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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.6 ~GACS編 第二集 決勝トーナメント・開幕!~
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GACS編・第十話「守護神の決闘! 六会タケシVSハンス・レディバグ」

   第十話「守護神の決闘! 六会タケシVSハンス・レディバグ」



 これは修一とアルフレッドが戦っている最中の一幕だ。彼らが力の限りを尽くして戦っているその直下、つまりは名塚が密かに設立していた彼の研究施設を調査する過程で、S級バスターの雪村空也は驚くべきものを発見した。

「これが御影東悟に対する優勝賞品だったのか」

「人間の素体って言ったところですわね」

 望波和彩が足元の大きな筒状のカプセルを見下ろしながら言った。

カプセルの前面を占めるガラスの窓から透けて見える人型の『何か』は、股間に生殖器が無い以外はほとんど人間の裸体に近い形をしていた。

「これは藤宮先生のもとへ搬送しましょう」

「そうだね。他に目ぼしいものは?」

「<アステルジョーカー>が一枚だけ」

 和彩は白いハンカチに包まれたカードを空也に手渡した。

「さっき鑑識の人が、奥のアステルジョーカープロセッサー内で発見したそうです」

「アステルジョーカープロセッサー?」

「六会タケシ君の<サークル・オブ・カオス>を作った機械と同じタイプのものです。公には存在を知られていない代物ですが、<アステルジョーカー>の生成率をほぼ百パーセントにするという奇跡の代物ですわ」

「ふむ……」

 空也は疑問に思いつつも、ハンカチを解き、中の<アステルカード>を改めた。

「<アステルジョーカーNO.11>……十一番目か。そういえば、<アステルカード>の番号は八坂ミチルの<カオスアステルジョーカー>が決めていたんだったな」

「でもいまはこの世に存在しません」

「だったら、どうやって<アステルジョーカー>のナンバーが決まったんだ?」

 <アステルジョーカー>に記載されているギリシャ文字のナンバーは、いわば製造番号みたいなものだ。だから生まれた順にナンバリングされていくのだが、順序から考えて、この<アステルジョーカー>は<サークル・オブ・セフィラ>の後に生まれたと考えるべきだ。

 空也が黙考していると、同じS級バスターのイ・ブラムが後ろから声を掛けてきた。

「おい、雪村」

「ん?」

「そろそろハンスと六会の倅の試合が始まる。見に行かなくてもよいか?」

「興味深いが遠慮しておこう。いまはこのカードの謎の方がよっぽど気になる」

 このカードに関しては疑問が尽きない。製造者は名塚に違い無いのだが、何の為に作られたものなのか、そして誰がこのカードの適合者なのか――何より、誰が犠牲となって作られたものなのかが一番の問題だ。

 とにかく、いまはロットンからの報告を待つしかない。

 全ては彼が相手にしている名塚への尋問次第なのだから。


   ●


『これよりGACS決勝トーナメントBブロック・一回戦第三試合を開始します』

 観客席にて。豊子のアナウンスで、ようやくナナの目がぱっちりと開いた。

「おおっといけね、眠っちゃうトコだった」

「余程疲れていたんですね」

「まあね」

 擬似的なブラックホールなんてものを間近で体験すれば疲れもする。

 ナナは頬を両手で叩いて、本格的に目を覚まそうとした。

「よっしゃ、気合を入れて応援じゃ!」

「次はタケシ君とハンスさんの試合ですわね」

「これはまた面白い組み合わせだな」

 さっき席に戻ってきたばかりの修一が腕を組んだ。

「どっちも得意なのは頭脳戦だ。さっきまで攻撃重視の試合展開が続いたし、ここいらで戦略的な試合をぶち込んでテコ入れでもしようってか?」

「そういえば、ハンスさんが誰かと一対一で戦っているところは見た事が無いですわね。基本はエレナさんのお目付け役みたいに付き添ってますし」

「ハンスさんはね、滅茶苦茶強いんだよ!」

 ナナがやや興奮気味に言った。

「テレポーターのターミナルじゃ、あたしとタケシを物凄く渋い戦い方で助けてくれたし! 人は見かけによらないんだよ!」

「いまさらっと酷い事を言ったようですが……ていうか、あなたはどっちの味方なんですか?」

「あ、そうだった。あたしはタケシの応援をしなきゃいけないんだった」

 ケロっと掌を返すナナであった。

「タケシ、頑張れー!」

「お待ちなさい。まだ二人共入場してませんわ」

「なあ、そういや十神君は何処よ?」

 修一が突拍子も無く訊ねる。

「さっきから姿が見えないけど……」

「さあ? トイレにでも行ってんじゃない?」

「私、探してきますわ」

「あ、サツキちゃん!? 試合もう始まっちゃうよ!?」

「あの人、すっごい方向音痴なんです。迷っていたらたまったもんじゃないですわ!」

 修一の制止も利かず、サツキが勢いよく飛び出して行ってしまった。

「……さっきから思ってたんだけどさ」

「俺も一応は気になってたんだけど……」

 ナナと修一は顔を寄せ合って囁き合った。

「あの二人って、デキてんの?」

「そんな話は聞いた事が無いけど」

「いやいや、もしかしたらひっそりとしけこみたい性質なんじゃないの?」

「マジか。ミステリアスだわー」

「お姉ちゃん、修一さん」

 リリカが咳払いをした。

「人様の色恋沙汰に邪推を挟むなんて無粋にも程があります」

「「お……おう」」

 妹に叱られてしまった。というか、その語彙力は一体何なんだ?

『それでは選手入場、まずは北コーナー! シールド型<メインアームズカード>の基礎を発展させたパイオニアにして、西の守護神と恐れられた最強の盾! この大会でも無敵の守備力を発揮するか? S級ライセンスバスター、ハンス・レディバグ!』

 ライセンスバスターのコートを纏った格好でハンスが入場してきた。

 思えば、ハンスはナナがグランドアステルで記憶を取り戻したあたりからずっと世話になっている大人の一人だ。ナユタやタケシによると、美月アオイが亡くなる直前から交流があると言う。

 普段はエレナの腰巾着と揶揄されながらも飄々としているひょうきんな大人で、正直言って最初は頼りない感じの人だったが、交流を深めるにつれて彼が如何に『立派な大人』であるかを痛感させられた。

 タケシにとってもナナにとっても、一番距離が近しい人生の大先輩である事に違いは無い。

「続いて南コーナー! ライセンスバスター部門長官・六会忠のご子息にして、天才的な戦略&戦術センスを誇る方舟の英雄が一人! 化け物揃いのGACS決勝トーナメントのステージに知恵の爪痕を残せるか! 戦場の支配者こと、六会タケシ!」

 フィールドに現れたタケシの格好は星の都学園の制服姿ではなかった。

「タケシの奴、ライセンスバスターの制服を着てる!」

「ああ、あれか」

 さっき修一と一緒に戻っていたアルフレッドが説明する。

「随分前に発注した制服がさっき届いたんだろうな。彼はこの大会終了後と同時にA級のライセンスバスターになる」

「え? そうなの? あたし、聞いてないよ?」

「彼なりのサプライズだろう」

「でも、何でA級からなの? S級じゃなくて?」

「いきなりS級になったら贔屓を疑われるからな。正規の手順でA級の試験に合格していたんだ」

 いまのアルフレッドの説明を、解説の村正もほとんど同じタイミングでしていた。

「ちなみにS級は好きなA級を一人だけ側近に出来るという職務上の特典がある。でも、彼は誰とも迎合しなかった。九条ナユタからの側近の誘いも突っぱねたそうだ」

「どうして? ナユタの部下になれば、S級への近道だって出来るのに?」

「一つはタケシ君自身のプライドの問題だろう。誰が奴の部下になるかっていうな。でも、本当のところは違う。彼は自分の実力を自分だけの力で証明しようとしている。だからS級昇格の試験も正規の手順に則って受ける気だろう。長く険しい道のりだ」

「ストイックだねぇ」

 修一がのほほんと頷いた。

「さあ、彼はどんなゲーム運びを見せてくれるのかな?」

『GACS決勝トーナメント一回戦第三試合、六会タケシVSハンス・レディバグの試合を開始します! GET READY!』

 気付けば、二人の武装は既に顕現していた。


 ハンスの武装は<シールド・オブ・アキレウス>。彼のS級バスター専用の武器だ。右手の手甲を中心に据えて、赤いクリスタルのシールドが四枚、まるで自転車のスプロケットのように重なっている。

 あれはA級バスターだった彼がS級に昇格したきっかけそのものだ。

「今日は娘も妻も見に来てんだ。俺に無様を晒させるなよ?」

「無理な相談です」

 タケシはクロムカラーのグローブを嵌めた両手を上げ、空手の構えを取る。

「俺は絶対に負ける訳にはいかない。悪いですが、ハンスさんにはこの場で消えてもらいます」

「おいおい、顔が怖いぞ? ちょっとは楽しもうぜ」

「残念ながら無理そうです」

 絶対に負けられない。本当にその通りだ。

 優勝しなければレイモンドの病院は――いや、この世界に蔓延する不治の病に苦しむ人々は救われない。

 もう、あんな想いをする人を増やす訳にはいかない。

『GO!』

「いくぞ! <アステルバレット>、アンロック!」

 先手必勝。掌に小さな星々の煌めきを生み、発射。まずは直線軌道での一斉掃射で面での圧力を掛けに行く。

 予想通り、ハンスは右手の<シールド・オブ・アキレウス>で星の弾丸を防ぎ、重なり合った四枚のエネルギーシールドを解放。宙に浮かして、自身の周りで旋回させる。

 こっちは<アステルジョーカー>が使えない。単純な攻撃力でハンスを攻略するのは不可能に等しい。

 でも、通常の戦術でもやりようはある。

「<バトルカード>、<ハードブレイズ>・<ハードフリーズ>・<ハードボルト>・<ハードリーフ>、フォースアンロック!」

「いきなりか」

「<カードアライアンス>・<エレメンタルバースト>!」

 七色に輝く右拳を突き出し、極大レーザーを発射。自らの<メインアームズカード>・<クロムヴァンガード>の魔法型攻撃力上昇の補助効果も含めた最強威力の攻撃だ。

 レーザーがハンスを丸ごと飲み込んだ。盾を前面に集中させて防いだとしても、シールドの方が莫大なダメージを負ってしまうだろう。

 大気が蒸発して白い噴煙がフィールド内に立ち込める。

「駄目押しだ」

 さらに<アステルバレット>を連射。ハンスがいると思しき方向に弾丸を叩き込み続ける。撃つ度に硬い何かが打ち鳴らされる音がするので、ハンスも彼のシールドも未だ健在だろう。

 やはり、まだ生きていたか。

「ごっ!?」

 一瞬、タケシは気を失いかけた。

 何故か視界に映る景色が回転して、いつの間にかフィールドの地面で大の字になっていたのだ。

「なっ……?」

 これで終わりではなかった。頭上からギロチンの如く、シールドの一枚が落下してきたのだ。

 どうにか身を転がしてシールドを回避。そのまま起き上がると、真横から小型のシールドが飛んできた。

「くそ!」

 悪態を吐きつつ、アッパーで真下からシールドを打ち上げる。

 徐々に噴煙が晴れると、ハンスの姿も明瞭になる。

「甘いぜ、坊主」

 ハンスが再び自らの周囲にシールドを戻して言った。

「俺が攻撃しないなんていつ言った? ……つっても、備えはしてあったな?」

「油断も隙もないっすね」

 タケシは自らの右拳を見遣った。実は攻撃を受ける直前、脇腹に右拳を添えて、最初に仕掛けたハンスの奇襲を手甲で防いでいたのだ。

「お前の反射神経はODDの後遺症で人間を越えたんだったな。こりゃ、三十路のおっさんがどうこう出来る相手じゃないなー」

「よく言うよ。あんた、さっきからそこを一歩も動いてないだろ」

「俺自身が動く必要も無いしな。俺をこっからどかしたきゃ、まずは<シールド・オブ・アキレウス>を何とかするんだな」

 まるで、課題でも出されているような気分だった。

 それにしても、これは非常に困った。こちらのデッキに<カードアライアンス>を発動させる組み合わせは<エレメンタルバースト>の一つだけ。これが大して通用していないという事は、これからどんな<バトルカード>を使おうともハンスの防御を突き破れる公算は低い。

 ならば、別の策だ。

 タケシは一直線に駆け出した。傍から見れば、ハンスの懐に入り、至近距離で<バトルカード>を命中させてやるという算段に見えるだろう。

「おいおい、素直過ぎんだろ」

 ハンスが呆れつつも、シールドを一斉に飛ばし、旋回軌道を取ってからタケシの前後左右を強襲する。

 そうだ、それで良い。

「<バトルカード>・<サンダーボルト>、アンロック!」

 頭上に暗雲が生まれ、重低音をごろごろ響かせ、巨大な落雷を発生させる。

 雷が全てのシールドに命中。これで一瞬だけ動きが止まった。

「ほう?」

「よっしゃ!」

 タケシは正面を塞ぐ大きなシールドを掴み取り、そのまま思いっきり投擲。シールドはハンスの一歩手前で停止して、再び彼の前面を守護する防壁となる。やはり、どんな事があっても使用者を傷付けるような事は無いか。

 でも、いまので<シールド・オブ・アキレウス>の重要な情報は手に入れた。

 タケシがそのまま正面を突っ切ると、停止していたシールドが背後から一斉に襲い掛かってきた。

 これまでの展開はハンスにとっても許容の範囲内だろう。

 だから、ここからが本当の勝負となる。

「<アステルバレット>!」

 振り返り、星の弾丸をばら撒く。シールドは弾丸を弾き、もしくは斬り裂きながらこちらに向かって突っ切っていくが――当然、これもこちらの予想の範囲内だ。

 もう一回地を蹴ると、タケシは急激に身を沈め、勢いのままにスライディングした。頭上でシールドが全て通り過ぎたのを確認して立ち上がると、振り返り様にもう一回<アステルバレット>の散弾を発射。これもシールドに弾かれる。

 こちらの狙いを見抜いたのか、ハンスは再びシールドを全て自身の周りに引き戻して高速旋回させる。


 危ないところだった。下手に攻撃していれば、タケシに<シールド・オブ・アキレウス>の弱点になりそうな情報を抜き出されるところだった。

 <シールド・オブ・アキレウス>のエネルギーシールドは操作中に一定速度に達するか、直前に一定以上のダメージを負うと、複雑な軌道変更が行えなくなる。タケシがシールドの真下をスライディングした時は絶好のチャンスだったのに、前述の条件からそれも叶わなかった。

 最初の<エレメンタルバースト>のせいで一定時間だけ操作性が落ちていたのも、実はかなり手痛かったりする。

 畜生め。人の事を言えた義理かよ。全く――

「油断も隙もねぇな、お前」


「随分と地味な戦いですね」

 リリカが緊張感を露にする。

「最初の一手から腹の探り合い。まるで情報戦ですね」

「最初から全力を出した方が馬鹿を見る。そういう戦いだ」

 修一が珍しく真面目な面持ちで言った。

「最初から全開戦闘したように見せて、タケシ君は欲しい情報を引き出す為だけに<カードアライアンス>を犠牲にした。おそらく彼のデッキには<リロード>のカードも入ってる。そいつを発動してからが真の勝負だ」

「でも、ハンスさんは一枚も<バトルカード>を使っていませんよ?」

「使う必要が無いからね。<シールド・オブ・アキレウス>はそれ一枚でかなり高性能なシールド型カードだ。ハンスさんはハンスさんで、高性能カードの力を最大限引き出しながら、徐々にタケシ君のデッキを消耗させていく腹積もりだろう」

「タケシお兄ちゃんがハンスさんの防御を破るのが先か、ハンスさんより先にタケシお兄ちゃんが力尽きるか……勝敗条件がハッキリしてきましたね」

「君達が実況をやったらどうだね」

 アルフレッドが苦笑して言った。

「さっきから園田氏の解説も聞いてるが、君達の解説も中々面白い」

「あ、ありがとうございます……」

 さっきの試合前より彼の態度が明らかに軟化している。はてさて、どういう心境の変化だろうか。

『六会選手、再び射撃戦に持ち込んだ!』

 タケシが再び<アステルバレット>を連射した。


 <アステルバレット>には継戦能力以外にも優れた特殊能力がある。

 実は発射前に弾速・威力・射程・軌道の調整が可能だったりする。だから細かく散らして弾幕にしたり、大玉にして至近距離で最大威力の弾頭を叩き込んだりと、コツは要るが思ったより使い勝手が良いカードなのだ。

 弾のスペックを全体で一〇〇とする。いまから撃つ弾は面制圧用の攻撃散弾。

 この場合は、


 弾速 32 (弾の速さ)

 威力 48 (弾の攻撃力)

 射程 20 (弾が届く距離。もしくは横の攻撃範囲)

 軌道 0 (軌道0は直線攻撃。上げた数値によって弾の軌道に変化が付く)


 両の掌の上で踊る星々が瞬いて消えると、真っ直ぐターゲットのハンスへ向かって直進する。ハンスは空中の盾を動かして<アステルバレット>を軽々凌ぐと、一番小さいシールドを地表すれすれに飛ばしてきた。狙いはこちらの足元だろう。

 厭らしい一手だ。魔法型の使い手はインファイターと違って足元が弱い。

「<ブースターバレット>!」


弾速 30

 威力 30

 射程 10

 軌道 30


 両手から薄く広がったアステライトが推進力となり、タケシの体を真上に上昇させる。これは攻撃用ではなく、<新星人>に対抗すべく生み出された空中移動用の<アステルバレット>だ。

 眼下をハンスのシールドが通り過ぎる。やはり急激な軌道変更は不可能らしい。

 タケシは片腕を真上に伸ばし、掌にアステライトの大玉を生み出した。


弾速 20

 威力 70

 射程 10

 軌道 0


「<メテオバレット>!」

 投擲。大玉をハンスの頭上から撃ち下ろす。

「ぶっ潰せぇ!」

「<バトルカード>・<ミラーシールド>、アンロック」

 ハンスがシールドを全て自らの頭上で重ね合わせると、それらが全て虹色に染まりきった。

 直撃。星形の隕石と虹色の盾が衝突してじりじりと競り合い――結果的に、星形の隕石が来た道を戻るようにして跳ね返った。

 ――予想通り!

「<バトルカード>・<ミラーシールド>、アンロック!」

 いましがたハンスが使用したカードと同じものを発動。タケシの目の前に円形の虹色のシールドが出現すると、返ってきた星の大弾を弾き、再びハンスに直行させた。

 まだ彼は集中シールドを解いていない。だが、<ミラーシールド>の効力は既に消えていた。

 ここでまた、別の弾頭を作成する。


弾速 14

 威力 16

 射程 30

 軌道 40


 もう片方の掌に生んだ小さな一つの弾丸がレーザーとなって真下に伸び、地表スレスレで直角に折れ曲がる。

 いまハンスは全てのシールドのリソースを頭上の大弾に裂いている。

 つまり、頭より下はガラ空きだ!

「これで――」

「だから言ってんだろ」

 ハンスが一瞬、にやりと笑ったように見えた。

「甘いんだよ、坊主!」

 予想外にも、彼の顔面一歩手前で<アステルバレット>のレーザーが弾けて消えた。さらに、大弾も破裂してしまった。

「防がれた!?」

 驚愕しつつも、タケシはハンスの顔面の手前に展開されていた小型のシールドを発見した。あれはハンスが操る四枚のシールドの中で一番小さくて薄い。

 なるほど。威力が低くても急所に当たれば関係無いと踏んだのが見抜かれたか。

「奇襲に奇策、大いに結構」

 シールドの側面が全てこちらを向く。

「でも、俺には何一つとして届かない」

 刹那、ハンスの周辺からシールドが全て消え去った。


 最速で放たれた四枚のシールドが全弾タケシに命中。彼の体はVフィールドの外壁に叩きつけられると、そのまま跳ね返って地面に叩きつけられた。

 ナナが思わず立ち上がって叫ぶ。

「タケシ!」

「大丈夫。まだ残ってる」

 修一が言った通り、タケシのHPはまだ半分を切っただけだった。

『<アステルバレット>の弾速と軌道を犠牲にして、射程と威力重視にチューニングすると盾みたいに展開されます。咄嗟の判断としては最良と言える使い方ですね』

『あの子はとっても知恵の巡りが速いのよねぇ』

『たしかに。ですが、レディバグ選手はそんな六会選手の戦術を一切寄せ付けていない。頭脳戦では彼が一歩上手でしたね。やはり経験が違う』

『元々彼は防衛軍の遠征旅団出身でしたね』

『加えて、あの三山選手とよくコンビを組んでるだけはあります』

 たしかにその通りだと思う。

 相棒のエレナだけが目立って、ハンスはただ彼女への賞賛のおこぼれを貰っているだけに見えるかもしれない。ものぐさな性格だからヘタレに見えるかもしれない。飄々としているから、人によっては癪に障る部分も割と多くあるかもしれない。

 でも、事実は違う。

「あれがハンス・レディバグだ」

「うおっ!? 居たのかよ!?」

 いつ戻ってきたんだか、御影東悟が自分の席でコメントした。

「人はまともに生きようとする方が難しい。けれど彼は世間一般的にまともとは言えない境遇からいまのまともな暮らしを得た。長い歳月を戦場で過ごし、ちょっとした偶然から手に職をつけて、いまは妻も子供もいる。そんな彼の戦いには、彼の人生が常に詰め込まれている。覚えたての戦術をこねくり回す程度の子供が食い破れる厚さではない」

「…………」

 普段なら怒っているところだが、ナナには何も言い返せなかった。

 正論だし、現実にもタケシはいまこうして追い詰められているからだ。

「随分とハンスさんを評価するんだな」

 修一が挑発するように言った。

「同じ父親として共感でもしたか?」

「評価、共感――どれも違うな」

 東悟は遠くを見るようにして目を細めた。

「彼の厚みには勝てない。それは、俺にしたって同じだからな」


「……ぐッ」

 唸り、立ち上がり、タケシは肩で息をした。

 ハンスの強さなんて去年から嫌という程見せつけられた。だからこうなる展開も予想はしていた。

 でも、あまりにも一方的過ぎる。攻めているつもりが攻められているし、何より彼を未だにあの場所から動かせていない。

 いまの自分には彼の姿が遠い。物理的な距離も、心理的な距離も。

「……どうすれば」

 考えろ。俺に出来る事は精々、考えて考えて考え抜いて、最後は精一杯背伸びするだけなんだろう? だったら限界まで挑んでみるだけだ。

 高くて、厚い、強靭な壁を打ち破る秘策を、いまこの場で創り出すんだ。

 何か、何か無いか。この状況を打開する、蟻の一穴は。

「――あった」

 序盤で手に入れた<シールド・オブ・アキレウス>の情報、ハンスのトリッキーな盾の使い方、こちらに残された<バトルカード>の残り枚数。

 その中に、タケシは一筋の光明を見出した。

「いくぞ」


弾速 80

 威力 10

 射程 10

 軌道 0


 パワーを捨てた、弾速重視の極細レーザー弾だ。

 レーザーは行き交うシールドの隙間を鋭く飛びぬけ、ハンスの胸に当たった。

 さすがに貫通はしてくれない。勿論、ダメージ量も微々たるものだ。

「惜しかったな。もうちょい威力があれば即死だったのに」

「いいや。いまので俺の勝ちは決まった」

 続けて、更なる特殊弾を発射。


弾速 10

 威力 10

 射程 80

 軌道 0


 この弾丸は塵や埃のように大気に浮くだけの低速弾だ。だが、威力を拡散させた事によって無数に散らばっている。

 たった一瞬で、フィールド内は小さな星々に埋め尽くされてしまった。

「低速散弾か。でもこんなん、痛くもかゆくも――」

 言っている間に、弾丸がシールドの一枚に命中。

 すると、そのシールドが一瞬だけぐらついた。

「!?」

「あんたの<シールド・オブ・アキレウス>は耐久力とは裏腹に繊細な造りになってる。どんな小さな威力の攻撃でも、衝撃をある程度大気中に拡散させないと、右手の制御装置への負荷をそう何度も押さえられない。だから攻撃を受ける瞬間、ほんのミクロ単位分だけシールドの角度が変化する。つまり――」

 全てのシールドが微細な光子の弾に触れ続けて騒がしく揺れる。こうなると、ハンスのシールドはしばらくの間だけ遠隔操作を受け付けなくなる。

 まるで、叩かれた直後のシンバルみたいだ。

「振動しっぱなしのシールドは、宙に浮かぶだけの障害物と化す」

「マジかよ!?」

「それから、弱点がもう一つ」

 タケシはとある<バトルカード>をアンロックしてから、片腕を目一杯伸ばし、人指し指をぴんと立たせた。

「その特性は本来、アステライトを拡散させる為に存在するもの。だったら、拡散しようが無い攻撃を受けたらどうなる?」

 Vフィールドの天蓋すれすれを、鉛色に光る硬質の刃の大群が覆い尽くす。

「アステライトが凝固された硬質の攻撃だけは、どうやったって拡散されない」

「タケシ、お前――」

「<バトルカード>・<ブレードレイン>!」

 発射。全ての刃が一斉に降下して、読んで字のごとし、本物の刃の雨となってフィールド内全体に降り注いだ。

 いまのハンスはシールドの制御を失って丸腰同然だ。仮に何らかの方法でシールドを引き戻したとしても、<ブレードレイン>がシールドに当たった瞬間、強制的に斜めに傾き、ハンスに大きな隙が生まれる。

 必ず一本は致命傷を与えられる計算だ。

 さあ、どう出る?

「クソが!」

 叫び、ハンスがようやくいまの場所から動いた。地を蹴り、素早くこちらへ肉薄してきたのだ。

 でも、既に全てが遅い。どのみち、すぐに<ブレードレイン>の餌食だ。

「<バトルカード>・<ハードストーム>、アンロック!」

「<ハードストーム>!?」

 タケシが驚くのも束の間、滞空中のシールドが強風を纏い、蛍火のような姿で群がる光子の群れを一瞬で吹き払ってしまった。

 シールドは風を纏ったまま高速回転すると、ハンスの後ろを真っ直ぐ追った。

まずい。完全に計算外だった。まさか、あんな方法でシールドのコントロールを復活させるなんて思いもしなかった。

「邪魔だ!」

 ハンスは背後のシールド全てを急上昇させて、<ブレードレイン>の刃を全て真横から薙ぎ払った。遠隔操作でここまで緻密な動きをさせる技量には舌を巻く。

 彼は既に、タケシの懐まで入り込んでいた。

「くっ……」

「おらぁ!」

 ハンスが右拳を振り上げ、タケシはどうにか腕を使って殴打をいなし、手首を取って投げ技を試そうとした。でも、体格的に投げ飛ばせる相手ではないので諦めた。

 それから続く二人の肉弾戦は、柔道と空手、合気道を織り交ぜたような体術の応酬が続いた。


『ここでまさかの異種格闘技戦!?』

『二人はそれぞれ柔道や空手の有段者ですからね。六会選手に至っては、四月の退院後、密かに柔道の黒帯を取っています』

『元々六会選手は合気道を習っていたと聞いていますが……』

『合気道は去年、<アステルジョーカー>を初めて得る前に習得していたらしいですね。彼の父親、六会忠が仕込んだものと見て間違いは無いでしょう』

 これらの解説を聞いて、修一がほぉ、と唸った。

「タケシ君って生身でも強かったんだ」

「<相手が<星獣>だったり、訓練や実戦じゃ使い道が無いからって、最近はあまり使って無いみたいだけど」

 ナナが珍しく冷静に述べる。

「<アステルカード>の使い手同士の戦闘で相手に組みつく機会はそうそう訪れない。<星獣>が相手にしたってそれは同じ。いまの時代で通用する格闘術は精々剣術か槍術――とにかく、武器の使用を前提とした武術だよ」

「だね。ところで、俺とタケシ君が柔道で対決したらどっちが勝つのかな」

「やってみなきゃ分からないよ。でも――」

 手首と体勢の奪い合いから一転、ハンスと距離を開けると、タケシは通常威力の<アステルバレット>を再度ばら撒き始めた。

「魔法系統を主体にしたプレイヤーは必要以上に距離を詰められると弱い……って、ナユタが言ってた。だから、いざ零距離戦闘になった場合を想定するなら、タケシのスキルは理にかなってるんだとさ」

「たしかに。良く見ると、ハンスさんも戦い辛そうだ」


 修一の見立て通り、ハンスにとって、この状況はあまり芳しくない。

 相手との距離が詰まると、シールドの遠隔操作がさらに難易度を増す。<シールド・オブ・アキレウス>は使用者から半径六〇センチに『通過拒否』の設定が成されている。これは前述の半径をシールドが決して通過しない範囲のことだ。

 つまり、タケシがハンスの半径六〇センチ内にいる限り、シールドはハンスを護るどころか、タケシへの攻撃にも使えない。

 さっき投げ返されたシールドもこちらから半径六〇センチの地点で止まった。

 十中八九、タケシはそれを見てこの手を思い浮かんだのだろう。

「ぬっ!?」

 至近距離で大玉の<アステルバレット>を喰らった。ハンスのHPが三分の一を切る。

 思わず、ハンスはにやりと笑った。

「……いっけね。楽しくなってきた」

 こうなったら、Bブロック決勝まで取っておく予定だった切り札を使うしかあるまい。

 普段は気が進まないが、今日のハンスには珍しく躊躇いが無かった。


   ●


「何処行ったのかしら」

 誰もいない闘技場内部の廊下の一角で、サツキは首を捻って立ち止まった。観客席の通用口から一番近い男子トイレの傍でしばらく待っていても凌が出てくる気配も無かったので、今度は二番目に近いトイレに向かったのだが、それも大ハズレだった。

「まさか本当に迷子なんじゃ……」

 <アステルドライバー>から、この数分で何度目になるか分からない発信をしてみるが、やはり一向に応じてくれる気配が無い。

 観念してさらに奥に進むと、やがて地下に通じる階段を発見する。

「……まさか、ね」

 『これより下は関係者以外立ち入り禁止』の表札が目の前を塞いでいる。いくら凌でも、こんなところで血迷った進路を取るとは思えない。

 と思ったら、残念ながらそうでもなかったらしい。

 ほんのかすかに、階段の下から凌の声がしたのだ。

「……嘘でしょ?」

 サツキはまず掌で額を覆うと、少しだけ逡巡して、抜き足差し足で階段を降りる。

 降りた先は明かり一つ無い、一本道の暗い廊下だった。

「――大会への申請はどうなっている?」

 この声も凌のものだ。廊下の突き当たりには誰もいないので、角を折れてすぐのところで誰かと話しているのだろう。

「問題無い。全てはこちらで済ましておく」

 これは知らない声だ。凌は一体誰と話している?

「僕は名塚先生から全ての仕事を引き継いでいる。この大会は御影東悟、もしくは君が優勝する。そして名塚先生は僕の手で釈放して、彼の偉大な研究を世界中に広める。これで地球上に存在するあまねく生物の食物連鎖に革命が起きる」

 名塚? いま、名も知れない彼は、大会主催者の名塚を先生と言ったのか?

「十神凌君。君の働きに期待するよ。次の相手は――そう、園田サツキだ。彼女と君の接触は想定外だったよ。でも、僕達にとっては吉報だね。彼女は君に心を許していると聞いた。もしかしたら、彼女が新人類のイブになるのやもしれん」

「――ッ!?」

 何の話をしているの? 新人類のイブ? この私が?

「でも、彼女は<アステルジョーカー>を持つ一人だ。僕らの邪魔になりかねない」

「俺にサツキを殺せというのか?」

「必要ならね。勿論、他のオペレーター達もきっちり始末しなければ」

 どうやら、彼らにとって<アステルジョーカー>は邪魔以外の何物でもないらしい。

 だとしても、彼らは一体、この大会で何を始める気なのだろうか。

「君が園田サツキを説得できれば、殺さずに済むどころか大きな戦力になるんだろうけどなぁ」

「それを決めるのはあんたじゃない」

「そうか。まあ、物は渡したし、これで僕は失礼させてもらうよ」

 彼らの会話が途絶え、奥から足音が近づいてくる。

 サツキがいまこの状況で何をすべきか迷っていると、廊下の角から小柄な人影が現れ、すぐにその姿が掻き消えた。

「!?」

 気付けば、誰かの手で喉輪をかけられ、床に押し倒されていた。

「サツキ!?」

たったいまサツキに馬乗りになった凌が、慌てて首から手を離す。

「げほっ……何をするんですか!」

「すまない。こんなところにいるとは思わなくて」

「観客席から消えたあなたを探しに来たんですよ、この方向音痴!」

「そ……そうだったのか」

 凌は気まずそうに顔を逸らし、ごく自然な動作でサツキから離れた。

 サツキは立ち上がると、眉を寄せて訊ねる。

「……で、さっきは誰と話していたんですか?」

「聞いていたのか」

「ええ。大会への申請がどうのこうのとか言い始めたあたりから」

「そうか」

 凌は観念したように目を瞑り、ゆっくりと開いた。

「サツキ。お前にだけは先に言っておく。次の第四試合、俺とお前の戦いでは、お前の<アステルジョーカー>が使用可能になる」

「何ですって? どういう事ですか?」

「こういう事だ」

 凌は一枚のアステルカードをサツキに見せつけた。

 サツキの瞼が、極限まで見開かれる。

「NO.11…………十一番目の<アステルジョーカー>!?」

「俺もいまから<アステルジョーカー>のオペレーターだ」

「そんな……」

 いきなりそんな事を言われても、サツキには現実味が薄かった。

「そのカード、一体どうやって手に入れたんですか?」

「俺の父親――名塚啓二から貰い受けた」

「父親!? あなたと名塚啓二は親子だったんですか!?」

「厳密には血の繋がった親子じゃない。お前達の概念で分かり易く説明するなら、キョンシーとネクロマンサーの関係だ」

「キョンシー? ネクロマンサー?」

「そもそも俺は普通の人間じゃない」

 理解が追いついた気がしない。次から次へと流れ込む情報の処理が上手くいっていないからだろう。

「<アステロイド>。元は死体だった者に特別製のアステルコアを容れる事で生まれる、同じ体を持ちながら全く別の人格を持つ新しい生命体だ」

 聞き慣れない単語と信じがたい事実が混在し、とうとうサツキの中にある理解力の許容量がオーバーする。

 有り体に言って、彼が何を言っているのかが全く分からないのだ。

「二次予選で選手達を強襲してきた子供達がいただろう。あれは全て父さんが西から捨て値同然で闇市からかき集めたウェスンタンベビー法の被害者の死体だ。父さんはそのおよそ半数に、自らが作り上げた特別なアステルコアを移植する事で生命の復活を試みた。俺はその実験に使われた、最初の一体だ」

「十神君も死体? 信じられる訳が無いでしょう、そんな話!」

 こんな話なんて誰が聞いても動揺する。死体が目の前で普通に喋っていると考えるなら尚更だ。

「だって、普通に動いて、普通に喋っているじゃないですか! 二次予選で見たあの子達と同じだなんて思えないですよ!」

「彼らは実験の失敗作で、俺が唯一にして最初で最後の成功作だった。失敗作の方は体こそ加齢で成長するが、彼らには感情が生まれなかった。でも俺は人間同然に成長して、身体機能や感情は生きている人間と遜色が無くなっている。食事も睡眠も学習も生殖行為も自由自在といっても良い」

「じゃあ、名塚啓二は本当の意味で人間の蘇生に成功したんですか?」

「そうだ。といっても、蘇生対象は生まれてから三年以内の乳児に限るが」

 これが本当なら戦慄を覚える以外に反応のしようが無い。事実を掘り下げれば掘り下げる程に闇が深い事柄ばかりだ。

「俺が怖いか?」

 凌がこちらの様子を窺うようにして訊ねる。

「気持ちは分かる。元はただの死体だからな」

「……違う」

 サツキは弱弱しく首を振った。

「少し、驚いただけです。別に……いまさら何を言われようが、驚きませんよ」

「無理はしなくていい」

「してない」

 サツキは踵を返し、一階に繋がる階段を昇る。

「事情は大会が終わった後で詳しく聞かせていただきます。いまは観客席に戻りましょう。そろそろナナさん達に心配を掛けてしまいますわ」

「…………分かった」

 後にして思えば、いまここで真相の全てを彼の口から聞いておけば良かったのだろうか。なのに、動揺や驚愕を言い訳に結論を先送りにしてしまった。

 純粋に怖いというのもある。

 でも、私には何より――

「サツキ、本当に大丈夫なのか?」

「しつこい男は嫌われますわよ」

「すまない」

 その後の二人は、観客席に戻るまで、終始ぎこちなかった。


   ●


 ハンスが笑ったのを見て、タケシは背筋を凍らせた。

 やばい。とうとう、ハンスが本気になった……!

「これからとっておきを見せてやる」

 シールドを全て右手のコアユニットに戻すと、ハンスは右腕を振り上げ、いつものひょうきんな彼とは思えないような鋭い目つきを覗かせる。

「<バトルカード>――<バウンサーシールド>・<ミラーシールド>・<リアクティブアーマー>・<シールドバッシュ>――フォースアンロック!」

「<カードアライアンス>……! でも、これはっ――」

『何だ、この組み合わせは!?』

タケシのみならず、解説の村正が驚嘆する。

『<カードアライアンス>でも使う気でしょうか……でも、ステラカンパニーで確認されている中で、あんな組み合わせを要求する<カードアライアンス>は存在しない』

<カードアライアンス>を発動する為に必要な組み合わせは、現在確認されている限りでは全部で五十二種類だったと記憶している。中でもシールド系の<カードアライアンス>はたったの五種類だ。

その五種類のうち一つに、こんな組み合わせなんてあったか?

「誰も知らないのは無理もねぇ」

 シールドが赤い光を拡散して明滅する中、ハンスは自身満々に言った。

「S級バスターにはS級専用の武器と、その武器に対応するもう一枚のアステルカードが配給されるのは知っているな。それはエレナの<セイバーガトリング>みたいな<バトルカード>だったり、イチルの<イングラムクロス>みたいな<クロスカード>の場合もある。俺の場合、それが専用の<カードアライアンス>ってだけの話だ」

「S級バスター専用の<カードアライアンス>!? そんなのアリかよ!?」

「アリもナシも、現にこうして発動してるじゃん」

 右手から再び盾が四方八方に飛び回り、フィールド内を縦横無尽に駆け巡る。これから一体、彼は何を始める気だろうか。

「いくぜ――<スペシャルカードアライアンス>・<ロード・オブ・アイギス>!」

 シールドがさらに発光を強めると、タケシの四方を取り囲んで停止した。

 すると、シールドが突如としてスライムみたいに形を崩し、人と思しき姿に体を再構築する。

 その姿は、全て古代の騎士を思わせる。

「何だ、こいつら?」

 タケシが忙しく四人の騎士を見回して当惑する。

「一体どんな能力が――」

「そう身構えるなって」

 ハンスが気楽に言った。

「能力が知りたいなら<アステルバレット>を俺に撃ってみろよ」

「誰がそんな挑発に乗るかよ」

 あの騎士達の姿形はそれぞれ大きく違っている。おそらく、騎士の一体一体が個別の能力を備えていると考えた方が妥当だろう。たった一つ、それぞれが全く同じデザインの丸い盾を一つずつ持っているのが少し気になるが――固体の能力が違っても、盾の能力は全く同じという事だろうか。

 たしかに、突いてみなければ分からない。

 なら、肝心なのは突き方だ。

「……しょうがない」


弾速 60

 威力 1

 射程 39

 軌道 0


 威力をほとんど棄てて、射程と弾速のみに特化した命中重視の<アステルバレット>を、一発分だけハンスの胸板目掛けて放った。

 正面に仁王立ちするいかつい男の騎士の脇の下を抜け、あとはハンスに命中するだけとなった。

 と思ったら、タケシの背後に居た筈の小柄な少年の騎士が自らの盾で弾丸を受け止め、あろうことか、来た道を戻るようにして弾丸がこちらに跳ね返ってきた。

「何だと!?」

 タケシの肩に弾丸が命中。威力を極限まで減らしていたのでダメージはほとんど無いが、それでも心臓に悪い一撃だった事には違いない。

「いつの間にあんなところまで――ていうか、弾が跳ね返った? 何が起きたんだ?」

「ネオプトレモスの力だな」

「ネオプトレモス?」

「たったいま俺を護った、このガキんちょの名前さ」

 ハンスは少年騎士の頭の兜に手を置いた。

「さあ、こっからが本番だぜ。行くぞ、<アイギスソルジャー>!」

 ハンスの号令で、四人の騎士――<アイギスソルジャー>が一斉に動き出した。


「何なんですか、あの騎士達は?」

 リリカが目を瞠りながら修一に訊ねてきた。

「あんなアステルカード、見た事が無いです」

「俺にも分からないけど、おそらくハンスさんにとってはこれが最後の切り札だ」

「その通り」

 アルフレッドが仏頂面で肯定する。

「ハンス専用の<カードアライアンス>・<ロード・オブ・アイギス>。当然、ハンス以外があの組み合わせを使っても同じ技は発動しない」

「アルフレッドさんは見た事があるんですか?」

「つい最近、一度だけな」

「どんな能力を持っているんですか?」

「少し複雑だが、付いてこられるか?」

「ええ、大丈夫です」

「よし」

 リリカには少し甘いアルフレッドであった。

「いま召喚された四体の騎士には、<カードアライアンス>発動の際に使われた四枚のカードの能力が一体につきそれぞれ一つ分だけ備わっている。例えば、たったいま魔法攻撃を反射したネオプトレモスには<ミラーシールド>の効力が付与されている」

「じゃあ、残り三体にも残り三枚のカードの能力が!?」

「そうだ」

 たったいま、タケシは四体の中で一番大柄な男の騎士に追い回されている。彼は常に大きく無骨な盾を前面に押し出しながら走っていた。

「あのデカブツはペーレウス。あれは<シールドバッシュ>の力を受けている。<シールドバッシュ>はシールド系専用カード。盾で突撃する際に使用者の身体能力と、盾そのものの硬度を一定時間だけ上昇させる」

 タケシが<アステルバレット>の散弾をペーレウスの足元に撃ち込んで彼を転ばせると、今度は細身の青年騎士が剣を携えて突っ込んできた。

「あの人、剣持ってますよ!」

「あれは攻守と体術のバランスに優れたオールラウンダー、アキレウスだ。奴の盾には<バウンサーシールド>の効力が備わっている。あれは物理耐性を持ち、触れたものを何でもかんでも弾き返す」

 アキレウスの盾に殴られ、タケシがスーパーボールみたいに飛んでフィールドの壁に叩きつけられる。

 すかさず、唯一女型の騎士がクロスボウの照準をタケシに合わせ、発射。タケシは飛んできた矢をどうにか横に飛んで回避して、地面を何回転か転がってから起き上がり、<アステルバレット>をばら撒きながら逃げに徹する。

「あの女の騎士はテティス。遠距離系の攻撃性能を持つ厄介な奴だ。奴の盾には<リアクティブアーマー>の効力が宿っている」

「まさしく完全無欠の絶対防御だな」

 修一がこめかみに脂汗を垂らす。

「攻撃こそ最大の防御であり、盾となる騎士自体が絶対の防御力と高い機動力を秘めている。タケシ君はハンスさんに攻撃するより先に、あの騎士達を始末しなければならないが――」

「それが出来れば苦労はしていないだろうな。さっきもそうだが、あの騎士の連携は凄まじい」

 ペーレウスに向かっていた<アステルバレット>がネオプトレモスに防がれて反射し、その隙にテティスがタケシにクロスボウの矢を放っている。しかも、矢を回避した先にはアキレウスが待ち構えている。

互いをカバーし合い、反撃に転じる手際の、何と鮮やかな事だろう。

「ハンスは自身の脳みそ一つだけであの四体をコントロールしている。もちろん、自分一人が動ける余裕も残してな」

「超人じみてやがる。あの人、本当にバケモンか?」

「もしかしたら、あれが仲間の意味なのかもしれません」

 リリカがややズレた感想を漏らした。

「たしかにハンスさんの操作技術も素晴らしいですし、彼自身も化け物みたいに強い。でも、もっと凄いなーって思ったのは、あの人がいま見せている戦いの美学です」

「美学、だと?」

「人は一人じゃ生きていけない。強大な敵に立ち向かう為には、仲間と力を合わせなければならない時だって必ずある。でも、ただ群れて慣れ合うのは違うぞって、私には彼がそう言っているように聞こえます」

「……念の為に聞いておこう」

 アルフレッドが難しそうに唸った。

「君は、今年で十一歳なんだっけか」

「そうですが……それが何か?」

「「……………………」」

 修一とアルフレッドは同時に顔を見合わせた。

 そして、たったいま、同じ事を思った。

 ――この子、ロットン・スミスからどういう教育を受けたんだ!?

「そうかもね。リリカの言う通りかも」

 話はちゃんと聞いていたらしい。ナナが何処か楽しそうに言った。

「仲間は傷を舐めあう為にあるグループじゃない。互いに自分の強さで相手の弱さを支え合って生きていく。自分を弱くする仲間は仲間じゃない。一緒にいて強くなれるから、自信を持って仲間って呼び合える。ハンスさんが強いのは、きっと自分の弱さを知ってる人を護りたいから、なんじゃないかな」

「お姉ちゃん……」

「それに引き替え、六会の奴は随分と無様だな」

 さっきから見ていると、いまのタケシは防戦一方だ。反撃に転じようとすれば差し押さえられ、逃げようとすればより大きく追い詰められている。

 彼のHPメーターも残りはあとわずか。そろそろ勝負が決まったか。

「善戦した方だが、もう奴に勝ちの目は残っていない」

「タケシは絶対に負けない」

 ナナは一点の曇りもない目をして言った。

「絶対……負けないもん」

「ナナちゃん……」

 彼女の気持ちも分からなくはないが、この状況から逆転する手段なんて皆無に等しい。

 ――いや、彼ならやるかもしれない。

 何故なら、彼もあの、方舟の英雄の一人だからだ。

「……そうだな。彼を信じよう」


 彼の実力を知ってから、本当の意味でハンスに勝てるなんて思った事は一度も無い。現に、こうしていまも力の差を見せつけられている。

 俺には無理なのか? という弱音が脳裏を過る。

 <アステルジョーカー>が使えない俺は、何でこんなにも弱いんだ……!

「どうした? もうギブアップか」

 ハンスが小馬鹿にしたように問う。

「去年のお前はもっと強かったぞ」

「あれは<アステルジョーカー>の……アオイの力があったから」

「バカかてめぇは。いまのお前は、<アステルジョーカー>を使ったとしても俺には勝てないだろうさ」

「どういう意味っすか」

「自分で考えろ」

 ハンスが右手を挙げると、彼の目前に控える騎士達が臨戦態勢に入る。

「こんな事じゃ、ナユタには到底追いつかないぞ」

「……!」

 九条ナユタ――彼の名前は、タケシにとってのキーワードだった。

 西の戦場で鍛えられ、セントラル入りからの戦いを経てさらに強くなった、唯一無二にして最強の壁。

 誰よりも自分の身近にいて、誰よりも強い。

 父親を越えただけでは足りない。ハンスの盾を砕いただけでは満足しない。

あいつに勝つ事が――あいつを越える事が、俺の目標だった筈だ。

「ナユタ……」

 あいつがいなければ、いまの俺はここには居なかった。

 俺はあいつみたいに強くない。いつも弱かったから、背伸びして、頑張って、必死にあいつに追い縋ろうとした。

 一番頼もしくて、本当は一番頼りにしたくない、小憎たらしいあいつの背中に。

「!」

 唐突に、タケシの脳裏にとある記憶が蘇った。それは、ナユタと共に戦い続けた、この一年間の記憶だった。

 この中に一つだけ――ハンスを打ち砕く秘策がある!

「<リロード>……アンロック」

 使用済み<バトルカード>を再使用可能にする。これでまた、<エレメンタルバースト>が撃てるようになった。

 タケシは自らの両手に嵌められたグローブ――<クロムヴァンガード>を見下ろす。

「そうか。とんでもない見落としをしていたもんだな、俺も」

「まだ諦めてないみたいで何よりだ」

「ええ。泣いても笑っても、これが最後の勝負だ」

 この作戦に全てを賭ける。

 力を貸してくれ――<クロムヴァンガード>!


弾速 30

 威力 30

 射程 10

 軌道 30


 掌から<アステルバレット>をナノサイズに分割して散布し、再びその噴射による推進力で飛び上がる。例の高機動戦用の技だ。

 でも、さっきのブーストより、さらにスピードが上がっていた。

「さっきよりも速い……!」

 驚きつつも、ハンスはテティスにクロスボウの矢を連射させる。

 タケシは機敏に宙を舞って矢を回避し続ける。さっきよりも動きに変化が付けられるようになったのか、独楽のように回りながら平行移動したり、逆上がりみたいな宙返りまで出来るようになっていた。

『六会選手、地上戦から空中戦に切り替えた!?』

『空中での機動が可能なら、これが最善策でしょう。それにしても、彼は面白いところに着目しましたね』

『と、言いますと?』

『<クロムヴァンガード>の特性をフル活用している。あれは自身が物理耐性と魔法耐性を持ちながら、魔法型<バトルカード>の効力を上昇させる力を持っています。しかも驚くべき事に、その効力上昇には上限値が無い。六会選手自身の意思で、<バトルカード>の性能を自在に変更出来るのです』

 やっぱりそうだ。このグローブは、ただ<アステルジョーカー>と合体する為に生まれただけの<メインアームズカード>じゃない。

 <クロムヴァンガード>はナユタの<蒼月>と全く同じタイミングでタケシの手に渡った。つまり、<蒼月>と同時期に開発された、当時では最新鋭の武器という事になる。

 <蒼月>は刀身からアステライトを噴射する能力を持つ。そして、その噴射量や威力、性質や形などは使用者本人が自在に決められる。

 意思の力を武器の性能に変える点では、このグローブは<蒼月>と全く同じだ。

 だから、<アステルバレット>の威力――この場合では、弾の噴射力もタケシ自身の意思で自在に変えられる。といっても、いまの自分では<月火縫閃>の最大威力と同程度の威力が限界値だろうが。

 でも、これで機動力の面ではハンスを大きく引き離した。

「俺の<アイギスソルジャー>達が空中戦に対応しないと踏んでの策だろうが、やっぱりまだまだ甘いぜ」

 ハンスはテティスに射撃を止めさせると、彼女を残し、三体の男騎士を跳躍させた。

「俺の<シールド>は元々浮いていたろうが! <アイギスソルジャー>にも同じ真似が出来ないとでも思ったか!?」

 勿論、この行動は読めていた。というか、最初から警戒していた。

 三体の騎士がそれぞれの得物を手にこちらへ肉薄する。タケシはさらに上へ飛翔し、Vフィールドの天蓋すれすれまで辿り着いて停止する。


弾速 0

 威力 50

 射程 50

 軌道 0


 弾速を捨てた場合、<アステルバレット>は自らの手で投擲しなければならない。

 でも、いまはそれで良い。

この数値調整によって生まれたのは、光輝く一本の投げ槍だった。

「<ステラジャベリン>!」

 右手に携えた槍を、生成早々思いっきりぶん投げる。目標は勿論、三体の騎士の隙間を抜けた先にあるテティスだ。あれのシールドは、こちらの予想が当たっていれば<リアクティブアーマー>か<バウンサーシールド>だ。いずれも、この槍を防げる種類の盾じゃない。

 槍は狙い通り、テティスに直行する。

「<シールドチェンジ>!」

 ハンスが号令を下すと、テティスの盾に直撃した<ステラジャベリン>が、そっくりそのままこちらに反射された。

 これも予想通りだ。あの騎士達が全く同じデザインの盾を持っているのは、騎士達の間でシールドの性能を交換した際、騎士達がどのシールドを持っているかをこちらに悟らせない為だろう。だから逆説的に、シールドの交換が可能だと踏んでいたのだ。

 これで一つ目の問題はクリアされた。いまハンスを守護する盾は、あの<ミラーシールド>一つのみだと確定した。

「<バトルカード>、<ブレードレイン>・<ミラーーシールド>、ダブルアンロック!」

 ハンスの頭上で再び無数の剣が生成され、タケシの目前で虹色の光学シールドが展開される。

 まず、三体の騎士と<ステラジャベリン>が<ミラーシールド>で続けざまに弾き返される。

 続いて、剣の雨が降り注ぐ。テティスの<ミラーシールド>で<ブレードレイン>が防げないと分かっているのだろう、ハンスはテティスと共に横へ走って鋼の豪雨の攻撃範囲から逃れるが――その矢先、先程こちらの<ミラーシールド>によって跳ね返されたペーレウスが、ハンスの全身に勢いよくのしかかった。

「!?」

 ジャストミートだ。やっぱり、こちらの読みは正しかった。

 <アイギスソルジャー>は<ブレードレイン>同様、硬質化した<アステライト>によって模られた兵器の一つだが、<ブレードレイン>のように魔法耐性のあるシールドに対する耐性無効が無い。片や剥き出しの刃で、片や遠隔操縦ユニットだ。使途も使い方もまるで違うので、そのくらいの差があると考えるのは至極当然だ。

だからアステライトを反射する<ミラーシールド>に触れた瞬間、いまみたいな現象が起きる。勿論、三体のうち一体が<シールドバッシュ>を持っていたとしても同様の末路を辿るだろう。

 タケシは再び<アステルバレット>を吹かしてブースト、そのままハンス目掛けて一直線に降下する。

 狙ったつもりは無かったが、ハンスの上にのしかかるペーレウスが比較的大柄で重量級だったのもあって、ハンスは彼を自分の上から退かすのに苦心していた。

 それに、こちらの狙い通り、右手のコアユニットがいまの衝突でダメージを受けている。これでしばらくの間、彼はシールドの操作を実行出来ない。

 よって、全ての<アイギスソルジャー>が動作を完全に停止している。もはや、彼らは単なるガラクタだ。

「<バトルカード>、<ハードブレイズ>・<ハードフリーズ>・<ハードボルト>・<ハードリーフ>、フォースアンロック!」

 右手に再び虹色の陽炎が揺れる。

「<カードアライアンス>・<エレメンタルバースト>!」

 タケシとハンスの距離は一メートル弱。

拳を突き出した瞬間、二人の至近距離で真っ白な大爆発が巻き起こった。


「どうなった!?」

 立ち上がり、修一は目を瞠った。

 フィールド内で蒸発した大気が排煙装置によって再び吸い出される。これで二人の姿が見えるようになった。

 どちらもフィールドの真ん中で大の字になって倒れ、お互いHPはゼロだ。

「まさか、引き分け?」

「いや」

 アルフレッドが目を細める。

「大会規約によって、同時にHPが尽きた場合は、別の敗北条件を先に満たした側の負けとなる。二人の手を見ろ」

「タケシ君の方は<クロムヴァンガード>が残ってる。でも――」

「<アイギスソルジャー>が見当たらない。それに、ハンスの右手からコアユニットも消えている」

「って事は!」

『<シールド・オブ・アキレウス>の強制解除を確認!』

 ナナが勢いよく立ち上がると、ジャストタイミングで実況が試合終了を宣言する。

『勝者、六会タケシ!』

「「やったぁ!」」

 ナナとリリカが嬌声を上げると同時に、観客席からこれまで以上の大歓声が沸き上がった。


「かあ~~~~~~! 負けちまった!」

 起き上がるなり、ハンスが可笑しそうに笑った。

「中学生に負けちまうたぁな。嫁と娘に合わせる顔がねぇよ」

「俺の前でナユタの名前を出したのが運の尽きです」

 片や、タケシは倒れたままだった。

「いいや、ナユタがいなくてもお前はいまくらい強かったさ」

 ハンスは気持ちよさそうに空を仰ぐ。

「それがお前の力だ。非力なりに考えて、苦しみ抜いて、強者の背中に追い縋って、努力と根性で勝利をモノにする。頂きに立つ資格がある奴ってのは、最初は自分が弱い事を自覚するところから始まる。だからこそ、お前には王の資質がある」

「王の……資質」

 西の守護神と呼ばれた男から言われると、さすがに説得力が大きすぎる。

「ああ、そうそう。あと、これは老婆心からのアドバイスだ」

「?」

「お前が何を背負っているかは聞いている。でも、それがお前を苦しめて良い理由にはならない。だから、もうちょっと肩の力を抜いてみろ」

「……分かりました」

 と答えつつも、タケシの肩からは、力が既に抜けていた。

 溜まったガスの抜き方を、ハンスが戦いの最中に教えてくれたからだ。


「これまでカードの性能の大きさが目立っていたBブロック一回戦でしたが、今回の試合は高度な頭脳戦が勝負の明暗を分けました」

 村正が解説の仕事として、今回の試合の総評を述べる。

「強大な力を秘めたカードを操るレディバグ選手に対して、六会選手はいま持てる手札をフル活用した戦術で対抗しました。読み合いや腹の探り合いといった駆け引きと聞きしに勝る先見の明、勝ちの絵を画く力、いま自分に可能な戦術を効果的に行使した結果がいまの試合に表れていると言っても良いでしょう」

「非常に面白い試合でした。あれが対人戦の醍醐味って奴よ」

「たしかに。正面きってのぶつかり合いも熱いですが、ああした戦略と戦術の折り重ねが続く高度な試合展開も同じくらいの緊張感があります。何にせよ、この席では語り尽くせないくらいの魅力的な大奮闘でした」

「次の試合は園田サツキ選手と十神凌選手の試合ですね。彼らの試合をどう見ますか?」

「園田サツキ選手はアステルカードの名手です。身体能力は他の選手達と比べて見劣りするところはありますが、それを補って余りあるカードタクティクスが見物でしょう。そして、実力が未だ未知数な十神選手がどう対抗するか――おや? また別の原稿が」

 手元にすっと置かれた原稿を読み上げようとして、村正の顔が真っ青になった。

「これは……」

「? どうかしました?」

 記載された文面には、こう書かれていた。


十神凌の使用カード変更申請を受理

カード名 アステルジョーカーNO.11――


「何故、押収されたカードが十神君の手に?」

 村正は無意識に掌でマイクヘッドを押さえた。

「いや、それよりも、これでサツキと十神君がお互い<アステルジョーカー>を使用可能になってしまった」

「? 園田さん?」

「まずい……何か、とてつもなく嫌な予感がする」


   ●


「何で十一番目の<アステルジョーカー>が十神凌の手に渡っている!?」

 バトルフロートの臨時警察署三階の応接室。名塚が所有していた地下の研究施設の調査を終えたS級バスターの面々に、いましがたやってきたマックス・ターナーが怒号を放った。

「さっき聞いたぞ。あれはスカイアステルの憲兵団に引き渡したんじゃなかったのか?」

「私にもさっぱりですわ」

 和彩が首を横に振った。

「多分、政治的な圧力か何かだとは思いますが……」

「こんなタイミングで見つかった代物だぞ。俺達の手で管理すべきじゃなかったのか?」

「納得してないのは僕らも同じさ」

 空也がソファーに身を沈めて返答する。

「でも上からのお達しなら従うしかない」

「だとしても、いますぐ取り返さないと大変な事に――」

「もう手遅れだ」

 アルフレッドが入室してきた。本来は観客席にいる筈の彼だが、マックスと同様の連絡を受けてこちらへすっ飛んできたのだろう。

「<アステルジョーカー>の使用許諾の申請が既に済んでいる以上、もう僕らが手を出せる領域を越えている。何せ、皇太子殿がこの大会の実験を握っているからな」

「じゃあ、大会が終わるまで待てって言うんですか?」

「一つだけ、早急に回収する方法がある」

 アルフレッドがきっぱりと言い放つ。

「次の試合で園田サツキが勝利するんだ。勝者のカードには手が出せないが、敗者のカードならこちらが回収しても何ら問題は無い」

「たしかに」

 空也がこくりと頷く。

「このタイミングで投入されたからには、大会で使ってこそ意味のあるカードだ。逆に大会の外ならそのカードは基本的に紙屑同然だな」

「その通り。だから、彼女の勝利を信じよう」

「サツキさん……」

 和彩が不安げな顔をする。サツキは和彩にとって実の妹みたいな存在だ。不穏にも程がある事態に巻き込まれるのを決して良しとはしないだろう。

「大丈夫だ」

 アルフレッドが珍しく気遣いを見せた。

「彼女だって方舟の英雄なんだ。きっと、彼女ならやってくれるさ」

「……ええ」

 勿論、この励ましは気休め程度でしかない。

 でも、いまは彼女を信じる以外に道は無い。この部屋にいる誰もが、それを理解していた。


第十話「守護神の決闘! 六会タケシVSハンス・レディバグ」 おわり

第十一話に続く


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