サツキ編・最終話「六十年前の怪物達」
サツキ編・最終話「六十年前の怪物達」
ノアの方舟が現世で生まれ変わったら、目の前で鎮座している飛行船のような佇まいになるのだろうか。
イチルは古めかしい光源装置でライトアップされた巨大な船の全体像を、視界の中で必死に収めようとピントの調節に苦心した。
「……これが、<方舟>」
「ああ。災害が真下を通り過ぎる様を一望する為の船さ」
ヒナタが横に並んで言った。
「これで僕らは悲願を達成する。大丈夫、皆の力があればやれない事は無い」
ヒナタとイチルが一緒に振り返る。そんな二人の視界では、西洋鎧の量産型<アステマキナ>がずらりを列を成して広がっていた。既に開け放たれた建造ドッグの正面口より向こう側にも行き渡るような大行列に、イチルは目眩を催したような錯覚に陥った。
これから自分は、これだけの兵士達を従えるのだろうか――と。
「大丈夫よ、イチル」
ヒナタと挟み合うように、八坂ミチルが隣に立ち、
「君は我々の同胞だ。命に換えても守ってみせる」
黒い教皇のような装束に身を包んだ男――御影東吾が前に立ち、力強く断言する。
「全員、注目!」
東吾の喝に<アステマキナ>達が姿勢を正した。鎧の下は本物の人間で、イチル達と同じ<新星人>の主力兵士達だ。
アナスタシア・アバルキンが設計・開発した鎧型の外装パーツは、本来<新星人>に対する装備品だった。さっきまでは実験としてアステライトで構成した人型を使わせていたが、それで安全性や能力が保証された為、こうして<新星人>への装備が許可されたのだ。
「我々は大戦の果て、最大六十年もの間、暗い地の底で惰眠を貪る羽目となった。そうなってしまった元凶は何だ? そう、いまやスカイアステルに居を移し、貴族として持て囃されて没落していった誇り無き<トランサー>一族の屑共だ。取り分けリカントロープ家の連中は我々を奸計に嵌めて迫害し、追い詰め、挙句の果てに非人道的実験が白日の下に晒されて破滅の一途を辿った。何も知らずに奴らを囲ったスカイアステルの連中も、いまやS級ライセンスバスター以外は全員戦いを知らぬ役立たず共だけ。これはまたと無い好機である。どうだ、楽しいか!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
<アステマキナ>達が、地を砕き空を震わせる程の大喝采を上げる。
「そうだろう、私も楽しい。実に愉快な気分だ。ならば諸君らに問う。いま諸君らが纏う騎士の鎧は<アステルジョーカー>一枚分に匹敵する力を誇る。この圧倒的な力がいま、ここに集う者の数だけ存在する訳だ。さらには現世最強の<新星人>が私の後ろに三人も控えている。天上に座す劣等種を、諸君らは一人頭何人塵に変えられる?」
この問いに、鎧を纏った連中が百人、二百人、千五百人だのと楽しそうに答える。殺生を嫌うイチルからすれば、あまり答える気にはなれない質問だった。
「よろしい。ならばタイムアタックでも実践するがいい。奴らに阿鼻叫喚の地獄を――我々が体感した全ての苦痛を、倍返しにして叩き込んでやれっ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
東吾の鼓舞が完全に決まり、<アステマキナ>達の士気がうなぎ昇りとなる。
もうこれまでの世界はお終いだ。
規格外の飛行能力、あらゆる物質の強制的なアステライト化、そして単純かつ強力な<輝操術>の強化――これらを扱う<新星人>が束になって襲いかかったら、スカイアステルのS級バスターなんぞかかしも同然、権力で肥え太る貴族なんて塵芥でしかない。
「じゃ、行こうか、イチル。私達の新居へ」
「……うん」
イチルはミチルと手を繋ぎ、大口を開けるハッチへと踏み出した。




