GACS編・第三話「進撃の残り物」
第三話「進撃の残り物」
GACS開幕直前。一般市民には五月の頭に一次予選の内容が主催者側から直接宣告されるようになっているが、S級バスターであるナユタ達には仕事の関係上、先月の後半あたりで報せが届いていたりする。
知っていた。知ってはいたが、正直言って、あまり気が進まない話だ。
GACS第一次予選、その内容は――
「チーム戦です」
セントラルの広大な体育館の壇上で、大会主催者である名塚啓二がマイクを片手に高らかに宣言する。
「参加される選手の皆様にはまず、予選が始まる前までに三人一組のチームを組んでいただきます。参加者の数は三百人ぴったり。三人で割ると丁度百チームが作られる計算ですね。組む相手は基本的に誰でも構いません。話が終わったら、いま私が立っているステージに受付のスタッフとテーブルを配置しますので、チームの代表者はこちらに申請をしに来てください。私からの説明は以上です」
手早く話し終えると、啓二がステージを降りて、近くのスタッフ達に受付の準備を促した。それに伴い、体育館内にひしめく三百人の参加者が一斉に動き出し、それぞれ共に戦う仲間を探し始める。
「さて、俺は誰と組もう……か……な……?」
きょろきょろと視線を泳がしていると、視界に入った選手達の何人か――いや、何十人かが、ナユタに鋭く焦点を合わせていた。
あかん。全員、目をギラギラさせていやがる。
「……皆さん、何か?」
ためしに訊ねてみるが、誰も何も答えてくれない。ただ姿勢を低くして、肉食獣の如く獲物を狙い定めるような視線をこちらに送り続けている。
何、お前ら? そんなに俺の事が大好きなの? 俺、食べても美味しくないよ? ていうか駄目だからね? 俺には一応、婚約者がいるんだからね?
「おやおや、モテモテですなぁ」
横から修一がニヤニヤと話しかけてきた。何時の間に居たんだか。
「お? 一般の試験はちゃんと通過してきたんだな」
「あたぼーよ。俺を誰だと思ってる?」
「それはどうでも良い。ところで、何で俺はさっきから睨まれ続けてるの?」
「そりゃ当然だろ。方舟の戦いは全国中継されてたんだし」
「それが何だよ?」
「お前はいい加減自分が有名人だという事実に気付け。こいつらはどうせ、お前をチームに引き込めれば一次予選を楽に突破できるとでも考えてんだろ? ついでに、チーム戦が終わる直前で後ろからお前を刺すつもりかもな」
「…………」
これが褒められていると思い込めたらどれだけ気が楽だったか。それを口にしている相手が修一だと、どうにも嫌味を言われているようにしか思えないというか絶対嫌味だ間違いない。
ナユタはようやく事態を飲み込むと、修一の肩に両手で掴みかかった。
「修一。俺とチームを組まないか?」
「悪い。俺には先約がいてね」
「どうせユミとだろ? 残りの一枠は俺が埋めるからさ。これで西の三匹狼が再結成される訳だ。燃えるだろ?」
「ユミとは組まん」
「はぁ!?」
これには素で驚いた。
馬鹿な! ユミとワンセットでようやくキャラ立ちするような印象の薄いかませ犬キャラが、自分の半身を自ら手放すなんて……!
「そしてお前と組むなんて以ての外だ。どうせいま、ユミとワンセットでようやくキャラ立ちするような印象の薄いかませ犬キャラが自分の半身を自ら手放すなんて、とか失礼な事でも考えてたんだろ?」
「自覚はあんのかよっ! つーか人の心を丸ごと読まないでくれません!?」
「とりあえずそういう事だ。じゃあな。予選が始まる前に死ぬなよ」
修一が軽く肩を叩いて、人込みの奥へと消えていく。
すると、それが合図になったかのように、いままでずっと爛々とした眼光を放っていた参加者の連中が、一斉にこちらへと雪崩れ込んできた。
「のぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ただでさえ人混みで狭苦しい会場に、聞き覚えのある悲鳴が木霊した。
「……いまの声、ナユタ君?」
サツキが眉をひそめて耳を澄ますが、いまのは十中八九、九条ナユタの悲鳴で合っているだろう。ただチームを決めるだけの作業なのに、随分と騒がしい事だ。
まあ、彼は彼なりの事情があるのだろう。こちらはこちらで、自分のいますべき作業を終わらせなければならないから、彼に構っている余裕は無い。
さて――誰と組もうかしら。
「あっ、凌君!」
「サツキか」
丁度近くにいた凌に声を掛ける。彼も組む相手を探している最中だろう。
「チームは決まりました?」
「いや。まだ一人も」
「だったら私と組みましょうよ」
「良いのか?」
「ええ。大歓迎ですわ」
「それは助かる」
「良い雰囲気ですねぇ」
とんとん拍子で進んでいく話に、別の声が割り込んできた。二人してぎょっと振り向くと、そこにはやけに上機嫌な美しい女性の姿があった。
「和彩お姐様!?」
「誰だ?」
凌は知らないだろうが、いま現れた彼女はS級バスターの望波和彩だ。サツキの幼馴染みで、面白半分で彼女にお嬢様口調を叩き込んだ張本人という、何気に園田サツキの人生を語る上では欠かせない重要な人物でもある。
長くツヤのある漆黒の髪と、日本人にしては少々育ち過ぎではないかというぐらい豊満で均整のとれたプロポーションが魅力的な和彩は、昔で言うところの大和撫子に通ずる奥ゆかしさを秘めている。今年で十七歳になるが、未だに彼氏がいないのが不思議なくらいである。
「サツキさん、しばらくぶりね」
「ええ……お姐様もこの大会に?」
「当たり前じゃない。私だってS級バスターよ? 推薦枠で出場が決まっていたわ。ところで、そちらの殿方は?」
和彩が意味ありげに訊ねてくる。
「もしかして、サツキさんの――」
「「違う」」
サツキと凌が同時に、冷ややかな否定を繰り出した。
「あらま、息もぴったりなのに」
「勘違いしないでください。彼は十神凌君。私の同級生ですわ」
「なるほど」
頷くと、和彩は凌の目をじっと見つめてから言った。
「あなた、西の出身ね」
「何故分かった?」
「雰囲気で分かりますもの。同僚にも西の戦士だった方が何人かいますし」
茶化すのを止めた和彩の口調は真面目そのものだった。
「ねぇ、サツキさん、十神さん。もしあなた方がよろしければ、私と一緒にチームを組みませんか? 相手がいなくて、丁度困っていたの」
「相手がいない?」
それはそれで変な話だ。和彩の場合、三笠心美とマックス・ターナーを加えた三人でチームを編成するものとばかり思っていたからだ。
「マックスさんと三笠さんは? 仲良しトリオだと聞いていたのですが」
「二人はそれぞれ別の方達と組みましたわ。まあ、たまにはそれも良いでしょう」
おそらくマックスと心美も場合、この日よりずっと以前から組む相手を決めていたのだろう。S級バスターは先月の時点で既に一次予選の内容を知っていたので、それを組む予定の相手にも教えた上で先に行動を起こしていたのだ。これもライセンスバスターの特権の一つだ。
「でも私の方はナユタ君の仕事に付き合っていたら、他の人に話を持ちかける時間もあまり取れなくなってしまって……」
「ナユタ君ってそんなに忙しいんですか?」
「想像するよりはずっとね。まあ、一昨日ぐらいにようやくカタがつきましたが」
彼はたしかオーガ型の対処法についての研究を進めていた筈だ。詳しい内容は知らないが、そこまで苦戦する程の仕事だったとは流石に思わなんだか。
「でもサツキさん達がいて助かったわ。ね? 良いでしょう?」
「もちろんですわ。凌君も、良いですよね?」
「無論だ。よろしく頼む」
かくして、サツキは予想よりも早めにチーム編成が確定した。
「ぐおぉおおっ!? ちょ、ちょちょ、やめ――ノォ、ノーモア! ノーモア、映画泥棒!」
遠巻きに聞こえるふざけた悲鳴は聞かなかった事にしよう。
「申請終わった」
チームの代表者である心美が帰ってきて、イチルとユミはそれぞれ<アステルドライバー>のホログラムディスプレイを展開する。GACS公式サイトの一次予選特設ページに、参加チームの一覧がリアルタイムで記載されていくのが見える。
「私達のチーム名が出た」
「え? どこ?」
「ここ」
イチルのディスプレイに心美が指の腹を重ね、目当てのチーム名を指し示す。
「……なになに、『チーム・ぺったんこ』……」
「……オイ」
ユミが眉間にしわを寄せ、心美の頭を片手で鷲掴みにする。
「己は何晒してくれとんじゃボケナスゴルァ! 誰のどこがぺったんこだぁ!」
「第二候補の『チーム・貧乳』よか断然マシ」
「そういう問題じゃねぇだろうがぁ!」
「あたし、こないだ測定したらCカップだったのに……」
イチルがぼそっと自己申告する。去年の終わりぐらいまではAカップだったのに、実はいまに至るまでむくむくと予想外に成長していたらしく、気づけばサツキとどっこいのカップ数に到達していたのだ。もしかしたら、これから先も成長する可能性が無きにしもあらず。
心美が悪びれずに言った。
「問題ない。私もぺったんこだ。自己申告のAカップ」
「誇らしげに言うな!」
彼女ら二人のコントを傍から眺めつつ、イチルはこれまでの経緯を思い返す。
そもそも何でこの三人でチームを組む事になったのか。
全ては、修一とユミの間に起きた痴情の縺れに端を発していた。
「修一君が構ってくれない?」
「あいつ、最近頻繁にスカイアステルにあたしだけを置いていっちゃうんだよ? ひどくない? 何で連れてってくれないのか、マジ意味不明なんですけどー!」
という、女子の間でもよくありがちな恋愛相談から話は始まった。事情はいまユミが話した通りだ。
ちなみにここは学生食堂のド真ん中。近くの席で談笑していた男子の一団は、この手の話が嫌いだったのか、あからさまに敬遠するような素振りで退散してしまう。明らかに気を害している、とでも言われているような気分だ。
「まさかの浮気か? 浮気なのかっ!?」
「決めつけるのは良くないよ。もしかしたら何かやむにやまれぬ事情が――」
「だったら探偵雇ってでも調べてやる!」
ユミの場合、探偵を雇うまでも無く、自分自身で調べる能力ぐらいありそうなものだが。あまり変につっこんで反感を買っても仕方ないので、細かいところは黙っておくとしよう。
「……あ、そうだ」
イチルがある事を突然思い出す。
丁度良いので、ユミにも話を振ってみるとしよう。
「全然関係無いけどさ、ユミちゃんにちょっと話があるんだけど――」
あそこでチーム戦の話をしたのは迂闊だった。ユミに一通り話し終えて一緒にチームを組んで出場すると決めたまでは良かったが、彼女はその日の夜に、修一に「覚悟しろ、この浮気野郎! お前の腐った性根をGACSで叩き直してやる」と宣戦布告をしたのだ。まだ彼の行動が浮気と決まった訳じゃないのに、随分と気の早い事である。
その影響もあってか、いまのユミは酷く荒れている。ぶっちゃけトラブルメーカー予備軍だ。現に、修一を全力で叩き潰して土下座させる為だけに、S級バスターである三笠心美まで引っ張り込んだのだから、本気の度合いはチームメイトであるイチルの想像をはるかに上回っている。
「このチーム、本当に大丈夫なのかなぁ……」
本当なら心美の席はナユタの分だったが、申請したからにはチーム名も編成も変えられない。いまさらウダウダ言っても仕方ないのは承知しているが――
「ぺったんこなんてイヤじゃああああ!」
「大丈夫。宇宙もゼロから始まった」
だいじょうばない。全然、大丈夫じゃない。
たしかにスペックだけで語るなら今大会最強クラスのチーム編成だが、如何せん人間模様が安定しない。というかグダグダだ。
チーム・ぺったんこ。自分も含めて、どうにも先が思いやられる連中だ。
「タケシィィィィィ!」
追っ手を撒き、再びチームメイトとなる相手を探すナユタが次に発見したのは、ナナと駄弁っている六会タケシだった。
タケシが怪訝な顔で応じる。
「? どうした? 随分と汗だくじゃん」
「俺とチームを組んでおくれぇ!」
「はぁ? いや、でも俺は……」
「もうチーム編成の申請しちゃったんだけど」
ナナが腕を組んで呆れたように言った。
「ていうか、何でそこまで慌ててんの?」
「色々あって狙われてんだよ!」
「はあ?」
ナユタの物言いはどうにも要領を得ないように聞こえるかもしれないが、他の出場選手達の間で九条ナユタ争奪戦が行われていたりするのだから、景品扱いされるこちらとしてはたまったものではないのだ。彼らは自分の欲丸出しで行動しているに過ぎない奴らばかりなので、点数稼ぎの為だけにこちらの力を利用されるのは少々癪だ。というか、信用のおけない連中と戦える自信は一切無い。
「ていうか、お前ら。チーム編成が終わったとか言ってたけど、残り一人は誰なんだ?」
「私だ」
ナユタの後ろからぬっと現れたのは、直属の上司である六会忠だった。
「タケシとナナ、私の三人でチームを組んだ。何か異論はあるかね?」
「……無いです」
途端に元気がなくなるナユタであった。
「そうか。ところで、君はまだチームが決まっていないようだが」
「見れば分かるでしょ!」
「だな。まあ、頑張りたまえ。決勝トーナメントで待っているぞ」
「あんたと戦うのだけは絶対に嫌だ!」
これまで六会忠と手合わせした事は無いが、彼がただ長官の椅子に座っているだけの男ではないのをナユタは知っている。何せ、西での従軍経験はナユタより彼の方が遥かに長い。
ナユタは彼ら三人と別れ、とぼとぼと体育館の外に出てみた。既にチームを組み終えた出場者と思しき連中が出ていくのを何回か見届けると、適当な自販機で飲み物を買って、近くのベンチに腰を落ち着けてコーラをぐっとあおった。
叫び続けて喉が渇いたし、走り続けて疲れていたのだ。何でチーム編成ごときでここまで体力を浪費せにゃいかんのやら。
「やれやれ。人気者は辛いな。まさかファンから追い回されるとは」
「そうだな。で、何で逃げる時に俺を引っ張り込んだ? 何で俺を巻き込んだ?」
「つれない事を言うな。長い付き合いだろう?」
「ふざけんな。もうお前に振り回されんのは散々だ。せっかく副長官のポストについたってのに、何でこう、俺が損な役回りを――」
大人の男と女が自販機の前で、飲み物を選びながら口論を始めた。ただの痴話喧嘩かと思って無視したが、彼らの声に聞き覚えがあったので、ナユタはふとその二人の姿を見上げてみる事にした。
「あ」
「お?」
「ん……?」
お互いの存在を確認して、三人はしばらくその姿勢のまま固まっていた。
●
書類仕事をいくつか終わらせ、レイモンド・アッカーソンはようやく凝り固まった体の筋を伸ばす暇が与えられた。まさかGACS直前で、大会開催時における急患の受け入れについて回答する書面にここまで時間を取られるとは思わなかった。大会期間中は余程の事が無ければ怪我人が出ないように配慮されてはいるが、それでも一次予選の経過如何では万が一の可能性も無い訳ではない。
その時に備えが整っている必要がある場所と言えば、真っ先にグランドアステル中央病院に名前が上がる。だからさして好きでも無い書類仕事に使命感を燃やさなければならない。
疲れた頭の中で不平不満を書き連ねていると、ふいに扉が軽くノックされる。
「……どうぞー」
気だるく応じると、扉が静かに開かれる。
レイモンドの正面に現れたその男は、この執務室においては一番来て欲しくなかった人物だった。
「あなた……」
「私の前でそのオカマキャラは止めて頂こう。虫唾が走る」
その男――名塚啓二の辞書に遠慮の二文字は存在しない。
「随分とお疲れのようだ。日を改めた方がよろしかったかね?」
「帰ってくれるならそうして頂きたい。アポも無しに突然来るような失礼な野郎が、ここで簡単に引き下がるとは思えないがな」
この男に止めろと言われたからには、こちらもキャラ作りしている理由も無い。
「それで、何の用だ? 冷やかしに来たなら帰れ」
「君に一つ聞きたい事があってね」
「答える事なんて一つも無い」
「六会タケシに便宜を図ったそうじゃないか」
「……!」
虚を突かれ、レイモンドの面持ちが固まる。
「そう怖い顔をするな。責めている訳じゃない」
啓二が気安く言った。
「私は何も見ていないし、聞いてもいない。君が彼に大会の内容を全て事前に知らせていたという不正行為についても、私にとっては知らぬ存ぜぬという話だ」
「つまり、彼を失格にする理由も無いと?」
「ああ。彼がズルをして優勝したとしても、私は彼を咎める気は一切無い。自らの業の為に、未来ある若者を汚い大人の世界に引き込んで腐らせたとしても、私は君に責任を問うような真似はしない。ただしその代わり、一つだけ答えてもらおう」
啓二の柔らかくも威圧するような物言いに、レイモンドのこめかみから小さな汗が流れる。いまにも凍り付いてしまいそうな背筋の震えを数秒間堪えるだけで、自分は一体、どれだけの精神力を浪費しただろうか。
啓二は蛇の絡みつきに似た目をして言った。
「レイモンド。君の、本当の目的は何だ?」
「本当の目的?」
「単に病院の資金難を救うだけなら、以前の融資先に縋らずとも、他にスポンサーなんていくらでも見繕えそうなものだと思ってね。わざわざ六会君の力を借りる必要も無い。それは君自身がよく分かっているだろう」
「…………」
分かっている。それは全て、承知の上だ。
分かっているからこそ、その奥にある真実を隠す暗闇は深く、濃く、そして、重い。
「まさかとは思うが、私の計画を台無しにしようなどとは考えていないだろうね」
それに加えて、この一言である。これでレイモンドは、行動の自由を半分程奪われてしまった。
「私の計画は、私と君、そして彼女の願いの結晶だ。それをよりにもよって、君自身で潰そうと言うのか? それは彼女に対する酷な仕打ちではないのかね?」
「ふざけるな。お前の計画は、ただ単に命を弄んでいるだけだ。それで彼女が喜ぶと思うのか? お前の私欲に利用されるあの子に何の罪がある?」
「私欲? 滅多な事を言うものじゃない。その論法で言うなら、君の私欲に付き合わされている六会君に何の責任がある?」
「それは――」
「ともかく」
啓二がぴしゃりと言い放つ。
「あまり余計な事を考えるなよ? こちらには最強の<新星人>が味方についている。例え六会君であろうと――いや」
啓二は少し考え直し、さらに自信を積み重ねたように言った。
「あの九条ナユタ君ですら、彼には敵わないだろう。彼らの寿命を少しでも慮るなら、これより先は身の振り方について考えた方が良い。それが君の為でもあり、そして彼らの為でもある」
彼は「失礼したな」と言い残し、何事も無かったかのように執務室から姿を消した。
一人取り残されたレイモンドはしばらく立ち尽くし、机の上に立てていた写真立てを手に取った。
写っているのは若い男女が三人。一人はレイモンドで、一人は名塚啓二。もう一人の女性は、そんな彼ら二人の間に入り、それぞれの腕をがっちり小脇に抱えて引き寄せている。
彼女はまるで、引き合わない二人を引き寄せる中継点みたいな存在だった。
「何でここまで変わってしまったんだろうな……俺達は」
あれからどれくらいの月日が流れただろう。
彼ら三人はもう、眩しかったあの頃には戻れない。過去は取り戻せないし、取り返しのつかないものを早くに失って、後悔したまま未来を刻む秒針は進み続けている。
「君が生きていれば、奴はあれほど変わらずに済んだのかもかな。美代子」
亡き者を責めるのは酷く矮小な行為だ。
外が暗くなり、自然と鏡になっていた窓には、そんな卑しい自分の姿しか映らない。
●
GACS開催当日。開会式の会場は、事前の説明が行われていたセントラル区の体育館だった。観客席は大入り満員、競技場内の真ん中には壇が置かれており、その周囲を出場選手達が固めている形になる。一次予選がチーム戦なので、チームメイトで固まっている者が非常に多い。かくいうサツキも、チームメイトの凌や和彩と並んで、主催者からの開会の挨拶をひたすら待っていた。
体育館の照明の明度がやや落ちると、中央の壇にスポットライトが当てられ、会場全体もしんと静まる。
一種の静謐な空気の中、大会主催者の名塚啓二が登壇した。細見だが小突かれても揺らぎそうにないくらいに背筋が真っ直ぐでありながら、全体的な色素が薄目にも感じる、何処か儚げな人物だ。
啓二はマイクを取ると、緊張の欠片も無さそうに口を開く。
「本日は記念すべき今日に相応しい晴天の下、こうして無事に第一回大会を迎えられる事を、この空に……そして、参加する三百名の選手達に心より感謝しております。大会主催者としてウラヌス機関から抜擢された身の上としても、非常に喜ばしい限りです」
名塚啓二。新型<アステルカード>における『遺伝子回路』と呼ばれる基盤の基礎モデルを、自身の本来の研究分野である遺伝子科学から応用する事で作り上げた、この世界きっての大天才と呼ばれる人物である。この『遺伝子回路』により誕生した<メインアームズカード>の試作品は既に試験運用という名目で世界中にばら撒かれている。
例えば、ナユタの愛刀・<蒼月>の能力も、この『遺伝子回路』によって動いている。使用者のDNAデータをケーブルにして、使用者と<メインアームズカード>の間で意思の交感を行うという前代未聞の能力は、この回路無しでは有り得ない。
その程度の話なら、サツキでなくても知っている。
ただ疑問なのは、何で技術畑出身の彼がGACSの主催者代表に選ばれたのか――その一点に尽きる。
「いまこの会場に集う選手達は、きっとそれぞれの想いでこれからの戦いに臨むでしょう。切なる望みをその手に掴みたい者、より強い者と戦って自分の力が何処まで通用するのかを知りたいと願う者、意図せずとも参加の機会を得たからという理由で戦う者、義務的に参加しなければならなくなった者――そんな諸君らを私は歓迎する。想いの丈を全て、このゴールデンウィークで存分にぶつけ合い、最後に栄冠を掴むのは誰なのか、いまからでも待ちきれないくらい楽しみです」
啓二は一旦間を置くと、目を閉じ、そして再び開いた。
「しかし、功を焦っては仕損じるとは良く言われましょう。ここは手順に従い、出場選手の誰かに選手宣誓でもしてもらいましょうか」
彼の気軽な提案に、会場にいた選手達が薄くどよめいた。選手宣誓も形式として執り行うとは聞いていたが、肝心の選手代表を誰も知らないのだ。
つまり、いまここで、啓二がその人物を選ぶのだ。
「……そうだね……じゃあ、そこの君」
啓二が視線を向けた方向にいたのは、三笠心美をリーダーとして構えるチーム・ぺったんこの三人だった。
「チーム・ぺったんこの、八坂イチルさん。お願いしてもよろしいかな?」
「え? あたしっ!?」
突然の事に驚いているイチルだったが、ある意味では妥当な人選かもしれない。元は有名なキッズモデルで、いまやグランドアステルに勇名を轟かす程のS級ライセンスバスターなのだから、啓二でなくても彼女は目を付けられて当然だろう。
しかし、イチル達のチーム名は、いつ聞いても失笑ものである。
「よりにもよって、ぺったんこですよ、ぺったんこ!」
「君達のカップ数については誰も突っ込みはしないだろう」
「まさかの公開セクハラ!?」
二人の漫才じみたやり取りに、会場全体でどっと笑い声が爆発する。サツキと和彩は口に手を当てて吹き出しそうになるのを堪えるが、凌だけはいつもの憮然とした表情のまま固まっていた。
イチルは顔を真っ赤にして頬をひくつかせるが、どうやら何処かで諦めがついたらしい、選手達の人混みを縫って、啓二の隣に登壇して彼のマイクを受け取った。
「イチルさん、柄にも無く緊張してますわね」
サツキが苦笑しているのを見て、凌が怪訝に眉を寄せた。
「八坂の事はいまいちよく分からんが、人の前に立つのに慣れているのか?」
「元はモデルですからね。バラエティ番組とかドラマにも出ていたくらいですし」
「バラ……なんだって?」
凌が一人で頭を捻りながら唸っている。面白い反応だ。
ややあって、深呼吸を終えたばかりのイチルが、マイクに声を吹き込んだ。
「えー……どうも、チーム・ぺったんこのCカップ、八坂イチルです」
ここでまた笑いが巻き起こり、凌はやはり頭を抱えたままだった。
「ていうか! まだあたし中学生だし、これからもっと大きくなるし、そもそもチーム名はウチのバカリーダーが勝手に付けただけですからね!?」
「誰がバカリーダーだー」
「あの……もういいから、早く進めていただきたいのだが」
「あ、すみません」
心美のツッコミは元より聞いていないらしいから良いとして、啓二がさりげに釘を刺してくれたので、これ以上はグダグダにならずに済みそうだ。
イチルは居住まいを正すと、ゆっくりと会場全体に声を届けた。
「……ええ……いきなりでなんですが――私は自分を天才だなんて思った事も、ましてや自分が一番強いと思った事もありません」
切り出しとしてはやや謙虚だが、そのくらいが丁度良い。
「私は私より圧倒的に強い人達を何人も目の当たりにしてるからです。何があってもこの人には敵わない、あの人には絶対に勝てない――そういう人達を見て、私はもっと自分が強くならなきゃって思いました。今日この場所に集まっている人の中にも、私と同じ心境の人が少なからずいるんじゃないでしょうか」
問われて、サツキも胸がどきりとした。
彼女の言う通りだ。だからこそ、いまの自分がここにいるのだ、きっと。
「今日はそんな葛藤に一旦の決着をつける場だと思って、私はここに来ました。同じステージ、同じ空気の中、同じルールを遵守してどれだけ自分が戦い抜けるか。それだけを考えて、いままで自分を鍛え上げてきました」
彼女のスピーチに、さっきまで弛緩していた会場の空気が自然と引き締まっていく。やはり、イチルにはこの手の言葉に強い説得力を持たせる才能があるようだ。
果たして、イチルは最後の一行をすらすら読み上げた。
「だから私は、私達は、いまこの場に立つ者として、最後の最後まで正々堂々と自分自身の戦いを貫き通す事を、ここに宣言します!」
締めに「以上です」と付け加え、イチルはマイクを啓二に押し返し、慌ただしく壇上から飛び降りてチームメイトの元へと帰っていった。
それからしばらくして、最初にサツキが拍手する。何拍か叩いた後、そんな小さな音に凌と和彩がさらなる音量を加え、それにつられるようにして、周囲が拍手の連鎖を巻き起こした。
「見事ですわね、彼女」
和彩が手を叩きながら、素直な賛辞を送った。
「ええ。イチルさんは、ああいう人ですもの」
「ちょっと前まではあんまり仲が良くなかったと聞いていたのですが、随分と丸くなったものね、サツキさんも」
「昔の話ですわ」
ぷいっと顔を背け、サツキは頬をふくらました。
拍手が収まると、啓二が再びマイクを片手に司会進行を再開する。
「ありがとうございます。正直、真っ当な大人にすら難しいような素晴らしい宣誓に、私自身も嫉妬の念を禁じ得ません。本当に見事でした」
サツキは「ここまで褒め殺す大人も珍しい」、などと的外れな事を思った。
「それでは! 大会主催者代表・名塚啓二の名のもとに、第一回グランドアステルチャンピオンシップ――通称GACSの開催を、ここに宣言します!」
力強い開幕の宣言の後、お決まりのように拍手喝采が巻き起こった。
開会式が終わり、出場選手は<アステルドライバー>に送られたメールに添付されていた地図に従い、それぞれ第一次予選のスタート地点に向かっていた。全員一斉に会場から飛び出してスタートするといった、マラソン大会みたいな形式ではないあたりが、この予選の一番に注目するべきところである。
何せこれはチーム戦だ。誰がどの寝首をかくかを、各々が誰よりも早く予想しなければならない。この世に奇襲というありがたいチーム戦略があるのもその証明だ。
サツキら、チーム・トライデントのスタート地点は、セントラル区の中でも一等高いマンションの裏側だ。大会中はセントラル区全体の交通網に規制が敷かれており、安全面を考慮した結果として歩道での戦闘を禁じられている為、例えばサツキ達が他のチームを潰す場合は一旦マンションの物陰から大通りに出る必要がある。
「戦えるのは車道と工場の跡地に限定されている。ここからだと、その何れも遠いな」
凌が<アステルドライバー>のディスプレイを睨んで言った。
「戦闘可能な領域には最低一時間以上はいる必要があって、その範囲外に留まれる時間も一チームにつき一時間と限られている。しかも勝負は長丁場になるという話だから、あからさまに体力勝負を強要されているように思える」
「とにかく、全ては詳細なルールの発表が終わってからですわ。あとちょっとで始まります」
それから二分と経たないうちに、<アステルドライバー>を通じて一次予選のルール説明が始まる。予選開始時刻は正午ジャスト。説明に要する時間は直前の十分程度だ。
三人が押し黙って精神を落ち着かせていると、ぽーん、という電子音と共に、ディスプレイに緑色のスーツを着飾ったパンチパーマの派手派手しい黒人が映し出された。
『レディィィィス、エンド、ジェントルメェエエエエエエエエエエン! エブリバディリッスン! グランドアステルチャンピオンシップ、記念すべき第一回大会に出場する選手達、そしてその様子を見守る視聴者諸君! 私は今大会の司会・実況を務めます、ダニエル・ポートマン! そしてぇ!』
『解説の園田村正です。よろしくお願いします』
いきなりハイテンションな実況役が名乗りを上げたかと思えば、次に出てきたのはなんとサツキの父親だった。
「お父様……何をやってるんですか」
「あら、知らなかったの?」
「何でサツキの親御さんなんだ?」
和彩と凌がそれぞれの意味で首を傾げる。
『ではこれより、GACS第一次予選のルール説明をさせて頂きます!』
ディスプレイに自動で表示されたのは、セントラル区の簡易的なマップ情報だった。
『一次予選の種目はチーム戦だ! フィールドはグランドアステル・セントラル区全体。制限時間は開始時刻の正午○時から六時ぴったり。 参加者の位置は常にモニタリングされており、セントラルから出た場合は即失格となりますのでご注意ください』
次に、画面が戦闘可能領域の項目に移行する。
『今日に限っては交通規制が敷かれており、車の通りは一切ナッシング! よって選手達が戦闘可能な領域は車道か、あるいはそれ以外の指定された戦闘エリアに限られます。事前に調べた方はご存知でしょうが、最低一時間以上はその戦闘可能領域に留まっていなければ失格となりますので、最後まで戦わずに自分達だけが安全な場所に隠れるといった戦術が不可能となる!』
『逆に戦闘不可能なエリアでの停滞もカウントの対象になります』
『イエス! 戦闘不可領域に留まれるのは一チームにつき一時間まで! その一時間を使い切ったら戦闘可能領域に残るしかなくなり、一歩でもエリア外に出ると即失格になるのでそこも注意だ! ただしそれとは別に、三時には会場にいる方も含めて一時間の休憩時間が与えられますので、その間は全ての戦闘を強制終了し、各チームは<アステルドライバー>のナビゲーションマップによって自動的に選択された休憩所に向かってください』
各チームに与えられた計一時間のタイムアウトはそれぞれ自由に使用できるが、それとは別の一時間は強制的な休憩時間となる。つまり、与えられた戦闘可能な時間は実質的に四から五時間のみである。
『次に使用カードについてだ! 今回使用可能な<メインアームズカード>はライセンスバスター専用のS級から訓練用のC級カードまで。<アステルジョーカー>と<ランク外アームズカード>の使用は原則禁止ですが、自前の<ビーストサモンカード>の使用は認めます。さらに、車などの代わりにフィールド内を移動する為の乗り物として、フィールドの各所に龍牙島から提供された<ビーストサモンカード>が用意されていますので、長距離移動に際してはそちらをご利用ください。そして!』
また新しいページに画面が飛んだ。表示されたのは、今年度から使用可能になった新しいカデゴリーの<アステルカード>についての詳細だ。
『今年から新しく発足した『エクストラ枠』に採用可能な、この<クロスカード>! まずはこちらの方をご覧いただきましょう』
自動的に再生された動画には、九条ナユタが<インフィニティトリガー>を発動して<星獣>と戦っている姿が写し出されていた。
彼が<アステルドライバー>の<ドライブキー>を別のものに差し替えると、その衣服が真っ赤に染まり、侍のような着流しの姿に変身する。武装も刀一本から二刀流に増えている。
ナユタが二本の刀で、自身を取り囲んでいた雑魚<星獣>を快刀乱麻の勢いで薙ぎ払っていく。
戦闘終了後、動画が停止し、ナユタの右上に見覚えのある顔写真が表示される。
あれは他の誰でもなければ紛れもなく、まさに園田サツキの顔だった。
『これはあくまで例題ですが、このようにソード型による接近戦を得意とする園田サツキの戦闘データを、自身の<メインアームズカード>の力として纏うという、九条ナユタの<アステルジョーカー>しか持ちえなかった驚異的な能力――<フォームクロスシステム>を、誰でも簡単に使用できるようにしたのが、園田村正氏が開発した<クロスカード>なのです!』
『これにより戦略の幅が格段に広がり、各人の生存率が大幅に向上し、他者とのコミニュケーションの密度もさらに深まる事でしょう。<クロスカード>の作成は作りたい本人と、戦闘データを採取される側がいて初めて作れる代物ですからね。発動するだけで<アステルジョーカー>並みの力を得られるのも一つの大きなポイントですな』
『そんな凄まじい威力を持った世紀の大発明品ですが、何枚も積めるかと訊かれたら、答えは当然ノッティング! 法令的な問題で<エクストラカード>として扱われますので、デッキに積める<クロスカード>は一枚のみ! また、<ビーストサモンカード>と併せて積む事も出来ないので要注意だ!』
<クロスカード>は父親の発明品なので、当然ながらサツキも発売前から<クロスカード>を一枚だけ所有している。発売以降はほぼ九割の確率で一般市民も所有しているので、大会に参加する者達からしても条件は同じだ。不平等はほとんど無い。
しかし、いまの動画で自分の顔を出されたのは少々予想外だった。顔から火が出るくらいには恥ずかしい。
『最後にプレイヤーの勝敗条件と二次予選への進出条件についてだ! 指定されたフィールドは<Vフィールド>の武装幻影化モードが発動しており、その中でプレイヤーのヒットポイントがゼロになるか、デッキ内の<メインアームズカード>を全て破壊されるとゲームオーバー! 相手を撃破するごとに各プレイヤーにはポイントが加算され、仮に一チームを残して他のチームが全滅した場合でも、そのポイント数を参考に選出された上位百名が二次予選に進出できる仕組みとなっている! つまり、単純な点取り合戦にもなっているので、ただ生き残ろうと考えるだけでは二次予選には進出できないぞ! これで説明は以上だ! 不明な点があったら、<アステルドライバー>に配信されたルールブックをチェックしてくれ!』
自動的に端末のホログラムディスプレイが閉じ、音声のみが出力される。
『それではそろそろ開始の時刻だ! 開幕のシークエンスを開始するぜ!』
『各選手、健闘を祈ります』
父親の応援を最後に、予告通りのシークエンスが始まる。
五、四――
「いよいよですわね」
三、
「最初から飛ばします。良いですね、二人共」
「ええ」
「了解」
二、一――
『それでは第一回グランドアステルチャンピオンシップ、第一次予選――』
ゼロ。
『レディィィィィ、ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』
甲高いMCの雄叫びと、開始のブザーが混ざり合い、晴れた空で木霊した。
●
「で、俺達はどうするよ」
タケシが忠とナナに訊ねる。
「どうするも何も……」
「行くしかあるまい。長居は無用だからな」
六会忠を代表とするチーム・六会家のスタート地点は、セントラルの北ブロックに建つ商業ビル群の真ん前だった。国道が目と鼻の先にあるような場所だったので、やろうと思えばすぐにでも他のチームを狩りに行ける。
ただ問題なのは、他の地点を渡る為に必要な乗り物が見つからない事である。いくらグランドアステルのセントラルが千年前における一国家分の平均面積ぐらいの広さしかないとはいえ、それでもこの区域全体を巡るには人の足では重すぎる。だから乗り物が必然的に必要だが、交通網が使えない以上は特別な乗り物を用意するしかない。
そこで、特殊な<星獣>の飼育機関が力を発揮する。
「事前の説明だと、龍牙島から乗り物専用の<星獣>が用意されてんだろ? まずはそれを探すところから始めないとな」
「カードの形で各所にばら撒いてあるんだったか。それをいち早く見つけなければならないが……」
「あったよー!」
「早っ!?」
噂をすれば何とやら。ナナが<ビーストサモンカード>を片手に、嬉しそうにスキップして帰ってきた。いつの間に傍から離れていたのかは知らないが、すぐに必要な物を見つける嗅覚はさすがの一言である。
いま思えばナナは<トランサー一族>の正統な末裔である。どんな形であれ、<星獣>のあれこれに関する技能はS級バスターなんぞより遥かに優れている。
「じゃあ早速、<ビーストサモンカード>、アンロック!」
ナナが解放のキーワードを唱えると、カードからは絵柄にあった通りの、あまりにも大柄なサイの<星獣>が出現し、重々しくアスファルトに降り立った。サイは威圧感のある憮然とした面持ちのまま、足を折り曲げて体を低くする。どうやら、乗れと言っているらしい。
ほのかな黄色の燐光を纏うサイを見上げ、タケシはぽかんと口を開けて棒立ちになる。
「で……でけぇ」
「これなら三人乗りでも余裕だねっ」
「何にせよ、よくやった」
忠が冷静に賛辞を述べると、いち早くサイの体を駆け上がって背中に跨った。ナナもサイの頭を撫でてから同じように軽やかな身のこなしで背中に乗った。
「タケシー、おいてっちゃうぞー」
「あっ……、お……おう」
促されてはっとなったタケシは、冷静になって、正面からサイの顔をしばらく覗き込む。
「…………」
「…………」
にらめっこの末、タケシは悟った。
ナユタがチャービルを痛く気に入った理由が、何となく分かってしまったのだ。
「短い付き合いになるが、よろしく頼む」
「グゥ」
タケシが骨太な角を撫でると、サイは律儀に頷いた。
「そういえばさー、イチルー」
スタート地点である西ブロックのファミレス付近からのんびりと戦闘可能領域へと歩く最中、ユミが何処かつまらなそうに口を開いた。
「ナユタって誰とチーム組んだん?」
「それが、『男の秘密だ』とか言って教えてくれなくて。ユミちゃんこそ、修一君が誰と組んだのかは聞いてないの?」
「あいつ、喧嘩になってからずっと寮に戻ってなくて」
「ありゃま」
「彼氏持ちは悩みが多くて大変だ」
ユミとイチルの会話に、心美が平然と茶々を入れてくる。
「心美ちゃんは良いよねぇ……悩みとか全然無さそうで」
「成分の半分は悪ふざけで構成されてるんじゃない?」
「そして残り半分は優しさで出来ている」
「「否定はしないんだ……」」
我らがチーム・ペッタンコの代表、三笠心美の肝っ玉は太い。悩み多き女子中学生二人をキャラクター性だけで纏め上げただけあって、相手が多感なお年頃だろうが凶悪な元・犯罪者であろうが自分のペースを保ち続けている。
戦闘可能領域に入った途端、心美が片手の小さな銃を無造作に三回発砲。付近を固まって走っていた選手達の頭を撃ち抜き、即座に戦闘不能へと導いた。
たった一瞬で、チームが一つ、壊滅した。
「うおっ! 撃つなら撃つって言ってよ!」
「戦いは先手必勝」
言ってる間に、今度は反対の銃で、迫ってくる相手を見もせずに発砲。飛びかかっていた二人の選手を一瞬でリアイアに追い込んだ。
おそらくはその二人のチームメイトだろう。残りの一人が怯えきった眼差しでこちらを見て、すぐに踵を返して逃走を開始する。
その一人の首に、銀色の光が一閃。ユミが投げていた銀色のブーメランが、旋回軌道を以て相手の急所を貫き、持ち主の手元に帰ってきたのだ。
チームワークも何もあったもんじゃない。個々の能力があまりにも優れている為に、連携無しでもここまであっさりと戦いを完結させられるのだ。
ちなみにいまは<Vフィールド>の武装幻影化モードが発動している真っ最中だ。いくら急所を切り裂かれようが撃ち抜かれようが、攻撃を喰らった相手に与えられる肉体的なダメージは実質ゼロである。
たったいま攻撃を喰らってリタイアした連中が、恨みがましい視線をこちらに送りながら、戦闘可能領域から離脱していく。
「存外、あっけない」
「雑魚ばっかで退屈ったらありゃしないわー」
心美とユミがつまらなそうに言って、すたすたと歩を進める。このままだと、このチームのやってる事自体が、本当にただの個人競技に成り下がりかねない。
それは非常に拙い。イチルにはそれが、おぼろげながらも分かっていた。
「ちょ……ちょっと、二人共!」
イチルが二人を呼び止める。
「?」
「どうかしたの?」
「無闇に飛び出したら都合の良い的になっちゃうって! ちゃんと考えて行動しないと、ナユタとかがいるようなチームに当たった時が一番危険だって!」
「……それもそっか」
「一理ある」
二人が思いの外、あっさりと納得した。
「でもどうすんの? こうもチームの数が多いと、最初は着実に減らしていく以外にやる事が無いと思うんだけど」
ユミの言う事にも一理ある。例えばこれが三チームの三つ巴だったら、誰と誰をぶつけてこの地形をこう活かす――みたいな戦術を事前に組み上げられたが、今回に限って言えば誰がどのチームと当たるのかが全く予想できない状況だ。
勿論、そんな要素を考えないイチルではない。
「たしかにその通りだけど、少なくともバラバラに行動する理由は無いよ。ユミちゃんには風の防壁で防御を担当してもらって、あたしと心美ちゃんがカウンターで敵の兵力を減らす攻撃役に徹するの」
「単純過ぎる。でも、役割分担は非常に大事」
心美が腕を組んで頷く。
「ただそうなると、こちらは受け身に徹する事になる。それで良いの?」
「最初のうちはね。でもチームの数が減ってくると、こちらから仕掛ける余裕は出てくると思うんだ」
「なるほど」
戦っているのはチーム・ぺったんこだけではない。遅かれ早かれ別のチーム同士で潰し合っている状況なら、ある程度数が減るまでは守りに徹して、最後に猛攻を仕掛ける。このように後半でラッシュを掛けた方が、こちらの能力的にも性に合っているし、生存率もある程度はキープできる。
というのが、イチルの作戦だ。
「よし、それで行こう」
心美が提案を了承する。
「まあ、他にまともな策があるでも無しに――え?」
頷きかけたユミの顔から血の気が引く。すると、彼女は咄嗟にイチルの後ろに回ってガタガタと震え始めた。
いきなり起こった彼女の異様な恐慌ぶりに、イチルがまたもや慌て始める。
「え? え? どうしたの? ユミちゃん?」
「あ……あれぇ……!」
「?」
ユミが指でさした電柱の傍に居たのは、黒い服を着た柴犬だった。
何で犬がこんなところに? 迷子犬か?
「ユミちゃん。もしかして、犬苦手なの?」
「いくらあたしでも、犬だけは無理ィィィ!」
ユミの意外な一面だった。いつもは恐れ知らずのわがままガールかと思っていたが、存外可愛げのある弱点があったものだ。逆にほほえましくなる。
だが、心美だけは決して笑わなかった。
「あれは……カトリーヌ? 何でこんなところに?」
「カトリーヌ? ……あ、本当だ。いま気づいた」
「えっ? 何? イチルと心美の知り合い……?」
知っているも何も、あの犬は――
「っ!」
背筋に冷ややかな怖気が走る。女子三人は咄嗟に散開し、いましがたこちらの頭を狙って飛んできた銀色の一閃と、赤色の一閃をかろうじて回避する。
敵襲か――一瞬でも反応が遅れていれば、確実に殺されていた。
「何っ!? 今度は何なのっ!」
「お前は――」
「あぁっ!」
心美が目をひん剥き、ユミがいましがた凶刃を振るってきた相手二人のうち一人を指さした。
さっきまで三人が立っていた地点には、それぞれの得物を振り下ろした姿勢から立ち直る二人の男の姿が見受けられる。
一人は黒いコートを纏う、金髪のソフトモヒカンが目立つ十代半ばの少年。
もう一人は、一見すると女子に見紛うくらい端正な顔立ちの小柄な少年だった。
「マックス……何でここに?」
「修ちゃん? 嘘でしょ、どういう事っ!?」
心美とユミが驚いていると、マックス・ターナーは槍の柄を肩に乗せ、黒崎修一が剣先を払ってチーム・ぺったんこの三人を鋭く再捕捉する。
続いて、さっきの犬がマックスと修一の間に入り、待ちの姿勢に入って尻尾を忙しく左右に振り始めた。
「ちっ。ワンテンポ遅れたか? 犬だけに」
「いいえ。彼女達ならワンテンポ早くてもこれぐらいは反応するでしょう。犬じゃないけど」
「わんっ」
いや、全然上手くないから。
などとツッコンでいられる余裕は、こちらには一切無い。
「あの……これってどういう事? 何でマックスさんと修一君が? ていうか、何でカトリーヌがこんなところに――何で二人と一緒にいるんですかっ!?」
「質問が多いんだよ。順を追って答えるから慌てんなって」
ソフトモヒカンことマックスがうるさげに手を振る。
マックス・ターナー。イチルや心美と同じS級バスターで、心美と望波和彩とはよく一緒に仕事をしている為か、その三人は非常に仲が良いと聞いている。だからイチルは先月の段階まで、心美はその二人と組むものとばかり思っていたのだ。
少なくとも、ユミと同じく、元・西の国際指名手配犯だった黒崎修一と彼が並び立つ絵面なんて想像もつかない。
「修ちゃん、全部説明して! 何なの、これ!?」
「いま説明するって言ったでしょ」
ユミが激昂すると、修一が参ったように答える。
「まあ……何だ。見ての通り、俺はマックスさんと、このカトリーヌとでチームを組んでる。つまり、俺達はお前達の敵だ」
「んなもん、見れば分かるわ! 何でそいつらと組んだのかって聞いてんの!」
「それは俺から説明しよう」
マックスがやたら嬉しそうに歩み出てきた。
「結論から言おう。俺達は犬好きの犬好きによる犬好きの為のチーム……そうっ!」
打ち合わせでもしたのか、マックスと修一がカトリーヌの脇を固めるように跪いた。
「「それこそが、我らチーム・わんちゃん連合!」」
「わぉおおんっ!」
「「「…………」」」
二人と一匹のテンションが最高潮に達し、反対にチーム・ぺったんこのテンションが一気に盛り下がった。本当に気分がぺったんこだ。
ぺったんこ一同の白眼視に構わず、修一はカトリーヌとじゃれ合いながら、事情の一切合財を説明する。
「元は俺の密かな楽しみから始まったんだ。休日の昼、うららかな日和の下で、上流階級のマダム達がアクセサリーのように連れている可愛いわんちゃん達を、俺はいつものようにベンチから遠巻きに眺めていた。そこに偶然現れたのが、マックスさんに連れられて歩く、このカトリーヌだったのさ」
「そういえば、カトリーヌの散歩はマックスに任せっきりだった」
心美がいま思い出したように言った。
修一の回想は続く。
「S級バスターが連れている犬ってどんなのだろうとか思ってマックスさんに話を聞いたら、なんとこいつは元々龍牙島出身の警察犬だったんだ。それをタケシ君のお父さんが面白がってS級バスターに引き込んだらしい」
「犬型の<星獣>がS級バスター!? 嘘でしょ!?」
何も知らない人が聞いたら驚愕の事実である。ユミの反応も分からなくはない。現に、イチルも初めてこの事をマックスから聞かされた時は腰を抜かす程に驚いた。
「俺の楽しみはいつしか、そんなカトリーヌとの触れ合いに変わっていた。マックスさんも交えて一緒に遊ぶようになって、スカイアステルのマダム達の犬にもいっぱい会わせて……そりゃ楽しい日々だったさ」
「ちょっと待って、修一君」
ちょっとした眩暈を覚え、イチルが片手を額に当てながら訊ねる。
「スカイアステルに? カトリーヌとちょくちょく会いに行ってた? それで犬好き同士で意気投合して、マックスさんとカトリーヌとでチームを組んだ?」
「その通りだけど……どうしたの? 顔色悪いよ?」
「じゃあ、ユミちゃんを一緒に連れていかなかったのって……」
イチルがユミを白けた眼差しで睨みつつ言った。
「ユミちゃんが犬苦手なのを知ってたから、連れて行きたくても連れていけなかったの? じゃあ、例の浮気疑惑って……」
「んなモン、ユミの勝手な妄想だ」
全てはユミの壮絶な誤解というか、森羅万象丸ごと間違った思い込みだ。修一は決してユミ以外の女になびいてはいないし、むしろ彼女の事を考えて、あえてそうせざるを得なかったからそうしただけの話である。
「そりゃ、俺も人間だ。楽しみの一つや二つ、法理と倫理と道徳に反していなければ持ってて悪いもんじゃないだろう?」
「そう……だったんだ……」
真相を知ったユミが、完全に戦意を喪失する。
まあ、自業自得というか、何というか。
「そういう訳だ、このちんちくりん共」
自分の身長を棚に上げ、修一が鍔の無い刀の剣先をこちらに向けてきた。
「マックスさん、カトリーヌ。あのぺったんこ共をぺしゃんこにしてやりましょう」
「気合充分だな。上等じゃねぇか――いくぞっ!」
「わんっ!」
カトリーヌの鳴き声を合図に、チーム・わんちゃん連合が散開。チーム・ぺったんこの三人の周辺を駆け回り、標的たるぺったんこ達を攪乱する。
気づけばもう戦闘開始である。これは困った。
「あの三人、速い!」
「落ち着け。ユミ!」
「あ……はいっ」
呆然自失としていたユミが我を取り戻し、銀色のブーメランを頭上に放り投げる。
「舞い踊れ、<風鼬>!」
彼女の合図で、綺麗に回転するブーメランが空間に溶け込んで姿を消す。ぺったんこの周囲に微かな風の流れが発生し、これでようやくこのチーム本来の戦略を発動させた。
チーム・ぺったんこの三人はチーム名の情けなさとは裏腹に、それぞれ距離感の支配に関しては高い能力を有する。ユミの<風鼬>は大気中に溶け込む事で周辺の大気を自在に操る能力を持ち、心美とイチルはそれぞれインファイト気味な射撃戦を得意としているので、総じて相手との距離感を安全に掴みながら戦いやすい組み合わせなのだ。
相手側から先攻。修一が黒い漆塗りの柄を持つ刀――<黒蛍>を振り上げ、心美を狙って兜割りを仕掛けてくる。
「ユミ!」
「っ!」
多少動揺しているようだが、それでも自分の仕事をこなすのが西の戦士といったところか。ユミが手を翳すと、見えない何かが修一の斬撃をせき止める。
心美が即座に発砲。しかし、修一はおよそ人間のものとは思えない身軽さで体を独楽のように回転させ、弾丸をひらりと回避する。
続いてマックスの攻撃。イチルに肉薄し、白い柄と赤い光の穂先を持つ槍を力強く突き出してくる。これもユミの風の防御でブロックする。
マックスが引き下がりつつ舌打ちする。
「ちっ……思ったより硬ぇ! カトリーヌ!」
「わんっ!」
カトリーヌがマックスの肩を踏み台にして飛び上がり、右の前足を振り上げ、いままで魅せていた可愛さを裏切るかのような冷たい視線で下の標的三人を捉える。
「<バトルカード>・<アイアンスラッシュ>、アンロック!」
「がおっ!」
マックスが<バトルカード>の起動を宣言。すると、カトリーヌが白く光った爪を斜めに振り下ろした。
爪から三日月状の銀光が射出される。ターゲットは勿論、風の防御を展開してわんちゃん連合の動きを阻むユミだった。
「くそっ!」
再びユミが手を翳し、<アイアンスラッシュ>を風の防壁で受け流して地面に落とす。その間にも、修一とマックスが怒涛の接近戦を仕掛けてきた。
もうユミの<風鼬>ばかりに頼ってはいられない。イチルは可変式の銃――<ギミックバスター>の銃身を持ち上げ、銃口から光の刃を伸ばし、ブレードモードに変形させた。
飛んできた修一の斬撃を受け太刀する。
「っ……この!」
力勝負ではまず敵わない。イチルは自らの剣脊で修一の剣脊を抑え込み、左足によるハイキックを繰り出した。
修一は少し驚いたような仕草をすると、無理矢理体と剣を引いて大きく後ろに下がり、こちらの隙を窺うような素振りを見せたままその場に停滞する。
今度はこちらの番だ。
「心美ちゃん!」
「<バトルカード>・<フレイムバレット>、アンロック」
合図に従い、心美が炎の銃弾を両の銃口から発射。修一とマックスの動きを弾幕で牽制し、カトリーヌの足元にもきっちり通常弾を撃ち込んでおく。
これであの三人は下手に近寄れない。
ここから先は、チーム・ぺったんこの独壇場!
「マックスさん、来ます!」
「わぁってるよ!」
修一とマックスがいち早くこちらの狙いに気付いたが、先んじて素早く前に出てきた。しかし、戦闘の主導権を奪還したチーム・ぺったんこの方が、動き出しが少し速い。
ユミを中心に置き、イチルは修一に、心美がマックスへと肉薄する。イチルが大振り気味に剣を振って修一を再度牽制すると、、<ギミックバスター>をガンナーモードに戻し、相手の足元に発砲。修一は少しよろめきそうになるも、すぐに体勢を立て直してイチルの弾幕から逃げ回る。
一方、心美とマックスの一騎打ち。心美がマックスの間合いに入り、二丁拳銃でガン・カタを仕掛けるのに対し、マックスは足を軸に体を回転させながら、回避と槍術を同時にこなし、心美と互角の接近戦を繰り広げていた。
そんな二組の戦闘の間を縫うように、カトリーヌが狩猟犬のようにユミへと肉薄する。
「わおおおおおおおおんっ!」
「く……来るなぁあああああ!」
ユミが恐慌し、腕を横なぎに振るうと、突風の壁が一人と一匹の間を物理的にシャットアウトする。
当然、彼女は他の仕事も忘れてはいない。フィジカルの差で追い詰められかけた心美を援護するように、心美とマックスの間に突風を送り込んで彼の攻撃を妨害。体勢を立て直した心美が片方の銃口でマックスに牽制射撃、残り片方の銃口でイチルと接近戦を繰り広げていた修一にも一撃をくれてやる。
修一が飛んできた弾丸を、首を逸らして回避。その隙を狙い、イチルの零距離射撃が修一の肩に直撃――しなかった。
カトリーヌが横からイチルの<ギミックバスター>に突進して、銃口を逸らしていたからだ。
「なにっ――!?」
「カトリーヌ!」
修一が咄嗟にカトリーヌを引っ掴んで小脇に抱え、
「<バトルカード>・<ブレードパペット>、アンロック!」
両者の間の地面から、太い刀身の壁が出現。イチルの視界が一瞬だけ塞がれている間、修一が素早く後退し、抱えていたカトリーヌをゆっくり地面に下ろした。
「ありがとう。助かったよ、カトリーヌ」
「きゃん」
ここで頭を撫でようものなら、その隙に彼の頭を射撃で消し飛ばしてやるところだが、さすがにそんな隙を見せてくれる黒崎修一ではなかった。
彼の後退を見たマックスも一旦引き下がり、槍を構えたまま立ち止まって息を整える。
「くそ……こいつら、予想以上に手強いぜ!」
「三人共、ただのぺったんこじゃないって事です」
「さっきから聞いてりゃぺったんこぺったんこって――」
ユミが息を切らしながら反論する。風の防壁を操るには体力が必要だという話を以前聞いたが、どうやら本当だったらしい。
「ユミちゃん、相手の挑発に乗っちゃ駄目」
「全員、強い」
イチルと心美の警告。ユミは歯を軋らせるも、どうにか堪えて押し黙った。
それにしたって、チーム・わんちゃん連合。恐るべしである。
こちらとは正反対に、距離をガンガン詰めて接近戦を挑んでくる。そこにカトリーヌの特殊な戦闘スタイルが合わさる事で、奇襲的な戦術にも対応している。
カトリーヌの服の裏側には特殊なデッキケースが取り付けられており、任務の際は同伴するS級バスターの<アステルドライバー>と連動するように設定される。だからさっき、マックスが発動を宣言した<バトルカード>による攻撃がカトリーヌから飛んできたのだ。
おそらくこの分だと、今回限りは修一の<アステルドライバー>とも連動している。
だから、いつ何処から攻撃が飛んでくるか分からない。
厄介だ。個々の能力が非常に高い二人と一匹の密な連携は、おそらく今大会トップクラスの精度を誇っている。
どうする? このまま戦っていてもジリ貧だ。最悪、チーム・ぺったんこ最大の弱点である持久力の無さを露呈する危険性がある。
「引き上げよう」
心美が言った。
「このまま戦っても消耗戦になる」
「逃げる? 冗談じゃないっ」
ユミが首を横に振って叫ぶ。
「ここで逃げたら、あからさまに負けましたって言ってるようなもんじゃないっ!」
と言いつつも、ユミは次に恐るべき行動に出た。
なんと、地団太を踏むふりをして、修一とマックスの手前に突風の壁を作ったのだ。
「なっ!?」
「しまった……!」
修一とマックスが突然の強風に怯んで動きを止める。
ユミはさっきまでと打って変わり、鋭くイチルと心美に指示を飛ばす。
「二人共、こっち!」
促され、イチルと心美が頷き合い、ユミの後ろについて逃走を始める。
「待て、ユミ!」
「ちくしょう、逃げられた!」
強風で動きを制限される修一とマックスが悔しそうな顔をする。もう彼らとは何十メートルか離れている為、いくら彼らでもこちらに追いつくのは不可能だろう。
並んで走る三人は、目の前に突然躍り掛かってきた別のチームを捕捉する。
「邪魔!」
心美が発砲。敵チームの三人が額を撃ち抜かれ、一瞬でリタイアする。
大手製薬会社のビル付近まで走ると、ようやくどのチームの姿も見えなくなった。そこで三人は走るのを止め、息を切らしてその場にへたり込んだ。
「……ふぅー、逃げ切れた」
「ユミちゃん、ナイス」
「さすが」
「まあねー」
イチルと心美に褒められ、ユミが疲れ気味に見栄を張った。
「修ちゃんから逃げ切ろうと思ったら、こんぐらいしてやらないと」
「そうだね。いまので正解だよ、きっと」
ユミはやっぱり凄腕の傭兵だ。いくらパートナーとの間で仲違いが起きて荒れていようが、自分の役割はきっちりこなしてくれる。
「でも、大丈夫? さっきまで動揺してたけど……」
「もう平気。色々吹っ切れたから」
ユミが無邪気に笑った。
「少なくとも修ちゃんが誰とも浮気してなかったって知れただけで、大満足」
「そもそも浮気相手として疑わしい女の名前すら上がってなかったような……」
「こら」
心美が余計な事を口走ると、イチルが彼女にチョークスリーパーを仕掛ける。
「ま、まあ、何にせよ、良かったじゃん」
「イチル。キマってる、キマってる」
「うん。さあ、あの三人を叩き潰す作戦でも立てるとしますかね」
「ブクブクブクブク」
気づいた時には、イチルの小脇で、心美が泡を吹いて昇天していた。
所変わって、観客席。
「ねぇ、ロットンさん」
「何だい?」
「いまさらだけど、チーム・ぺったんこってどういう意味?」
「私に訊かないで欲しいな、それは」
リリカ・リカントロープ(十歳)の質問に、ライセンスバスターの制服を着た禿頭の黒人、ロットン・スミス(三十三歳)が苦笑する。前者はナナの義理の妹で、後者はその後見人だ。今日は何ら特別な理由も無く、普通に観客として大会を見に来ている。
観客席の中央から複数投影されている大型のホログラムディスプレイの一つを眺めつつ、ロットンは満足感たっぷりな顔で頷いた。
「映像だけ見るならわざわざ会場に来なくても良いと思ったが、ここのホログラムディスプレイは最新型で、しかも何個も投影されている。お茶の間のテレビと違って複数の戦闘を見られるんだから、会場で見た方が得した気分になれる。良いシステムだ」
「ね? あたしの言った通りでしょ?」
実は会場に行きたいと言い出したのはリリカだ。親代わりのロットンとしては「んなモン、テレビで見りゃ良いじゃん」とか思っていたのだが、大してわがままを言わないリリカに強く食い下がられては、どうにも彼女の望みを拒否するのは気が引けるのだ。
だが、いざ来てみれば、金を払ってまで来た甲斐はあったと思う。映画を劇場で見るのとDVDやブルーレイで見るのだと、どっちが得した気分になれるか――そう訊ねられたら、答えは前者の方である。
三十路を超えても、勉強というか、再認識させられる事は山程あるように思えた。これはこれで貴重な経験である。
「リリカちゃん。ほら、ナナちゃんも活躍しているよ?」
「ほんとだっ!」
ディスプレイの一つに、チーム六会家の活躍が俯瞰視点から映っていた。ナナがチームリーダーの六会忠と共に、相手チームを圧倒的な突破力で倒していく勇姿の、何とすがすがしい事か。
というか、何で長官まで出場しているのやら。
「長官もまだまだ現役だなぁ……あの年で随分とハッスルしておられる」
「見て見て! あのわんちゃん可愛い!」
「ああ、カトリーヌね……」
さっきも見て驚いたが、長官だけでなく、何でS級バスターの猟犬まで出陣しているのだろう。おかしいだろう。だって、犬だぞ、犬。しかもあれ、<星獣>だぞ?
「もう何が何やら……」
『おぉぉぉぉっと! ここで最新の情報が入ったぞぉ!?』
これまでにも各チームの状況を観客席に逐一伝えていた実況席のMCが、また新たなチームの動きを公表する。
『セントラルの東ブロック、とんでもない速さで複数のチームが、たった一つのチームになぎ倒されているようだ! チーム撃破数も圧倒的な差をつけて首位を独占! 快刀乱麻の快進撃を続けるそのチーム名は――チーム・残り物! チーム・残り物だぁあああああ!』
「チーム」
「残り物?」
あまりにも拍子抜けなチーム名に、ロットンとリリカが顔を見合わせて、頭にクエスチョンマークを浮かべる。
『いまその映像が――出ました! こちらです!』
他のディスプレイを退けるようにして、会場の中央に新しく巨大なホログラムディスプレイが出現する。
そこに映し出された映像を見て、ロットンとリリカが同時に顎を外しかけた。
「なっ……ああ、あ……あれはっ!?」
「あれって……!」
その映像に出演しているのは、ライセンスバスターの制服を着た細身の女と、水色の髪を振り乱す小柄な少年だった。二人が目の前に現れた三人を一瞬で始末すると、その背後から飛んできた遠距離系<バトルカード>の攻撃を、まるで示し合わせたかのように回避する。
続いて、上から雨のような銀色の針が降ってきた。
その雨を、半透明の赤い円盤状のシールドが傘となって弾き返す。
「ロットンさん、あの人達って……」
「ああ、間違いない。でも……」
いましがた針の雨を降らしたと思しき男も始末し、少年と女は満足げにふんぞり返る。さらに後から出てきた三十代くらいの偉丈夫が、そんな二人の間に立ち、何故か呆れたように肩を竦めた。
「でも、何で……」
ロットンからしても、戦慄を禁じ得ないチーム編成だった。
S級ライセンスバスターの九条ナユタ、三山エレナ、ハンス・レディバグ。
あの三人は、元々はウェスト区でも有名な凄腕の戦士達だった。
「よりにもよって、何であの三人が手を組んだんだ!?」
「最悪ですわ……」
たったいま、<アステルドライバー>が受信した予選参加者専用のニュースを見て、サツキの中で余裕という牙城が崩れ去った。
「まさか、ウェスト区の悪魔達が手を組んだなんて……」
九条ナユタは言わずものがな、三山エレナはそんな彼と比肩しうる最強クラスのS級バスターだ。しかもハンスはハンスで、つい二年ぐらい前まで扱う者が少なかったシールド型<メインアームズカード>の人気を押し上げた、まさしくパイオニアと呼ばれるような、意外にも偉大な人物なのだ。
最強の矛が二本と、最強の盾が一個。
彼らを攻略する手段は、皆無に等しい。
「そういえば、以前ナユタ君に「誰とチームを組んだの?」って聞いても、答えてくれなかったような……」
「教える気も無くなりますよ、こんなのでは」
和彩が納得したように頷く。
「メンバーを開示すれば事前に対策もされやすくなる。あの三人が考えそうな事ではありますが……」
「あまりにもあんまりですわっ」
これまでサツキ達のチームは予選が開始してから宣言通りフルスロットルで近辺のチームを片付けに回っていたが、現時点でのチーム撃破数ランキングはチーム・残り物の連中の足元にしか及ばない。
「とりあえず、彼らに出くわすのだけは避けましょう。幸い、位置は遠いです」
「そうね」
「俺はどちらでも構わんが」
「「え?」」
凌がぼそっと口にした台詞を、サツキと和彩は決して聞き逃さなかった。
アホみたいに口を半開きにする二人に、凌が首を傾げて訊ねた。
「? 何をそんなに驚いている? 遭遇したら倒せば良いだけの話だろう?」
「「無茶を言うなっ!」」
普段のお嬢様口調が崩れ、泣きそうな顔になるサツキと和彩であった。
「おー、まい、がー」
同じく、そのニュースはチーム・ぺったんこのもとにも届いていた。
心美が珍しく意気消沈する。
「出会ったら即死」
「そうだね。<アステルジョーカー>が使えたなら話は別なんだけど――」
「ていうか、残り物って何?」
それぞれの意味で頭を抱えるぺったんこ三人娘なのであった。
問題のチーム・残り物の三人は、戦闘可能領域から全ての脱落者が立ち去って行くのを見届け、揃いも揃って拍子抜けしまくっていた。
「手応えが無いな。もうちょっと張り合いがあっても良かったのに」
「まあまあ、良いじゃないっすか」
不満げなエレナを、ナユタが軽く制する。
「次のブロックに飛べば、また見つかりますって」
「おい二人共。俺達の事が専用のニュースで配信されてるぞ」
年長者の偉丈夫、ハンス・レディバグに言われ、ナユタとエレナも<アステルドライバー>に配信されたニュースをそれぞれ確認する。
「あ、本当だ」
「『チーム・残り物』、今大会史上最強最悪の選手達が揃い踏み。もはや残り物は恐怖の象徴――随分と有名になったものだな、私達も」
「このブロックから他のチームの姿も消えている。俺達に恐れをなしたみたいだな」
ハンスが適当に周囲をぐるりと見渡して言った。
「一応、マップのビーコンには各選手の情報も記載されてるし――俺達が近くに来たと分かった瞬間、別ブロックに移動しても同じ事が起こりそうだな」
「でもそうなると、二次予選で雑魚共が多くなりますね」
「そこよ。二次予選はチームを解散して個人戦になるって話だし、いまの段階で少しでも多くのプレイヤーを潰しておかないと、お前とかエレナが集中狙いされる危険性が高くなる」
ナユタとハンスが考えている危惧は同じだった。
実は公式サイトには既に二次予選のルールが半分くらいは公開されている。そこでチームを解散するという話は、少しでも大会に興味関心があれば誰だって知っている筈だろう。
他の出場者達の中には当然、極端に強い連中を罠に嵌めて蹴落とす算段もつけている者だっているかもしれない。決勝で当たりたくないようなプレイヤーを潰しておけるチャンスが、この一次予選と二次予選にしか無いと知れば尚更だ。
もしかしたら、いま一番試されているのは、このチームなのかもしれない。
如何に弱者の奸計を見抜き、それを潜り抜けられるか。
エレナが顎に手をやって、ナユタとハンスに訊ねた。
「なあ、二次予選で私達三人が残りの九十七人全てに襲われるなんていう馬鹿げた可能性、二人が考える限りではどれくらいあると思う?」
「一割ぐらいですかね」
「右に同じ」
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
提案する彼女の面持ちが、微かに凶悪なものに思えたのは気のせいか。
「その一割という頼りない可能性を、〇・五未満に抑える方法がある。人間と太陽の温度と同じだ。三十六度と三十八度の違いは大きいが、四四○○度と六千度はそこまで大差が無い。我々にとってその可能性は、人の体温と同じだと仮定しよう。一割と〇・五割、この違いはとてつもなく大きい」
「だから何だよ?」
「それはだな――」
エレナから聞かされた作戦を聞いて、ナユタとハンスがにんまりと笑った。
なるほど、こりゃあ良い――と。
『そろそろ休憩時間だ! いまの状況をざっくり説明しよう!』
それぞれのチームの解説を続けていたMCが、ここで一区切り入れるように、現在に至るまでの説明を開始する。
『現在、生き残ってるのは全百チーム中、五十五チーム! その大半がチーム・残り物の毒牙にかかって滅殺されている!』
『さっきよりもチームの減り幅が落ち着いていますね。チーム・残り物は敵を狩るペースを落とした模様です』
『他のチームの動きを見ても、休憩時間が近い事もあって、動きが少しずつ緩慢になりつつあるようですが……』
『休憩時間後も腹ごなし程度に少し動くだけでしょうから、本格的にエンジンが掛かるとしたら休憩からおよそ三十分ぐらい後からでしょう』
解説の園田村正がさっき述べた通り、会場で様子を見守っていた観客達同様、画面内の選手達の気も少しずつ緩んでいるように見受けられる。
現に、ロットンとリリカも、実は少し疲れ気味だったのだ。
「私達もお茶にするとしようか」
「でも、このあたりのお店ってすごい混んでる気が……」
「私も一応はウラヌス機関でも超が付く程のエリートだ。権力さえあれば窓際の見晴らしが良い席を取るなんてお茶の子さいさいだよ」
「権力ってそんな風に使うんだ……」
年端もいかない子供(十歳)にとんでもない嘘を吹き込んだ黒人男性(三十三歳)なのであった。
第三話「進撃の残り物」 おわり
第四話に続く




