第十五話「蒼い月のblade dance」
第十五話「蒼い月のblade dance」
千年前による地球規模の大災害から立ち直った後、様々な分野でこの星に貢献した六つの貴族こそが、スカイアステルに居を構える『六花族』と称される存在である。
そのうちの一つであるジルベスタイン家は、有り体に言えば警察組織の始祖である。代々より警察機構全軍の采配に関わっており、現在の嫡男、アルフレッド・ジルベスタインも防衛省からの監視役としてS級ライセンスバスターの称号を得ている。
いまでこそ彼は六会忠の部下であるが、いずれ未来のライセンスバスター部門長官を有望視されている。現長官の引退もそう遠い話ではない。
「侵入者? 大群で?」
年配の執事の報告に耳を傾け、アルフレッドは顔をしかめた。
「そんなもん、他のS級バスターがいればどうにでもなるだろうが。ならず者の排除はならず者にでも任せておけばいい。僕が出るまでもな――」
言いかけた瞬間、テラスの窓を突き破って、だだっ広いアルフレッドの自室に西洋鎧の人型が五体も侵入してきた。これにはさすがのアルフレッドも血相を変える。
「っ……オイ、貴様ら! ここが何処だか分かって……いる……の……?」
徐々に彼の語気が弱くなったのは、単なる怯えからくるものではなかった。
西洋鎧の連中の一人が片手で鷲掴みにしていた、人の生首が原因である。
「んー……どっかで見た事がある顔だと思ったら、鷲崎家の<トランサー>だったかな? 首から下が随分と涼しそうじゃないか。いま流行りのクールビズか?」
「貴殿の人でなしっぷりには神も閻魔も呆れていよう、アルフレッド・ジルベスタイン」
部屋に降り立った五人のうち、生首を掴む男が忌々しそうに言った。
「我が統率者の命により、貴殿の命を頂戴する。覚悟はよろしいかな?」
「どうやってスカイアステルの電磁防御隔壁を突破したのかは敢えて聞くまい。どうせ力技でしかないのだろうからな。だが、その前に一つだけ聞かせたまえ」
「何だ?」
「僕の目の前に君達が現れるまで、君らはスカイアステルの住人を何人殺した?」
「いまから貴殿が赴く三途の川の船頭にでも聞いてみるのだな」
「答える義理は無い、と。まあ、いいや」
アルフレッドは瞑目して、再び五体の敵を視界の中に鋭く捕捉した。
「とりあえず、僕の部屋を荒らした責任だけは取ってもらおうか」
この時、アルフレッドはまだ知らなかった。
現在、このスカイアステルに侵入した謎の敵性勢力が、特定の人物のみを対象にして殺戮行為に勤しんでいるという事実を。
午前三時現在、死傷者十二名、重軽傷者三十四名。その大半は、<トランサー>の数少ない生き残りで占められていた。
●
暗闇の一角に風穴を開けて突っ込んできたのは、ナユタを除く<アステルジョーカー>のオペレーター三人と、三山エレナだった。
イチルは彼らの姿を認識するや、呆然と呟いた。
「みんな……どうして……」
いまの彼らにとって、イチルは裏切り者でしかない。特にサツキなんて、裏切った直後に自らの手で倒してしまった相手である。いまさら合わせる顔も無い。だから彼らが危険を冒してまでこの船に乗り込む理屈が分からない。
ナナがずかずかとイチルの前まで歩み寄る。彼女の眼光は鋭く、何より得体の知れない色で瞳の奥が燃え滾っていた。
「ナナちゃ――」
「ナナちゃんキーック!」
彼女はユミ並みに頭の悪い技名を叫んで、イチルの顎をつま先で蹴り上げた。脳が揺らされ、意識が空の彼方まで吹っ飛びかける。
「……!」
「ヘイ、サツキ! パース!」
ナナがイチルの体をサツキの前まで投げ飛ばす。すると、サツキはこれが好機と踏んだか、イチルの背中をガシカシ踏みつけ始めた。ハイキックの後にこれは超痛い。
リンチに精を出すサツキが、額に青筋を浮かべて言った。
「この間はよくもやってくれましたわね。危うく死にかけましたわ」
「ちょ……サツキやめっ……今度はあたしが死んじゃう、絶対死ぬコレ!」
「あのー、サツキさーん? そろそろやめてあげたら……」
「あなたは黙ってなさい!」
ドン引きしながらも引きとめようとしてきたタケシの意見を一蹴し、サツキはサッカーの要領でイチルの体をエレナの足元まで蹴り飛ばす。全身ボロ雑巾の様相を呈しているのに、さらにこれからエレナの折檻が始まると思うと本当に死にたくなる。
エレナはイチルの頭を鷲掴みにして持ち上げ、お互いの顔を目と鼻の先まで近づけた。
「よう、バカ弟子。気分はどうだ?」
「……ごめんなさい」
「謝罪の言葉を聞きたい訳ではない。言い訳も聞きたくはない」
エレナはイチルを床に投げ捨てると、唖然としたままその場で待機していた<プロメテウス>に向き直った。他のみんなもイチルに背中を晒して、眼前の敵を捕捉していた。
「でもこれだけは聞かせろ。お前はいま、どうしたいんだ?」
「……帰り……たいです」
イチルは小さく呟いた。
「あぁん? 聞こえないなぁ」
「帰りたい……です……っ」
体の痛みからか、心の痛みからか――何が原因にせよ、いつも以上に涙脆くなっていたイチルの声は、かつてない程に上ずっていた。
「あたし……みんなと一緒に、帰りたいです!」
「だったら一緒に戦え、バカヤロー」
タケシが吐き捨てるように言った。
「俺達を仲間だと思うなら、一緒に肩を並べて命を張りやがれ。それで許してやるよ」
「許す許さない以前に、あなた達に未来なんか無いのよ」
いままでずっと黙ったまま立っていた<プロメテウス>がようやく声を発した。
「何だ? 律儀に待ってくれたのかよ。良いとこあるじゃん」
「あれが私を油断させる演技だったら困るもの。でも、その小娘一人が戦線に加わったくらいで何になるというの? さっきまで小汚い戦争屋二人に守られていたその子が、一体何の役に立つというの?」
「彼女だけじゃないさ」
ヒナタが並び立つタケシとエレナの間に入って言った。さっきまで壊れていた<ソウルスレイヤー>は、<回>の効力で既に完全復活を果たしていた。
「僕らの敵に回ったからには容赦はしない。未来が無いのはお前だ、<プロメテウス>!」
「ヒナタ……!」
イチルは感極まって、目の前で並び立つ背中を眺め、そして自身も立ち上がった。
ようやくヒナタがあの頃の――もう二度と戻らないと思っていたかつての彼に戻った気がした。いや、いまはもしかしたらそれ以上の頼もしさを覚えているのかもしれない。
彼らの横に立ち、イチルはデッキケースから一枚のカードを抜き出して叫んだ。
「いますぐここから出て行け、このポンコツ女!」
「出て行くのはあなた達よ、この世からね」
<プロメテウス>が小さく浮上し、両手の自動拳銃をさらに強く握り込む。緩慢とその両腕を広げる様は、何となく絶対的な力を振るう支配者の余裕を体現しているようにも見えた。
怖気づいてはいけない――イチルは自分に強く念じて、カードを天高々と掲げた。
「絶対に勝つ! <アステルジョーカー>、アンロック!」
●
頭上から降りかかってきた青い閃光の斬撃を<ソウルスレイヤー>で防御していなければ、いくら自己再生能力を有するミチルとて命の危険はあったかも分からない。
甲板の上に降り立った九条ナユタは、<蒼月>を鋭く振り、刀身から立ち昇った白い煙の筋を鋭く払った。
ミチルは頭痛にも似た感覚を覚え、目を細めて眉根をひくつかせる。
「私の聞き違いかしら。イチルと遊びましょうとか聞こえたのだけれど」
「そう言ったつもりですが、何か?」
ナユタの受け答えは飄然としていた。
「娘さん、いるんでしょ? だったらちゃっちゃと呼んじゃってください」
「悪いけどあの子は箱入り娘なもんでね。少なくとも、あなたのような度が過ぎた悪タレなんかとつるませる気は一切無いの」
「親心って奴か。産みの親に出産直後で捨てられた俺には分からん神経だよ。でもな、俺が死んでも娘さんの周りから、その悪タレとやらはいなくならないのさ。気付いた頃には時既に遅し、カビみたいに蔓延ってるのがいまのあいつのダチ公共さ。友達は選べって、もっと前から教えておくべきだったな」
「耳に痛い忠告ね。心しておくわ」
ミチルは既に発動していた<ステラマイスター>の能力によって、周囲に<ドラグーンクロス>の遠隔操作ユニットと<サークル・オブ・カオス>の<円陣>を配置して、左手に真っ赤に染められた大太刀を召喚する。
「まあ何にせよ、そんな刀一本だけで戦いに挑む度胸だけは認めてあげる。けれど、私を倒せるかどうかは別の話よ。人の娘に手を出す気なら、それ相応の覚悟をしていただきましょう」
「スケの親と顔は合わせておけなんてよく言われる話だがね、まさかこんな化物が最初の関門とは、世も末だよ、全く」
ナユタは背中に装備していたスペースシャトルのような形をした物体を、<アステルドライバー>の操作によって取り外して床に放り捨てた。にわか信じがたい話だが、どうやら彼はそのロケットブースターっぽい装備でこの高度まで飛んできたらしい。一体誰が作ったものかは知らないが、こちらからすれば随分と迷惑な話だ。
ミチルは足元にアステライトの波紋を刻んだ。
「いまあなたにかかずらってる余裕は無いの。悪いけど早速退場してもらうわ」
もはやスカイアステルへの侵攻とか、<トランサー>への復讐とかはどうでもいい。
九条ナユタ――この少年は何がどうあったって、絶対に倒さなければならない強敵だ。
「今度は徹底的に殺してあげる」
告げた後、足元のアステライトが点火。体が弾かれ、ミチルは鋭くナユタに接近して、<ソウルスレイヤー>と<紅月>を同時に振りかざす。ナユタは二つの斬撃を<蒼月>一本で受け止め、足を踏ん張って彼女と鍔迫り合いの状態に持ち込んだ。
ミチルは露骨に不快感を言葉にした。
「イチルがあなたのスケですって? 冗談じゃない、私は絶対に認めない……!」
「いい加減子離れしろ。あいつもあの年だ、彼氏の一人や二人くらいは許してやれよ」
「二人もいたらそれはそれで異常でしょうが!」
互いに剣を払って間合いから離脱する。ミチルは背後に浮かぶ<円陣>を操作し、ナユタの四方八方を一斉に取り囲んだ。
<円陣>から赤い閃光が射出される。ナユタは<蒼月>のブーストを利用して小刻みに、時には大きく閃光を回避。その体捌きは、かつて史上最強と恐れられていたミチルをも超えるお手前だった。
――気に食わない。
「このっ!」
今度は<ドラグーンクロス>の爪型ユニットで左右を挟み込み、彼が前に飛んでかわしたところを回転させた翼型ユニットで正面から強襲する。しかしナユタは回転するユニットを軽々と剣で弾き、<蒼月>をブーストして自身を加速させながら肉薄してきた。
――九条ナユタが心底気に食わない。ふざけた態度も、凡百の人類でありながらこうして<新星人>に喰らいつく戦闘能力も、とにかく全てがだ。理由は分からない。
ミチルは<流火速>で三次元的な高速移動を開始する。ナユタの場合は<輝操術>が使えないので、地上での戦闘ならともかく空では全くの無力だ。常にナユタを包囲するように高低差を利用して飛び回っていれば、必ず彼の方に隙が生まれる。
ミチルが通り過ぎ様に一閃。これの多重な繰り返しにより、先のウェスト防衛軍基地で見舞ったような斬撃の包囲網が完成する。
しかし、ナユタはその全てを剣一本と身軽な体術を駆使して捌ききった。以前と比べて動きに迷いが無い。もしかしたら、あの時に自分の動きが学習されていたのかもしれない。
接近戦を中断して、今度は<ドラグーンクロス>の全ユニットを標的に射出させるが、その全てが回転しながら繰り出される斬撃にまたぞろ弾かれる。まるで舞踏のような動作だった。
ナユタが甲板の床を蹴り、一息でミチルの間合いに侵入する。
「くっ……!」
速い……!
ミチルは常識を逸するナユタの速力に戸惑いつつも、左の<紅月>で咄嗟に突きを繰り出す。
しかし、ナユタには当たらなかった。それどころかどういう手品だろう、一瞬で背後を取られてしまった。
「この……!」
振り返って右の<ソウルスレイヤー>を振るう。だが、気付いた時には既に<ソウルスレイヤー>の方が宙を回転しながら舞っていた。いつの間にか、ナユタの払い斬りによって弾かれていたのだ。
ナユタが<蒼月>を腰だめに構える。
ミチルの背筋を、これまで感じた事のないような寒気が襲った。
「らあぁっ!」
ナユタの突きがミチルの胸部を貫通。背中から血塗られた白刃が突き出した。ミチルの口から赤黒い血液が漏れ出し、彼の黒い髪に降りかかる。
「っ……! 無駄よ……私には無限の再生能力がっ……」
「体は無限に再生しても、心の傷までは癒えない筈さ。死の恐怖、死の痛みを、あんたは何回耐えられるかな?」
「まさか、あなたっ……!」
ミチルの表情が一瞬にして凍りついた。
「やめっ――」
「ブースト!」
<蒼月>の刀身がアステライトの青い炎を噴射。ミチルの胸に大きな風穴が開き、体そのものがブーストの威力で吹っ飛ばされ、船体の一部に体を叩きつけられた。
全身に焼き尽くされそうな痛みが走る。だが、すぐに傷口は塞がり、衣装ごと元の姿に復元する。
ミチルは肩で息をしながら、茫洋とした視線でナユタを見遣った。
「バカな……こんな事が……」
たしかにナユタが強いのは知っていが、これはあまりにも想定外だ。まさか本当にあの時の戦いで、自分の戦い方の全てを見切っていたとでも言うのだろうか。
いや、違う。
常に命懸けの戦いを強いられた兵士としての経験と、セントラルに来てからここに至るまでの短期間で得た経験の全てが、彼の中にある戦士としてのあるべき真価を呼び起こしたのだ。
「驚いたね。即死レベルの傷を受けてもまだ死なないか」
ナユタがさして意外そうでも無く言った。
「でも諦めろや。いくら蘇っても、泣いて許しを乞うまで俺はあんたを殺し続ける。自分の精神が灰になるか、降参して船を安全な場所に着陸させるか、好きな方を選べ」
「そんな簡単に……割り切れる訳が無いでしょう……!」
覚束無い足取りでミチルは立ち上がった。
「これまでだって母親らしい事はなんにもしてやれなかった。その上、長い間もあの子を一人にしてしまった……あの子を天涯孤独にしたのは私なの。私の責任なの。だから、私はあの子ともう一度……あの頃の時間を取り戻すの! だから戦うのよ、私は!」
「俺だって、出来る事ならそうしたかったさ」
ナユタが俯き加減に言った。
「叶うなら産まれる前からやり直したかった。子は親を選べないからな。でも、イチルにはあんたがいたんだ、少なくとも」
彼の言葉には確かな重みがあった。この世に生を受けてからすぐに産みの親に捨てられたナユタだからこそ、誰に対してもそう言える資格があるのだろう。
ミチルは自嘲気味に言った。
「……あなたには育ての親がいたでしょう。彼との時間を取り戻したいとは思わなかったの?」
「あの野郎はそんな女々しい幻想には取りつかれない。最後の悪あがきだとか言って、俺に重たいモンを背負わせて、勝手に目の前から消えちまうようなクソ親父だからな。少なくとも野郎みたいにはなりたくなくてね、もっと強くなってやるって思えたのさ」
「強いのね、あなた」
いまになってようやく、ミチルは九条ナユタという小さな戦争屋を無性に嫌っていた理由を完全に自覚した。
嫉妬していたのだ。彼にしか持てる道理の無い、本当の強さと切実な覚悟に。
「だったら……私達はどうすれば良かったのよ」
ミチルは<カオスアステルジョーカー>を解き、脱力したように膝を折った。
「これからどうすれば良いの? 私達は一体、何をどうすれば救われるのよ」
「んなモン自分で探せ。俺は誰の泣き言も聞く気は一切無い。ただまあ、過去を取り戻せないなら、いまの状況に目を向けるこった。とりあえず降参したんなら、さっさとこの船を引き戻しやがれってんだ」
ナユタが自分に都合の良いような要求してきた、その時だった。
船の後方部分から、粉塵と爆炎が舞い踊ったのは。
「何の爆発だ!?」
「あれは……!」
爆炎を飛び抜けてきた人影をミチルが目ざとく発見する。
数は二つ。一人は<アステマキナ>に似た暗い朱色の人型、もう一人はその人型に首を片手で鷲掴みにされているイチルだった。
「イチル!」
ミチルが顔を真っ青にして叫んだ。
あの人型は何だ? <アステマキナ>の一種か? でも知らない個体だ。いや、それよりもアレは本当に<アステマキナ>なのか? 鎧の下は人間かアステライトの光子体か――いや、そもそも何でイチルがあんな機体にやられているのか。
分からない点だらけで頭が混乱しかけたミチルの視界に、また新たな影が映り込む。
一ノ瀬ヒナタと三山エレナだ。謎の<アステマキナ>を挟み撃ちにするように飛び上がり、それぞれの剣を振り下ろさんと標的に迫る。
朱色の<アステマキナ>はイチルの体をぶん投げてエレナに直撃させ、ヒナタの<ソウルスレイヤー>を片手だけで受け止めた。
「くそっ!」
「先に消すのはあなたからね」
「消えるのは――」
「てめぇだああああああっ!」
考えるよりも先に体が動いた。理由なんてどうでもいい。
ミチルとナユタが同時に駆け出し、飛び上がり、それぞれの剣で<アステマキナ>に斬撃をしかける。<蒼月>の刃がヒナタに伸ばされた機械の腕を肘のあたりで切断し、ミチルの<ソウルスレイヤー>と<紅月>の縦二文字が本体に直撃。腕を一本失った上に並ならぬ衝撃を喰らって、<アステマキナ>がぐらりと体勢を揺らして高度を下げた。
危機を脱した三人が、いましがた甲板に墜落したイチルとエレナの傍に駆け寄る。
「イチル! エレナ! しっかりして!」
ミチルが気絶する二人を揺り起こそうとするが、一向に目覚める気配が無い。どうやら脈はまだあるらしいが、見るからに満身創痍なのでしばらく意識の復活は期待できない。
この二人をここまで追い詰めるとは。あの<アステマキナ>は一体――
「ふふふ、楽しませてくれるじゃない」
聞き覚えのある声が<アステマキナ>から発せられる。さっきからそれが誰の声だったかを思い出せないでいたが、いまになってようやく声質と顔が一致した。
「その声――誰かと思ったら、アナスタシアさんだったのね。一体何のつもり? どうしてこんな事を?」
「決まってるじゃない。人類の力で、あなた達<新星人>に無様な敗北をプレゼントする為よ。これまで散々人類を舐めくさった罰としてねぇ」
アナスタシアがせせら笑うと、さっき斬り落とした筈の片腕がひとりでに浮き上がった。すると切り口同士で重なり合い、たった一瞬で完璧に接合される。どうやら純粋な戦闘能力だけでなく、高度な自己再生能力まで備わっているらしい。
「人類の力を誇るあなた自身が人間離れしてどうすんのよ、ったく」
「その減らず口が何処まで続くのかしらね」
「言った筈よ。消えるのはあなた――」
「ミチルさんは二人の介抱を頼みます」
ミチルが言い返そうとすると、ヒナタが得物の刃で彼女の視界を遮って制した。
ナユタもヒナタと並び立ち、<蒼月>の鋒をアナスタシアに向ける。
「たしか、アナスタシアさん……だっけ? あんたの理論は共感できるよ。俺だって、ナナやイチルみたいな才能の怪物と自分なんぞを比較したら、これまでの十三年で積み上げた戦の経験が全て無駄だなって思っちまうよ」
「あなたとは気が合うと思ったわ。どうかしら、そんなぬるま湯に浸かったような連中といるより、私と一緒に実力者が行き着くプロの地平って奴を拝みにいかない?」
「悪いけどお断りだよ」
ナユタは彼女の提案を一瞬で切り捨てた。
「才能だの実力だの、そんなモンは一切関係ねぇ! あんたの身勝手な欲望の為に泣いて傷ついた奴の分だけ、その機械仕掛けの体を何回でもデコンポーズしてやるよ!」
「だったら目的は一緒だな」
ヒナタも<ソウルスレイヤー>の丸っこい鋒を彼女に向けた。
「そういえば君とは会うのも初めてだったね」
「ああ。でも、案外これで良かったのかもな。お互い敵同士じゃなくなってよ」
「全くだ。さて……」
「そんじゃ、いっちょ――」
ぐいっと、二人はつま先に力を入れ、
「朝日を拝む前に!」
ヒナタが<流火速>で駆け出し、
「さっさと片付けっぞオラァアアアアアアアアアアアア!」
ナユタもヒナタに負けない程の力強さで地を蹴った。
●
リリカ・リカントロープはアテナ女学院初等部の女子寮の一室でずっと震えていた。スカイアステルの電磁防護隔壁を破って内部まで侵攻してきた連中の正体を事前に教えられていたからだ。
六十年以上前、ウェスト区で戦争を起こした<新星人>と<トランサー>の二大勢力のうち、前者の残党が<トランサー>の生き残りを狙ってここまでやってきたのだという。だからいまスカイアステルの制空権を握る<新星人>は、一般市民こそ襲いはしないものの、政府の高官や いまや世界でも有数の<トランサー>達を集中的に狙っているのだ。既に死傷者も出ているという。
今度狙われるのは自分か――若干十歳のリリカは部屋の隅で震えているしかなかった。
「おーうい。リーリカちゃーん? いるんだろー?」
「ひっ……! あ……なんだ、ロットンさんか……」
極限の緊張状態にあったせいで、いまはもう誰から声をかけられてもこの様である。リリカは扉越しに聞こえた親しみのある声の主を、今度こそ何の警戒も無しに部屋へ招き入れる。
入ってきて早々、リリカの頭を撫でてきたのは黒人の男だった。彼はロットン・スミスといって、リリカがリカントロープ家に妾の子として囚われていた頃、事ある毎に自分を虐待していた義理の母親を颯爽と逮捕した張本人だ。リリカにとっては命の恩人である。
ロットンは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「私が来たからにはもう大丈夫だ。さっさとここから逃げよう」
「逃げるって、何処へ? 学校のみんなは?」
「いまは君の身が一番危ない。敵は一般人を襲わないが、ウラヌス機関の関係者とか<トランサー>の残党を必ず狙ってくる。ここにいたら、むしろ皆を巻き込んでしまうだろう。私と一緒に、さあ」
急かしたてるロットンの言葉を、リリカは受け止めざるを得なかった。たしかに彼の言う通りだからだ。
二人は一旦寮の外に出て、空を舞う西洋鎧の連中に気を払いながら、駐車場に停めてあった車に乗り込んだ。運転するのは勿論ロットンで、助手席は当然のようにリリカが座った。
「ロットンさんは外に出て大丈夫だったの? ウラヌスエクスクワイアなら狙われちゃうよ?」
「私は無敵だからねー! そんじゃ、発進!」
いつになく陽気なロットンが、早速フルスロットルで車を発進させて公道に飛び出した。
「テレポーターまでノンストップだ。舌を噛まないようにね」
「はい!」
リリカが元気よく返事してから、十分ぐらいは走っただろうか。フロントガラス越しにも、空をカラスのように飛び回る西洋鎧の人達が何十人と確認できた。
不謹慎ながら、退屈しのぎにリリカが訊いた。
「ロットンさん、やっぱりあたし達だけ逃げるって――」
「理由は二つある」
ロットンがぴしゃりと言った。
「一つはさっき言った通り。もう一つは、君の親戚がスカイアステルの外でいまも戦ってるからだ」
「親戚?」
「正妻の子だよ。ナナ・リカントロープ。彼女がスカイアステルに向かってる敵の飛行船に仲間と一緒に乗り込んだらしい。そんな子の関係者を、みすみすこんなところで放置しておく訳にはいかないからさ」
ナナという少女の話はそれとなく聞いた事はある。実際に会った事は無いが、話によると十年とか百年とかに一度の天才らしい。もっとも、暗い牢獄の中で虐待じみた訓練を強制されていたリリカからすれば、ほとんど他人事みたいなものだが。
リリカがぼんやりとかつてのリカントロープ家の惨状を思い出していると、ロットンが急に怪訝顔になってブレーキを踏んだ。
「? ロットンさん?」
「あいつら、何をやってるんだ?」
ロットンのうろんげな視線に倣って、リリカはフロントガラスの向こう側に映る飛行中の西洋鎧の連中を見遣った。
彼らは皆一様にその場で停滞して苦しみもがいていた。何らかの攻撃を受けてというよりは、体の内側で暴れる何かを必死に押さえ込むような感じだ。
そして次の一秒後、鎧の下が一斉に緑色の発光体に変化した。これはあくまでもリリカの主観だが、心なしか、その全てがいままで発散していた精気を損なったようにも感じられた。
「何? どうなっちゃったの?」
「嘘だろ、オイ……!」
リリカが訳も分からず目を丸くする横で、ロットンの顔が一瞬で真っ青になる。
「どうなってる? あれじゃあまるで――」
「ロットンさん? どうしたの?」
「――いや、君は知らなくていい」
何かをひた隠しにしたいようなロットンの仕草に、何も知らないリリカは首を傾げた。
いましがた鎧を纏っていた人間が空で一斉に光子化されたという報告を受けて、忠はたったいま胸ぐらを掴んでタコ殴りにしていた敵への制裁を一旦中断する。
「何がどうなっている?」
ここはウラヌス機関の官庁フロアである。ここにも敵の手が伸びるという万が一を想定して、こうして最終防衛ラインのような役回りで戦っていたのだが、どうやらもうその必要は無いらしい。
片耳に付けたインカムから、報告の続きが聞こえてきた。
『何がどうなってる? こっちが聞きたいわ! しかも連中、一斉にスカイアステルの敷地内からぞろぞろ出て行くぞ!』
ハンスが無線越しに当惑したように言った。
『やべぇって、あの方角には奴さんの飛行船がある。タケシ達もいまそこにいるんだろ!?』
「あのマッドサイエンティストめが……」
今度は忠に掴まれていた敵の男が、茫洋と視線を泳がせて言った。
「あの女……もしもの事があれば……俺達の体をアステライト化して、自分の操り人形にする気だったんだ……」
「味方を殺して傀儡にするだと!? 何を考えているのだ、あの女は!」
さすがの忠も声がうわずる程には戦慄していた。人間の光子化とは即ち死を意味する。どうやらアナスタシア・アバルキンは最初からそのつもりで、園田政宗や園田村正を襲った<アステマキナ>とやらの鎧を<新星人>に与えたのだ。
忠が彼女の狙いを全て悟ったすぐ後、男の体も徐々に光を帯び始めた。
「この鎧……そういう機能が……あった……なん」
「おい!」
忠が呼びかけるも、既に遅かった。
男の体は緑色の光子体に変換されるも、すぐに砂のように崩れ落ちてしまった。さっきまで忠が与えていたダメージが余程堪えていたらしい、傀儡となるには耐久性が最初から足りておらず、挙句勝手に自壊したのだ。
本体が消えて着る者がいなくなった鎧が床に落ちた様を見て、忠は真の意味での絶望を覚えた。
「……なんて事だ」
もはやこれは<新星人>によるテロではない。一人の女科学者による、異端人種に対する大量殺戮事件だ。
「――ハンス。スカイアステルの上空に<新星人>の姿は?」
『もう一体も見当たらない。くそっ! 何て結末だ!』
「まだ終わっていない。タケシ達が危ない……!」
いますぐにでも空で戦える部隊を整えなければ。でも、どうやって? このスカイアステルには地上で戦えるライセンスバスターしか戦闘力と呼べるものが無い上に、ウェスト防衛軍はとっくのとうに壊滅してしまっている。増援は望めまい。
ここに来て、忠は初めて後悔した。
やっぱり、タケシ達を行かせるべきではなかったと。
●
気絶から立ち直ったイチルが最初に目にしたのは、<プロメテウス>を相手に奮戦するナユタとヒナタの姿だった。
傍らでエレナの治療をしていたミチルが、驚いたように振り返る。
「イチル、大丈夫?」
「お母さん……これは?」
「いま九条君とヒナタ君が戦ってるの。安心して、あの子達なら――」
ミチルが言いかけたのと同じくして、ナユタとヒナタが同時に斬撃を放ち、<プロメテウス>の体を強く弾き飛ばす。二人は着地すると、それぞれ別方向に散開する。
ナユタは遮蔽物の陰に身を隠しながら進み、ヒナタは<流火速>で空中を飛び回りながら相手を翻弄し、時に接近戦で攻め立てる。時折り、物陰から飛んできたナユタの月火縫閃が良いサポートになり、<プロメテウス>の動きを上手く牽制し続けている。
ミチルは微かな期待を声に滲ませる。
「この通り、よく頑張ってくれてるわ。初対面だってのに、凄いコンビネーションよ、彼ら」
<プロメテウス>が司令室である長屋型の構造物の上に降り立つや、今度はナユタが頭上から斬りかかった。敵は彼の斬撃を刀で防御して弾き返すや、すぐに追撃をかけんとナユタに向かって踏み込んだ。しかし、背後から放たれたヒナタの突きをモロに喰らい、前のめりに体勢を崩して隙を見せる。
ここでスイッチが切り替わったように、体勢を立て直したナユタが正面から突っ込んで相手の懐に入り、<蒼月>の噴射能力も加わった横一閃の強烈な斬撃を直撃させる。
<プロメテウス>が後ろに吹っ飛ぶ。当然、飛ばされた先では既にヒナタが刀を振りかざしていた。
「終わりだ!」
「や、やめて――なーんてね」
ここで<プロメテウス>の動きが変わった。彼女は身を反転させ、横一文字の軌道を描いていた<ソウルスレイヤー>を素手で掴み取るや、ぐいっとヒナタの体を自分のすぐ近くまで引き寄せた。
「終わるのはあなたよ、一ノ瀬ヒナタ」
「それは」
「どうかな!?」
ヒナタが<ソウルスレイヤー>を解除すると、既に彼の背後まで<蒼月>のブーストで飛んでいたナユタが彼の首根っこを引っつかみ、勢いのままに二人揃って彼女の視界から外れた。
「やっちまえ――ナナ、サツキ!」
ナユタが合図を送ると、見覚えのある少女を乗せた黄色いドラゴンが方舟の後部から飛び出した。
サツキは既に白い風圧を纏った<紅月>を居合の姿勢で構え、ナナが操るドラゴンの大きく開けられた口の奥には黄色いエネルギー体がチャージされ、炸裂の時を待っていた。
「<ハイパーカードアライアンス>・<ハリケーンオーバー>!」
「喰らええええええええええええええええええええ!」
轟々と唸る狂風の矢と、黄色い極太レーザーが同時に放たれる。
直撃。破壊的な二撃が<プロメテウス>の体を丸々飲み込んだ。それぞれの攻撃が収束した後、敵の姿はもう何処にも見えなくなっていた。跡形も無く消し飛ばしたか、あるいは押しやられて何処か遠くに飛ばされたか――何にせよ見るからに凶悪な威力だ、どのみち<プロメテウス>とて無事では済むまい。
「全く、めちゃくちゃな女達だぜ」
「タケシ! 無事だったんだ!」
ふらふらとこちらに歩み寄ってきたのは、黒崎修一とユミ・テレサを両脇に抱えた六会タケシだった。三人共血まみれで傷だらけ、サツキもよく見れば大体同じぐらいの怪我を負っていた。
変身を解いてこちらに降りてきたナナが、泡を食ったように言った。
「さっき、みんなあいつにボコられて怪我しちゃったの! お願いイチル、みんなの傷を治してあげて!」
「う、うん、分かった!」
この際は戸惑っていられる程の余裕は無い。イチルはすぐに手当に取り掛かった。最初は背中を裂かれた修一からだ。ここに至るまでの間に傷口から多量の血が流出してしまっている以上、優先されるべきは彼の治療だ。
イチルは修一の脈拍を取ってから、彼の衣類を強引に脱がしてうつ伏せに寝かせ、背中の傷口を確認する。どうやらナナが<回>で止血してくれたようだが、やはり以前ナユタの銃創を塞いだのと同様に、未完全な術式しか打たれていない状態だ。
イチルはすぐに彼の背中に手のひらを翳して術を発動させる。緑色の光が徐々に傷口を塞いでいくが、これで彼が目覚めるという保証は確約されない。あとは彼の生命力次第だ。
「私も手伝うわ。ユミちゃんだっけ? 彼女も早く診てあげないと……」
「じゃあ、僕は園田さんの治療を」
ミチルがユミを、ヒナタがサツキを相手に治療に参加する。ユミの場合、血まみれの割に外傷は大した事は無いものの、先程の倒され方から見るに脳や内臓にダメージを負っている危険性があるので、可能な限り腕の立つ<回>の使い手が処置しなければならない。この人選は大正解である。
そんな<新星人>達の治療行為を、ナユタとタケシがぼんやりと眺めて言った。
「一つ借りが出来ちまったな、タケシ。お前からこっちに通信してなかったら、俺とヒナタの二人だけじゃ危なかったかもしれない。こうした治療だってままならなかった」
「お前が来てなきゃ成立しなかった策だ。まさか本当に一人で乗り込むとはな。で、その髪はどうした? タコかイカにでも染められたか?」
「イメチェンだ。お前こそ何だ、そのナリは」
「イメチェンだ。男は傷だらけの方がカッコイイ」
「どんなイメチェン? つーかお前も一応ツッコミ属性だろ、ボケてないで仕事しろこの野郎」
人が必死になって人命を救おうとしている横で、何を呑気に喋っているのやら。本当なら、いますぐにでもこいつらの会話に割り込んで好き勝手にツッコミを入れさせてもらいたいものだというのに。
だが、いまの会話で判明した事もある。ナユタの合図で都合良くサツキとナナが現れたのは、ナユタが戦闘中に物陰に身を潜めている間、脱出艇の格納庫でノびていた筈のタケシから通信が送られて、作戦を指示されていたからなのだ。
ややあって、サツキの治療を終えたヒナタが、いま思い出したかのように呟いた。
「――おかしい」
「あ? 何が?」
「まだ何かあんのかよ」
ナユタとタケシが露骨に嫌そうな顔をするが、ヒナタはそんなのお構いなしに、より深く考え込む仕草をする。
「僕とイチル、園田さんとリカントロープさんに三山さんに六会君――さっきはこれだけの戦力で<プロメテウス>に挑んだのに、結局<アステルジョーカー>の使い手は僕以外の全員が一度倒されてる。そんな相手を九条君と僕だけで、あんな長いこと圧倒した? 普通は有り得ないだろう」
「……言われてみれば、たしかに」
すぐに納得したらしい、ナユタも同じように考え込む。
「俺達手加減されてたのか? いや、だったら何で――」
「他の仲間達と通信してたからよ。おかげで戦いに集中できなかったもの」
船首の数十メートル先に浮いていた<プロメテウス>が言った。さっきあれ程の攻撃を受けたにも関わらず、彼女の体は無傷――いや、むしろ新品同様の状態で輝いていた。
「うそ、まだ生きてたの!?」
「あの程度でやられる訳が無いじゃない。それに――」
スカイアステル方面――丁度<プロメテウス>の背後にあたる方角から、西洋鎧を纏った人型が何十体もこちらに接近して来る。園田村正を誘拐した連中と同じタイプの量産型<アステマキナ>だ。
「ご覧なさい。さらに状況が悪化しちゃったわよ?」
「あんな大量の<アステマキナ>をいつの間に!?」
「いや、違う」
イチルが驚嘆する横で、ヒナタの表情が戦慄に染まった。
「あいつら、さっき船から発進した僕らの同胞だ」
「嘘でしょ? だって、あいつら全員体がアステライト――まさか」
イチルもようやく事情を飲み込んだ。ナイフの先でなぞられたような悪寒が背中を伝う。
「理解したようね」
<プロメテウス>が心底楽しそうに言った。
「そうよ。<アステマキナ>の鎧はね、私の指示で纏った人間を一斉にアステライトに変換する機能が備わってる。いまや私の後ろから飛んでくる連中は、全てこの<プロメテウス>の操り人形と成り果てたのよ!」
「じゃあ、鎧を着てた人はみんな……」
「死んだわ。私の計画通り、ね」
もはや狂気の沙汰どころの話では済まされない。最初からこの女は、<新星人>達をあの手この手で皆殺しにするつもりだったのだ。
「あとは鎧を着て能力を強化する必要の無い連中を、この軍勢と私の力で殲滅してしまえば全ての計画は完了する。しかも空中には逃げ場が無い。防衛軍の連中が<星獣>との空中戦闘用に作ったこの船を利用したのがアダになったわね」
もう隠す必要も無いと分かってか、或いは陶酔しているだけか、アナスタシアが嬉々として計画の全容を語った。
その間にも、彼女の背後に広く展開する量産型<アステマキナ>達が突撃銃らしき銃火器を召喚し、腰だめに構えて方舟に照準を合わせていた。
「せっかくだから、<アステルジョーカー>のオペレーターにも全員死んでもらいましょうか。さっきの貯金をぱーっと使う良い機会な訳だし?」
気軽に言った彼女が片手の刀を真っ直ぐ振り上げると、刀身から火山の噴火を思わせるようなエネルギーの噴出が発生する。多様な色が混じり合い、分裂し、スパークして大気を震わせるその様は、どこか世界を破滅させるような天災の前兆を思わせた。
イチルが絶望的な悲鳴を上げた。
「あんなのを喰らったら、船ごとあたし達吹き飛んじゃうよ!」
「あの女狐、やられたフリして、さっきのサツキとナナの攻撃を吸収してやがったな!」
ナユタの推論は概ね正解だろう。もし<プロメテウス>が<アステマキナ>と同等の機能を備えているとしたら、<アステライト>による攻撃の吸収など造作も無い話なのかもしれない。
ナユタ、タケシ、ヒナタ、ミチルの四人が泡を食って他の仲間達の前に出た。
「くそったれが!」
ナユタが<蒼月>を盾にして構え、
「<ソウルスレイヤー>!」
「やらせるもんか!」
ミチルが白い魔剣を召喚して、同一の剣を再召喚したヒナタと一緒に正眼に構え、
「<ブラックアステルジョーカー>、アンロック!」
タケシが両手に、赤と青の水晶がそれぞれ嵌った黒いグローブを手に纏う。普通なら<ブラックアステルジョーカー>を発動する場合、通常発動中に<黒化>というキーワードが必要だが、今回に限ってはショートカットで発動したらしい。
「撃てぇ!」
<プロメテウス>が光渦巻く剣を振り下ろしたのと同じくして、彼女の背後で<アステマキナ>も同時に突撃銃を発砲する。光線の雨と、巨大な光の刃が方舟を覆い尽くさんと襲ってきた。
「<盾陣>・<複陣>・<強陣>!」
タケシが魔法陣の盾を、この方舟の船体を覆い尽くすように配置する。突撃銃から放たれた光線の数々が、アステライトのシールドによって弾かれて四散する。
だが、問題は真正面から迫ってくる巨大な光の渦だった。さすがにこれだけはタケシの完全防御能力だけでは止めきれず、<盾陣>をがりがりと削って突き破り、減速もせずにこちらへと迫ってきた。やはり意識を一点に集中しないと、<盾陣>でも防御は難しかったようだ。
ミチルとヒナタが<流火速>で船外へと飛び出し、真っ向から<ソウルスレイヤー>で破滅の一撃を受け止める。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「絶対止める……! もう誰も、こんなバカげた事で死なせはしない!」
二人が<ソウルスレイヤー>の防御性能でどうにか受け止め続けているが、さっきのヒナタの時みたいに限界がある。二本分の防御力で受け止めているとはいえ、二人もそう長くはもたないかもしれない。
そんなイチルの不安を嘲笑うかのように、突き破られた<盾陣>の隙間を縫うように、何体かの<アステマキナ>が<方舟>の甲板に侵入してきた。全員片手に光の剣を召喚して、畳み掛けるように上から降りかかってくる。
イチルも一度は強制解除されたカードを懐から抜き出した。
「あたしも戦わないと……!」
イチルが意気込んだその時、丁度目の前に迫ってきた一体が横からの一突きによって頭を貫かれた。
「よくも人間様を散々引っ掻き回してくれたな、この腐れポンコツ共が……!」
修羅じみた笑みで、エレナがいましがた機能停止に追い込んだ<アステマキナ>を蹴りの一発で刃から抜き払った。すると、彼女によって甲板の床に捨てられた残骸の上から別の<アステマキナ>が叩きつけられる。
「おらああああああああああああっ!」
ナユタだ。彼は鬼の形相で甲板に侵入した<アステマキナ>を次々と<蒼月>で斬り伏せ、未だ眠っている修一とユミの周りを守護するように立ち回る。
「サツキとナナはそこのバカップルを安全なトコまで連れて行け! イチルはタケシを護れ! あいつを船の防御に集中させるんだ!」
タケシはいま船の周囲に最大出力の<盾陣>を展開しているだけで、自分自身の間合いは危険な程にガラ空きだった。ここで攻撃を受けてタケシが集中を乱せば、この船に浴びせられている集中砲火は<盾陣>を確実に突き破る。そうなったら一巻の終わりだ。
サツキもナナも指示通りに、修一とユミをそれぞれ抱えて安全な物陰に避難させる。こちらもすぐに応戦しなければ。
「<アステルジョーカー>、アンロック!」
左手に小ぶりで機械的な白い弓を顕現させ、すぐに右手に持ち替えた。この弓――<アステルジョーカーNo.8 ラスターマーチ>は遠近両用の主武装だ。上下に鋭く伸びた白い弧は刃にもなれば盾にもなる。だからイチルがこれを利き手に持ち替えたという事は、つまり接近戦を行うという意思の表れだ。
ナユタとイチルがタケシの前に並び立ち、光剣を振りかざして襲い来る<アステマキナ>に斬撃のカウンターをお見舞いする。
まさかこうして、このバカ男二人と肩を並べて戦える日が来るだなんて思いもしなかった。
「くそおおおおおおおおおおおっ!」
「まさかこんな早く限界が……っ」
巨大な光の奔流を押さえ込んでいたヒナタとミチルの方でも変化が起きた。どういう訳か、ミチルの体から光の粒子がはらはらと散っているのだ。
「ヒナタ、お母さん!」
「大丈夫……大丈夫だから!」
ミチルが必死に自分を鼓舞する。
「絶対守ってみせる――これ以上、イチルの前で誰も……」
「頑張ってるところ悪いけど、もう終わりにしてくれない?」
<プロメテウス>はヒナタとミチルを挟み込むように、光の斬撃との間に立っていた。いつ移動したか、イチルにはさっぱり認識できなかった。
二人が振り返る。<プロメテウス>が再び剣を一閃させた。
「月火縫閃」
凶悪な光の斬撃を受け止めていたと思ったら、背後からもう一個、別の斬撃が飛んできた。挟み撃ちという奴だ。前方からの高威力技を押さえ込んでいたミチルとヒナタは、為す術も無く二人揃って刃の喉に飲まれて消えゆく筈だった。
だが。
「っ! ヒナタ君!?」
ヒナタが<流火速>による速度強化付きの蹴りを放ち、ミチルの腹につま先をめり込ませてから宙へとぶっ飛ばした。
下に取り残されたヒナタが、年相応の柔らかい笑みを浮かべる。
「少しでも長く、あなたはイチルの傍へ」
それが一ノ瀬ヒナタにとっての、人生最後の言葉だった。
二つの斬撃が衝突し、溶け合い、最終的に爆発する。強烈な発光と荒々しく吹きすさぶ衝撃は、一瞬でも気を抜いたら目を焼かれ、船体から体が引き剥がされてしまいそうな威力だった。
やがて衝撃は収束する。
船首付近に立っていた筈のヒナタとミチルの姿は無かった。
「ヒナタ……お母さん、まさか」
二人の行方を探し始めたのと同じくして、真横にミチルが重々しく落下してきた。
「お母さん!」
「……イチル……」
有り体に言って、ミチルは既に虫の息だった。全身が発光し、アステライトの粒子をずっと撒き散らし続けており、何よりこれ以上の戦闘継続が不可能なくらいには衰弱していた。
「ごめん……なさい……」
イチルがしゃがみ込むと、ミチルが弱々しく呟いた。
「ヒナタ君……私を……私なんかを……庇ったばっかりに」
「っ!」
この一言で、イチルはヒナタの末路を悟った。正直、嘘だと思いたかった。
「ヒナタ……どうして! 何でヒナタが死ななきゃいけなかったんだよ!」
「私に楯突いたからよ」
イチルが泣きじゃくっていると、<プロメテウス>が静かに甲板の上に降り立ち、こちらに歩み寄りながら言った。
「安心なさい。あなた達もすぐ、後を追わせてあげる」
<プロメテウス>がこれみよがしに大太刀の刀身を視界の中でちらつかせる。まるで、獲物を前に舌なめずりでもしているかのようだ。
イチルは体が震えるのを無視して叫んだ。
「あんただけは許さない! 絶対に殺してやる!」
「精々吠えてなさいな。この場であなたは、ただ叫んで喚いては人様に迷惑を振りまいてクソを拵えるだけの、そんじょそこらの無力な中学生と何ら変わり――」
エレガントを気取って暴言を吐いていた<プロメテウス>が、横から飛んできたナユタの斬撃に耐え切れず、吹っ飛んでから無様に転倒する。
起き上がった<プロメテウス>が体勢を立て直し、引き続き修羅の形相で襲ってくるナユタの攻撃に備えて刀を正眼に構えた。
「そうそう、先に掃除しとかなきゃならないクソガキが居たわね、そういえば!」
「クソはてめぇだ、このアバズレが!」
ナユタの太刀捌きはもはや技術のカケラも無い、実に単純な暴力の産物だった。必然、ただ力任せに振るわれるだけの剣は<プロメテウス>にかすりもしない。
瞬転、ナユタが放った回し蹴りが、<プロメテウス>の脇腹に直撃する。だが、相手は微動だにもしない。
「あら、もうおしまい?」
「ブースト!」
「<バトルカード>・<セイバーガトリング>、アンロック!」
ナユタが<蒼月>のブースト能力で真上に飛ぶと、彼の後方で待機していたエレナが袖口から赤い光の弾丸を無数に発射。全弾直撃するが、全てが鎧に弾かれる。
ここでナユタとエレナの動きが急に変わった。ナユタが甲板に降り立つと、二人は同時に<プロメテウス>へと駆け出し、真正面から斬撃を交互に繰り出して、見事な波状攻撃を実現させた。これにはさすがの<プロメテウス>も対処に苦難しているようである。
この様子をぼうっと見ていたミチルが、少し安心したように呟いた。
「相変わらず元気な子よね、エレナは……あの頃と全く変わってないもの……」
「お母さん、いますぐ傷を治すから」
ミチルが何も言わずに首を横に振った。
「お母さん?」
「本当に無理なの……<カオスアステルジョーカー>の反動と、これまで蓄積されてきたダメージで、もう体がとっくに限界を……ヒナタ君は私を死に損ないにしたくて、あんなバカをやらかしたのかしら……本当、バカな子……」
彼女の声が徐々にうわずっている。瞳も酷く潤み始めており、もういつ涙腺が決壊してもおかしくない状態だ。
「私の……バカ……私が、蘇りさえしなければ……」
「ふざけた事を吐かしてんじゃねぇぞ!」
「絶望したよ、あんたがそこまで腑抜けだったとはな!」
立ち回る中で偶然にもイチル達の傍に並び立ったナユタとエレナが、立ち止まって息を切らしながら怒声を放った。
「言った筈だ、俺にはもう親父はいないけど、いまのイチルにはあんたがいるんだ! せっかく地獄の底から復活しておいて、いまさら後悔なんかしてんじゃねぇぞ! どうせ死ぬんなら、成長した娘の笑顔を一目拝んでから死にやがれ!」
「その為だったら何だってやってやるさ! 私が憧れたあんたを取り戻す為なら――」
二人が地を蹴り、剣を唸らせて<プロメテウス>へと駆け出した。
「こんなポンコツ女!」
「すぐにだって片付けてやる!」
「何を世迷言を――何っ!?」
嘲り笑おうとした<プロメテウス>が、急に全身を震わせて当惑した。その隙に、ナユタとエレナの波状攻撃が再び彼女に雪崩込んだ。
イチルもさっきの彼女の視線に倣い、上空を見遣る。
「わっしょい!」
黄色いドラゴンが宙を舞い、いまだに方舟に突撃銃を放ち続ける<アステマキナ>を次々と殴り倒している。どうやら、修一達を安全な場所に運んだ後、多少の間だけ付近と周囲の様子を見てからナナも戦線に復帰したらしい。
「<ハリケーンオーバー>!」
司令室の真上に立っていたサツキが、<紅月>を振るって巨大かつ禍々しい程の威圧を誇る風の奔流を放ち、上空の敵を一息に十五体も掃討する。しかしこの一発が彼女にとっての限度だったのだろう、すぐに膝をついて息を切らして動きを止めてしまった。
いままでずっと<盾陣>の操作に集中していたタケシの意識がサツキに傾いた。彼はすぐに別の<盾陣>をサツキの周囲に展開すると、通信で「よくやった、しばらく休んでろ」と彼女を励ました。
――戦わなきゃ。
「イチル……?」
立ち上がったイチルを見上げ、ミチルが不安げに呟いた。
「あなた、まさか……?」
「たしかにあたしはただ迷惑なだけのクソガキだよ」
イチルは断言した。
「誰かに護られてばかりで、あたしは誰も護ってなんかいなかった。でも、いまのあたしは無力だった頃の自分とは違う」
もう、嘆いてばかりではいられないから。
取り返しがつかない過去よりも、いま得られる全ての為に戦うのだ、いつまでも。
「お母さん。これが最後になるだろうから、よく聞いて」
イチルは首だけ振り返り、いま自分が作れる最大の笑顔で告げた。
「行ってきます」
●
方舟での戦いは全国で生中継されていた。
「九条君……みんな……」
職員室の一角に据え付けられたテレビに映る映像を、ケイト・ブローニングは不安げかつ厳しい目で眺めていた。映像は上空に滞空しているヘリからのものだ。
『このように、現在S級ライセンスバスターの三山エレナを含む少年少女達の一団と、敵性勢力と思われる謎の集団が交戦中です。戦況はほぼ互角――いえ、わずかに三山エレナの手勢が不利なものと思われます』
「わずかに――だと? どう見てもエレナ達の方が不利じゃないか……!」
ケイトは決してリポーターの誤った認識に憤ったのではない。ただ、それでも顔をしかめて唸らざるを得ない展開だったから、思わず毒を吐いてしまっただけだ。
九条ナユタと三山エレナ、惑星最強コンビによる攻撃が、たった一体のロボットに全て捌かれている。しかも時間が経つにつれ相手側の動きが徐々に鋭くなっている。おそらく、ナユタとエレナの動きを少しずつ見切っているのだ。
しかも船の周囲を飛び回りながら射撃をかましてくる連中が、戦術を変えて光剣で直接魔法陣のシールドを壊しにかかっている。これではさしもの<ブラックアステルジョーカー>が作り出した<盾陣>でも凌ぎきれるかどうか――
「頼む、誰も死なないでくれ……!」
ケイトは固唾を飲んで、祈るように目を閉じた。
イチルが白い矢を放って何体かの<アステマキナ>を撃破した後、一休みしていたサツキが司令室の上から駆け下りて、彼女と共に接近戦で別の<アステマキナ>達に挑みかかる。
「拙いな。いまのサツキの体だと、<ハイパーカードアライアンス>はあと一発が限界か」
「そんな事を言ってる場合? このままじゃ撃つ前にお陀仏じゃない!」
病院の待合室に設置されたテレビをがぶりつくように凝視していた園田夫妻が、中継で流されてるサツキ達の戦いを見て絶望的な声を上げる。
「<アステルジョーカー>が三枚以上あれば大抵の事はなんとかなると思った私が甘かった。やはり行かせるべきではなかった」
「サツキ!」
映像の中でサツキが<アステマキナ>の一体に殴り飛ばされたのを見て、樹里が顔を真っ青にして叫んだ。サツキはどうにか立ち上がろうとするが、これまでに蓄積されたダメージから鑑みて、これ以上の戦闘継続はもはや望めないだろう。やはりそのまま気絶してしまった。
「どうしよう、サツキが、サツキが!」
「くそ、何て事だ……!」
口の端が切れて血が滲みだしたのにも気づかない程、村正は狼狽していた。
<ドラグーンクロス>が活動限界を迎えたのと同じくして、ナナが<アステマキナ>三体の手によって方舟の甲板に叩きつけられる。一人で二十体以上もの<アステマキナ>を粉砕したのだから、彼女はよく頑張った方とも言えよう。
カーナビで映されたテレビの映像を見て、リリカが落ち着かない様子で呟いた。
「ナナさんが……ロットンさん、このままじゃ……!」
「分かっている。だが、私達にはどうしようも無い」
いつもは陽気で余裕たっぷりなロットンも、これには流石に顔を曇らせるしかなかった。
つい先日に園田村正やテレポーターを襲った量産型<アステマキナ>よりも、いまナナを倒した連中の方が一体あたりの戦闘能力は格段に上だ。あれの素体はさっきまで<新星人>だったのだから、その分だけ単純な性能も強化されているのだろう。
むしろ、そんな連中を相手にこれだけの奮戦を見せる彼らに戦慄してしまう。
「と言っても、限界だろう、既に」
タケシの<サークル・オブ・イージス>は防御専門の<ブラックアステルジョーカー>だ。しかし操作の基本系統はやはり脳に依存する。さっきからずっと<方舟>の周囲に<盾陣>を張り巡らして持久戦を挑んでいるタケシは、有り体に言って既にグロッキー状態だった。
この<スカイアステル>における電磁防御隔壁や対空装備などの機械系統を一括で管理する管制室のモニターを睨み、忠はいまの戦況を冷静に分析していた。
サツキとナナが戦闘不能に陥り、ナユタとエレナも隊長格と思しき<アステマキナ>に押されている。如何にグランドアステルきっての実力者といえど、空中での機動力を持たなければ強力な<アステマキナ>に対してはどうしても遅れを取ってしまう。いまは敵が一瞬でも床から離れたら致命的な隙となるような立ち回りをこなしているが、それも長くは続かないだろう。
やがて、タケシの方にも限界が訪れる。
何処からか放たれた光弾がタケシの足元で炸裂し、その反動で彼がぐらりと体勢を崩して倒れ込んでしまう。
「タケシ!」
柄にも無く、思わず叫んでしまう。
タケシが展開していた<盾陣>が、いまの攻撃のせいで全て解除されてしまった。これで船はノーガード状態、しかも量産型はあと三体残っている。
さらに非情な事に、隊長格の<アステマキナ>が得物の刀でエレナの腹を突き刺し、彼女の体を蹴り飛ばしてイチルへとぶつけてしまった。イチルは自身と絡まるように倒れたエレナの容態を確認するが、もう既に量産型の一体が彼女達に強襲をかけていた。
絶体絶命のイチルを救ったのはナユタだった。彼女に光剣で斬りかかろうとした鎧の人型を一刀で斬り伏せるや、すぐ別の一体に斬りかかり、これもすぐに力強い一太刀で始末する。
年季が入ったテレビで戦況を凝視していたアヤカとラシッドが、こめかみに冷や汗をかいてそれぞれ叫んだ。
「あれは――九条君、イチルちゃん!」
「あやつめ、以前より腕を上げよったな! 良いぞ、そのまま指揮官までやってしまえ!」
アヤカが深刻な心配を抱いている横で、ラシッドがまるでスポーツの中継でも観戦しているかのようなテンションでナユタを応援している。
ナユタが指揮官と思しき暗い朱色のロボットに接近戦を挑む。だが、空を飛び回りながら両手に召喚した拳銃で光弾を浴びせてくる相手に、ナユタは回避や防御を余儀なくされた。
回避した先で残り一体の雑兵に前方を塞がれる。ナユタは相手の腰から下を切り落として頭を鷲掴みにしてその上半身を振り回し、いましがた飛んできた光弾を打ち払った。とんでもない腕力である。
最終的には、指揮官とナユタの一対一へともつれこんだ。
●
「ねぇ、これって凄いおかしな状況だと思わない?」
剣と剣の鍔迫り合いの中、<プロメテウス>が可笑しそうに言った。
「最強だ天才だと持て囃された連中が無様に倒れる中、結局残ったのは凡百の器に収まる予定だった私とあなた。これを感慨深いと言わずして何と言うのかしら?」
「知らねぇよ。どっちかが死んでどっちかが生き残る、それだけの戦いに、感慨もクソもあったもんじゃねぇんだよ」
「つれないのね」
二人はお互いに剣を払って距離を取った。
「私とあなたは本来同じものよ。人間なんて所詮カリスマと向き不向きで全てが決まる。どれだけの努力を積み重ねようが、天才はその全てを生まれつきクリアしつつ、その上をさらに超えてくる。私だってそうだった。勉強も運動も血の滲むような努力してやっと天才の足元に追いついた。けれど、才色兼備と呼ばれる連中は、私が血反吐を吐かなければ手に入れられなかった全てを生まれつき手に入れた上で、カリスマで人に親しまれ、自身の威光や実力をさらに上のステージに引き上げる。結局、私は生まれつき負け組だったのよ」
「いまさら不幸自慢か? 凡骨の僻みと笑われても怒れないぜ、あんた」
「そうよ。言いたい奴には言わせておけば良いのよ」
<プロメテウス>の――アナスタシア・アバルキンの言葉は切実そのものだった。少なくとも、負け犬の遠吠えと嘲り笑うには、彼女はあまりにも多くの屍を築き上げ過ぎた。
「でもあなたにだって同じ感慨はあった筈よ。あなた以降の<アステルジョーカー>のオペレーター達は、みんなあなたを超えた才能を持った超人達だったじゃない。本当はいつかその才能が自分の実力を超えた時、追い抜かれて取り残されて、自分がただの凡才だったって真の意味で思い知るのを不安に思ってたんじゃないの?」
「…………」
たしかに、彼女の言う通りだったような気もする。
もうナユタが心配するまでも無く、彼以降の<アステルジョーカー>のオペレーター達は着々と才能に見合った実力を身に付けつつある。ナユタが戦場で得た十三年もの経験なんてすぐに凌駕して、彼らはきっと自分を取り残して「お前なんかもう必要無い」と、背中を向けて歩き去ってしまうのだろう――そういった孤独感や疎外感にも似た哀愁を、ナユタはこれまでに何度か感じてはいる。
「たしかに、あんたの言ってる事を間違ってるなんて言い切れない」
ナユタが言った。
「凄いと思うよ。あんたがここに行き着くまでどんな辛苦を味わったかは知らんが、たしかによくまあこれだけのロボット集団を用意して、人の形をした化物共を一斉に殺す策を思いついたもんだと、正直色々感心したよ。でもな、考え方が気に食わねぇんだよ」
「何ですって?」
もし<プロメテウス>が人と同じ顔をしていたら、きっと眉をひそめていただろう。
「あんたが如何に自分の努力を誰かに認めてもらいたくてやった事でも、そのせいで傷ついた奴らはあんたを絶対認めない。こんなやり方じゃなくても、あんたの力なら他に認めてもらう方法があった筈だろうが。なのに、何でこんな手段を使った?」
「そもそも<新星人>が邪魔だったからよ」
<プロメテウス>がきっぱりと言い切った。
「この星に巣食う怪物なんて<星獣>だけで充分だったのよ。なのに人の形をしていながらも自分とは違う特殊な力を持った怪物なんて、相手にしたくない人間の方がずっと多い筈よ。<新星人>や<トランサー>は知能を持った猛獣と同じで、放っておけばいつか私達普通の人類が奴らに喰われる側に回ってしまう。誰かがいまのうちに駆除しとかないといけないのよ」
「なるほどな。そういう大義名分を自分の実験に利用したってか」
ナユタが意に反して嘲笑し、前に踏み込む為に腰を低くした。
「だったら俺とあんた、どっちが本物の石頭か、ここで決着をつけようぜ」
「共感してくれたと思ったのに」
「悪いな。<新星人>にも<トランサー>にもダチ公がいるんだよ、俺は!」
疾風の如く駆け出したナユタが繰り出す一太刀を、<プロメテウス>が易々と得物の刀で受け止める。
「――残念だわ。私の気持ち、理解してくれたのはあなたが初めてなのに」
本当に泣きそうな声だった。
だが、ここから先は情け容赦無用の真剣勝負。
二人の刃が高速で交差する。単純な腕力差で負けるナユタは太刀筋をほとんど読みだけで回避、もしくは受太刀して、隙あらば反撃に転じる。だが、いくら刃が鎧に当たっても、表面には傷一つ付きやしない。
「ナユタ!」
イチルが叫び、<ラスターマーチ>による白い矢を放つ。いまの叫びと射撃で注意が逸らされた<プロメテウス>に、ナユタが渾身の一太刀を袈裟掛けにお見舞いする。矢も同時に敵の顔面にクリーンヒットする。
だが、<プロメテウス>にはそのいずれも通じなかった。
「終わりよ」
<プロメテウス>が大太刀を一閃。同時に放たれていた彼女の月火縫閃によって、ナユタの体が一瞬にして船外に押し出されてしまった。
月火縫閃を受け止めていた<蒼月>にヒビが入る。色々無茶をさせていた分、もう耐久力の限度を超えつつあるのだろう。
「<モノ・トランス>=<バスター>」
<プロメテウス>の両手に一丁ずつ、朱色に輝く自動拳銃が再召喚される。彼女は銃の片方をナユタに向け、躊躇なく引き金を引いた。
銃口から火花が散ったと思えば、いまも<蒼月>を突き破らんと押してくる月火縫閃光が、銃弾の直撃に伴って爆発する。とてつもない熱量がナユタの全身を隈なく襲う。もしラシッドが作ってくれた戦闘服でなければ、全身丸裸にされた上で黒焦げになっていたかもしれない。
だが、もうナユタ自身――何より<蒼月>が限界を超えた。さっきの一撃で刀身が粉々に砕かれ、鍔から上が綺麗に損失してしまったのだ。
「く……そ……」
全身から黒い煙を吹き上げつつ、ナユタの体が落下を開始した。意識も朦朧としているせいか、何処に焦点を合わせれば良いのか分からない程には視界も混濁としていた。というか、あれだけの熱量と光を喰らっておいて、まだ目玉が無事だったとは。運が良いんだか悪いんだが、もう分かったもんじゃない。
すまないな、親父。俺、結局最後まで戦え抜けなかったよ。
「ナユタぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
何処かで、イチルの叫び声がした。
自由落下するナユタを、イチルは船から身を乗り出して凝視する。ここは仮にも雲の上、<蒼月>まで壊されている以上は地上に着地した際の衝撃も緩和できない。そもそもいまのナユタに意識は無い。
どうすればいい? このままだと、ナユタが雲の中に消えてしまう。<流火速>で飛んでいくか? 無茶だ。こちらの体力だってもう限界だ。彼にナユタを拾ったとして、彼を抱えて船まで戻っても<プロメテウス>が待ち構えている。
もうどうしようもない。あたしの力じゃ、もう――
「! そうだ――」
イチルはデッキケースから、ついさっき完成させたばかりの<クロスカード>を抜き出した。
「お願い、<ラスターマーチ>!」
強く念じ、カードを矢の形に変換する。これは防衛軍基地の地下でも使用した技だ。もっとも、<バトルカード>以外も変換できるかどうかは賭けだったが。
「あなた、何のつもり?」
イチルの素振りを怪しんだ<プロメテウス>が、背後から彼女に歩み寄ろうとする。
「お願い――」
矢をつがえ、ナユタに狙いを定める。
「そのカードは――!」
「届けぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!」
発射。矢はナユタに直撃し、彼を巨大な光球で包み込んだ。
「よう、親父」
「久しぶりだな、ナユタ」
ナユタは夢の中で父親に会っていた。
白いTシャツに深い青のジーパン、頭に巻かれた白い手ぬぐいと、やたらそれだけが印象に残るようなフォックススタイルのサングラスが特徴的なガタイの良い男が、白くて無駄に綺麗な歯並びを惜しげなく見せびらかした。
「元気してたか? お父ちゃん死んじゃって寂しいよーとか泣いちゃったりしてねーだろうな」
「安心しろ。あんたより性質の悪い連中に泣かされてる」
「はっはっは! お前もとうとう苦労人かー!」
育ての親――九条カンタは快活に笑った。
「でもまあ、さすがに絶対絶命か?」
「そうだな。いやー、すまんね。もうちょっと生きていたかった気もするけど、やっぱ無理だったわ。あんたには二度も命を救われたのにな、全部水の泡さ」
「諦めるのはまだ早いぜ? それによ、お前にはまだ役目が残ってんだろうが」
カンタが<アステルカード>を一枚、こちらに投げ寄越した。
「行ってこい。お前を必要とする連中を護る為に」
「俺にチャンスをくれるのか?」
「そんな大層なモンじゃねぇよ。こいつはお前のガールフレンドから手渡すように頼まれたプレゼントだ。精々大切に使ってやんな」
「親父……」
「オラ、さっさと行ってダチ公を救ってこいや、このバカ息子」
うるさげに手を払うと、カンタの姿がこの夢ごと目の前から消失した。
目覚めたナユタは早速、懐にしまってあった<ブランクカード>を取り出して絵柄を確認した。いつ見ても真っ白だったそのカードには、また新たな図柄が書き込まれている。
これが正真正銘、ナユタに与えられた最後のチャンスだ。
「いくぜ――親父、イチル!」
髪の色が黒から水色に復活する。片手に握ったままの<蒼月>も、何の効力か既に刀身が元通りに復元していた。
ナユタはカードを空に掲げ、あらゆる絶望を覆す魔法の合言葉を唱えた。
「<アステルジョーカー>、アンロック!」




