタを驚きの眼差しで凝視している。どうやら、この情報については知らない者の方が多かったらしい。

 なら、これから告げる事実は、尚更誰にも知られていなかっただろう。

「院長とその奥さん――片桐美代子との間に産まれる予定だった子供の名前は、凌」

「マジかよ」

 最初に、タケシが呻いた。

「じゃあ、あいつが俺達の学校に編入してきたのって、最初から俺達の内部事情を探る為に名塚が送り込んだからなのか?」

「それは無いと思います」

 サツキが否定する。

「彼は編入された時からよく道に迷っていたんです。学校の授業だってついていくのがギリギリで……名塚がそんな人をスパイに採用すると思いますか?」

「そういう演技をしていた可能性だってあるだろ」

「それをここで論じていたのでは昼休みがお喋りだけで終わるぞ」

 忠が鶴の一声を放つ。

「次の試合がある者だっている。とりあえず、ここから出よう」

「この状況で大会なんて言ってる場合じゃ……」

「さっき新しい情報が入った。名塚が持っていた主催者としての権限が、彼の希望によって皇太子殿――つまり、移ノ宮春星殿に移譲された」

「皇太子?」

「あの人か」

 話題の皇太子殿はGACS予選前に開かれた誕生パーティーの主役だ。その時、直接話をしたのもよく覚えている。

「その皇太子殿によると、大会はこのまま続行するらしい」

「正気かよ、あのボンボン」

 皇太子殿への無礼さえ気にしないナユタであった。

「まさかとは思うが、野郎も名塚とグルなんじゃ……」

「名塚は春星殿の家庭教師もしていたそうだからな。グルかどうかはともかく、名塚は国のトップからの信頼も厚いという事だ。どのみち一枚岩ではない」

「…………」

 これ以上言葉を重ねても時間の無駄だし、何より無粋なのは承知している。

 だからナユタは無言で踵を返し、群れから離れようとした。

「あ、ナユタ……待って! 何処行くのー!」

「昼飯だよ。それから、病院で騒がないの」

 後ろからついて来るイチルにも、目を合わせられる気分にはならなかった。いま振り返れば、皆から浴びせられる視線の集中砲火に耐えられそうになかったからだ。



第十一話「淡い想いと渦巻く陰謀 園田サツキVS十神凌」 おわり

                             第十二話に続く


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