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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーシリーズ VOL.5 ~GACS編 第一集 GACS、始動!~
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GACS編・第二話「燕の羽」


   第二話「燕の羽」



「サツキ、借りていたノートだ。助かった」

「どういたしまして」

 朝の始業前。凌は自分のクラスに鞄を置きに行ってすぐ、隣のクラスのサツキに今日締め切りの宿題のノートを返しに行った。学業自体が初めての経験だったのもあり、どうにも宿題の段取りがもたつきがちで困っていたので、早い段階から宿題を終わらせていたサツキに助けを求めたのだ。

 おかげさまで随分と楽をさせてもらった。いつか礼をしなければなるまい。

「ノートの書き方が綺麗だった。参考にさせてもらう」

「あ、いや、そ……そんなド直球に褒めなくても……」

 サツキが顔を真っ赤にして戸惑う。意味不明だ。

「何をそんなに驚いている? 思った事をそのまま言っただけだが」

「普通、そんな素直な人はいないですってばっ」

「変な奴だ。まあ、良いだろう」

 もう用件も済んだので、凌はくるりと踵を返す。

「あ、ちょっと待って!」

「? まだ何かあるのか」

 凌は多少困惑して立ち止まり、首だけをサツキの方に回す。

「凌君、今日の放課後は空いてますか?」

「空いてるが、それがどうした?」

「ちょっとお願いしたい事が……」

 サツキが上目遣いにこちらをちらちら見てくる。妙にドキっとする仕草だ。

「……何だ? 言ってみろ」

「あの……Aクラスのナナ・リカントロープさんをご存知で?」

「野放図に胸がデカい金髪の女子か。割と有名人だな。それがどうした?」

「…………」

 サツキが何故か苦そうな顔をしている。何か変な事を言ったか、自分?

「……その巨乳ちゃんのデッキ、私が最近新しく組み始めたんですけど、それを今日の放課後にテストするから、凌君に彼女の練習相手になっていただけるとありがたいのですが」

「断る」

「即答!?」

 サツキがさらに嫌そうな顔をする。彼女は何かあるとすぐにころころ表情が変わるから非常に面白い。

 凌はそんな意地悪な内心をおくびにも出さずに言った。

「どうせそのナナという奴も大会に出場するのだろうが、それは俺も同じだ。ライバルに手の内を晒すのはフェアじゃない」

「宿題のノートを見せてあげたのでおあいこには……」

「それとこれとでは別の話だ。そろそろHRが始まる。俺は行くぞ」

 凌は唖然とするサツキを無視して、さっさと自分の教室に引き返していった。

 後から「もう宿題見せてあげないですわー!」とか聞こえたのは、まあ、聞かなかった事にしておくとしよう。



 朝のHR。ナユタの手元には推薦状が配られていた。

「という訳で、推薦状が来なかった残りの子達には、通常の試験を受けてもらう事になるよー! 今日からはその試験の対策期間になる。だからビシバシしごいてやる、覚悟しな!」

 担任の網走豊子が妙に上機嫌だ。何か良い事でもあったのだろうか。

 彼女の心理についてはさておくとして。いま推薦状が配られたのは、このクラスだとナユタとナナ、そして十神凌だけだ。他のクラスだと、イチルとサツキぐらいだろうか。ちなみにタケシは推薦状云々以前に、とあるコネによって既に出場が手引きされている。

「ちなみに、対策期間中の授業は推薦状が来た子にも受けてもらうからね! そりゃ、ここは学校だし」

 先生め、余計な事を。

 とはいえ、別に授業時間そのものに変更がある訳ではない。今年度のカリキュラムはGACSに合わせた特別仕様なので、ナユタの手元に推薦状があろうがなかろうが、ノートに書き込まれる予定の内容は何一つとして変わらない。

 だから、俺はちゃんと推薦受けてるから授業受けなくて良いやー、という甘い考えは通じない。当然の話だ。

「さあ、レッツパーリィ!」

「先生、何でそんなにテンション高いんですか?」

「旦那がようやくマイホ――何でもないよ」

 なるほど。そりゃテンション上がるわ。


「何? お前らには推薦状が来てないのか?」

「そりゃそうだ」

「当たり前じゃん」

 一時限目終了後の休み時間。ナユタはCクラスの黒崎修一と、Dクラスのユミ・テレサを呼び出し、例の推薦状について訊ねてみる事にした。

 二人していつ見ても双子にしか思えないようなウリ二つの外見をしており、さらさらの黒い髪とつぶらな瞳はもはや全く同じパーツにしか見えない。違いがあるとすれば男女の差くらいだろうか。ちなみに、長くなった黒髪を後頭部で束ねている男が修一、つい先日まで長かった髪をばっさり切ってセミショートにしたのがユミである。

 修一は呆れたように言った。

「俺とユミは元々、この学校の生徒に危害を加えようとした犯罪者だぞ。何で推薦枠なんか取れると思ったんだ、お前は」

「何で俺が怒られなきゃいけないの? 自業自得でしょうが」

「うるさい黙れ。むしろ何でお前に推薦状が来たんだ? お前だって根っこは俺達と同じだろ?」

「んだとコノヤロー。後頭部から禿げ散らかしたろか? あぁ?」

「上等だコラ、表出ろや。死体ごとその頭のモジャモジャを鳥の住処にしてやる」

「俺の頭は鳥の巣じゃない!」

「もー、何で喧嘩ばっかすんのかなぁ、このバカ二人は」

 ユミがうんざりしたように言った。

「ていうかさー、別に良いじゃん、推薦状なんて。どうせあたし達三人揃って、GACSの優勝賞品には興味なんて無いんだし」

「言われてみれば」

「たしかにそうだ」

 ナユタと修一が一瞬で怒りの矛先を収める。さすがはユミ・テレサ。発言の大体は正鵠を射ている。

 ここで、修一が何かを思い出したように言った。

「そういえば、他の推薦状もらった連中って、出場する理由でもあんのかな」

「タケシ以外は無いんじゃね?」

「タケシ君? え? 彼、また何かあったの?」

「俺もよく分かんないんだよ。長官も教えてくんないし」

「ナユター! 授業始まるぞー!」

 Aクラスの扉から身を乗り出し、ナナがこちらに呼びかけてくる。

「おっと、いけね。じゃ、俺行くわ」

「俺のクラス、次の授業は理科室だったな」

「あたしは体育だ! やっべ、すぐ行かないと!」

 戦場育ちの三人は、慌ただしくそれぞれの目的地に散っていった。



 放課後。Vフィールドの仮想空間モード内にて。

「おりゃあっ!」

 シミュレーターで呼び出された仮想体の<星獣>を、ナナが直線状の槍で豪快に一薙ぎ。一撃で撃破。

「<ビーストランス>!」

 続けて出現したオーガ型の<星獣>に手を触れる。すると、オーガ型は光の筋となって分解し、ナナの体に纏わりつき、やがて鈍色の重たいマスクと、腕をすっぽりくらいに覆う巨大な鋼鉄の拳に変化する。

 足元にアステライトを溜め込み、爆発。加速して、次々と出現するオーガ型を正面からタコ殴りにしてノックアウトする。

 訓練終了。転送システムが起動し、ナナは仮想空間から星の都学園の第一アリーナに帰ってきた。


 アリーナの周りには他の等級の生徒達がいつもより多く散見される。GACSが近いからというのもあるのだろう。

 観覧席で訓練を見守っていたサツキとタケシがナナの傍まで歩み寄り、それぞれ微妙な顔をしてコメントする。

「いや、だから。何でそこで<トランサー>の能力を使っちゃうかな」

「構築したデッキと、あなた自身の実力をテストしたかったのに」

「誰がオーガ型を出せって言ったよ!」

 ナナは頬を膨らませて文句をつけた。

「あんなもん、<バトルカード>の力で倒せる訳無いじゃん!」

「まあまあ、とりあえず落ち着け」

 タケシが怒れるナナを制する。

「いまの訓練でも充分な成果は出たさ。特訓メニューはそれに基づいて考えれば良いって、俺は最初に言わなかったっけか?」

「ですわね。とりあえず、考えるのはここからですわ」

 サツキとタケシの本当の仕事はこれからである。いまのナナの動きを見て、彼女の長所を伸ばすべきか、それとも弱点を克服するべきか、あるいはその両方をやるか――これからはそういった選択をしていかなければならない。

 さて。そもそも、何でこんな事になったのかというと――


「あたしもGACSに出る!」

 ナナがサツキにこんな事を言い出したのが全ての始まりである。

「ナナさんが? まあ、どのみち推薦状は来るでしょうが……優勝賞品に興味でも有るのですか?」

「無い。でも、出る」

「どうして?」

「だってさー、自分の力が何処まで通用するか、知りたくない?」

「まあ……たしかに」

 GACSはバトルの大会だ。優勝賞品がどうあれ、スポーツの一環であると捉える者も少なくはない。かくいうサツキもその一人だ。

「でしょ? いままではタケシ達にずっと助けられてたけど、一人の力でどのくらいまで行けるか、試してみたいの」

「なるほど。でも、いまのナナさんでは少し厳しいかもしれませんわね」

「どうしてー?」

「あなた、<バトルカード>の扱いが得意ではないでしょう?」

「むっ……たしかに」

 ナナの最たるは<星獣>を鎧みたいに自身の全身に装備する<ビーストランス>と呼ばれる魔法能力と、ナユタをして叶わないとされる身体能力の高さである。<バトルカード>がそもそも必要無いので、その手の戦略があまり得意ではないのだ。

「GACSはデッキの構築センスが試される大会でもあるという話ですわ。ただ単に身体能力が高いだけでは乗り切れない場面も必ず出てきます。これまで演習であなたと何度か手合わせしましたが、勝率だってほぼ五分五分じゃあありませんか」

「つまり、デッキを強くして、使い方も鍛えなきゃって事? 構築センスとか言われると、正直自信無いなぁ……」

「だったら、私が構築の基礎を教えて差し上げても良いのですが」

「え? 良いの?」

「ええ。さすがにあなたの場合は事情が事情ですし」

「やったー! ありがと、サツキー!」


 まあ、こんな具合である。

 ちなみにさっきの戦闘訓練は、サツキが試しに組んでみたデッキでとりあえず戦ってみるという短絡的な手順を経て行われたものである。これでナナの戦闘スタイルを改めて見直してみるのも良いだろうとタケシから提案を受けてやってみたのだが、サツキからしてみれば良い結果に終わったとは言い難い。

 元々が能力の偏りが極端なタイプである。育成には一苦労するのも当然だ。

「タケシ君。やはり彼女には座学が必要なのでは?」

「賛成だ。それにプラスして、ナユタに体術でも――お?」

 タケシが目ざとく、近くをうろついていたナユタを発見する。噂をすれば何とやら、である。

「おーい、ナユター!」

「お? タケシじゃん」

 ナユタがこちらに気づき、とことこと歩み寄ってくる。

「どうしたお前ら? 仲良く戦闘演習か?」

「そんなとこだ。お前、今日は非番か?」

「ああ。ここんところ働き詰めだったし、長官がしばらく暇をくれた」

「そりゃ丁度良い。ちょっと頼みがある」

「頼み?」

「実はだな――」

 タケシが事情の一切合財をナユタに説明する。

「――という訳だ」

「なるへそ。なんなら修一とユミとイチルも呼ぼうか? あいつらも教える役としては相当優秀だぜ?」

「そういや、修一とユミはついこないだまで戦闘のインストラクターやってたんだっけ」

「そうそう。イチルも<輝操術>に精通してるし、ナナを教えるんならイチルだって必要だろ? 幸い、あいつも今日は暇だし」

「そりゃ良いや。早速呼ぼうぜ」

 ナユタとタケシがいつになくノリノリで話を進める。

 そして、十分後。

「イチル様、参上!」

「美少女育成か。面白そうだな」

「ギャルゲーちゃうわ」

 アホ三人が増員される。ナナの教育係としては非常に優秀だが、キャラとしては非常に難のある感じがどうにも否めない。

 おおよその事情を聞いた修一が提案する。

「とりあえず、今日は戦闘訓練を切り上げて、基礎からナナちゃんに色々教えてあげた方が良いんじゃないかな。体で覚えた方が早いタイプだとは思うけど、やっぱり机に向かうのも大事な教練だよ」

「おお、修ちゃんが珍しく良い事を言ってる」

「ユミ? いままで俺の何を見てきたの? 俺ってそんなダメな奴に見えてたの?」

 修一とユミの夫婦漫才は無視するとしよう。

 ナナの教育係一行は、座学の為にこのアリーナから二年Aクラスの教室へと場所を移した。


 座学用のカリキュラムは全てタケシがぱぱっと組み上げ、主な教師役はサツキが務めるという事で話は纏まった。

 二年Aクラスの教室は、いまや一つの学習塾と化していた。最前列の真ん中がナナの席で、それ以外の連中は思い思いの席に座っている。

「さて、まずは目次を確認しますわ」

 黒板に書かれた文字をサツキが延べ棒で差す。


 今日の目次


 【その一・<アステルカード>の基礎】

 【その二・<バトルカード>について】

 【その三・デッキの構築論】

 

「今日はこの三つについて学びましょう。まず、<アステルカード>の基礎からです」

 サツキは自分の手持ちにある<アステルカード>を何枚か教壇に並べ、そのうちの一枚をこれみよがしに見せつけた。

「<アステルカード>とは、元々が<星獣>を構成する万能物質、アステライトによって構成された光子体の武装を、カードの形にしてパッケージ化したものです。それにはいくつかの種類がありますわ。まずはこの、<メインアームズカード>」

 サツキがいま手にしているカードを発動。スペツナズナイフを日本刀サイズにしたような長剣が彼女の手に握られる。

「<アステルカード>の中でも一番良く使う、いわゆるメインの武器ですわ。いま私が手にしているソード型から、遠距離攻撃を得意とするガンナー型、魔法系の<バトルカード>の使用が得意な魔法型と、その種類は多岐に渡ります」

「先生、質問っ」

「はい、ナナさん」

 サツキが指すと、ナナが考える仕草をしながら質問する。

「あたしの使ってる槍って、何型に分類されるの?」

「良い質問ですわね。槍型は細かく分類が分かれていて、槍型だから何が得意というような事を一概には言えないのです。でもナナさんの<ドラゴアステル>に限って言えば、ソード型と魔法型の能力を同時に持ち合わせています」

「二つのメリットを一緒に持ち合わせているんだね」

「同時に、二つのデメリットを同時に持ち合わせているとも言える」

 ここはナユタがコメントする。

「例えばソード型は耐久力が低くて、魔法型は攻撃速度があまり速くない。防御が安定しない分、扱いにはセンスを要するんだけど、槍術を極めていればその手の弱点はほとんど解消される。全ては当人の努力とセンス次第って訳だ」

「ほほぉ……」

「ていうか、<ドラゴアステル>はお前が元々スカイアステルで使っていた武器でしょうが。何で覚えてないんだよ?」

「しょうがないじゃん。まだ記憶が完全に戻ってる訳じゃないんだし」

 ナナはとある事情でグランドアステルに移送され、色々あって記憶のごく一部が欠損している。それでも来た当時に比べれば随分とマシになってきてはいるのだが、如何せん戦闘や武装などに関する知識はまだ戻っていない。

 サツキがこうして教えているのも、その事情を全て鑑みての事である。

「次は<バトルカード>について」

 サツキは竜巻みたいな絵柄が描かれたカードを掲げる。

「これは私がよく使う<ストームブレード>ですね。ここで発動すると非常に面倒な事になるので割愛します」

 主に教室内の片付け的な意味で。

「<バトルカード>はカードゲームで言う、いわゆる魔法カードですわ。<メインアームズカード>の発動中のみ使えて、武器から魔法攻撃を発生させる事が出来ますの。しかし<メインアームズカード>を使っていればどの<バトルカード>を使って良いっていう訳でもない。例えばこの<ストームブレード>はソード型<メインアームズカード>を発動している時のみ使用可能な<バトルカード>ですわ」

「ガンナー型とか魔法型では使えないって事だね。それは知ってるよ」

 ナナもただ無知な訳ではない。予習ぐらいはちゃんとしているだろう。

「例えばガンナー型だと<ハンドキャノン>、魔法型だと<ハードブレイズ>、といったところでしょうか」

「ちなみにナナ。お前の<ドラゴアステル>は<ストームブレード>も<ハードブレイズ>も使えるんだぜ」

「そっか、そういえばソード型と魔法型のハイブリッドなんだっけ」

 タケシに言われて気づき、ナナがデッキケースから<ドラゴアステル>のカードを取り出し、その図柄をまじまじと見つめて目を瞬かせる。

「<バトルカード>の中には<メインアームズカード>無しでも発動出来る類のものもありますが、それはごく少数と考えた方が良いでしょう。何にせよ、状況に応じて<バトルカード>を使い分けるタクティクスも重要なのです。<メインアームズカード>の力だけではどうしようも無い場面だって、実は山程あるのですから」

「そこで大事なのがデッキの構築論、という訳だね」

「その通り」

 生徒側の理解が早いとこちらも助かる。

「せっかくの大所帯ですし、皆さんのデッキをいくつか見せていただきましょうか。話はそれからです」

 サツキはここにいるメンバーのデッキ構成を大体知っている。なので、例題を見せるのに最適なデッキを持つ者を何人か指名する事にした。

「ナユタ君、タケシ君、修一君、イチルさん。こちらの四人のデッキが一番分かりやすいですわね」

 いま指名したメンバーのデッキがナナの机に並べられる。左から順に修一、イチル、タケシ、ナユタの順番だ。

「デッキの構築は法令によっていくつかの制限が敷かれてますわ。まずはそのあたりから軽く説明しちゃいましょう」

「その説明、あたしがやるー」

 ユミがひらひらと手を振る。違法カードを使っていた経歴を鑑みると、たしかにこの手の説明は彼女が適役かもしれない。

「ではユミさん、よろしくお願いします」

「ういー」

 ユミが立ち上がり、教壇に立った。なるほど、似合わない。

「デッキにはどんなカードを何枚入れても良いって訳じゃないのよさ。デッキに入れられるカードの合計枚数は二十枚まで。<メインアームズカード>が最大三枚まで、<ビーストサモンカード>が一枚までと、大会があってもなくても細かいレギュレーションには従わなければならない」

「<バトルカード>は何枚まで入れられるの?」

「デッキ枚数の上限に違反してなければ何枚でも入れられるけど、同じ名前の<バトルカード>は四枚までしか入れらんないよ」

「去年の方舟の戦いで、<ストームブレード>を二十枚入れたデッキケースをサツキが何個も持ち運んでたのを見たんだけど……」

「あれは……まあ、緊急時だし」

 ユミが言葉を濁すのも無理は無い。あの時はスカイアステルが滅亡しかねない状況下だったので、サツキの<アステルジョーカー>の力を限界以上に引き出さなければ勝ち目が薄かったのだ。それをユミに説明させるのは酷な話だろう。

「ちなみに西の連中はこのレギュレーションを無視出来るから、あたしが以前使っていたような<ランク外アームズカード>も使いたい放題なんだよね」

「ランク外?」

「<メインアームズカード>にはSからCまでのランクがあるっていうのは知ってるよね? でも<ランク外アームズカード>にはそのランクが存在しない。カスタマイズが自由で、場合によっては<アステルジョーカー>並みの力を引き出せる。でもこれをウェスト区以外で使えば立派な法律違反なんだ」

 余談だが、修一とユミが使っていた<ランク外アームズカード>は、彼らがセントラルに来た際に仕様変更が成され、現在はB級の<メインアームズカード>として運用されている。

 ユミの説明が終わったのを見ると、サツキが再び説明役に戻る。

「いまユミさんが言った事をよく覚えておいてください。その前提で、いまからナナさんの手元に置いてあるデッキをそれぞれ解説していきましょう。まずは左から順に、修一君のデッキから」


 黒崎修一のデッキ デッキ名『矛と盾』


 【メインアームズカード】 黒蛍(ソード型)

【バトルカード】 ストームブレード×2 ブレードパペット×3 フレアブレード×2 ホロウドール×2 バウンサーシールド×2 マジックシールド×2 オレンジスモーク×2 ブースト×1 バウンド×1 リロード×1

【エクストラカード】 ライトニングクロス



「なるほど、分からん」

 ナナが早速何かを諦めたらしい。早すぎやしないだろうか。

「まあまあ、諦めるのはまだ早いですわ」

「そうだよ、ナナちゃん? 俺のデッキ、実は一番分かり易いんだぜ?」

「そうなの?」

「修一君のデッキは多少守備寄りですわね」

 サツキがデッキ内容を改めて確認して、妥当な評価を下す。

「攻撃はソード型のポピュラーなカードで行い、回避や防御にやや枚数の比重を偏らせているようです。修一君は元々体術が優れているお方なので、こういう構築の方がむしろバランスが良いのかもしれません。自分の能力を熟知した上で最適な組み方をした、まさに良いお手本となる構築ですわ」

「プロに褒められたぜ」

 修一がドヤ顔を周囲に振りまき、気に食わないという理由でナユタとタケシからリンチを喰らう。

「バカ男三人は放っておくとして。次はイチルさんのデッキですわね」

「どうぞ、ご覧くださいまし」

 イチルがぺこりと頭を下げて勧めると、ナナがイチルのデッキを手に取り、内容をざっと確認する。

途端に、彼女の眉が険しく寄せられる。

「……イチルさんや」

「何?」

「これ、どういう事なん?」

「……ああ、これはちょっと難しいですわね」

 横から覗いていたサツキが苦笑する。


 八坂イチルのデッキ デッキ名『ネオステラ・バトルシステム』


【メインアームズカード】 ギミックバスター NO.8 ラスターマーチ

【バトルカード】 ストームブレード×1 ブレードランス×2 サンダーバースト×1 ハイドロキャノン×1 ショットキャノン×1 ハードブレイズ ハードフリーズ ハードボルト ハードリーフが一枚ずつ ホロウドール×3 フワライダー×1 サイレントカプセル×1 デストラクター×1

【エクストラ】 イングラムクロス


「魔法系のカード、使えないのに入ってんじゃんっ」

 イチルの<ギミックバスター>はソード型とガンナー型のハイブリッドだ。普段は普通に銃の形をしているが、銃身が持ち上がる事でグリップに対して垂直になり、銃口からブレード状のエネルギーを伸ばすソード型に可変する。

 そこには魔法型の要素が一つも無い。魔法系の<バトルカード>は使用不可だ。

「ナナさんが言ってる魔法系のカードは、『ハード』と名のつくカード群の事ですわね。『ハード』系統のカードは他の魔法系と違って、どのタイプの<メインアームズカード>にも使用できますわ」

「そうなの?」

「ええ。単に使用している武装に魔法属性の攻撃力を追加するカードですもの。例えば修一君の<黒蛍>に、炎とか冷気を纏わせる事も出来ますのよ」

「それにね、これは<アステルジョーカー>に対するアプローチも考えた構築なんだよ」

 イチルが自慢気に述べる。

「あたしの<ラスターマーチ>はあらゆる<アステルカード>を矢に変換する能力があるの。だから普通なら使えないようなカードも攻撃手段になり得るし、『ハード』系統だったらそいつら全部を使って<カードアライアンス>も撃てる」

 <カードアライアンス>とは、特定のカードの組み合わせで発生する、<バトルカード>戦術最強の必殺奥義である。例えばイチルのデッキ内にある『ハード』系統のカードを全て解放すると、これが<エレメンタルバースト>という極大レーザー攻撃に早変わりする。

「<アステルジョーカー>の能力も視野に入れて、可変型のギミックを最大限生かしたテクニカルな構成として仕上がってますわ」

「これはあたしとサツキの合作なのだ」

「すげーっ!」

「さすが。ややこしいデッキ作らせたらサツキの右に出る者はいないな」

「俺もサツキにデッキ作ってもらおうかな」

 ナナが目をキラキラ輝かせていた頃には、ナユタとタケシは修一への制裁を完了して席についていた。当の修一といえば、何をされたのかは知らないが、何故か『鼎』の文字を思わせる恰好で床にノびていた。

「次はタケシ君のデッキですわね」

「知ってるからパース」

「では、次はナユタ君のデッキですわね」

「おいコラ、さらっと俺を無視するな」

 順番を飛ばされかけたタケシが不満そうな顔をする。何がそんなに気に食わなかったのだろうか。男の心理はよく分からない。

「まあ……とりあえず紹介しておきますか」


 六会タケシのデッキ デッキ名『マジカル☆テロリスト』


【メインアームズカード】 クロムヴァンガード

【バトルカード】 ハードブレイズ ハードフリーズ ハードボルト ハードリーフが一枚ずつ アステルバレット×2 フワライダー×1 ブレードレイン×2 サンダーボルト×2 バウンサーシールド×2 ミラーシールド×2 ホロウドール×3 

【エクストラ】 NO.X サークル・オブ・セフィラ


「何でデッキ名に『☆』とか付けちゃってんの?」

「お前が付けろって言ったんだろうが!」

 なるほど、タケシからすれば不本意なデッキ名らしい。それにしても、彼女の意向一つでプライドを捻じ曲げるとは、彼も随分落ちぶれたものである。

「……タケシ君の場合は攻撃範囲や使い方に工夫がいるタイプの攻撃カードを使いますが、当人のセンスでどうにか補えている状態ですわね。以前はもっと味方へのサポートに使えるカードが多いデッキを組んでいませんでしたっけ?」

「一人でも高い火力が出るように調整したんだよ。そう何度も<アステルジョーカー>には頼っていられないからな」

「なるほど。そうなると、攻撃用の枠は自由に差し替えられないのでは?」

「中衛サポートに徹するなら『ハード』以外の攻撃カードを別のものに差し替えれば良い。今回のチューンはGACS用だから、こういう構築になってるだけだ」

「ほほう……」

 特に文句のつけようがない構築と回答だ。強いて言うなら、ナナが参考にするには少し難しい考え方であるような気がする。

「さて、最後はナユタ君の構築ですが……」

 ナユタのデッキを最後に回したのにはれっきとした理由がある。単純に、初心者に説明するには、デッキ内容があまりにも妙ちきりん過ぎるからだ。


 九条ナユタのデッキ デッキ名『最強の嫌がらせ』


【メインアームズカード】 蒼月 NO.9 インフィニティトリガー

【バトルカード】 フラッシュボム×4 ラスタードローン×2 ラスタースモッグ×4 フォトンブレード×2 ホロウドール×2 ブレードパペット×3

【エクストラ】 チャービル


「……うわぁ」

「相変わらずだな、お前」

 ユミと修一(さっき復活した)がそれぞれ苦い顔でコメントする。

 一方、何も知らないナナはぽかんとしていた。

「? 二人共、何で嫌そうな顔をしてるの?」

「よく見なさいな。ナユタ君のデッキ、攻撃用の<バトルカード>がほとんど入ってないでしょう?」

「ほんとだー。でも、何で?」

「ナユタの場合、<バトルカード>自体があんまり必要じゃないんだよ」

 彼とは旧知の仲たる修一が解説する。

「そんなもんが無くても<蒼月>一本さえあれば大抵の相手は一瞬でお陀仏だ。<蒼月>自体が<バトルカード>に匹敵する攻撃技を持ってるし、何か大変な事が起こっても多彩な能力を持った<インフィニティトリガー>一枚で簡単に対処出来る。それでも<バトルカード>自体が便利な代物には変わりないから、それでナユタが選んだのが光属性のカード群って訳だ」

「光属性?」

「主に光を用いて相手の妨害ばかりを仕掛けるタイプのカードだ。閃光手榴弾みたいに視界を封じたり、相手を心理的に圧迫したり――とにかく相手が嫌がる戦術的手段を徹底してやり込む、ぶっちゃけ友達を失くすタイプのデッキに好んで採用される属性なんだよ」

「本当に嫌がらせしか考えてないんだ……」

 ナナが軽蔑に似た眼差しをナユタに向けるが、当のナユタは何処吹く風と言った調子で受け流す。

「いやー、ほら、戦闘スタイルは人それぞれだし? 俺には攻撃用のカードが必要無いからそうしてるだけの事だし? まあ、玄人の構築という理解で良いよ」

「何でエラそうなのでしょうか……」

 ちなみに光属性を好んで使っているというだけで、その気になればどんな<バトルカード>でも使いこなすのが彼の恐ろしいところである。

「……まあ、人によって好みはそれぞれで、カードの数だけ可能性が広がるというのがデッキ構築の醍醐味ですわ。いま見せたデッキ四点は、基本的な部分から変態的なものまでを幅広く見せる為に、使用者各人に出していただいたものです」

「誰が変態だコノヤロー」

「自覚はあるのですね」

 ナユタ=変態は、もう周知の事実である。

「さあ。これらを踏まえて、デッキ構築に挑むとしましょうか……と言いたいところですが、もう最終下校時刻を回ってしまいましたわ」

「おー、本当だ」

 既に時刻は夕飯時に近い。寮を借りている生徒はすぐに帰寮しないといけないし、ナユタとイチルもそろそろ自宅に引き返さないといけない。

 サツキはいま思いついたままを述べる。

「ナナさんには明日までに、新たにデッキを組んでいただきます。それと、明日はナユタ君と修一君に協力してもらって、カードタクティクスと絡め合わせるのに重要な体術の授業をしましょう」

「俺、明日仕事なんだけど」

 ナユタが片手を上げる。

「天皇一族の御子息が誕生パーチー開くとか言ってるから、その会場の護衛に回らにゃいかんのよ」

 このグランドアステルより一万フィート上空に存在する天空都市・スカイアステルは、要するにお偉いさんの居城みたいなものだ。居住可能な陸地が大きく分けて二つしか無いのに、国の象徴たる天皇一族という役柄が何故存在しているのかが非常に謎ではあるが。

「そうですか、ナユタ君もS級バスターですものね」

 サツキが顎に指を当てて考え、修一に水を向ける。

「ちなみに、修一君も何か予定が?」

「空けられるけど……ちょっとなぁ……」

 修一が躊躇いがちに答える。

「一応、人……? うん、人だな。まあ、人と会う約束があるんだけど……」

「あら……」

 これまた意外な返答である。しかしそうなると、明日は誰がナナに体術を教えるというのだろうか。演習も一種の戦闘行為である関係上、その技術を教える適役がいまのところナユタと修一しかいないのだが。

 ただ、だからといって二人に無理を強いる訳にはいかない。

「分かりました。ごめんなさいね、変なお願いをして」

「いやいや」

「力になれなくて申し訳ないね」

「いいえ。とにかく、今日はもう引き上げましょう」

 そろそろ巡回の警備員が通る時間帯だ。だらだらと長居する理由は無い。

 全員、今日のところは普通に解散した。


   ●


 寮の部屋で一人、十神凌は机に向かって考え事をしていた。

 宿題が終わらないと悩んでいる訳ではない。今日のところは順調に済ませているし、学業の面においては何かと世話を焼いてくるサツキのおかげでどうにかなっている。

 むしろ悩ましいのは、そのサツキの真意が分からない事である。

 園田サツキ。成績優秀のAランク階級保持者。<方舟>の英雄の一人で、<アステルジョーカー>の一枚を所有する、星の都学園の中でもトップレベルの戦闘能力を有する実力者。おまけにかなりの美少女で、以前は孤高の女王だなんて呼ばれていたとは思えないくらい人当たりが良い。

 奴は何で俺なんかの面倒を見たがる? たしかに学業なんてつい最近始めた生まれて初めての経験なので、右も左も分からないから助けてくれる分には非常に助かるのだが、そもそも何で彼女がそんな事をしてくれるのかが本気で分からない。

 最初はただ戸惑っていた俺に近づいて、色々と今後に役立ちそうな事を教えてくれた。あの時はてっきり、適度に距離を置きつつ、ちょっとだけ何かを教えるだけの親切な人だと思っていたが、どうやらそれは自分の検討違いだったらしい。

 話す毎に距離が縮まってる気がする。

 俺には全く、その気は無いのに。

 だなんてもやもやしていると、手前の<アステルドライバー>から着信が入る。

「……はい」

『もしもし。夜分遅くに失礼するよ』

「何か用件でも?」

『いやいや。学校生活、楽しんでるか?』

「…………」

 いきなり何の質問だろう。俺がどう答えるのかなんて、最初から分かってるくせに。

『無理に答えなくて良い。ただ、一つだけ忠告しておこう』

「忠告?」

『園田サツキについてだが――』

 いままさに悩みの種となっていた少女の名前を出され、急に心拍がびくりと跳ね上がる。冷静に努めようと精神力を総動員するので精一杯だった。

『レベッカから聞いてるよ。最近、やたらお前の周りを張っているらしいな。何か妙な事でも悟られたか?』

「もしそうなら、九条ナユタが何かしら働きかけてる筈です。その兆候が無いところを見ると、特に何の問題も無いかと」

『そうか。しかし、気をつけたまえよ』

 電話口の向こうから、毒ガスより効力のある威圧感が漏れ出てるようだった。

『彼女には自分でも気づいていない、恐るべき才覚が眠っている。それをいまの段階で目覚めさせるのは非常にまずい』

「承知しています」

『なら良い。では、そろそろ夜も深い。よく休みたまえ。それでは、お休み』

「お休みなさい、父さん」

 こちらの挨拶を聞き届けて、相手がタイミング良く通話を切る。

 それからしばらくして、凌はまたもや考え始めた。

 思い出せば思い出す程に不可解だと思えるサツキの行状が、忘れようとすればする程にその姿が脳裏をぐるぐると駆け巡る。

 彼女は綺麗で優しい子。

 つり上がり気味の大きな瞳は吸い込まれそうなくらい澄んでいて、肌は戦う者とは思えないくらい白くなめらかで、同年齢の女子にしては色気がある。

 そんな彼女の事だ。きっと、もう早い段階から恋人がいるのだろう。

 少なくとも、俺には全く手の届かない存在だ。

「……俺はアホか」

 いまの呟きで、渦巻いていた雑念が半分くらいは消し飛んだ。

 せめて、もう半分の煩雑も、同時に消えてくれると楽だったような気がする。


   ●


 スカイアステルにはかつて六花族という貴族の群れが存在した。随分昔のグランドアステルで星の復興や繁栄に貢献した連中の七光りを受けて肥え太っただけのごく潰し共が大半だが、中には本物の実績を上げ続けている者がいくらか存在する。

 <方舟>の事件で古くから警察機構に関わってきた一族であるジルベスタイン家以外の一族が壊滅し、六花を取り纏める『天皇家』だけが実質的な星の頂点に押し上げられた事から、この世界の支配体系はより簡略化された。

 今日は天皇家、つまりは移ノ宮家の長男の誕生会だ。たしか、今年で十八になるのだとか。しかし会場はスカイアステルではなく、グランドアステルから東に十キロ離れた離れ小島のスタジアムだ。

 あえて祝いの席をそのスタジアムに選んだ理由。

 それは言わずもがな、そこがGACS決勝戦の会場だからである。

 本来なら強豪達が鎬を削り、縦横無尽に駆け回っている筈の広いフィールドを、今日は完全なる社交場仕様として運用している。だから料理やら酒やらがたくさん並んだテーブルがそこかしこに散見されたり、見るからに偉そうな連中が正装でワインのグラスを傾けて貴婦人達とお喋りに興じているのだ。

「で、何で俺もタキシードなん?」

 いまさらながら、会場の護衛に当たっていたナユタが首を傾げる。

「当然。ここは紳士淑女の社交場」

 隣に立っていた三笠心美が神妙の答える。いくら灰色のジャケット、黒いワンピース、黒いリボンの正装三点セットに身を包んでいるとはいえ、黒いもじゃもじゃ頭だけはどうしても隠しようが無いから、浮いている事この上無い。というか、幼児体系のせいか、服に着せられている感が半端ない。

「何を笑っている?」

「いや……ぷぷっ……何でもっ……」

 心美の七五三な雰囲気に失笑を漏らしてはいるが、ナユタもそんなに人の事は言えない。長官に強制されて黒いタキシード姿に変身してはいるものの、やはり心美同様、服に着せられている感が尋常ではない。

「駄目だよナユタ。女の子の恰好を笑っちゃ」

 注意と共に現れたのは、先んじて会場入りしていたイチルだった。さすがは元・モデルと言うべきか。赤いシルクで織られたロングドレスを見事に着こなしている。

「イチル。似合ってはいるんだけど、ちょっと背中を開けすぎじゃね? 胸元もちょっと怪しいぞ?」

「良いじゃん別にー」

「いいや駄目だ。露出をもうちょっと抑えてくれ」

「あ、もしかして、あたしが他の男にイヤラシイ目を向けられないかって心配してるんだー。大丈夫、ここにはそんなロリコンはいないから。多分」

「それでもダメなものはダメー!」

 子供みたいに駄々を捏ねるナユタであった。

 いやだって。普通、男っていう生き物は自分の恋人なり奥さんなりには貞淑でいて欲しい奴らが多いだろ? ていうか、大好き過ぎてしゃーないんですマジでっ!

「お取り込み中のところ、少しよろしいかな?」

 横から声を掛けてきたのは、見るからに気品の塊とも称されるような、若い細見の男性だった。整えられた短い頭髪と白いスーツが良く似合っていて、まさしく良家の御曹司といった出で立ちだ。

 実はこの彼が今日の主役。天皇家の次期後継者、移ノ宮春星うつしのみやしゅんせいだ。

「初めまして。今日は僕の誕生日会の為にわざわざご足労頂きまして、誠にありがとうございます。噂には聞いているよ、九条ナユタ君」

「え? あ、はい。どうも」

 春星から差し出された手を、ナユタは思わず握り返す。

「君や八坂イチルさんを筆頭とする<アステルジョーカー>の使い手の活躍は、いまやグランドアステルどころか、我がスカイアステル全土に大きく広まっている。君達の勇姿に敬意を表し、僕からも何かお礼をさせていただきたいのだけれど……」

「金貰ったからそれで充分です」

「こら」

 イチルが脛に蹴りを入れてきた。地味に痛い。

「すみません。このバカ、礼儀や遠慮というものを知らなくてですね……」

「いやいや、正直なのは良い事だよ」

 春星が苦笑する。そんな顔をさせても様になる人物なんてそうそういまい。

「時に九条君。君はウェスト区で元々は少年兵だったと聞く。しかし、ただの少年兵にしては異様なまでの強さを誇っているらしいが……何か秘訣でもあるのかね?」

「んなモンがあったらグランドアステルはいまごろガチムチの戦闘民族だらけっす」

「は……はは、そうか……」

 これにはさすがのお坊ちゃんも苦笑を通り越して戦慄を覚えたらしい。顔が引きつっている。

「まあ、今日は会場護衛の名目で来ていただいた訳だが、仕事で来たS級ライセンスバスターも立派なお客様だ。他のお偉いさんとの顔合わせもあるから僕はあまり構ってはやれないけれど、今日は君達もゆっくり楽しんでくれ」

「あざーっす」

「では、そろそろ壇上に立たねばならないからね。僕はここで失礼するよ」

 春星は踵を返し、優雅にスタジアム中央の壇へと歩いていった。

 いままで会話の成り行きを見守っていたイチルと心美が、同時に大きくため息を吐いた。

「ふぅー! 緊張したー!」

「お前と次期天皇の会話、心臓に悪すぎる」

 揃いも揃って顔が青い。俺、何か変な事でも言ったかな?

「お前らほとんど喋ってないだろ。緊張する必要なんて何処にある?」

「失礼にも程があんのよ、あんたの言動は!」

「もうちょっと折り目正しくできんのか、お前は」

「変に畏まるとかえって印象悪くなんだろー? 自然体が一番なの」

「「それが駄目なんだって」」

 イチルと心美が声を揃えてダメ出しをしてきた。イチルがS級バスターに配属される以前からもこの二人の仲は良好だと聞いていたので、ウマが合う分、必ず何処かで息ピッタリな掛け合いも出来るのだろう。

 適当にイチルや心美、後から姿を見かけた他のS級バスター達と駄弁っていると、春星が中央の壇上に上がり、マイク片手にお世辞だらけのスピーチを開始した。

 特に面白い事を語っている訳ではない。ただ、お忙しい中ご足労頂きありがとうございますとか、今日はごゆっくり楽しんでくださいとか、さっき聞いたような事しか述べていない。会場に来ている数百人もの客人を相手に喋るなら、いくら退屈であろうとそれが正解なのかもしれない。

 ナユタがぼんやりとスピーチを聞き流していると、隣から小声で話しかけてくる人物がいた。

「九条ナユタ君かね?」

「どちら様で?」

「私は名塚啓二という者だ」

 名塚啓二と名乗った男は、四十代後半の色素が薄めな人物だった。姿はちゃんと目に映っている筈なのに、その全容がいまいち掴み辛いという、自分でも何を言っているのか分からない評価しか抱けない相手に思える。

 ただ、彼の名前と実績は知っている。

「名塚啓二――たしか、遺伝子の分野で様々な功績を収めたという」

「ああ。そして、アナスタシア・アバルキンに手解きを与えたのも私だ」

「……!」

 いきなり出てきた意外な名前に、ナユタが目を丸くして驚く。

「いまアナスタシアとか言ったか? あんたがあのアバズレに<アステマキナ>の作り方を?」

「<アステマキナ>については彼女自身の功罪だ。私はその昔、大学の教授をやっていてね。名塚ゼミの生徒だったんだよ、彼女は」

 これまた意外な事実である。あの女にも師事していた相手がいたなんて。

「彼女は実に優秀な生徒だった。自己顕示欲の塊ではあったがね」

「まさか、俺があの女を殺したのを恨んでいるとでも?」

「半分正解だな。彼女の死については自業自得だが、私個人は君に対して大きな恨みがある。それが何か、君は覚えているかね?」

「身に覚えがたくさんある分だけ、逆に思い出せないっすね」

「君は私の子供達を皆殺しにしてくれた。そう言ったら思い出してくれるかね?」

「え……?」

 ナユタはさらに当惑する。これまでたくさん人は殺してきたが、ウェスト区にいた頃も、ましてやセントラルで暮らしている現在に至るまでの間にも、年端のいかない子供達を殺害した覚えは一切無い。

 啓二は小さく鼻を鳴らして言った。

「そう遠くないうちに思い出すだろう。それまでの間、精々悩んでいると良い」

 啓二はそう言い残し、人混みをすいすいと縫って姿を消した。見た目の希薄さといい、さっきまでの言動といい、何から何までよく分からない男である。

 だが、いまはそんな事の全てがどうでも良くなっていた。

「俺が……子供達を、殺した……?」

 呟いてからスピーチが終わるまでの間、ナユタはずっと同じ事を考えながら、その場で呆然と立ち尽くしていた。

 聴覚に音が戻ったのは、イチルから四回目の呼びかけを受けた直後の事だった。


   ●


 目下の悩みは、ナナの戦闘訓練に丁度良い相手が見つからないという理不尽だ。

 学生相手に戦闘インストラクターを務めていた経験がある修一も、自分と同い年くらいの少年兵達を率いていた経験があるナユタも、今日は双方に予定があった為に放課後から姿を消している。

 そうなると、後はユミにでも頼むしかないが、肝心のユミの姿が何故か見当たらない。彼女は猫のように気まぐれな性分だから仕方ないとしよう。

「という訳で、今日の対人戦はお預けですわ」

「えー!?」

 食堂でちょっとした腹ごしらえをしながら説明すると、向かいの席のナナから大ブーイングを喰らう。

「だってしょうがないじゃないですか。ナユタ君も修一君もいないんじゃ。私とタケシ君の体術だと、正直あなたの相手になれる気がしませんもの」

「えー? どっちも強いのにー?」

「一口に強いといっても、それは個々の特性があってこその話ですわ」

 サツキは体術とカードタクティクスのバランスに優れているとはいえ、ナユタのように五○キロ近い鋼鉄の鎧を片腕一本で振り回せる腕力は無い。タケシは魔法系統のカードによる連続攻撃と、柔術や合気道に近い体術を一通りこなせるが、身体能力では西の戦争屋との間で雲泥の差がある。

 その二人では、常識外の怪力と身体能力を有するナナの相手を務めるのは難しい。

「今日は自主練ですわね。仕方ないでしょう」

「うー……まあ、そうだよねー」

 仕方ない事は本当に仕方ない。ナナもさすがにそれは理解しているようだ。

 突然、サツキの<アステルドライバー>が、メールの着信を報せてきた。

「……? 凌君?」

 意外な人物からメールが来たのに驚きつつも、サツキはその内容に目を通した。

「? どったの?」

「……凌君から、『校舎裏に来てほしい』と」

「え!? マジ!?」

 ナナが目の色を急に変えて、こちらに身を乗り出してきた。

「告白か? 告白されちゃうのか!? サツキにもいよいよ春が来ちゃうのか!?」

「何でそんなに嬉しそうなんですか……」

 などとげんなりしたように言ってみせるが、もし本当にそうならまんざらでもない気分になるのだろうか。

 サツキはそんな自分の姿を想像しながら席を立った。

「……まあ、全ては行ってのお楽しみですわね。ナナさんはタケシ君と一緒にアリーナに行っててください。私も後から行きますから」

「無理に戻ってこなくて良いよー? なんなら校舎裏の見張り番でもやっとこうか?」

「馬鹿言ってると八つ裂きにしますわよ」

 冗談のつもりで言ってみたが、いざとなったら本当にアリかもしれない、などと考えるサツキであった。


「凌君」

 サツキは言われた通り、中等部の閑散とした校舎裏に向かい、そこで待っていた凌に声を掛ける。

 彼はいつも通りの憮然とした面持ちのまま言った。

「急に呼び出してすまない。少し話がある」

「話、ですか」

 ナナのアホではないが、これがもし本当に告白とかだったら、自分はどう対処したら良いのやら。誰もいない校舎裏で中学生の男女二人っきりとなると、もしかしたらこの場所で告白以上の何かが繰り広げられてもおかしくないというか一体自分は何を考えているのだ馬鹿か死ねばいい。

 サツキが妙にどぎまぎしているのを知ってか知らずか、凌が何の気負いも無さそうに、ゆっくりと口を開いた。

「……お前は以前、友人の戦闘訓練の手伝いをして欲しいって言ったな」

「え? あ、はい……」

 どうやら想像していたような話ではないらしい。ほっとするやらがくっとするやら。実のところ、世の中なんて大抵こんなものなのかもしれない。

「えーっと……それが何か?」

「たった一つの条件を飲んでくれたら、そいつを引き受けても良いと思ってる」

「と、いうと?」

 ここでもし「俺と付き合ってくれ」などと言おうものなら、と思うと、ついさっき消し飛んだ微妙な心境がカムバックしてくる。どんな嫌がらせだろう。

 だが、やはり想像していたような事態にはならなかった。

「前々から聞きたかった事がある。答えられない話じゃないだろうし、お前はそれに答えるだけで良い。簡単だろう?」

「それが本当に、答えられる範囲なら」

「そうか」

 凌は小さく頷くと、ついに本題を口にした。

「俺がこの学校に編入した当初、学校自体が初めての経験で俺は右も左も分からなくて色々困っていた。そんな俺に、お前は親切に接してくれたな。その理由が聞きたい」

「…………」

 あまり周囲には知られていない話である分、それこそ予想外の質問だった。

 人が人を助けるのに何か理由がいるのだろうか――そう答えればこの話はすぐに終わり、ナユタと同等クラスの身体能力を有する凌をナナの訓練に協力させられる。実に簡単な話だ。

 なのに、そんなありきたりな答えが、何故か喉に引っかかって出てこない。

 本当に予想外だ。

 簡単な筈なのに、簡単には答えられない質問が飛んでくるなんて。

「……それは、本当に話さなければ駄目ですか?」

「いつもお節介を焼かれてる身からすれば知っておきたい話だ。本音を答えたくないなら嘘を答えてもかまわない。さあ、どうする?」

 彼の問い詰め方は、有り体に言って、ずるい。

 嘘は深淵への入り口だ。偽りを答えればこちらの奥深くにあるものを見透かされる。暗にそう言われているような気分にさせておけば、自然と本音を話す以外の道が無くなってしまう。

 偽物の退路は、本物の退路すら塞いでくる。

 彼は一体どこで、そんな術を身に付けてきたのやら。

「……いまから話す事……誰にも言わないでください。それと、笑わないで頂けるともっとありがたいです」

「約束する」

 調子良く喋らないあたり、少なくともそこらの女子中学生よりかは信頼がおける。

 最初はどう切り出そうかと考え、そして、切り出した。

「私には好きな人がいました」

 語り始めとしてはチープだが、下手に語彙をこねくり回すよりかは良い。

「とても強くて、優しくて、どんな事があっても不義理はしない方でした。でも、私は彼を諦めました」

「どうしてだ?」

 丁度良い合いの手だ。こちらとしても喋りやすい。

「私と同じように彼を好きな人がいて、その人に彼を譲ったから――いえ、譲らざるを得ない事情があったからです。たかが中学生の恋愛事情でそんな事があるのかとお思いでしょうが、実際はあったんです。現実は小説よりも奇なりと、千年以上前の古いことわざの通りです」

「やむを得ない事情だったのか、本当に」

「彼とその子には血縁者がいなかったんです。片や捨て子、片や過去からタイムスリップしてきたような子でしたから」

「それと全く同じ話を聞いた事がある」

「知ってるのね?」

「ああ」

 何処で聞きつけたかは知らないが、どうやら彼にも大体の察しがついたらしい。

 そう。これは、ゼロから家族を始めた二人のエピソードだ。

「天涯孤独な二人が進むと決めた道です。私はそれに水を差すような真似が出来なかった。その時ようやく気づいたんです。私は結局、誰からも何も奪えない。自分の為には何もできない人間だったんだって」

「…………」

 凌が押し黙り、先を促してくる。

「彼と出会う前の私は、自分の力を誇示してひけらかすような、いわゆる自己顕示欲の塊でした。それでも自分が得られるものは何も無かったし、彼と出会って以降も相変わらず、自分には何もしていないような気がしました。方舟の戦いが終わった後も、こうしてナナさんのインストラクター役を引き受けているいまも」

 サツキは一旦伏せた目を、再び凌と合わせた。

「今年度に編入して、新しい環境に戸惑っていたあなたにお節介を焼いているのも、つまるところはその惰性です」

「そんなに深い意味があった訳じゃないんだな?」

「ええ。私なんて、結局その程度の女でしかないのよ?」

「滅多な事を言うものじゃない」

「え?」

 茶化してみたつもりが、大真面目に叱られてしまった。

 憮然としたまま、凌が言った。

「そもそも自分の為って何だ? 何をしたら、お前にとっての自分の為になる? お前は何をしたら報われる?」

「それは――」

 意外な事を問われ、サツキが言葉を詰まらせる。

「……それが分かってたら、こんな心境になんてなってないです」

「だろうな。俺にも分からない」

 凌が大真面目に肯定する。

「ただ一つだけ言える事があるとするなら、お前が何を悩んでいようが、お前自身は悪い奴じゃない――いや、良い女だ」

「え……」

 これまでの更に上を行く予想外な言葉だった。

「いや、え……良い女って……」

「惰性だろうとなんだろうと、お前がした事は決して人心や道徳に悖るものじゃない。現に俺は助かってる」

 もはや彼の口調は、自分の論理で押し切るという前提のものだった。

「だから、自分をこういう奴だと諦めるな。お前はなりたい自分になれば良い」

「なりたい……自分」

 彼の言葉を繰り返してみて、サツキはふと思った。

 そんなの、いままで考えた事がない――と。

「……まさか、凌君からそんな説教を喰らう日が来るなんてね」

 サツキは思わず失笑する。

「私にそんな偉そうな口を利くのは十年早いですわ」

「だったら十年分の努力を積み重ねて、お前に追いつくまでだ」

 凌の態度は本気そのものだった。

「その為にはまず、お前から借りた分を全額返済しなければならない。聞きたい事は聞けたし、さっさとアリーナに向かうとしよう」

「本当に良いんですか?」

「千年以上前からの言い回しにこんなのがあると聞く」

 凌が踵を返して言った。

「男に二言は無い――だったかな」

 なるほど、単純だ。

 単純である故に、彼の言葉に嘘は無い。

「金髪はまだアリーナにいるんだろう? 時間的にも、やれて一戦だ」

「ですわね」

 サツキはようやく緊張を解くと、凌の横に並んで歩き始める。

ちらりと彼の横顔を覗き見る。

思った通り、見えた表情はタケシ以上の仏頂面だった。


 所変わって、星の都学園第一アリーナ。

 既にナナと凌はVフィールドの仮想空間内で対峙している。本来なら仮想空間に飛ばされるとランダムで遠く離れた位置に両者が配置されてスタートになるが、今回は純粋に対人戦目的なので、都会ステージの大きな交差点で対戦者同士が向かい合うように二人を転送しておいた。

 この様子は<アステルドライバー>のホログラムディスプレイに表示されている。タケシはナナを、サツキは凌をそれぞれモニタリング出来るようにカメラを設定した。

 タケシは疑わしいような目をして言った。

「本当に野郎で大丈夫なのか?」

「ナナさんの身体能力を鑑みるなら妥当な人選かと」

「しかし、よくOKが出たな。十神もGACSに参加するんだろう? いまから手の内を晒しても、野郎には何のメリットも無いんじゃ……」

「それについても話はつけてあります」

「どんな取引をしたんだ?」

「乙女の秘密です」

「んなアホな」

 そう言われても本当に乙女の秘密なのだから仕方ない。

 <アステルドライバー>の画面からナナがこちらに呼びかけてくる。

『んじゃ、はーじめーるよー』

『こちらも準備万端だ』

 凌も臨戦態勢に入る。

「ええ。では、始めてください」

『あいあーい』

 ナナが気楽な調子で返した後、ステージのコンピューターが対人戦開始のスリーカウントを開始した。


 三、二、一――

『バトル、スタート!』

 試合開始の合図。対戦者の二人が、それぞれ<アステルドライバー>に<ドラブキー>を差し込み、<アステルカード>発動の音声キーを入力する。

「「<メインアームズカード>、アンロック!」」

 二人の手に武装が召喚される。

 ナナの両手に握られたのは、なめらかに光る銀色の長い柄だった。先端部分は竜の頭をそのまま模ったような形の刃となっており、刃と柄の堺には深い青と緑の光子が渦巻く球体が収められている。この球体は最近追加された最新型駆動エンジンのコア部分だ。

 対する凌の手には、燕の羽をモチーフにした刀身を持つ銀色の短刀が両手に一本ずつ、順手で握られていた。

 小太刀二刀流――いままで見たことが無い戦闘スタイルだ。

「いくよ、十神君!」

 先攻はナナからだ。槍をバトン体操のように振り回し、突進。一息に間合いを詰め、出だしの一突き。

 その刃先は空を突いた。

 気づけば、凌の姿はナナの視界から消えていた。


「なんだありゃ!?」

 タケシが思わず立ち上がったのは、凌の初撃が終わってすぐの事だった。

 凌はナナの先制攻撃を無造作にかわしてからすぐ、反撃に転じた。そこまでは大体予想通りだ。

 だが、その速力が段違いだった。

 気づいた時には既に、ナナは四方八方からの斬撃を凌ぐので手一杯になっていた。俯瞰視点から試合をモニタリングしているタケシですら、彼の動きを目で追うのを諦める程である。

 サツキもどうやら驚いたらしく、目を丸くして口をぱくぱく動かしていた。

「おいサツキ、何なんだあいつ!? 動きが全く見えねぇぞ!」

「私に訊かれても……」

 比較的、彼との交流の機会が多いサツキですらこれである。どうやら、いままでずっと、彼は自分の実力を秘匿していたようだ。

 凌の姿がようやく目視で確認できるようになる。彼は地を這う燕のように姿勢を低くして駆け回り、通り過ぎ様にナナの槍に一太刀を浴びせ、次の一撃から連撃を再開、ナナが反撃しようと構えた時点で再び離脱し、再接近して彼女の腹を蹴り飛ばす。

 転ばされたナナが、地についた背中を起点に体を回転させて起き上がる。しかし、すぐに凌の追撃で再び転ばされそうになり、一旦は彼から距離を置いて防御姿勢に転じる。

 あのナナが防戦一方である。もし相手がナユタだったとしても、きっと同じ展開にはならなかったのではなかろうか。

「<輝操術>を使ったイチルより速いとか、一体どんな身体能力してんだ? ていうか、あいつは本当に人間なのか?」

 タケシの評価はあながち間違ってはいないと思う。これまでにも人間の限界を超えた速力で戦う者を何度か見てはいるが、彼の場合は人間の限界を超えているとかそんなレベルではない。

 ライセンスバスター最速の三人――九条ナユタ、三山エレナ、望波和彩――例えば彼らは普通の人間でありながら、人外魔境のスピードを手に入れた怪物達だ。

 その上を行くのは精々、普通の人間ではないイチルとナナぐらいのものだ。

『ちっくちょう!』

 ナナが悪態を吐き、斜め後方から肉薄する凌の目前を槍で薙ぎ払い、彼の進路を妨害してみせた。凌は寸前で身をかがめ、別方向から攻めようとナナの周辺を駆け回るが、そこはやはり天性の勘が光ったか、ナナが徐々に彼の動きを見切り始め、的確な方向に槍を振るっては凌を牽制し続けていた。

「良い手ですわね」

 サツキが満足げに頷く。

「さあ、ナナさんの反撃はここからですわ」


 これまでの防戦は今後の布石だ。彼の攻撃に下手な反撃は通用しないのを無意識で悟っていたナナは、彼のスピードを逆利用する方策に出た。

 常にトップスピードで動き続ける彼の持久力には舌を巻くが、物体が高速で動けば動く程、そこに発生する慣性はより大きくなる。つまり、全速力で突進する凌は、前に進む力が強すぎて、戻る動きがおろそかになりやすいのだ。

 だからこれまでの攻撃パターンから彼が突撃してくる方向を予測し、適当に槍を振り回しているだけで、彼は下手な突進を仕掛けてはこれない。

 もし下手を打った場合、凌自身がナナの槍に体当たりする形になるからだ。

「<バトルカード>・<フラッシュボム>、アンロック!」

 適度に距離が開いたので、ここで一発目の<バトルカード>を使用。光球状の爆弾を四つ召喚し、槍で打ち飛ばして凌に足元に転がす。

 起爆。激しい閃光と耳をつんざく金属音が炸裂する。これでお互いの視界は真っ白になって封じられる。

 しかし、撃った側のメリットとして、あらかじめ彼との位置関係を把握していたナナの動き出しは早かった。

「<バトルカード>――」

 反射と次の行動のタイムラグはほとんど無かった。いつの間にか凌がナナの真後ろに出現し、片手の小太刀を振り下ろしていたのを察知したからだ。

ナナが身を翻し、穂先で彼の一閃を受け流す。

続いて、ナナが槍を横薙ぎに一閃。凌は身を引いて辛くも穂先から逃れ、一回ジャンプしてバック宙を決めて着地。その後またすぐに飛び上がり、両手の小太刀を思いっきり振り上げる。

あの距離から何をするつもりだ?

ナナが疑問に思ったのも束の間、凌が小太刀を思いっきり振り下ろす。

「っ!?」

 一瞬、何が起きたのかが理解できなかった。

 何の前触れも無く、ナナの左足と右肩にダメージが入ったのだ。


「<牙燕丸>……恐ろしい能力ですわ」

 サツキが<アステルドライバー>のディスプレイに表示された凌の使用カードの情報を見ながら呟いた。

「<旋閃牙燕せんせんがえん>。大振りと同時に刃先から放たれ、攻撃対象の近くで急旋回する風の斬撃。相手が見えてさえいれば、絶対必中の斬撃になりうる可能性を秘めていますわ」

「丁度、燕の急旋回みたいなもんか」

「ええ。しかも単なる追尾攻撃かと思いましたが、太刀筋が見えない以上はそうも言ってられません。発動したら絶対当たる。そういう前提でなければ対処が難しい技でしょう」

「どうかな。俺には何となく対処法が見えているんだが」

「え?」

「まあ、見てな」

 タケシがさっきまでとは打って変わり、落ち着き払った様子で言った。

「いまので技は一回見てるんだ。ナナのデッキには丁度、その攻略法が隠されてる」


 いまの攻撃技には驚いたが、落ち着いて考えてみれば意外と簡単な話だ。

 見えない斬撃とはいえ、少なくともこちらには当たる技――普通に考えれば、当たる事が確定しているなら、その軌道は実に単純で読みやすい。

 拳銃の銃弾みたいなものだと考えよう。普通の銃弾は、余程の事があろうがなかろうが、そう簡単に急な軌道変更を行わない。対象にぶち込まれるまで、真っ直ぐ進むのみである。

 とすれば、残る問題は攻撃速度が分からない、これ一点に尽きる。

「<バトルカード>・<ラスタースモッグ>、アンロック!」

 槍の穂先からきめ細かい光の粒子が振りまかれ、二人の周辺をあっという間に覆い尽くす。端的に言えばキラキラ光る煙幕だが、あの技を攻略するのにはおあつらえ向きの<バトルカード>だろう。

 これでお互いの姿は目視できない。だが、すぐ近くの空間なら辛うじて目視は出来る。

 視界の左端の煙幕が細く切り裂かれ、小さい何かがナナの横を迂回して飛来する。

「見切った!」

 ナナが槍を構えて身を固め、穂先で飛来物を防御する。

 これで攻撃の軌道は見切った。煙の動きからすると、まるで極小の飛石が大きくカーブを描いて飛んでいるみたいな有様だが、攻撃速度自体は予想より少し速い程度だ。

 右からも同じく、豆粒程度の斬撃が煙の尾を曳いて飛んでくる。迂回した瞬間に身を引いてみると、斬撃は鼻先を掠めるように通り過ぎていった。

 攻撃速度さえ分かればこちらのものだ。

「<バトルカード>・<ストームブレード>、アンロック!」

 槍の穂先に大気が集結し、視界を脅かしていた光のスモッグを巻き込んで巨大化、いまやナナの槍は暴風の化身と化した。

 ナナが槍を大きく一薙ぎ。穂先の竜巻が螺旋状の矢となり、右側から肉薄せんと迫っていた凌に向けて真っ直ぐ発射される。

 全力で突進してくる凌に、正面から迫る風の斬撃を避ける余裕は無い。

 この勝負、あたしの勝ちだ――!


 いまの攻撃で勝ちを確信したのはナナだけではない。サツキもこれで勝負が決まったと、この時は本気で思っていた。

「これで――」

「いや」

 しかし、タケシだけは違った。

「まだだ!」


 慣性に従い、<ストームブレード>との正面衝突を避けられない間合いに突入していた凌が最後に見せたのは、あまりにも高すぎる身体能力が成せる驚異的な体術だった。

 正面へと向かう勢いをそのままに、体を捻って片足で地を蹴り、陸上競技で言うところの高跳びの要領で跳躍。

 いまの凌は背中を地上に向けて、<ストームブレード>を飛び越えている状態だった。

「うっそ――!」

 ナナが驚きのあまり目を瞠る。

 凌はそんな彼女の動揺を見もせず、空中で体を捻り、片腕を思いっきり振りかぶる。<旋閃牙燕>ではなく、直接の斬撃でナナの頭を刈り取るつもりらしい。

 駄目だ、かわせない――脳裏に敗北、そして死のイメージが過る。

「――っ! まだっ!」

 凌の身体能力も驚異的なら、ナナが有する武の天稟も他に類を見ない。

 <牙燕丸>が一閃。刃の軌道が確実にナナの頭を捉える。

「なっ――っ!?」

 凌がここで初めて驚愕を顔に表す。

 たしかに斬撃は通った――が、通じてはいなかった。

 ナナが<牙燕丸>の刀身を、がっちりと歯で咥え込んでいたからだ。

「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 渾身の一突き。ナナの槍の穂先が、凌の腹部を刺し貫いた。凌は咄嗟に両手の<牙燕丸>を頭上に放り投げ、空いた両手で槍の柄を深く掴んだ。

「<バトルカード>・<ハウンドナイフ>――」

「させるかっ! <バトルカード>!」

 このバトルで初めて凌が<バトルカード>を発動しようとするが、もうそんな余裕を与えても良い相手ではないのをナナは重々思い知らされている。

 だから、ここで決める!

「<ハードブレイズ>・<ハードフリーズ>・<ハードボルト>・<ハードリーフ>、アンロック!」

 デッキ内に唯一存在する必殺技の組み合わせを唱えると、槍の穂先を激しい虹色の光が覆い尽くす。

「<カードアライアンス>・<エレメンタルバースト>!」


 画面内で光の大爆発が起きたかと思えば、数秒後には勝敗宣言が下されていた。

 勝者は、ナナ・リカントロープだ。

「……すごい」

「最後のアレはS級バスター同士でもそうそう見られないぜ」

 サツキとタケシが感想を呟いている間に、ナナと凌が仮想空間からアリーナの中央に帰ってきた。


最後の最後で緊張の糸が解けたのか、ナナがその場で座り込んで呆然とする。

「……あたし、勝ったの?」

「ああ。お前の勝ちだ」

 負けても平然としていた凌がナナに手を差し出す。

「最後に見せたあの気迫は見事だった。こういう時は――ナイスファイト……っていうんだったか?」

「……うん、そうだね」

 頷いて凌の手を握り返し、それを支えにナナは立ち上がった。

「十神君、今日はありがと!」

「礼には及ばん。サツキの頼みでもあるしな」

「ほほぅ、サツキとはやっぱりさっき何かあったんですな?」

「安心しろ。決してお前の想像した通りにはなっていない」

「帰還早々、何て会話してるんですか、あなた達は」

 いままでの様子を全て見ていたサツキが咳払いしてから言った。いつの間にか観客席から降りてきていたらしい。気づけばタケシも一緒である。

「それにしても、今日のナナさんは大金星でしたわね」

「へっへー、すごいだろー」

「戦闘中にパワーアップしてたもんな、お互い」

 タケシがさらりと異様なコメントをする。

「え? パワーアップ?」

「だってそうだろ? 明らかに前半と後半じゃ、お前らの動きが違って見えるし。戦う中で動きが自分に合わせて最適化されたんだろう。ナユタだって似たような経験があったらしいし、無くはないだろう、そんな話ぐらい」

「おぉ……」

 ナナが仰け反り気味に感嘆を漏らす。

「という事は、サツキの人選は本当に正解だったんだ」

「世の中には切磋琢磨という四文字熟語もありますし」

「何か人の名前みたい」

 琢磨という人名はたしかに存在するが、如何せん的外れな感想だ。

「とにかく、これで<バトルカード>戦術は掴めたぞ! これでGACS優勝間違いなしじゃい!」

「調子に乗り過ぎですわ。まだ改善点は山ほどあるのですから」

「うぇーっ! まだあるんかいー!」

 不平を垂れつつも、頭の中では重々承知の上だ。

 <バトルカード>を使用しなかった凌一人を相手にするだけで、デッキ内の<バトルカード>を七枚も消費してしまった。逆に考えると、凌がナナと同じ枚数の<バトルカード>を駆使していたら、こっちがデッキレスで負けていた可能性も充分に有り得る。

 ここから先は自己鍛錬と場数をこなすしか精進の道は無い。

「よっしゃ! 十神君、もう一戦じゃ!」

「もう中等部の生徒が使用出来る時間帯を過ぎている。俺は帰る」

「え? マジで?」

 気づけばとっくに時計の針は六時を指していた。初等部と中等部は諸々の理由によってアリーナの使用時刻が六時までと限られているので、ナナ達はここからすぐにでも引き上げなければならない。

 ナナは頬をふくらましつつ、帰ろうと促してくるタケシ達の言う事に従った。


   ●


 来るゴールデンウィーク。

 第一回・グランドアステルチャンピオンシップの幕は上がる。



                           第二話「燕の羽」 了


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