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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.6 ~GACS編 第二集 決勝トーナメント・開幕!~
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GACS編・第七話「決勝トーナメント、開戦! 九条ナユタVS六会忠!」


   第七話「決勝トーナメント、開戦! 九条ナユタVS六会忠!」



 グランドアステルチャンピオンシップ、略してGACSも、とうとう決勝トーナメントが始まろうとしていた。

 決勝トーナメント出場人数は十六人。AとB、二つのブロックへ八人ずつに分かれてトーナメント形式で大会を進行し、両ブロックの勝者同士で真の王者を決する。ただし、両ブロックは日程の関係上、それぞれ別々のスタジアムを使っての同時進行になるので、ブロックごとに実況や解説の人間も違っていたりする。

 ここまでが決勝前日までの事前情報のまとめだ。

 西側のバトルスタジアムで行われた開会式はつつがなく進んだ。予選などでは数々のトラブルに見舞われながらも、なんとか決勝まで漕ぎ着けた大会運営の粘っこい根性といったら、出場選手をして脱帽せざるを得ない。もっとも、この大会の裏に隠れた思惑に絡んでいるナユタ本人からすればあまり驚く事ではないが。

 選手宣誓は予選開始前と同様、八坂イチルが担当した。内容は以前と大体似たり寄ったりだ。特に面白い事は言っていない。

 ここからは壇上に立った名塚啓二が直々にルールを説明する段だ。一応、復習の意味も兼ねて耳を傾けてみる。

「これより決勝戦のルールを発表します」

 名塚が<アステルドライバー>のディスプレイを見ながら述べる。

「事前情報で皆さんにもお分かりの事かと思いますが、決勝戦は二日間に渡るトーナメント方式で進行されます。ここまで勝ち上がった十六人の選手達は八人ずつ、AとBのブロックに分かれ、それぞれのブロックの勝者同士で決勝戦を行います。なお、各ブロックの試合は二つのスタジアムで同時進行となりますが、後日テレビ放送で全ての試合を放映する予定となっております。片方のブロックを見られなかった方はそちらをご覧下さい」

 つまり、注目する選手がいるブロックの試合を生で見て、それ以外の選手は後日放送で閲覧すればいい、という楽しみ方が可能な訳だ。

「対戦形式は現実のスタジアム内にVフィールドの武装幻影モードを展開して行う一対一の対人戦です。時間は無制限。ですが、現実の体を使っての競技なので、選手に何か予期せぬ異変が起こっている場合はドクターストップをかけた上での強制退場にもなり得ますのでご了承ください。

 そして、次は使用カードのレギュレーションについてです。今大会の予選とこの決勝戦では、使える<メインアームズカード>などの規定が大幅に変化します。その大まかな変更点をこれから発表したいと思います。園田氏、こちらへ」

 次は名塚に促され、壇上のマイクスタンドの前に園田村正が立った。そういえば、彼と名塚の間には一体何があったのだろう。予選の時といい、何かが変だ。

 村正が咳払いをしつつ述べる。

「どうも、ステラカンパニーのアステルカード開発部門主任、園田村正です。早速ですが、決勝戦において使用可能なカードのレギュレーションについてご説明いたします。

 今回からは予選で使用を厳禁していた<アステルジョーカー>が、ごく限定的な条件下でのみ利用可能になります。また、<ランク外アームズカード>、<クロスカード>、<ビーストサモンカード>、S級バスター専用の<バトルカード>など、そういった特殊なカードの発動制限が一切ありません。存分に自らの力を振るってください。

 そして<アステルジョーカー>の使用条件についてです。当カードの使用には、対戦相手のデッキに<アステルジョーカー>が搭載されていなければなりません。例えば、一回戦第一試合に出場する九条ナユタ選手のデッキには<アステルジョーカー>が組み込まれていますが、その対戦相手である六会忠選手にはその種類のカードは一切ございません。つまり、九条選手はその試合の間は<アステルジョーカー>が使用できない形になります。ですが、仮にこれが九条選手と八坂選手の対戦であれば、お互い<アステルジョーカー>が発動可能という事になりますね」

 軍神と呼ばれた男を相手に<アステルジョーカー>が使えない。相当な痛手だ。

「次は構築制限についてです。現行の法令によって個人が持つデッキの数は一つのみ、そして枚数は最大二十枚までとなっておりますが、今回もそれに変更は無いです。同じ名前のカードが最大四枚までしか積めないのもいつも通り。エクストラ枠のカードはそれぞれ一枚ずつまで、<メインアームズカード>は三枚までなのもこれまで通りです。

 最後に<ランク外アームズカード>についてですが、解除した内部リミッターについては、大会終了後、もしくは使用選手が敗退した直後に再びロックさせていただきます。なので黒崎選手、テレサ選手、叢雲選手、十神選手は大会終了後、もしくは敗退後に運営本部までお越し下さい」

 そういえば、修一達や綾香などはともかくとして、凌もかつては<ランク外アームズカード>を使っていたという話を聞いた事がある。戦災孤児救済プロジェクトに伴いシステムに制限が掛けられたので普段はB級扱いだが、<牙燕丸>が秘めている本当の力とは如何様なものなのだろうか。ちょっと興味がある。

 私からは以上です、と締めくくり、村正が引き下がる。すると、名塚が再び壇上に上がってきた。

「最後に、対戦の勝敗判定についてです。いまから挙げる三つの条件のうち、一つでも先に満たした選手が敗者となります。

 その一、HPメーターの全損。

 その二、デッキ内に存在する<メインアームズカード>の全破壊。

 その三、デッキケース、もしくは<アステルドライバー>の破壊。


 また、レフェリーによって違反行為をしたと見なされたプレイヤーは即退場となりますが、違反者の対戦相手がゲーム続行を望むのであればその限りではありません。そのルールに則って試合が再会された場合は、勝敗判定は通常の試合で採用されるものと同一の基準とします」

 最後の文言についてはさておいても、デッキケースと<アステルドライバー>を狙うのはむしろ反則な気がする。どっちもこの現代で生活するには重要なアイテムだろうに、それが壊れたら、デッキはともかくとして<アステルドライバー>は新調するまでの間だけ代替機を携帯しなければならない。身の安全を守る為の道具がいきなり使い慣れない借り物にすげ変わるのは、軍人気質が身についたナユタからすればあまり気分の良いものではない。

全ての司会進行をぼさっと聞き流して開会式を乗り切り、ナユタは出場選手の為に用意された控室で使用デッキの再確認をした。

来る十五分後に始まる六会忠との試合には<アステルジョーカー>は使えない。でも一応、<アステルジョーカー>が無くとも用途はあるので、<ドライブキー>だけは持っておく事にしよう。

――君は私の子供をたくさん殺してくれた。そう言ったら思い出してくれるかね?

 次期天皇の生誕祭で聞いた名塚の言葉が、一日一回以上は脳裏を過ってくる。

「九条選手、そろそろお時間です。入場口前へお越し下さい」

 女性の係員が扉の陰から頭を覗かせて告げてくる。そろそろスタジアムに出なければならない。

 ナユタは頷き、デッキケースをベルトに括り付け、ライセンスバスターの制服を羽織って控室を後にした。


 バトルフロート・西ステージ。

 決勝戦の舞台たるスタジアムは、遥か大昔の闘技場を彷彿とさせる作りとなっていた。障害物もない円形の大型フィールド。その外周を取り囲む観客席は、奥になる程一段ずつ高くなっている。選手入場口、南側から見て右側の高い位置のボックス席が主賓席、左側が実況席だ。

 出場選手達が一か所に固まる為に設けられた席は主賓席の真下。いわゆる特等席という奴らしいが、これは主賓席側に何かトラブルが起きた際は決勝トーナメントまで勝ち残った、現在の出場選手二人を除く十四人が急行出来るようにという意図が丸見えの配置である。何処まで行っても貴族制度は保身の為にある、とでも言っているかのような無言の圧力が実に腹立たしい。

 ちなみに、タケシ達Bブロックの選手は東スタジアムに移動している。なので、いま出場者席にいるのは、ナユタと忠以外のAブロック出場選手だけである。

 イチルが後ろのエレナに訊ねる。

「名塚はいま何処に?」

「さあ? 普通に考えたらAブロックの主賓席なんだろうが……」

 イチルもナユタから一通り事情は聞いている。名塚はナユタに執着しているので、彼の末路を見届けたいならこちら側の試合を覗きに来るだろう。

「そもそも彼は何がしたいんだ?」

 エレナの隣から、イチル達の元担任教師、ケイト・ブローニングが疑問を呈する。

「ただの嫌がらせにしか思えないけど、投入した人員に対する間尺が全然合ってない。ただ僕達を攻撃したいだけなら、放浪中だった御影東悟を放り込んでは来ないだろ」

 ちなみに御影東悟もBブロックの選手なのでここにはいない。

『レディース、エンド、ジェントルメーン!』

 実況席から、いつものMCが陽気にがなる。

『第一回、グランドアステルチャンピオンシップ、決勝トーナメント・Aブロック! まるで仕組まれていたかのような晴天にも恵まれ、ついにこの記念すべき日がやってきた!

Aブロックの実況はこの私、ダニエル・ポートマンと』

『Aブロック解説の園田樹里です。園田村正がBブロックの解説に向かった為、私がここの解説を務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いしますね、ダニエルさん』

 驚いた。まさか、夫婦揃って解説役とは。節操がない事である。

『よろしくお願いします。さあ早速、この栄えある最初の試合に出場する選手を紹介するぜ!』

 フィールドの遥か頭上に浮かぶ、予選の時にも使われていた超大型ホログラムディスプレイが、皆が良く知る人物のシルエットをほんのりと浮かび上がらせる。

『まずは北コーナー。かつてはウェスト防衛軍強襲部隊・第三大隊を率いた豪傑、そしていまは防衛省・ライセンスバスター部門長官。そして軍神と呼ばれ、西の英雄として名を馳せた伝説の名将、その名も――六会忠!』

 北側の選手入場口から、ライセンスバスター専用の制服を纏った四十代の男――タケシの父親、六会忠が何の気負いも無さそうに姿を晒した。

 彼がフィールド中央部に引かれた配置線のあたりで足を止めると、今度は樹里の解説が入った。

『彼は『方舟事件』の際にウラヌス機関の官庁フロアを単独で防衛しましたからね。それに、同事件で英雄と呼ばれた一人、六会タケシ君の父親でもあります。今大会中では、優勝候補の一角とされていますね』

『他の出場選手も彼に負けず劣らずの実力者とされていますが、彼らと比べたらどうでしょうか?』

『いずれも曲者揃いですからね。実力の拮抗が実に楽しみではあります』

『なるほど。――それではお待ちかね、そんな彼の対戦相手を紹介するぞ!』

 観客の歓声が一旦途絶える。これから現れる男は、前述の紹介ですら生半可に思える経歴を重ね過ぎた英雄であると、あらかじめ観客の全員が知っているからだ。

『南コーナー。こちらも六会選手と同様、ウェスト区出身の元・軍人。ウェスト防衛軍少年兵団・第一戦闘部隊隊長という異色の経歴を経て、去年の四月にセントラル入り、現在は星の都学園中等部二年にしてS級のライセンスバスター! そしてスカイアステルの住民全てを恐怖と混乱に陥れた『方舟事件』の主犯格を倒して事態を収束に導いた英雄の一人!』

 説明が全て終わらないうちに、南口から奴の足元が見えた。

『光速の流星、九条ナユタァァァァ!』

 ナユタもまた、忠と同じように、ライセンスバスター仕様の制服を纏って入場した。彼の制服は他のメンバーと違ってアレンジが加えられており、黒字に走るラインが赤ではなくコバルトブルーだ。

『今大会では彼にオッズを張る観客も多いのではないでしょうか』

 樹里が感慨深そうに言った。

『方舟の戦い以降、彼の名を知らない者はもはや皆無です。それに彼は有名になる前から、赴いた先々で死闘を演じておきながら、今日この時に至るまでたくましく生き延びています』

『優勝候補者同士の戦いが第一試合から見られるとは、私も胸の高鳴りを禁じ得ません。この対戦カードには何やら因縁めいたものを感じてしまいます』

『お互い西の猛者であり、そしてS級バスター。これは面白くなってきました』

『お互い配置につき、<アステルドライバー>に<ドライブキー>をセット! 準備も万端、戦意も充実している様子だ!』

 たしかに、ナユタも忠もそれぞれ気合十分な顔つきをしている。だが、ナユタの方が若干、気を張り詰めているような感があるように見えたのは気のせいだろうか。

『それでは、グランドアステルチャンピオンシップAブロック、一回戦第一試合、九条ナユタVS六会忠の試合を開始します。GET READY!』

「「<メインアームズカード>、アンロック!」」

 ナユタの手にはお馴染みの青い日本刀、<蒼月>が召喚される。

 一方、忠の武器はというと。

「あれは……!」

「長官め、最初から本気を出してきたか」

 イチルとエレナが同時に驚いた。

 六会忠が愛用している<メインアームズカード>は<シェルバレット>という、ごく普通のA級アステルカードだ。無骨な鋼の手甲を備えた黒いグローブ型の装備は、まさに彼の代名詞といっても過言ではない。

 なのに、今回の彼が召喚したのは、漆黒のトンファーだった。

 S級ライセンスバスターに支給される特別製アステルカード――六会忠が握っているイチモツの名は<カドケウス>。

 あれをこの大観衆の前で持ち出すという事は――

『GO!』

 戦闘開始のブザーと、空を突き破らんばかりの大歓声の中、ナユタと忠は同時に駆け出した。


 初めて目にする武器の筈なのに、ナユタの精神は不思議と落ち着いていた。

 互いの間合いに入り、忠が振るうトンファーの打撃部を、ただ刃を添えるだけで軽く弾いてみせる。忠がグリップを回し、打撃部をプロペラみたいに回転させながらの殴打を仕掛けてくるが、これも慌てずに身を逸らし続けて回避、やがて彼の背後に回り込み、頸椎を狙った最速の一閃を奔らせる。

 忠が身を翻し、打撃部で刃を受け止め、即座に回し蹴りを放ってきた。身を屈めると、頭頂をかすめるようにして彼のふくらはぎが通り過ぎる。

 曲げた脚を伸ばし、今度は喉笛を狙った突きを放つが、首を逸らされて外される。

 すぐに刃を引き戻し、本能的に地を蹴り、後退する。これで忠の間合いから一旦外れ、即座に同じような手数の応酬を再開する。

『開始早々、息つく間も無い激しい肉弾戦! これが近接戦闘のエキスパート同士による一騎打ちか!』

『私も九条選手の戦いぶりを何度か目にした事はありますが、条件が同じで、かつ実力が伯仲している相手との戦いでは、彼の力の在り様というものが純粋に示されているような気がします』

 <アステルジョーカー>を使わないナユタがいつも使う戦法は一撃離脱、もしくは一撃必殺の戦法だ。釣りとなるジャブ程度の攻撃を繰り返すか、或いは相手の攻撃をひたすらかわし続け、相手に隙を作り、ゼロコンマ数秒にも満たない最大戦速の一撃で相手に致命傷を負わせ、弱ったところで止めを刺す。あるいは、たった一瞬の隙を見抜き、戦闘開始時に相手を瞬殺する。

 対する忠の戦法は、ナユタが<アステルジョーカー>を使用する時と同じで、ただ単純な力押しだ。圧倒的なパワーで相手を殴り、最後には必殺の一撃を叩き込んで速効で相手を制圧する。

 よって、奇しくもナユタは、自らを省みながら戦わなければならない。

 忠の攻撃は一つ一つが非常に重たい。無理に殴り合いを挑んだらこっちが折れてしまいそうだ。

 ならば、前者のどちらでもない、第三の戦法を使うまで。

「<バトルカード>・<フラッシュボム>、アンロック!」

 ナユタが急速に身を引くと、両者の間に野球ボール大の三つの光球が出現、破裂、けたたましい騒音と夥しい光の爆発が巻き起こる。

『おおっと! 会場全体がホワイトアウトしたぞ!?』

『九条選手の十八番ですが……これに対して六会選手がどう打って出るのか』

『園田さん、とりあえずサングラスを』

『装着☆』

 <フラッシュボム>は単なる閃光手榴弾なので、それ自体に攻撃能力は無い。だが、一瞬でも隙を作るならこれだけで充分だ。

 お互い視界が純白の闇に侵されているものの、発動した側のアドバンテージとして、ナユタは目をつぶっていても忠の位置をあらかじめ記憶している。どの距離差、どの高さに彼の急所があるのかさえ分かっていれば、あとは刃をひと薙ぎするだけでケリがつく。これもナユタの常套手段の一つだ。

 が、ナユタは一つ、盛大な見落としに気が付いた。

 相手は自分の上司だ。だから、彼にも同じ技を何回か目にする機会はあった。

 ナユタの頬に、冷たく硬い何かがぶち当たった。

「っ……!?」

 咄嗟に力が加わる方向に身を捻り、地を蹴って横っ飛びに転がり、すぐに起き上がって前方の状況を確認する。

 既に閃光の効力は終了している。見ると、忠がトンファーを振り抜いた姿勢のまま固まっていた。

 このまま再突撃するか? いや、カウンターを喰らったらおしまいだ。

「今日は随分と勝負を急ぐな」

 姿勢を解き、忠が余裕そうに言った。

「言っておくが、この私にはお前が使う技の全てが通用しない」

「何を言っている?」

「よく見知った動きだ」

 再び忠が疾駆、肉薄してトンファーを連続で振りかざしてくる。

「お前は生まれてからの十年間、誰に戦いを教わっていた? そう、お前の養父であり、私の腐れ縁だ。奴の戦い方なら一通り骨の髄まで染みついている」

「…………」

 だったら何だ? じゃあ、それ以外の動きをすれば勝てるとでも言っているみたいじゃないか。

 黒い鋼鉄の往来が速力を増す。喋りながらかわしたり弾いたり出来るような速度じゃない。

「だからといって、九条カンタを亡くしてからの三年間で身についた別の戦闘技術も私にとっては児戯に等しい。君の師匠、バリスタと私は似たような戦い方をしていた」

「うるさい、黙れ!」

 直属の上司に怒鳴り、後退して間合いから外れる。

「<月火縫閃>!」

 <蒼月>の刃から溢れだした光の渦を刃の形に圧し固め、発射。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、アンロック」

 信じられない事に、忠はソード系の<バトルカード>を自らのトンファーに適用し、打撃部に白い大気の渦を纏わせた。

 トンファーが一閃して、暴風がドリルみたいな形に渦巻き、飛翔する。

 青い光の刃が風の矢に貫かれて消失する。

「くっそ……!」

 勢いが全く殺されていない。風の矢が、咄嗟に構えた<蒼月>の剣脊に衝突し、ナユタの体が浮き上がり、押し飛ばされる。

 やがて、ナユタは風と共に、フィールドの壁面に激突した。

「っ……ッ」

 フィールドの仕様上、痛覚は無い。だが、屈辱的だった。

「<ブースト>!」

 背後に剣先を向け、<蒼月>に再び青い炎を噴射させ、その推進力を使って忠に接近する。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 叫び、間合いに侵入して、突撃の勢いを合わせて大振りの一太刀を繰り出す。

 でも、忠には届かなかった。軽くステップを踏んで横に逸れただけで、こちらの背中を見送られてしまった。

 踵を返し、立ち止まり、再び忠を睨み据える。

「……お前はこの程度なのか?」

 忠が試すように問う。

「方舟の英雄が笑わせてくれる。所詮、<アステルジョーカー>さえ使わなければこの程度か」

「俺を挑発して何がしたいんすかね、あんたは」

「お前は過去に縛られている」

 ナユタの内心深くあった部分を、忠がずばり言い当てた。

「お前には創造力というものが欠如している。経験値が豊富なのはたしかに素晴らしい事だが、そればかりに囚われているようでは、まだケツが青い。だからお前の技は私に一切通用しない。何故なら、私の戦士として、そして人間としての経験値はお前の三倍上を行くからだ」

「知ってますよ、んなもん、最初から」

 苛立ちも露に言うと、ナユタは再び考え始めた。

 たしかに、単純な戦闘能力では五分五分なのかもしれない。でも経験値では明らかにこちらが不利だ。そんなもの、この戦いが始まる前からよく分かっている。

 自分に創造力が無いのも自覚している。これについては最初から諦めている。

 だからいまの自分に必要なのは、相手が持たざるこちらの有利な点だ。

「俺の……俺だけの、戦い方」

 呟き、息を落ち着ける。

 六会忠に無くて、九条ナユタにしか無い、オンリーワンの逸品。

 まあ、たしかに、心当たりはあるんだが――

「……そもそも、何でこんな事で悩まなきゃならんのやら」

「何だと?」

 忠が唸った瞬間、威力を犠牲にして速射性を上げた光の斬撃を不意打ちまがいに撃ち、彼のトンファーに当てて体勢を少しだけ崩した。

 即座に彼の懐に入り、逆袈裟の一太刀。勿論、忠は余った方のトンファーでナユタの斬撃を受け止める。

「説教なら本部で受けますから、とりあえず黙ってさっさと負けてくれませんかね!?」

「貴様、言うに事欠いて随分と卑屈な真似を……!」

「人の話を聞けぃ!」

 <蒼月>が火を噴き、接触していたトンファーごと忠の体を吹っ飛ばす。

「おらぁああああああああああっ! 死ねぇええええええええええええっ!」

 再接近。体勢を立て直した忠に、もはやリンチ同然の連続斬りを繰り出した。


『九条選手、さっきまでと打って変わり、力押しを始めたぞ!?』

『戦闘能力では互角でも、経験値は圧倒的に六会選手が上ですからね。駆け引きを捨ててメリハリを付けたのは良い判断です』

 樹里が言った通り、彼の判断は実に正しかった。

イチルの目から見ても、いま押しているのはナユタだ。ただ出鱈目に剣を振って、ひたすら前のめりに、考えなしに攻めているだけに見えるが、実はこれが忠に一番良く効いている。

「なるほど。これはまさに、長官が知らない戦い方だ」

 エレナがうんうんと頷いた。

「たしかに、彼の親父さんの技も、バリスタから仕込まれた技も、もっと言うならセントラルに来てからいまに至るまでの技も、全て長官には通じない。でも、父親を亡くし、バリスタに拾われるまでの、ほんのわずかの間に培った『野性』だけは長官どころか何者も知りはしない」

「野性……」

 ナユタの身体能力と反応速度は<新星人>の<流火速>に追いつけてしまう。だから、頭でごちゃごちゃ考えるより、いま自分がやりたい事を素直に思い描きさえすれば、体は自ずと思い通りに動いてくれる。それが例え、普通の人間にとって無茶な動作だったとしても、だ。

 この場合、年輪を重ねるにつれ駆け引きの術を身に付けていく忠からすれば、そもそも駆け引きが成立しないケダモノを相手にしているに等しい。

 純粋な反応速度がモノを言う殴り合い。実際に目にすると、中々熱い。

 だが、イチルはこの状況を、それとは別の観点で見ていた。

「そっか。それまでの間、孤独だったんだ、あいつは」

 誰も知らないという事は、誰も見ていないという事だ。ひたすら生き抜く為だけに、死にもの狂いになって西の戦場を彷徨ったわずかな間だけ、ナユタはずっと孤独だったのだろう。誰も自分を見つけてくれない、誰も愛の手を差し伸べてはくれない――想像するだけで怖気が走る心境だ。

「それに耐えて、乗り越えて、ナユタはいまのナユタになったんだね」

 気付けば、ディスプレイ上に映された二人のHPメーターは半分を切っていた。


「オラオラオラオラオラァ!」

 力任せに、ひたすら最速を求めて振るわれた剣は、忠を防戦一方に追い込み、着実に彼のHPを削っていた。

 バカの癖にぐだぐだ考えてるんじゃなかった。最初からこうすれば良かったんだ。

 そもそも、俺は一体何に悩んでいたんだ? 俺はどうしてさっきまであんなに陰湿な戦いをしていた?

 もう知らん。どうでもいい。

 いまはひたすら、目の前の敵を倒す事しか眼中に無い。

 斬って斬って、斬りまくれ。ぶった斬れ、斬り殺せ。

 目の前の敵を、無残な肉塊に変えるまで――

「調子に乗るな!」

 忠がトンファーを大振りに薙ぐ。ナユタも真っ向からの一太刀で打撃部に刃を打ち込んで弾き返し、相手の腹に前蹴りを叩き込む。まるでチンピラみたいな蹴りだった。

 忠がまたぞろ距離を空ける。

「どうやら想像していたものとは別のスイッチが入ったらしいな」

「<月火縫閃>!」

 地を抉る光の斬撃を、忠は真っ向からトンファーの打撃部で受け止め、真横に振り払って無効とする。

 もう忠に<月火縫閃>が通じないのは分かっている。

 だったら、もっと上を放つまでだ。

「<バトルカード>・<フォトンブレード>、アンロック!」

 <蒼月>の刀身が青い燐光を纏い、輝きを増す。さらに、<蒼月>からアステライトを噴射して、剣を大きく振りかぶった。

「<月火縫閃・光>!」

 剣を振り下ろすと、刀身の光がさっきの二倍以上の大きさに膨れ上がり、斬撃というよりは極太のレーザーみたいな形状となって放たれる。

 光の速さで走る新技が、忠の全身をすっぽり覆い尽くす。

『! 決まったか!?』

 言うまでもなく、決まっているだろう。

普通の演習なら、人間一人のHPメーターはこれで半分食い尽くされる。忠のHPもこちらと同じく半分切っていたので、これで本当は終わりの筈だった。

 だが、忠はまだ生きていた。

 ナユタの背後に音も無く回り込み、片方のトンファーを振り上げていたのだ。


 攻撃を受ける直前、忠はポピュラーな幻術系<バトルカード>・<ホロウドール>を使っていた。これは自身の姿を模った光学残像を出現させ、使用者本人の位置を一定時間だけ対戦相手の視界から隠蔽するという、<星獣>相手というよりも、対人戦に有効な能力を持っている。

 さっきまで理知的に戦っていたナユタなら、この程度の戦術は警戒していただろう。

 だが、野性に帰った彼に対してなら、この隠し札はきっちり刺さる。

 少なくとも、忠はそう思っていた。

「なにっ――!?」

 誤算だった。<ホロウドール>は光属性の<バトルカード>だ。なら、光属性のカードを中心にデッキを構築していたナユタが、同じ手を使う可能性くらいは考えておくべきだったのだ。

 彼の後頭部を狙ったこちらの一撃が、彼の残像を通り過ぎる。

 ナユタは既に、忠の背後に回り込んでいた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 振り上げた<蒼月>の刃から、瞬間的に最大出力のアステライトを噴射して、全身の力を乗せて真っ直ぐ縦に振り下ろす。

 体の正中線を表示するように、忠の体に水色の鋭い線が引かれた。

 この瞬間、勝敗は決した。


 忠の体を貫通した<月火縫閃>がフィールドの壁に直撃して大爆発を巻き起こし、しばらくの間、観客席全体がびりびりと震動する。

 ややあって、イチルは二人のHPメーターの表示を確認する。

 忠のHP表示がブランクしている。反対に、ナユタのHP表示は半分を切ったまま保たれている。

 この勝負はナユタの勝ちだ。

 でも、雌雄が決してなお、誰も、何も喋ろうとはしなかった。

「九条君め、最後の最後で六会長官を自分の駆け引きに乗せたな」

 いち早く驚愕から醒めていたケイトがにやりと言った。

「おそらく何も考えちゃいなかったんだろうが、一旦ヤケクソになってみる事で『本能的に戦う』という『戦術』を行使した。だからこそ長官は九条君がこれ以上小細工をしないと踏んだんだろうが――意図的でもなく、本能的に<ホロウドール>を使って相手の意表を突くだなんて思わなかったんだろうな」

「皮肉なものだな。出鱈目が一番道理に叶っていたとは」

 エレナも深々と頷く。

『……き、決まったぁああああああああああ!』

 いまさらのように、MCが叫びを上げた。

『GACS一回戦第一試合、怒涛の殴り合いを制したのは、若干十四歳のS級ライセンスバスター・九条ナユタぁああああああ!』

 そしてさらにいまさらのように、観客がどっと沸いたのであった。


「まさか、このような形で敗北するとはな」

 Vフィールドの効力が切れ、お互いの武器が手元から消えると、忠は悔しくもなさそうに呟いた。

「考えるのを止めたら人間は進歩を止める。だが、一度は頭をからっぽにしなければならない時もきっとある。大事なのは緩急だったと、まさか私自身が中学生の小僧に気付かされるとは思わなんだか」

「気付かされたのは俺も同じです」

 勝者のナユタが、どさっと地べたに座り込む。

「まあ、おかげでスッキリさせてもらいましたが」

「これからも楽しい事はある。これは元々、スポーツの大会だからな」

 忠が手を差し伸べてくる。

「お前が本当は戦いを嫌っているのは知っている。でも、これはあくまでゲームだ。人を斬ったって死ぬ訳じゃない。殴った拳が痛む訳でもない。だから、対戦相手次第かもしれないが、楽しむ気持ちは出来るだけ忘れない方が良い。現に私は、少し楽しかった」

「……肝に銘じておきます」

 伸ばされた手を、ナユタはがっしりと握り返した。


   ●


 十五分のインターバルを挟んだ後は、一回戦第二試合、ユミ・テレサVS叢雲絢香だ。

 この試合はちょっと特殊で、二次予選終了時点で足りなくなっていた出場選手の頭数を合わせる為だけに、一次予選にも二次予選にも正式に参加してなかった絢香が飛び入りで参加する事となっている。

 正直、絢香からしたら冗談じゃないと思う。まるで自分が偏差値高めの名門校に裏口入学するような姑息な人種に思われてしまうではないか。きっと、選手入場口から顔を出しただけで、腐った生卵が横っ面に直撃するに違いない。

 インターバルの間、絢香は選手控室で、そうやってしばらく頭を抱えていた。

 緊張、不安、恐怖。他にもよりどりみどりの負の感情が胃袋の底からせり上がってくるようだ。正直、いますぐ吐いた上で、体調不良を言い訳にして欠場したい気分だ。

 そんな時だ。イチルがひょっこり控室に踏み込んできたのは。

「……イチルちゃん?」

「大丈夫? 何か、顔色悪いけど」

「当たり前だよぉ……いきなり出場しろとか言われて、しかも相手はユミちゃんだよ? 勝つどころか、渡り合うのだって無理に決まってるじゃん。瞬殺だよ、瞬殺」

「たしかに、キャリアはユミちゃんが上かもね」

 イチルが呑気に言った。

「でも、全力を出して負けるのと、何もせずに負けるの、どっちがいいと思う?」

「どのみち負けるんだ……」

「いいじゃん。飛び入り出場なんて、精々そんなもんだよ」

 イチルがばしっと絢香の背中を叩く。

「ほら、そろそろ時間だよ。どうせ負けるなら、ユミちゃんにデカいの一発ブチ込んで散ってこい! でも、戦うなら当然、勝つ気で行け!」

「豪気だなぁ……」

「生き方が変わったからかな。まあ、いまは自分の事に集中しようよ」

「…………」

 西に渡って、鍛冶屋の老師の元で生きているうちに、イチルより強くなったのかなと思っていたが――駄目だ、自分は一生、イチルには敵いそうに無い。

 結局、どんな場所にいたって、人間は根のところでは変わらないのかもしれない。

「叢雲選手、そろそろお時間です」

 係員に呼ばれ、絢香は促されるままに控室を出た。

 不思議と、その足取りは軽かった。


『お待たせしました! GACS一回戦、続く第二試合出場選手の入場です!』

 北口から出てきたのは、肩と腹を露出した黒いトップスと、白いホットパンツという大胆な格好をした、一人の小柄な少女だった。

『最初は北コーナー。第一試合出場選手同様、こちらも西の出身。身体能力、カードタクティクス、戦闘技術をバランス良く兼ね備えた実力派。風を操り戦場を支配する様はまさにトリックスター! 星の都学園中等部所属、ユミ・テレサ選手!』

 イチルは改めて、配置線に向かうユミの姿を観客席から注視していた。

 彼女のトレードマークは去年まで伸ばしていた綺麗な黒い長髪だったが、今年はイメチェンのつもりか、肩口あたりまで切り揃えられている。表情はさっきまでの絢香と対を成すように落ち着いている。

 改めて見ると、男どころか女も惚れる美貌の持ち主である事もうかがえる。基本的に離れて彼女を見る機会が無かったので、ある意味新鮮味はあるかもしれない。

『こちらの手元にある資料によると、彼女は相棒の黒崎修一選手と共に、西の方で賞金稼ぎをやっていたとか。我々からすると異色の経歴の持ち主ですね、園田さん』

『彼女はありとあらゆる危機的状況を黒崎選手と共に生き抜いた猛者の一人です。その為、戦闘はもちろん、その他の技術に広く精通しています』

『なるほど。実のところ、彼女についてはあまり情報が無いので、これからどういった戦いが繰り広げられるのか、実に興味深いところではありますね』

 ちなみに、ユミが精通している技術の一つに、人前ではそう簡単に語れないものがあるのだが――まあ、これについては何も言うまい。イチルの中だけで留めておけば波風は立つまいよ。

『続いて南コーナー! 二次予選におけるトラブルの際に起きた出場選手の不足を補うべく参戦したのは、同じく二次予選で選手達の妨害役として登場した強者の一人!』

『それ、単なる嘘っぱちじゃないかしらね』

 どうやら、樹里も大方の事情は知っているらしい。

 だが、MCは構わず続けた。

『西の伝説的な職人、老師・ラシッドの助手にして、ウェスト区はタルワール市街の守護を担当する褐色美少女、叢雲絢香選手!』

 南口から登場した絢香は、たしかに緊張はしているが、吐きそうな顔はしていなかった。さっきの発破が効いてくれたのだろうか。

『ところで、解説の園田さん。彼女についてもあまり情報が無いのですが……』

『私もあまり存じ上げないのですが、はてさて、これから先がどうなるのやら……』

 MCと解説が揃いも揃って微妙なコメントを残し、観客席全体の空気もあまり良いものとは言えなかった。ロリ少女二人の登場に声を張り上げる男共も居れば、謎の人物同士の組み合わせに不審感を抱く中年達までいる始末だ。

 どうにも、先行きが不安な感じがした。


「うわー、テンションだだ下がりだわー」

 観客席の盛り下がり具合を察して、ユミが不平を漏らした。

「ねー、絢香。これ、どう思うよ」

「どうって……たしかに、あんま良い気分じゃないけど」

「失礼ったら無いよね」

「ほんとだね」

 思わず苦笑する絢香であった。

「でも、まあ、どうせ決勝トーナメントなんだし? 派手に暴れさえすれば皆盛り上がるでしょ。目にモノ見せてやろうよ、あたし達の力で」

「あたし達の力で……」

 繰り返し、絢香は瞑目する。

 さっきのナユタと忠のハイレベルな殴り合いは開幕戦に相応しかった。だからこそ観客はのっけから盛り上がったし、絢香自身も思わず黙って見惚れていた。

 あたしは、あの二人のようになれないかもしれないけど――

「……戦うなら当然、勝つ気で行け」

 そもそも自分がユミに対して本気で立ち向かわなければいけないのだから、観客の事なんてそもそも計算に入れなくて良い。

 あたしはエンターテイナーじゃない。あくまで出場選手の一人だ。

 ――でも。

「たしかに、舐められっぱなしなのは嫌いだな」

 ユミに負けるだけならまだしも、戦ってもいない観客に負けるのは惨めにも程がある。楽しませる気は無いが、だからといって見て後悔するような試合運びをする気は無い。

『それでは、GACS一回戦第二試合! ユミ・テレサVS叢雲絢香!』

 GET READY! ――掛け声と同時に、二人はそれぞれの得物を召喚して携えた。

 ユミはいつも通り、銀のブーメラン。

 絢香は似たようなカラーリングのランス

『GO!』

 開始早々、ユミの手元から銀光が一閃した。

 ――来る!

「っ!」

 槍を回転させ、正面から飛んできたブーメランを弾き上げ――絢香の頭上で乱舞するブーメランをユミは引っ掴み、真っ直ぐ降下、振り下ろしてきた。これも絢香はがっちり槍の柄で受け止め、ユミの体を強引に押し飛ばす。

 このように、最初は小手調べ程度の接近戦だった。槍をつま先の回転を主軸とした槍術でユミとの間合いを調節し、ユミはまるでこちらの思惑に敢えて乗るかのように、のらりくらりと槍の穂先から逃れ、踏み込み、離脱し、時々ブーメランで斬り掛かってくる。

 まるで、剣戟で会話しているようだった。

 不思議な感触だ。さっきまであれほど緊張と不安で凝り固まっていた精神が、槍を振るう度にほぐされていく。

 観客席からの音が聞こえない。実況さえ耳に入らない。

 代わりに聞こえていたユミの吐息と足音、衣擦れの音、ブーメランが空を裂く音――彼女から発せられた全ての音しか聞こえない。

 ここからが、叢雲絢香の本領発揮だ。


「ありゃヤバいな」

 エレナは早速、絢香に芽生えていた危険な因子に気付いていた。

「西の空気を吸っているうちに、何かしらの本能でも目覚めたか」

「何かしらって?」

 イチルが振り返り、不思議そうに訊ねてくる。

 なるほど、さすがにいまのイチルの経験値ではまだ気付かないか。

「集中力を上げれば上げる程、肉体的なリスクを度外視して五感を極限まで研ぎ澄ませられる人間というのが稀に存在する」

「絢香にもその力があると?」

「ああ。もっとも、彼女の場合は、いままで私が見た中では相当レアなケースだが」

 絢香の場合、その能力の体得と同時に、とんでもない副作用も発症させている。

 おそらくそれは、精神を犯す類の何かだが――

「この試合、もしかしたら、もしかするかもな」


 色素が薄い小さな唇から漏れる吐息が鼓膜を麻痺させる。

 風に靡く髪から、ふわりと良い匂いがする。

 ホットパンツからすらりと伸びた脚によって放たれる回し蹴りが、スローモーションで迫り――当たり前のように背を屈めてかわし、舐めるようにして彼女の脚を凝視して、見送った。

 いまの絢香には、ユミの動きが手に取るように分かる。

 何故なら、彼女の体から発せられるあらゆる信号を、絢香の五感が全て捉えてしまっているからだ。

 彼女の一挙手一投足はスローカメラの如く動体視力によって見逃さず、彼女が次の行動に映ろうとすれば吐息のパターンによってこちらも彼女の思考をトレースする。彼女のブーメラン――<風鼬>を大気と同化させている間に巻き起こる風も、触覚と嗅覚によって鮮明に気流を感じ取れる。

 タルワール市街で過ごし、<星獣>を狩り続けている最中で、この能力は既に目覚めの兆しを見せていた。

 本格的に自覚するようになったのは、二次予選に乱入した頃合いだ。でも、電脳世界で行使したらどうなるのかが分からなかったので、敢えてあまり使わなかった。

 だから、ユミ・テレサは最高の相手だった。この力を加減なく試せる相手は、地球の何処を探したって彼女しかいないだろう。

 何故なら、彼女は純粋に興味がもてる相手だからだ。

 改めて見ると、ユミはその年にしては美しい外見の持ち主だ。女の身である絢香をして、彼女の魅力を前にしたら凝視せずには――探究せずにはいられない。

「せいっ!」

 ユミが前面に展開していた見えない風の防壁を槍の穂先で斬り裂き、柄頭を彼女の鼻面へ突き上げる。

 間一髪、ユミが後ろに飛んでかわし、バック転を決めて距離を取る。

 彼女の息が上がっている。なるほど、暴風を操りながらの急激な運動は肉体に相当な負担が掛かっているらしい。

「こうなったら……」

 ユミが怨念めいた眼差しを湛える。

「<クロスカード>・<バーニングクロス>、アンロック!」

 彼女の姿が紫色の炎に包まれると、頬に狐のひげを思わせる黒い線が三本ずつ入り、両手首と両足首に黄色い毛皮のリングが巻きつき、頭に狐の耳が生える。

 さらに、梵字らしき柄が入った紫色の羽織を纏い、変身が完了する。

「これが……<フォームクロス>」

 九条ナユタの<アステルジョーカー>、<NO.4 イングラムトリガー>及び<NO.9 インフィニティトリガー>の特殊能力を元に開発された、『纏う<バトルカード>』。

「この<バーニングクロス>にはあたしのペット、九尾型<星獣>のきゅうちゃんがそのまま封じ込められてる。つまり、擬似的な<ビーストランス>を<クロスカード>で再現したって寸法よ」

「…………」

 ちなみに、九尾のきゅうちゃんとは、今年の正月にユミと一緒に初対面を済ませている。やたらこちらの下着や脚にご執心だったと記憶している。

「さあ、ここからは熱くなるよ」

 ユミが両手を広げ、それぞれの掌に紫色の火の玉を召喚した。


「とうとうヤバい奴を出したな」

 いつの間にかイチルの隣に戻っていたナユタがのほほんと言った。

「これからユミが使うのは防御不可能の火炎攻撃か。絢香は<クロスカード>を持って無いんだろ?」

「さすがに出場するとは思ってなかったしね」

 絢香の場合はたった一つの用事の為だけに駆り出されたに過ぎないので、さすがに試合当日に<クロスカード>を用意する余裕までは無かったようだ。

「いよいよ絢香が不利な状況になってきたな」

「いや。そうでもない」

 いままでずっと、ケイトの隣で黙って試合を見ていた心美が口を開いた。

「むしろ、ユミの方がイーブンの状況に漕ぎ着けたと言って良い。絢香の超常的な五感に対応するなら、むしろこれぐらいしないと釣り合いが取れない」

 言っている間に、ユミの猛攻が始まった。


 掌から放った火炎球が、フィールド内にあらかじめ支柱のように配置しておいた旋風に当たり、気流に乗って軌道を歪曲させ、多方面から絢香を襲う。

 しかし、絢香は見事な槍捌きと体捌きを以てして、全ての火炎球をかわし、もしくは弾いていた。まるでバトン体操でもしているかのようだ。

 でも、これから先、この攻撃は弾かれない。

 火炎球の一つを絢香の真横から強襲させる。彼女はかわせないと判断したのか、片足を軸に槍を振り回し、火炎球を斬り裂こうとしていた。

 しかし、火炎球は穂先をすり抜け、彼女の腹へ向かう。

「……!」

 絢香の判断は早かった。身を後ろに投げ込んで、直撃した火炎球の威力を軽減して倒れると、腰を支点として全身を回転させ、槍の柄頭を地面に突き立ててぐるりと立ち上がる。まるでブレイクダンスみたいだ。

「<バトルカード>・<アイアンスピア>、アンロック!」

 槍の穂先が鋼色に染まる。

「はあああああああああああっ!」

 気勢を発し、踏み込み、渾身の突きを放ってきた。

 貫通力重視の<バトルカード>の力を利用した攻撃は風の防壁ですら突き破る。ユミは迫る穂先を脇の下にくぐらせ、柄を掴み、がっちりと腕と脇で槍を固定する。

 これで絢香は逃げられない。

 ユミは余った片手に火炎球を作る。

「まだっ!」

 捕らえられたにも関わらず、絢香はむしろ強気に出た。

 足を跳ね上げ、ユミの腹に膝蹴りを叩き込んできたのだ。

「あッ――ぁっ」

 痛みは無いのに、喉が鳴り、思わず喘いでしまう。

「っ――このぉっ!」

 片手の火炎球を、彼女の顔目掛けて突き出したが、絢香が再びこちらの腹を足の裏で押し退けた為、手が届かなくなってしまった。再び互いに距離差が生まれる。

 ユミは再び、絢香の総身をじっくりと観察した。

 イチルやサツキと違って、彼女はとびっきりの美少女という訳ではない。誰もが近づき易くて、親しみやすい、それなりに可愛い子だ。でも、ユミにはいまの彼女が最高に魅力的に映っていた。

 愛嬌のある小さな目、西の陽に照りつけられて焼けた褐色の肌、健康的に露出した手足のラインと腰のくびれ。まるで身が詰まり歯ごたえのありそうな、瑞々しい果実を目にしているようだった。

 実況と解説が何かを喋っている。ぶっちゃけ、どうでもいい。

 やかましい歓声は、聞こえない訳じゃないが、やはりどうでもいい。

 いまは目の前の相手を深々と味わいたい。

 やがて、ユミは、互いの意識が溶け合う錯覚を覚え始めていた。


『テレサ選手によって激しい風と炎が乱舞する中、勇猛果敢に攻めていく叢雲選手! これはどちらが勝ってもおかしくない大熱戦だ!』

『さっきまでやや落ち気味だった会場の空気も一気に盛り上がってきましたね』

 樹里が言う通り、観客席は熱狂一色に染まっていた。仕舞には、イチル達選手側もフィールド内を駆け回る二人の選手に応援までしている。

 人魂みたいな炎が、吹きすさぶ風によって複雑な軌道を与えられて駆け回り、フィールド内を動的なイルミネーションのように照らしている。

 ユミの徒手空拳と、絢香の槍術が千日手の様相を呈する。

 二人はまるで、互いを高め合うようにして、ぶつかり合い、踊り狂っていた。

「これ、本当に一回戦か?」

 ナユタが楽しそうに言った。

「すげぇよ、あの二人。最初からクライマックスじゃねぇか」

「あの二人はただ戦ってるだけじゃない」

 エレナが言った。

「まるで愛し合ってるみたいだ」

「はい?」

「興味を持ち、認め、自分を曝け出し、互いに高め合う。西の方でもこういう話を聞いた事がある。正規軍のとある男兵士がテログループの女と一騎打ちになった時、熱戦を演じた末に互いを認め合って結婚したとかいう信じられないノンフィクションだ。いまの二人は、その話に出てくる二人と同じような感じがする」

「中々熱い奴らっすね」

「まあ、私の両親なんだが」

「……マジでか」

 なるほど、その親にして、この子あり、という事か。

「何にせよ、この熱戦――少なくとも、さっきの試合を超えたな」

 それについては、全く間違っていない見解だった。


 速力全開の格闘戦は二人の意識を朦朧とさせていた。HPメーターより先に、体内に残っている酸素の方が早く尽きそうだ。

 でも、いまの二人にはその全てが些末に等しい。

 ついには全速力で戦っているという現状が頭の中から消えていく。

 制限時間を迎え、<バーニングクロス>がユミの全身から解除される。もう周囲の大気を操作する体力も無い。風に溶けていた<風鼬>をブーメランの形に戻し、絢香と真っ向からの斬り合いに挑む。

 槍の穂先と銀の刃が何度も擦れ合う。キスしているみたいだ。

 絢香が喘いでる。たったいま、槍の穂先ごと彼女の体を弾いたからだ。

 ユミが吐息をさらに荒くする。さらに踏み込み、攻め込もうとしたからだ。

 倒れそうになる絢香が足を踏ん張って体勢を立て直し、ユミを迎え撃つ。互いの得物が触れ合い、名残惜しそうに離れ、また触れ合う。

本当はずっとこうしていたい。この時間が終わらなければ良いのに。

でも、現実ではそうも言っていられない。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 絶叫し、前のめりの姿勢で、ブーメランを下から上に一閃させる。

 胸の前で構えていた絢香の槍が、真ん中からぽっきりと両断された。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、アンロック」

 静かに唱えると、ブーメランの刃先が、白い風の筋を幾重にも纏う。

 ユミは振り上げきった刃を、返す刀で縦に振り下ろした。


 ああ、そっか。あたし、負けたんだ。

 極限まで燃え上がっていた集中力に冷や水をぶっかけられたような感触だった。いや、この場合は爆風で吹き消された、とでも言うべきか。

 フィールドの中央で大の字になり、吹き抜けとなった空をぼうっと見上げていると、視界の隅からユミが顔を出してきた。

「どう? あたしのイチモツ」

「気持ちよかった」

 とりあえず、彼女の下ネタに乗ってみよう。

「さして大事なモノじゃないから、ぶち抜かれた時は気分が良かったのかもね」

「あたしも爽快だったな。ほれ、立てる?」

「うん」

 ユミが差し伸べた手を握り返し、絢香は苦も無く立ち上がった。

 彼女は無造作に絢香の耳元に唇を寄せ、見た目通りの可愛らしさで囁いた。

「あとで、いっぱい可愛がってあげる」

「……うん」

 この時、絢香は初めて知った。

 負けても良い戦いは無い――けど、負けて良かったと思える瞬間は、いくらでもあるのだと。


『手に汗握る激しい攻防の末、勝利をもぎ取ったのは、風と炎の使い手、ユミ・テレサ選手だ! 解説の園田さん、総括として、この試合をどう見ましたか?』

『一番大きかったのはテレサ選手が<バーニングクロス>を効果的に使用していたという点ですかね。防御不可能の火炎攻撃をひたすら当てに行くスタイルなら大抵の相手は落ちてくれますが、叢雲選手の超反応が相手ではどうにも分が悪いです。なので攻撃を叢雲選手本体だけでなく、その武器である槍にも当てにいったのが大きいでしょう。最後にテレサ選手が槍を破壊出来たのは、集中的に槍の柄を攻撃していたからですね』

「もっとも、戦っていた当人達には戦術云々は関係無かったがな」

 エレナが解説の捕捉を加える形で述べる。

「技術ではユミが勝るが絢香にとってはその不足を補えないでもない、体ではお互い負けず劣らず、すると、あとは当人達の心の勝負となる。あの二人は体が勝手に戦術を行ってくれると信じ切った上で、ずっと心で戦っていた。きっと、あの二人も試合の内容についてはほとんど覚えていないだろう」

「どっちに軍配が上がってもおかしくは無かったが、ユミが偶然先を行ったってだけの話でしょう。まあ、俺としてはどっちが勝っても嫌じゃないですけど」

 ナユタはフィールドから去っていくユミを見下ろしながら、内心ではこう思っていた。

 ――ユミ・テレサ。相手にとって、不足は無い。

『一回戦第二試合の勝者が決した事により、早くも二回戦第一試合の対戦カードが九条選手とテレサ選手の一騎打ちに決定した! どちらも西の出身にして星の都学園同級生、追加情報によるとお互い西の時代では旧知の仲。先程の二試合もそうですが、この決勝戦、対戦カードはほぼ全て因縁の対決といった様相を呈している!』

『十五分後の一回戦第三試合はケイト・ブローニング選手VS三山エレナ選手です。ブローニング選手は元・S級バスターで、三山選手とは戦闘演習で互いに研鑽し合った仲だという情報が入っています』

『その場合、この大会で一応の決着を見る形になるのでしょうか』

『それは本人達次第でしょうが――我々からしても試合の内容を見てからでないと何とも言えませんね』

『なるほど。――それでは、次の試合まで再び十五分のインターバルに入ります』

「さて、私の出番か」

「久しぶりだな、君とやり合うのは」

 エレナとケイトが立ち上がり、それぞれ楽しそうに睨み合う。

「余計な挑発は無粋だろう。全ては戦場で語り合おう」

「ああ」

 二人はゆるやかな態度を崩さないまま、席を去り、一番近い通用口の向こう側へと消えて行った。

 イチルが横から肩をつついてくる。

「ねぇ、ナユタ。どっちが勝つと思う?」

「分からない。だからこそ、楽しみなんだ」

 イチルがエレナとケイトの勝敗を気にする理由は二通りだ。まず、イチルが第四試合を勝ち残った場合、当然ながら第三試合の勝者となるどちらかと戦う事になるし、イチルにとってはその二人が師匠みたいな存在だからというのもある。

 エレナから戦いを直に教わり、ケイトは元・担任だ。これで気にならない方がどうかしている。

「それにしても、良かった」

「ん?」

 話題を変えたらしい、イチルが全く別の事を口走った。

「いまのナユタ、良い顔してる」

「俺がイケメンなのは昔からだ」

「いつも通りのバカに戻ったって意味だよ、バーカ」

「バカでわるぅござんしたー。俺はどうせパッパラパーですよーだ」

 いつも通り、ナユタは子供っぽく唇を尖らせた。


   ●


 九条ナユタが出場するAブロック第一試合と、ついでに見ておいた第二試合の結果は概ね予想通りだった。

 そろそろ同時進行でBブロック第三試合が始まり、それが終わると第四試合。つまり、名塚啓二の息子である十神凌と園田サツキの一騎打ちだ。

 計画は既に最終段階に移行した。だからこそ、いま自分は、バトルスタジアムの地下に存在する自らの研究施設に訪れていた。

 壁に沿って並ぶ培養液入りのカプセル達に、微かながら啓二の姿が映り込む。

 中央部に鎮座する一際大きなカプセルを見上げていると、

「やはり、ここだったか」

 後ろの出入り口から声を掛けられた。

「ウェスト区で開いた研究施設をうちの孫にぶっ壊されてから、お前が新たに設立した、第二の<アステルジョーカー>研究所。教え子である天皇の倅を唆してこの競技用ギガフロートを作ったのは、この研究所の存在を隠蔽する為という訳か」

「ご名答。さすがはヤマタの老師。慧眼でいらっしゃる」

 啓二が振り返った先に居たのは、護衛の憲兵団を背後に従えた、派手なアロハシャツを着たごま頭の老体だった。

 あれがウェスト区最大の権力者、通称・ヤマタの老師である。

「この隠れ家は誰にも見つからない自信があったんですがね」

「ここまで大胆な隠し方をするのはお前さんくらいだろうと思ってな」

「で、どのようなご用件で?」

「名塚啓二、貴様を拘束する」

 老師が合図を下すと、控えていた憲兵団が一斉に押し寄せ、四方八方から名塚を取り囲んで羽交い絞めにする。

「貴様には国家反逆の疑いがある。アナスタシア・アバルキン、及び御影東悟ら<新星人>一党に対する技術的支援。さらに複数の未成年を略取して人体実験に利用し、結果的にその死体を損壊させた。叩けば埃が出る身だとは思っていたが、まさかそこまでの悪道に堕ちていたとはな」

 証拠はあるのか――などという陳腐な言い逃れは許されない。何故なら、この部屋を取り囲む全てのカプセル装置の中に納まっているのは、啓二がこれまでにウェスト区で収集した少年少女の遺体だからである。

「目的やこれから先の行動予定は牢にぶち込んだ後で聞いてやる」

「あなたは一つだけ見落としている」

「これ以上お前の話術には引っかからん」

「そうですか」

 啓二がふっと笑う。

 すると、彼を取り囲んだ憲兵達の体から、一斉に血飛沫が舞い上がった。

「……!」

「人の話を最後まで聞かないから悪い」

 憲兵達が負った致命傷は、大きく分けて二通りだ。一方は急所に黒い棘が突き刺さり、一方は頭が丸ごと吹き飛んでいる。

 ばたばたと倒れる亡骸を見てヤマタの老師が目を剥いていると、続いて、彼の前に一人の少女と一匹の黒い豹が音も無く躍り出る。

 既に<ブラックアームズカード>を発動していたレベッカ・ジェームズと湯島泰山だ。二次予選敗退以降は行方不明と思われていたようだが、実はこちらの手によってしばらく表舞台から隔離されていたのだ。

 ヤマタの老師が、こめかみに脂汗を垂らしつつ呟いた。

「……とりあえず、殺人教唆の罪状も追加だな」

「人の罪より己の寿命を数えた方が早い」

「ここでワシを殺して口封じか」

「あなたは誰よりも頭が働き過ぎた」

「……そうか」

 老師は観念したように目を瞑る。

 啓二が手を挙げると、レベッカは大型の銃の筒先を、泰山は体表の黒いトゲの尖端を彼に集中させる。

 こちらの合図と共に、銃弾と黒いトゲが撃ち出される。

 だが、老師は死ななかった。

 逆に、レベッカの首が宙を舞い、泰山の全身が中央から真っ二つになる。

「――お前こそ、一つ見落としておったな」

 レベッカの首が床に落ちると同時に、老師が邪悪に嗤う。

「万が一の為に、優秀なボディガードを連れてきて正解だったわい」

「お前は……!」

 老師の背後の薄闇から現れたその少年は、既に啓二の中では亡き者となっていた存在だった。

 白い髪に白いマントを纏う、ファンタジーの世界で魔導士でもやっていそうな少年。

 馬鹿な。奴は『方舟の戦い』で戦死した筈だ。

「一之瀬……ヒナタ……、何故お前がここにいる!?」

「ん? 僕がここにいるのがそんなに変ですかね?」

 ヒナタは何事も無かったかのように言った。

「ヒナ坊。お前さんは公式には死亡した事になっとる。せっかくだから教えてやれ」

「その呼び方、ほんと止めてくれませんかね……まあ、いいや」

 白い髪をくしゃくしゃ掻いて、ヒナタはやれやれと説明を始めた。

「あんたのお弟子さんから喰らった<月火縫閃>で、僕は方舟の船外に押し出されちゃったんですよね。で、遠く飛ばされた先の海域に叩き落とされちゃったんですけど、<輝操術>でアステライトのバリアを作ったおかげで助かりまして。しかも運よく近くを通りかかっていた漁船に拾われてから、その船長の勧めでしばらく老師の元に身を寄せていたんですよね。ただ、立場上は息を潜めてなきゃ色々まずかったんで、ごくわずかな近親者を除いてこの事実を知る者はいない――つまり、あんたが知らなくて当然の話って訳だ」

「ちなみに、ヒナ坊の生存を知ってるのは八坂イチルと叢雲絢香の二名のみって訳よ」

「そんな馬鹿な事が……」

 いま目の前にいるヒナタがホログラムの類なら一笑に伏していたところだが、実際にレベッカと泰山が文字通り瞬殺されてしまった以上は認めざるを得ない。

 啓二はとうとう精彩を欠き、懐から自動拳銃を取り出したが、これもたった一瞬でばらばらに破壊されてしまった。

「……!」

「<飛天・薄羽>。僕の得意技だ。アナスタシアも同じように僕の頭に銃を向けてきたが、これまた同じように破壊してやったよ」

「くっ……」

 無論、レベッカと泰山を一瞬で始末したのも同じ技だ。

 <飛天・薄羽>。<新星人>の<輝操術>における、周囲の大気中のアステライトを固形化する基本技・<飛天>の発展型だ。目に見えないくらい薄いアステライトの刃を生成し、亜音速で物体を切断するという驚異の妙技である。この技を使えるのは、精密なアステライトのコントロールを得意とするヒナタのみ。

「この研究施設も後続の兵士達によって差し押さえられる。死体掃除の邪魔だから、僕らと一緒にウラヌス機関まで来てもらおうか。勿論、あんたに拒否権は無い。これ以上駄々を捏ねるなら、今度は手足を斬り落としてダルマのように病院まで担いでやる」

「……なるほど。もう、終わりなのか」

 啓二はとうとう観念して跪いた。

「もう、終わりなのか」

「…………」

 これで、名塚啓二は今大会中、あらゆるモノに対する一切の手出しが不可能となってしまった。

 だが、それでも大丈夫だ。何故なら、既に計画の最終段階は完了し、次の担い手に全てを託したからだ。

 後は、彼ら次第となるであろう。

「連れて行け」

 後からやってきた別の憲兵達に引っ立てられ、名塚啓二はこの舞台から退場した。



第七話「決勝トーナメント、開戦! 九条ナユタVS六会忠!」 おわり

第八話に続く


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