GACS編・第四話「パラダイム・カオス」
第四話「パラダイム・カオス」
中央ブロックのファミレスは他の出場選手達も休憩の為に訪れているので、席に余りが出ない程の盛況ぶりだった。一次予選開催中は実質外出禁止みたいなものなので一般客はあまり来ないが、選手達が何人、何十人と集結するので混み具合は土日とどっこいである。
イチルが目の前のペペロンチーノを平らげ、お冷を飲み干して言った。
「会場にチーム全員が集まっていた時、よくメンバーの顔を見ておけば良かったなー」
「事前にこういう情報が公開されている」
向かいの席でチキン南蛮をつまんでいた心美が、<アステルドライバー>のホログラムディスプレイの画面をこっちに寄越してきた。
いま渡されたのは、一次予選の種目がチーム戦と決まった直後に発信された、とある人気ブロガーのネット記事である。
「一次予選の傾向と対策……決まった直後なのに、よくこんな記事を書けたよね。ていうか、こんなのが出回ってたんだ。全然知らなかったよ」
「ネットにもラジオのハガキ職人みたいな、いわゆるカリスマ的な存在が少なからずいる。この予選に参加している奴らの中にも、そういう能力に長けた奴がいるというだけの話」
「そういえば、開会式の時はチーム同士で固まっている人が少なかったような……」
いま見ている記事によれば、開会式の時は必ず参加者が一度は主催者の前で集結するだろうから、チーム編成を知られたくない場合はチームメンバーから離れて式をやり過ごすと良いだろうという話らしい。
たしかに一理あるとは思う。イチルが選手宣誓の際に壇上に上がった時、他のチームを一望出来る視点だったにも関わらず、チーム・残り物の連中が一人として見えていなかった。彼らがネットの情報を見ていたかは知らないが、戦闘中でもないのにわざわざチームメイト同士で固まっている理由も無いと、あの戦い慣れした連中はそう判断したのだろう。
皮肉かな。戦いとは無縁そうなネット民と、日夜戦争漬けだったあの三人とで、意見が合致した形になる。
「でもそれってさ、記事を書いている奴があたし達をコントロールしようとしてるっていうふうにも受け取れるよね」
オレンジジュースをストローで飲んでいたユミが、鋭い指摘を繰り出した。
「自分の腕に自信が無いと他の力に頼り出す。最初は誰でも初心者で、初心者でなくても自分が弱いと自覚しているなら情報を頼りに戦っていくしかない。それが普通の人間だし、情報を集める為に便利なツールがあるなら積極的に使うには当たり前。そういう普通の人間の心理をついて、罠に嵌めようとする奴がいても不思議じゃない」
ユミが述べたのも、一つの戦術的見解だ。人の数だけ戦術があり、戦術の数だけ各々が抱く哲学的思想も存在する。
何が正解とは言えない。何が間違っているのか、定かではない。
「どのみち、全ては戦って分かる事」
心美が言った。
「既出の確定要素、考え得る限りの不確定要素。それら全てを頭に叩き込んで、これからの方策を打ち立てれば良い」
「でもさー、周りにいる人達全員、あたし達の敵でしょー?」
ユミが付近の席に座る参加者連中を見渡して言った。
「ここで作戦立てるのってマズくない?」
「分かってる。だから、ここを出て考えよう」
心美が手前の料理を全て片付けると、イチルとユミに立つように促した。
東ブロックの森閑とした公園にて。
「ナユタ。一つだけ聞きたい事がある」
コンビニで買ってきたホットドックサンドに舌鼓を打ちながら、エレナが訊ねてきた。
「んあ? なんすか?」
「君は何でこの大会に出た?」
「というと?」
「優勝賞品は魔法のランプみたいなものだろう? 何か叶えたい願いでもあるのか?」
「あー……それは秘密っす」
大会出場選手の目的は、優勝賞品のS級<メインアームズカード>か、もしくは『優勝者の願いを何でも叶えられる権利』、あるいはそのどちらかである。
ナユタの目的は、エレナの言う魔法のランプだ。
「何だ、教えてくれたって良いじゃないか」
「じゃあ例えば、『すぐにイチルと結婚して一生遊んで暮らす』とかいう願いだったら姐さんはどう反応します?」
「良いんじゃないか? それはそれで楽しそうだ」
「さして驚かないんすね」
「当たり前だ。私も可能な限り、お前とイチルには幸せでいて欲しいからな」
エレナが素直にそう告げるのも、分からないでもない。エレナにとってイチルは愛弟子で、ナユタはそんな彼女の婚約者だからだ。
「さあ、何を言っても驚かないから、お前の願いを教えろ」
「他人の願いを知りたいなら、まず自分の願いを話す方が先だ」
傍で缶コーヒーを傾けていたハンスが年長者らしく意見する。
エレナは多少むっとしつつも、顔を背けて告げた。
「私は……可能な限りイチルが幸せに生きられるようにしたいと思ってるだけだ。具体的な案は考え中」
「またまたぁ、気を遣っちゃってぇ」
「私は本気だぞ」
エレナがじとっとした目で見つめてくる。心なしか、少しだけ彼女の頬が赤く見えた。
「私は言ったぞ? お前はどうなんだ? えぇ?」
「俺は――」
ナユタは自分の願いを躊躇なく告げた。
エレナとハンスが、同時に目を丸くする。
「ナユタ、お前……」
「自分が言ってる事がどういう意味なのか、本当に分かってるのか?」
「勿論です」
ナユタは固く頷いた。
「これは俺自身の手でケリをつけないといけない事なんで」
「だが、それはイチルに……いや、他の子達にも重大な決断を強いる事なんだぞ?」
「だからこそです。もう、俺達で最後にしなきゃ」
ナユタの願いはナユタ一人の問題ではない。けれど、いまそれを語れる相手が、ナユタの周囲だとエレナとハンスぐらいしかいない。
この二人は、ナユタの願いの意味を良く知っている。
今日、この二人が一時とはいえ同じチームで、本当に良かったと思っている。
「この事をイチルやタケシ達には黙っていただけますか? まだ、話すには早いと思うんです」
「……分かった。約束しよう」
「だが、お前も一つだけ約束しろ」
ハンスが厳しく言った。
「お前が優勝するにしろしないにしろ、大会が終わったら全てを皆に話してもらう。お前がいまからしようとする行為には重大な責任が伴っている。将来的には考えなきゃいけない話でもあるしな」
「勿論そのつもりです。でも、賛成とも反対とも言わないんですね」
「何が正しいかを決めるのはつまるところ結果だ。そうだろ?」
そう。全ては結果論だ。
Does not occur only got up was that《起きた事しか起こらない》。西の戦争屋と名乗っていた連中は揃いも揃ってプラグマティストだ。エレナやハンスもまた、その端くれでしかない。
「……そろそろ休憩時間が終わります。行きましょう」
「ああ」
エレナが無言で頷き、ハンスが空き缶を近くのゴミ箱に放り込んだ。
指定された休憩時間が終わりを迎え、各チームがゆったりと動き始める。
タケシは<アステルドライバー>のニュースをチェックしながら、戦闘不可領域に指定されたテナントビルの物陰で他のチームの動向を探っていた。
「まずいな」
「何が?」
「チーム・残り物とチーム・トライデントが同じ動きをしている」
「同じ動き?」
ナナと忠が両側からこちらの<アステルドライバー>を覗き込んでくる。
いまタケシが見ているのは各チームの位置情報を表示しているマップだ。大規模なチーム戦なだけあって、時間が経過すればするほど試合が膠着状態になる可能性もあると踏んだ運営側が用意したシステムなので、勿論タケシ達以外にもこのマップは使用可能だ。
「あいつら、試合再開からすぐに他のチームを狩りに行ってやがる。しかも、比較的戦績が低いチームを狙ってる」
「なるほどな。我々も本腰を入れねばなるまい」
「え? 何? 何? どゆ事?」
親子二人が状況を飲み込んでいく中、ナナ一人が首をあちらこちらに傾げまくっていた。バカ可愛いとはこういう事を言うのかもしれない。
タケシは可能な限り分かり易い表現を探しながら述べる。
「俺達以外にもたくさんのチームがいるだろ? その中にも残り物やぺったんこみたいな強豪チームがいる訳だ」
「うん、いるね。それがどうかしたん?」
「その逆もまた然りだ。あんまり戦績が振るわない――言い方は悪いけど、弱小チームだって何組かいるんだ。ナユタやサツキ達が全速力で狩りに回っているのは、その弱小チームだ」
「それの何がいけないの?」
「雑魚だけを狩っていれば、必然的に強いチームだけが残る。トライデントがどうかは知らんが、残り物の場合はこれで正解だと思う」
「何で?」
「あの三人は自分達の立場を良く弁えているからだ」
忠がタケシの説明を引き継ぐ。
「恐らく二次予選を見越しての行動だろう。生き残ったチームは必然的に二次予選に進出するから、ただ戦闘可能領域内で上手く立ち回っているだけで一次予選はどうにかなる。だが、二次予選になればチームは解散して個人戦になる。もし決して少なくない人数を二次予選に残しておくと、九条君やエレナみたいな化け物クラスの選手達はどうなるか……」
「そっか、一人狙いされる可能性が高くなっちゃうんだ」
「その通り」
忠は生徒の正しい回答を聞いて満足したような教師の顔をする。
「チーム・残り物はハンスがいるおかげで生存率が非常に高い。必ず三人揃って二次予選まで残るだろうが、チームを解散して個人戦になれば生存率は個人の問題だ。あの三人を二次予選の早い段階で何が何でも潰しておかないと、平均程度の実力しか持たない選手からすればゲームにすらならないだろう」
「その為にはナユタ達を各個撃破する為の人員が必要になる。そして、それは多ければ多い程に効果を発揮する」
「じゃあ、ナユタ達が他のチームを潰しに回っているのって……」
「二次予選での生存率を上げる為だ。にしても、なんて大胆な真似を……」
タケシが毒づいた。
「あいつらはそれで良いかもしれんが、それだけ俺達が厄介なチームに当たる可能性が高くなっちまう。もしぺったんこの連中と当たったらアウトだぞ、俺達」
「だから嫌がってたんだ、二人共」
雑魚が消えれば、残るは強者のみ。
余程の戦闘狂でもない限り、この状況は如何ともしがたい。
「じゃあ、早く止めに行かないとまずくない?」
「ああ。このままだと、弱小チームが消えたおかげで余裕が生まれた他の強豪チームが俺達を狙って奇襲を仕掛けてくる可能性が高くなる」
「主に私のせいだな」
忠が悪びれずに言った。
「弱小チームの考えそうな事はさておいて、強豪チームの中にはライセンスバスターの長官がいるチームには早くご退場願いたいと考える者も多かろう。残り物の連中と比べて、我々の防御力なんてたかが痴れてるからな。ある意味では絶好のチャンスと捉える輩がいないとも限らない」
「自分でそれを言うのか……?」
「状況を冷静に見て言っている。それはともかく、いまの問題はチーム・トライデントも同じ動きをしているという事だ。彼らの狙いが何であれ、弱小チームの減少を加速させている要因にもなっている訳だしな」
「そうと決まったら、早速チーム・トライデントを追いかけるぞ」
「了解っ」
三人は再び巨大なサイを召喚し、チーム・トライデントが暴れ回っている中央ブロックへと急行した。
チーム・六会家に狙われていると知らず、チーム・トライデントは弱小チームを順調に狩り続けていた。
「ふっ!」
和彩の大太刀が一閃。視覚効果として散っていた桜の花びらが地面に落ちて消え、対戦していたチームの最後の一人を敗退に追い込んだ。
戦闘終了後、サツキは周辺を見渡すと、再び<アステルドライバー>のレーダーマップを開いた。
「まずいですわね」
チーム・六会家が高速でサツキ達のいる中央ブロックへと接近している。弱小チームが半数近く消えている中でこちらへ急接近しているという事は、少なくともこちらの狙いが看破されたと見て良いだろう。
凌が自分の<アステルドライバー>で同じマップを見ながら言った。
「なるほど。厄介な連中に目をつけられたらしい」
「タケシ君達のチームは戦略的な動きがより強調されていますわ。タケシ君をブレーンとして、ナナさんと六会長官が自慢の突破力で活路を開く。おそらくはそういう戦略で、これまでもテンポ良く他のチームを確実に無力化してきたのでしょう」
一次予選中に<アステルドライバー>で見れるのはニュースやレーダーマップだけではない。各チームの撃破数や、ヒットポイントなどのステータスも表示されるようになっている。過去三十分以内の各チームの戦闘場面も動画として公開されているので、これをもとに戦略を構築するという選択肢も当然アリだ。
サツキはつい十分前に行われたチーム・六会家の戦闘を動画で閲覧する。
「作戦もへったくれも無いですわね。主にナナさんの突破力がズバ抜けてます」
「どうする? 俺達は逃げの一手でも打つか?」
凌が思案顔で訊ねるが、サツキはただ苦い顔をするだけだった。
「うーん……逃げてばっかりじゃどうにもならないし、だからといって迎撃しようと思えばマンパワーが足りないですし……」
チーム・トライデントの弱点は主に決定打が無いところである。優れた攻撃のパフォーマンスによる波状攻撃が最大のウリだが、如何せん重量が足りない。
どっしり構えていられる余裕が、実際には皆無だったりする。
「二人共、お喋りはそこまでよ」
和彩が自身の<アステルドライバー>を見て眉根を険しく寄せる。
「長官達のチーム以外にも、私達を狙ってる連中がいる」
「何ですって?」
「チーム・ドミネーターズ。アルフレッドさん達のチームですわ」
「その人ってたしか、ライセンスバスターの……」
こちらの記憶違いでなければ、アルフレッドとやらはライセンスバスター部門の次期長官と目される、ジルベスタイン家の御曹司だ。
「彼らのチーム構成は三人全員がS級バスターよ」
「だったら俺達の行動は決まったな」
凌が極めて落ち着き払った様子で頷く。
「どうせ六会達のチームも来てるんだ。だったら――」
気に食わない事に、こちらの接近を察知したチーム・トライデントの連中が、蜘蛛の子を散らすように逃走を開始した。
レーダーマップ上で三つのアイコンがそれぞれ急速に散っていく様を見て、アルフレッドはあからさまな舌打ちをする。
「あいつら、僕達を間合いに誘い込んで包囲攻撃でもする気か?」
「それは有り得ない」
チームメイトのS級バスター、李佛岩が能面のまま意見する。
「十神凌は知らない、でも園田と望波はインファイター。飛び道具は<バトルカード>だけ。無駄撃ちは仕掛けて来ない」
「分からないよ? 園田さんは何をするか分からないし」
同じくチームメイトのS級バスター、雪村空也が首を横に振った。
「長官達のチームが彼らの近くまで接近してる。三チーム入り乱れての乱戦を狙っているのかもしれない」
「だったら相手の計略を逆手に取って、各個撃破するまでだ」
アルフレッドはマップを閉じ、二人に指示を下す。
「狙う相手は考えなくていい。僕達も散り散りに動いて、敵チームのメンバーを発見したら速攻でぶちのめせ」
「「了解」」
手短な作戦会議を終え、三人はそれぞれ別方向に駆けだした。
アルフレッドと空也と別れてから、イ・ブラムは工業区域の建造物をすいすいと縫い、いまは使用されていない廃工場の物陰に潜んでいた。
ここも一応は戦闘区域だが、搬入物の入り口に使われていただけあって如何せん場所が開け過ぎている。もしキャットウォークで待ち伏せしている敵から狙撃でも喰らった日には情けなさ過ぎて言い訳が立たないので、好き好んでここに立ち入ろうとする選手はまずいない。
だが、下手をすれば六会忠よりも屈強な肉体を誇るブラムには関係の無い話だ。どの物陰から何が来ようが、自慢の身体能力でさっとかわしてみせるまでだ。
「……来たか」
再びレーダーを確認すると、一個だけこちらに接近するビーコンの反応を見つけた。相手はチーム・六会家の六会タケシだ。どうやら単独でこちらに挑む腹積もりらしい。
「……ん?」
ブラムは眉をひそめた。接近するビーコンが一つだけではなかったからだ。
タケシが向かってくる反対方向から、選手とは別のアイコンが一つ。
「……一体何が――」
驚くのも束の間、次の瞬間、目を疑うような事態が起きた。
向かい側の壁が突然、粉々に吹き飛ばされたのだ。
「……っ!?」
「うりゃぁあああああああああああああああああああああっ!」
壁をブチ抜いて現れたのは、一頭の巨大なサイだった。
というか、何でそのサイから、甲高い女の声が――
「ちっ」
そんな事など、いまはどうでもいい。まずは、こちらに猛然と突進してくるサイの対処が先だ。
ブラムは<メインアームズカード>を解放し、黒い真鍮のような質感のヌンチャクを召喚。突進してくるサイを横に転んで回避し、起き上がり、ヌンチャクを振り回して緩急を付け、片方の打撃部を標的に向けて飛ばす。
打撃部同士を繋ぐ赤い光子の鎖がぐんぐん伸びる。
「<バトルカード>・<ハードボルト>、アンロック!」
打撃部が雷を帯びる。
「<ビーストランス>、解除!」
誰かの掛け声が聞こえたかと思うと、サイの姿が突然消え、得物の攻撃がただの空振りに終わった。
「なにっ――!?」
こちらのヌンチャクによる攻撃が大暴投となり、軌道の先にあった壁を貫いた。これでは引き抜くのに時間が掛かってしまい、一瞬だけだが身動きが取れない。
「その首、もらったぁ!」
その隙を見逃さんとばかりに迫ってくるのは、金髪を振り乱して銀色の槍を振るう、見覚えのある少女――ナナ・リカントロープの姿だった。
彼女が槍を振りかぶる。
だが、こんなところでやられるブラムではない。
「舐めるな!」
ブラムの反応は早かった。ヌンチャクから片手を放し、大振りされた槍の柄を瞬時に素手で打ち払い、余った片手の拳を握り込む。
拳を一閃。ナナの顔面を捉える。
「っ……――ぐぉおおおおおっ!」
ブラムの拳を直に顔面で受け止めながらも、ナナはほとんど怯まなかった。彼女は執念とも呼ぶべき気迫を漲らせ、槍を捨てて強引に下半身を跳ね上げ、両腕と両足でがっちりブラムの片腕に組みついてみせたのだ。
突然掛かったナナの体重に従い、ブラムの片腕が急に落ちる。
「<バトルカード>・<アステルバレット>、アンロック!」
さっきのサイがぶち抜いた壁から、小さな星々みたいな光の数々が浮かび上がる。
その中心に佇むのは、さっきからずっとその場にいた六会タケシだった。
「くたばりやがれっ!」
気勢を発するや、光の粒が一斉に撃ちだされ、流星群となってブラムに襲いかかる。
なるほど、二対一か。
だが、ライセンスバスターの中でもトップクラスの肉体派として君臨する私を倒すには、まだ足りない!
「ふんっ!」
鼻を鳴らすと、ブラムはナナに組みつかれた腕を強引に持ち上げ、既に目前にまで迫っていた光弾の怒涛に放り投げた。
これで同士討ちだ――
「っ!?」
自分の目を疑う瞬間が何度も訪れた日は、実は今日が初めてかもしれない。
なんと、ナナの後ろには既に、極太の刀剣の刃が壁となってせり上がっていたのだ。刃の壁はナナと光の弾丸、両者の衝突を阻み、爽快な破裂音と共にばらばらに砕け散る。
「<ブレードパペット>……っ!?」
「そういう事だ」
新たな声がしたのは、まさにブラムの真後ろだった。
次の瞬間。ブラムのヒットポイントメーターが全損した。
<ハードブレイズ>を纏った忠の拳がブラムの背中に直撃し、彼のヒットポイントが全損したのを見届け、六会忠はようやく気を抜いた。
たったいま脱落したブラムは尻餅をつくや、ふてくされたように胡坐をかいた。
「まさかの三人掛かり。卑怯にも程がある」
「これはチーム戦だ。一人狙いも許容範囲内だろう」
忠がまさしく堅物らしい見解を示す。
「戦闘中はレーダーを確認している余裕も無いだろうからな。少し離れた位置から接近していた私には気が付かなかっただろう」
「そんな事より、あの小娘の奇襲が予想外だった」
ブラムはタケシに助け起こされているナナを見遣った。
「なるほど、乗り物用の<星獣>に紛れていれば、たしかにレーダーには選手として映らない。誰だ、こんなはた迷惑な戦術を考えた奴は」
「はた迷惑で悪かったな。息子には大会が終わったら謝罪するように言っておこう」
「いや、いい」
ブラムは立ち上がると、うんざりとした調子で手を振りながら、戦闘不可領域の方向へと歩き始める。
そんな彼は、最後にこんな一言を残していった。
「これ以上は負け犬の遠吠え。みっともないにも程がある」
ブラムが倒された事により、状況は更に一変した。
「ブラムが倒されたか」
『集団リンチとは味な真似をしてくれる』
別行動中の雪村空也は、遠くのアルフレッドと無線を交わしていた。ここは廃工場の区画からは遠く離れたビルの屋上だ。ここからなら地上の様子を一望出来る。
「僕はどうすれば良い? このままアルと合流するか?」
『いや。僕は他の奴を狩って点数を稼ぐ。お前はお前で別の奴を叩け』
「こちらのメンバーが減った状況で連携が利かないのは少しまずくないか?」
『長官のチームはどうせこの先も同じ戦術で来る。そういう前提で動けば連中からは逃げ切れる。上手くすれば他のチームとの乱戦に持ち込めるだろ』
「了解。じゃ、また後で」
空也は無線を切り、しばらくぼうっと空を眺めていた。
ややあって、自分の背後に軽い足音が降り立った。
「……どうやら、僕らは揃いも揃って長官の息子さんの掌で踊らされてるらしい」
「気に食わないけど、どうやらそのようで」
「やれやれ……」
空也は鬱蒼とした気分のままに踵を返し、可変機構を搭載したハンドガンを片手に携えた八坂イチルと対峙する。
「中々どうして、面倒な相手だ」
「ほほう、そう来たか」
観客席のロットンが興味を露に唸った。
「まさか、チーム・ぺったんこまで呼び戻すとは」
「どういう事ですか?」
隣のリリカが小動物のように首を傾げる。
ロットンは上機嫌に述べた。
「S級バスターの彼が倒された事で、チーム・ドミネーターズは格好の標的になったのさ。チームメンバーが全員S級バスターというのはどのチームからしても警戒の対象になり得る。だから一人でも減ってしまえばそれだけで大きな戦力ダウンに繋がる」
「でもそれだけで中央区にいたぺったんこの皆さんが戻ってきたのって何か変じゃないですか?」
「その通り。いまや北区は六会家、ドミネーターズ、トライデントの連中が暴れ回る激戦区。どのチームも彼らの間に割って入ろうとは思わない。むしろ潰し合いで勝手に戦力を低下させてくれた方が良い。ぺったんこガールズはそう考える筈だ」
「じゃあ、どうして?」
「雪村空也を二次予選まで残しておくのは非常に厄介だからさ」
ロットンはいま思いつく限りの空也のプロフィールを思い出しながら言った。
「彼はS級バスター屈指の天才児とされている。ちょっと前までは普通のA級バスターの大学生だったにも関わらず、暇つぶしに受けてみたS級バスターの試験を圧倒的な力でパスしたという冗談みたいな経歴を持っている」
「って事は、同じS級バスターからしても真っ先に潰しておきたい相手なんですね」
「ああ。だが、もっと恐ろしいのは、この状況を作り出した策士の存在だ」
「策士?」
「八坂イチルの実力と行動パターンを知っていて、雪村の戦闘能力を聞く機会があり、尚且つ未来予測に近い先見の明を持つ人物の事さ。恐らく彼はこうなるのを見越して、先にブラムを潰すように提案したのだろう」
「タケシお兄ちゃん!」
「ピンポン正解その通り~」
などと冗談めかしてはみるものの、ロットンも内心では戦慄していた。
現状、空也を最小の労力で倒せる能力を持っているのは八坂イチルただ一人だ。イチル自身もそれを分かった上で単身空也の元へ乗り込んだのだろう。
何にせよ、イチルの出現によってチームメイトの心美とユミの行動パターンがさらに限定された。しかも最初から状況の渦中に居たチーム・トライデントも大幅な作戦変更を余儀なくされた筈だ。
この戦況なら、必ず浮いた駒がいくつか出現する。
チーム・六会家は、連携が取れなくなったチームから順々に狩っていくつもりなのだ。
「これで六会家の連中は他のどのチームも狙いたい放題だ。これからどうなるのやら」
ロットンの予想通り、北区域では浮いた駒から狙われていた。
すなわち、一人だけ<輝操術>で飛んで行ったイチルを見送った直後の、チーム・ぺったんこの二人だった。
「のぉおおおおおおおおおおっ!?」
「逃げろ逃げろー」
北区域に向かっていた最中に、ユミと心美は揃いも揃ってチーム・六会家の三人が乗ったサイに追い回されていた。あちらは図体の割に速力がF1カー以上というチートスペックな陸戦兵器を手に入れたのに、こちらは未だに乗り物となる<星獣>を見つけられなかった。機動力の差は歴然だ。
「走れ走れぇ! 轢き殺しちゃうぞー!」
「ナナちゃんゴルァ! ゴールデンウィーク明けは覚えてろよー!」
やけにテンションの高いナナとユミであった。しかし、追う者と追われる者とでテンションの質が違う。
心美が全力疾走しながら銃撃する。しかし、
「<バトルカード>・<ミラーシールド>、アンロック!」
タケシが<バトルカード>を発動。虹色の薄い膜がサイと搭乗者をすっぽりと覆い尽くし、弾丸をこちらへと跳ね返してきた。ユミの足元に心美の銃弾が何発か突き刺さる。
「うわっ、あっぶね!」
「はてさて、どうしたものか――ん?」
状況にそぐわぬ冷静さを保っていた心美が、ふと頭上を見上げる。
「げぇッ!?」
「? ふぎゃああああああああああっ!」
逃げ惑う二人の頭上から降りかかってきたのは、何処かで見た事がある青白い光の怒涛だった。
それが、たったいまシールドを解除した直後のチーム・六会家に直撃する。
爆発。地を激しく踏み鳴らしていたサイの足が止まり、背中の上から六会家の三人が振り落とされた。
背中から地面に衝突したタケシが、痛みに悶えて唸り声を上げる。
「いっつっつぅ――なんだってんだ、一体!」
「どうやら面倒な敵と遭遇したらしい」
既に立ち上がっていた忠が険しく眉根を寄せて言った。
ユミと心美もとっくに立ち止まっており、二人は呆然としつつ、忠が向けた視線の先を見遣った。
九条ナユタだ。彼は車両用の信号機の上で偉そうにふんぞり返っていた。
「はーはっはっは! 遊びに来てやったぜ、タケシ!」
「こ・の・や・ろ・う……!」
タケシが忌々しそうな目つきでナユタを睨み上げた。
「何でお前がここにいるんだよ! 東区域にいたんじゃねぇのかよ!」
「バカめ! 俺にはこいつがいるんだよ!」
「きゅいいいいいっ」
甲高い鳴き声を上げ、ナユタの水色のもじゃもじゃ頭から出てきたのは、灰色の小さい体をした一匹のイルカだった。
あれはナユタのペット、チャービルだ。
「俺の<エクストラカード>枠にチャービルがいるのを忘れていたようだな」
「しまった……!」
弘法にも筆の誤りといったところか。いくら状況を見通す能力に長けた六会タケシでも、ナユタの<エクストラカード>までには気が回らなかったようだ。
タケシが悔しそうに舌打ちする。
「セントラルの河川が全ブロックに繋がっているのをすっかり忘れてた……」
「お陰様で東ブロックからショートカットが出来た。さてと」
ナユタが淡青色を帯びた刀を振り上げる。
「まずはどいつから――」
「<バトルカード>・<ソニックブーム>、アンロック!」
「え?」
今度は何がどうなっているのか、ナユタが立っている信号機のポールの一部がぽっきりと折れ、
「あ、ちょ、ダメ――ああああああああああああああああああああああああっ!?」
信号機ごと、ナユタが地面に墜落した。絵面だけ見ると相当アホだ。
「ようやくこちらにも機が巡ってきましたわ」
伏せの姿勢で待機していたサイの横から、園田サツキが得物の剣を片手に提げてゆったりと歩み寄ってきた。
これには心美も驚嘆する。
「ちょ――何でサツキまでここに……!」
「やっべ、やっちった」
タケシが苦い顔をして漏らす。
「ナユタが来るのを分かってりゃ、サツキ達まで呼ぶ必要も無かったんだ」
「タケシのバカー!」
心美とユミがそれぞれ頭に疑問符を浮かべているすぐ近くで、タケシとナナの微笑ましいじゃれ合い(タケシが一方的に殴られている)が繰り広げられている。
なんぞ、これ。どういう状況なん、これ。
「一体何がどうなってるんだか……」
「ありゃりゃ」
「うわぁ……」
観客席で、ロットンとリリカが同時に苦い顔をする。
「チーム・残り物が奇襲してくる可能性を考えなかったのは完全に六会君の計算ミスだね。浮いた駒から潰すどころか、自分達が格好の餌食になるとは」
「これでまた混戦状態になっちゃいましたね」
リリカにも大凡の状況は掴めているらしい。
丁度良い。ざっと、この状況を整理してみるとしよう。
「六会家の連中はサイの力を借りて高速移動して中央区にいる。だが、<星獣>の力を借りられるのは六会家だけじゃない。九条君には元々チャービルがいるし、フィールドの各所には<星獣>のカードが散らばっている」
ロットンは会場中央に浮いているホログラム映像の一つを指差した。
「あれを見なさい」
「あ、和彩お姉さんだ」
モニターの一つには、大きな鷲型<星獣>に乗って空中を移動する和彩と凌の姿が写し出されていた。
「彼らが向かう先はおそらく北区域だ。園田さんが中央区の状況をかき乱している間、二人は別行動で他のチームを狩りに行く算段らしい」
「どうして? サツキお姉ちゃんと一緒に戦った方が良くないですか?」
「あの二人は六会君の策を牽制する為の別動隊だ。八坂さんが雪村と戦っている間、チーム・ドミネーターズのアルフレッドを完封して、六会家の連中を中央区に缶詰にしておく。目ぼしい獲物が北ブロックから消えれば、六会家がそこに行く意味が無くなるからな」
「六会家が逃げる為だけにそこへ向かったらどうするんですか?」
「行ったとしてもトライデントの連中に返り討ちにされる。罠を張る事に関しては、元・少年兵の十神凌はプロ中のプロだ」
不確定要素となっていたナユタはともかくとして、ユミと心美を巻き込む事で、サツキはチーム・六会家に対して確実な立ち回りの余裕を得られた。しかも六会家の連中を足止めしている間、凌と和彩には北区域に踏み入った強豪を始末する算段を立てる為の時間を与えられる。
つまり、全てにおいて余裕が生まれたチーム・トライデントが優位に立ったのだ。
ここから先は、ロットンやタケシですら先が読めない展開となるだろう。
八坂イチルと雪村空也の戦闘はほぼ五分五分だった。イチルが<流火速>で空也の頭上を忙しく跳ねながら<ギミックバスター>を連射しているのに対し、空也はその場から大して動かず、氷の盾を張って弾丸を防御しつつ、氷の礫をひたすら連射している。
空也は紫がかった白い杖をくるりと回転させる。
「いくよ、<サリエルの杖>」
杖の石突きで地面を突くと、空也の周辺の足元から氷の柱が六本生成される。
「<バトルカード>・<クリスタルスキャッター>、アンロック」
氷の柱が全て豪快に四散し、四方八方に大きな氷の礫が撃ち出される。
イチルは視界を埋め尽くす礫の大群を、極めて冷静に捉え、足裏でアステライトを爆発させ、真上に跳躍する。
自分の真下を氷の礫が通り過ぎる。
いつの間にか、空也がイチルの頭上まで飛んでいた。
「げっ……!?」
空也が杖を一閃。先端に生成されていた氷の刃がイチルの喉元めがけて迫る。
イチルは<ギミックバスター>をブレードモードに変形させ、銃口から刃を伸ばし、空也の斬撃をどうにか受け止める。
「<バトルカード>・<ストームブレード>、アンロック!」
お馴染みの汎用<バトルカード>を発動。<ギミックバスター>の刃から白い暴風が発生し、
「おりゃっ」
膂力を総動員して強引に得物を振り、竜巻の爆発と共にどうにか空也を真下に押し出した。飛ばされた彼は軽々と一旦地に足を付け、勢いを受け流すべくもう一回跳躍してバック宙を決めて、再び着地する。
やはり天才と言われるだけあって、体術もカードタクティクスも相当なセンスを秘めているらしい。こちらの攻撃がさっきから全く通じないし、何より<メインアームズカード>の能力が厄介だ。
空也が使用する<サリエルの杖>は、<アステルジョーカー>と同じくSランクのカードであり、S級バスターの免許証そのものだ。大気中の水分をアステライトで固形化して氷と似た物質を作るという、能力的にはA級カードに毛が生えた程度のものだが、同じくS級バスターにのみ与えられる専用の<バトルカード>と組み合わせる事で<アステルジョーカー>に匹敵する性能を発揮する。
さっきの<クリスタルスキャッター>も喰らっていたら一発でお陀仏だった。威力だけで言えば、<インフィニティトリガー>の必殺攻撃に比肩する一点モノだ。
「どうした? 君も専用のS級カードを使えば良いじゃないか」
ゆったりと着地したイチルに、空也がからかうように言った。
「君のデッキに入ってるエクストラ枠の<クロスカード>、あれが君の切り札だ」
「良いんですか? 本当に危険な代物なんですけど」
「あんまり年下の女の子には舐められたくないんでね」
「……分かりました」
少なくとも、空也は手加減して勝てる相手ではない。
良いだろう。どんな挑発だろうが、それしか手が無いならそうするまでだ。
「力を貸して――ナユタ」
このカードに秘められた力の源は、九条ナユタの戦闘能力に由来する。
それは非常に強力でありながら、非常に危険な代物だ。
「<クロスカード>・<イングラムクロス>、アンロック!」
各人の思惑、状況の全てが二転三転する混沌の坩堝。GACS一回戦も、いよいよ終盤に差し掛かっていた。
ここでまた、状況が大きく一変する。
『ななななーんと! 今大会における強豪チームの一角、チーム・ドミネーターズの一人にして、S級バスター屈指の天才・雪村空也が早くもリタイアだあああああっ!』
「相手は――八坂イチルか」
投影装置のド真ん中を占拠しているホログラムディスプレイに映っているのは、<クロスカード>を発動したイチルが、圧倒的な勢いで空也を追い詰めている場面だった。もはやリンチに近い光景に、観客席に座っているほぼ全ての人間が静まり返っている。
リリカが顔を引きつらせてコメントする。
「イチルお姉ちゃん、怖い……」
「S級のライセンスバスターにはそれぞれ、オリジナルのS級<メインアームズカード>と、そのカードと連動する別のS級カードが与えられる」
ロットンが淡々と説明する。
「八坂イチルの場合は<メインアームズカード>の代わりに、S級専用の<クロスカード>を一枚だけ与えられている。でもアレは――」
『おおっとぉ!? 南ブロックでもどうやら動きがあったみたいだぞ!?』
ロットンの怪訝な声を、実況の男が見事にかき消してくれた。
『現在に至るまで南ブロックに生存していたチームがほぼ全てリタイアしている! いまそこに残っているのは、なんとたった一チームだけ!』
『一チーム?』
MCの隣で、園田村正が怪訝な声を上げる。
『まさか、その一チームが他の全てのチームを全滅させたとでも?』
『どうやらそのようで――たったいま最新の情報が入りました。南地区に唯一生存しているチームの名は――ディスオーダーズ! チーム・ディスオーダーズだ!』
チーム・ディスオーダーズ。これはまた奇特なチーム名だ。
『そのメンバーは……こちらです!』
MCの合図と共に、ディスオーダーズのメンバーの顔写真がホログラム映像として会場の中央に投射される。
それを見たロットンとリリカが、同時に一瞬だけ呼吸を忘れた。
「なっ……!」
「あの人……まさか」
二人が特に注目したのは、チームリーダーの顔だった。
彼は伸び放題の黒くよれた髪を垂らし、眼の奥が使い古されたような黒さを秘め、バストアップの写真からでも分かるような屈強そうな肩幅をしている。
そんな彼を、二人はよく知っている。
もしかしたら、観客席にいる誰よりも、彼の存在に驚いたかもしれない。
『経歴不明の偉丈夫、御影東悟を筆頭とし、これまた経歴不明な湯島泰山とレベッカ・ジェームズを擁する今大会最大のダークホース! 彼らは他の追随を許さぬ圧倒的な攻撃力が特徴のパワフルなチームだ!』
『ちょっと待ってください』
『はい?』
『御影東悟は国際指名ては――』
村正が何かを喋りかけた時、実況の音声が急に途絶えた。異変を察知した会場の人間全体が徐々に静まり返っていくのがよく分かる。
ロットンは席を立ち、忙しく周囲を見渡す。
「……あ、いた! おーい、ニーナ!」
丁度近くをうろついていたS級バスターの一人、ロシア人女性のニーナ・スモレンスキーに大声で呼びかける。
ニーナはすぐにこちらの近くに寄るなり、怪訝な顔をして訊ねてきた。
「ロットンさんも来てたんですね。っていうか、いまのは何なんです?」
「私が聞きたいくらいだ。とにかく、いますぐ大会主催者のところまで乗り込むぞ」
「まあ、そうなりますよね」
「リタイアしたブラムと雪村にも通達しろ。あと、君はリリカちゃんを頼む」
「え? あ……え?」
戸惑うニーナにリリカを押し付け、ロットンは素早く観客席から抜け出した。
オレンジ色の小さな蛍火が宙で群れを成し、火線となって真っ直ぐ撃ち下ろされる。エレナはその射撃を全て後退して回避、真横から躍り出てきた修一の剣を屈んでかわし、片手の袖口から伸びた光剣を一閃させる。
修一も慣れたもので、こちらの太刀筋を見切り始めたらしい。難なくこちらの刃を受け流す。
エレナと修一の近接戦闘は全くの互角。片や人類最強の女、片や近接戦闘の達人、このマッチアップを見れる機会はそうそう無い。
お互いの剣が交差すると、エレナは修一に顔を寄せて呟いた。
「さすがは達人と呼ばれるだけあるな、黒崎修一……!」
「おかげさまでっ」
修一が剣を払い、一回転して緩急を付けた回し蹴りを放ってきた。エレナはすかさず彼の間合いから離れる。
「わおおおおおおおおおおおおおんっ!」
カトリーヌが真後ろから、鋭い爪をのぞかせて飛び掛かってきた。
すると、円盤状の赤いシールドがエレナとカトリーヌの間に挟み込まれ、カトリーヌがシールドに激突して弾かれる。
ヘルプでシールドを遠隔操作していたハンスが、ぴったりとエレナの背後に付く。
「そう簡単に、やらせるかよ!」
ハンスが右手の甲に装着したコアユニットから、円盤状の盾を再び生成、大小様々な盾の大群が周辺を乱舞し、修一とカトリーヌの動きを牽制する。
その間を縫うように、さっきまで隠れていたマックスが、白い柄に赤い光子の穂先を持った槍を振りかざしながら迫ってくる。
「来るぞ、エレナ!」
「上等だ!」
「っ……!」
突進している最中だったマックスが、突然足を止めた。
「? マックス?」
「……エレナさん。たったいま通信が入った。一時休戦だ」
「あ?」
「全員、ニュースを見てくれ」
マックスは耳に装着したインカムに聴覚を傾けたまま、<アステルドライバー>のホログラムディスプレイを拡大し、いまこの場に集まっている面々に画面を公開する。
それを見たエレナの瞳孔が大きく開かれた。
「奴は――」
「御影東悟……!」
どうやら名前だけは知っているらしい、修一が唸り声を上げた。
「なんてこった……何でこの大会に紛れ込んでんだ!?」
「いまロットンさんが大会主催者とコンタクトを取っている」
マックスが言った。
「でも現行犯じゃないから逮捕出来るか分かんねぇ」
「国際指名手配犯ですよ? 発見したら即逮捕じゃないんですか?」
「普通に大会に紛れ込んでんだ。何か事情があるならその限りじゃない」
「一体どうなってんだか……」
修一とマックスの会話を聞いていたハンスが、やれやれと肩を揺らしてため息をついた。
「そういや、長官の野郎はどうしてっかなー」
ハンス曰く長官の野郎こと、六会忠も動きを止めて眉をひそめていた。
「……何で奴がこの大会に?」
「御影東悟って――」
さっきまで忠と交戦していたサツキも、自身の<アステルドライバー>に表示されたニュースを見て愕然としている。
「イチルさんが言ってましたわ。方舟の戦いの時、一人だけ逃げおおせた<新星人>の一人だって」
「俺が知ってる中で、野郎と面識があるのはイチルだけだな」
ナユタも近くに寄って言った。
「奴はいま南地区にいる。で、イチルはいま何処にいる?」
「北区域」
心美が短く答える。
「イチルとその御影某は同じ種族。この大会で奴が何をしようとしているのかは知らない。でも、イチルだけは探し出して保護した方が良い」
「それについてならもう手は打ってある」
今度はタケシが何故か自身満々そうに言った。
「イチルはさっきまで雪村さんと戦っていた。あの人にはあらかじめ、もしイチルと戦って負けたら、可能な限り近くでイチルを見張っていて欲しいって言ってある」
「あらかじめって……お前、奴がこの大会に出場しているのを知っていたのか?」
ナユタが責めるように訊ねるが、タケシの態度は実に飄々としていた。
「話は後だ。もうどうせ一次予選が終わる頃合だ。俺達は御影東悟を探し出して――」
「誰か私を呼んだか?」
「っ!?」
突如として降りかかってきた声の主は、小洒落た喫茶店の上に立っていた。
伸ばし放題のよれた黒髪、ダークグレーに染まった七分丈のシャツの上からでも分かる、筋骨隆々の上半身。
腰のホルスターには黒い脇差が挿してあり、左手には市販の物とはやや細部の形状が異なる<アステルドライバー>を装着している。
彼が御影東悟。<新星人>の首魁たる人物だ。
「六会タケシ。ゲイの院長に唆されて、裏でこそこそやっているらしいな」
「その言い方止めてくんない? 俺がゲイだと勘違いされるから」
「ゲイ? 院長? 何? お前ら、一体何の話をしてんの?」
開口一番に飛び出したワードがまさかのゲイである。さすがに意味が分からない。
ナユタは気を取り直し、丁度手に持っていた<蒼月>の切っ先で東悟を指した。
「ていうか、何でお前がここにいんだよ!」
「初めましての挨拶も無しか。最近の子供は礼儀を知らないと見える」
「国際指名手配犯相手に礼儀もクソもあったもんじゃねぇ! こっちの質問に答えろやこのボケナスが!」
「私に質問する前に、真っ先に問い詰めるべき相手がいるだろう」
東悟はタケシ、ナナ、忠の順に視線を向ける。
「チーム・六会家だったか。そろそろ諸君らは他のチームにしている隠し事の全てを洗いざらい吐くべきだと思うんだが?」
「それはあんたを捕まえた後でやる!」
ナナが<流火速>で真上に跳ね上がり、
「<アステルジョーカー>、アンロッ――」
「ナナ、止せ!」
タケシが鋭く叫ぶや、ナナの動きが空中でぴたりと停止する。
その隙に、東悟は腰の脇差の柄に手を掛けた。
「てめぇもそこを動くんじゃねぇ!」
ナユタが一閃。<月火縫閃>の巨大な閃光が東悟を襲う。
しかし、東悟はその一撃を、抜き放った脇差の一振りでかき消してしまった。
その頃には丁度ナナが着地しており、彼女の傍に寄ったタケシが彼女を説得する。
「野郎も一応は出場選手の一人だ。ここでお前が<アステルジョーカー>を使えば即失格になるぞ」
「でも、あいつはっ……」
「タケシの言う通りだ」
ナユタが東悟を鋭く睨み上げながら言った。
「もし俺達に<アステルジョーカー>を使わせる為だけにこんなところまでひょっこり出てきたんだとしたらどうするよ?」
「なるほど。噂以上に冷静な奴らしい」
東悟が小さく鼻を鳴らした。
「そろそろ一次予選の終了時刻だ。それまでの間、私と少し遊んでいかないか?」
「悠長だな。お前にそんな余裕があるとでも?」
「あるさ。これはチーム戦だ」
東悟が余裕綽綽と告げるや、ナユタの左右の物陰から、一人ずつ、異様な風体の人物達が姿を晒す。
一人は金糸雀みたいな短い金髪が目立つ小柄な少女、もう一人や、やたら目が血走った細身の男だった。さっきのニュースが本当だとするのなら、前者はレベッカ・ジェームズ、後者は湯島泰山だ。
「彼らが私のチームメイトだ」
「こいつらも<新星人>か?」
「いや、違う」
タケシが否定する。
「こんな奴らの情報は知らない。でも、何かが違う」
「六会……タケシぃぃぃっ……!」
湯島泰山が大口を開け、唾液だらけの舌を不気味に覗かせる。
「おまぇ……おれたちの、仲間ァ」
「仲間? 何の話だ?」
「おれだぢ……おまえ……」
泰山が<アステルドライバー>を操作し、両手の指の隙間に四本ずつの黒い日本刀型のナイフを召喚する。
「殺すぅううううううううううううううううううううううっ!」
「!?」
粘り気のある唾液を撒き散らし、泰山が狂気の突進をタケシに仕掛けた。
「レベッカ! あんた、何でこんなトコにいんの!?」
邂逅直後、開口一番にユミはレベッカに人指し指を突き出して、そう訊ねた。
しかし、レベッカの回答よりも先に、心美が怪訝顔で訊ねてくる。
「ユミ、知り合い?」
「知り合いも何も、十神と同じタイミングでうちの学年に編入してきた奴じゃん!」
「そうだっけ?」
「そうだよ! いつも黙ってばっかりだから目立っちゃいないけど!」
「かしましいやり取りに興味は無い」
レベッカが憮然と言った。
「<メインアームズカード>、アンロック」
音声入力の後に、レベッカの右手には黒い自動拳銃が握られた。
あれは市販のA級<メインアームズカード>、<ベレッタX>だ。しかし、細部の形状が異なっている。
レベッカはその銃口を真っ直ぐ心美に突き付けた。
「三笠心美。同じガンスリンガーなら一度は戦ってみたい相手だ」
「なるほど。面白い」
心美が既に両手に携えていた<ソードグラム>をくるくると回転させる。
「ぺったんこで良いなら私の胸を貸してやろう」
「気にするな。私もぺったんこだ」
「君とは気が合いそうだ」
冗談めかしたやり取りを終え、二人は徐々に横へずれる。一歩横へ進む度に、気を練り、呼吸を整え、二人の心身が充実していくように見えたのは、果たしてこと戦闘においては百戦錬磨のユミだけだろうか。
すぐ近くでタケシと湯島泰山の戦闘が開始される。
それと同時に、二人の銃口が放つ光が、銃撃戦の火ぶたを切って落とした。
「おいおいおい、何か勝手におっ始まってんぞ!」
「私達はどうしますか?」
隣でサツキが落ち着き払って訊ねてくる。
「どうするって言ったって……」
「やるしかあるまい」
余り者となったユミを小脇に抱えて、忠がこちらの目の前に歩み出てきた。
「ちょ……離せー! 何であたしまでー!」
「どうせ手が空いているんだ。彼の逮捕に協力したまえ」
「嫌じゃー! あたしは高みの見物を決め込みたいんじゃー!」
「どうせなら纏めて掛かってくるがいい」
東悟が喫茶店の屋上から飛び降り、こちらと同じ地面に着地する。
「私も最近、体が少し鈍り気味なんだ」
『えー? パパだけずるーい! あたしはどうすりゃいいのー?』
突然、何処からか舌足らずな少女の声がした。これには大抵の事だと全く驚かない忠も目を丸くする。
東悟はおもむろに腰の脇差の柄を撫で、なだめすかすように言った。
「今日はお前を使う訳にはいかない。大人しくしてなさい」
『ぶー! パパのケチー!』
「パパ?」
ナユタが首を傾げた。
「まさかアンタ、自分の脇差にパパって呼ばせてるの? どんなプレイ?」
「違うだろ」
「げふっ」
忠のげんこつがナユタの脳天に直撃。ヒットポイントが少しだけ減少する。
「あぁっ……俺のヒットポイントメーターが!」
「このバカはさておくとして……」
忠が気を取り直して言った。
「聞きたい事は全て奴を捕縛してからだ。ユミ、いくぞ」
「だから、何であたしまで!」
さっきから文句しか言っていないユミを無視して、忠が東悟に肉薄。一撃必殺の勢いで右の拳が放たれる。
しかし東悟は、その目視すら難しい拳を掌の上に乗せ、身を逸らして受け流す。それからすかさず忠の軸足に足払いを掛け、いともあっさり彼を自分の後ろへと大きく弾き飛ばしてしまった。
当然、忠もただでは転ばない。宙に浮いた体を捻り、一回転して着地、すぐさま身を反転させて再び殴りかかる。四十を超えるとは思えない程の俊敏性だ。
忠が一方的に肉弾戦でラッシュを掛ける。東悟はそんな彼の攻撃を全て、<輝操術>を使わずにいなし、捌き、ごくたまに掌底での反撃に転じる。
二人の格闘戦は、地上の空中戦と表現すべき芸術性を備えていた。
「あいつ、武術の達人かよ」
「何を呑気な――」
サツキが言い止した時だった。完全に肘の動き阻害された忠が、たったいま東悟の掌底を腹に受け、いとも簡単に転ばされたのだ。
「嘘だろオイ? 長官が近接格闘で負けた……?」
「ええい、ままよ!」
今度はユミが出陣し、
「私も!」
この状況を見るに見かねたのか、サツキまでもが得物である刀を手に、ユミと共に東悟に挑みかかった。
ユミが銀色のブーメランを投擲。東悟が飛来するブーメランを節制された動きで避け、背後に回り込んだサツキの兜割りも、右足を軸に回転して横にずれて逃れ、すかさずサツキの手首を掴んだ。
ユミのブーメランが大きく迂回し、再び東悟の頭を目がけて飛んできた。東悟はいましがた捕らえたばかりのサツキを、飛んでくるブーメランに対する盾とした。
あわや相討ちか――そう思われたが、ここで慌てるサツキではない。
サツキは足を跳ね上げ、鋭く回転してくるブーメランの中心を、思いっきり頭上に蹴り上げた。
続いて、乱暴に回転しながら飛んでいくブーメランの柄を、既に頭上へ飛んでいたユミが掴み取る。
東悟の意識に隙が生まれる。その刹那を見逃さず、サツキが東悟の手を払いのけ、彼の間合いからすぐさま離脱する。
そして、頭上のユミが、ブーメランの切っ先で東悟の脳天を真っ直ぐ狙う。
「甘い」
彼女達の戦術を一笑に伏すや、東悟はゆったりとした動きで横にずれる。ブーメランの切っ先が東悟の横顔を通り過ぎるや、彼は落ちてきたユミを頭を鷲掴みにして、ふわりと地面に押さえつけた。
地べたに全身でひっつくユミが、素っ頓狂な声を上げる。
「……え? うそ?」
「筋は悪くない。だが、まだ足りない」
振り上げられた東悟の右手が緑色に発光する。
ここでようやく<輝操術>の攻撃――!
「待ちやがれゴルァ!」
あちらもようやくなら、こちらもようやくだ。
ナユタが気勢と共に駆け出し、ユミを攻撃しようとした東悟の顔面目がけて<蒼月>を一閃させる。
彼はすかさずユミから離れ、ナユタの一閃から逃れる。
追撃。空間の隙間を全て埋めるような乱れ斬りを放つが、東悟には全て足捌きだけでかわされてしまう。
彼の意識のちょっとした隙を見出し、左側に回り込んで一閃。東悟は左手に緑色の刃を生成し、その一太刀を軽々と受け止めてみせた。
「よぉ、ちょっとはその気になったか?」
「イチルは言っていた。お前は俺を倒すくらいには強いと。なら、それ相応の力を以て相手にしなければなるまい」
お互いに剣を払うと、東悟が何歩か後退し、
「<メインアームズカード>・<アンロック>」
右手に、非常に見覚えのある抜き身の太刀を召喚する。
全身が漆の如く黒に塗りつぶされたそれは、一見するだけではどんな力を有しているのか窺い知れないだろうが――ナユタにだけは、その刀の正体が理解出来ていた。
細部の形状から刀身の長さまで、ナユタの<蒼月>とそっくりだったからだ。
「……! <蒼月>だと!?」
「正確な名称は<月食蒼月>だ」
東悟が<月食蒼月>なる刀の刀身を掌に乗せて言った。
「色以外の能力は全てお前の<蒼月>と一緒だ。つまり……」
彼が刀を振り上げるや、その刀身から、星々みたいな小さな光の点々を内包する真っ黒なエネルギー体が噴き出した。まるで、宇宙の景色そのものを噴出しているみたいだ。
「お前と全く同じ技が撃てる。試してみるか?」
「上等だ!」
ナユタもまた、自身の刀に念じ、刀身から澄んだ青い光を放出する。
<蒼月>は使用者の精神と連動してエネルギー体を噴射する能力が備わっている。東悟の<月食蒼月>も全く同じ能力を有しているとしたら、いまから彼が放つ技は、こちらがいまから放とうとしている固有技と全く同じだ。
エネルギー出力が臨界点を突破。発射準備が完了した。
「月火――」
「――縫閃!」
青と黒の斬撃が放たれる、その瞬間だった。
突如として、お互いの手元から得物が消失する。
「「!?」」
『バトルロイヤル、終了だああああああああああああああああああああああっ!』
普通なら聞こえてくる筈が無いMCのやかましい大音声が、事もあろうにこの場にいる全ての人間の<アステルドライバー>から鳴り響いた。
この場にいた全ての人間が動きを止め、しばらく呆然とする。
『いまバトルフィールドに残っている選手達の全ては二次予選への出場権を得た! 選手の皆様、六時間にも及ぶ長丁場、本当にお疲れ様でした!』
終了の宣言と共に、戦闘可能領域と不可能領域を隔てる境界の壁が消滅し、いつものセントラルの街並みが帰ってきた。
ここでナユタはようやく、一次予選の終わりを悟ったのだ。
「時間経つの早ぇなぁ……」
「うおぉおい! 誰か……誰か、こいつを止めてくれ!」
「ん?」
誰かが叫んでると思ったら、試合が終了したにも関わらず、タケシがナイフの乱舞から逃げ回っていた。さして驚かなかったが、泰山にはどうやら終了の合図が見えていなかったらしい、さっきからずっと単調な近接格闘をタケシに挑んでいる。
ていうか、何で泰山の手からナイフが消えないんだ? 再発動でもしたのか?
「タケシ。とりあえず、<アステルジョーカー>でそいつを捕縛しろ」
「それはさすがに困る」
東悟が冷然と言うや、ナユタの目の前から消え、一瞬で泰山の後ろに出現し、後頭部に重々しいチョップを繰り出した。
泰山がぐるりと白目を剥き、回り損なった独楽のように倒れる。
「た……助かった……」
タケシが片手で胸を押さえながら、息を荒くして呟く。
「ていうか、一体何なんだ、こいつは」
「君が知る必要は無い」
東悟が泰山を片腕で抱え上げて言い捨てる。
「レベッカ。もう帰るぞ」
「イエス、ボス」
さっきまで心美と銃撃戦を繰り広げていたレベッカが応答し、自分の得物をカードの姿に戻した。
背を向けて立ち去る彼らを、ナユタが手を伸ばして呼び止めようとする。
「ちょ……待ちやがれ!」
「東悟さん!」
空から降りかかった声は、たったいま頭上からナユタの目の前に着地したイチルのものだった。
イチルが必死に叫ぶ。
「待ってください! 何であなたがこんな所にいるんですか!」
「驚いたな。もう北ブロックから飛んできたのか」
「あたしの質問に答えて!」
「悪いが、今回の件に君は全く関係無い」
東悟が首だけ振り返って言った。
「それから九条ナユタ。君もあまりこちらの事情に深入りしない方が良い」
「忠告どうも。生憎、俺も変態共と関わり合いになる気は無い」
「素直で宜しい。では、イチルを頼む」
彼はそれだけ言い残し、ナユタ達の目の前から立ち去った。
彼らの姿が見えなくなるまで視線を遠くしていると、イチルが振り返り、不安そうに訊ねてくる。
「ねぇナユタ」
「ん?」
「何で東悟さんがここにいるの?」
「知らない。ただ――」
ナユタはすぐ近くにいたタケシの頭を鷲掴みにして、イチルの前に引き出した。
「全てはこいつに聞いた方が早い」
「イダダダダッ! 頭潰れる! マジ潰れるから離せコラ!」
「後で俺達全員に知ってる事を全部話せコノヤロー」
「タケシを離せー!」
この後、タケシに蛮行を働いたナユタはナナにフルボッコにされた。人の女に手を出すのはアウトだが、人の男に手を上げるのもアウトなんだなと、十四歳のナユタはしみじみと学習したのであった。
観客席に帰ってきたロットンは、ニーナと一緒に試合を観戦していたリリカに軽く手を振った。
「たっだいまー」
「あ、ロットンさん!」
「どうでした?」
ニーナが怪訝そうに眉を寄せて訊ねてくる。
「大会主催者は何と?」
「皇太子の許可の元、大会を続行するんだそうだ」
「はぁ? 国際級の犯罪者が紛れ込んでるってのに?」
「名塚啓二も食えない野郎でね。何度も説得したが、のらりくらりとかわされてしまった。私にも何が何だかサッパリだ」
「リリカちゃんだけでも避難させといた方が良くないですか?」
「いや。今回に限って言えば、御影東悟の目的はリリカちゃんでもナナちゃんでもない」
ロットンはリリカの頭に手を置いた。
「恐らくは娘さんを蘇らせる為に大会主催者と手を組んだんだ。妄想の域を出ないがね」
「根拠は無いと」
「彼の出場自体が根拠……と言えたらどれだけ楽だったか。他の証拠が上がれば、大会に関係無く彼に逮捕状を突き出せる」
「可哀想な人」
「「え?」」
リリカがぽつりと呟いた言葉を、ロットンとニーナは聞き逃さなかった。
「……私には難しい事は分からないです。でも、あの人は娘さんと会いたくて色んな人を敵に回しちゃったのは分かります。もし娘さんと会えたとしても、娘さんはきっと喜ばないに決まってるのに」
「奇遇だな。私も全く同じ事を考えていたよ」
リリカは年の割に聡明な子だ。現に、ロットンの奥深くにわだかまっていた心理の正体を、知ってか知らずかこうして明白に看破してしまったのだから。
ふと、ロットンは素朴な疑問に思い至った。
「……そうだ。そもそも、何で奴がこの大会に出場している?」
「いまさら? 例の御影美縁ちゃんを脇差の姿から人間の姿に復活させる為でしょ?」
「そもそもそれが可能な設備は何処にある?」
「え? ――……あっ!?」
ニーナもどうやら気付いたらしい。
そうだ。そもそも、全てがおかしかったのだ。
「この大会の優勝賞品――『何でも一つ願いを叶えられる特権』、これを優勝者が行使する為に必要な財源は? スカイアステルでも用意出来る限度額がある筈だ。<アステルジョーカー>を元の人間の姿に戻す方法があるとすれば尚の事、年単位の国家予算級の資金が必要になる」
「なんなら場所も必要ですよね」
「この地球上にそんな都合の良い場所があるのか……?」
いまや地球に残っている居住可能な区域は、グランドアステル、スカイアステル、それから特別管理区の龍牙島だけである。後はギガフロートの再開発が進んでいる海外大陸の建設現場くらいのものか。
加えて、<アステルジョーカー>を元の人間に蘇らせるのは、つまり死人を蘇らせるのに等しい行為となる。神の領域に踏み込むような所業をひっそりやらかせる程、この世界は面積的な意味で広かっただろうか。
疑問が疑問を呼んでいる。整理する時間が必要だ。
「おそらく、御影東悟が満足するような実験が何処かで行われていたんだ」
「その場所を探さないといけないって訳ですか」
「ああ。こういう時に頼りになるのは――」
『えー、皆様、お待たせ致しました!』
ロットンがとある秘匿回線に繋ごうとした時、MCが十分近くの沈黙を破った。
『つい先ほど集計が終わり、一次予選を勝ち抜いた猛者達が確定しました! その人数はなんと、わずか七十二名! 予想を大きく下回る結果となったぞ!?』
『これで撃破数の上位下位関係無く、生き残ってる選手は全員、二次予選への切符を手にした形になりますね』
園田村正が何事も無かったかのように解説している。彼も疑問やら不満やらたらたらだろうに、一体何があったのやら。
『それでは、単独の撃破数ランキングのトップ10を発表するぞ! まずは一気に十位から四位まで!』
MCの宣言と共に、ディスプレイが上位ランカーを表示する。
十位 三笠心美
九位 望波和彩
八位 レベッカ・ジェームズ
七位 十神凌
六位 園田サツキ
五位 六会忠
四位 湯島泰山
『南ブロックを一チームで壊滅させたチーム・ディスオーダーズのアタッカー、湯島泰山とレベッカ・ジェームズがそれぞれ上位にランクイン!』
『今大会屈指のガンスリンガー、三笠心美選手はチーム・プレイに専念した事もあってか、予想以上に順位を落としているようですが、それでも十位以内のランクインは驚異的と言えるでしょう』
『やはり集団戦という要素が順位に影響した形になるのでしょうか?』
『逆にチーム戦だからこそ美味しいところを持って行くような選手もいた筈です。例えば六位のサツ――園田サツキ選手は重たい攻撃を仕掛けない分だけ十位以内にランクインする可能性が薄かったのですが、どうやらそうでもなかったようで』
『なるほどなるほど。さあ、続いて三位と二位の発表だ! どうぞ!』
三位 九条ナユタ
二位 三山エレナ
『おおっと!? チーム・残り物の二人がランクインしているぞ!』
『これは当然の結果でしょうね。同じくチーム・残り物のハンス・レディバグ選手が上位にランクインしていないのは、おそらくアタッカー二人を守る役割に徹していたからでしょう。それでも百位以内にちゃっかりランクインしたのはさすがと言う他無いです』
『さすがシールド型<メインアームズカード>のパイオニア! 締めるところはしっかり締めている! さあ、ついに第一位の発表だ!』
しばらくのドラムロールの後、大々的に一位を獲得した選手の名前が表示される。
一位 御影東悟
『ななななーんと! 今大会最大のダークホース、チーム・ディスオーダーズのリーダーが撃破数ランキング首位の座を独占している!』
『……いやだから、そもそも何で彼がそもそも――あ、ごめんなさい』
「?」
何やら不穏当な発言が聞こえてきた。
やはり、園田村正は何らかの理由で何者かに脅かされ、今大会中の発言をほとんど制限されているようだ。
MCの司会進行が何事も無かったかのように続く。
『詳しい撃破ポイントや十位以降の順位、各選手のハイライトなどは後日公式サイトに公開するので、そちらも要チェックだ!』
「いや、要チェックなのは園田氏の安否だろう」
『続きまして、二次予選についての説明だ!』
聞いてないし。まあ、当然か。
『明後日に行われる二次予選はチームを解散しての個人戦だ! 種目は一次予選同様バトルロイヤル方式、ルールなどの詳細は各選手に追って通達します。それでは選手及び観客の諸君、次に会うのは二次予選だ! それでは、アディオス!』
MCのざっくりとした連絡事項の後、GACS一次予選は幕を下ろした。
●
「なあ、もういいだろ? 頼むから、銃を下ろしてくれないかね?」
「右に同じく。何で俺までこんな目に遭っているんだ!?」
マイクを完全にオフにした後、園田村正とMCのダニエル・ポートマンは恐々と唇を震わせていた。
二人の背後でアサルトライフルを構えているのは、娘のサツキと同年代の少年少女の二人組だ。有り体に言って目が死んでいる上に、構えは凍りついたかのように固定されている。年に不釣り合いなタクティカルベストは、着ているというよりかは着せられている感じが強い。
「二人共、ご苦労だった」
銃手二人の後ろから歩み寄ってきたのは、他の誰でもない、名塚啓二だった。
「園田主任、それからダニエル君。お疲れ様です」
「ああ、疲れたよ。ずっと後ろから銃口を向けられていたんだからな」
村正は舌打ち混じりにぼやいた。
「名塚啓二。この子達は何だ? 少なくとも、ただの人間ではないだろう」
「ある程度は察しがついてるだろう。もっとも、ただの実況君が同席する場で話す内容では無いのだけはたしかだ」
「えー……だったら俺はこっから退席しても……」
啓二の背後に控える少年が、逃げ腰のダニエルにすかさず銃口を向ける。
「ひっ……!?」
「この実況席から出ても、余計な事を口走らないと約束するなら解放しよう」
「わ……分かった……何も言わない、俺は何も知らない……!」
「よろしい」
啓二が首を縦に振って身を退けると、ダニエルは全身を震わせながら、少年少女と啓二の間を縫うようにしてこの場から離脱した。
この様子を見届けた村正は、ただ淡々と訊ねた。
「……うちの娘も方舟の戦いに参加していた。聡明なあの子の事だ、すぐにでも私のところに飛んでくるだろう」
「彼女の<アステルジョーカー>で私とこの子達を始末するとでも? それはそれで面白そうだが」
「面白がっていられるのもいまのうちだ」
「果たしてそうだろうか」
啓二が短く笑った。
「それより、君も気を付けた方が良い」
「口外はしない。私も命が惜しい」
「そういう事じゃない」
「何が言いたい?」
「君の娘さんは既に服毒している。そう言われたら、君は信じるかな?」
「服毒?」
繰り返し、村正はさらに眉を寄せた。
「何の話だ」
「これはあくまで例え話だ。風邪薬や咳止めに含まれているジヒドロコデインリン酸は濫用性の高い薬品成分で、元を正せば麻薬の一種だ」
「そんな事は知っている。それが何だ?」
「薬も過ぎれば毒となる。最初は鎮痛目的で服用していたそれも、服用を重ねるうちに中毒性を引き起こし、体内を著しく蝕む事だってある。君の娘さんも、いま似たような症状に苛まれていると知れば――君はその時、どういった顔で彼女と接すれば良いと思う?」
「戯言だ。我が家の教育方針を舐めるなよ?」
「子は親の知らないところで毒を拾い食いする生き物だ。我が子を清廉潔白と信じるのは尊い事だが、それも過ぎたるはただの盲信となる」
啓二が手を上げて背を向けると、少年少女は同時に銃を下ろし、彼と全く同じ仕草で踵を返した。
「もう一度言おう。精々、気を付けるんだな」
彼は最後にそれだけ言い残し、実況席からごく普通に立ち去った。
第四話「パラダイム・カオス」 終わり
第五話に続く




