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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.6 ~GACS編 第二集 決勝トーナメント・開幕!~
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GACS編・第八話「限界を超えろ! 発動、イングラムトリガー・タイプX!」

   第八話「限界を超えろ! 発動、イングラムトリガー・タイプX!」



「いまごろエレナとケイトの試合が始まってるかな」

 ロットン・スミスは背けていた顔を、質素な机を挟んだ向こう側に座っている名塚啓二に向けた。

「私も早く観戦したいんだが、いい加減語ってくれる気にはなれないかね?」

「……………………」

 ウラヌス機関内の取り調べ室に入って以降、彼はずっとだんまりを決め込んでいる。後ろ暗い事情があるのはもう分かっているとして、いまさら隠し立てしても意味が無いのはそちらにも分かっているだろうに、どうして何も喋ってくれないのやら。

「私の職業は知っているな? そう、ウラヌス・エクスクワイア。法曹界の職員だ。いまは弁護士として貴方の取り調べを行ってる最中だが、次に貴方の元へ訪れるのは検事かもしれない。このまま黙秘を続ける場合、検事の手によって好き放題に罪状を付け足されてしまうだろう」

「……………………」

 ここまで言っても駄目か。何の為にスポーツ観戦をほっぽらかして、わざわざ地上からスカイアステルに昇ってきたのか分からなくなってきそうだ。

「貴方は九条ナユタへの復讐が目的だと言っていた」

「それが何かね?」

 やっと喋ってくれた。畳みかける!

「だが、それだけの為にここまでまだるっこしい真似をした理由を説明してもらおう。なぁに、貴方が喋らずとも、大体の見当は付いている。そちらの言い分によっては、九条君に昔の罪状を叩きつける事だって可能かもしれない」

「少年法や戦災孤児救済プロジェクトに守護されている彼に? 笑わせてくれる」

「よくお分かりで。あ、そうそう、話題を変えよう」

 ロットンはたっぷり間を持たせ、そして語り始めた。

「貴方が何故、園田村正を長期間に渡って人質に取っていたのか……もしかして、御影東悟が関係しているのではないのかね?」

「何を根拠に」

「御影東悟は<トランサー>への復讐、及び<アステルジョーカー>となった娘さんを元に戻す方法を探し続けて、いままで数々の犯行の裏で暗躍していた。それがいまになって表舞台に上がってきた……という事は、貴方は<アステルジョーカー>の<アステルコア>を元の人間体……いや、それに類似する何かに変容させる方法を知っているのでは? ならば、<アステルカード>に精通する彼を取り込んで、御影東悟の娘さんを復活させる算段を見つけていたとしても不思議じゃない」

「面白い事を聞く。彼の<アステルジョーカー>はカードの形をしていないのに、それを園田氏が解析出来るとでも?」

「どんな形にせよ、貴方はこれまで人体に<アステルコア>を内蔵させる事で、既に屍となった子供達を自らの私兵として従えていた。そろそろ、ついさっき死亡したばっかりのレベッカ嬢と湯島氏の検死結果も出るだろう。結果次第では、貴方は死んだ人間を蘇らせる技術を会得しているという事になる」

「馬鹿馬鹿しい。付き合っていられないな」

「同じ心境ですよ」

 ロットンは席を立ち、ため息をついて言った。

「そろそろテレビが見たい。後輩の試合が気になるしな」

「どうしても気になるというのなら、Bブロックの試合も見てみると良い」

「何?」

「特に、十神凌と園田サツキの試合は見物だぞ。ちょうど、いまごろ始まる頃合いだ」

「……まあ、そこまで言うなら」

 腑に落ちないものを感じつつ、ロットンは取り調べ室を辞した。


   ●


『赤い戦輪のロンドを掻い潜り、三山選手が超高速の猛ラッシュ! 武装の性質上、接近戦に弱いブローニング選手が押されている形だ!』

『無限量産型で中距離戦特化の<メインアームズカード>は、懐に入られると非常に脆いですからね』

 実況を聞き流しながら、ケイト・ブローニングはフィールド内を忙しく駆け回る赤いチャクラムを自らの手前に引き寄せ、肉薄しようとするエレナの動きを阻害する。

 それでもエレナは止まらない。こちらが投げるチャクラムは全く当たらないし、空間中を巡回させている無数のチャクラムも全て叩き落とされている。

 弱ったなぁ……以前まではこっちに近寄るのだって一苦労だったのに。

「おおおおおおおおっ!」

 袖口から伸びた赤い光の刃がこちらの胸板を掠める、もう片方の袖口の刃が左太腿に突き刺さった。

 まずい、動けない……!

「終わりだ!」

 エレナの兜割。ケイトのHPがゼロになる。

『勝負アリ! 三山選手、ブローニング選手を完封した!』

『終始圧倒的でした。あの速さについてこれる選手は早々いないでしょう。ライセンスバスター最強の面目躍如といったところですね』

「当然だ。私はかーなーり強い」

 エレナが当然のように言った。

「これで一応の決着を見たな」

「ああ。僕の完敗だよ」

 ケイトはこの時、ふと思い描いてしまった。

 もしナユタがこのまま順調に勝ち進めば、Aブロック決勝戦の相手はエレナになるだろう。もちろん、エレナはこの先、イチルか心美のどちらかを倒さなければならないのだが――それはさておき、いまのエレナを止められる可能性のある選手は、いまのところナユタ一人だ。

 ナユタとエレナの対決は、きっと想像を絶する神速の戦いになるだろう。

 負けたいまだから言えるが、正直、楽しみな組み合わせではある。

「エレナ」

「何だ?」

「Aブロックの決勝戦、戦うなら九条君か八坂さん、どっちがいい?」

「何を言ってる? ユミや心美だって勝ち上がってくる可能性があるというのに」

「失敬。僕とした事が、とんだ失言だったよ」

「いいさ。それだけあの二人に入れ込んでいるのだろう? 私もそうさ」

 エレナは一段と大人びた笑みを浮かべた。

「さ、次はイチルと心美の試合だな」

「ああ」


   ●


 いまごろサツキと十神君は試合中なんだろうな――と思いつつ、イチルは控室で自分のデッキとにらめっこしていた。

 このデッキはサツキとの共同制作だ。彼女の力が無ければ、もしかしたら自分は決勝戦まで上がれなかったかもしれない。

 もし、決勝戦でサツキと戦う事になったら――

「……その時は、手加減無しで」

 いまは感傷に浸るだけ無意味だろう。むしろ、目の前の相手をどう攻略するかを考えなければならない。

 相手は三笠心美。S級バスターの一人だ。当然、油断なんて許されない。

 でも、自分だっていまは同じランクのライセンスバスターだ。

「……ちゃんと見守っててね、ナユタ――お母さん」

 イチルは係員に呼ばれるより早く控室を後にした。



『Aブロック一回戦最後となるこの試合、まずは選手入場だ!』

「イチル……頑張れ」

「お? 随分とご贔屓するんだな」

 内心の祈りが思わず口から出てしまったせいで、ナユタがいましがた帰ってきたばっかりのエレナにからかわれる。

「お前が愛妻家なのは知ってたが、あまり周囲にラブラブっぷりを披露するもんじゃないと思うぞ?」

「……………………」

 言葉の代わりに顔から火が出そうになったが、まあ、いいだろう。

『北コーナー! 体はちっちゃいけど心はデカい! もじゃもじゃヘッドとつぶらな瞳がトレードマーク! S級ライセンスバスターにして、トップクラスのガンスリンガー、三笠心美!』

「どもどもー」

 入場と共に、心美がアンニュイな面持ちで投げキッスを飛ばしまくっている。顔と行動のギャップに、中年のオヤジ客がどっと沸き上がる。

「心美の奴、変な人気を獲得してますね」

「あいつはああいう奴なんだ。先祖の顔が見てみたい」

『続いて南コーナー!』

 ナユタとエレナが苦笑していると、南側の入場口からイチルが姿を現した。

『某有名事務所の専属モデルからS級ライセンスバスターへの華麗なる転身! 六十年以上前に滅びたと思われていた魔法使い一族の末裔にして、いまや方舟の英雄の一人! 最強の<新星人>、八坂イチル!』

 歓声がさっきの二倍は盛り上がった。モデル時代のネームバリューもあってか、イチルの人気は未だに衰えを知らないようだ。

「どんなに盛り上がってもイチルは俺のモンだ」

「お前は意外と征服欲も強いのな」

「性欲も強いっす」

「要らんカミングアウトをするな。誰でも知ってるわ、そんなん」

「イチルは俺の二倍っす」

「他の客に聞かれたどうする気だ……!」

 エレナから半眼で睨まれた。超怖い。

『解説の園田さん、これまたS級バスター同士の対決となりますが如何でしょうか』

『第一試合の対戦カードが力の応酬なら、この試合は技の応酬となるでしょうね。どちらもスピードを重視した戦闘スタイルを持ってますし、八坂選手に至っては<新星人>の技も使います。それを三笠選手がどう攻略するのか……見どころはそこかしらね』

『ありがとうございます。さあ、どちらも<ドライブキー>をセット、準備完了です!』

 イチルも心美も、お互い何か余計な茶々を交わしている様子は無い。お互い、全く油断していない。

『GET READY! ――GO!』

 試合開始。

 二人はそれぞれの得物を召喚し、まるで示し合わせたかのように横へ走り出した。


 イチルの<メインアームズカード>は可変式の銃型ウェポン、<ギミックバスター>。片や心美は全身に暗いメタリックレッドが施された二丁の自動拳銃、<ソードグラム>である。つまり、これは銃手同士の戦いだ。

 フィールドに遮蔽物は無い。弾丸をやり過ごす場所に困る。

 なら、作ってしまおう。

「<バトルカード>・<ブレードパペット>、フォースアンロック!」

 イチルは本当だったら好きな位置に巨大な刃の壁を作るカードを四枚発動した。

「<カード・アライアンス>・<ウォーグリッド>!」

新たな姿として生まれ変わった四枚分の<ブレードパペット>により、地中から無数の刃が一斉に生え、フィールド内全体で点々とした遮蔽物と化す。

これでまともな銃手同士の戦いが出来る。

 手近な刃の壁に火花が散る。心美が何処かで発砲しているのだ。

 さっと別の壁に隠れ、撃ってきた方向に向けて応射。心美を牽制する。

 入れ替わり、立ち替わり。次々と手当たり次第に刃の壁に身を潜め、陰から銃口を突き出して発砲、位置がバレた瞬間に即座に別の壁に身を投げ、相手が姿を現した瞬間に発砲。

 しばらくの間は、ずっとこのようなやり取りが続いていた。


『八坂選手、思い切った作戦に出ましたね』

 樹里が興味深そうに述べる。

『たしかにフィールド全体は全く遮蔽物が無い状態なので、ガンスリンガー同士の戦いだとお互いノーガード戦法になってしまいます。そして銃手としての年季や才覚は圧倒的に三笠選手が上。早撃ちでは八坂選手に勝ち筋が無くなってしまう。だからこそ、少しでも長く生き残る為に初っ端から<カード・アライアンス>を撃ったんですね』

『そうなると、デッキ内のカードが一気に四枚減った八坂選手が不利なのでは?』

『いいえ。機動力の上では八坂選手が圧倒的に有利ですし、むしろ三笠選手の機動力を少しでも奪う為に高いコストを支払うのは当然の判断です。それに、八坂選手には<バトルカード>が無くても<輝操術>があります』

「おそらく、試合直前にデッキの内容を心美対策に切り替えたんだろうな」

 エレナが険しい目をして言った。

「心美はむしろ遮蔽物無しのインファイトで強みを発揮する。接近の手段を潰しに掛かっただけでもかなりの痛手だろう」

「だが、三笠もプロだ」

 忠がにこりともせずに言った。

「彼女ならこの程度の対策は読めている。それに――」

 心美の両の銃口が光っている。

あの<バトルカード>を使う気か……!

「あの<バトルカード>なら、このぐらいは障害物にもならない」


 ライセンスバスターのS級メンバーには、それぞれ特別製のカードが二枚まで与えられる。一枚は特製の<メインアームズカード>、もう一枚はそれと連動する<バトルカード>等である。

 三笠心美の二丁拳銃、<ソードグラム>もその一つだ。

 そして、<ソードグラム>にのみ対応する<バトルカード>が、一枚だけ存在する。

「いくぞ」

 視界いっぱいに広がって、奥まるごとに重なっている刃の壁に向け、心美は二丁の銃口を真っ直ぐ伸ばす。

 銃口に赤い光が集い、脈動する。

 エネルギー充填完了。発射オーライだ。

「<グラムバースト>!」

 引き金を引いた瞬間、世界が変わった。

 二つの銃口から両刃の剣みたいな形をしたクリスタル状のエネルギーが放出され、射線上に並ぶ刃の壁を悉く粉砕していく。必殺の銃弾は地面との間に摩擦を起こして熱を発し、やがてスタジアムの壁に突き立った。

 その頃には、フィールド内は既に瓦礫の山と化していた。


「たった一撃で<ウォーグリッド>が……!」

 三笠心美の必殺技、<バトルカード>・<グラムバースト>。これを直接目にしたタケシとナナから話は聞いている。たった一撃で量産型の<アステマキナ>を三体葬ったというが、たしかに納得の威力だ。

 いや、それどころではない。ナユタの<インフィニティトリガー>が放つ必殺攻撃と同じ威力を秘めていると見て良いだろう。

 刃の残骸が砂のように崩れて風化し、瓦礫の物陰に隠れていたイチルが姿を晒す。

「<グラムバースト>は直接攻撃用の<バトルカード>じゃない」

 心美が両手の銃をくるくる回しながら言った。

「主に地形や遮蔽物を破壊する為に使われる。お前ならこの意味は分かるな」

 当然だ。心美の強みはむしろ接近戦にある。

 遮蔽物が消えたいま、心美は本来の戦闘スタイルを取り戻す。

「いくぞ、イチル」

 心美の姿が消えたように見えたのは、自らの動体視力の不足なのだろうか。それとも、心美自身が速すぎるからなのだろうか。

 イチルの右脚に、弾丸が一発だけ直撃する。

「……!」

 Vフィールドの機能により、ダメージを受けた右脚がダメージ量に従って駆動力を激減する。最新鋭のフィールドは、痛みとは別に、実際のダメージと遜色無い影響を人体に与える事もある。

 右脚が死んだ。仕方ない、ここから先は<輝操術>――主に<流火速>が頼りになる。

 足裏にアステライトを溜めて爆発させて推進力とし、左足を軸にして心美との撃ち合いに挑む。

 二人は立ち位置をめまぐるしく切り替えながら至近距離で発砲し合い、急所に突き付けられた銃口をたまに余った片手で押しのけ、隙あらば蹴りを多用する。

 正面きってのガン・カタだ。一瞬の油断が即敗北に繋がる、シビアな銃弾と体捌きの応酬。

 特に、イチルの場合、これ以上の直撃は何としても避けねばならない。

 単純な高速戦闘ならイチルの方が上の筈だが、撃ち合いを交えさせたら、さすがに心美には一枚上手を取られるか。現に、いまもやや押され気味だ。

 心美の蹴りが頬に入る。この瞬間、<流火速>で遠くに逃れ、心美の足元に何発か撃ち込んで彼女の動きを牽制する。

「……こうなったら」

 もう、こちらも切り札を隠していられる余裕は無い。心美の射撃は一発でも急所に受ければ致命傷だ。長引けば長引く程不利になるのなら、短期決戦を仕掛ける以外に勝機は見いだせない。

 ――やるしかない。

「……力を貸して、ナユタ」

 このアステルカードを使う時は、必ずナユタの名前を口にする。

 何故なら、これは彼から与えられた、決意の力だからだ。

「<クロスカード>・<イングラムクロス>、アンロック」


 イチルの姿が黒い何かに包まれていくのを見て、ナユタはぽつりと呟いた。

「……あれを使うんだな、イチル」

「あれとは何だね?」

 ケイトが眉を寄せて訊ねる。そういえば、彼は知らないのか。

「……ご存知の通り、<クロスカード>は人の戦闘スタイルを<フォームクロス>として纏うカードです。イチルがこれから纏うのは――俺の力です」

「九条君の<フォームクロス>だって……?」

「ええ。俺がイチルに与えたのは、俺がかつて使っていた<イングラムトリガー>の力」

 変容したイチルの姿は、ある人物達を彷彿とさせるには充分だった。

 ユミのように長くした髪は去年と同じくらいには短くなった上で水色に塗り替わり、着用していたS級バスター専用のロングコートにはコバルトブルーのラインが走っている。

 腰のベルトの左右には二本の細い円筒状の何か。そして、両太腿のホルスターに収まった一丁ずつの自動拳銃。

 有り体に言って、女版の九条ナユタがこの戦場に現れたのである。

「<イングラムトリガー・タイプX>。イチルが持つ、S級バスター専用の特製カードです」


「話には聞いていたが、なるほど。そういう形態になるのか」

 心美が無表情のまま頷いた。

「さてはて、どんなものか――」

「ごめんね」

 イチルは短く謝った。

「あまり、時間が無いからさ」

「!?」

 イチルが腰の円筒状の物体を片方だけ抜き、先端の端子から水色の刃を伸ばし、心美の間合いに侵入。

 一閃。刃先が心美の額を掠める。

「ぬっ……」

「速効で決める」

 イチルは二本目のビームサーベルを抜き、エレナのように前掛かりな姿勢で何度も振りかざす。心美はひたすら回避に徹し、しばらくは一発も発砲しなかった。

 いや、出来ないのだろう。発砲した瞬間、それより速くこちらの刃が彼女の急所を射抜くのが分かっているからだろう。

 <流火速>を発動。心美の背後に回り込み、片方の光剣を縦に一閃。

 心美の背中に深い亀裂が入る。

「ぐぬっ……」

「はっ!」

 軽めな心美の体を蹴り飛ばし、ビームサーベルを腰の戻し、太腿の二丁拳銃を抜いて即座に発砲。空中で受け身が取れない心美は、甘んじるかのように銃弾を何発も全身に叩き込まれる。

 もっとだ。もっと上がる。

 もっと速く――もっと、強く!

「はああああああああああああああああああああっ!」

 再びサーベルを抜き、イチルは猛然と駆け出した。


「速い……!」

 ユミが唸る。

「イチルの奴、あんな切り札を隠してたなんて……」

「イチルはあのカードを遊びじゃ使わない」

 ナユタが厳然たる面持ちで述べる。

「あれは<イングラムトリガー>で召喚出来る武装の一部をイチル用に合わせてチューニングして、それらを一身に纏う超攻撃型の<クロスカード>だ。しかも使っている間、使用者の身体能力を何倍にも増幅する。でも、一つだけ弱点がある」

「弱点?」

「使用時間が他の<クロスカード>と比べて極端に短いんだ。使ってる間は使用者への肉体の負担がかなり大きい。しかもVフィールドで無効化出来るのは外部からのダメージだけで、内部の疲労だけはどうしても減らないんだ」

「じゃあ、あんなラッシュをかけてるのって……」

「早く決着をつけないと、イチル自身が危ない」


「<モノ・トランス>・<シールド>!」

 正面から飛んできた心美の銃弾が、目前に展開した水色の水晶の盾によって弾かれて消滅する。

 これは擬似的な<イングラムトリガー>だ。勿論、<モノ・トランス>と呼ばれる武装召喚能力は健在である。しかし、全体的な性能は<イングラムトリガー>の半分以下だ。

 その上、ナユタのように鍛えられてはいないので、負担が大きい類の<アステルジョーカー>を長時間使用するような無茶は出来ない。廉価版なのでそれ相応に負担が押さえられている<イングラムクロス>ではあるが――それでもきつい事に変わりは無い。

 心美のHPメーターがゼロに近づいた。

 あとちょっとだ、あとちょっとで、心美を倒せる――

「うっ……!?」

 ビームサーベルで攻め続けていたイチルの動きが一瞬止まる。肉体が締め付けられるように痛い。もうタイムリミットが近い。

その隙を見逃す心美では無かった。

心美が発砲。両手両足にそれぞれ一発ずつ貰ってしまった。胸と頭目掛けてそれぞれ一発ずつ飛んできたが、これは何とか<シールド>で防御する。

イチルが膝をつく。ダメージの関係上、もう立ち上がれない。

 心美の銃口がこちらに向く。まずい、至近距離だ。

 ――終わりか。

「まだだ」

 ここで負ける訳にはいかない。

 あたしは八坂イチル。かつて最強のライセンスバスターとして名を馳せた八坂ミチルの娘にして、人類最強のライセンスバスター、三山エレナの一番弟子。

 そして、西の流星、九条ナユタのフィアンセだ!

「<モノ・トランス>・<ブースト>!」

 強化系の<モノ・トランス>を使用。更なる身体能力の上昇を施し、一瞬だけ四肢を動かせるようにしてやった。

 心美が発砲。さらに身を屈めて銃弾をかわし、イチルは両手を伸ばし、心美の銃をそれぞれがっちりと掴み上げた。

「しまった……!」

「<飛天・薄羽>」

 一之瀬ヒナタの技を借用。掌から極細サイズのアステライトの刃を銃身内に侵入させ、心美の銃をばらばらに分解する。

 まだだ。心美も予備で別の<メインアームズカード>を持っているだろう。

なら、それを召喚される前に潰すまで。

「<イングラムクロス>、リバース!」

 <フォームクロス>を解くと、手には元通り、<ギミックバスター>が握られる。

「<メインアームズカード>、アンロック!」

「遅い!」

 <ギミックバスター>の銃身がグリップに対して垂直になり、平たい銃口から緑色の刃が伸び――心美が武器を召喚するより早く、彼女の胸を刺し貫いた。

 可変式ガンナー型、<ギミックバスター>の<ブレードモード>だ。

「……くそ」

 悪態を吐くのと同時に、心美のHPはゼロになっていた。


『息もつかせぬ接戦の末、勝利をもぎ取ったのは八坂イチル選手! 凄まじい攻防だったぜ! 俺も仕事を忘れちま……何でもありません』

『いまのは聞かなかった事にしてネ☆』

『それはともかく、いまの試合はどうでしたか、解説の園田さん』

『そうですねぇ……一番の見どころは<イングラムクロス>でしょうか。あれは八坂選手のS級ライセンスバスター専用カードでして、三笠選手で言う<ソードグラム>と同じ立ち位置のカードです。我々ステラカンパニーの総力を結集して作り上げた傑作の一つですから、如何に三笠選手といえど太刀打ちするには一苦労でしょうに』

『はい、自社製品の宣伝、ご苦労様です』

『言っておくけど、それだけじゃないのよ?』

『と、いいますと?』

『三笠選手と八坂選手、普通に戦っていれば勝っていたのは三笠選手でしょう。戦士としてのキャリアなら三笠選手が上でしょうし。でも、種族本来の力を最後の最後で引き出し、最終的に決めの一手を導き出した八坂選手に軍配が上がりました。まあ、最後に八坂選手が<ギミックバスター>を変形させた段階で三笠選手が張り合わずに後退していれば、勝負はまだ分からなかったですがね。この場合、勝てる可能性を自ら捨てに行った三笠選手のミスですね』

『これは何と手厳しい』

『たまには真面目に仕事をしなければね』

「サツキのお母さんって、遊びのついでに仕事してるだろ」

 ナユタが苦い顔で言った。

「タケシの<アステルジョーカー>なんて、完全に趣味で改造してたって言うし」

「さすがにその話を聞いた時は私もドン引きしたな」

 同じ人の親である忠も、園田夫妻には思うところがあるらしい。

「まあ、何にしても、これでAブロック一回戦が終わったな」


「うむ、凄まじかったな」

「勝った……」

 負けたのに涼しい顔をしている心美とは正反対に、イチルは酷く疲弊していた。心美の身体能力と速力に追いつく為に随分と無茶をしたのだから、まあ、当然の話か。

 <イングラムトリガー・タイプX>は、本当だったらエレナやナユタと当たった時に使う予定だった。でも、一次予選では雪村空也に、この本選では雪見に使ってしまった。

 この短期間で体には随分と無茶を掛けた。治療系の<輝操術>で無理矢理疲労を抜いたとしても、今日はあと一回しか使えないだろう。

「大丈夫か?」

 音も無く近寄ってきた心美が肩を貸してくれた。

「もうそのカードは使わない方が良い。お前の命に関わる」

「……次の一回で最後にする」

「次……二回戦はエレナとか。彼女は私の三倍以上は速い。いまの速力でも追いすがるのでやっとだろう」

「大丈夫。師匠とは何度も戦ってるし」

「あまり無茶はするなよ。お前に何かあったら悲しむのはお前の家族だ。いや、正確には」

 心美は観客席のナユタをちらっと見遣った。

「家族になる予定の男――か」

「……うん」

 イチルは俯き、小さく頷いた。


   ●


 両ブロックの一回戦が終わったら一時間の食事休憩が与えられる。

 さて、AブロックはBブロックより先に終わったのか、それとも後に終わったのか。

「ナユタ!」

 先にAブロックの面々と共にレストランに向かおうとホテルに着いた時、後ろからタケシとナナが血相を変えて駆け寄って来た。

 振り返り、ナユタは唸ってから言った。

「おお、タケシか。Bブロックも終わったんだな。そういや、結果をまだ聞いてなかったな。たしかお昼休憩の後に各ブロックで発表があるんだっけ?」

「お前はバカか! 俺達のこの顔見てよくもそんな呑気に……!」

「? 何かあったん?」

「サツキが!」

 叫ぶなり、ナナの声が尻すぼみになる。

「サツキが……っていうか、十神君が……」

「……! 何かあったのか!」

「それが――」

 ナユタ達はタケシとナナから事情の一切合切を教えられた。

 この時、ナユタは今年で何度目になるか分からない後悔に陥った。

 やっぱり、こいつらを巻き込むんじゃなかった――と。



    第八話「限界を超えろ! 発動、イングラムトリガー・タイプX!」 おわり

第九話に続く


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