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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.6 ~GACS編 第二集 決勝トーナメント・開幕!~
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GACS編・第九話「拭われない過去 黒崎修一VSアルフレッド・ジルベスタイン」

※これから先、毎週土曜日の午前0時に毎週一話ずつ公開!

   第九話「拭われない過去 黒崎修一VSアルフレッド・ジルベスタイン」



 Aブロックが行われている西スタジアムと対を成す、バトルフロート・東スタジアム。そこでBブロックの試合が行われる。Aブロックの一回戦は、たしかナユタとタケシのお父さんの試合だったか。

 Bブロック一回戦、第一試合。ナナは御影東悟との試合に臨まなければならない。

 彼はかつて、自分の同胞――<トランサー>を滅ぼそうとした相手だ。

 でも、不思議と憎しみは湧いてこなかった。

「お姉ちゃん」

 義妹のリリカ・リカントロープが、机一つを挟んだ対面から心配そうに訊ねる。

「大丈夫? 相手は……その……」

「大丈夫」

 ナナは満面の笑みを作る。

「ねえ、リリカ。御影さんの娘さんって、いまのリリカと同い年でしょ? だったらさ、もし娘さんが人間の姿に戻った時は、ちゃんと仲良くしてあげてね」

「お姉ちゃん? 何を言ってるの?」

「この大会、あたしは最初、タケシの手伝いをするつもりでいたんだけど――」

 ナナは仲間達と共に作り上げたデッキをケースの中に仕舞う。

「いまはね、優勝したら、リリカの友達を作ろうかなって気になったんだ」

「まさか、御影さんの娘さんを人間の姿に戻すつもり?」

「うん。そうすれば、あの人が戦う理由も無くなるかなーって」

「でも、仲良くなれるかな……?」

 リリカはあからさまに不安げな面持ちで言った。

「あんまり、自信無いかも」

「なれるよ」

 ナナは手を伸ばし、リリカの頭をそっと撫でる。

「ナユタもタケシもサツキも、あたしやリリカやイチルみたいな魔法使いをあっさり受け入れてくれた。受け入れられたあたし達は、受け入れる人の気持ちも、受け入れられたい人の気持ちも分かってる。少なくとも、あたしはそう思ってる」

「お姉ちゃん……」

「そろそろ時間だから、行くね」

 ナナは<アステルドライバー>を腕に巻き、軽く深呼吸して戦場へ向かった。



Bブロックの試合会場はAブロックと全く同じデザインの闘技場だった。なので、観客席の配列も大体似たり寄ったりだ。

控室から戻ってきたリリカはタケシの隣に腰を下ろす。ちなみに、いつも付き添ってくれたロットンは仕事があるとか無いとかで今回は欠席している。

「ナナの様子、どうだった?」

 タケシが無愛想に訊ねる。

「あの状態だったら、多分大丈夫だと思います」

「そうか」

「ただいまー」

 話に割り込むように挨拶して戻ってきたのは、さっきフラっと席を離れた黒崎修一だった。

「修一、いままで何処行ってたんだよ」

「ん? ああ、さっきまで美縁ちゃんと遊んでた」

「美縁って……」

 タケシの声が引き気味になるのも無理は無い。

 御影美縁。御影東悟の娘で、いまは彼の<アステルジョーカー>だ。

「野郎の<アステルジョーカー>と何を話して来たんだ?」

「ただの雑談だよ。あ、大丈夫。御影東悟からはちゃんと許可貰ってるから」

「お前、なにちゃっかり仲良くなってんだよ」

「いいじゃん。俺、奴個人に恨みなんてひとっつも無いし」

「怪しいですわね」

 傍の席で凌と並んで座っていたサツキが半眼になる。

「修一君。彼は一応、私達の敵なんですよ?」

「俺は別にそうは思わんけど」

「どうして?」

「そもそも二次予選の時は共闘した仲だし」

「どうでもいいが、そろそろ始まるぞー」

 同じくBブロックの出場選手、ハンス・レディバグが気怠そうに告げると、何やら聞き覚えのある女性の声がスピーカーに乗って会場全体に響き渡った。

『レディース、エンド、ジェントルメーン! いよいよ始まります、GACS決勝トーナメント、Bブロック! 実況はこの私、星の都学園中等部教員、網走豊子がお送りします!』

「網走先生!? うそぉおおおん!?」

 さしもの修一ですらお口あんぐりだ。サツキやタケシに至っては理解が追いついていないのか、ずっと閉口しっぱなしだ。

 リリカも網走豊子の事は覚えている。少し前に、リリカが通う女学校の初等部に一回だけ出張していたからだ。

『解説はこの私、一次予選と二次予選に引き続き、園田村正が担当させて頂きます。網走先生、今日はよろしくお願いします』

『こちらこそ。それでは早速、選手入場と行きましょうかね!』

 カントリーのママンみたいな女性なのは見ての通りだが、豊子がここまでハイになるような人物だとはさすがに思わなかった。

『北コーナー! 全人民の記憶に新しい大事件、方舟の戦いにおいて活躍した英雄の一人にして、<星獣>と心を通わし、そして従える血族の一人! 星の都学園中等部二年、ナナ・リカントロープ!』

 北側の入場口から、特に緊張感の表れも無くナナが歩いてきた。遠くから見る限りでも、やはり彼女はいつものナナだった。

『あたしゃ嬉しいよ。自分の職場の教え子がこんな晴れ舞台に立つなんて……感動で涙がちょちょぎれそうだよ! ナナちゃんは明るくて本当に良い子で――』

『私もそれは存じ上げています』

 やや感情的になりかけていた豊子を制し、村正が極めて冷静に解説する。

『彼女は<トランサー>一族最強の戦士であり、何といっても天才的なまでのバトルセンスと頭一つ抜けた身体能力が最大のウリでしょう。Aブロックでは同時進行で九条選手の試合が行われている最中ですが、彼をも凌駕しかねない膂力は他の選手達からすれば脅威そのものです』

『あの子は体を動かす分野の授業では常に最高得点を獲得してますからねぇ』

『今大会では間違いなく優勝候補の一角です。期待値はかなり高い』

『でも、彼女の対戦相手も中々の曲者! 続いて、南コーナー!』

 南側の入場口からは、ラフな格好をした四十代くらいの男が現れた。ダークグレーの七分丈のシャツに黒いチノパン。成人男性向けのファッション雑誌でモデルでもやっていそうな見てくれだった。

『経歴不明、正体不明、年齢不詳の謎に包まれた偉丈夫! 一次予選も二次予選も圧倒的な力で勝ち上がった優勝候補の一角! その名も、御影東悟!』

「出たな」

 タケシがぽつりと呟いた。

「野郎……ナナに何か変なマネでもしたらぜってぇぶっ殺す」

「それは……大丈夫だと思います」

 リリカが俯きながら言った。

「勘ですけど……あの人は、そんな事をする人じゃないと思います」

「同感だな」

 ハンスも頷く。

「娘の為なら何でもしそうな親バカなんだろうってのは何となく分かる。でも、その為に娘と年が近いナナをいたぶるような真似は絶対にしないだろ」

 さすが一児の父。説得力が半端ではない。

 ここで村正の解説が入る。

『彼は<新星人>でもあり、そうでなくても体技は九条選手や六会忠選手と互角かそれ以上です。しかも<アステルジョーカー>を所有している』

『という事は、ナナ選手も<アステルジョーカー>を使えるという事になりますね』

『Aブロックの一回戦では<アステルジョーカー>同士の戦いがありません。そうなると、今大会初の、<アステルジョーカー>同士の対決となるでしょう』

『思ったよりスケールのデカい試合になりそうですね』

『ええ。あとは――』

 村正がやや躊躇いがちに言った。

『あとは、変な事が何も起きなければ良いのですが』


「あー! あんたは<トランサー>のドラゴン女!」

 東悟と向き合うなり、彼が腰の革製ホルスターに収納していた黒い脇差から甲高い少女の声がした。

「ここで会ったが百年目、成敗してくれる!」

「すまんな。最近見せた時代劇のDVDに影響されてるんだ」

 東悟が思ったより紳士な対応をする。

「どうやらこの姿になっても学習能力は人並みに備わっているらしい。もしかしたら、この脇差そのものが脳みそになってしまう可能性も無くは無い」

「そう。なら、良かったです」

 ナナは<アステルドライバー>に<ドライブキー>を挿した。

「あたしの先祖があなたと美縁ちゃんにした事は許されない。だからちょっとだけ躊躇ってましたけど――気が変わりました」

「何だと?」

「いまので確信しました。御影さんにあたしへの敵意は無い。正々堂々この試合に臨むというのなら、あたしは全力を尽くして相手をするだけです」

「それは俺と対等に戦える者が口にする言葉だ。それだけの力を、君は持っているというのかな?」

「さあ? 試してみれば、分かるんじゃないですかね?」

「言ってくれる」

 東悟が唇の端を釣り上げ、<ドライブキー>を端末にセットする。彼がやたら嬉しそうに見えたのはこちらの気のせいだろうか。

『GACS決勝トーナメント、Bブロック一回戦第一試合、ナナ・リカントロープVS御影東悟! GET READY!』

「「<メインアームズカード>、アンロック!」」

 最初は二人共、<アステルジョーカー>ではなく、通常の武装を召喚した。

 ナナは槍型の<ドラゴアステル>、東悟はソード型の<月蝕蒼月>だ。

『GO!』

 試合開始。

「いくよ!」

 先手はナナ。<流火速>を用いて一瞬で東悟の背後に回り、思いっきり槍を振り下ろす。東悟も同様に<流火速>を使って、一足飛びにVフィールドの天井スレスレまで跳躍する。初撃はあっさりかわされたか。

 まあ、いいだろう。純粋な<輝操術>の遣い手を相手に高速移動技で張り合おうとは思わない。

 勝負をするなら、それ以外の分野だ。

「<バトルカード>・<アステルバレット>、アンロック!」

 魔法系の<バトルカード>を発動。龍の頭を模した槍の穂先から、五芒星の星々が無数にナナの周囲に広がり、弾丸となって上空の東悟へと飛翔する。

 東悟は<月蝕蒼月>を振り上げ、

「<月火縫閃>」

 黒いエネルギー体が刃から帯のように解き放たれ、星々の弾丸を全て薙ぎ払う。

 <蒼月>の必殺技、<月火縫閃>。刀身にチャージされたアステライトを斬撃と化して飛ばす遠近両用技。使用者の意思によって自在に威力を変えられる上に、その最大攻撃力は通常の<バトルカード>の数倍高い。

 いままではナユタの専用技だったが、<プロメテウス>も東悟も使えるということは、何気に<新星人>関係者の間では<蒼月>が注目されているのだろうか。

「もういっちょ!」

 星の弾幕をもう一回斉射。<アステルバレット>は意外にも特殊な<バトルカード>で、発動した後は同じ弾丸を戦闘中に何回も撃てるのだ。使い捨てが基本の<バトルカード>にしては珍しく継戦能力が高く、魔法系<バトルカード>の中では人気が高い。

 今度は正面から受けようとは思わなかったらしい、東悟は降下しながら弾丸をやり過ごし、着地すると<流火速>も使わずにこちらへ突っ込んできた。

 東悟とナナが同時に大振りの一閃。黒と白の婉曲した閃光がぶつかり合う。

 それから、何度も、何度も、刃と穂先が擦れ合った。


『最初は<アステルジョーカー>無しの小競り合い。これはお互いに様子見か?』

『御影選手は<月蝕蒼月>一本でもリカントロープ選手を抑え切れると判断したのでしょう。おそらく、彼女にもそれが分かっている筈』

「とは言うけどよ、いまんところは互角だぜ」

 ハンスがナナと東悟の剣筋を凝視して唸った。

「ナナの奴、御影東悟の速度に追いついてやがる。こりゃワンチャンあるか」

「どうでしょうね」

 修一が目を細めて言った。

「そいつは相手の切り札次第でしょう」

「切り札ねぇ。そういや、御影東悟の<アステルジョーカー>って、どんな能力を持ってるんだ?」

「知ってるのはイチルちゃんぐらいじゃないっすかね?」

 御影東悟の素性を知るのは、いま生きている中だとイチルと修一しかいない。だが、いくら修一でも、彼の<アステルジョーカー>の能力までは知らない。

「まあ、遅かれ早かれ、この試合中には発覚するとは思いますよ」


「<バトルカード>・<アイアンスラッシュ>、アンロック!」

 鈍色に光った槍の穂先が、横薙ぎに東悟の<月蝕蒼月>と鎬を削る。

 足に力を込めて踏ん張り、ナナは東悟と顔を寄せ合って囁いた。

「ねぇ、そろそろ<アステルジョーカー>出したらどうです?」

「君がそれなりの力を示してくれるなら考えなくもない」

「だったら!」

 刃を弾いて引き下がり、ナナは真上に高く跳躍した。

「その余裕、ここでひっぺがしてやる!」

「やってみろ」

「いくぞ!」

 いまこそ、サツキや他の皆から教わったことの全てを活かす時だ。


「お前には余裕が足りない」

 学校の放課後、いつも訓練の相手を引き受けてくれる十神凌から、むっつり顔でこんなことを言われた。

「相手との実力差に関わらず、お前はいつも相手に追いすがってる感じがする。精一杯戦うのは決して悪いことじゃないが、いまのお前は肩に力が入り過ぎている」

「じゃあ、どうすればいいのさ」

「簡単な話だ。深呼吸してみろ」

「深呼吸?」

「ああ。実際にやってみるのも良し。時間的余裕が無いなら心でするのも良し。とにかく、気持ちを落ち着けるんだ。いまのお前なら、絶対にそれで一回り強くなれる」


 いまは試合中だ。のんびり深呼吸している暇はない。

 でも、心は自然と落ち着いている。無意識に精神の回路が深呼吸と似たような働きをしているのだろう。

 直球勝負で仕掛けた全ての攻撃は、御影東悟には全く通じていない。のらりくらりとやり過ごされている。というより、こちらが遊ばれている気分だ。

 なぁに、全然悔しくないもん。

 だって、あたしだって、さっきまで遊びも同然だったんだから。


「ナナちゃんの<輝操術>、残念だけどこれ以上は能力上がらないかな」

 ある日の昼下がり、イチルが残念そうな顔をして苦笑する。

「<トランサー>と<新星人>じゃ、やっぱり技能の上限値がどうしても違っちゃうみたい。もし東悟さんと試合で戦う機会があるとしたら、あとはナナちゃん自身の反応速度であの人に対処するしかないよね」

「えー? そんなぁ……」

「でも、大丈夫」

 イチルがナナの肩に手を置いて言った。

「ナナちゃんにはナナちゃんしか無い力がある。そうでしょ?」


 イチルからは<輝操術>をいくつか教わった。<新星人>が得意とする高速移動技による機動戦も、彼女のおかげで一通りこなせるようになっていた。

 フィールド内を銃弾並みの速さで駆け、お互いの得物の刃が幾層の軌跡を描く。

 御影東悟の方が若干早い。でも、追いつけない速さじゃない。


「いいか、ナナ。槍はこう使うんだ」

 これは二年に進級したばかりの頃、体育館の片隅で、ナナはナユタから槍の使い方を教わっていた時の記憶だ。教材となる槍はいつものアステライト製ではなく、黒檀の木を削って造られた木製の槍だ。

 ナユタが喋りながら、実際に目の前で槍術の演武をしてみせる。

「基本の動きは足捌きと腰の回し方、手首の回し方と刺突で成り立っている。刺突は槍の基本だけど、棒術の動きを取り入れると、さらに対応力の幅が広がってくる」

 見事なもので、彼は口にした通りの動きを軽々とやってのけた。足腰と体の流し方が巧い具合に連動しているだけでなく、突きにもしっかりと腰が入っている。

 ナナは拍手しながら唸った。

「すっげー! 穂先の軌道が綺麗だね!」

「ナナなら俺より上手くなれるだろ。身体能力や運動神経はナナの方が上だしな。何事も基本は体作りからだし、既にそれが出来てるなら、後は技術の問題だ」


 ナユタはありとあらゆる武器を自在に使いこなす技術を持っている。そんな彼が導き出したナナの戦術は、ぴったりとこちらの戦い方に嵌まっていた。

 下半身の動きを意識しながら、<流火速>による高速移動を併用して東悟の周辺を滑空し、回転運動を多めに取り入れた横薙ぎを繰り出す。

 槍のリーチと、時々飛ばす刺突もあってか、いまの東悟は防戦一方だった。

 彼の斬撃はナナには当たらない。いかに彼が自分より速くても、回転運動によって攻撃と回避を両立させた槍術の使い手を捉えるのは至難の業だ。

「やるな」

「そりゃどうも!」

 ナナは一旦大きく離脱して、再び<アステルバレット>の発射体勢に入った。


 星の都学園の訓練アリーナで、タケシは<アステルバレット>の実演をしてくれた。

 宙を浮く十個の仮想敵バルーンを睨み、彼はグローブの掌から五芒星の弾丸を生成する。

「<アステルバレット>は一見単純な攻撃技だが、当てるのに少しコツがいる。といっても、感覚的なところに依存するが――」

 掌の周辺が無数に瞬くと、仮想敵バルーンが全て破裂した。

「こうして、使い手の意思に反応して発射される。しかも効力は<アステルドライバー>のバトルモードが終わるまで永続的に続く。魔法系の使い手なら、まず真っ先に注目するカードの一つだ」

「あたしは槍型だから、ソード型も魔法型も一緒に使えるんだったね」

「そう。でも近接戦をメインにするなら、こいつは相手との距離を計る牽制役にした方が良いと思う。そもそもこいつは決め手になるような攻撃力を持ってる訳じゃないしな。下級の<星獣>相手でも一撃で倒すには急所に当てる必要がある」

「タケシはいつもどうやって使ってるの?」

「俺? 俺は……そうだなぁ――」


 タケシは<アステルバレット>を雑魚<星獣>の掃除だったり、強い相手には目くらましで使っているらしい。もっとも、強い相手なら<サークル・オブ・セフィラ>を使えば良いだけの話だから、わざわざ牽制用に<アステルバレット>を散らす必要は無い。

 これらの意見を聞いて、ナナが導き出した一つの答えは――

「くそ、鬱陶しい……!」

 東悟が星の弾丸を横にずれて避けると、ナナは彼の進行方向に槍を突き出し、ようやく彼の肩にダメージを入れる。

 彼が高速移動で即座にこちらの間合いから外れると、既に放っていた<アステルバレット>が彼の全身に命中して、さらにHPメーターを削っていく。

『なるほど、そういう使い方ですか』

 真っ先に気付いたらしい、解説の村正が感心したように述べる。

『これは実際の戦闘ではなく、あくまでGACSの試合です。攻撃技が当たれば多少なりともHPメーターは減少する。だから、出場選手は微かなダメージにすら気を払わねばならない。よって、いかに威力の小さい<アステルバレット>ですら、回避を余儀なくされる』

『なるほど。リカントロープ選手は槍と<アステルバレット>の両方を本気で命中させようとした訳ですね。弾丸をかわしたら槍が先回りしてダメージを与え、槍をかわしたら弾丸が命中する。近距離技と中距離技のコンビネーションですか』

『ええ。これは超攻撃型の戦法ですが、同時に一番堅実な手でもある。タイミングはシビアですが、ダメージを着実に与え、相手に反撃を許さないスタイルです』

『やはりナナちゃんは天才――おおっと!? 御影選手が膝を突いた!?』

 攻撃に次ぐ攻撃の連続で、とうとう東悟が片膝を地面についた。

 ――チャンスだ!


「あたしの<カードアライアンス>?」

「ええ。最後の一発には必要かと思いまして」

 いつもナナのカード戦術のレクチャーをするサツキが、どうやら<バトルカード>戦術最強の奥義を教えてくれるらしい。

「何がいいかなーって色々考えていたんですが、やっぱりあなたにはド派手な一発技がお似合いかと思いまして」

「そうなの?」

「ええ。魔法型のカードを五枚使った、最強の魔法奥義ですわ」

「おおぉ……!」

 サツキがたったいま差し出した五枚の<バトルカード>を見て、ナナはきらきらと目を輝かせた。


「<バトルカード>――<バードブレイズ>・<ハードフリーズ>・<ハードボルト>・<ハードストーム>・<ハードリーフ>! クイントアンロック!」

 槍の穂先に虹色の陽炎が立ち昇り、この世のものとは思えない異音をフィールド内に響かせる。

 炎、水、雷、地、風。五属性全ての力を結集させて放つ、強力無比の必殺奥義。

「<カードアライアンス>・<エレメンタルオーバードライブ>!」

 突き出した穂先から、視界を覆い尽くさんばかりの極光が溢れだす。

『なんだぁ!? オーロラか!?』

『<エレメンタルオーバードライブ>。光と闇を除いた五属性の波動を、使用者の半径五〇〇メートル圏内に巻き起こす究極奥義です。大会規約によると、この技は<アステルジョーカー>の使い手が相手でないと撃てないとされています』

『嘘ぉ!? そんな凄い技なの!?』

『とにかく、会場の皆さん、目を閉じてください!』

 村正の警告の直後、Vフィールドが真っ白な光で満たされた。ナナを除く周囲の全てにダメージを及ぼし始めているのだ。

 いくら御影東悟でも、この光を浴びた瞬間、即座にゲームエンドだ。

 勝った。<アステルジョーカー>を使うまでもなかったか。

「<アステルジョーカー>、アンロック」

「――え?」


 フィールド内に巻き起こっていた閃光が収まり、再び両者のHPメーターを会場の大型モニターで確認する。

 ナナは勿論だが、東悟のメーターも減少していない。

「……あれは」

 タケシは未だ健在の東悟が左手に携えているものを見て目を剥いた。

 黒い脇差――あれが御影美縁の現在の姿である。

「野郎……ついに<アステルジョーカー>を発動しやがったのか」

「そんな事より、奴はいまどうやって<カードアライアンス>を防いだ?」

 ハンスが驚嘆する。

「あんなの回避も防御もままならねぇだろ」

「だろうな」

 いつの間にか近くの席に座っていたアルフレッドが偉そうに言った。

「天蓋を良く見ろ」

「天蓋?」

 言われて、タケシ達はVフィールドの一番上の部分を見て――唖然とした。

 どんな<バトルカード>の衝撃にも余裕で耐えうるVフィールドの外壁に、大きな穴が空いている。

「嘘だろ、オイ……一体野郎は何をしやがったんだ?」

「攻撃の方向を捻じ曲げたんだよ」

 またしてもアルフレッドが言った。

「<エレメンタルオーバードライブ>は核爆発みたいなものだが、技の性質が光であることに変わりはない。そして、光は物質の一つだ」

「それが何だってんだよ」

「ハンス。お前、西の守護神とか呼ばれていたクセして、そんなことも分からんのか」

「んだとテメェ」

「いいか? 光が物質の一つということは、物理現象に影響を受けるということだ」

「そういうことか」

 ようやく、タケシにも得心がいった。

「光であろうと何であろうと、物理干渉を受ける物質には決して避けられない宿命がある。それは――」


「重力」

 誰よりも早く察していたナナが言った。

「あなたの<アステルジョーカー>が操るのは、重力」

「そうだ」

 東悟は脇差の切っ先を突き出して告げた。

「正式名称は<アステルジョーカーNO.0 グラビレイズタイラント>。こいつは自身から半径三百メートル以内の重力を思うがままに操作する。いま俺が無事なのは、周囲の重力を歪曲させて、<カードアライアンス>の光を天蓋に向けて一点集中させた結果だ」

「…………」

 重力を自在に操るということは、地球そのものの力を操るに等しい。バリスタが天候を弄っていたのと大体同じだろう。

 東悟は右手の<月蝕蒼月>の刃と左手の脇差の刃を目の前で交差させる。

「ここから先はお前にとって未知の領域となる。逃げるならいまのうちだぞ」

「何言ってんの? ここからでしょ?」

 相手がようやく<アステルジョーカー>を発動してくれた。

つまり、彼が――<新星人>最強の首領が、自分を認めたのだ。

 ここからが、本当の勝負だ!

「いくよ――<アステルジョーカー>、<アンロック>!」


 アステルカードの技術レベルが目覚ましい発展を遂げる中で、<アステルジョーカー>は未だに謎が多い。人の生命を武器化するメカニズムやプロセスは解明していたとしても、カードとなった後に起きる変化については諸説様々だ。

 だから<アステルジョーカー>の事を知るには、科学者の意見だけでは物足りない。

 全ては使用者本人次第なのだろう、きっと。

「ナナ……お前」

 ナナの<ドラゴアステル>は、タケシですら見た事が無い姿に変貌していた。

 形態は元の槍のままだが、細部の形状が所々で異なっている。中でも特徴的なのは、竜の頭を模した穂先の口から突き出た筒状の何かだ。あれは砲塔か何かだろうか。

 そして一番目を引いたのは、ナナの横に突如として出現した、小型のドラゴンだ。

 銀の鎧に包まれ、両肩に一門ずつの砲塔を乗せたその姿は、機械と獣が一体化した――いわゆるサイボーグを思わせる。

 でも、サイズ感的に、真っ先に口を突いて出た感想は――

「か……可愛いですわ」

 先にサツキに言われてしまった。

「あの可愛いドラゴンは一体……」

「ナナの<アステルジョーカー>だろう、多分」

 タケシが眉を寄せて言った。

「でも、あんなのは俺だって知らないぞ。一体どうなってんだ? ナナの奴、一体何をしやがったんだ?」

「槍の形態も変わってますわ。まさか、ここに来て驚愕の新兵器ですか」

 ナナの<ドラグーンクロス>は竜の体のパーツを模した六つの自立型飛行ユニットを召喚し、最終的にはユニットを寄り集めて自らをドラゴン化する能力を有していた筈だ。入手後の訓練の仮定でレベルアップして召喚可能なユニットも増えたが、あんな姿になったことはいままでの間に一度も無い。

 だとすれば、ナナが自らの力で、この境地に辿り着いたとでもいうのだろうか?


 タケシ達だけでなく、東悟も鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。

「何だ、その小さいのは?」

「あたしの<アステルジョーカー>の本体だよ」

 ナナがドラゴンの頭を撫でながら言った。

「あたしの<アステルジョーカー>がドラゴンの<星獣>を生け贄に生成されたものだっていうのは知ってるでしょ? このドラゴンはね、<ドラグーンクロス>に内臓されていたアステルコアそのものなんだよ」

「アステルコアそのもの――まさか」

「そう。ご存知の通り、この子の名前は、キララっていうの」

 キララとは<ドラグーンクロス>生成の生け贄となったドラゴン型<星獣>の名前だ。

 その意味するところをいち早く悟ったらしい、東悟の顔つきがさらに険しくなる。

「そうか。数ある<アステルジョーカー>の中でも、唯一アステライト製の生物――つまり<星獣>の肉体と命を素として作られたお前の<アステルジョーカー>は、まさしく生きた兵器」

「言ってみれば、そっちの脇差ちゃんと同じだね」

『同じっていうなー!』

 東悟の脇差――美縁が怒鳴る。

『あたしは人間だもーん! <星獣>じゃないもーん!』

「美縁。少し落ち着け」

『ぷぅ~』

 東悟に諌められて、美縁がふてくされたように唸る。

 ナナは槍の穂先を東悟に突きつける。

「余裕をぶっこくのもそれまでだよ」

「いいだろう」

 彼が頷くと、全身が急激に重たくなった。おそらく、<グラビレイズタイラント>の能力でフィールド内全体の重力をさらに強化しているのだろう。

 ナナの頭に乗っていたキララが苦しそうに唸り声を上げる。

「ぐぅ……ぅうぅ」

「大丈夫だよ、キララ」

 ナナは余裕の笑みを浮かべる。

「行こう――<ドラグーンクロス・ディバイダー>!」


 たったいま<アステルドライバー>の画面上に表示された情報を閲覧して、タケシはそのスペック値に眩暈を催しそうになる。

 アステルジョーカーNO.6、第二解放 <ドラグーンクロス・ディバイダー>。

 攻撃力、耐久力、使用時のオペレーターの機動力――どれをとっても、ナユタの<インフィニティトリガー>とほとんど互角だ。

「第二解放って、<ドラグーンクロス>は多段解放するのか?」

 画面を覗き見ていた修一が訊ねる。

「分からん。何せ、俺達にも内緒にしていたような代物だ。第二解放で頭打ちかもしれないし、更なる解放をするかもしれない。いずれにしても見るまでのお楽しみだ」

「そもそも<アステルジョーカー>ってどんな条件でパワーアップするんだ? ていうか、あそこまでいくとパワーアップというよりは――」

「グレードアップ、ですわね」

 サツキが厳然な面持ちで頷く。

「<アステルジョーカー>にはそれぞれ進化の条件というものが存在する、という話をお父様から聞いたことがありますわ」

「そうなの?」

「ええ。<アステルジョーカー>のカード内には必ず一個、技術的な手段では解放不可能なブラックボックスというべき領域があって、いまのところその領域を解放している者は、イチルさんを除いたら誰もいないとされていますわ」

「イチルちゃんが?」

「彼女は既に<ラスターマーチ>を進化させた新しい<アステルジョーカー>を持っています。もしかしたら、ナナさんも何らかの方法でそのブラックボックスを開けたのかも」

「マジかよ」

 ブラックボックスの話はタケシも聞いたことがある。以前、<サークル・オブ・カオス>に<ブラックアステルジョーカー>への変身機能を追加しようとした時、似たようなことを誰かから言われた記憶がある。

 だが、ナナとイチルがその領域を解放している事実は、これが初耳である。

「あいつら、一体どうやって――」

 タケシが顎に手をやって考え込もうとした時、ナナと東悟の再衝突が始まっていた。


 体が重たくて、思うようなキレとスピードが出ない。フィールド内全体にダウンフォースが働いているからだ。

 でも、ナナには<輝操術>がある。足裏だけでなく、動かしたい部分にアステライトの爆発を当てれば、ある程度はその部分の動きを加速させられる。

 正面から黒い刃の切っ先が迫る。狙いは額だ。

 ナナはこめかみのあたりにアステライトを集中させ、爆発、頭を無理矢理逸らして東悟の刺突をやり過ごす。

 いつも通り、足裏にアステライトを溜めて噴射し、槍を思いっきり振りかざす。

 東悟が訳も無く刃の腹で槍の柄を押さえていなし、左の脇差でナナの腹を狙う。

 今度は膝の裏を加速させ、相手の左手首を膝の皿で打ち上げて脇差の軌道を完全に逸らす。

 いままで大気中のアステライトをこんな形で利用した事は無かったが、やってみれば案外上手くいくものだ。おかげで高重力下でもある程度は立ち回れる。

 東悟本人はどうだろう。彼も重力の影響を受けている筈なのに、体捌きのキレは先程と全く変わっていない。こちらと同じ技を使っているか、もしくは自分だけ重力の影響を受けていないのか。

「キララ!」

 ナナの号令を受け、キララが東悟の真横に回り込み、口と両肩の砲門から炎みたいな黄色いレーザー光線を発射。

「くっ……」

 途端にこちらの体が軽くなったかと思えば、レーザー光線が東悟の手前で歪曲して、あさっての方向へ飛んで行った。重力のフィールドを一点に絞ることで、シールドの代替品としているのだろう。

 彼が操るダウンフォースの適用半径は自身から三百メートル以内。範囲を狭めれば狭める程に重力の圧力が強くなり、自分から離れた位置にも重力のフィールドを生成出来る。

 <グラビレイズタイラント>はそれ自体がメインを張るような武器ではない。どちらかというと、支援型の武装と考えた方が良い。なら、彼のメインはおそらく最初から発動している<月蝕蒼月>の方だろう。

 キララに再びブレス攻撃をさせると、東悟がまたしても重力のフィールドで攻撃の軌道を逸らす。この間だけ、フィールド内の重力超過が解除される。

 ナナはその隙に飛び退り、彼から大きく距離を開けた。

「離れようが無駄だ」

 東悟が<月蝕蒼月>を振り上げると、刀身に黒いアステライトが収束される。

「<月火縫閃・蛇>」

 一閃した刀から黒い太刀筋が五本放たれ、空間中で突如として軌道が歪曲し、蛇みたいにうねってナナの四方を取り囲んだ。

 おそらく重力のフィールドを周辺に分散させて、斬撃の軌道を変更したのだ。

「うっそ……!?」

 驚きつつも、後ろから飛んできた一本を槍で薙ぎ払い、二本目は体を回転させて回避、三本目を穂先で叩き落とし、四本目を真上に高々と跳躍してやり過ごす。

 残り一本が、真下から突き上がってきた。

「キララ、お願い!」

「ぐぉおおおおっ!」

 キララが黒い太刀筋とナナの間に割って入ると、

「ォオオオオオオオオオオオオオ!」

 雄叫びと共に、キララの手前に黄色い正方形のシールドが生成され、黒い斬撃を真正面から粉々に打ち砕いた。

 すかさず、槍の穂先を地上の東悟に向ける。

「<アステルバレット>!」

 穂先に新たに備わった砲塔から、星の形をした弾丸が散弾のようにばら撒かれ、キララもこちらの射撃と全く同じタイミングでブレス攻撃を発動する。

 だが、彼の目の前でこちらの射撃が再びあらぬ方向へ飛び散った。

 キララと共に着地して、ナナは毒づいた。

「くそ! 遠距離技が全然当たらない!」

「対処法としては悪くなかったが、相手が悪かったな」

 東悟がにこりともせずに言った。

「その程度では美縁の盾は貫けない。もっと本気を出したらどうだ? お前にはまだ、隠し札があるんだろう?」

「…………」

 相手はまだ余裕を保っている。

 そして、ここに来ても、未だに油断している。

「そこまであたしの本気を見たいなら、見せてあげる。いくよ、キララ」

「ぐぅッ」

 頷くと、キララの体が黄色く、淡く発光する。

「良く見ておけ、<新星人>。これが<トランサー>の力だ」

 槍を目の前で一回転して、柄頭を地面に叩きつける。

「<ビーストランス>・<キララ>!」


 ナナが号令した途端、キララの姿が急に膨れ上がり、全身が黄色く明滅している。

 この現象を目の当たりにして、修一は息を呑んだ。

「<ビーストランス>って……あの子まさか、<アステルジョーカー>と合体する気か!?」

「アステルコア本体とはいえ、あれも元々は<星獣>です」

 いままでずっと無言だったリリカがようやくコメントする。

「<トランサー>は<星獣>と心を通わせ、従え、自らの力とする魔法使いの種族。ナナお姉ちゃんはその中でも飛び抜けた天才児です。<アステルジョーカー>となった<星獣>をその力で使役するなんてお手の物です」

「そういうことか」

 タケシが瞠目しながら言った。

「<ドラグーンクロス・ディバイダー>は、以前の<ドラグーンクロス>で言う『巡航形態』。つまり、ナナがこれから自らの力と併せて発動するのは――」

「『戦闘形態』ってことか」

「まるで、伝説の獣使いだな」

 ハンスが茶々を入れるように述べると、修一が目を丸くして彼に振り返った。

「伝説の獣使い?」

「うちの長官が全盛期だった頃の話だよ。かつてウェスト区には、それはそれは大変慈悲深い<トランサー>の若い女が居たんだと。彼女は出会った<星獣>全てと心を通わせ、従わせ、ある時は自らの戦闘装束として身に纏ったそうだ。その戦闘能力は、あの八坂ミチルから敗北宣言を引き出す程だったらしい」

「その人はどうなったんすか?」

「死んだよ。とある名家の奸計に嵌まってね。だが――」

 ハンスは実に楽しそうに笑った。

「何でかな。直接会った事は無いけど、その女の生まれ変わりが、いま俺達の目の前に現れたような……そんな、とても不思議な感じがするんだ」

「その人の名前って、何て言うんですか」

 リリカが訊ねる。

「長い<トランサー>の歴史でも、そんな人のことは一切聞いたことが無いんです」

「だろうな。歴史の闇に葬られ、いまや知る人ぞ知る伝説になっちまったからな」

 だったら、何でハンスがその事を知っているのだろうか。六会忠からの受け売りだったとしても、何故か釈然としないものがある。

「その女の名前は、エリン。その二つ名は、獣の覇者、だ」


 キララとナナの合体形態は、まさしくドラゴンそのものだった。通常の<ドラグーンクロス>の時から、それは変わっていない。

 だが、外観は以前のものとまるで違う。

「<アステルジョーカーNO.6 ドラグーンクロス・フルドライブ>」

 全身が銀色の鎧で包まれた、ジェット機を思わせるシルエット。背中には大型長大のロケットブースター二門が特徴的な重武装のバックパックを背負っている。筋骨隆々のたくましい両手には、巨大化した<ドラゴアステル>も握られている。

『ででででで――デカぁああああああああああい!?』

 豊子がマイクの音割れも気にせずに叫んだ。

『全長にしておよそ八メートル! 何なんだ、この巨大生物は!?』

『リカントロープ選手の<アステルジョーカー>の能力でしょうか。それにしても、こんな規模の力を顕現させるアステルカードは見た事が無い』

「いよいよ現れたな」

 ドラゴンの頭を見上げ、東悟が呑気に言った。

「その姿を待っていた」

『おっきいねー』

 一人と一振りはまだ油断している。

 まずは、彼らの余裕を完全にぶち壊すところからだ。

「行くよ、キララ」

 巨大化した<ドラゴアステル>を振り上げる。それだけで、地から砂塵が巻き上がる。

 戦闘開始。槍を大きくひと薙ぎする。東悟が高々と跳躍して穂先から逃れると、ナナはドラゴンの口を大きく開き、さっきの小型キララとは比べものにならない規模の炎を吐き出した。

「<月火縫閃>」

 東悟の黒い斬撃が黄色い炎を真ん中から裂いた。

 ナナは背中の大型ブースターから黄色い炎を吹かして鋭く飛翔。鋭い鋼鉄の爪を備えた拳で右ストレートを放つ。

 直撃。東悟の全身がVフィールドの外壁に叩きつけられる。と同時に、彼のHPメーターが半分を切った。

 まだ生きている。刀で防がれたか。

「速いな」

 呟き、彼が<流火速>でナナの背後に回る。ナナは西洋剣に似た穂先を持つ尻尾を振り上げ、再び東悟の全身を薙ぎ払おうとするが――かわされた。いま、彼はナナの足元で浮遊している。

 東悟が刀を一閃。狙いは右脚だ。でも、その程度じゃ<ドラグーンクロス>の鎧は傷一つ付きやしない。刀身は甲高い音と共に弾かれる。

「無駄!」

 右脚を振り上げ、東悟の全身を蹴り上げようとするが、またぞろ回避される。

 ナナはフィールド内を忙しく飛び回る東悟を追いかけ、拳を振るい、尻尾を振るい、時にはブレス攻撃を吹かしてみる。やはり、彼には当たってくれなかった。

 ターゲットが自分より速く、しかも小型である分だけ、普通に相手をするなら命中率は期待できない。

 なら、かわしようが無い攻撃をお見舞いしてやるまでだ。

「<ドラグーンクロス・フルドライブ>、砲撃形態!」

 背中の大型ロケットブースターが脇の下を回り込み、噴射口が前を向く。さらに、<ドラゴアステル>の砲門を突き出し、東悟に照準を合わせる。

 主砲、エネルギー充填。バックパック中央のミサイルポッドを全門開放。

「いっけぇええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 全門発射。自らの口と二門の大型主砲と<ドラゴアステル>の砲門、計四つの黄色いレーザーが火を噴き、背中から小型ミサイルが大量にばら撒かれる。さらにレーザー発射中に全身をゆっくり回転させ、黄色い破滅の炎で戦場の全てを薙ぎ払った。勿論、地上への一斉掃射も忘れない。

 けたたましい爆発音と閃光のオンパレード。観客のほぼ全てが顔を腕や手で覆う。

 Vフィールド内に灰色の爆煙がもうもうと立ち込める。ここまで撃ち込めば、さしもの彼もここでゲームオーバーだろう。

 闘技場内の排煙装置が全基稼働。煙がフィールド外周の淵に吸い込まれる。

 ナナは上空から闘技場を見下ろし、HP全損で地に伏せっているであろう東悟の姿を探し求めた。

 しかし、彼の姿は何処にも見当たらなかった。

「何処に行ったの?」

「ここだ」

 頭上から降りかかった声に、ナナは目を剥いた。

 彼はなんと、ナナのさらに頭上で立っていたのだ。まるで、空気を土台にしているみたいに。

 鼻面を上げ、ナナは声を震わせた。

「うそ……? いまのが効かなかったの?」

 戦場の上下左右ありとあらゆる方角へ向けて放った一斉掃射は、いかに東悟が速かろうと最低一発は命中していた筈だ。重力のシールドを展開していたとしても、地表への着弾時に起きる衝撃波だけで即死するくらいのダメージは負わせたつもりだ。

 でも、彼のHPは一斉掃射前から欠片も減っていない。

 まさか、Vフィールド内において適用されるダメージ判定システムが、あまりのダメージ量にエラーでも起こしたのだろうか。

 東悟は<月蝕蒼月>を高々と振り上げて言った。

「何故無事なのか――いまからその種明かしをしよう」

 天に掲げられた刀身に、再び黒いエネルギー体が収束し、さっきの<月火縫閃>発射前よりさらに凝縮される。

 すると、ナナの体が、突如としてぐんと上に引き寄せられた。

「!? なに!?」

「俺の<アステルジョーカー>は美縁の脇差だけじゃない。<月蝕蒼月>が揃って初めて、一つの<アステルジョーカー>としての真価が発揮される」

 本能的に危機を悟り、どうにか上へと吸い込まれそうになる体を地面に向けて引き戻そうと全力でもがいた。だが、段階的に強くなる引力に、ナナのドラゴン体は耐え切れなかったらしい――全身の鎧に、亀裂が入り始めていた。

「このっ……なにが、どうなって――!?」

「無駄だ。これから俺が放つのは、光さえ抜け出せない事象の地平面。お前達に分かり易く説明するなら――そう、これは擬似的なブラックホールだ」

「ブラックホール!?」

 驚いている間に、最初に足の鎧が砕け、竜の素足が露になる。

 宙に散った鎧の破片が、<月蝕蒼月>の刀身に吸い込まれ、粉々に霧散する。

「まさかあたしの攻撃は全部、そのブラックホールに――!」

「いくぞ、ナナ・リカントロープ。これで最後だ」

 東悟が<月蝕蒼月>を縦に振り下ろす。

「究極奥義・<クエーサー・ホライゾン>」

 刀身に纏われた黒々とした何かが、まるで三日月のような姿に変貌し、ナナに向けて撃ち下ろされた。

 体が勝手に引き寄せられる。いくらもがいても、抵抗すら無意味だった。

 直撃。全身が渦巻くように捻じれ、ブラックホールの消失と共に<ドラグーンクロス>が消滅する。

 換装が解け、宙に投げ出されたナナは、悠然と頭上に立つ東悟を見上げ、悟った。

 完敗だ。

 最初は本気を出させるとか息巻いていたけど、いまは本気を出される前に倒しておけば良かったと、自分で自分を責めたくなった。

 悔しい。

 でも、あんな化け物を――現代の科学ですら解明されない天体ですら意のままに操る<新星人>に、どうやって勝てというのだろうか。

 あんなのに太刀打ちするなんて、絶対無理に決まっている――


「ナナ!」

 たったいま地上に墜落したナナを見て、タケシは目を剥いて立ち上がった。まだVフィールドが発動している最中なので、彼女の体には何のダメージも無いが、それでも心臓に悪い最後だったことに変わりは無い。

 Vフィールドの外壁が解除されると、タケシはすぐさま観客席から飛び降り、仰向けに倒れるナナの傍に駆け寄ってしゃがみ込んだ。

「おいナナ、しっかりしろ! おい!」

「大丈夫だよ」

 ナナは疲れたように笑った。

「タケシは心配性だなぁ」

「馬鹿野郎! ブラックホールだぞ!? あんなの、Vフィールドのダメージ判定で計算しきれるモンじゃないだろ! 最悪、お前の命だって……」

「だから、大丈夫だってば。でも――」

 ナナは投げ出していた右腕をゆっくり振り上げ、手の甲で額を覆った。

「最初から勝てる訳も無かったのに……御影さんに本気を出させようとした。油断していたのは御影さんじゃなくて、あたしの方だった。だから、とても悔しいよ」

 彼女の声が次第にうわずってきた。

「悔しいよっ……! 最初から最後まで、相手の掌の上で遊ばれていたんだもんっ……こんなの――こんな、負け方をするなんて……情けなさ過ぎるよ……!」

「……そうだな」

 タケシはナナの右手に自分の手を重ねた。

「だったら、まだ強くなりゃいいじゃねぇか。俺達、まだ十四のガキんちょなんだぜ? 負けるのも、負けて悔しい思いをするのも当たり前なんだ。だから、もっと強くなろうぜ。野郎なんかより、ずっともっと、頑張って、背伸びしてさ」

「タケシ……」

 ナナは泣きやむと、右手でぐしぐしと目元を拭い、すくっと立ち上がった。

 彼女の目は、踵を返して立ち去ろうとする東悟の背に向けられていた。

「御影さん」

 ナナの呼びかけに、東悟が足を止める。

「次は絶対、負けないから」

「……そうか」

 短く応え、彼はこの闘技場から退場した。

 それからしばらくの間、激し過ぎた試合内容のせいか、観客席の不穏などよめきは止まなかった。


 選手入場口から廊下に出たところで、美縁が不思議そうに訊ねてきた。

『どうして最初からブラックホールを使わなかったの?』

「あれは切り札の一つだからな。決勝まで隠しておくつもりだった」

『それを出させちゃうくらい強かった?』

「ああ。しかも最後の一斉掃射、あれは素直に肝が冷えた」

『ふーん?』

「ナナは才能の塊だ。彼女はこれから先、もっと強くなる。いまはまだ未完の大器と言ったところだが、将来性は俺がいままで見た中でダントツ一位だ」

『パパがベタ褒めしてるー。あたしはまだされた事が無いのにー』

「悪かったな」

 東悟はふっと笑い、さっきの試合内容を反芻した。

 通常の戦闘、とりわけ体術の面は未だに荒いところがある。<バトルカード>の使いこなしもまだ洗練が足りていない。<アステルジョーカー>の力を最大限引き出したとはいえ、それでもまだ使い方の緩急が単純だ。

 でも、彼女はその全ての弱点を天性の勘で補いながら戦っていた。

 現に、<メインアームズカード>と<バトルカード>だけの戦いなら、完敗していたのはこちらの方だ。

『ねえパパー』

「何だ?」

『二回戦は誰とやんの?』

「次の試合でそれが決まる。次はたしか――」


『驚愕の一回戦第一試合が終わり、十五分後は第二試合ですね』

『次の対戦カードは黒崎修一VSアルフレッド・ジルベスタイン。西の孤児院出身の元・戦争屋と貴族階級出身のS級バスターの一騎打ちです』

「さて、行くか」

 腰を浮かすと、修一は対戦相手であるアルフレッドと共に通用口の奥へ消えた。

 選手達が彼らの背中を見送ると、入れ違いでナナが戻ってきた。

「おかえりなさい、ナナお姉ちゃん。凄かったよ、さっきの試合」

 リリカが小さく手を振って激励すると、ナナはいつも通りの笑顔で応じる。

「ありがとう。あー、つっかれたー」

「ナイスファイトでしたわ。はい」

 サツキがナナにスポーツドリンクを手渡す。

「もう私から教える事は何もありませんわ」

「ふふーん、当然じゃーん。ナナ様は大天才なのだー」

「調子に乗らないの」

「ぷー。負けたばっかりでヘコんでんのにー」

「ヘコんでる暇はありませんわ。次の試合は見物ですし、得るものはきっと多いですわ」

「修一とアルフレッドさんの試合でしょ? つーか、あの二人って本当に強いの?」

「ここまで勝ち上がったんですから、当然でしょう?」

「でもでも、よく知らないんだよぉ」

「アルフレッドは強いぞ」

 ハンスがやや不機嫌そうに言った。

「気に食わん奴だがな、あれはあれで<アステルジョーカー>に対抗できる戦力の一つだ。元々、S級バスターの採用基準の一つはそれだしな」

「そういえば、あの人ってナユタの事を極端に毛嫌いしてるきらいがありますね」

 タケシが眉をひそめる。

「ジルベスタイン家が代々、警察機構の全権を統括する役職を担っているのは知ってます。でも、あの人はウェスト区出身の連中に対して極端に排他的っていうか……」

「あいつの場合は仕方ないんだ」

 ハンスが物憂げに言った。

「最初はあいつも、西の連中をあそこまで嫌ってはいなかった。あいつがあんな性格になっちまったのは、西で起きたある事件が原因だ」

「事件?」

「その事件で、あいつは大切な人を失った」

「え?」

『お待たせしました。決勝トーナメントBブロック一回戦第二試合を開始します』

 網走先生のアナウンスで、会場のどよめきが再び小さくなる。

『選手入場、北コーナー! スカイアステル上級階級、元・六花族の一角、ジルベスタイン家の御曹司! 現役のS級バスターにして、次期ライセンスバスター部門長官職のポストを約束された若き英傑! アルフレッド・ジルベスタイン!』

 北側の入場口から、アルフレッドが優雅な足取りで戦いの舞台に躍り出る。近くで見ると美男子だが、遠くから見ても、やはり彼は美男子だった。

 彼のエントリーを見た観客の反応は微妙だ。その美貌に色めき立つ女性客も居れば、貴族出身の彼に対して運営側との癒着を疑う年配までいる始末である。

『続いて南コーナー! これまた星の都学園中等部からの出場だ! かつてはウェスト区で賞金稼ぎとして生計の道を立てていた西の猛者の一人! 近接格闘の技術は、あの九条ナユタや三山エレナをも凌駕する! 今大会きっての達人、黒崎修一!』

 南側の入場口から出てきた修一は、いつもと変わらない穏やかな面持ちをしていた。肝が据わっているというより、緊張感のある毎日を送ってきた者特有の、ある種リラックスしたような姿勢が垣間見える。

「今日は修一の本気が見られるかもな」

「え?」

 タケシの呟きを、リリカは聞き逃さなかった。

「修一さんの本気?」

「相手が相手だしな。俺もあんまり奴の本気は見た事が無いが、それもいまから始まる試合でハッキリするだろ」

「そういえば、修一さんってよく分からない人ですよね」

「そうですか? とても分かり易い方だと思いますが」

 サツキが首を傾げると、タケシやリリカだけでなく、ほぼ無言を貫いていた凌(実はさっきからこの場にいました)までもが目を見開いて彼女に視線の集中砲火を浴びせていた。

「? 何か私、変な事でも言いましたか?」

「サツキお前、そういや修一と何気に仲良かったよな」

「私は寮でユミさんと同じ部屋ですし、修一君もよく遊びに来ますから。それに、よく訓練にも付き合ってくれますし」

「ほほぉ……」

 タケシとリリカが怪しげな目配せをする中、凌はひたすら閉口して目を泳がせている。

 この何とも言えない空気に耐え兼ねたのか、ハンスが苦笑して告げる。

「そろそろ始まるぞ」

 彼が言った通り、修一とアルフレッドはそれぞれの武器を召喚していた。

 修一はいつも通り、漆塗りの黒い柄から白銀の刃を伸ばした大太刀。

 アルフレッドは細長い柄の先端に円筒状の打撃部を備えた白いハンマー。打撃面は赤いアステライトの光子を帯びて光輝いている。

『それでは決勝トーナメントBブロック一回戦第二試合、黒崎修一VSアルフレッド・ジルベスタインの試合を開始します! GET REDAY――GO!』

 試合開始。

「……え?」

 リリカは信じがたい光景を目にした。

 なんと、開始一秒にも満たない内から、修一がアルフレッドの間合いに侵入して、鬼気迫る面持ちで前掛かりに刀を振り回しているのだ。

 その速さたるや、最大速度で回転するヘリコプターのプロペラの如し。

 アルフレッドは早速、防戦一方に追い立てられていた。

「凄い……太刀筋が見えない」

「あれがあいつの本気かよ。洒落にならねぇ」

 タケシがこめかみから小さく汗を垂らす。

「あんなの、普通なら最初の一太刀でお陀仏だろ」

「彼が本来得意とするのは至近距離での殴り合いですわ」

 サツキが心なしか楽しそうに言った。

「あの間合いで彼に勝てるのは、精々ナユタ君くらいのものでしょう」


 アルフレッド・ジルベスタインのハンマー型<メインアームズカード>・<ミョルミル・スカーレット>は、至近距離での高速戦闘にも対応している。身の丈程の図体を誇る割に、持ち手には重量をほとんど感じさせないからだ。

 でも、彼の打ち込みは柄だけで防ぎきれる手数と威力ではない。

 一太刀受けるごとに、バットで素手を殴られたような衝撃が全身を襲う。ちらっと自らのHPメーターを<アステルドライバー>で確認すると、わずかながら残量が減り始めていた。

 Vフィールド内に居るプレイヤーは実際の痛覚を感じないが、攻撃を受けた感触が別の感覚質となって返ってくる。

 それでも、重いし痛いと感じてしまう。

 ということは――

「Vフィールドの痛覚判定の許容値を越えてるだと!?」

 しかし、アルフレッドはそれ以外のことにも驚いていた。

ウェスト区出身の野蛮人は生き意地が汚い。その為に、自らが生き抜く為だったらどんな手段だって行使する。なりふりを構わず、利用出来るものは何だって利用する。この世で一番卑劣で卑怯な、有り体に言って忌むべき人種だ。

 でも、修一は違った。

 これから先、彼は自分に対してあらゆる小細工を仕掛けてくるだろう。でも、いまは正面からぶつかりに来て、この自分を圧倒している。

 卑怯な手を使うまでもなく、彼は強い。

 だからこそ、アルフレッドは余計に怒りを覚えた。

「この――犯罪者風情が!」

 強引に槌を振るい、修一との距離を大きく開ける。

 肩で息をしつつ、アルフレッドは叫び散らした。

「さっさとブタ箱にぶち込まれていれば良いものを、ケイトの奴め、よく貴様のようなゴミクズの後見人を引き受ける気になったな! どうだ? 心優しい大人から施しを受けて、この場に立って僕と相対している気分は!」

「何すか、いきなり」

「お前は西でも有名なゴロツキの端くれだったそうだな。僕は貴様らみたいな人種が大っ嫌いでな。特に、犯罪者のくせしてお天道様の下を平気な顔をして歩いているような人間のクズがな!」

「否定はしませんがね」

 修一は小馬鹿にしたように肩を竦めた。

「あんた、どうやらウェスト区出身ってだけでやたら色んな人に突っかかってるみたいですけど、一体何があったんですか? ぶっちゃけ、あんたの言ってる事の意味が分からない」

「貴様らのような人種が、僕の大切な人の命を奪ったんだ!」

 激昂して、アルフレッドは地を蹴って修一の間合いに入り、槌を出鱈目に振り回した。修一は鼻を小さく鳴らして槌の射程から逃れ続けている。

「僕はこの大会に優勝して、グランドアステル・スカイアステル双方に住まうウェスト区の出身者を全員ウェスト区に強制送還させる! もう二度と、お前らみたいな人種のせいで悲しむ人が生まれないようにな!」

「はあ?」

「僕の大切な人――エマはもう二度と帰ってこない!」


「……エマ?」

 フィールド内の選手の声は、通常以上の音量で喋っているなら観客席全体に聞こえるようになっている。

 サツキはアルフレッドの発言に眉をひそめた。

「もしかして、アルフレッドさんの恋人さんとか?」

「ご名答」

 ハンスが浮かない顔で答える。

「アルの奴もな、昔はあんなにきつい性格じゃなかった。むしろ、ちょっと前まではとても優しい好青年だったくらいだ。でも、そんなあいつの人格を歪めた事件が、いまから四年くらい前に起きていたのさ」

「四年前……」

 四年前というと、ナユタが育ての親を亡くした時期と重なる。

 ハンスはぶつかり合う修一とアルフレッドから目を離さずに述べる。

「あいつがジルベスタイン家の次期当主となるべく課された修行の中に、ウェスト区での戦争経験が含まれていたんだ。当時、S級バスターになったばかりのアルは、その修行の為に仕事の名目も借りてウェスト区へ出向になったんだ。奴がジャマダハル市街から出立して最初に赴いた地は、西の最果てに近いカトラス市街。ちなみに、そこはエレナと俺の出生地だな」

 ハンスも元々は西の出身で、エレナと共に遠征旅団として軍務に従属し、難民の女性との結婚を機にライセンスバスターとなってスカイアステルに移住したという話は聞いた事がある(ちなみに、エレナはハンスの勧めで付いて行っただけ)。

 まあ、いまはどうでも良い話ではあるが。

「そこでアルは年が近い一人の女性と知り合い、恋仲になった。女性の名前はエマ・トンプソン。実家のパン屋で働く傍ら、地域の子供達に読み書きを教えていた。とても気立てが良い娘で、野郎共からの求婚も後を絶たなかったほどの美人らしい。エマにゾッコンだったアルは、彼女と彼女を慕う子供達を思い、ジルベスタイン家の当主となった暁には自らの権力と財力でカトラス市街に学校を作ろうと考えていた。だからその為の援助も惜しまなかったし、街の防衛も率先して引き受けた」

「彼にそうさせる程に素晴らしい方だったんですね、そのエマというご婦人は」

「アルだって元々はエマと似たところがあったし、価値観が共通していたんだろう。エマだってアルを心底慕っていたんだ。でも、そんな日々は長く続かなかった。

 ある日、エマはいつものパンの宅配を終えて、自分を待つ子供達のところへ向かおうとした。でもその最中、大量の<星獣>に襲われた。エマもある程度は戦闘訓練を受けていたが、数が数だったので一人では対処しきれず、とうとう絶対絶命の危機に立たされた。そんな時、通りすがりのガラの悪い男達がエマを襲う<星獣>を一掃した。

そして男達は、何故かエマを引き連れて何処かへ消えて行った――これまでが、近くで状況を見守っていた老夫婦の証言だ」

「それからどうなったんですか?」

「詳しいことはよく分からんが、結末はハッキリしている。その翌日、エマは<星獣>に襲われた現場付近の廃屋で遺体となって発見された」

 アルフレッドも似たような事を言ってたから、さして驚くような話ではない。

 だが、本当に驚くべきなのはここからだった。

「遺体は衣服を乱暴に裂かれた状態で発見された。全身に殴打の跡が浮かんで、膣内には不特定多数の遺伝子情報を持った精液が大量にぶち込まれていたそうだ」

「強姦殺人か」

「酷い……!」

 タケシが歯を軋らせ、リリカが泣きそうな顔になる。

 それでも、ハンスは淡々と説明する。

「犯人はすぐ特定された。ウェスト防衛軍に所属していた、中華系と米系の脱走兵達だ。当然ながら、激しい怒りに駆られたアルはすぐにそいつらの捜索を開始して、三日経った頃にそいつらのアジトの情報を掴んで、単身でそこへ乗り込んでいった」

「単身で? 仲間も引き連れずに、ですか?」

「自分の手で始末を付けないと気が済まなかったんだろう。アルはそいつらを発見するや否や、まず最初に逮捕状を突き出した。科学調査の結果も出て、そいつらの身元も犯罪の証拠も全て提示したが、奴らは一向に自分の罪を認めなかったそうだ。それどころか、メンバーの一人が背後からアルを奇襲しようとした。

 そこでアルは、もはや連中に対しては話し合いも通じないと判断して、たった一人でそのグループを全員半殺しにしたらしい。

 そして罪を自白するまでグループのメンバー全員に拷問を決行した。リーダーは三つ目の拷問で音を上げて罪を洗いざらい白状した。でも、アルの拷問は止まらなかった。五つ目の拷問でリーダーを殺して、他のメンバーも同様の手段で皆殺しにした挙句、奴らの首をカトラス市街付近に出現した<星獣>の餌にして食わせたらしい」

「何て奴だ」

 青ざめたタケシが戦慄も露に呟く。

「じゃあ、あの人がウェスト区の人間を毛嫌いしてるのって……」

「エマを助ける振りをして自らの欲を満たした脱走兵達と、西の人種全てが全く同じだと思い込んじまったんだろう」

「言ってる事が無茶苦茶っすよ」

「そうかな?」

 ナナが言った。

「あたしはあの人の気持ち、ちょっと分かる気がする」

「は?」

「好きな人がそんな風にいたぶられて殺されたら、きっと無茶苦茶な気持ちになるしか無かったんだと思う。タケシは、どう思う?」

「俺は――」

 俺はそんな真似なんて絶対にしない――とは、言い切れなかった。

 現に、随分前に心当たりがある。

「……分からなくは……無い……かな」


 いくら怒りに駆られていようが、アルフレッドはやはり強い。それどころか、さっきよりも動作にキレや重みが増している。

 でも、不思議と修一は落ち着いていた。

 現に、いまは一発も彼の攻撃が当たっていない。彼の頭上を飛び越えたり、背後や横などに回り込んで攻撃や回避のパターンに変化を付けているので、攻勢に出ているのは実質的に修一の方だ。

 何故だろう。久しぶりに、俺はバトルでわくわくしている。

 いままで修一にとって、戦闘とは唯一無二の相棒であるユミを護る為の術であり、そして自らを護る為の術でもあった。だから間違っても遊びやスポーツの感覚で戦った事は一度も無いし、可能な限り戦闘は避けたい性分だった。

 だけど、戦争屋から普通の中学生になってみて、考え方が少しだけ変わった。

 星の都学園には戦闘訓練用の『無痛覚フィールド』が配備されており、その中で『バトル』という対人戦形式の訓練を行う事が出来る。この応用で、誰もがゲーム感覚で武器を振り回せるシステムも構築されたのだ。

 その最果てが最新鋭の訓練フィールドである『Vフィールド』を用いたバトル大会、GACSの開催だ。

 最初は正直、前述の生い立ちもあって、ぶっちゃけどうかと思った。

 そして大会を勝ち進んでいく過程で、気付かない間に、俺はこう思い始めていた。

 ――楽しいな、と。

「いくぞ!」

 いつの間にか、修一は笑っていた。

 横から来たハンマーの打撃面を跳躍して回避するなり、アルフレッドの顔面を片足で踏みつけて土台として、修一は更に高々と跳躍する。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、アンロック!」

 もはや説明の要らない<バトルカード>を発動。太刀に纏われた風の筋が、横薙ぎ一閃と共にアルフレッドへ撃ち下ろされる。

「――甘い!」

 風の筋はアルフレッドの目の前で静止して球状に纏まり始めた。まるで、毛糸を巻いて玉を作っているかのようだ。

「喰らえ!」

 アルフレッドがハンマーをフルスイング。打撃面で球状の風を打ち飛ばす。

 球の行く先は勿論、修一だった。

「ちょ、嘘!?」

 直撃、爆発。球状の風圧がぶわっと綻び、闘技場内全体に拡散された。


『モロに入った!』

『まだHPは残ってますね』

 修一のHPメーターはほとんど満タンの状態から、いまの一撃で半分以下を切っていた。

 地面に落下した修一がむくりと起き上がるのを見て、サツキは思わず腰を浮かしかけた。

「<バトルカード>の攻撃を打ち返した!? 何が起きたんですか?」

「あれがアルフレッドの<メインアームズカード>、<ミョルミル・スカーレット>の特殊能力だ」

 ハンスが険しく眉を寄せて述べる。

「あれは自身から半径百メートル圏内の大気中に存在するアステライトを、自分の一歩手前で球状に纏め上げる能力を持っている」

「それって相手の<バトルカード>が完全に無力化されているのに等しいのでは?」

「ああ。相手のアステライトを奪って自らの弾丸とする。それが奴の戦い方だ」

 アステライトはいまの時代では水や酸素と同じくらい重要であり、大気中に当たり前のように存在し続ける一般的な元素の一つだ。しかもアステルカードは発動時、大気中のアステライトを収束した際に初めて効力を発揮する。

 アルフレッドの<メインアームズカード>が秘めている能力とは、この時代における現代戦の第一原則を独占するに等しいものなのだ。

「こうなった以上、修一はアステライトを用いた攻撃が一切使えない。逆に、アルの方は相手と自分と大気中のアステライトを使いたい放題だ」

「無茶苦茶ですわ」

「それだけじゃない」

 タケシが言った。

「<メインアームズカード>の維持コストも大気中のアステライトで賄われる。修一の<黒蛍>を見てみろ」

 言われた通り、サツキは修一が握る<黒蛍>の刀身を凝視した。

 本当だ。微かながら、刀身全体が弱弱しく明滅している。しかも時折、武器全体が透明になっているようにも見える。

「<黒蛍>が消えかけている……?」

「さっきの一撃を喰らう直前、一瞬だけ闘技場内のアステライトが空っぽになったんだろう。<メインアームズカード>にとって大気中のアステライトは酸素も同然だ。少しでも真空状態になったら、そのショックだけで召喚された武装はダメージを受ける」

「じゃあ、あと一撃でもあの技を喰らったら――」

「<黒蛍>が破壊されて、修一の負けだ」

 決勝トーナメントにおける勝敗条件の中に、『デッキ内の<メインアームズカード>が全て破壊されたプレイヤーの負けとなる』という規約がある。そういえば、修一のデッキには<メインアームズカード>が黒蛍しか入っていなかった。

 これは非常に拙い。彼自身のHPメーターも半分を切っているので、言ってみれば武器共々虫の息ではないか。

「でも、負けを回避する方法はある」

 意外にも、凌が冷静な見解を示した。

「黒崎修一の<黒蛍>は<ランク外アームズカード>だ。その能力はカードのチューニング次第では<アステルジョーカー>にも匹敵する」

「<黒蛍>の特殊能力――そうか」

 一応、サツキにも心当たりがあった。

「<天衣蛍火てんいけいか>。あれさえあれば……!」


 <天衣蛍火>。黒崎修一が持つ大太刀、<黒蛍>の能力だ。

 刀身が届く範囲に存在するアステライトを蛍火の形に生成して周囲に散らすという、一見すれば修一の周りが華やかになる程度の芸術的能力だが――その実態は、大気中のアステライトを意のままに操作するという、アルフレッドの武器とほとんど同じ系統の凶悪な能力だ。

 蛍火と化したアステライトはそのまま射撃用の弾丸として転用したり、刀身に収束して焼きゴテにしたり、周囲一帯を火の海に沈めたりと、その使用途は多岐に渡る。

 ……なーんて、都合の良い能力だと思った奴はおつむが緩い。

「いやいや、無理だから」

 誰にも聞こえないように呟いて、修一はもう一度だけ考え直した。

 普通に考えてみよう。<天衣蛍火>の効果範囲は刀のリーチ分のみだ。半径百メートル圏内のアステライトを奪えるアルフレッドのハンマーとは奪い合いにもならない。

 さて、どうしようかなーっと。

「……もう駄目だな、こりゃ」

 修一は肩の力を抜いて、大きくため息をついた。

「とうとう諦めたか」

 アルフレッドが遠くでハンマーを振りかぶる。

「そうだ。貴様なんぞがこの僕に刃向かおうというのがそもそもの間違いだ」

「いやいや、そうじゃなくて」

 たしかに、まともに戦うのは諦めた。

 だから、誰にも見せていない、全く別の戦術を持ち出すまでだ。

「俺だって男の子だよ? 負けるのって、やっぱり嫌なんだよね」

「だったら土下座でもして泣き落としでもする気か? 地に額をこすりつけた瞬間、貴様の頭を気持ちよくぺしゃんこにしてやるよ」

「土下座? 冗談だろ」

 修一は刀を逆手に持ち替え、切っ先を地に向けた。

「あんたの大切な人……エマさんだっけ? その人がどうなったとか、あんたに何があったとか、そんなのは一切知らん。でも――」

 刀身からオレンジ色の炎が漏れ出し、段階的に輝きを増していく。

「俺にだって、譲れない意地がある!」

 しゃがみ込むと同時に、炎で包まれた切っ先で地面を突くと、修一を中心に柔らかな炎の波動が薄く広がる。いつしか炎は闘技場内の地上全体に広がり、Vフィールド内の温度をほのかに上昇させていた。

 アルフレッドが当惑を露にする。

「何だ、これは!?」

「いくぞ――<クロスカード>、アンロック!」

 発動の指令が下された瞬間、刀身とフィールド内の炎全てに稲妻が走り、<黒蛍>の形状が変異した。さらに、拡散された炎が再び修一のもとへ帰還して、全身に衣のように纏わり付く。

『黒崎選手が<クロスカード>を発動! これは一体誰の能力だ!?』

『あれは園田サツキ選手の力を継いだカードです』

『彼女の<フォームクロス>は九条選手の<ソードフォーム>だけでは?』

『実はもう一種類だけ存在するんですよ』

 全身の炎はやがて黒い法被の姿を成し、<黒蛍>本体は黒い鍔が付いた大太刀に変異する。刀身の色は白銀のままだ。

『園田サツキ選手が自らの<アステルジョーカー>の能力を<クロスカード>に写し取った、禁断の<クロスカード>・<ライトニングクロス>。それによって生まれた<黒蛍>の新たな姿は――』

 修一は準備運動のつもりで刀を指先や手首や手の甲を使って回転させ、がっしりと柄を掴んで剣先を払った。

「<黒蛍>、第二解放――<蛍火紅月>」


「サツキ、お前いつの間にあんなカードを修一に?」

「ええ、その……まあ」

 タケシに訊かれて、サツキがしどろもどろになって答える。

「イチルさんが<イングラムクロス>でやってみせたように、私の<アステルジョーカー>の力も<クロスカード>に出来ないかなーって思いまして……一番上手く使いこなせそうな人が、知っている中だと修一君しかいなかったんです。それでテストプレイを頼んだんですが……そのまま借りパクされてしまいましたわ」

 どうやらサツキの中では、あくまで<ライトニングクロス>は一時的に修一にレンタルしただけという意識らしい。

「<蛍火紅月>は実験的に雷属性を付与させた上で<紅月>の能力を継いでいますわ」

「じゃあ、アレが使えるって事か!?」

「ええ。でも――」

 タケシとサツキがこの時抱いた懸念は全く同じだったりする。

「この闘技場の耐久力が、ちょっと心配になってきましたわ」


 法被と<蛍火紅月>が帯びた稲妻が一層強く唸りを上げる。

「いくぞ。<バトルカード>・<フレアブレード>、アンロック!」

 アステルドライバーの画面上にカードのイラストが表示され、追加で三枚、横並びに複製される。

「<カードアライアンス>・<レーバテイン>!」

 振り上げた刀が炎と雷電に包まれて轟々と燃え上がり、一つの巨大な刀身と化して突き上がる。

 渾身の縦一文字。狙うは当然、正面のアルフレッドだ。

「甘い」

 アルフレッドが大きく横っ飛びに炎の刃から逃れるが、地面に叩きつけられた炎の刃はただで敵を逃してくれる程、甘くはなかった。

 アルフレッドの周囲に、ぽつぽつと無数の蛍火が生まれ始める。

「しまった、刀身の射程がッ――!」

 蛍火が尾を曳いてアルフレッドに向けて真っ直ぐ伸びる。彼は急速に身を屈めて炎のレーザー弾を回避すると、地を蹴って真っ直ぐこちらへ肉薄してきた。

 修一は火炎滾る刃を寝かせて横に薙ぎ、アルフレッドの足元を掬おうとするが――これも縄跳びの要領でかわされる。

 しかし、これでアルフレッドの体が一瞬だけ宙に浮いた。

「<カードアライアンス>・<トルネードブリンガー>!」

 炎の刃が消え、今度は刀身が灰色の烈風に包み込まれる。

 一閃、発射。<ストームブレード>の比にならない大きさの竜巻が修一の目の前で巻き起こり、滞空中のアルフレッドの全身が後ろに流れた。これで彼の回避手段が断たれる。

 アルフレッドは血走った眼で唱えた。

「<バトルカード>・<サンダーパイル>、アンロック!」

 ハンマーの打撃部に赤い雷が発生すると、アルフレッドはハンマーを空中でフルスイングして、肉薄してきた竜巻に思いっきり叩きつけた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 咆哮し、さらに力を込め――竜巻を力尽くでかき消してしまった。

 修一は唖然とする。

「<カードアライアンス>を正面から打ち消した!?」

「負けるかぁあああああああああああああああっ!」

 激情を隠す気も見せず、アルフレッドは鬼気迫る面持ちで槌を振り上げた。


 周囲のアステライトを球状に変えて、何個もの光球を宙に浮かしてハンマーで弾き飛ばし、時折接近戦を仕掛けるアルフレッドの力強さは、およそ高貴な身分の人間とは思えない様相を呈していた。

 いまは僕が押している。

 自らの身分とか体裁とか、全てを金繰り捨てて、ようやく自分は西の戦争屋の力に手が届いた。

 修一のHPメータが徐々に減っている。

 あと一撃、直撃させてしまえばこっちの勝ちだ。

「僕はッ――」

 エマ。

僕は君を殺した世界を憎んで、君のことさえ忘れようとしていたのかもしれない。僕の存在する世界に西の野蛮人がいるというだけで、あの時の記憶が蘇ってしまうから、思い出すきっかけになるような物事全てさえ憎んでしまった。

 いま僕の相手をしている黒崎修一にしても同じだ。こいつを見ていると、どうしても君の事を――君と過ごした幸せな日々と、僕らに訪れた凄惨な最期を思い出してしまう。

 でも、いまは不思議と、思い出しても嫌な気分にはならないんだ。

「僕は……僕の為に……!」

 いまは純粋に、目の前の敵に勝ちたいという気持ちが強い。

 打算なんて以ての外だ。一匹の雄として、一人の戦士として、いまは僕と相対している強敵――黒崎修一に勝ちたい。それ以外、もう何も望まない。

 だから――


 俺はいままで、ユミの為に生きてきた。

 ウェスタンベビー法の被害者だった俺とユミは、産んですぐに捨てられ、運よく拾われて孤児院に引き取られた。

 でも、孤児院は焼かれ、生き残ったのは俺とユミしかいなかった。

 俺は俺一人じゃ生きていけないし、ユミはユミ一人じゃ生きていけない。

 だから、せめて雄である俺だけでも強くあろうと、幼心ながら意識し始めていた。

 自分を捨て、全てはユミを生かす為に――ただ、俺はそれだけを願っていた。

「ユミさんが大好きなんですね、修一君は」

 三月のある日、時々放課後の訓練に付き合ってくれたサツキが、ある話の流れで休憩中にこんな事を言っていた。

「他の女の子に目移りとかしないんですか?」

「するよ。でも、生まれた頃からずっと一緒だったし――っていうと、何か依存してるみたいだな、俺」

「実際そうだったりして」

「かもなぁ」

 ぼんやりとしながらも、修一は内心で納得していた。

「いっそ、あいつと別れて別の女の子と付き合った方が良いかもしれないね」

「だとしたら、誰と付き合ってみたいですか? あ、ちなみにイチルさんは駄目ですよ? 彼女を寝取ったら戦争が起きますわ」

「分かってるよ。ええっと、誰と付き合ってみたい……か」

 少し考える仕草をしつつも、修一の答えは決まっていた。

「君かな」

「え? 私?」

「俺個人の好みで、素直にそう思っただけだよ」

 性格的にも性的にも、修一の中でサツキはどストライクだ。

「……ちょっと意外です」

 彼女は恥ずかしがるより、不思議そうな顔をして言った。

「私が好みかどうかはさておいて、修一君ってそこまで自分の事を語らないから」

 ――そうだな、たしかにその通りだ。

 俺が自分の事について素直に話した相手といえば、基本的に腐れ縁のナユタしかいない。いまも昔もユミ相手に軽々と本音は語らないし、後見人のケイトが相手でも似たり寄ったりだ。

 俺自身の事――自分自身の望みを、はっきりと口にした事はほとんど無い。

 ひいては、自分の為に何かをしようと思った事も、ほとんど無い。

 ――勝ちたい。

 アルフレッドに勝って、次も勝って、準決勝も勝って、決勝も勝って――俺が教師になった暁に、第二の星の都学園を設立したい。

 いつの間にか、『楽しい』と思えるようになった学園生活を、かつての俺達と同じような思いをしている子供達に与える為に。

 そして、俺自身が目標とする人生の為に。

 だから――


「俺は」

「僕は」

「俺自身の為に」

「僕自身の為に」

「アルフレッド!」

「黒崎修一!」

「「お前を倒す!」」

 二人のHPメーターは互いに雀の涙だった。

「「<サポートカード>・<リロード>、アンロック!」」

 デッキ内の使用済みカード全てのアステライトを再チャージ。これで使用済みカードが再び使用可能になった。

「<バトルカード>・<フレアブレード>、フォースアンロック!」

「<バトルカード>・<サンダーパイル>、アンロック!」

 修一の刀にオレンジ色の炎が再燃して、アルフレッドのハンマー全体に赤い雷が激しく弾ける。

「<ミョルミル・スカーレット>、フルチャージ!」

 アルフレッドの周辺に無数の光球が生まれると、いっぺんに目の前に寄り集まって練り合わされ、粘土のように捏ねられた末に肥大化する。

 おそらく、<サンダーパイル>はアルフレッド専用のS級<バトルカード>だ。そしていまから発動するのは、その能力をフルに活かした必殺攻撃に違いない。

 あっちはこの一撃で勝負を決めようとしている。

 奇遇だな。こっちもそのつもりだよ。

「<ハイパーカードアライアンス>!」

 <フレアブレード>一枚を<ライトニングクロス>の能力で四枚分として計算、それをさらに四枚分発動する。

 計算式は一×四=四から四×四=十六。

 つまり、都合十六枚分のカードを用いた、限界を超えた必殺奥義!

「いくぞ!」

「消し飛べ!」

 修一の周辺に生まれた無数の蛍火が刀身に溶け込み、加えて<バトルカード>の効果でさらに炎が巨大化する。

「<レーバテイン・ラグナロク>!」

「<ジャッジメントパイル>!」

 アルフレッドが巨大な光球を打撃部で弾き、修一の刀身からアステライトが濃縮されたオレンジ色の光線が発射される。

 やがて二つの衝撃は溶け合い、核爆発じみた閃光が拡散した。


 瞼を閉じても網膜を焼き切ってしまいそうな光がフィールド内に満ち、さしもの村正も解説を忘れてパニックに陥っていた。

『なななななッ……うおおおおおおおおっ!?』

『まともに目が開けられない……! ちょっと激し過ぎやしないかい!?』

「Vフィールドにヒビが……!」

 薄目を開けて確認すると、サツキが予想した通り、Vフィールド全体に広くヒビが入り始めていた。

『もしVフィールドが壊れたら、観客達にも影響が――!』

「しょうがねぇ」

 タケシが立ち上がった。

「<アステルジョーカー>、アンロック!」

 唱えるや、タケシの両手に黒と金を基調としたグローブが出現する。

 これが<サークル・オブ・セフィラ>か。実際、サツキも見るのはこれが初めてだった。

「<円陣サークル>・<修復陣リペア>」

 左手から金色の魔法陣が飛び、Vフィールドの外壁に張り付くと、さっきまで亀裂が入っていた部分が徐々に修復される。

「これで大丈夫だろうが……何て奴らだ」

「おい、あれを見ろ!」

 ハンスがフィールドの中央を指差して叫んだ。

 光の爆発が徐々に収束して輝度が減り、フィールド内の光景が明瞭になる。

 立っていたのは、アルフレッドだった。

「……勝ったのはアルの方か」

「いいえ」

 サツキが首を横に振ると、アルフレッドのハンマーにヒビが入る。

「修一君の勝ちです」


 修一が先に倒れてはいるものの、HPメーターがゼロになったのは両者同時だった。

 よって、勝敗を決めるのは、どっちの<メインアームズカード>が先に壊れたか、だ。

 修一の<黒蛍>は健在。

 アルフレッドのハンマーは、ガラスが割れるような音を立て、バラバラに飛散した。

『レフェリーがジルベスタイン選手の<メインアームズカード>の破壊を確認。ギリギリの激戦の末に勝利をもぎ取ったのは、黒崎修一!』

『戦闘スタイルが超攻撃型同士のぶつかり合いは見応えがありました。これが実際の戦闘なら、まさしく死闘というべき戦いだったでしょう』

「……負けた」

 アルフレッドが呆然となって呟く。

「そうか、負けたんだな、僕は」

「いやぁ、危なかった」

 むくりと起き上がり、修一があっけらかんと言った。

「まだ眩暈がする。ちょっとはっちゃけ過ぎましたね」

「……そうだな」

 アルフレッドは苦笑すると、どさっと尻餅をついて仰向けに倒れた。

「ウェスト区の人種を廃絶するのは当分先になりそうだ」

「まーだそんな事を言ってんすか」

「お前の答え次第だ、黒崎修一。お前はさっき言ったな。「俺にも譲れない意地がある」と。その意地とは何だ?」

「単純に負けたくないって思ったのもあるけど、やっぱり叶えたい願いがあるってのが大きいですかね」

「願い?」

「俺が教員資格を取ったら、ウェスト区に学校を作る」

「学校……だと?」

 アルフレッドが怪訝な声で訊ねる。

「正気か、貴様」

「ええ。正気で、本気です」

「……そうか。学校か」

 納得したのか、アルフレッドは穏やかに言った。

「エマも同じような事を言っていた。昔の僕も、彼女の考えには賛成だった。でも、いまの僕に彼女の願いを引き継ぐ資格は無い。お前の願いにとやかく言う資格もな」

「いまからでも間に合いますよ。俺に協力してくれるなら、の話ですが」

「二回戦に負けたらその可能性が潰えるぞ。お前の相手はあの御影東悟だ」

「関係無い。勝とうが負けようが、絶対に実現します」

「その願い、絵空事にならなければ良いな」

 先にアルフレッドが立ち上がると、修一の傍に歩み寄り、柄にも無く手を差し伸べてきた。

「立て。次の試合の邪魔だ」

「素直じゃないっすねぇ」

「大人になりたいなら、最低限のマナーくらいは守っておけ。将来、お前が受け持つ生徒達に示しが付くようにな」

「……はい」

 苦笑して、修一は彼の手を握り返した。



   第九話「拭われない過去 黒崎修一VSアルフレッド・ジルベスタイン」 おわり

                              第十話に続く


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