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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.5 ~GACS編 第一集 GACS、始動!~
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GACS編・第五話「ブラックアームズカード」


   第五話「ブラックアームズカード」



 ロットンが実況席に赴いた頃には、既に目を疑うような実況風景が繰り広げられていた。

 正体不明の少年少女の二人組に銃口を突き付けられながら、平静を装って実況と解説に興じるMCと園田村正の姿が、極めて冷静かつ常識的な感性を持つロットンからすれば気味が悪いのなんの。

 しかも部屋の扉を開けた瞬間に銃口を突き出されたので、この時だけは「あ、俺死ぬんだ」とすわ焦った。

「安心したまえ。私の指示が無い限り、彼らは引き金を引かない」

 後ろからぬっと現れた名塚啓二が平然と言って退ける。

「ところで、何か用かな? ウラヌス・エクスクワイアのロットン・スミス君?」

「ツッコミどころがあり過ぎて、何から訊ねた方が良いのやら」

「下世話な質問しか用意していないなら、この場からは一旦お引き取り願いたいのだが……まあ、一つだけ答えてやるとしよう」

 啓二は<アステルドライバー>から、何かしらの書面の画像を提示した。

「本物は自宅の金庫で大切に保管させてもらっているが、これは皇太子の署名と血印入りの誓約書だ。今大会の運営は全て私に一任されている」

「そこまでの権限を何で一介の科学者が得られたのやら」

「大学で教鞭を執る以前は、皇太子の家庭教師をやっていたものでね。彼の信用は充分過ぎる程に得られている」

「……分かったよ」

 ロットンは早速諦めた。

「でも、頼むから実況と解説には危害を加えないでやっておくれ。特に解説の方を殺ると、この体育館が丸ごと吹っ飛びかねないから」

「私も<ハイパーカードアライアンス>で粉微塵にされるのだけは御免だよ」

「初めて意見が合ったな。嬉しくはないがね」


 というのが、昨日にあったロットンと名塚啓二のやり取りだ。

 はて……これを果たして、向かい側のテーブルに着席しているナナとリリカに教えるべきか否か――

「で、話って何ですか?」

「ん? ああ、すまない」

 ナナに問われ、ロットンは慌てて体裁を作り直した。

 ここはスカイアステルのロットンの邸宅だ。日の光でほのかに照らされたモダン調のリビングは、自分と妻が二人で暮らす上では余りある程に広々としている。

 今日はある用事で、ナナとリリカをこの場に招き入れている。

 ロットンは早速、その本題を切り出した。

「短刀直入に言う。ナナちゃん、リリカちゃん。二人共、私の養子にならないか?」

「え?」

 最初に戸惑ったのは、当然ナナの方だった。

「リリカちゃんにはそれとなく話してあったんだ。結論は急がなくて良いと言ってあるが、そういえば君には話していなかったなと」

「ちょ……え、いきなりそんな事を言われても……」

「すまない。さすがにいきなり過ぎたね」

 ロットンは苦笑しつつ述べた。

「あんまり口外したくは無いが、私の妻は不妊症でね。現在も治療中だが……まあ、端的に言うと、子供が作れない体なんだ」

「それであたし達を代わりに……って事ですか?」

「それもあるが、別の事情がある」

「というと?」

「君とリリカちゃんは腹違いの姉妹で、双方共に両親がいない。というか、逮捕されている。服役期間中の面会も禁じられているし、君達二人はいま、資金的にヤマタの老師の助けを借りて生活している状態だ。だが、あまり老師ばかりに頼ってはいられない。その辺の考え方は九条君や八坂さんと一緒だ」

「それは……はい、そうですけど……」

 ナナが躊躇いがちに返事する。無理も無い反応だ。

「私は君の実の親の手首にワッパをかけてしまった。その辺りの落とし前もあるし……言い方は非常に悪いようで申し訳無いが、仮に君の両親が出所したとしても、あんな親の元に君達を置いてはおけない。それは君達自身が、一番よく分かってる筈だ」

「だから、ロットンさんが一緒に住もうって言ってくれたんだ」

 リリカが助け船を出すように言った。

「私はロットンさんの提案を受けようって思ってる」

「リリカちゃん……」

 ナナの表情が薄く沈んだ。

「でも、それって結局、迷惑を掛けちゃう相手がヤマタのおじいちゃんからロットンさんに移るだけじゃ……」

「私は大歓迎だ。何より、妻の願いでもある」

 ロットンはキッチンでアップルパイを焼いている妻を見遣った。

「子供が欲しいってずっと願い続けた結果、とんだ遠回りをしてしまった」

「…………」

「もちろん、さっきも言ったように、結論は急がない」

 ロットンは自分に出来る限りの穏やかな面持ちを作った。

「君達の自由意思に任せる。それと……六会長官にも人生相談のつもりで話してみたんだが、彼からも「ナナの事は可能な限り手助けしたい」と言われているから、S級バスターの連中にも、私にも、もちろんタケシ君にも遠慮する事は何も無い。困った事があったら何でも相談するといい。今日はそれだけが言いたかった」

「……ありがとうございます」

「そろそろアップルパイが焼ける。食べていくと良い」

 ロットンが告げた頃には、妻がオーブンから焼きたてのアップルパイを取り出し、大きな陶磁器の皿に乗せていた。


   ●


 中学二年に進級して初めて、サツキが目にした「面白いもの」は、まさしく十神凌の存在だった。

 授業とは何だ? 宿題とは何だ? 日直? 学級日誌? 貴様は異界の話でもしているのか?

 有り体に言えば、いつも大体こんな感じの質問ばかりが彼の口から飛び出していた。これはサツキに対してではなく、彼女以外のクラスメートに対しての台詞だ。

 それもその筈、彼はナユタ同様、生まれも育ちも西の戦場。ナユタは性格上の性質でよく順応していたのでごく普通に接していられたが、それは彼が異常なだけで、戦場育ちの人間は凌のような反応を示す者が大半だった。

 とはいえ、それでも、戦災孤児救済プロジェクトによって星の都学園に送り込まれた戦災孤児達の中で一際異彩を放っていたのは、やはり十神凌だけだった。

 何故なら、彼からはそれとなくナユタやタケシと同じ匂いを感じ取ったからだ。

 だから、日直の仕事で戸惑っていた彼に、サツキはこうやって声を掛けた。

「それ、私も手伝いましょうか?」

 それからだ。彼とちょくちょく交流を交わすようになったのは。

 それからだ。彼を異性として、自然と意識するようになったのは。

 それからだ。サツキの中から、初恋の人の面影が消えたのは――

「おーい、サツキー」

「!?」

 部屋の扉越しにイチルに呼びかけられ、サツキはぎょっとベッドから身を起こした。

「は……はいっ? どうかしました?」

「お? やっと反応した。さっきからずっとノックしてたのにー」

 イチルが少々不満げに告げる。先日の疲れからか、いつの間にか寝込んでしまっていたらしい。疲労に弱いこの体が恨めしい。

「早く出てきてよねー。さっさとタケシから洗いざらい真相を聞き出さないとだし」

「ええ、いま行きます」

 サツキは緊張と興奮で膨れ上がった心臓の鼓動を鎮めながら身支度を整え、部屋から素早く抜け出し、外で待っていたイチルと並んで女子寮の廊下を歩く。

 その最中、イチルが意味深なにやけ顔をこちらに向けてきた。

「……何か?」

「ねぇねぇサツキー」

 彼女はサツキの耳元に唇を寄せ、

「最近、十神君とはどうなのさ」

「!!」

「ありゃりゃ、驚いちゃって、まあ」

 イチルがさらに意地悪な態度を見せた。

 忘れていた。イチルがこと恋愛や性に絡む話題に敏感な耳年増だという事実を。そして何より、この手の話をし出す時の彼女は端的に言って超ウザい。

「別に、何でも良いでしょう」

「えー? けちんぼけちんぼ」

「あんまり騒ぐと八つ裂きにしますわよ」

「それ、最近の口癖なん?」

「最後通牒です。黙りなさい」

 顔を背けて吐き捨てた頃には、二人はもう食堂に着いていた。

 中央の席を陣取っていた集団を視界の真ん中に捉え、

「お待たせしてすみません」

「いや。どうせ急ぐ話でもないしな」

 問題の六会タケシが苦笑する。

 いまここに集まっているのは、タケシと心美とユミだけだった。何故かナユタと修一、ナナの姿だけが見えない。

「集まってるのはこれだけですか?」

「ナナは所要でスカイアステルに、ナユタと修一はウェスト区に行ったんだと」

「ウェスト区? あの二人が、何の為に?」

「さあ? 奴らには奴らなりの事情でもあんだろ」

 タケシも知らないという事は、込み入った用事なのだろう。深くは追及しまい。

「で、どのあたりから始めたら良い?」

「あなたがGACSに出場した理由から、一次予選に至るまでの全部です」

「正直な話、俺にも分からん事だらけだが――」

 タケシは自分が知る限りの情報をサツキ達に開示した。勿論、これが全てでないのは承知の上だ。

 ついこないだまで彼が入院していた病院の事情、彼が御影東悟の出場を知っていた理由――それは聞けば聞く程に疑問が湧き上がってくるような内容だった。

「――じゃあ、タケシ君はそのレイモンドっていう院長から、GACSに関する情報提供をずっと受けていたと?」

「ほほう、それで戦闘を途中まで有利に進められていたのか」

 心美が憮然と頷いた。

「情報アドバンテージがあった分だけ、私達をコントロールし易かったという訳か。おかげさまでまんまと罠に嵌められた。お前はお前で気に食わない奴だ」

「そう言ってくれるな。俺だって色々大変なんだよ」

「で、何でレイモンド院長は東悟さんが出場してるって情報を得られたの?」

 イチルがさっきと打って変わって真面目に質問する。

 だが、さすがのタケシもそこはかぶりを振った。

「分からん。俺はただあのゲイから聞かされた話をそのまましてるだけだし」

「じゃあ、湯島泰山とレベッカさんの事も?」

「そいつらに至っては院長ですら知らなかった連中だ。俺にも何が何だかさっぱりだ」

 タケシが右の掌で額を覆って項垂れる。

「もう一度、院長を問い質す必要があるな」

「思ったより状況は良くないみたいですし」

 サツキはため息混じりに言った。

「昨日もお父様に色々訊ねてみたのですが、「いまは話せない」の一点張りでした」

「大会の裏で何かの陰謀が蠢いているのは明白。俺が話せるのはここまでだが、何か分かったらすぐ報告する」

「もう一つだけ訊いても宜しいですか?」

「ん?」

「タケシ君、あなた……二次予選の内容を現段階で全てご存知ではなくて?」

「…………」

 タケシはしばらく押し黙るや、観念したように盛大なため息を吐いた。

「それ、教えなきゃダメか?」

「事ここに至って隠し事はうまくないですわ」

「分かったよ」

 こうして、彼はサツキ達にとっての情報源と成り下がった。


   ●


 ナユタと修一がセスナ機を降りて借り物のジープで向かった先は、ウェスト区の最南端に位置する、何年も前から人の手が入らなかった密林の奥地だった。

 運転席の修一が車のエンジンを切って告げる。

「着いたぜ」

「ここがお前の古巣か」

「ああ。五歳の頃まで暮らしていた孤児院の跡地だ」

 二人はジープを降りると、改めて目の前の更地を見渡した。

 いや、正確には更地ではない。たしかに跡地と言われるだけあって、建造物がそこに在ったという面影はそこはかとなく残っているし、手入れが無かった間に伸びた植生が鬱蒼と生い茂っている。

 もっとも目を引いたのは、そんな草村に突き立つ、等間隔に並んだ木の墓標だった。

「このお墓は俺が立てたんだ」

「一番奥の大きな奴は、ここの院長さんの?」

「ああ。俺やユミ達の親代わりだ」

 修一が懐かしそうに語る。

「ウェスタンベビー法。かつてのウェスト区は労働力を増産する為に、この区域に住まう人達全てに子作りを強制した。中には法の執行だとか言って、何も知らない俺達と同い年ぐらいの女の子達をレイプした軍人がいたっていうエピソードもある」

「けったくそ悪い話だ」

「だろ? しかもそれだけじゃない。子供を産んだは良いが、産んだ連中は当然のように貧しかった。ウェスト区は他の区域からすれば<星獣>の肥溜めみたいなもんで、そこに与える慈悲なんて中途半端なものでしかなかったからだ」

「貧しければ子供は育てられない。だから、産んだそばから子供を一目の届かない場所に棄てていく親も多かった。俺もそうやって棄てられた一人だ」

「ウェスタンベビー法にはいくつかの節目があって、第一期から第三期まで続いた。この孤児院に収容されていた俺やユミ達、あとはお前ぐらいのもんか。そのあたりの年代の子供達がウェスタンベビー法最後の被害者と言われている」

「本当だったら俺達は物心がつく前から飢え死にしていたって訳だ」

「そうだな。でも幸か不幸か、こうして生き残っちまってる。でも、それは単に俺達の悪運が異常に強かったからに過ぎない」

「普通は目の前の墓標がもう二つ……いや、そもそも立てられなかったんだな」

「ああ」

 修一は一旦ジープに引き返すと、後部座席に積んでいた色鮮やかな花束を取り出し、墓標の前にそっと置いた。

 修一が隣で黙祷を捧げる。ナユタも彼に倣った。

 しばらくして二人が目を開け、修一から先に口を開いた。

「ナユタ。他の誰より、お前には知って欲しかった。ここにはこういう場所もあって、ここに生きている人達がいたっていう事実を」

「俺に? 何で?」

「ウェスタンベビー法の被害を受けた奴を、俺はこの世界でユミとお前しか知らないからだ。納得したか?」

「……だな」

 ナユタは深く同意した。

「でも、どうしてこのタイミングで?」

「お前には打ち明けておこうと思って」

「何を」

「俺の願いだ」

 修一が何の臆面も無く言った。

「俺はウェスト区に、第二の星の都学園を設立する」

「なっ……」

 ナユタは言葉を失った。

 日頃<星獣>が跋扈するこの危険区域に? セントラルなんて比にならないくらい殺伐としたこの地域に、学校を?

 様々な疑問と驚愕が脳裏を過る中、修一は自身の決意を言葉にした。

「星の都学園に来て、色んな人に出会って、色んな戦いを経験して、そうやっていままで生きてた中で、俺は数多くのヒントを得た。俺達みたいな子供達をこれ以上増やさない為には、その子供達を保護する施設が必要だ。でも、ただの孤児院だと――」

 修一が再び墓標に目を向ける。

「ここみたいに、<星獣>の襲撃で焼き払われちまう。だから、戦いの技術を、一般教養の一環として自然に教えられる組織体があるとするなら、学校という形式しか俺には思いつかなかった」

「じゃあ、お前がGACSに出場したのって……」

「俺が伊達や酔狂で平和ボケした連中の遊びに付き合う人間だと思ったか?」

 たしかに、最初からおかしいとは思っていたのだ。

 GACSとは、悪い言い方をすると戦いをゲームとして扱うイベントだ。本物の戦を経験してきた修一が、その手のカジュアルな催しを、ただ黙って受け入れるとは考え辛い。

「ユミはあんなんだから何とも言えないが、俺は俺で目標がある。ずっと前から考えていたんだ。孤児院で過ごしたあの日と、星の都学園で過ごした今日に至るまでの日々を、この廃れた世界で再現できないかって」

「だとしても問題だらけだ。目標が立派なのは良い事だけど、それに必要なものがあまりにも多すぎる」

 端的に言うと、金、人員、物資の流通経路だ。他にも細かい面倒事がいくつか付帯する。修一もそれを分かった上で、この話をしているのだろう。

 だからこそ、するべき質問はこちらからしなければならない。

「お前は一人でウェスト区全ての戦災孤児の人生を護る気か?」

「俺もそこまで考え無しじゃない。GACSに優勝出来たとしても、ただ学校を建てろだなんて無責任な要求をする気は無い。ちゃんと考えもある」

 修一は改めて、こちらに向き直った。

「それに、GACSに優勝しようがしまいが、俺は俺の目標を完遂する。その為に、お前の力が必要になるかもしれない」

「…………」

「手を貸してくれないか?」

 修一は頭も下げず、ただこちらの目をしっかりと見ている。

 頭を下げたからといって誠意が伝わるとは限らない。彼は願いを口にしたと同時に、その摂理を体現しているのだ。

「……本気、なんだな」

「本気とか、そういう話じゃない。それが俺の人生だ」

「馬鹿げてる」

 吐き捨ててから、それでもナユタはにやりと笑った。

「じゃあ、GACSに優勝出来なかった場合の、ある程度先の展望を聞かせろや」

「まずは教員資格を取る」

 迷いも無く、修一は答えた。

「学校を建てるからには最低限必要な足掛かりだからな」

「それだけか?」

「まさか」

 修一が肩を揺らす。

「しばらくは星の都学園で教師をやって、理事長の座まで上り詰める。そうしたら星の都学園の分校を設立する」

「そう簡単に行くのかな?」

「お前の協力次第だ」

「俺に何が出来る?」

「かりそめにもS級バスターを続ける気なんだろ? だったらお前には西の子供達にとっての、憧れの象徴でいてもらおうじゃないか。それだけで子供達の目的意識も代わってくるし、何より権力者になったお前の意見一つで俺の行動も自由になる」

 ナユタはもはや、一介の戦争屋ではない。<アステルジョーカー>の有無以前に、方舟の戦いが世間における彼の知名度を一気に押し上げた。

 英雄の言葉は誰の耳にも心地よく響く。そのあたりの心理を修一は利用しようとしているのだ。

「もちろん、お前と俺だけじゃどうにもならない事が多いだろうな。だから、これから先はタケシ君やイチルちゃん――ゆくゆくは俺に味方してくれる色んな人達の力を借りようと思ってる」

「タケシにはライセンスバスター部門の長官にでもなってもらうか?」

「そりゃ良い」

 二人して、にたにたと笑った。

「ま、そういう話だ。乗るか反るかはお前の自由だ」

「面白そうじゃん」

 もう、ナユタの腹は決まっていた。

「その熱意が何十年先と続けば良いけどな」

「言ったろ? これが俺の人生だって」

「その言葉、忘れたらぶっ殺してやるよ。だから――」

 再び、二人は手作りの墓標に視線を投げかけた。

「俺も手伝うさ。その約束を忘れたら、殺されたって文句は言わない」

「結局、俺達の縁なんてそんなもんか」

 戦火の中、ナユタは修一と初めて出会った時から、彼を気に食わん相手だとずっと思っていた。

平和な日常が訪れたいまもそうだ。ああ言えばこういう奴で、女の子にはあからさまに優しくて、そのくせ物の見方がドライで人間関係についても素っ気ない。

そんな修一が毎日のように気に食わない。いつか殺してやると、本気で思っていた。

 でもそれは、当分先の話になりそうだ。

「じゃ、行こうぜ」

 修一が踵を返す。

「? 良いのか? お墓に挨拶しなくて」

「別に良いさ」

 運転席に乗り込んだ彼は素早くエンジンを始動させる。

 ジープが全身から唸り声を上げると、修一はやはりにんまりと笑った。

「俺達はここに戻ってくる。どんな場所に居たって、必ずな」

 彼の屈託の無い回答に頷き、ナユタは助手席に乗り込んだ。


   ●


 タケシがサツキ達に告白していた隠し事は、凌も陰で途中までは覗き聞きしていた。個人的には別にこそこそしている理由も無いのだが、あまり彼らと深い関わりを持つなと父親に言いつけられているので、自然的にそういう立ち位置にならざるを得ない。

 自分の部屋で二次予選に合わせたデッキを組んでいると、ふいに扉が軽くノックされる。

「誰だ」

「私よ」

「レベッカか。勝手に入れ。鍵は開いてる」

 承諾するや、レベッカが無言で扉を開け、部屋に踏み込んできた。彼女は後ろ手に鍵を掛けると、振り向きもせずにデッキ構築に勤しむ凌に話しかけてくる。

「熱心ね。あなたはそういう子だったかしら」

「俺は何に対しても真面目だ。ひやかしに来たなら帰れ」

「私に何か訊く事があるんじゃないの?」

「お前の目的は知らないし、俺からすればどうでもいい」

「果たしてそうかしら」

 レベッカが意地悪な微笑を浮かべる。

「私が何で御影東悟と手を組んだのか……知りたくは無い?」

「言った筈だ。どうでもいい」

「あなたの成長を促す為だとしても?」

「何……?」

 凌はようやくレベッカの話に興味を抱いた。

「お父様があなたをこの学校に送り込んだのも、あなたを九条ナユタや園田サツキに接触させたのも、私があなたの監視役に付いているのも――全部、お父様が自身の願いを叶える為。あなたが得た経験値の積み重なりは、あなたが新人類のアダムへと昇華するに至るまでの天のきざはし

「言ってる事の意味がよく分からんのだが……」

「いまは良いのよ、それで」

 レベッカが踵を返した。

「お父様からのお達しよ。明日の二次予選、絶対に勝ち抜きなさい」

「俺自身にその意思が無かったとしてもか」

「ええ。あなたの意思も私の意思も、お父様の前では何の意味も成さないから」

 彼女はそう言い残し、特に何もする事なく、この部屋から立ち去った。


   ●


 二次予選の会場は、一次予選で観客が集まっていた体育館の一室だった。

 凌は競技スペースに集まっている一次予選通過者の群れから外れ、壁際に寄って実況からのアナウンスをひたすら無言で待っていた。

 別に知り合いの姿を探したりはしない。

 彼は父親に言われた通り、ただ勝ち進む為の算段を組み立てるだけだ。

『お待たせしました! これより、GACS二次予選のルールを説明します!』

 実況が一次予選と同じテンションでアナウンスを流した。

『二次予選は一次予選で結成したチームを解散してでの個人戦だ! この競技フロアの天井に据え付けてあるVフィールドの制御装置が、選手諸君らを訓練用の仮想空間へ安全にお届けするぞ!』

 前回の一次予選は人数が多すぎて仮想空間のサーバーが過負荷を起こす危険性があったので、敢えて実際の市街をバトルフィールドに設定したが、今回は人数も減ったので仮想空間での戦闘になる。

『この予選は時間無制限。仮想空間内の選手が十六人に絞られた時点で試合終了となり、ここで残った十六名が本選――つまり決勝トーナメントへの参加出場権を得られる!

 そして、ここがこの予選最大の目玉! なんと、皆さんが愛用するデッキの使用が不可能となる!』

 これを聞いた選手達の間でどよめきが広がっている。

 つまり、昨日デッキを一生懸命組んでいた選手達はご愁傷様、という話だ。

 かくいう凌も、実はその一人なのだが。

『どうやら驚いている選手達もいるようだが、ご安心を。仮想空間内にはこの日の為に用意された専用の<メインアームズカード>、及び汎用<バトルカード>がそこかしこにばら撒いてある! 選手達はいち早くそのカードを見つけて拾い、それらを駆使してこの予選を生き抜かなければならない! しかもカードは拾うまで絵柄も種類も分からない。選手本来の戦闘センスと実力が試される、決勝進出者を選ぶに相応しい試練となっているぞ!

しかし、持っているデッキ内では唯一エクストラ枠のカードのみ使用可能となっているので、ここでは前回と違って<クロスカード>や<ビーストサモンカード>などが戦略の要となっている!

さらに、専用の<メインアームズカード>を五種類以上集めた選手は自身のデッキのカードも使用可能になるから、拾ったカードのみで生き残るか、拾ったカードを集めて自分のカードを使えるようにするかは諸君ら次第だ!』

 凌の場合はいつもソード型を使用しているが、今回はそのソード型を拾えるかどうかすら分からない。魔法系の武器でも拾った日には珍しく涙目になる可能性がある。

 ならば、五種類のカードを集めて自分のカードを使えるようにした方がよっぽど利口だが、果たしてそう上手くいくだろうか。

『なお、試合の様子は前回同様、最新鋭の投影装置によって大画面かつ多角的に表示される! ちなみに選手達は転送後、同空間内及び会場との通信を禁じられるので要注意だ! 勿論、ネットのニュースも参照不可だ!』

 例外として、ライセンスバスター専用の通信回線だけは生きているらしい。

 まあ、こちらには関係の無い話だが。

『転送直後から試合開始だ! では、そろそろ――』

 天井の四角い黒い箱型の装置が唸りを上げ、発光部各所が虹色に光る。

『Vフィールド・仮想空間モード、起動!』

 実況の合図と共に、競技スペースの選手全員が虹色の淡い光に包まれる。

 果たして、凌の視界は真っ白に染め上げらえた。



 植生が生い茂る小さな広場で、ナユタは大の字になって目を覚ました。

 なるほど。ステージ設定はジャングル――いや、もしかしたら無人島か?

「こんな地形、久しぶりだな。龍牙島以来か」

「きゅい」

 チャービルが小型化してナユタの頭の上に乗る。

「なあ、チャービル。イチルとの新婚旅行も龍牙島でいいかな」

「きゅいっ! きゅいきゅい!」

「おお、そうか。喜んでくれるのか」

 背後の草木が、かさっと音を立てて揺れる。

「ん?」

 気付いた直後、背後から選手らしき少年が一人、猛然と飛び出してきた。振り上げたハンマー型の武装を、ナユタの脳天めがけて振り下ろそうとしているところだ。

 しかし、ナユタは慌てなかった。気配を察知したと同時に少年の横に回り込み、すれ違い様に彼の手からハンマーを取り上げ、

「げぇっ……!?」

「バレバレだっつーの」

 奪い取ったハンマーで、少年の頭をホームランしてやった。残された相手の体がさらさらと光の飛沫となって散り、空間中から消失する。

 まず一人。しかし、一撃で済むとは。

「このハンマー、使い心地良いな」

「きゅい」

「よし。じゃんじゃんホームランしていこう。何点取れるかなー」

 ハンマーの柄を肩に乗せ、ナユタは意気揚々と森林地帯を奥に進んで行った。


「あはは! タケシー、待て待てぇ」

「うふふ、いーやだー」

タケシは日本刀を手に、ひたすら砂浜の上を逃げ回っていた。

なんてこった。海辺に飛ばされて、たまたま近くにソード型のカードが落ちていたので使ってみたは良いが――

「もう、逃げちゃやーよー」

「えー? でも止まったら……」

 背後から追ってくる、痩身の美しい女性が携える槍の刃先が唸る。

「俺、死んじゃうんですけどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「死ねェえええええええええええええええええええええええええっ!」

 転送早々、エレナに追い回されるなんて!

 これが古くカビだらけの青春ドラマみたいな、恋人との――ナナとの微笑ましい追いかけっこだったらどれだけ幸せだっただろう。

 でも相手はあのエレナである。微笑ましいどころか阿鼻叫喚、捕まった時にはこちらのヒットポイントはデッド・オア・アライブの境界線を彷徨うだろう。

「タケシぃ! 貴様、一次予選ではよくも我々をおちょくってくれたな!」

「そっちに直接手を出して無いんだから良いじゃないっすか!」

「それでも貴様に乗せられるのは何か腹が立つ!」

「さては俺の親父に対するストレスを俺で晴らそうとしてますね!?」

「さあ、どうだろうな!」

 エレナの心境については正直どうでも良い。

 だからタケシがいま成すべきは、如何に反則級の身体能力を持つ化け物の猛攻を凌ぎ切るか、この一点に尽きる。

 しかし、どうしようか。

 実況はエクストラ枠のカードが使えるとか言っていたが、タケシの場合はそれが実は<アステルジョーカー>だったりする。二次予選も一次予選同様に<アステルジョーカー>の使用は禁止されている為、今回のタケシは実質、エクストラカード無しでの戦いを強いられている。

 自分のカードが使えなくなるという状況はレイモンドから聞いてのでデッキ構築を弄る必要が無いとたかを括っていたが、エクストラ枠のみが使えるという設定までは全くの想定外だった。というか聞いていない。あのゲイめ、後でとっちめてやる。

 という恨み言はともかく、これではあまりにもこちらが不利だ。

 しかも運の悪い事に、ステージ設定は絶海の孤島。海も使えるという事はナユタのチャービルが猛威を振るいかねない。

 はっきり言って、このステージはナユタとエレナの独壇場みたいなものだ。

「こんなの、絶対におかしいだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 タケシの叫びは、既に至近距離まで迫っていたエレナの槍の一閃でかき消された。


「ぶくぶくぶくぶく」

 そんなタケシとエレナの追いかけっこを、イチルは海面から頭を覗かせて、口元の水面を泡立たせながら慎重に眺めていた。

 危なかった。転送された瞬間に海に落とされた時はシステムの開発者を殺してやろうかと絶望的な殺意に身を焦がされたものだが、おかげでたまたま近くに飛ばされていたエレナに捕捉されないで済んだ。

 そういう意味ではタケシは良いスケープゴートとしての役割を果たしている。

「ぷっふー。タケシ、ぐっじょぶ」

 水面下から右手を出してサムアップを決めると、イチルはカエル泳ぎで砂浜に辿り着き、周囲を確認して、次に濡れ鼠になった自分の体を見下ろす。

 まずい。ブラウスが透けて下着が丸見えだ。

「あー、もう! このまま歩いたら、あたしただの痴女じゃん!」

 この仮想空間の腹立たしいところは、風景どころか自然的な環境までもがリアルに再現されているという高性能っぷりだ。海水もしょっぱいし、靴には濡れて黒くなった砂がべったりと張り付いている。現実世界に帰還すれば元通りになるとはいえ、肝心の予選をこのまま戦えというのは少々酷な話ではなかろうか。

 イチルはカードが落ちていないかと周囲を再び見渡し、無いのを確認するや、ぐっと足に力を入れてみる。

 足裏にアステライトが収束――

「あれ? 嘘……<流火速>が使えない!?」

 新星人特有の高速移動魔法が使えない。これは由々しき事態だ。

「学校での訓練の時はちゃんと使えたのに……」

「あー、もう! サイアク!」

 十メートルくらい離れた波打ち際から、聞き慣れた悪態が聞こえてきた。

「何で転送位置が海の中なんだよ! 選手を最初から殺す気――」

 ユミ・テレサがこちらに気付き、ぴたりと沈黙して静止する。

「……ユミ……ちゃん?」

「…………」

 ユミもイチル同様、学校指定のブラウスが濡れて透けていた。

 なるほど。どうやら、境遇はこちらと全く同じらしい。

「……とりあえず、武器……探そうか」

「いや、普通に殴り合いもOKなんでしょ?」

「あ、バレた?」

「…………」

「…………」

 二人は再び固まり――ユミがこちらの意識の間隙を縫って猛然と肉薄してきた。

 こうして、突如として、イチルとユミの徒手空拳による格闘が始まったのだ。

「昨日の友は今日の敵! いざ、先手必勝!」

「勘弁してぇ! ほら、服だって透けてるし!」

「気にする事じゃないでしょ。だって、一回エッチした仲なんだし!」

「思い出さすな、このバイセクシャル!」

 方舟の戦いにおけるあの行為に関しては、理由があったとはいえ、イチルの中では完全に黒歴史同然の扱いとなっている。たしかに彼女のテク(?)には色々驚かされたが、もうあんな気分を味わうのは御免こうむりたい。下手をすれば妙な扉を開いていた可能性があるからだ。

 それにしても、痴女VS痴女。この構図は、とてもじゃないが人には見せられない。

 ユミの鋭い回し蹴り。これは腕で受け止め、力の方向に従って体を回転させ、イチルは彼女に足払いを仕掛けるが、ユミが軽く上に跳ねたせいでかわされる。

 すかさず掌底を放つ。しかしこれも腕を払われ、逆にユミから顎に鋭いアッパーカットを貰った。

 痛みは無いが、ヒットポイントが微かに減っている。

「っ……このっ」

「クロスレンジであたしに勝とうだなんて百年早い!」

 これについてはユミの言う通りだ。素の格闘戦では、ユミの方が戦場での経験が長い分だけ数枚も上手だ。

 純粋な腕前と身体能力では決して彼女には敵わない。騙し合い化かし合いにおいても彼女の年季には到底追いつかない。

 しかもお互い武器が無く、イチルに至っては<輝操術>が使えない。

「どうすれば……っ」

 ユミの打撃による猛攻が続く。このままでは一方的にヒットポイントが削られていくだけだ。

 何か……何か、対処法は――

「! そうだ……!」

 どうせ既にやった事だ。これを現実世界の衆人環視に晒すのは正直どうかと思ったが、下着が透けている時点で、もはや四の五の言っていられるような段階ではない。

 どうにかユミが打突の為に伸ばした腕を潜り抜け、イチルは彼女の懐に入り込む。

 すると、お互いの鼻先が触れ合い、ユミの目がぎょっと見開かれる。

「!? ちょっ……!」

 ユミがざっと大きく身を引き、構えも忘れて顔を赤くした。

「イチル、あんたいま何しようとした!?」

「さあ? 何でしょうかねぇ?」

 イチルがべろりと舌で自身の唇を舐める。

「ユミちゃんが言ったんだよ? あたし達は一回、ナニをしたんだっけ?」

「い……いや、あれは戦略としてやった事であって……」

「でもさぁ、割と楽しそうだったじゃない? んん?」

「ちょっと待って! あんたにはナユタが――」

「そんな事言ったら、ユミちゃんには修一君がいるでしょ?」

 イチルが一歩進む度に、ユミが一歩引き下がる。

「あの時の続き、ここでしてみるのも面白そうだよね? 大丈夫。ここにはユミちゃんとあたししかいないから」

「いや……現実世界の人が見てるから!」

「問答無用!」

 イチルは強姦魔同然の気迫でユミに飛び掛かった。

「レッツ、パーリィィイイ!」

「ちょ……来るなぁあああああああああああっ!」

 真っ赤な顔が青ざめ、ユミが背を向けて全力逃走を開始した。

 イチルは逃げ惑うユミを視界の真ん中に置きつつ走り、つぶさに周辺のカードの有無を確かめながら、こんな事をぼんやりと考えていた。

 これ、修一君ならともかく、ナユタに見られたら喧嘩になるのかな――と。


「なーにやってんだか、あの二人は」

 孤島の断崖絶壁から砂浜の様子を見下ろしていたナナが苦い顔で呟く。

 ナナの場合、飛ばされた地点は島の中央だったのだが、持ち前の体力でステージ全体を一周し、何人かの選手と遭遇して彼らを叩き潰した末にこんなところにいる。

 手には黒い自動拳銃が二丁も握られている。これも適当に歩き回っているうちに見つかった専用の<メインアームズカード>なのだが、まさか見つけたカードが二枚共銃を召喚するとは思わなかった。

 とはいえ、使ってみたら案外やれるものだった。普段は近接格闘用の装備しか使っていないから銃なんて使えないと絶望的な気分に陥っていたのだが、以前戦ったバリスタや、<イングラムトリガー>で銃型の武器を召喚して戦っていたナユタの動きを思い出したら、存外上手く使いこなせてしまったのだ。

 やっぱり、あの二人による影響は良くも悪くもナナの中では非常に大きい。

 何にせよ、ここから先も動かなければ始まらない。ナナは砂浜に人影が無いのを確認し、踵を返して密林の奥を進んで行った。


 サツキはイチルとユミが飛ばされた位置とは真逆の砂浜に飛ばされていた。

 しかも何の冗談だろう。転送直後に何人かの選手に素手で襲われるという非常事態に直面し、どうにか彼らの魔の手を凌ぎ切り、いまは密林地帯を突っ切って島の中央へと向かっている。

「あー、もう! 何なんですか、あの野蛮人共は!」

「いやー、全くだ」

 いつの間にか、隣を三笠心美が併走していた。しかも、何故かダイバースーツと背中に酸素ボンベ、頭にゴーグルという出で立ちだ。しかも、手には穂先に魚が突き刺さった白い槍を携えている。

「心美さん!? 何でここに……ていうか、何ですかその恰好は!」

「飛ばされた先が東側の海岸に漂着していたボロっちいクルーザーだった。そこから拝借した服と、たまたま近くに落ちてたカードで漁を楽しんでいた」

「試合中に魚獲ってたんですか!? 馬鹿じゃないの!?」

 心美が「タコ獲ったどー!」とか叫んでるシーンが目に浮かぶようだ。

「そしたら、たまたま近くにいたよー分からん連中に襲われた」

「へ?」

「ほら、あれあれ」

 心美が指さした正面には、既に黒い上着とチノパンという質素な格好をした、自分達となんら年が変わらない子供達が何人か佇んでいた。

 服以外の彼らの装備は、脇に抱えた黒いアサルトライフルで共通している。

「あの方達は……」

「見つけたぞ!」

 背後から、サツキを追っていた男達の一団が迫ってきた。彼らは一様に、服飾に対しては無頓着そうな、有り体に言ってパッとしない雰囲気の二十代前後の青年達である。

「観念しろ、優勝候補!」

「たかが中学生に舐められてたまるかってんだ!」

「くっ……!」

 彼らは単に、寄って集って無防備な強豪選手を一人狙いしたいタイプの連中らしい。

 じゃあ、目の前の少年少女達は一体――?

「サツキ、伏せろ!」

「わっ……」

 心美がサツキの首根っこを掴んで、一緒に真横に倒れ込んだ。

 直後、正面の子供達が構えていたアサルトライフルが火を噴き、背後から追ってきていた青年達を瞬く間に蜂の巣にしてしまった。

 青年達が光の飛沫を撒き散らして爆散、仮想空間から退場していくのを見届け、サツキは目を大きく見開いた。

「何が……」

「まずい、銃口がこっちを向いた」

 心美が警告していなければ、サツキはここで終わっていたかもしれない。

 子供達が発砲。一瞬速く立ち上がっていたサツキと心美は、それぞれ近くの大木の陰に回り込み、視線だけを覗かせて彼らの姿を小さく捉える。

 心美が舌打ちして言った。

「あいつら、出場選手じゃないな」

「何ですって?」

「恰好どころか武装まで共通してる。全く同じ種類のカードを揃いも揃って拾い集めて銃撃部隊を組んでいるとはさすがに思えない」

「じゃあ、彼らは何者なんですか?」

「分からん。ただ一つ、分かっているのは――」

 喋っている間に、彼らが再び、揃って発砲してくる。盾にしていた大木が削れ、細やかな火線が左右を通り過ぎる。

「少なくとも、歓迎はされていないな」

「そんな……!」

「この木も長くは持たない。早く逃げるぞ」

「……しょうがないですわね」

 相手の正体が分からない以上、ここは心美の言う通りにしておいた方が良い。

「一時休戦しましょう」

「当たり前だ」

 二人は視線で示し合わせ、銃撃が止むと同時に、近くの木を縫うようにして後退を始めた。



『おや? おやおやおや?』

『モニターが消えている?』

 観客席でも異常事態が発生していた。

 なんと、競技スペース中央の投影装置から放出されていたホログラムディスプレイが全て、突然真っ暗にブランクしたのだ。

 今日も観戦に訪れていたロットンとリリカが同時に眉をひそめる。

「ロットンさん、これ――」

「リリカちゃんはここから動かないで」

 ロットンは真剣な表情で席を立ち上がった。

「何処かの段階で何か仕掛けてくるとは思っていたが、まさかこんなにも早く――」

「え?」

「話は後だ。行ってくる」



 絶海の孤島は、いまや阿鼻叫喚の坩堝だった。

 アルフレッドは十代前半の少年少女がアサルトライフルで他の出場選手を撃ち抜いていく様を見届け、頬と眉を同時にひくつかせた。

「何だ、これは……一体どうなっている……!?」

『アルフレッド。私だ』

 唯一使用可能なS級バスター専用の特別回線が繋がり、<アステルドライバー>から六会忠の声が聞こえてきた。

『異常事態が発生した』

「それならいま目の前で起きている! どういう事だ、これは!」

『詳細は不明だが、このままでは二次予選そのものが潰れかねない。いま非常時に備えて編成された特別部隊が転送の準備に入っている。彼らが来るまで、一人でも多くのイレギュラーを強制退場に追い込め。他のS級連中には一般の出場選手達の避難誘導に当たってもらう』

「僕だけが戦えと? どういう冗談だ、それは」

 話しているうちに、子供達が木陰に隠れていたこちらの存在に気付き、銃口を一斉に向けてきた。

「くそっ、見つかった」

『なら丁度良い。好きなように暴れるがいい』

「ふざけるな……! 競技用の<メインアームズカード>しか使えないのに……!」

『君の実力は知っている。可能だな?』

「…………」

 悔しい事に、忠の眼力は正しい。

 そう。このアルフレッド・ジルベスタインには、何があっても基本的には独力でどうにか出来る力が備わっている。

「了解だ。例年の倍以上のボーナスを用意して待っていろ」

『残念ながら君に与えるボーナスは無い』

「何故?」

『それは君に金があるからだ』

「死ね」

 最後に上司に対して短い罵倒を叩きつけ、アルフレッドは交信を終了した。

「さて……と」

 ボーナスについては後で考えよう。

 いまは、目の前の敵を片付けるのが先だ。


「答えろ。お前ら、一体何者だ?」

 単独で謎の武装勢力である子供達を相手に素手で対応し、挙句に一人を残して殲滅せしめた修一が、残された少女の首を掴み上げ、ひたすら冷淡な目をしてその彼女に訊ねる。

「安心しろ。この空間にいる限り、俺もお前も殺されはしない」

「……………………」

 少女は喋らない。それどころか、一貫して無表情だ。

「肉体への拷問が通じないなら、ここでその服をひん剥いて辱めてやっても良い。お前一人を残した理由をここで理解させてやる」

「……………………」

 やはり、表情筋の一つも動かないか。

 修一は試しに、余った片手で彼女のほのかにふくらんだ胸に手を触れてみる。

「さあ、どうする?」

「……………………」

 どうやら、何をやっても無駄らしい。ここで本当に強姦してやったとしても、彼女は声の一つも上げはしないだろうし、それどころか肉体の条件反射以外は何の反応も示さないだろう。

 急にバカらしくなり、修一は彼女を地べたに放り捨てる。

「なあ、何か喋ってくれよ」

「……………………」

「……お前、もしかして」

 彼女の虚ろな目を見て、修一はふとある事に思い至った。

 青白い肌。開ききった瞳孔、掴んでいた時に首から伝わった冷たい感触。

 これは、もしかすると、もしかするかもしれない。

「死体……なのか?」

「正解だ」

「誰だ!」

 ばっと振り返り、背後から聞こえた声の主と対峙する。

 相手はなんと、御影東悟だった。

「お前っ……!」

「彼女の肉体と脳は既に死んでいる」

 修一の隣に立ち、東悟はへたり込む少女を冷たく見下ろした。

「彼女を――いや、いまフィールド内で暴れている彼らを動かしているのは、<アステマキナ>などに搭載されていたものと同種のアステルコアだ」

「アステルコア……?」

「<アステルジョーカー>における頭脳だ。素材となった人間の情報が保存されているだけでなく、武器としての性能や強さなどを決める重要な回路。そこにはオペレーターの経験値すらも人間と同じかそれ以上の速さで集積する空き領域も存在する」

「じゃあこいつは、要するに第二の<生体アステルジョーカー>って訳かい」

 かつて方舟の戦いにおける敵側の主兵戦力であった<アステマキナ>は、正式名称が判明するまでは便宜上、<生体アステルジョーカー>と呼称されていた。

 いまの話が本当なら、この少女も同じ仕組みで動く戦闘用の傀儡という事になる。

「でも何でお前がその事を知っている?」

「本来はお前も知っている筈の事だ」

「何?」

「教えておいてやろう」

 東悟が、改めて修一と正面から向かい合った。

「お前と私は、同じ穴の貉だ」


 この後、修一は東悟から全てを聞いた。

 正直、信じたくない話だった。


「――そんな、事って……」

「事実だ」

 語り終えた東悟の面持ちはいつにも増して暗かった。

「お前はこの世で一番こういう話に理解がある男だ。だから私は話した」

「それが分かっていながら、何で奴に――名塚啓二に手を貸した!?」

「私にも譲れない願いがある」

 彼の眼差しには一点の曇りも見受けられない。

「たった一つの願いの為に、私は戦い続ける。その為にどんな犠牲を払ったとしても、だ」

「お前自身を犠牲にしてでもか?」

「勿論だ。そして、他人の願いを――例えば、君の尊い願いを潰す事になってもだ」

「何で俺の願いを知っている?」

「話はここまでだ」

 東悟が告げるや、修一の目の端に怪しい影が映り込む。

「どうやら、名塚は私の事も試そうとしているらしい」

「狙われてるのはお互い様ってか。ゴタゴタしてんだな、そっちはそっちで」

 六時の木陰に二人、三時の草村に一人、十時の木陰に一人――

「やるぞ、黒崎修一」

「気に食わないが、一時休戦だな」

 二人は互いに背中を預け、息を潜めている敵影に意識を集中した。



 レイモンド・アッカーソンは院長室のテレビで試合の様子を眺めていた。

 しかし突然、その絵面がサウス区の海岸の静止画にすり替わった時は、思わず立ち上がってしまった。

「これは……」

「院長、大変です!」

 ノックもせずに入ってきた高梨陽太郎が泡を食って駆け寄って来た。

「GACS二次予選のフロンティアサーバーに複数の未確認信号が侵入、他の選手達を攻撃しています!」

「何ですって……?」

 癖になっていたオネエ口調で驚嘆し、レイモンドはふっと脱力して席にどっかりと座り直す。

「どういう事……? 仮想空間内で襲撃したって誰も死にはしないのに……」

「信号の正体は現在スカイアステルの管制室で追っています。でも、これは非常にまずいですよ」

「分かってるわよ、そんな事」

 選手達を攻撃しているという事は、大会のルール外で強制退場させられる選手が出る可能性があるという事だ。これでは予選もへったくれも無い。

「このままだと、二次予選が中止に――」

『観客に皆様、お待たせしました!』

 テレビからMCが新たに状況を伝えてきた。

『大会主催者の名塚氏による判断で、大会はこのまま続行するとの事です!』

「続行?」

「何を言っている!?」

 中継が見られない状況下で大会を続けるというのか、あの男は。

『これは突発的な状況下に置かれた選手諸君の対応力を試す、名塚氏が用意した驚異のサプライズ! さあ、選手達はこの難関をどう突破する!?』

「言っている事が無茶苦茶だ!」

 陽太郎が激昂する。

「でもこれではっきりした。やっぱり、この大会の裏には何かありますよ!」

「そうね」

 淡々と頷きつつ、レイモンドの脳裏には別の心配事が過っていた。

 まさか、名塚が用意したサプライズの正体とは――

「だとしたら、非常に厄介な連中が潜り込んでいる」



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 斬撃一閃。エレナの槍が、複数の武装した子供達を薙ぎ払った。

 次々に強制退出していく彼らを見送り、エレナは小さく一息ついた。

「面倒な事になったな」

「数が多すぎる」

 こちらの背中を護っていたタケシが悪態を吐く。どうやら、彼は彼で眼前の敵を全て斬り伏せたらしい。

「十や二十どころじゃない。あと何人倒せば……」

「タケシ。君がいま手に持ってる日本刀を私に貸すんだ」

「え?」

 突然の提案に、タケシが目を白黒させる。

「プレイヤー同士の武装の交換は大会のルールに抵触しない。使いやすい武器に切り替えた方がお互いにとって身の為だ」

「俺がエレナさんの槍を使うんですか?」

「ナナは槍型の武装を愛用していたな。常日頃彼女の相手をしているなら、よく知っている型の武器を使った方が君も戦い易いだろう」

 タケシはナユタやエレナと違って多種類の武装を操るスキルが無い。賢明なタケシなら、ここはこちらの提案に乗る方を選ぶだろう。

「……分かりました」

お互いに得物を交換し、二人は再び背中合わせとなる。

「いいか、タケシ。ここから先は互いの背中を護り、周囲を警戒しながら慎重に他の出場選手を探す」

「地道に味方を増やして、確実に生き残る算段ですね。賛成です」

「理解が早くて助かる」

 敵に回すと恐ろしいが、味方に回すと頼もしいのなんの。まだ十四歳なのに、随分と早熟な事だ。

 あとはナユタかハンスあたりでも見つけておけば盤石だろう。回線は万が一傍受されると面倒なので使わないが、歩き回っているうちに見つかるだろう。

 さあ、いますぐにでも欲しいその二人は、いま何処にいるのだろう?


 エレナが探し回っているのを露とも知らず、ハンスは右手のハンドガンと左手の西洋剣を駆使し、銃撃ないし斬撃を仕掛けてくる少年少女達の猛攻を凌いでいた。

 樹木に取り囲まれた狭いスペースの中央に立つハンスを巡るようにして、二人の少年がコンバットナイフを片手に波状攻撃を仕掛けてくる。

 左から鋭い踏み込みと共に刺突が飛んできた。ハンスは相手のナイフの切っ先を、左の西洋剣の剣脊で受け止め、右手の銃でたったいま後ろから飛び掛かってきた少年に向けて発砲。

 タイミングは完璧。突進の勢いを殺し切れなかった少年は、ハンスの銃撃に真っ直ぐ突っ込んだ形になる。

 額に黒く丸い穴が空き、少年はミサイルみたいな勢いで光の柱となって消える。

 続いて、至近距離でハンドガンを腰から抜こうとしていた少年の腹に蹴りを入れ、ハンスの右手が閃いた。

「……っ!」

 たったいま銃撃を胸に受けた少年が、さっきの少年と同様に消失する。

 五秒にも満たない攻防の末に勝利したハンスは、付近を再警戒して、手近な大木と西洋剣を盾にしながら慎重に後退していく。

「ったく……他の選手達は一体何処に……?」

「お、ハンスさんだ」

「誰だ……って、なんだ」

 真横から気軽に歩み寄ってきたのは、マックス・ターナーと望波和彩だった。

「お前ら、他の選手の避難誘導はどうした?」

「大半の選手達は奴らが出現した途端に続々と退場しやがった。いま生き残っているのは運が良い奴か、あるいはトップクラスのプレイヤーだけです」

「私もたまたまマックスを見つけられたので運が良かったです」

 和彩が安堵の息を漏らす。

「見つけたカードがシールド型だったのも幸いして、どうにか生き残れました」

「和彩、そのシールドを俺に寄越せ。お前には俺の西洋剣を渡す」

「分かりました」

 ハンスは和彩から受け取った白いシールド型の感触を確かめ、思わずうっとりする。

「うーん、やっぱり俺と言えばシールド型だよな」

「この剣、大きくて重くて使いにくいですわ」

 反対に、自分の身の丈くらいはある骨太な西洋剣を柄を握った和彩が不服を漏らす。如何に剣術の達人である和彩とはいえ、同じソード型でも形や様式が合わなければ使いにくいものらしい。

「マックス。お前の得物はなんだ?」

「俺はこれ」

 マックスが見せびらかしたのは、さっきの子供達が使っていたアサルトライフルだった。

「襲われた時に倒したついでに奪ってきた」

「大会が用意した武装じゃないだろ、それ。ルール違反で失格になるぞ」

「どのみち俺は二次予選で消えておく予定でした。一次予選でカトリーヌと遊べただけでも満足なので」

 聞くところによると、マックスは単にカトリーヌと、犬好き仲間である修一とチームを組みたかったという理由だけでGACSに出場したらしい。<星獣>であり出場選手の一人でもあるカトリーヌを飼い主不在のまま単騎で仮想空間に送り込むのをマックスが良しとしなかった為に彼女(カトリーヌは♀)は二次予選を棄権せざるを得なかったので、事実上の飼い主であるマックスが予選を勝ち抜く理由も無くなってしまったのだ。

 という事で、いまの彼は実質、出場選手というよりは「こちらの味方」だ。

「それより、これからどうしますか?」

「どうするって言ったってなぁ……」

「見ィつけたぁああ」

 背後からぞっとするようなデスヴォイスを奏でてきたのは、一次予選の終盤で御影東悟と共に現れ、ひたすらタケシを襲い続けた湯島泰山だった。

 彼は焦点を定めないまま言った。

「S級ゥ……ライセンス、バスタァアアア」

「そういや、あのキ●ガイも一次予選を突破してたっけなぁ……」

 ついでに言えば、単独撃破数ランキングでも上位に入っていた強者だ。

「ハンスさん、どうしますか?」

 和彩がやや引き気味に訊ねてくる。

「私としては、あまり関わり合いになりたくない相手なのですが……」

「んなモン、誰だって同じだろ」

「そうも言ってられないよ、お前らぁ」

 泰山が意外にもこちらの会話に反応を示した。

「だってぇ……お前らはこの仮想空間から逃れられないぃぃぃ……」

「何だと?」

 ハンスは耳を疑った。泰山のこの言葉がただの妄言の類なら耳を貸す必要は無いが、この特殊な状況下に置かれている以上は無視できない情報だからだ。

 泰山が長い舌を覗かせ、唇を大げさに舐めてから呟いた。

「<黒化>」

 これまた意外にも、彼がいま唱えたのは、一種のキーワードだった。

 泰山の周辺に黒いもやが発生し、彼の全身を隙間なく覆い尽くす。激しい波動が彼を中心に広がり、草木がいまにもちぎれんばかりに揺れている。

 ハンスが目を瞠り、顔を腕で覆いながら叫んだ。

「あいつ、まさか……! でも何であいつがそんなモンを!?」

「分かりませんが、とりあえず逃げた方が――」

「もう遅いぃいいいいいいいいいいっ!」

 狂気の声が轟き、黒いもやが泰山の全身から弾き飛ばされる。

 彼の姿は姿勢から容貌まで、まんべんなく変わり果てていた。地べたを腹で擦るような四足歩行の姿勢を取って上目に獲物であるこちらを捉え、全身から生えている黒い刃がゲーム機のジョイスティックみたいに前後左右に揺れている。

 まるで、針のむしろにされた黒いチーターのようだった。

「<ブラックアームズカード>……」

 こめかみから一筋の汗を垂らし、ハンスが呟いた。

「って事はお前、ODDの患者なのか……? でも何でそれが一次予選で御影東悟に協力していた? お前の目的は何なんだ?」

「目的? そんなもん、利害の一致さ」

 変身後の彼は、思ったより理知的な口調をしていた。

「奴らは俺に狩場を提供した。だから、俺も奴らに協力している。それだけの話だ」

「だったらいますぐ考え直せ! これ以上奴に加担するのは危険だ!」

「危険? むしろご褒美だね」

 黒いチーターが頭をさらに低くし、地面に顎を軽く当てた。

「無駄話は終わりだ。さあ、狩りを始めようか」

 宣告の後、ハンスが白い盾を構えた瞬間、

「え……?」

 ハンスの真横を、和彩の首が舞っていた。

「かず……――」

 正面からも泰山の姿が消えているのに気付いた頃には、マックスの五体が中空でバラバラになっていた。

 これも全て、一秒にも満たない間に起きた、刹那の出来事だった。

「!」

 和彩とマックスが同時に光の柱となって強制退場する一瞬で、ハンスは長年の勘から、殺気が飛んでくる方向というものを掴んでいた。

 奴が来る。

 ――右!

「ぐっ……!?」

 右に構えた盾の真ん中に、黒いチーターのしなやかな前脚の先端が突き刺さっている。細いなりをして、その一撃は<バトルカード>以上の威力を誇っているようだ。

「おおおおおおおおおおおおおおっ!」

 雄叫びを放ち、ハンスが右腕を強引に振り、盾と密着していたチーターを得物ごと地面に投げて叩きつけてやった。

 次に、露になった腹を踏みつける。

「これで終わりだ!」

「お前がな」

 彼の言う通り、終わっていたのは自分だった。

 気付けば、チーターを踏んづけている足の甲から、黒い刃が三本も突き出している。

「しまった……!」

 こちらに生まれた隙を突き、チーターが左前足の先端でこちらの顔面を指した。

 ヤバい。何か知らんが、次の瞬間、やられる……!

「<バトルカード>・<フラッシュボム>、アンロック!」

 誰かの叫び声と同時に、野球ボールくらいのサイズの光球がハンスと泰山の間に投げ込まれる。

 光球が爆発。激しい閃光とけたたましい騒音が五感の一部をかき乱してくる。

「今度は何だっ……!」

「くそ!」

 チーターが悪態を吐き、ハンスの足から素早く抜け出して後ろに下がり、全身の刃を全て凄まじい勢いで射出してきた。光でまともな視界を確保できない中、随分と思い切った真似をするものだ。

「<バトルカード>・<ブレードパペット>、アンロック!」

 今度はハンスの足元から極太の剣が生えて、黒い刃の一斉掃射を受け止める。

 だが、そう長くは持たないだろう。せっかく出現した刃の壁も、早速亀裂が入っていた。

「きゅいいいいいいいいいっ!」

 突然何かの鳴き声がしたかと思うと、ハンスは目の前で起きている現象に驚愕した。

 なんと、<ブレードパペット>に入っていた亀裂が、瞬く間に回復しているのだ。

「<バトルカード>のダメージを修復している……?」

 <ブレードパペット>は完全に破壊される事もなく、ひたすら破損と回復を続け、ハンスの身を完璧に護ってくれていた。

やがて黒い刃の嵐は止んだ。<ブレードパペット>は未だに健在だ。

「さっきから何が起きている……?」

「これが俺のエクストラカードの威力ですよ」

「きゅい」

 閃光が静まると、ハンスの目の前を一人の少年が塞ぐ。しかも、彼の頭の上には小さなイルカ型のホログラムが乗っている。

 彼らの姿を再認識して、ハンスは大口を開けて驚いた。

「ナユタ!? 何でお前が……!」

「説明は後です。ハンスさんは後退してください」

 ナユタが右手に<蒼月>を出現させる。

「ここは俺とチャービルで食い止めます」

「無茶だ! 相手は<ブラックアームズカード>だぞ!」

「それを言うなら大会専用のカードで対処する方が無茶ですよ」

「それはっ――」

 言いさして、ハンスはふと一つの疑問に至った。

 たしか自身のデッキを解放する場合は五種類の専用<メインアームズカード>を集めなければならない筈だが、いま普通に自分のカードを使っているナユタと泰山はどうやってカードを五種類も集めたのだろう?

 だが、いまは非常時だ。事情は後でじっくり聞き出そう。

「……分かった。でも気を付けろ。あいつ、和彩とマックスを一瞬でやりやがった」

「了解」


 ハンスが足を引きずって下がっていくのを尻目に、ナユタは目の前で前掛かりに舌舐めずりするチーターを睨んだ。

「よう。また会ったな」

「お前、さっき何をやった?」

「ん? ああ、あれな」

 おそらくは<ブレードパペット>の高速修復の事を言っているのだろう。

「俺のチャービルの代表的な能力、<ヒーリングパルス>だ。エコーロケーションの応用で目に見えないアステライトを広域で散布して、その範囲内にいる生物及びアステライト製の物体を高速修復する。これ、<バトルカード>の修理にも使えるのな」

「きゅい!」

 水色の髪に埋もれながら、チャービルが元気に手ビレをばたつかせる。可愛い。

「さてと。ここで消しとかないと決勝戦が面倒そうだから、あんたにはここでリタイアしてもらうぜ」

「そう上手くはいかないだろう」

「ああ。だから、全力で行く」

 ナユタは腰を落として、<蒼月>を八双に構える。

「いくぞ、チャービル!」

「きゅいっ!」



 ■GACS二次予選・出場選手の現在の残り人数:七十二名中、三十一名




                  第五話「ブラックアームズカード」 おわり


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