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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.5 ~GACS編 第一集 GACS、始動!~
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GACS編・第六話「十六人の勝者達」


   第六話「十六人の勝者達」



 リリカはロットンが向かったと思しき方角へ走り、やがて地下に繋がる階段の存在に気付いた。

 関係者以外は立ち入り禁止。立て看板には、そう書かれていた。

「……もしかして」

 リリカは直感に従って、看板の文言を無視して階段を降り、降り切った先であるところの扉に行き当たる。

 その取っ手を掴んだところで、背後から鋭い声が掛けられる。

「そこで何をしている」

「ワンッ」

 人の声と、何故か犬の鳴き声だ。びくっと肩を震わせ、おそるおそる振り返る。

「あ……」

「お前……リリカ・リカントロープか」

 踊り場からこちらに歩み寄ってきたのは、二次予選をついさっき敗退したマックス・ターナーと、事実上は彼の愛犬であるカトリーヌだった。

「なんたってこんなところに? 観客席に居たんじゃないのか?」

「その……ロットンさんを探してたら、ここじゃないかなーって」

「立ち入り禁止の文字が読めないくらい勉強してない訳じゃないだろ。観客席に戻れ。ここはお前が来るところじゃない」

「この扉の先が何なのか知ってるんですか?」

「お前が知らんでいい」

 マックスの口ぶりは、何かを隠したい者のそれだった。

「とりあえずこっちに来い。ロットンさんなら大丈夫だ」

「あの人の心配をしてるんじゃないんです。ただ、二次予選のモニターが映らなくなった理由が知りたいんです」

「理由を知れば帰ってくれるのか?」

「それは……」

 そう簡単に頭を縦に振れないのは、自分の目で確かめなければ意味が無いと思っているからだ。

 腹違いとはいえ、姉のナナが仮想空間で囚われの身となっているのなら尚更だ。

「……俺もよくは知らんが、仮想空間内に侵入者が紛れ込んだ」

 マックスが観念したように話した。

「ロットンさんは緊急時のトラブルに備えて組織された特別班を率いて仮想空間にダイブしている。その扉の向こうには、それを可能とする為のゲートがある」

「じゃあ、参加者の皆さんは……」

「襲われてる。正体不明の武装集団にな」

 やはり、ナナ達の身に危険が迫っているのは間違いないらしい。

「私も行かせてください!」

「駄目だ。もしお前に何かあったら、俺がロットンさんに殺される」

「トランサーとしての能力なら私も使えます!」

 リリカはマックスの足元で伏せの姿勢を取るカトリーヌを見下ろした。

「ナナさんほどじゃないけど、ロットンさんに保護されてからは訓練も受けました」

「何度も言わせるな! 駄目なものは駄目だ!」

 とうとう我慢の限界らしい、マックスが本気で怒声を放った。

「ガキの無謀とお守りに付きやってやれる程、俺達は暇じゃねぇんだよ。俺とカトリーヌはここの門番だ。お前みたいな不審者もどきを弾き出すのもペイに含まれてんだよ。だから、余計な仕事を増やすな」

「ワン!」

 突然、カトリーヌが短く強く鳴いた。

「? カトリーヌ?」

「わっ……」

 いきなりの事で驚いた。何故か、カトリーヌがリリカの脚にすり寄ってるのだ。

「くぅん」

「……カトリーヌがなついてる」

「わぉん!」

 今度はカトリーヌがマックスに短く吠えた。どうやら、マックスの言動に異議を唱えているらしい。

「お、おい、カトリーヌ? お前、何を?」

「私と一緒に来てくれるの?」

「わん!」

 極めつけは、床に転がってお腹を晒している。リリカがカトリーヌの白いお腹を撫でてやると、彼女メスはさらに気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 マックスが身を引いて戦慄する。

「馬鹿な……俺や修一以外にも、カトリーヌをここまでなつかせる奴がいるなんて……ナユタなんか、カトリーヌに何度も顔を引っ掻かれてるのに……!」

「これがトランサーという種族です」

 リリカはこのタイミングでしたり顔をマックスに向けた。

 彼はバツが悪そうに顔を背け、何度か首を捻って唸ると、

「ああ、もういい!」

 自暴自棄になったのか、思いっきり叫び散らした。

「行きゃ良いんだろ、行けば!」

「ロットンさんには私から口添えしておきます。マックスさんは悪くないって」

「ええい、畜生!」

 マックスはずかずかと扉の前まで来て、取っ手を掴んで扉を開けた。

「とっとと入れ。さっさとこのバカげた騒ぎを片付けるぞ!」

「はい」

「わおーん!」

 かくして、二人と一匹はゲートと呼ばれる装置まで歩を進めた。



 倒した敵から奪ったアサルトライフルやナイフなどを駆使して、イチルとユミはどうにか謎の武装勢力を相手に立ち回っていた。

 しかし、ここに至るまで一枚も<メインアームズカード>が見つからないとなると、余程自分達の運が悪かったのかと疑いたくなる。元々カードがあまり落ちていないようなところに転送された、というのならそういう解釈も通用するのだろう。

 ただし、二人の悪運はここで尽きてしまった。

 砂浜の一角で背中合わせとなったイチルとユミは、とうとう敵方の子供達に取り囲まれてしまったのだ。

「……あたしとした事が、ここまで追い詰められるなんて」

「ここまでか……」

 イチルがとうとう観念して、精神的な疲労感から膝を折った。

「こんなバカげた形で二次予選敗退かぁ。黒歴史だわ」

「なにバカ言ってんの。まだ終わってない!」

「でも、この状況でどうやって……」

 イチルが弱気になるのも無理は無い。

 救援も無く孤立無援、使っている武器は敵の持ち物、追い回されて一時間も経つというのに敵側の手勢は一向に息切れしない。その上、イチルは<輝操術>が使えない。

 持っている<クロスカード>はあまりにも強力な故の弱点として、<ギミックバスター>と<ラスターマーチ>にしか作用してくれない。この予選では宝の持ち腐れだ。

 つまり、手詰まりだ。もう既に、打てる手は尽きてしまった。

 正面の少年がアサルトライフルの銃口をこちらに向け、発砲。

 しかし、弾は当たらなかった。そもそも、発射されてすらいなかったからだ。

「……!」

 少年はアサルトライフルごと斜めに真っ二つとなり、光の柱となってこの空間から強制退場していった。

 続いて、イチルの目の前に、小柄な人影が降り立った。

「イチルちゃん、無事?」

「あ……」

「あんたは!」

 イチルが呆然とし、ユミがいましがた現れた少女を指差した。

 真っ黒な槍の柄をたおやかな指先で握る彼女は、背格好としてはイチルやユミと大差無い。肌の色はやや浅黒く、小さな瞳はそれなりに愛嬌がある。

ただ、それが彼女の戦闘装束なのか、黒いタンクトップとホットパンツといった服飾の為に、肌色面積はやや多めに見える。

 イチルは勿論、ユミも以前に一度だけ彼女の姿を見た事がある。

 本来だったらウェスト区で鍛冶屋の手伝いをしている筈の、叢雲絢香を。

「絢香!」

「お待たせ。助けに来たよ」

 言ってすぐ、彼女は駆け出し、イチルの正面側に展開していた子供達を素早い槍捌きで一瞬にして葬り去ると、踵を返してユミの正面側で構えていた敵勢も同じように一瞬で光の柱に変えて見せた。

 強い。さすがはウェスト区で育てられただけはある。

「絢香、あなたがどうしてここに?」

「あたしだけじゃないよ」

「え?」

 事情も分からず困惑しているイチルに、絢香は頼りになる笑みを見せつけた。

「いまに他の人達のところにも来てる筈だよ。腕の立つ、トラブルバスター達が」


 タケシは目の前で突如として氷漬けになった子供達と、後から現れたライセンスバスターの制服を着た青年を交互に見遣った。一緒にいたエレナも、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。

「雪村さん!?」

「お待たせ。六会君、エレナ」

 ライセンスバスターきっての天才である雪村空也は、<サリエルの杖>をくるくると弄びながら歩み寄ってきた。


 サツキと心美を追っていた少年少女達の頭上から降ってきたのは、小さなトゲが至るところに備わった無数の小さな光球だった。まるで金平糖である。

 砂浜にめり込んだ光球と、それによって穴だらけになった少年少女達の一団を見遣り、心美は眉を寄せて呟いた。

「このトゲ付ボールはライセンスバスター専用の無限量産型<メインアームズカード>・<ゲイボルグ>の光球。じゃあ……」

「その通りだよーん」

 横から手を振っているのは、心美と同じS級バスターの若い露系女性、ニーナ・スモレンスキーだった。

「ニーナ! これは一体っ……」

「ふふーん、それはねぇ――」


「やれやれ、イケナイ子供達だ」

 片手の黒い自動拳銃から立ち上る煙を、ロットンは息を吹きかけて消し飛ばす。既にナナの目の前に展開されていた敵勢を、彼一人が跡形も無く始末した後の事だった。

「ロットンさん!」

「やあ。君の帰りが遅いから連れ戻しに来た。将来、娘になるかもしれないからね」

 ロットンはいつもの陽気な笑顔をさらに輝かせた。

「さて……と。そんじゃ、おしおきタイムといこうか!」


「これはどういう事だ?」

 主賓席のモニターで会場の様子を一望していた名塚啓二が眉を寄せた。

「何故出場していないS級バスター達がここに……」

『お父様、私です、レベッカです』

 二次予選に参加しているレベッカから無線が入った。

「レベッカ。状況の報告を」

『いまロットン・スミスとナナ・リカントロープの近くまで来ています。どうやら、何者かが私的軍隊を何らかの手段で投入してきた模様』

 モニターの視点を切り替え、ロットンとナナの姿を確認する。

「こちらからも見えた」

『排除しますか?』

「奴らがどういった経緯で組織された連中か分からない以上、かりそめにも出場選手のお前に手を出させる訳にはいかない。とりあえず、お前はそのまま隠れて他の位置の様子も見て回れ。見つかった場合は任意に反撃しても良い」

『了解』

 無線を切り、啓二はとある考えに至った。

 ――こちらの計画を知る者が、私の敵側に回っている。

「……まさか」

 その敵の正体を早くも察知し、啓二はすぐにその相手に電話を掛けた。


 イチルとユミはそれぞれ、絢香から一枚ずつの<メインアームズカード>を受け取った。どれも大会仕様の特別製だ。どうやら、ここへ向かう道すがらわざわざ拾ってきてくれたらしい。

「二人はこれを使って」

「ありがとう。これで戦い易くなった」

「おっしゃ! <メインアームズカード>、アンロック!」

 イチルはガンナー型の、ユミがソード型の武装を装備する。

「後はあたし達で侵入者を排除しよう」

「それより、どうして絢香がその……特別班に?」

 事情はさっき簡単に説明されたのだが、それでも腑に落ちないのは、本来だったらウェスト区にいる筈の彼女が例の特別班に選ばれているという一点だ。

 絢香は特に不審な何かを匂わせる事なく述べる。

「特別班のリーダー、ロットンさんがね、二次予選に参加しているS級バスターの人達とも話が通しやすいようにって、イチルちゃんを知ってる私に電話で直接頼んできたの。だから、いまあたしとここに来た特別班の人達もほぼ全員がイチルちゃんやナユタ君と顔なじみの筈だよ」

「それってガチのスペシャリストじゃん」

 ユミが戦慄しているのにも理由はある。

 ナユタやイチル達と親交があり、かつ腕を見込まれて誘われた連中となると、その全員がS級バスターに準じる手練れという事になるからだ。

 絢香が頃合いを見計らって先を促した。

「行こう。他の人達も助けなきゃだし」

「うん!」

「ようやくツキが巡ってきた。こーなったらとことんやってやる!」

 三人はそれぞれ意気込み、まずは密林を目指して突っ走った。



 ナユタの得意なフィールドは砂漠だが、密林での戦いも一応は心得ている。中でも、草村を動き回る陸上動物型<星獣>の相手は嫌というほど体験している。

 黒い豹が体表の剣山で草木を裂きながら周回軌道で走り回っている。時折発射される黒い刃をかわし、死角を狙って飛び掛かってくる泰山の爪と牙を刀一本で凌ぎつつ、ナユタはかつての自分の所業を振り返った。

 軍役時代の師であり、父の仇だった男――バリスタと組んで猛獣狩りした時の事だ。


「ナユタ。奴らは俺達の意識の外側を狙ってくる。ここではいつでも死角を視覚として行動しろ。陳腐な言い回しだが、密林では心の目って奴が必要になってくる」

「心の目?」

「そうだ。どこぞの聖書じみた文学書にも書いてあったらしい。本当に大切なものは決して目には見えない」

「親父から聞いた事がある。星の王子様、だろ?」

「なーんでその野郎は千ウン百年前の知識を持ってんだかな」

「俺が聞きたいよ、全く」

 まさか、父を殺した男が父と同じ言葉を吐くとは夢にも思わなかった。

 その後、ナユタは本当に死角からライオン型の大柄な<星獣>に襲われてピンチに陥り、<アステルジョーカー>を発動する間も無く、バリスタの<アステルジョーカー>によって命を救われた。

 自分の死角のみならず、ナユタの死角までカバーしたあの男は、いまにして思えば戦士の中の戦士だったのかもしれない。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 死角から音も無く飛び掛かってきた泰山を、ナユタは振り返り、雄叫びを上げて一刀のもとに斬り捨てた。

 勢い余って草だらけの地に転げ落ちる泰山は、斬り落とされた後ろ脚の一本を忌々しげに睨みつける。

「このぉっ……!」

「脚一本で済んで良かったな。でも、もう終わりだ」

「舐めるな!」

 寝そべった姿勢のまま、泰山が全身の黒い刃を全弾射出した。その刃先は全て、ナユタに向けられている。

 大事な機動力を失ったばかりに冷静な判断を欠いたな? もし狙いをこちらに一極化せず、広範囲に刃をバラ撒いていれば、少なくともこちらは防御するのにいくつかの手間をこさえねばならなかった筈なのに。

 押し寄せる刃の怒涛を横にずれてかわし、ナユタは距離を置いたまま剣を振りかぶった。

「<月火縫閃>」

 振り切った刃から青色の斬撃が飛翔し、泰山の体を前後で真っ二つにしてやる。

 強制退場の直前、泰山は目を血走らせて吐き捨てた。

「この野郎、くたばりやがれってんだ!」

「決勝戦前に後ろから刺すなよ?」

「くそ――」

 泰山の全身が光の柱となって消滅したのを見届けると、ナユタは軽く剣先を払い、背後の木の一本に視線を遣った。

「見てたんだろ。後ろから俺を刺す絶好のチャンスだ」

「たったいま後ろから刺すなって釘を打たれたから」

 木の陰から現れたのは、片手に黒い自動拳銃をぶら下げるレベッカだった。

「……野郎はお前の仲間だったんだろ? 何で助けなかった?」

「彼はもう限界だから」

「あっそ。ところで、あいつといいお前といい、一体何モンだ? 何で奴は<ブラックアームズカード>なんか持ってやがった」

「愚問ね。彼もODDの患者だったからよ」

「その様子だとお前もその一人らしいな」

「ええ」

 レベッカは一旦目を閉じ、

「<黒化>」

 黒い自動拳銃が黒いエネルギーに包まれ、その形を変化させた。

 とはいっても、バレルが伸び、全体的な無骨さがさらに増しただけだが。

「今度は私と戦ってもらおうかしら」

「何がどうなってんだか……いい加減疲れてきたぜ」

「貧弱ね。履歴書から少年兵の文字を消しておくことをお勧めするわ」

「願わくばそうしたいが、そいつは当分先の話だ」

 ナユタが剣を八双に構えると、レベッカはこちらに照準を合わせ、発砲した。

 自分で口にしておいて何だが、

「ああ……やっぱり疲れてるわ、俺」

 これ以上の面倒はもう御免だ。

だから、ナユタは剣を振り下ろし――飛来した銃弾を、一撃で斬り捨てた。

「え……?」

 レベッカが唖然としている。同時に、真っ二つになった弾丸が左右に分かれ、ナユタの背後の木にそれぞれ一発ずつ直撃し、木の幹に大きな穴を開ける。

 すかさず踏み込み、レベッカの懐へ。

 呼吸させる暇も与えられず、彼女の首が宙を舞った。

「なっ――」

 この一瞬の間で、レベッカの脳裏では走馬灯のような驚きが駆け巡っただろう。

 亜音速で直進する銃弾とタイミングを合わせて斬り裂いた神業的な曲芸ついても、<ブラックアームズカード>の攻撃力を受けても刃こぼれ一つしない<蒼月>についても、ワープさながらの踏み込みについても、彼女の常識を遥かに上回っていた筈だ。

 でも、このくらいできなくてはやっていられない程に、ナユタは数々の強敵を相手に死闘を演じ過ぎていた。

 自分に戦いの術を叩き込んだ師に比べたら。

 宙を自在に飛び回り、複数の<アステルジョーカー>を操った超人に比べたら。

 自分を拾い、育ててくれたあの人に比べたら。

「あのバカ共四人に比べたら――」

 ナユタは再び剣を振り上げ、両手で柄を強く握りしめ、

「お前なんか、物の数には入らない!」

 宙に浮いた首ごと、その胴体を真っ二つに叩き斬ってやった。

 レベッカがさっきの泰山同様に強制退場させられ、あたりがまた静かになる。ざっと気を巡らしてみても、周辺からはもう殺気らしき違和感は無い。

「きゅい」

 チャービルがナユタの肩の上で偉そうに手ビレを組んで踏ん反り返っている。まるで、「ぼくのご主人様の強さを思い知ったか!」とでも言っているような態度だ。

 そうさ。俺はいつも、気苦労が絶えないから、自動的に強くなっていく。それは同時に、弱気になってはいられないという戒めでもあるのかもしれない。

「チャービル。あいつら、一体何モンなんだろうな」

「きゅい?」

「後で聞いてみようか……と言いたいところだけど、誰に聞こうか?」

「きゅい」

 本来ならここでナユタが「何言ってるか分かんねぇよ」と返しているところだが、チャービルは人語を介するので、ナユタの希望通りの回答を用意してくれた。

 つまり、<アステルドライバー>でとある画像をこちらの目の前に表示させたのだ。

「……この人に聞けば良いんだな」

「きゅい!」

 ナユタが見ている写真には、グランドアステル中央病院の医院長、レイモンド・アッカーソンの顔がはっきりと映っていた。



 突入してきた特別班の活躍は目覚ましかった。さっきまで武装勢力の数に押されていた敵勢が、一転して増援の連中と手を組んだ出場選手達に押されているのだ。

 八坂イチル、ユミ・テレサ、叢雲絢香の三人は一個の砲弾の如く敵勢を薙ぎ払い、<メインアームズカード>が比較的少ない地域の掃討を短時間で終わらせた。

 ウェスト防衛軍から派遣された、ベン・オックスフォード大佐率いる一個小隊は北方面の密林の制圧を完了させ、そこに臨時の作戦キャンプを設営した。

 六会タケシ、三山エレナ、雪村空也の三人はハンスと合流して四人で密林を抜け出して砂浜へ向かい、途中で何人かの敵に襲われるがあっさり退け、八坂イチル達の合流に成功、そのまますぐに臨時キャンプへと急行した。

 一方、園田サツキと三笠心美はニーナ・スモレンスキーの案内を受けて、密林の奥地に用意された湖畔ステージへ向かい、湖でチャービルの背中に乗って泳いでいたナユタと合流、この状況下で遊んでいたナユタをHPメーターが全損寸前になるまでシバキ倒した挙句に説教を喰らわせた。

 以上が、いま臨時キャンプが知り得る情報の全てだ。



 ナナとロットンを抑圧する子供達の包囲網は、想像以上に厄介な手を隠し持っていたらしい。

「うそ……」

「さすがにこればかりは予想していなかった」

 そう。全くの予想外だった。

 二人の眼前に広がる敵が全員、<ブラックアームズカード>を発動しているなんて。

「完全に追い詰められた。正義のヒーロー気取りで助けに来たつもりが、今回は何の役にも立てそうにないな」

「くっ……!」

 子供達の半分は黒い靄を刀身から垂れ流しにしている日本刀を、もう半分は銃口から同じような黒い靄を煙のように噴かしているアサルトライフルを構えている。

 肉薄して狩るのも良し、遠巻きから蜂の巣にしてやるのも良し。そういうスタンスの陣形らしい。

 ナナのHPメーターはもう半分を切っている。ロットンも大体似たようなもので、ナナと同様に体のあちらこちらがスパークしている。

 万事休すとは、まさにこの事である。

「来るぞ!」

「っ……!」

 子供達のうち一人が、アサルトライフルの銃口を唸らせた。

 かと思いきや、その銃が一瞬でバラバラに分解される。

「わん!」

 包囲の渦中に飛び込んで、いましがた攻撃を仕掛けようとした子供の銃を破壊したのはカトリーヌだった。彼女は軽業師も店を畳むが如く身のこなしで敵の群れを縫い、次々と爪と牙を駆使して武器の破壊に勤しんでいる。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 続けて飛び込んできたのはマックスだった。彼が携える槍型<メインアームズカード>・<ランスロット>の赤い穂先が、一寸のブレも無く丸腰となった子供達の首を跳ね飛ばし、すぐに強制退場に追い込んだのだ。

「ナナちゃん!」

「はい!」

 ロットンの指示に応じ、身を翻して彼と銃口の軌道を揃え、一斉掃射。弾丸の雨を見舞い、さっきまでこちらを威圧していた敵勢を一瞬で葬り去る。

 二人の後方に隠れていた子供が、黒い日本刀を携えて飛び掛かってきた。完全に死角である。

「まだいたのか……!」

「ええい!」

 二人が再び身を翻し、銃口をその子供に向ける。

 すると今度は、右側の草村に隠れていたもう一人が、草陰からアサルトライフルの銃口を突き出した。

 ロットンはすぐにその気配に気づき、草村に銃口を向ける。

 二人揃って発砲。それぞれの敵の額に黒い穴が開く。

「後ろだ!」

 マックスからの警告。既に、ナナとロットンの死角が重なる位置――二人の左斜め後方から、もう一人の子供が黒い日本刀を振りかざして接近していた。

 完全に出し抜かれた。対応が間に合わない。

 斬られる――!

「カトリーヌ、<アームド・ビーストランス>!」

「わぉん!」

 迫りくる子供の前に立ちはだかったのは、犬をモチーフとした鍔を持つ日本刀を構えていたリリカ・リカントロープだった。

 互いの刃が交差し、子供の動きが一瞬だけ止まる。

「カトリーヌ!」

「うぉんっ!」

 刀身から犬の鳴き声が発せられると、リリカは強引に刀を振り、力任せにその子供を直線上に生えていた大木に叩きつける。

 ナナが振り返り、即座に発砲。その子供を強制退場に追い込んだ。

 もう周辺に敵影は無い。気配もいまのところは消えている。

「リリカちゃん!」

「何でリリカちゃんがここに? ……マックス!」

 ロットンは目を丸くすると、何かに気付いたらしい、すぐにマックスに怒鳴りつけた。

「お前が連れてきたのか! 門番の役割はどうした! 予選に敗退した直後からブラムと交代したんじゃないのか!」

「そう怒らないでくださいよ。その子がどうしても行きたいって言うから……」

「言い訳など聞きたくもない! もしリリカちゃんに何かあったら――」

「マックスさんを怒らないでください!」

 リリカがカトリーヌを日本刀から元の犬の姿に戻すと、マックスの前に立って、まるで通せんぼでもするかのように手を大きく広げて抗議した。

「ロットンさんの様子が変だったので、マックスさんに無理を言って協力してもらってここに来たんです! ナナお姉ちゃんの事だって心配だったし――」

「だからってこんなところまで……」

「良いじゃないですか、何でも」

 ナナが年甲斐も無く立派な社会人たるロットンを宥めすかす。

「全員無事でしたし、結果的にはリリカちゃんに助けられちゃいましたし」

「だが……」

「<アームド・ビーストランス>……か。あたしにゃ真似できないよ」

 ナナは苦笑しながらリリカの頭を撫でた。

「<トランサー>としての能力は人によって個体差があるって話を聞いた事がある。あたしが鎧のように<星獣>を着るのに対して、リリカちゃんには<星獣>をそのまま武器化しちゃう素質があったんだね。しかも、ちゃんと練習までしてたんだ」

「その……ちょっとでもお姉ちゃんとかロットンさんの役に立ちたくて……」

「よく出来た子だなぁ……」

 マックスがしみじみ感想を漏らすが、ロットンが彼を睨みつけて黙殺する。

「……とにかく、だ」

 ロットンは咳払いをして続けた。

「他の面子と早く合流しよう。話はそれからだ」

「あの……ロットンさん? もしかして……私の事、怒ってます?」

「怒ってない。でも……」

 いつも陽気な黒人が、珍しく少しだけ寂しそうな横顔を微かに覗かせた。

「リリカちゃんにはもう、無茶をしてほしくはない。そう思っただけさ」

 この時の彼からは、親心とは違うような何かをナナは感じ取った。

 その違和感の正体を知るのは、ナナがもう少し大人になってからとなる。



「終わったな」

 観客席のモニターが復活したのを見届け、主賓席の名塚啓二はにこりともせず呟いた。

『おっと!? 会場のモニターが復活したようだぞ!? さあ、この激戦を勝ち抜いた十六人の強者達が現実空間に送還され、専用のスペースにその姿を現した!』

 モニターの画面が一斉に切り替わり、決勝進出が決定した選手の為に用意した送還スペースを映し出す。位置としては、この体育館の屋上にあたる。

 俯瞰視点から映された映像の出演者はそうそうたる顔ぶれだった。

『いま揃ったこの十六人が決勝進出を決めた栄誉ある――』

『待ってください。十五人しか揃っていない』

『およ?』

 解説の園田村正に指摘され、MCが素っ頓狂な声を上げる。

 名塚は現在映像に揃っているメンバーの数を再確認した。


 二次予選通過選手の一覧


 九条ナユタ、六会タケシ、園田サツキ、ナナ・リカントロープ、八坂イチル、御影東悟、十神凌、三山エレナ、ハンス・レディバグ、アルフレッド・ジルベスタイン、三笠心美、黒崎修一、ユミ・テレサ、ケイト・ブローニング、六会忠。

 たしかに、一人足りない。

「……役立たずめ」

 啓二はナユタ一人を相手に退場に追い込まれたレベッカと湯島泰山の姿を憎々しく思い出して毒を吐いた。まさか、<ブラックアームズカード>を使用する二人がこうもあっさり倒されるなんて思いもしなかったからだ。

 せめて片方は残っていると思っていたのだが、どうやら自分はあの二人を過大評価し過ぎていたらしい。

 MCから内線が掛かってきた。

『えーっと……これでは予定していた決勝トーナメントの人数に達しないのですが……あと一人はどうしますか? もういっそ敗者復活戦を――』

「必要ない。既に出場選手は決めてある」

『え?』

「これから私が言う通りにしなさい」

 どうせ東悟とナユタの戦い以外は全て余興に過ぎない。

 なら、適当な落とし所を邪魔者につけてもらうのも悪くはない。

『たったいま主催者側から新たな指示がありましたので発表させて頂きます。この二次予選は本来出場選手が十六人に絞られた時点で終了する予定でしたが、技術部によりますと、その人数をカウントするプログラムに不調が出てしまったとの事で、出場選手が予定を下回る十五人となってしまったとの事です。さらに途中で起きたサプライズによって状況確認がこちら側から不可能となってしまうという予想外のトラブルも重なり、正確な裁定が下せなかったらしく――』

 言い訳がましい文言がMCの口から並べ立てると、観客席からブーイングないし不満気などよめきが起きている。当然の反応だ。

 そして、とうとう不足している出場枠の埋め合わせへと話は移行した。


『不足している枠内には、名塚氏のサプライズとして仮想空間内に送り込まれた最強戦士軍団の一人、叢雲絢香を採用すると、たったいま名塚氏によって発表されました!』

「えぇえええっ!?」

 さらりと嘘を吐かれた挙句、決勝出場選手にまで祭り上げられた絢香は、ただひたすら口をぽかんと開けて緊急用のテレポーターの上に立ち尽くしていた。

 隣で話を聞いていたベン・オックスフォードがやれやれと肩を竦める。

「名塚の野郎、観客が何も知らないのを良い事に、俺達を纏めてサプライズの小道具にしやがった」

「奴も相当面の皮が厚いっすね。ああもあからさまな大嘘をいけしゃあしゃあと」

「あたしが……出場選手……」

 ニーナが苦い顔をしてコメントすると、絢香は呆然自失となって呟いた。

「どんまいだ」

 ベンが憐れみを露に、絢香の肩の上に優しく手を置いた。


「絢香が……出場選手!?」

 体育館の屋上で全てを聞いていたイチルが、まるで自分の事のように驚いていた。

「ていうか、さらっと嘘吐かないでもらえる!? ねぇ、聞いてんの、名塚啓二!」

「やめとけイチル。いまは何を言っても無駄だ」

「だって……」

「とりあえず落ち着け」

 イチルを宥めすかすナユタであったが、彼女の気持ちも分からなくはない。絢香はむしろ啓二の言うサプライズとやらを潰しに回った側の人間だったのに、啓二はその絢香と彼女を擁する突入班の連中を自分が起こした騒ぎの尻拭いに使ったのだ。

 もしイチルの立場が自分と同じなら、ナユタはすぐにでも彼を殺しに主賓席に乗り込むだろう。

 傍で話を聞いていたタケシが渋い顔で言った。

「あのガキ共を送り込んできたのが名塚にせよそうでないにせよ、そいつは絢香やベン大佐達がVフィールド内に乗り込んでくるだなんて予想外していなかった筈だ。名塚の腹積もりは知らんが、少なくとも絢香には迂闊に手は出せない」

「タケシ君の言う通りだ」

 修一が険しい顔で、御影東悟と共に歩み寄ってきた。

「突入班の存在を知っていたなら、この野郎は是が非でも彼らを潰しに回っていた筈だからな」

「東悟さん……」

 イチルが東悟を見上げ、言葉を失う。

 彼女の隣に立ち、ナユタも東悟を睨み上げる。

「……お前、いまは名塚の仲間なんだろ? 良いのかよ、修一なんぞと一緒にいて」

「私も黒崎修一と一緒に例の子供達に襲われたからな」

「何?」

 どういう事だ? あの子供達は名塚の勢力じゃないのか?

「お前が思う以上に人の思惑というものは遠回りをする。そういう話だ。さっき黒崎には詳細を話しておいた。後で聞いておくと良い」

「情報提供かい? ガセネタを掴まされんのは真っ平御免被るぜ」

「その点は心配無い。裏を取ればすぐに嘘か本当かが分かる」

 修一がそこまで言うのだから、それは確かな事なのだろう。

 東悟がこちらから距離を置くと、今度はサツキとナナが一斉に寄ってきた。

「……あの人、こちらに敵意が無いように思えますが」

 開口一番、サツキが小声で言った。

「もしかしたら、あちらはあちらで何かゴタついているのかも」

「ていうか、あの人ってやる気があんのかな?」

 ナナがズレた事を言うが、よく考えてみるとその点にも疑問がある。

 たしかに、東悟が本気を出して戦っている姿が全く想像できない。一次予選でナユタは初めて東悟と直接対決したのだが、彼から引き出せた戦闘データといえば、<蒼月>の亜種とも言える<月蝕蒼月>を持ち、イチルと同等かそれ以上の<輝星術>を使いこなすという二点のみだ。細かいところだと、忠を肉弾戦であしらうくらいの体術の技能がある事くらいか?

 こちらから離れた位置で、東悟が凌と何かを話している。そういえば、凌も二次予選の出場選手の一人だったが、まさか決勝戦まで勝ち残っていたのか。

「修ちゃん」

 こちらの輪から外れた間合いから、ユミが居心地悪そうに修一を呼んだ。

「あの……」

「ユミ」

 修一がユミの前まで歩み寄り、面持ちを緩めて囁くように言った。

「無事で良かった」

「……うん」

 実に微笑ましい光景だ。ぶち殺してやりたいぜ。修一を。

「良かったね、仲直りして」

「?」

 イチルが妙な事を口走り、ナユタは頭の上に疑問符を浮かべた。

「仲直り? 何の話だ?」

「ナユタは知らなくて良いの」

「…………」

 何故だろう。イチルの物言いに疎外感を覚えている自分がいる。

 何か色々不愉快な気分になったので、修一にはあとでユミと何があったのかを適当に聞き出して、フルボッコにして簀巻きにして海の中に叩き落としておくとしよう。


「生き残っていたのか」

「お前もな」

 忠とアルフレッドはナユタ達の様子を眺めながら会話する。

「アルフレッド。お前は単独で敵を何人始末した?」

「十六人」

「私は二十二人だ」

「競争していたつもりは無い」

「次期長官の椅子を狙うにはまだ足りない。そう言ってるだけだ」

「馬鹿馬鹿しい」

 アルフレッドがそっぽを向くが、忠は構わず話を続ける。

「実力は充分で、野心もあるのに、どうしてお前は私に一歩及ばない? それは実に簡単な話だ。お前には、認めねばならない人種がいる」

「何の話だ」

「本当は分かっている筈だ」

 忠はじゃれあってるナユタと修一を顎でしゃくった。

「決勝戦。もしあの二人のどちらかと当たるなら、それはお前の葛藤にケリを付ける良い機会になる。一回だけでいい、真っ正面から本気でぶつかってこい。お前自身の過去と、ウェスト区との因縁にピリオドを打て」

「黙れ。この野蛮人が」

 アルフレッドは憎悪も露に言った。

「いずれ貴様らのような遺伝子は根絶される。それが、俺と貴様らの罪滅ぼしだ」

「…………」

 忠は何も言えなかった。

 アルフレッドと自分――ひいては、ウェスト区の戦争屋達との間であった事を全て知っているからだ。


   ●


 ゴールデンウィーク三日目の夜、つまりは二次予選が終わった後だ。

 ナユタは予選会場から真っ直ぐセントラル中央病院へと向かい、医院長室で待ち構えていたレイモンド・アッカーソンとソファーテーブル一つを挟んで対面していた。

 実はレイモンドによると、そろそろナユタが直接こちらに来ると読んだ上で、前々からこの時間のスケジュールを空けていたらしい。

「何から話そうかしら?」

 レイモンドが飄々と訊ねてくる。

「じゃあ、俺と名塚の関係から。まるで身に覚えが無いですし」

「ええ」

 もうレイモンドは事前に頭の中でスピーチの原稿を清書していたのだろう、ごく自然な導入から彼の話は始まった。

「名塚と私は同じ大学の同期だったわ」


 当時はレイモンド・アッカーソンもごく普通の大学生男子だった。オネエ言葉は使わないし、そういう趣味を持った訳でもない。ただ、一人の医大生として、医師になる為の勉強をしている、それだけの学生だった。

 同じ医学部の名塚啓二とは接点が無かった。こちらから話しかける事もなければ、あちらは他人への興味関心が薄かったので、こちらが興味を持ったとしても結局は同じ事だっただろう。

 やがて、レイモンドは同じ医学部の片桐美代子という女子生徒と交流を持つようになった。彼女は面白そうな人がいたらやたらめったらに声を掛けるというフランクな性格をしており、レイモンドも啓二も彼女の奔放で無邪気な好奇心と行動力によって強引に結び付けられてしまった。

 無理に引き合わされたレイモンドと啓二はあまりそりが合わなかった。同じ男子なのに、授業以外の事で何か共通の話題について話し合った事も無い。結局、美代子無しに二人の縁は語れなかっただろう。

 三人はやがて大学を卒業してそれぞれの道を歩み、それから三年の月日が経った。レイモンドは卒業後も美代子と連絡を取り合っており、いつしか二人は付き合い始め、そして結婚した。だが、名塚はその結婚式に姿を現さなかった。

 名塚の欠席を多少の心残りとしつつ、二人の新婚生活は絵に描いたような順風満帆、結婚前から美代子のお腹に宿っていた新しい命は外の世界に繰り出されるまで三か月のリミットを切っていた。

 だが、そんなある日、美代子は<星獣>の因子に寄生されてしまった。

 <獣化寄生病>。いまではそう呼ばれている病状で、六会タケシの<サークル・オブ・セフィラ>さえ使えれば、あるいは高額を費やして生成された薬を飲めば完治する。だが、当時においては原因不明の不治の病だった。

 しかも性質の悪い事に、美代子に寄生した<星獣>はお腹の子供を栄養分として喰らった為に、どの寄生患者よりも強大なアステライトを体内に貯蔵した規格外の怪物に成長してしまったのだ。

 そして来るべき時を過ぎ、彼女は完全獣化し、暴走を開始した。

「美代子は……私の妻は、S級ライセンスバスターによって始末されたわ。ちなみに、その時彼女を斬ったのは、当時においては世界最強の剣豪とされる、園田政宗」

 園田政宗はサツキの祖父だ。方舟の戦いの前触れとなるジャマダハル市街襲撃事件で命を落としている。

「決して私は園田翁を恨んではいない。むしろ、これ以上彼女の醜い姿を晒されるのは御免だったから、感謝してすらいる。何にせよ、これで私は全てを失ったから、これ以上の不幸はもう無いと思い込んでいた。でも、そうはならなかった」

 レイモンドは瞑目して述懐する。

「美代子の訃報を知ったというのに、名塚は葬式にすら参列しなかった。結婚式ならともかく、何故葬式にも来ないのかと、私は彼に問い詰めようとした。でも、彼は私と美代子が結婚した当時から、既に恐ろしい計画に手を染めていた」

「恐ろしい計画?」

「ウェスタンベビー法をご存知かしら」

 ナユタは首を縦に振った。

ご存知も何も、つい先日、修一と同じ内容について話している。

「子供をたくさん産んだは良いけど、それらを維持する為の施設と金が無かった為に棄てられ、もしくは闇に売られた、スカイアステルの腐った政治体勢の権化とも言える法の被害者達。名塚はそんな子供達を金の延べ棒でかき集め、ウェスト区の一角に建てた研究施設でとある人体実験に使っていた」

「人体実験――まさか」

 ようやく思い出した。

 ウェスト防衛軍の少年兵だった時、ナユタは過去に一件だけ、とある研究施設を<アステルジョーカー>で更地に変えている。

「そう。<アステルジョーカー>の研究施設」

 レイモンドが閉じた瞼を鋭く開いた。

「彼は最強の<アステルジョーカー>を作る為に、その材料に必要な子供達を大量にかき集めていたの」

「何の為にそんな事を?」

「名塚はもともと、美代子に想いを寄せていた」

 これまた話の毛色が元に戻り、ナユタは目を白黒させる。

「……名塚はあまり多くを語らない。自分の事も、相手の事も。追及されそうになったら煙に撒く、そういう奴だった。だからこそ不器用で――出会ってからずっと抱き続けていた美代子への想いを言わずにいた。その本音を聞けたのは、美代子が死んだ後だった。思えば、この時から私は彼を殺してでも止めるべきだった」

「……………………」

 ナユタはレイモンドに無言で先を促した。

「彼は美代子への想いを諦めきれないばかりに……いや、彼女がお腹の子供と共に命を落としたからこそ、彼女の遺伝子を用いた、唯一無二の子供を作り出そうとした。<星獣>にも寄生されず、誰にも負けない圧倒的な力と知能を持つ、名塚が思う美代子の子供として相応しい生命を。彼はそれを作り上げた上で、その子供に与える史上最強の<アステルジョーカー>も作ろうとしていた。でも、彼の研究は長続きしなかった。とある人物によって、研究施設は完膚無きまでに破壊されてしまったから」

「それで野郎は俺を憎んでいたのか」

 ようやく合点がいき、ナユタは左の奥歯を噛みしめた。

「そいつは俺が軍に入ったばかりに与えられた任務だ。<アステルジョーカー>を使って、非道な人体実験に手を染めている研究施設を単独で瓦礫の山にしてこいとのお達しだった」

「でもその中には、いまにも完成しそうだった完璧超人な子供のベースと最強の<アステルジョーカー>となる予定の材料が眠っていた。あなたはその子達と常駐していた研究員を皆殺しにしたそうね」

「その話を何処で?」

「名塚に聞いて頂戴。全てを調べ上げた執念に呆れるばかりよ」

 どうやらナユタの所業については名塚からの又聞きらしい。レイモンドをして、詳細までは知らないようだ。

「彼はそれから再び別の場所で懲りずに研究を再開して、この上さらにあなたへの復讐にも執着するようになった。だからこれまで、その為の手を裏から尽くしてきた。例えば、方舟の戦いを裏から操っていたのも名塚に他ならない」

「名塚が?」

「<生体アステルジョーカー>……いまでは<アステマキナ>と呼ばれるユニットに使われていた技術は、アナスタシア・アバルキン一人の力で構築したものじゃない。アナスタシアは教授時代の名塚が開いていたゼミの生徒だったから」

「あの野郎……あの機械人形の製作に一枚噛んでやがったのか……!」

 おかげさまで要らん苦労が頻発したものだ。どうでも良い事だと<スカイアステル>の貴族がほぼ皆殺しにされたり、一番憎い事だと園田政宗が奴らの食糧として吸収されてしまったり。

 いまでも思う。もう、あんなのに関わるのはたくさんだ、と。

「これが私の知り得る事の全て」

 レイモンドは緊張を吐き出すようにため息をついた。

「彼が御影東悟と手を組んだ理由は正直分からない。あなたが倒した湯島泰山とレベッカ・ジェームズの詳細については情報屋を当たってるから、これについても結果報告待ちね」

「もう一つだけ、踏み入った質問をよろしいでしょうか?」

「答えられる事なら」

「医院長と奥さんの間に出来たお子さんのお名前は? 産む前から決めていたなら教えていただきたいのですが」

「何でそんな事を?」

「人の名前は気になるんです。俺に名前を付けたのは産みの親じゃないから」

「…………そうだったわね」

 レイモンドは心なしか寂しそうな顔をした。

「凌」

「え?」

「全てを凌駕していく者――私はもちろん、美代子をも超えていく者。そういう意味を込めて、生まれてくる筈の子に、そう名付けるつもりだった」

「凌……」

 ナユタの脳裏には、とあるクラスメートの顔がちらついていた。

 十神凌。ナユタと同じ、ウェスト防衛軍出身の少年兵だ。

「そういえば、決勝進出した選手の中にも同じ名前の子供がいたかしらね」

 さっきとは打って変わって、気楽に話すレイモンドであった。

「何か、運命を感じちゃうわーん」

「……………………」

 ナユタはこの瞬間から、全てが単なる偶然ではないと、誰よりも早く悟っていた。

 全てはリングの上で、リングのように繋がっている。

「十神……凌」

 砂塵渦巻く戦場から届いた俺の呪いは、まだ終わってくれないらしい。



「ねーねータケシー」

「ん?」

「明日、あたしとタケシが当たったらどうしようか?」

「んー……」

 ロットン・スミス邸のリビングでデッキを見直しながら、タケシはナナとリリカを前に天井を見上げて唸っていた。

「まあ、その時はその時だな」

「なんでぇ、パッしないなぁ」

「男はハッキリしないと駄目ですよっ」

「…………」

 リカントロープ姉妹の熱視線とブーイングが心に痛い。

 傍らで会話の様子を見ていたロットンが大げさに笑う。

「はっはっは! 将来、君は奥さんの扱いに絶対苦労するな!」

「それ、この二人の前で言わんといてもらえます? 後々図に乗るんで」

「なんだとー!」

「悪い事を言う口は……こうですっ」

「やめろ、ひっぱるな――って、何処触ってんだてめぇら……こらっ!」

「タケシよ、諦めて受け入れろ。そして、イジられ続けろ」

 ロットンの隣で忠がバドワイザーを飲みながらムッツリ顔で言った。

「しかし、こういう人生でこういう光景が見られるとは夢にも思わなんだか」

「私もですよ、長官」

「夕食の準備が整いました」

 ロットンの妻が焼きたてのステーキが乗った優雅な皿をテーブルの上に置く。

「明日はナナちゃんとタケシ君の大舞台だからね、ちゃんと食べて元気をつけないと。六会長官も、明日の決勝戦には参加されるのでしょう? お口に合うか分かりませんが、どうぞ遠慮せずにたくさんお召し上がりくださいな」

「かたじけない。まさか私までお招き頂けるとは」

「旦那がかつてお世話になった方ですもの。その時のお礼も込めて、ですわ」

「なるほど。ロットン、君の奥方は出来た人だ」

「私も手伝いますっ」

「俺も」

「あたしもー」

 リリカに続き、タケシとナナもそれぞれ立ち上がって、キッチンに用意された料理の皿をテーブルの上に並べたり、焼き上がったパンをカットするなどの手伝いをした。食客であるからこそ余計な手伝いは不要なのだが、いずれナナやリリカもロットンの養子になるかもしれないのだ。タケシとしてもここは動かないでは済まされない。

 そう。きっと、こんな日々はこれからもずっと続いていく。俺はまだナナやリリカ、親父やおふくろ、その他の大勢の大切な人達と一緒にいたい。

 そんな平穏無事な未来を掴み取る第一歩として、俺は負ける訳にはいかないのだ。

 俺は<獣化寄生病>とODDの患者を全て救ってみせる。

 名塚啓二の野望も止める。

 必要とあらば、御影東悟も倒してみせる。

 そして、自分の中で最大の壁となっていたあいつを――

「タケシー? さっきからなに突っ立ってんの?」

「お? ああ、すまんすまん」

 ナナに呼ばれ、タケシは我に返った。

 いずれ越えねばならない相手の顔も、この時ばかりは脳裏から消えていた。



 自室でGACSの公式サイトを閲覧し、サツキは明日の備えとしていくつかの項目を復習していた。

決勝戦の舞台はあらかじめ告知されていた通り、グランドアステルから東方面の海上を数十キロ渡った先にある超大型のメガフロートだ。先の体育館の何十倍もの規模を誇る大型スタジアムは勿論、開催期間中に出場選手が宿泊するホテルが一件、観客達が利用するホテルが六件、イースト区と同じ規模のショッピングモールやその他歓楽施設――元々はスポーツの大きな祭典に向けて竣工された施設なだけに、その上に建つもの全てがエンターテインメントを重視した内容となっている。

 自分の力がどれくらい通用するか。それだけを確かめたくて出場を決めたこの大会も、いよいよ折り返し地点を迎えている。

 決勝トーナメントに進出した者は、臨時で出場が決まった絢香を含めて強者揃い。

 負けるとしても、悔いの残らない戦いをしなければならない。

「……駄目駄目! 負け犬根性退散、ですわ!」

 サツキは頭を振り、余計な負の感情を追い出した。

 そうだ。私は勝って勝って、勝ち続けてみせる。

 これまでの凄絶な戦いで得たものを、決して無駄にしない為に。


 同じく、星の都学園の寮の自室。

「修ちゃん」

「ん?」

「二次予選中はずっと御影東悟と一緒だったの?」

 部屋まで遊びに来ていたユミが突拍子も無い事を訊いてくる。少し驚いた。

「…………」

「ねえ、どうなのさ」

「一緒だったさ。でも、野郎も襲われてたからなぁ……」

「何か話したって言ってなかったっけ?」

「…………長いぞ」

 修一は東悟から得た情報を全てユミに開示した。

 意外な事に、ユミは全く驚かなかった。

「ふーん、そう」

「おいおい、それだけかよ」

「方舟の戦いの時からなーんか変だとは思ったけどさ」

 ユミがベッドの上にごろんと寝転がる。

「なんか、納得」

「俺は信じたくないけどな。名塚啓二のやった事を、俺は正直受け入れられない」

「あたしもだよ。絶対に許せない」

「それに加担する御影東悟だって、本当は……」

「藁に縋る者は流された物の心配はしない。そういう心境だったんだよ、きっと」

「何でそう言えるんだ?」

「あたし達がそうだったから」

「…………」

 たしかに、孤児院を焼き払われて以降の修一とユミはなりふりを構っていられなかった。

 食い扶持を得る為に盗みもした。殺しもした。悪党共が集うクソ溜めで女衒に手を出した事もある。価値観がぐちゃぐちゃにシェイクされたとしても、二人は決していままでの自分の所業を後悔した事は無い。

 後悔したのは、こうして余裕が生まれてからだ。

「だから、あたしには何となく分かるんだ。御影東悟の気持ちが」

「……同感だ」

 修一は手元のデッキケースから、<黒蛍>のカードを抜き出した。

 思えば、ずっとこのカードと共に戦い続けて、いまの俺はここにいる。

 けれど、もうこの一振りもお役御免の時が近い。

「俺達の人生はまだ続いていく。だからこそ、明日からが最後の戦いだ」

「……うん」

 修一は既に心の中で決めていた。

 戦争屋としての戦いは、GACS決勝トーナメントを以て最後にしよう――と。


 あれから啓二からの連絡が無い。明日からの試合に集中しろという事だろうか。

 二次予選では一人でずっと、凌は例の武装した子供達とはまともに相手をせず、ひたすら適当に相手をした上で逃げ回っていた。あれの正体を、啓二を除けば誰よりもよく知っている凌からすれば、絶対に相手にしたくはないからだ。あの子供達の恐ろしさは戦闘力以前の問題だと知っている。

「父さん……一体あなたは何をしようとしているんだ?」

 父親の目的が分からない。急にあんな兵士達を送り込んで来たり、国際指名手配中の犯罪者を仲間に引き入れたりするなんて。

 しかも湯島泰山はともかく、レベッカまで行方不明だ。これも気になる。

 いよいよ、自分の周りで起きている異常事態は看過出来ないレベルにまで悪性化している。

 もしその災禍によって、他の罪の無い人に危険が及んだら?

 もし、明日以降の啓二の気まぐれで、サツキが命を落としたら?

 俺はその時、どういった顔をするのだろうか。

 そんな事を考えているうちに、時計の針は午前零時を回ろうとしていた。



「<アステルジョーカー>、アンロック!」

 ナユタは<インフィニティトリガー>の装束を纏い、背中に大型のスラスターを装備して飛翔すると、星の都学園の中等部、東棟の屋上に降り立った。

 武装を解除し、ナユタは夜空を淡く燐光で染める金色の月を見上げた。

「……どうすりゃ良いんだ、俺は」

「きゅい?」

 ナユタが呟くと、水色の天然パーマの中に埋もれていたチャービルが怪訝に唸る。

「名塚がやっていた実験ってのは命を弄ぶ最低の行為だ。だから俺はぶっ潰した。でも、そのせいで俺だけじゃない……二次予選ではみんなが襲われた。名塚があのタイミングで奴らを送り込んできたのはきっと、決勝トーナメントじゃもっと酷い事をするぞっていう宣戦布告だったんだ」

「きゅぅ……」

 チャービルの鳴き声が気弱になる。

「俺がいなければ……俺さえ死ねば――」

「さっきからなにバカな事をぶつぶつと」

「!?」

 後ろから気配もなく声を掛けてきたのはイチルだった。

「イチル!? 居たのかよ!」

「気付かなかったの? とうとうナユタも老衰か……」

「俺はまだ十四歳だ!」

「いやいや。きっと、頭のマイホームに栄養分を持っていかれてるんですよ」

「俺の頭は鳥の巣じゃないっ!」

「出ました、決め台詞!」

「うるせぇ、このバカイン!」

「誰がバカインか!」

 お互い叫ぶだけ叫ぶと、何故かおかしくなって、一緒に噴き出した。

「なんだ、いつも通りじゃん」

 イチルが笑いながら言った。

「良かった。てっきり柄にも無く悩んでるのかと思ってた」

「俺にも悩みの一つや二つくらいはありますぅ」

「バカなのにごちゃごちゃ考えちゃ駄目だよ。あたしみたいになるから」

「そうだな、元・裏切り者」

「ああ言えばこういう奴だな、あんたは」

 イチルは隣に立つと、ナユタと一緒に月を見上げて言った。

「で、気分に任せて<アステルジョーカー>を使ったご感想は?」

「何とも思わないさ。決勝前の調整とでも言い訳しておけば長官も許してくれるだろ。で、お前は何でここにいるんだ?」

「あんたを連れ戻しに来たんでしょうが。ご飯食べないの?」

「あー……」

 そういえば、家を空ける日が続いたので忘れがちだが、自分はいまイチルと同棲生活を送ってるんだったか。

「なあ、イチル」

「ん?」

「家に帰る前に、一つだけいいか?」

「ゆーてみ、ゆーてみ」

「俺はまだ、生きてても良いのかな」

「当たり前でしょ」

 ナユタにとっては最大の悩みを、イチルがばっさりと切り捨てた。

「ナユタがおらんと、少なくともあたしが泣く」

「そりゃ大変だ」

「それと、ナユタはもう、自分一人の為だけに戦っても良いと思うんだ」

 自分一人の為だけに――いままでのナユタには無かった発想だ。

「ナユタは色んな人達の為に必死に戦ってきた。そんなナユタが、自分の願いを押し通すつもりなら、誰もきっと文句は言わないと思う。むしろ、その為に生きていて欲しいって願う人もいるかもしれない」

「とんだ変わり者だな、そいつは」

「じゃあ、あたしはその変わり者の一人かな?」

「もしそうなら、嬉しい話だな」

 ナユタはイチルの手を軽く握った。

「帰ろう」

「うん」

 ナユタはイチルと帰路を沿いながら、すうっと気持ちが軽くなっていく感触をずっと感じていた。

 ――ナユタがおらんと、少なくともあたしが泣く。

 ただそれだけの理由で生きていても良いんだと、ナユタはいま初めて知ったのだ。


   ●


 ゴールデンウィーク四日目。競技用ギガフロート、通称・バトルフロートにて。

 早朝から専用の旅客機に乗って航空施設に着陸し、選手専用のホテルに荷物を預けた頃には、既にこのギガフロートは大勢の人で賑わっていた。GACS予選前から観客用のホテルは予約で大入り満員、八時前になるこの時間でも開いているレストランには一般客が殺到している。もっとも、ホテルの豪華な朝食が後に控えているナユタには関係の無い話だが。

 現在、決勝トーナメント出場選手達はホテルのエントランスに集められ、用意された大型液晶モニターの前で待たされている。

「そういやよ、ナユタ」

 ハンスが横から話しかけてくる。

「二次予選の時、お前はどうやって五種類のカードを集めたんだ?」

「チャービルのエコーロケーションは物体の波長にも影響するようでして、そいつを使って中身から発生している微弱な波長の違いを嗅ぎ取ったんです。おかげさまでカード集めが楽に済みました」

「ずりぃ奴だな」

「はっはっは」

 ナユタが笑っていると、モニターに突如として電源が入り、予選の実況をしていた男の顔がアップで映される。

『選手諸君、お集まりいただきありがとう! いまから決勝トーナメントの組み合わせを発表するぞ! 決勝トーナメントは単純な勝ち抜き方式だが、AとBの二ブロックに分かれ、それぞれのブロックの勝者同士で決勝戦が行われる! さあ、それではいよいよ御開帳! チェックティスワン!』

 画面が切り替わり、阿弥陀くじのような絵が現れ、端にそれぞれの選手達の顔写真が表示される。

 対戦表は、次の通りだ。


 Aブロック 一回戦


 第一試合 九条ナユタVS六会忠

 第二試合 ユミ・テレサVS叢雲絢香

 第三試合 ケイト・ブローニングVS三山エレナ

 第四試合 三笠心美VS八坂イチル


 ナユタは絶望した。

「俺が……最初から長官と!?」

「面白い」

 対する六会忠はやる気満々だった。

「喜びたまえ、九条君。珍しく本気の私が見られるぞ?」

「嫌だ! 絶対に嫌!」

 何が楽しくて、親父と同レベルの実力者の相手をせにゃならんのだ!

『続いて、Bブロックの発表だ!』


 Bブロック 一回戦


 第一試合 ナナ・リカントロープVS御影東悟

 第二試合 黒崎修一VSアルフレッド・ジルベスタイン

 第三試合 六会タケシVSハンス・レディバグ

 第四試合 園田サツキVS十神凌


「あたしと、御影東悟が……」

 ナナが戦慄して呟き、顔色一つ変えない御影東悟を見遣る。

 ナユタは忠との試合の事を一旦置いて、ナナに小声で告げた。

「危険を感じたらすぐ退場しろ。以前はお前らの種族を根絶やしにしようとした奴だ、何をしてくるか分からない」

「多分大丈夫」

「多分って……」

「今回だけは、あたしに危害を加えないと思う」

「…………」

 直感が優れたナナの事だ、きっとそれは本当なのだろう。

 ちなみに、こちらから少し離れたところで、別の一組が面白い反応を示した。

「私と……」

「俺が……」

 サツキと凌がそれぞれ顔を見合わせ、お互いに目を逸らせないでいる。

 前々から仲の良かったお二人さんだ、いきなり一回戦で当たってしまったらそりゃ驚くだろう。

 それにしても、見どころのある組み合わせだ。特に、修一が現役のS級バスターと一回戦で戦う羽目となったあたりなんて爆笑モンである。

 ちらりと、修一とアルフレッドの表情を窺ってみる。

 二人はただ無言で、お互いを見もせずにモニターを睨み続けるだけだった。

「……およ?」

 修一にしてもアルフレッドにしても、何だか様子がおかしくないか?

『決勝トーナメント開会式はいまから二時間後! それまでに英気を養っておくように! それでは、決勝トーナメントのその時まで、アディオース!』

 モニターがぷつりと消え、選手達が集まるエントランスに奇妙な沈黙が流れる。

 ちなみにナユタには、こんな雰囲気を変える術は無い。

「……どうしよう」

 呟き、再び思い出す。

 一回戦の相手は六会忠。育ての親である九条カンタと肩を並べて戦った英傑。ある時代の黄金を築き上げ、その戦いぶりと知略の冴えから軍神と呼ばれ、その力はあの八坂ミチルやバリスタと同等クラスとさえ噂される。少なくとも、戦闘経験はナユタよりも遥かに上だ。

 これぞ本当の敗色濃厚。ていうか負ける。<アステルジョーカー>を使っても勝てる気がしない。

 本当に、マジで、冗談抜きで――

「どぉしよおおぉおおおぉおぉぉぉおぉおおおおおおぉぉおぉぉおおおおおおぉぉっ!」


 GACS決勝戦、第一試合 九条ナユタVS六会忠。

 開始時刻は、十時ジャスト。


                     第六話「十六人の勝者達」 おわり

                              第七話に続く


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