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アステルジョーカーシリーズ  作者: 夏村 傘
アステルジョーカーVOL.3 ~サツキ編~
18/46

第十一話「OVER DRIVE DISORDER」


   第十一話「OVER DRIVE DISORDER」



 この話は現在より一週間以上前に遡る。

「これは……かなり珍しいケースですねぇ」

「はい?」

 医師の物珍しそうな顔と共に下された診断に、タケシは耳を疑った。

「過剰駆動症候群。通称・オーバードライブディスオーダー。強力だが身体への負担が大きい<アステルカード>を使っていると起きやすい症状で、これに罹患した人間は常識外の能力が発現するようになります。六会君、あなたの場合、脳から体へと下される指令の一部が強化されていますね」

「具体的には?」

「これまでの戦績から鑑みるに、動体視力、反射神経、空間認識能力――あと、複数の<陣>を扱うのに必要な演算処理能力でしょうか。いずれも常人の三倍以上は拡張されている」

 医師が脳のレントゲン図を立て掛け式のライトボードに乗せて言った。

「ある意味チャンスかもしれません。実はODDに罹患した人間だけが扱える、特殊な<メインアームズカード>が存在しまして」

「特殊なカード?」

「<ブラックアームスカード>。通常のカードに特殊な加工を施せば、<黒化>というキーワードを唱えるだけで二段階目の解放が可能となる<メインアームズカード>です。通常時よりもさらに強力になる分だけ扱いが困難ですが、六会君には既にその適性がある」

「<アステルジョーカー>にも同様の加工が?」

「ええ。検査の為に預かっていた<アステルジョーカー>を調べましたところ、改造の為に必要な要素は全て揃っていましたから。この改造が成功して生まれるカードは、さしずめ<ブラックアステルジョーカー>とでも呼ぶべきでしょうかね」

「<ブラックアステルジョーカー>……」

 タケシは医師の言葉を反芻しながら、バリスタという男も同じカードを使っていたという報告を思い出した。

 医師が最後に、険しい顔で注意事項を加えた。

「ただしそのカードの使用者はODDの患者のみに限定されます。あなたの症状が改善した場合は即刻使用の停止を要請させていただきます。あくまで強力な力に耐性が宿る人間にしか発動できないというルールを、ゆめゆめお忘れなく――」


   ●


 セントラルの北西方面にテレポーターという施設は存在する。外側から一見すればただ大きいというだけの空港だが、中には天と地を繋ぐ大型の次元転送装置が一基だけ配備されているので、ここが陥落すると色んな意味で一大事だ。いまタケシ達が六会忠の指示で待機しているのは、そんな施設の正面入口の手前。広場みたいなバスターミナルだ。既に施設とその周辺の閉鎖が完了しているので、普段は人で溢れかえる空港もいまは閑散としている。

 その代わりという訳ではないが、空には雲さえ隠してしまいそうな数の飛行型<星獣>が、低速飛行でこちらへと接近しつつあった。ほとんど怪鳥みたいな連中ばっかりである。

「タケシ、何ぼーっとしてんのさ!」

 隣からナナの叱咤を受ける。タケシは眠気全開の声音で応じた。

「少しは休ませてくれよ。こっちに来た<星獣>のうち八割は俺が撃墜してんだぞ。お願いだからお前もそろそろ働け。毎回言ってんだろ、働かざる者食うべからずって」

「あたしの<アステルジョーカー>は消耗が激しいのー!」

「へいへい……」

 口論するだけまたぞろ体力を無駄に消費しそうだったので、とりあえず左手の青を基調とした銀の装飾を纏うグローブから、適当に光の輪を百個以上飛ばす。

 すかさず、右手の飾り気が無い真っ赤なグローブから同じ数の光の輪を飛ばす。

 先に放った輪が飛行型<星獣>の下に敷かれ、後続の輪と一個ずつ重なって魔法陣と化した。

「<円陣>・<殺陣>」

 唱えた直後、空を覆い尽くしていた百体以上もの<星獣>が一斉に爆発、四散する。

「これで三百だ。頭痛ぇ」

「……本当に大丈夫?」

 ナナもとうとうタケシが可哀想になったか、彼を傍のベンチに座らせた。

「全然大丈夫じゃねぇ。せいぜい三十とか四十程度しか出現せんだろとか思ってた俺が甘かった。西の連中の苦労を舐めてたぜ……」

 全く、とんだ番狂わせだ。たしかに西を防衛する連中が消えた事でアステライトの防波堤が取り払われて、大量に<星獣>が自然発生するようになったからとはいえ、物には限度というやつがあるだろうに。

 まさか西から直接飛んできた連中と合わせて、一度に百体以上出現してくるとは。

「だからって無理して一気に百個以上の<円陣>を飛ばすなんて、いくらなんでもやりすぎだよ。ていうかむしろ、何でそんな事ができんの?」

 いつもは無邪気にべたべたしてくる彼女からは想像もつかないような、何処か懐疑的な目を向けられる。タケシは<アステルジョーカー>を一旦解除して平然と答えた。

「これが俺の<アステルジョーカー>の能力なんだろ。その気になれば千ぐらいは飛ばせたりしてな」

「それは人間の小さなオツムで操れる数じゃねえな」

 こちらに歩み寄ってきたハンスが苦そうな顔をして言った。

「そもそもお前はどうやってその<円陣>ってのを操ってるんだ? 遠隔操作型の<メインアームズカード>が脳波で操れる武装ユニットの数だって限界が十かそれ以下だ。なのにお前はそれと似た仕組みの攻撃を百個も操ってる。明らかに異常だ」

「どうやってって……普通に手足動かしてるみたいにやってるんすけど」

「お前は本当に人間か? まあいいや、何にしろもう疲れただろ。ほれ」

 念のため買っておいたのだろう、ハンスが食料入りのビニール袋をタケシの膝に置いた。

「脳への栄養補給だ。お前はしばらく休んでろ」

「ありがとうございます」

 お礼を言うや、タケシは中の食料を瞬く間に平らげ、スポーツドリンクを一気飲みする。これにはハンスもナナも同時に目を丸くした。

「……おい、ゆっくり食ってて良かったんだぞ?」

「そんなにお腹減ってたんだ」

「いやー、脳みそと腹の栄養分って直結してたんすねー」

 腹が満たされ、脳みその回転も回復してきた。これならあと三百発ぐらいは余裕で撃てそうだ。

 タケシは元気に立ち上がり、肩をぐるんぐるんと回して気合を入れた。

「よし、仕事だ仕事――早速か」

 今度は空からではなかった。警報と同時にタケシ達の前に現れたのは、いつも相手にしているような雑魚<星獣>達だった。蜂を成人男性のサイズに拡大したような連中ばっかりで、数は十五体だけ。先程までに比べたら随分楽な相手である。

「待て、今度は俺がやる」

 気力が充実しつつあるタケシの視界を、ハンスの頑丈そうな背中が阻んだ。

「お前は食休みでもしてろ」

「俺がやった方が早いっすよ」

「調子に乗るな」

 ハンスは一旦振り返ってタケシにデコピンすると、敵に向き直って、

「<メインアームズカード>、アンロック」

 カードの力を解放。身の丈程ある大きな黒い盾が、ハンスの左手に装備される。

 同時に、蜂型<星獣>が尻の針を突き出して一斉に接近してくる。盾が一つでは一度に十五体の攻撃など防ぎようも無いだろうが――

「団体さん、いらっしゃーい」

 あろう事か、ハンスは真ん中から接近してくる一体に盾をぶん投げて直撃させた。

「<バトルカード>・<ハードボルト>、アンロック」

 既に右手に握っていた魔法系の<バトルカード>を使用。盾から強烈な雷電が発生し、直撃した一体のみならず、周囲に群がっていた十五体の全てを丸焦げにして撃墜してしまった。

 たった一瞬である。ハンスは盾使いにあるまじき戦法で、一息に十五体もの<星獣>を撃破してしまったのだ。

「すげぇ……武器の性質を完全に無視してる」

「そもそも武器のカデゴリーに戦術を縛られるのが大間違いだ」

 ハンスはそれこそプロフェッショナルにあるまじき発言をさらりとしてのけ、地面に落ちた自分の盾を拾い上げた。

「刀だってぶん投げれば射程範囲は拡張される。銃だってハンマーみたいに振るえば鈍器に早変わりさ。それにこの世には<バトルカード>だなんて便利なものだって存在する。工夫と心の持ちようで全ての武器にあらゆる可能性を与えられる。人間はそうやって<星獣>から自分の身を守ってきたのさ」

 ハンスの意見には明瞭な説得力がたしかにあった。

 当然ながら武器それぞれには強度や性能といった要素は必ず介在する。しかしあくまでそれは初期設定だ。心の持ちようでガジェットの使い方はいくらでも変化するし、例えば盾使いだからといって、全く別の技を使用してはいけないというルールもこの世には存在しない。

 <アステルジョーカー>を多用していたせいか、すっかりこの単純な生存戦略を忘れていた。この世界は、ただ強い力を獲得するだけでは生き残れないと、改めて認識させられる。

「タケシ、また来るよ――って、あれ?」

 ナナが何かの警告を発し、途端に首を傾げた。タケシとハンスも、彼女の視線に倣って、いましがた歩み寄ってきた人影を見遣った。

 いや、あれは人なのか? それとも、<星獣>なのか?

「ハンスさん、あれは?」

「久しぶりに見たな。ありゃ<人型星獣>だ」

 <人型星獣>。野良の<星獣>が人間に寄生した成れの果てと言われている種族だ。体全体が青色に淡く発光しており、寄生された<星獣>の特徴が体の各所に現れているのが特徴だ。

 たったいまタケシ達の前に現れたそれは、カマキリの両手を持った人型だった。

 相手は爛々と光る赤い双眸でタケシ達を捕捉すると、突然飛びかかってきた。

「っ! <アステルジョーカー>、アンロック!」

 再び<アステルジョーカー>を発動すると、既に敵はハンスの盾に鋭い鎌の鋒を突き立てたところだった。

「速い……!」

「っ……ンの野郎!」

 ハンスが盾の角度を変え、突っ込んだ相手の体を無理なく受け流す。敵は勢いのままにつんのめって、いまにも倒れそうな体勢になる。

「タケシ!」

「了解。<円陣>・<捉陣>!」

 左手のグローブから青い輪を射出。対象の下に敷くと、すかさず右手から別の輪を投射。いまではタイムラグが弱点だったこの動作もスムーズかつ正確にこなせるようになって、演習相手のナユタからも「突然魔法陣が足元に出現したように見えた」と言われて驚かれた。

 さあ、終わりだカマキリ野郎――

「<円陣>・<破――>……」

 <主陣>と<副陣>が重なり合って発動可能となった<円陣>の起動を、タケシは一瞬躊躇った。

 その隙に、敵が体勢を立て直して跳躍。敷かれた<円陣>からとっくに逃れた敵が向かう先は、硬直して隙だらけのタケシだった。

「タケシ!」

 ナナが咄嗟にタケシを片手で引き倒す。

 ハンスが彼ら二人の前に立ち塞がり、

「オラァ!」

 盾で相手の顔面をぶん殴り、蹴りを腹に叩き込んで地面に転倒させる。

 ハンスは止めに硬いブーツの足を振り上げ、

「止め――」

 タケシが叫ぼうとしたのと同じくして、人型の頭を容赦なく踏み潰した。

 人型は絶命すると、体全体がアステライトの粒子に分解し、消滅する。

「あっ……」

「お前、何やってんだよ」

 ハンスが歩み寄り、地面に伏せたままのタケシを冷たい目で見下ろした。

「やっぱもうちょっと休んでた方が良かったか?」

「……いや……その――」

「何があった?」

「…………」

 さっき脳裏にちらついたのは、前に<星獣>を強制装備したナナと交戦した際の映像と、リカントロープ家に纏わる闇の事情が綴られた資料の文面だった。

 いや。それだけじゃない。<星獣>に寄生された、かつての想い人の姿まで――

「……ああ、そういやそうだったな」

 尋常でない怯え方をしていたタケシを見て、ハンスはどうやら全てを悟ったようだ。彼はナナに目を向けてすぐ逸らし、忌々しげに吐き捨てた。

「いま思い出しても胸糞悪い事件だったぜ、あの二件は」

「タケシ、まさかあの事件をまだ――」

 ナナも思い出したらしい。さっきよりも心配げな表情を浮かべた。

 六会タケシと<人型星獣>の因果関係は深い。いまは亡き初恋の少女もそうだったし、ナナがかつて<トランサー>の能力で装備していたのも<人型星獣>だったのだ。

 もしかしたら、もう相手が人の形をしているというだけで、自分は戦うのを躊躇ってしまうかもしれない。

「何度も言われてる事だろうが、お前が気に病む事じゃねえんだよ。むしろよくやった方じゃん。誇るべきじゃないんだろうけど、怖がる必要も無いんだよ」

「そうだよ、もう決着がついた事なんだし……」

「そうじゃないんだ」

 タケシは起き上がり、最強の切り札を纏う両手を見下ろした。

「<星獣>は単なる災害だ。だからいくらでもぶっ殺せた。でも寄生型の連中は元々別の命だったんだ。普通なら殺すのを躊躇うモンなんじゃねぇのか?」

「そうかもな。俺もお前ならそう思ってる」

 ハンスは重々しく頷いて、それでも冷然と言い放った。

「でもこっちの命を脅かすようなバカなら人間相手でも容赦してらんねぇ。お前らガキ共に人殺しみたいな真似をさせる気は無いが、俺は鼻歌混じりに容赦なくやっちまうぞ。そいつが大人の責任って奴さ」

「…………」

 いまのタケシには、ハンスの正論を覆せる程の反論が用意できなかった。こちらを頭ごなしに否定せず、あくまで大人としての責任を果たすと約束したのは彼なりの優しさなのだろうが、タケシにとっては言外にこうも言われているような気がした。

 大人になったら、そんな甘えは通用しないぞ――と。


   ●


「基地のセキュリティが破壊されてやがる」

 ナユタが周囲をぐるりと見回し、監視カメラや警備ロボ、センサー付きのバルカン砲などを一通り確認して毒を吐いた。

「しかも人の気配が全くしない。どういう事だ?」

「こっちも妙なモンを見つけたぜ」

 基地の内壁を伝って偵察に回っていた修一が、何やらしまらない表情を提げて帰ってくる。

「基地の裏手にあった建造ドッグが閉鎖されてる。どういう訳か、あそこだけはセキュリティが作動しているっぽかったぜ」

「建造ドッグ? 俺がいた頃にあった設備じゃねぇな、それ」

「丁度お前が軍を抜けた後にでも増設したんじゃね?」

「ねぇねぇ、それよりさっさと中に入ろうよー。早くサツキのお父さん探さなきゃでしょ?」

 ユミが駄々っ子のように二人を促すが、サツキからしてもその方が助かる。

「では、ここからは手分けをして捜索に当たろう」

 ケイトが担任教師兼年長者として指示を下す。

「園田さんは僕と、黒崎君はテレサさんと、九条君は古巣だから一人で問題無いね?」

「問題大アリっすよ。一人じゃ寂しいのでサツキを置いていってください」

「僕を納得させるだけの立派な理由を用意できたらね。ほら、さっさと行こうか。二階に昇ったら散開しよう」

「ちぇ」

 ナユタが唇を尖らせて歩き出した、その時だった。

 彼らの周囲を、西洋鎧を纏った六体の人型が、たった一瞬にして取り囲んでしまったのだ。

「<生体アステルジョーカー>!? やっぱりお父様はここに――」

「さあな。ただ、確実に言えるのは……」

 ナユタが飄然と答え、既に発動していた<蒼月>の柄を力強く握った。

「こいつら、俺達をタダでもてなす気は無いらしいよ?」

 西洋鎧の<生体アステルジョーカー>が光の翼を背中に展開して浮遊し、一斉にこちらへと加速してきた。<生体アステルジョーカー>の右手には、ビームサーベルらしき物体が一本だけ握られている。どうやらアレが彼らの得物らしい。

「散れ!」

 ナユタが叫ぶと、修一とユミ、ケイトも同時に駆け出して応戦する。サツキも彼らに遅れまいと、<メインアームズカード>の剣を召喚して駆け出した。

 こちらに飛びかかってきた一体がビームサーベルを振りかぶる。サツキは相手の剣がこちらに到達する直前を狙って突きを放ち、ビームサーベルを打ち払った。

 すると、相手は腰からもう一本のビームサーベルを抜いて振りかざした。サツキは敵の斬撃を自分の剣で受け止めるが、あまりのパワーに思わず押し込まれそうになる。

「重い……! でもっ」

 サツキが<マルチブレードシステム>のレバーを押し、刃を丸ごと射出する。剣を合わせていた相手の体勢が不安定になり、体が大きく開かれる。

 サツキは相手の腹に蹴りを叩き込んで転倒させ、周りの様子を素早く見渡した。

「ナユタ君!」

「悪いがここで一旦お別れだ! 適当に散開して逃げるぞ!」

 ナユタが二体の<生体アステルジョーカー>に追い立てられ、基地の正面口まで誘導されてしまった。どうやらこっちの命を保証できる程の余裕が無いらしい。

「あ、ナユタ待てこの野郎!」

「自分だけ逃げるバカがあるか!」

 修一とユミも自分達の動きを封じていた<生体アステルジョーカー>を殴るなり蹴るなりしてぶっ飛ばすと、ナユタの後を追って同じく基地の中に突っ走った。

「園田さん、僕らは裏手から入ろう」

「分かりましたわ」

 いましがたサツキの横に並んだケイトが、彼女の手を引いて横に走り出す。

 している間にも、先程転ばしておいた<生体アステルジョーカー>が起き上がり、手分けをしてこちらの背を追いかけ始めた。六体のうち四体が基地の入口に突入し、残りの二体がこちらに飛翔してきた。

「ほう、どうやら頭は良い連中らしいね」

「呑気な事を言ってる場合ですか!?」

「大丈夫」

 ケイトが薄く笑うと、空から大量の赤いチャクラムが滝のように降り注ぎ、敵二体の前に壁を作って進路を塞いだ。

「足止めは一瞬だ。何処か入口は……」

「ありましたわ!」

 サツキは目ざとく非常用らしき扉を発見すると、<マルチブレードシステム>の刀身を発射。暗いグレーの鉄に、刀身が深々と突き刺さる。

「<バトルカード>・<デモリッション>、アンロック!」

 音声入力から三秒後、扉に突き刺さった刀身が炸裂し、炎と黒煙を撒き散らす。煙が晴れると、さっきまであった扉は跡形も無く消し飛び、代わりに大きなトンネルが開通する。

「先生、あそこへ!」

「でかした」

 二人は全力で煙の残滓が舞う中を駆け抜け、爆発で開いた穴を通り抜ける。ここは基地内の通路で、周りにいくつかの扉が見える事から、おそらくは倉庫か居住区画なのだろう。

 ここからは通路が左右に分かれており、サツキとケイトが進める道も二つに一つだ。だが、どちらに行こうかと迷っている暇は無い。足止めをくぐり抜けてきた<生体アステルジョーカー>が、いまもこちらに迫ってきている。

 サツキは手短に提案する。

「まず二手に別れて、あの二体を分断してから各個撃破しましょう」

「駄目だ、君を一人には――」

「大丈夫。ちゃんと作戦は立ててあります。後で必ず合流しましょう」

 サツキは有無を言わさず、左側の通路へ駆け出した。ケイトも少し戸惑っている様子だが、意を決して右側の通路へ走り出した。

 すぐ近くの階段を駆け上がり、二階の食堂へ。この階全てが巨大な食堂と化しているらしく、夥しい数の白い簡素な机が並んだ広い空間となっている。

 サツキは走るのを止め、ゆっくりと反対側の壁際に移動する。

 さあ来い、と思った矢先、自分が通ってきたルートから、一体の<生体アステルジョーカー>が現れる。先程足止めしていたうちの一体だ。

 敵は鎧の隙間から覘く赤い瞳でこちらを捕捉し、力を溜めて飛びかかってきた。

 それでいい。来い!

「<バトルカード>・<ソニックブーム>、アンロック!」

 武器から衝撃波を放つ<バトルカード>を使用。サツキの<マルチブレードシステム>の刀身が、その特殊能力によってロケット型に変形する。

 刀身を発射。ロケット型の刃が敵を狙って飛翔する。しかし敵はその刃をかわそうともせず、突進しながら片手だけで掴んで受け止めてしまった。

 ――かかった!

「インパクト!」

 サツキの合図を起爆剤に、刀身がまたぞろ破裂。強烈な衝撃波が発生し、周囲の机が激しく吹き飛ばされ、まるで雪崩のようにサツキに降りかかろうとしていた。

「<バトルカード>・<バウンサーシールド>、アンロック!」

 すかさず新たなカードを発動。青い半透明の球体はサツキを包み込むと、飛来してきた机を全て跳ね返して<生体アステルジョーカー>に直撃させた。

 敵が机と衝撃波の直撃を受けてよろめく。サツキは相手の大きな隙を見逃さず、刀身が復活した<マルチブレードシステム>を構え、真っ直ぐ踏み込んで敵の眼前に躍り出た。

 首狩りの一閃。敵の頭が床に落ち、胴体も力なく後ろへと倒れる。

「……ふぅ」

 サツキは緊張を解き、地に落ちた相手の頭と胴体を見下ろした。

 改めて観察した限りでも報告通りだ。光子で人の姿へと形作られたエネルギー体の上に西洋風の鎧をかぶっている。斬った時の手応えが<星獣>の感触と同じだった事から、もしかしたらこの<生体アステルジョーカー>とやらは<星獣>の一種なのかもしれない。

 やがて敵の残骸から光子が漏れ出し、鎧の下に隠れていた光子の人型が消失する。

 サツキは相手の末路を見届けると、<マルチブレードシステム>の柄を見遣った。

「……さすがに無茶させすぎましたか」

 さっきから妙に焦げ臭いなと思ったら、<マルチブレードシステム>の柄がぷすぷすと煙を噴き始めていた。最初に<生体アステルジョーカー>の斬擊を受け止めた際に故障していたのだろう。この刀は攻撃力と利便性は高いものの、どうにも耐久性に欠ける面がある。

 一旦この刀をリバースして、代わりに政宗の遺品である<紅月>を解放。S級ライセンスバスターの黒い制服が纏われ、刃に薄い赤みを帯びた極上業物の日本刀が召喚される。

 握り心地は、何故か<マルチブレードシステム>よりもしっくりときた。

「……お祖父様。愛刀、お借りします」

 いまは遺品がどうとかなんて言っていられない。使える手段は全て行使せねばならない状況だからだ。

 サツキは申し訳無いと思いつつも、荒らしたばかりの食堂から早足で抜け出した。


   ●


 ウェスト防衛軍の監視カメラは外部のみを潰し、内部カメラだけを全て駆動させていた。もし一旦逃げたここの職員達が基地の奪還に乗り出した場合、油断させて内部に誘き寄せ、秘密裏に始末できると考えたからだ。九条ナユタが現れた場合も同じで、元々これらの細工は彼を始末する為の方策だったりするのだ。

 御影東吾は第一管制室の壁に広がる複数のモニターを、沈みが深いソファーに座って眺めながら言った。

「九条ナユタ……お前がもう少し年を重ねていれば、哀れな末路を辿らなくても良かったかもしれないのに」

「年齢に惑わされてはいけませんわ。元を辿れば、彼も優秀な少年兵でしたから」

 背後に立つアナスタシアが涼しい顔で意見する。

「軍役時代のデータによると、能力のバランスは普通の人間にしては非常に優れているとされています。大した才能も特殊な力も無いのあの戦闘能力……興味深いわ」

「それは我々に対するあてつけかね?」

「さあ? でも、どんなバカでもよく鍛えればああなれる――それだけの話ですわ。私の<アステマキナ>もしかり……ね」

 そう言って微笑むアナスタシアの瞳には、微かに期待の光がちらついていた。

 というのも、いま東悟の後ろに控えるこの女は、学生時代においてはどの凡百とも差して変わらない感性に収まり、そして才ある者に淘汰されていった身の上なのだ。だから天才を果てしなく憎むし、東悟達のような特殊な力を持った人類も目の敵にしている。

 では何故この女がこちらに協力しているのか。答えは簡単だった。単にこちらの力を利用して名声を得るつもりなのだ。

 その手始めが、あの<アステマキナ>だった。

 あれは彼女が死に物狂いで身につけた知識と技術に、<輝操術>の力を付加して作り上げられた叡智の結晶だ。最初はこちらも彼女の持ちかけた話に耳を疑ったが、いまはこうして実用化されて東悟達の目的に役立っている。凡百もなかなかどうして、捨てたものではない。

「試作型A系列弐号機の<アステマキナ>を六会タケシの元に送り込んだ。ヒナタとバリスタが仕損じなければ、本当はキララが素体になっていた予定だったんだが……まあ、贅沢は言わん。運と相手が悪かったのだ」

 以前、ヒナタとバリスタに対して龍牙島に棲むドラゴン型<星獣>を捕獲する旨の命令を下したのは、<アステマキナ>の素体としてそのドラゴンを利用する為だった。結局こちらの目論見は失敗したのだが、もう悔やんでいても仕方のない話である。

「テレポーターを警護している<アステルジョーカー>のオペレーターは疲弊している。S級バスターも六花族の命令でスカイアステルに釘付け。全ては予定通りだ」

「ここが分水嶺ですわね」

「ああ。君はいまから例の最終調整を」

「了解」

 アナスタシアは律儀に返答し、この部屋から早足で退出する。東悟はそれからしばらく押し黙り、再びモニターに目を向ける。

「そういえば……」

 モニターの一つには、たったいま<アステマキナ>を破壊したばかりの園田サツキが映し出されていた。別のモニターでは白人の成人男性と、片っ端から監視カメラを潰しに回っている九条ナユタの姿も見受けられる。

 しかし、基地内への侵入が確認された面子の中で、十分以上はモニターに影も形も晒していない人間がいた。

「黒崎修一とユミ・テレサは何処へ行った?」


   ●


 問題の修一とユミは一旦外に出て、例の建造ドッグに侵入していた。建物そのものが真新しい上に、外部のセキュリティーがここだけ生きていたのがどうしても気になったからだ。セキュリティはあらかじめ持ってきておいた対策セットを用いて突破したので、味方はおろか敵にすら気づかれていない。

 暗視ゴーグルをかけた修一とユミは、暗闇の中で見えた巨大な建造物を、ただカバみたいに大口を開けて眺めていた。

「……嘘だろ、オイ」

「これ、何につかうの?」

 たったいま二人が目撃した物体は、巨大な方舟とも言うべき艦船だった。機械的で無機質な戦艦というよりは、希望を乗せて災害の下を通り過ぎる神話の船という表現の方がしっくりくる。

「このデカブツ、ただの巡洋艦じゃねぇぞ」

「まさか飛ぶの? 飛んじゃうの?」

 海から遠く離れたこの場所で建造されたとなると、このまま海まで運び出す算段はまず立てられまい。一体、誰が何の目的で作ったものなのだろか。

 修一とユミはしばらく頭に疑問符を浮かべ、暗視ゴーグル越しにお互いの顔を何度か見合わせた。


   ●


 A級バスター達もよく頑張ってくれているとは思う。ナナも交代で<アステルジョーカー>を行使し、予想通りに大量出現した飛行型<星獣>達を一気に殲滅させている。おかげでテレポーターには陸上型の<星獣>が一体も現れていない。

 とはいえ、そろそろタケシとナナも体力の限界が近かった。ナナに至っては三十九度の熱まで出す始末だ。

「ナナ、水だ。ほら」

「……ありがと」

 ナナを日陰のベンチに座らせ、タケシは彼女にスポーツドリンクのペットボトルを手渡した。彼女は中身を一気に飲み干すと、体から一気に力を抜いた。

「タケシ……これ、あと何時間続くの?」

「ウラヌス機関の専門チームが、遮断装置を壊れた橋の突端に配置するとか言ってたが、いつ作業が完了するかがまだ分からない。それまでの辛抱だ」

「もうヤダ……早く帰りたい」

 ナナが珍しく弱音を吐いた。いつも元気で時々小悪魔な彼女がこれだ。<アステルジョーカー>が如何に使用者に対して負担を強いるかが分かる。

 あれを軽々しく振るっているナユタは一体何なのだろうか。いや、奴の場合、こちらとは鍛え方が違うのだ。

「おいタケシ、また何か来たぞ!」

「……マジかよ」

 ハンスに呼ばれ、彼の視線に倣って上空を見遣ると、いま最も相手にしたくない種類の相手がこちらに向かって飛んで来るところだった。

 中華風の模様と臙脂色の装甲が重厚感と高級感さえ醸し出す、おそらくは<生体アステルジョーカー>の一種だ。装甲の下に隠れていると思しき光子の人型はかすかにしか見えない。

 タケシは再び<アステルジョーカー>を発動し、臨戦体勢に入った。

「ナナはそこにいろ。もうお前に無理はさせられない」

「同感だな。さて、どう料理してやろうか」

 タケシとハンスが並び立つのを確認すると、<生体アステルジョーカー>がこちらに急降下し、腰に提げていた日本刀を抜き放って肉薄してきた。

 ハンスが前に駆け出し、盾を構えて突撃してきた相手と衝突する。刀と盾が擦れあう嫌な音が、タケシの疲れた聴覚に嫌な感触をもたらした。

「<円陣>――」

 また<円陣>を放とうとして、動きが止まった。さっきと同じで、やはりあの時に感じた恐怖がフラッシュバックしてしまったからだ。

 対人演習でさえここまでの恐怖を感じた事は無いのに。無様な事この上ない。

「タケシ、そっち行ったぞ!」

「!」

 ハンスに叫ばれて我に帰る。<生体アステルジョーカー>は、もうこちらのすぐ前まで飛んできていた。

「<円陣>・<盾陣>!」

 青い左手から魔法陣の盾を生成し、相手が放った斬撃をどうにか凌いだ。

 敵は攻撃を防がれてもなお、何度もこちらに刀を振り下ろしてきた。一太刀が重く、そう何度も受け止め切れたものではない。

 やがて相手は斬撃をやめ、浮遊しながら目視さえ叶わない速さの回し蹴りを放つ。鎧で固められた脛がタケシの脇腹に直撃し、肋骨の折れる音が連続する。

「っ……こんのっ!」

 口角から血を垂れ流しつつ、力を振り絞って相手の顔面をぶん殴ろうとする。だが、その右ストレートすらも敵は掴み取り、まるで焼き菓子のようにタケシの腕を訳も無く折ってしまった。

「ぐっ……ああぁああああああぁぁあああああぁあぁあっ!?」

 肋骨に続いて右腕全体にも激痛が走る。はっきり言って、このまま気絶できずに立ち尽くしたままでいる自分の、見事に中途半端な鍛え方が恨めしい。

 敵はタケシの手を離して一旦浮上して後退すると、右腕を天高く振り上げた。

 すると、敵の周りに光によって構成された結晶の西洋刀が無数に出現する。召喚された刃の数や配置を見る限りだと、日陰で休んでいるナナも纏めて始末するつもりらしい。あと数秒も経たず、刃の雨による一斉掃射が始まるだろう。

「畜生!」

 悪態をつきながらも、ハンスがタケシを庇うように目の前に立ち、盾を頭上に掲げて不動の構えをとった。

 <生体アステルジョーカー>が天に掲げた右腕を振り下ろす。その号令に従い、宙に浮いた光の刃が一斉に、雨のように下へと撃ち下ろされた。

「<円陣>・<盾陣>・<強陣>……!」

 痛みで暴れ狂う頭でも計算能力が失われていなくて助かった。ナナの前に無数に魔法陣を展開し、ハンスの盾にも強度を強化する術式を与える。

 結果、光の刃はハンスの盾を貫通する事も無く砕け散り、ナナに矛先を向けた刃も同じ末路を辿る。

 とはいえ、もう限界だ。タケシはようやく膝をつき、前のめりに地に伏した。

「……タケシ? おいタケシ! しっかりしろ!」

 ハンスが敵に構いもせずしゃがみ込んで、ただ必死にこちらへ呼びかけてくる。

「ふざけんなこの野郎! お前に死なれたら、長官に何て言えば――」

「う……後ろ……」

「……!」

 タケシに忠告されて振り返った時にはもう遅かった。既に接近していた<生体アステルジョーカー>が、三十路の偉丈夫を軽々しく片腕でなぎ払って吹っ飛ばしてしまったのだから。

 ハンスは遠くに駐車された車両のドアに背中を叩きつけられ、跳ね返って前に倒れる。どうやら気絶はしていなかったようだが、すぐに立ち上がるのは困難を極めるだろう。

 倒れるタケシの体に影が覆いかぶさる。すぐ目の前に、<生体アステルジョーカー>が直立しているのだ。

 タケシは血反吐ごと悪態を吐いた。

「この……クソロボットが……地獄に堕ちやがれ……」

『…………』

 タケシの恨み言に耳を貸さず、<生体アステルジョーカー>が日本刀の刃を彼の首元に添えた。

「あたしの彼氏に、何晒してくれとんじゃあ!」

 真っ黄色に輝くドラゴンが、真横から<生体アステルジョーカー>の顎にアッパーカットを叩き込んだ。

「あれは……ナナか……!」

 あの黄色い水晶みたいな体の各所に銀色の鎧を纏ったドラゴンは、間違いなくナナの<アステルジョーカーNo.6 ドラグーンクロス>のフルアーマード形態だった。

 ドラゴンの頭がこちらを見下ろし、よく聞いた声で尋ねてきた。

「タケシ、大丈夫!?」

「俺の事はいい……お前……もう体が……っ」

「タケシだって人の事言えないじゃん!」

 ドラゴンの頭が上を向くと、打ち上げられた敵が体勢を整えて降下してきた。どうやら最優先ターゲットをナナに切り替えたらしい。

「タケシは……みんなは命に換えても、あたしが守る!」

 ドラゴンとなったナナが大きな翼をめいっぱい広げ、敵を迎え撃たんと飛翔する。

 ここからは、目にも止まらない速さでの格闘戦が展開されていた。機敏に動き回っては通り過ぎ様に斬撃を浴びせてくる<生体アステルジョーカー>の猛攻を、ナナは操る巨体に見合わぬ機敏さを発揮して捌き、隙あらば反撃にさえ転じている。

 ドラゴンの顎が全開し、喉の奥から黄色い極太のレーザーを発射。<生体アステルジョーカー>に直撃する。相手の鎧が酷く損傷。もう何らかの力で浮遊しているだけで、身動ぎすらままならない様子だ。

 チャンス到来、ナナが追撃をかけんと拳を振り上げる。

 しかし、相手の鎧が元通りに復元する。たった一瞬の出来事だった。

「うそっ……」

『…………』

 回復した敵が、突っ込んできたドラゴンの巨体を片腕だけで受け止め、空いた片手の剣を一閃。斬り裂かれはしなかったが、斬撃自体の威力があまりに強すぎたのか、ナナの体は一直線に地面へと叩きつけられてしまった。

 ナナを覆っていたドラゴンの外郭が完全に消滅する。過大な負荷によって彼女の肉体が限界を超え、<アステルジョーカー>が強制解除されたのだ。

「ナナ……!」

「た……けし……」

 放射状に広がるヒビの真ん中で倒れるナナは、もう息も絶え絶えと言った様子だ。むしろ、よく満身創痍の体であれだけ動けたものだ。

 <生体アステルジョーカー>が地面に降り立ち、ゆっくりとナナの傍へと歩き出した。最初は彼女から始末するつもりらしい。

 助けにいかなければ。でも、体が思うように動いてくれない。

「くそ……あいつが……ナユタがいれば……あんな奴……」

 喋る度に折れた肋骨が臓器を刺激するので本当は喋ってはいけないのだろうが、それでも口をついてそんな弱音が漏れてしまった。

 あいつが来てくれたら――いや、違う。

「違う……俺は……っ」

 タケシは限界を超えた体をどうにか立ち上がらせる。息をする度に苦痛が走るが、この際はもう構ってなどいられない。

 情けない。ちっぽけな恐怖に囚われて、大切な人を危険にさらした挙句、何も出来ないまま無様に死んでいくなんて。しかも何だ? 都合が悪くなったら結局は人頼みか? それじゃあ、アオイを見殺しにしたあの時の俺と、全く変わらないじゃねぇか。

 人を殺したから何だ? 過去に大切な人が死んだからどうした?

 いま大切な人を護れないなら、この先一生後悔するだけだろうが……!

「待てや、このポンコツ」

 タケシが無理矢理に笑うと、<生体アステルジョーカー>が反応して足を止め、こちらに向き直った。

 タケシは血を吐きながら言った。

「何がっ……目的か知らないけどな……ゴフッ……そいつに指一本でも触れてみろ……俺は……お前を容赦無く……ぶっ殺す……!」

『…………』

 <生体アステルジョーカー>がタケシの挑発を受け取ってしばらく固まると、手元に光の剣を召喚し、無造作に彼へと投げつけた。

 タケシは飛来してきた剣を、同じように無造作に左手で掴み取り、そして握り潰した。

『……!』

 ここで初めて、敵が動揺したような仕草を見せる。

 反対に、タケシはさらに口元をにやりと歪めた。

「いくぜ、クソ野郎」

 両手のグローブから黒いエネルギー体が溢れ出る。もう人型を相手にするのが怖い、などとは思わない。

 殺してやる。お前が俺の女に手を触れた回数分だけ、死後の世界を堪能させてやる。

「<黒化>」

 黒い波動が、タケシを中心とした柱状になって空に突き上がった。


   ●


「……それがお前の答えなんだな、タケシ」

 六会忠はパソコンのディスプレイに映るテレポーター付近の光景を眺めて呟いた。

 黒い波動が激しい激流となって地を奔り、空をかき乱すその様は、まるで災害がピークを迎える頃合のようだった。その中心に自分の息子がいるのだから、なおさら複雑で物悲しい心境を抱かざるを得ない。

 私はお前が戦いの道へと進む未来だけは奨励しなかった。だから護身術程度の格闘技能を与えただけで、それ以外の戦いのノウハウは全く伝授していない。S級バスターの連中には是が非でも会わせなかったし、より勉学に重きを置く教育はしてきたつもりだ。

 でも、お前は戦う道を選んだ。

 愛する者を護り、掛け替えのない仲間と肩を並べて戦う、ただそれだけの為に。

「……お前がそこまでの覚悟を決めたというのなら、一人の戦士としてお前に応えてやる必要がある」

「同感ですな。彼も既にひとかどの戦士だ」

 執務机越しに三山エレナがにんまりと同意する。彼女の背後にも、これから出発する予定の仲間達が鋭気も充分にして控えていた。

「我々を顎でこき使える人間が、ついさっき帰ってきたのは聞いたな? 彼から直接の指令が下った。いまから楽しいハイキングのお時間だ」

『イエス、ボス』

 招集された部下の全員が口を揃えて応じる。

「修羅場こそが我々のテーマパークだ。入場料は私持ち、今日は思う存分やりたい放題遊びたまえ。ただしマナーは弁えろ。一般常識を忘れるな」

『イエス、ボス』

「よろしい。では行こう。地上でサンドバッグがお待ちかねだ」


 タケシの両手に纏われた黒いグローブの中心部には、六角形の赤と青の水晶体がそれぞれ埋め込まれていた。全体的な見た目も洗練されており、通常時と比べたら水晶の色以外の外見的なバランスに偏りが無かった。

 <アステルドライバー>に表示されたカード名は、<アステルジョーカーNo.X5 サークル・オブ・イージス>。まるで守護神にでもなったかのような気分だ。

 一連の変貌を見届けていた<生体アステルジョーカー>が、何度目になるか分からない突撃をかけてきた。また最優先ターゲットが切り替わったのだ。

「<盾陣>・<焼陣>」

 タケシは試しに魔法陣の盾を召喚する。敵は刀を腰だめに構え、盾ごとこちらをぶち抜かんと速力を上げてきた。

 魔法陣の盾が刃の鋒に触れる。

 すると、触れた先から刃が砂のように散ってしまった。しかも突撃の勢いも余って、敵は魔法陣の盾に体当たりをかますという悲惨な憂き目を見た。

 当然、盾に触れた鎧までもがいとも容易く風化していく。

『……! ……!?』

「無駄だ……この盾は、その程度じゃ破れない……!」

『……!』

 敵もようやく危機感を感じたか、一旦浮上してこちらから距離を取った。タケシはその場から動かないまま、ただ浮かんだ敵を冷静に眺めていた。

 敵の周囲に再び大量の光剣が召喚される。タケシの左手に嵌められたグローブの青い水晶が輝きを放ち、

「<盾陣>」

 前方にさっきと同じ盾を召喚すると、今度は右手の甲からも同じように赤い光が放たれる。

「<吸陣>」

 盾にさらなる能力を追加。同時に、<生体アステルジョーカー>の号令によって、再び剣の雨が降り注いできた。今度もまたこの場の全員を巻き添えにするような面攻撃だった。

 だが、剣は進路を変え、タケシが召喚していた魔法陣の盾に吸い寄せられ、するすると中央に飲み込まれて消えてしまった。

「<破陣>」

 すかさず詠唱。すると、いましがた全ての剣を飲み込んだ魔法陣の盾から無数の細い閃光が溢れ出し、敵の姿を眩しく覆い尽くした。

 <生体アステルジョーカー>の体が、閃光の怒涛によって装甲ごと焼き切られる。最後には頭しか残らなくなるが、それもすぐに細切れにされてこの空間から消え失せた。

 タケシは敵の消滅を確認すると、ようやく緊張の糸が切れ、再び前のめりに倒れた。

 達成感のあまり、思わず悪意を滲ませた笑みがこぼれてしまう。

「へっ……ザマァ見やがれ」

 これがタケシの<ブラックアステルジョーカー>による完全防御能力だ。<盾陣>を基礎としてあらゆる防御技を展開するが、代償として攻撃能力がほとんど無くなる。しかしいまみたいに、受けた攻撃の威力に自分自身の力を付加させた反撃技の使用は可能だ。その上、脳に掛かる負担は通常時よりも遥かに低い。継戦能力はこちらが上だ。

 とはいえ、通常時がただ劣っているという訳ではない。あちらには<黒化>時には無い多彩な戦術性と攻撃力がある。要するに、これは使い分けが肝心な表裏一体型の<アステルジョーカー>なのだ。

「たまげたな。まさかあのバケモンを瞬殺なんてよ」

 ナナに肩を貸し、ハンスはふらふらと歩み寄りながら言った。

「あれほど人型への攻撃を躊躇ってたのに、どういう心境の変化だよ……ったく」

「いまでも……怖いです……。でも、ナナに手を出され……たら……ぐふっ!?」

 一回咳き込んだだけで脇腹に激痛が走り、大量の血を吐いてしまった。この体たらくだと、もうしばらくは戦うどころか立てそうにない。

「お、おい!? 本当に大丈夫なのか!?」

「死ぬ……これ、絶対死ねる……!」

「不吉な事言わないで!」

 ナナがハンスの肩から抜け出し、手のひらに宿した黄色の光をタケシの脇腹に向けて集中的に照射する。麻酔とナノサイズのメスの効力を同時に持ち合わせた<回>の術式だ。ナナもイチルと同様に<輝操術>が使用可能な種族なので、同じ芸当が出来たとしてもおかしくはない。とはいえ、術の精度はイチルよりも劣ってしまうのだが。

「……? おい……何だ、あれ……?」

 脇腹に麻酔が効いて、タケシが寝落ちする寸前の出来事だった。

 上空にまた、見覚えのある敵影を複数体確認する。いずれも西洋鎧を装備した人型である。数は両手の指では収まりきらない――いや、それどころか、

「おいおい、マジかよ……」

 もはや十から先を数えるのを止めたくなるような数だった。十体とか二十体とか、もうそのレベルの話ではない。

 およそ百体近くの量産型<生体アステルジョーカー>が、昼の空を覆い尽くしているのだ。

「あんなに……たくさん……」

 ナナが絶望的な声で呟き、

「なあ、俺達、何か悪い事したっけ?」

 ハンスが腰を抜かして尻餅をつき、現実逃避じみた質問をして、

「……多分、あの世で神様が教えてくれますよ」

 タケシが完全に戦意を喪失した。

 <生体アステルジョーカー>の大群が、地上でへたり込むこちらの姿を確認するや、一斉に手近なビルや街灯などの上に降り立った。

 というか、完全に包囲されてしまった。

「……いまにして思うと、こいつらの目的はテレポーターじゃなくて……」

「むしろ、あたし達?」

 考えてみれば、さっきの<生体アステルジョーカー>がテレポーターを破壊する機会はいくらでもあった。なのにあの敵はテレポーターに目もくれずにこちらだけを狙ってきた。理由はともかくとして、どう考えてもここにいる三人が標的である可能性が高い。

 何はともあれ、絶体絶命だ。<アステルジョーカー>のオペレーターは完全にスタミナ切れ、ハンスにはあの数から放たれるであろう攻撃を凌ぐ手立ては無い。

 タケシが全てを観念したのと同じくして、敵の一体が勢いよく飛び出し――

 その全身が、爆発して消し飛んだ。

「待たせたな。随分と苦労をかけさせてしまった」

 突然起きた不可解な現象に思考を停止させたタケシの前に、物心がついた頃から見慣れた黒い背中が現れる。

 他にも、彼と似たような格好をした連中がまばらに降り立った。少し前からの顔なじみだけでなく、ミーティングの時に初めて見た顔ぶれも何人か見受けられた。

 目の前の男はおもむろに左腕に装着していた<アステルドライバー>を自分の口元に寄せる。

「A級バスターの諸君、聞こえているかね? 私だ。大変待たせてしまったな。現刻を以て、我々S級ライセンスバスターも戦闘に参加する。君達A級は引き続き住民の守護、および危険区域の避難誘導にあたってくれたまえ。誰一人として死を許すな。住民だけでなく、無論君達もだ」

 ここに揃ったS級のライセンスバスターは、望波和彩、三笠心美、マックス・ターナー、三山エレナ、そして――

「戦闘は我々がやる」

 六会忠が左腕を払い、威厳に満ちた声で開戦を宣言した。

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