第九話「未来の残像」
第九話「未来の残像」
化学プラント、兵器工場、食品加工会社、アステライト粒子発電施設――グランドアステル全体におけるライフラインや物資の生産事情、その源となる全てがこのノース区に集合されている。そういった施設があまりにも多く、排ガスなどの環境問題からとても人が住めるような環境ではないが、一部では居住区域として開拓された比較的安全な地域も存在する。とはいえマンションのような気の効いたオシャレな建物などありはしない。住める場所は在ったとして五割型が集合団地。一軒家は一つもなく、ノース区で働く人材の平均的な生活事情から、一人暮らし用の格安おんぼろアパートがまばらに見受けられる程度だ。
ここはそんな工業地帯の中でもとりわけ有名なカード開発事業の製品工場。このグランドアステル全体で市民に供給、もしくは売買される<アステルカード>は全てこの工場で製造・量産されている。
「――この<クロスカード>は来年開催される『グランドアステルチャンピオンシップ』、通称GACSにおけるゲーム性の拡張を重視して開発され、大会後も<星獣>の脅威から身を守る一助として活躍してくれるという将来像を想定して作り上げました」
園田村正が背後のスクリーンに投射されたプロジェクターの映像をレーザーポインターでつつきながら、目の前に広がる聴衆達に対してのプレゼンテーションを続ける。内容は、最近彼が新たに開発した新しいカデゴリーの<アステルカード>についてだ。
「大会で使用すればそれがそのまま決定的なプロモーションとなり、一般市民が使用した際の有用性を証明された上での一般販売となれば、その売上については他の<アステルカード>を大きく上回るでしょう」
スクリーンの絵はパワーポイントで作成されたプレゼン資料で、レイアウトの左側にはたったいま紹介している<クロスカード>のモデルイラストが描かれている。
「勿論、他人の力を借りて自分の力に纏わせるというような、場合によっては危険極まりない能力を秘めたカードです。使用する場合は年齢制限とまではいかないですが、カードに書き込まれる能力値は全てA級保持者のものに限定します」
聴衆の一人が途中で手を挙げた。村正が手短に応じる。
「どうぞ」
「もしA級ライセンスの保持者と<クロスカード>の所有者がグルになって、強盗や殺人を働くようなケースに発展した場合は?」
二列目の席から手を上げて質問してきたのは、白衣を着たロシア系の若い女性だった。彼女はアナスタシア・アバルキン。この研究所ではロボット系の分野を専門にして開発と研究に邁進する、新進気鋭の二十代後半美人女性研究員だ。
一度目を合わせれば逸らすまでに時間が掛かりそうな妖艶な女性を相手に、村正は至って普通に返した。
「それは<アステルカード>を用いた犯罪全てに該当する話です。その場合は然るべき機関が、それでも手に負えない場合はS級のライセンスバスターにご登場願うしかない」
ここで後ろの席にいる数人が含み笑いを漏らした。「そりゃそうだ」とか「分かり易い話だわ」とか囁き合っている者もいたが、村正からすれば聞こえないにも等しい耳打ちだ。放っておいても問題は無い。
アナスタシアは背後のごく小さな笑いの波に不快感を示し、態度だけで質問の終了を示した。村正は気を取り直し、説明を再開した。
十分後。夢中で喉をフル稼働させているうちに、<クロスカード>のプレゼンテーションは想定通りの終了時刻を迎えていた。
「ナユタ君には後で礼を弾まなきゃねー」
プレゼン終了後、園田樹里は満面の笑みを浮かべて歌うように言った。
「<フォームクロス>での戦闘データなんて、目を通した時は三十歳分若返った気分だわー♪ あんな小さな体で複数の強化形態を想定以上に使いこなす順応性――西の少年兵って皆ああなのかしらね」
「<アステルジョーカー>のオペレーター特有の経験値という奴だろう。さすがプロとしか言いようが無い」
園田夫妻がベタ褒めしている九条ナユタとは、二人の一人娘である園田サツキの友人……というよりは未来のお婿さん候補である。サツキが何らかの理由で一方的に惚れた相手らしいのだが、この夫妻をしてそのあたりの詳しい事情はあまり知らない。
しかし惚れる惚れない以前に、サツキが珍しく高評価を下した相手なだけはあった。彼は<アステルジョーカー>の保有者で、しかもウェスト防衛軍に所属していた経歴のある、正真正銘の元・少年兵だったのだとか。
だから村正は彼の登場を期に、<フォームクロスシステム>を特別に内蔵した汎用型通信端末・<アステルドライバー>をナユタに与え、実験の為に使わせていたのだ。
その結果が、さっきのプレゼンで発表した<クロスカード>の開発に使用されている。
「全ては九条君の<アステルドライバー>から得た実数値を参照に作られている。おかげで動作不良も報告されていない。市場に出回るのが楽しみだ」
村正は手に提げているブリーフケースに視線を落とした。この中には<クロスカード>の試作品が入っており、専用の端末による操作で新たに能力を書き込める状態にしてある。
「私も楽しみですわ」
横からアナスタシアが眩しい笑みで割り込んできた。個人的にはどういう訳か苦手なタイプの人間だったので、樹里からすればあまり良い気分ではなかったが、だからといって露骨に不快感を顔に出すのは大人として間違っている。
村正も同じ事を思っていたようで、言葉から表情までの全てに平然を装った。
「アバルキン女史。君はロボット工学以外にも興味が?」
「これでも物作りに携わる者でして、分野は違えど同じステージに立つ者としては、なかなかどうして、面白い発明ですわ。まさか九条ナユタ――あの出来損ないの<アステルジョーカー>の、出来損ないの使い手からデータを得ていたなんて……全く」
村正がアナスタシアの仄暗い笑みを目にした時には全てが遅かった。既に村正の腹にはコンバットナイフが根元まで深々と突き刺さっており、手元からブリーフケースが力なく滑り落ちていたのだから。
「……な」
痛みと多大な出血からか、村正の体が会議室の床にどすんと沈んだ。
「え……あなた? うそっ……」
樹里が蒼白な顔で村正とアナスタシアを交互に見遣る。唐突に起きたこの状況に対して、理解が全く追いついていないのだ。
会議室の中に残っていた聴衆達が騒ぎ出す。隅で控えていたSPが懐から<メインアームズカード>を抜き出して発動し、召喚した黒い自動拳銃の銃口をアナスタシアにポイントする。
同時に、会議室の壁が派手に破壊され、三つの影が部屋の中央に降り立った。見たところ人型の何かで、シルエットは三体全て共通している。緑に輝く発光体の人型に、先鋭的な銀色の西洋鎧を纏っているという奇妙な外見で、少なくとも<星獣>などの類ではない。
機械的な外見から、人型機動兵器という分類の方がしっくりくる。
「園田主任。悪いですが、あなたには一緒に来ていただきます」
涼しい顔で腕を組みながらアナスタシアが首の動きだけで命じると、人型の一体は倒れた村正を抱え上げ、別の一体はブリーフケースを拾い、残り一体はアナスタシアを腕一本で抱え上げて床から浮上した。
樹里は一連のアナスタシアの暴挙を全て目視した上で叫んだ。
「待ちなさい! あたしの旦那を何処へ連れてく気!?」
「そんな事を親切に教えてくれる悪人なんて、この世には存在しなくてよ。それでは」
アナスタシアが合図を送ると、人型の三体が背中に緑色の幾何学的な光翼を展開し、一瞬にしてこの工場から遠くの空まで離れていってしまった。
樹里は壁に大きく空いた穴まで駆け寄り、縋る想いで空を見上げてみる。
晴天の下、緑色の星みたいな光が遠くなって、ふっと消えた。
「そんな……」
樹里は呆然として、膝を折ってその場で座り込んでしまった。横から誰かが「大丈夫ですか?」とか「お怪我はありませんか?」と尋ねてくるが、この時の樹里には全く聞こえていなかった。
●
「ハイ、そこ! もっと腰を使え腰を! 違う違う! 何で前後に激しく振ってんだオラ、ふざけてんのか? てめぇのスケはそんなにデカ尻なのか? 違ぇよ、ソード型の武装を腕だけで振るなっつってんだよ!」
黒崎修一は無痛覚フィールド内で戦闘訓練を行っている男子生徒に一喝すると、今度はすぐ隣で展開されている別の無痛覚フィールドに視線を移す。
「ほらソコも、無駄な弾を撃つな! 男はいつだって一発の銃弾で勝負を決める。ロマンを追求しろ、ロマンを!」
「修ちゃん、無茶苦茶言ってる……」
修一の横で、長い黒髪を揺らして別の生徒の指導に当たっていたユミ・テレサがぼんやりとぼやいた。二人の見た目は髪型以外はそっくりで、実は双子なんじゃないかという噂まで立っているが、修一は生粋の日系人だし、ユミは米系と東洋系のミックスだ。血統がそもそも違うので双子な訳がない。
修一は苦い顔でユミを咎めた。
「お前もよそ見するな。ちゃんと生徒の指導してやれっての」
「ゆーて、あたし達って教師じゃなくて生徒じゃん? 何でこんな仕事してんのさ。おかしくね?」
「お前、実は俺達が元々犯罪者だった事実を忘れてるだろ」
黒崎修一とユミ・テレサは、いまいくつも展開されている無痛覚フィールド内で戦闘演習を行っている星の都学園中等部の生徒達と同じ、ただの一般中学生だ。しかしいまこのように戦闘インストラクターとして働いているのは、ある意味では刑務所における刑務作業にも等しかったりする。
かつての修一とユミは、グランドアステル・ウェスト区においては悪名高い傭兵だった。故に金さえ積めば依頼される仕事の種類には文句も言わない生活を続けていたのだ。
それが、先月の『龍牙島襲撃事件』以降はこのザマである。まさかあんな形で逮捕されるなんて思ってもみなかったが、修一とユミの年齢がたまたま中等部一年と全く同じだった事もあり、保護観察処分という名目でこの星の都学園に転入してきたのだ。
少なくとも刑務所で陰鬱な気分のままに刑務作業に勤しんだり、拘置所で死の宣告をひたすら待つだけの生活より幾分かはマシである。そこにこうした、同級生達に対するインストラクター業務が加わりさえしなければもっとマシだった。
「ねー、修ちゃーん。あたしそろそろ帰って宿題やりたーい」
「あと一時間だ、辛抱しなさい」
最終下校時刻まであと一時間。これを乗り越えさえすれば、修一とユミは校長先生の命令で開いた『ウェスト塾』における業務から解放される。
修一はため息を吐いて、さりげなく横に視線を投げる。
すぐ目の前に、巨大な二足歩行のゴキブリが立っていた。
「ぶっー!?」
思わず吹き出して咳込むと、修一は改めて真横に立っていたゴキブリを直視する。
背丈は大体修一と同じくらいだろうか。ゴキブリの着ぐるみのおかげでやたら全体的な幅が増えているので大きく見えるが、顔にあたる部分からは見覚えのあるアホ面と水色の前髪が覘いていたので、相手の正体はすぐに判明した。
「お前、ナユタか!? 何だそのコスプレは!?」
「何って、ゴキブリですけど?」
「見れば分かる。何でそんな格好してるんだ、お前は!」
「俺の新しい<フォームクロス>だ。お前らを驚かそうと思ってな」
「嘘をつけ! 明らかに素材がもっふもっふしてるぞ!」
このゴキブリ――もといバカは九条ナユタという、修一からすれば可能な限り早めにこの世から消えて欲しい同級生だ。修一とユミとは旧知の間柄で、ウェスト防衛軍に所属していた元・少年兵なのである。いまはどういう訳か、水色の天然パーマ以外は何の変哲も無い一般生徒としてすんなり学生社会に溶け込んでいる。
「大体、その格好で学校の敷地内をうろついていたのか? バカなの? 死ぬの?」
「オイオイ、冗談だろ。周りの女の子達からはきゃーきゃーはしゃがれて、人生最大のモテ期に突入したばかりの俺に何て言い草だ」
「バカもここまで来ると病気だな」
「すみません、修一君。これが九条ナユタという殿方なのです」
ゴキブリの背後に隠れていた女子生徒が横にずれて現れ、酷く赤面して本当に申し訳無さそうに頭を下げた。
彼女は園田サツキといって、その年にしてはスタイルも良くて全体的に女性的な魅力に溢れた同級生の美少女なのだが、これまたかなりの変人である。何をどうまかり間違ったのか、いま修一の目の前でアホを晒しているゴキブリ野郎にベタ惚れしているのだ。せっかく美人で良識人なのに、はっきり言って人生を棒に振ってるとしか思えないから泣けてくる。
サツキは飛びついてきたユミを受け止めて小動物みたいに可愛がり始めると、修一に苦虫でも噛み潰したような顔をして言った。
「ごめんなさいね、お仕事の邪魔をしてしまったようで」
「別に良いよ。で、このゴキブリは何の冗談かな?」
「それは――」
サツキはいましがた本当のゴキブリのように床を這い回り始めたナユタを可哀想な目で眺めながら、問題の事情を説明した。
彼女の話によると、ついさっきまでナユタは学生寮の自分の部屋にいて、そこでルームメイトの六会タケシとその恋人であるナナ・リカントロープによって強引にゴキブリのコスプレをさせられてしまったのだとか。
「龍牙島での『星獣レース』の前、タケシ君がさりげなく「ナユタがゴキブリのコスプレをすればいいんじゃね?」みたいな事を言いだしたのがきっかけですわ。あれをタケシ君が咄嗟に思い出しちゃって、出来心でつい……みたいな感じです」
「それだけが理由であんな格好をさせられたのか、あいつは」
演習直後だった女子生徒達の足元まで這い寄ったナユタが、彼女らから<メインアームズカード>による攻撃を受けていた。C級カードなので肉体的なダメージは皆無だが、その代わりゴキブリの着ぐるみがさっそくボロ雑巾の様相を呈してきた。
「強引にあんな屈辱的な格好をさせられて泣きながら落ち込んでいたナユタ君に、私が「その格好も可愛くて素敵ですわ」だなんて言わなければ、わざわざ調子に乗ってこんなところまで現れなかったのでしょうね……」
「可哀想な奴だ……」
全身ボロボロのナユタが頭を垂れてこちらにとぼとぼと引き返してきた。その哀れにも程がある姿に、さすがの修一も同情の念を禁じ得なかった。
ボロ雑巾は顔を上げ、少し泣きそうになりながらも尋ねてきた。
「なあ、俺のモテ期は何処行った?」
「……いつか到来するさ、きっと」
「ちくしょー!」
ナユタがうずくまっておいおいと泣き始めた。こいつは西時代から大体こんな感じの奴だった気がするので、むしろ懐かしく感じてしまった――などと思うのは不謹慎だろうか。
「ああ、そうそう。お前ら、イチルが何処行ったか知らね?」
ついさっきまでの醜態が嘘のように立ち直り、ナユタがそんな事を訊いてきた。
「? 知らんけど」
「そうか。あんま最近姿を見かけないっていうか……モデル業だったりエレナさんとの修行だったりで多忙みたいでさ。それに、宿泊学習から帰ってきてこっち、ちょっと変だったしな」
「やっぱり心配なんだな」
「当たり前だ。あいつが暗いと俺まで落ち込んだ気になる。不思議なもんさ」
などと話している間にも、ナユタは脱皮して普通の格好に変態を遂げていた。上はシンプルなワイシャツ、下はグレーのスラックスだ。どうやらこれがナユタの私服のようで、少し前に聞いた話だとお洒落には執着しない性質らしい。
ナユタと修一が歯に滓が挟まったような顔をして固まっていると、アリーナの入口から私服姿の三人の男女が現れた。一人は米系の血を引いていると思しき十代後半の少年、もう一人は日系のやたらプロポーションが良い少女、最後の一人はパーカーのフードを真被りしており、もう一人の少女と比べたら対照的なまでに小柄な日系の少女だった。
三人はナユタ達の姿を認めると、そのままこちらに歩み寄ってきた。ある程度距離が詰まると、米系の少年が眉根にしわを寄せて尋ねてきた。
「水色の天パー……おめぇが九条ナユタか?」
「あんたは?」
「俺はマックス・ターナー。今日はてめぇと……」
マックスという少年はナユタを指差し、
「園田サツキ。お前に用があって来た」
「え? 私?」
名指しされた事に驚いてか、サツキが目を丸くした。すると、マックスの後ろに控えていた肉置の良い少女が、おっとりとした口調で言った。
「サツキさん、お久しぶり。私の事、覚えてる?」
「あなたは……和彩お姐様!?」
サツキがさらに驚いて仰け反った。どうやらこの二人は知り合いらしいが、サツキの様子を見ると、よほどこの場に現れるのが意外な人物のようだ。
「どうしてお姐様がここに?」
「そこの金髪ソフトモヒカンがいま言った通りですわ。あなたと、九条ナユタ君。二人に大事なお話があるの」
「大事なお話?」
「ここだと他の生徒さん達のお邪魔になるので、場所を移し――」
「待てや。その前に、どうしても試しておかなきゃならねぇ事がある」
和彩と呼ばれた少女の提案を遮り、金髪のソフトモヒカンことマックス・ターナーが鋭い目つきでナユタを射抜く。
「園田の実力は会社から拝借した映像記録で確認済み。だが、この鳥の巣ヘッドは別だ」
「俺の頭は鳥の巣じゃない」
「どうでもいいんだよ、オラ」
マックスはナユタの尻を蹴っ飛ばし、無痛覚フィールドを展開させられる領域に叩きつけた。すると彼は修一をぎろりと睨んで命令してくる。
「黒崎修一、てめぇのAデバイスには無痛覚フィールドの展開機能があんだろ。さっさと使え」
「素性も分からない人間の命令で展開できると思ってるんですか?」
「さっさとやれ。じゃなきゃこのまま本気でそこのもじゃもじゃを殺す」
「それは魅力的な提案だけど……まあいいや。床の掃除をするのがめんどくさい」
ナユタの命はどうでもいいが、彼の死によって周囲の精神衛生が脅かされるのは戦闘インストラクターとしては忍びない。仕方なく、修一は無痛覚フィールドの中にナユタとマックスを閉じ込めた。
緑色に光る半透明の箱からは、こちらが手動で操作するか、もしくは勝負がつくまでは逃げられない。マックスとやらが何をする気かは知らないが、面白そうだからここで眺めているとしよう。
マックスはジーパンのポケットから、とある電子端末を取り出した。
「それは……」
ナユタの顔つきが少しだけ真剣な色を帯びる。何故なら、いまマックスが取り出したのは、ナユタとサツキ、それから六会タケシにしか支給されていない汎用型通信端末――<アステルドライバー>だったのだから。
「何故あんたがそれを……」
「こいつはお前らのワンオフ機とは別の量産型さ。持ってる奴は持ってるんだよ」
曖昧な返答をしつつ、マックスは腕に<アステルドライバー>の裏面をあてがう。機体の側面から光子のベルドが延び、腕にしっかりと巻きついて固定される。次にマックスは黒い<ドライブキー>を抜き出し、ドライバーの専用ジャックにセットする。
『<バトルモード>・セットアップ』
「<メインアームズカード>、アンロック」
マックスが唱えると、その姿が一変する。
赤く光るラインが入った黒いコート状の制服。手には真っ白な柄に赤い光子の穂先を持った槍型の兵装が握られている。
マックスは頭上で槍を回転させ、大胆な所作で構えを作った。
「言い忘れてたが、俺はS級のライセンスバスターだ。つまり、常日頃から人類最強だなんて呼ばれている三山エレナの同僚っつー訳さ」
「……嘘だろ、おい」
ライセンスバスター。日常的に大気中から出現しては人々の暮らしを脅かし続ける魔法の化物、<星獣>を狩る事で生計の道を成り立たせる、対<星獣>専門の公式な戦争屋達。その職業にもランクが存在し、A級バスターはこのグランドアステルを中心に活動し、S級バスターと呼ばれる連中はこのグランドアステルの遥か上空に浮かぶ天空都市、つまりはスカイアステルを警護する役割を仰せつかっている。
そしてS級の資格を持つライセンスバスターは、この世にたった十三人しかいない。
「ちょっと待て! 何で俺がいきなりエレナの姐さんと同等レベルでヤバい奴を相手にしなきゃならんの? スカイアステルは俺に恨みでもあるのか!?」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!」
ナユタの抗議も虚しく、マックスが距離を詰めて槍を大げさに振り回してみせた。後退し、赤い光の穂先から辛うじて逃れたナユタが、腰に吊り下げていたネイビーカラーの<アステルドライバー>を抜き出し、忌々しそうに舌打ちしてから腕に装着した。
「なんだか知らんが、そっちがその気ならこっちも容赦はしねぇぞ!」
『<バトルモード>・セットアップ』
ナユタも<ドライブキー>をドライバーにセットし、
「<メインアームズカード>、アンロック!」
音声入力によって、ペアリングされているデッキケースの中で眠る<アステルカード>の力を解放する。
ナユタの主武装は、青い光沢を放つ優美なデザインの日本刀だ。名を<蒼月>といって、かつて西の戦争時代でナユタが好んで使っていた<ランク外アームズカード>と意匠は似ている。
ようやくお互いに武装を召喚したのを見届けて、修一は二人にひらひらと手を振りながら叫んだ。
「あんまスペースを占拠すんのもアレだから、制限時間は五分ジャストにさせてもらうよ。無論、一秒もまらかん」
「だったら五分でケリをつけてやる」
先攻はマックスから。踏み込み、穂先を唸らせ、一寸のブレも無い猛烈な突きをナユタの顔面に放つ。ナユタは顔を横に倒し、最初の刺突を回避。マックスが槍を戻し、つま先と腰の動きを絶妙に連動させた薙ぎ払いを連続させる。
ナユタは<蒼月>の柄を繰り、時に片手を開けて槍の柄を払い除けながら回避と防御を徹底する。相手の動きを見切れない以上は懸命な選択だ。
ナユタの反撃。突きと払い斬り、踏み込みを多様した連続攻撃。攻防が逆転されつつも、マックスは落ち着き払った所作でナユタの剣を華麗に弾いている。
荒々しい性格で、てっきり戦いも荒っぽいものかと思ったが、マックスも名乗った肩書き通りのS級バスターらしい。西の連中程ではないが戦い慣れている。
「ねぇねぇ修ちゃん。あのマックスって人、西の出身じゃないよね」
横からユミがのほほんと尋ねてくる。どうやらサツキに可愛がられているのが飽きたご様子である。
「だろうな。けど実力は本物だ。<バトルカード>を使わない接近戦でナユタと互角だってんだから恐れ入る」
「ですわね。だからこの勝負の決め手はカードタクティクスですわ」
サツキも鋭い眼差しで、ナユタとマックスの見事な攻防を観察している。サツキもA級の階級所持者で、かりそめにもユミとの殺し合いで勝利を収めたのだから、その力は歴戦の修一をして唸らせる程である。
ちなみにマックスと共に現れた和彩と、もう一人の小柄なフードの少女は黙ったままだ。マックスがS級バスターなら、この二人も同じ階級の人間なのだろうか。
閑話休題。ここで勝負が動いた。互いの動きを見切り合ったようで、これ以上の小競り合いが時間の無駄と見たか、二人は一旦距離を取って仕切り直そうとしていた。
「<バトルカード>・<フラッシュボム>、アンロック!」
先にカードの力を使ったのはナユタだった。音声入力の直後、三つの光球がマックスの頭上に出現、そして破裂する。
フィールド内をまばゆい光と耳障りな金属音が支配する。<フラッシュボム>は光属性の<バトルカード>で、言ってみれば閃光手榴弾と全く同じ役割を果たしてくれる便利な妨害兵器だ。
外側からはナユタとマックスの姿は見えない。だが、断続的に何かが打ち鳴らされている音だけは聞こえる。どうやらあの閃光の中で、なおも激しい接近戦を繰り広げているようだ。
「<バトルカード>・<スタンバイト>、アンロック!」
マックスの声がしたと思ったら、フィールドを満たす光が吹き飛ばされ、代わりに地面が激しい電流に覆い尽くされる。あれは暴徒鎮圧用の<バトルカード>で、地面に打ち込んだ武器からスタンガンと同程度の電圧を放つ雷属性の攻撃だ。威力は低いが、使っても人命を脅かす危険性がほとんど無いので使い勝手が良い。
ふと、修一の目がスマホ型携帯端末・Aデバイスに止まる。画面には対戦する二人のヒットポイントがモニタリングされており、リアルタイムで目盛の減少を確認できる。ナユタもマックスもそこまでヒットポイントが減っている訳ではないが、<フラッシュボム>の効力が続いている中でナユタに浴びせられた斬撃が響いているらしい、僅差でマックスの方がダメージは多めだった。
再びフィールド内に視線を遣る。ちょうど<スタンバイト>の効力が切れ、宙に飛んでいたナユタが着地したところだった。
マックスは光と音でやられかけた頭を振り、ナユタへと再突進する。ナユタの着地と体勢の立て直しにかかる時間も考慮に入れて、一番防御がし辛いタイミングを狙った、絶妙な踏み込みだった。
しかしナユタも素人ではない。宙に飛んでいた段階で、<蒼月>の刃に青色の光を溜め込んでいた。
「月火烽閃!」
<蒼月>を一閃。青い三日月状の光が飛翔し、マックスの上半身と下半身の堺を狙う。しゃがもうと回避しても間に合わず、上に飛んでも回避がギリギリになりそうで、しかも受け止める為の防御行動すらままならなそうな、これまた絶妙なタイミングと照準だった。
マックスは上に飛んでの回避を選んだ。淡青の斬撃がマックスの足元を通り過ぎる。
「<バトルカード>・<ストームブレード>、アンロック!」
マックスがこのグランドアステルにおいて大人気の<バトルカード>を発動。槍を頭上に向けると、白い風の奔流が穂先に纏わりついて乱舞する。
だが、マックスが空中でその技を放つより早く、ナユタが<蒼月>の持ち手を反転させて柄頭を目標に向けた。
「ブースト!」
ナユタが柄から手を離しつつ唱えると、<蒼月>の刃から光が吹き出し、柄頭を向けてマックスへとまっすぐ飛んでいってしまった。
「決まった……!」
修一が思わず呟く。ナユタの<蒼月>は刀身からアステライトを噴射して、攻撃や防御、移動などへの応用技に繋げる能力だ。さっきみたいに噴射したアステライトを斬撃のように飛ばせる事まで考えると、それだけの噴射量があれば、少なくとも宙に浮いたままのマックスは柄頭の直撃を受けて無痛覚フィールドの壁に叩きつけられるだろう。これが本当の実戦なら死にはしないが、確実に相手をダメージで行動不能にはできる。
そして無痛覚フィールドは実戦での負傷を想定した数値がダメージ計算に適用される。
これで勝負あったか。
「甘ぇんだよ!」
マックスが叫ぶと、丁度彼の槍の穂先に渦巻いていた風がチャージを終えた。
発射。風の刃は真上に放たれ、反動でマックスの体を下へと押し戻した。
結果、ナユタが放った大太刀が、マックスの頭上を通り過ぎた。
「かわした!?」
「ナユタ君っ!」
修一とサツキが叫んだ頃には、マックスが着地し、<ストームブレード>の勢いを残したままナユタへと鋭い突進をかけていた。攻撃直後で隙だらけな上に丸腰のナユタには、もう突っ込んでくるマックスへの対抗手段は無い。
だが、ナユタがにやりと笑ったのを見てか、さっきまで勝利を確信していたマックスの表情が凍りついた。
ナユタはまるで最初からマックスの動きを予測していたかのように前へ駆け出し、跳躍。マックスの頭を踏み台にして、いましがた無痛覚フィールドの壁とぶつかって跳ね返った<蒼月>を空中でキャッチすると、体を反転させて得物の刃を真後ろに向けた。
「ブースト!」
再び刀から青いアステライトの光が吹き出す。突進の勢いが余って背を向けてつんのめっていたマックスを目掛けて、ナユタが空中で加速。
加速の緩急を乗せて刀を振りかぶり――
「……え?」
無痛覚フィールドと<蒼月>が突然消えて、ナユタは顔面からアリーナの床に墜落した。
「…………」
ついさっきまで敗北の危機に陥っていたマックスが、突然の事に眉をひくつかせ、大の字になって倒れるナユタの傍まで歩み寄った。
「……お前、大丈夫か?」
「ぜ……全然大丈夫っす」
とは言いつつも、面を上げたナユタの顔は血まみれだった。
「にしても、何でいきなり無痛覚フィールドが……」
「ああ、五分過ぎたからな」
修一が訳も無く言って退けた。
「言ったろ? 一秒もまからんって。ちゃんと自動設定してたんだよ」
「ああ、そうっすか……」
実はナユタがこのまま勝ってしまうのが気に食わなかったので、一番面白そうなタイミングでこっそり強制的に無痛覚フィールドを消していたのだが、この事実に気づいたのはユミぐらいのものだろう。
マックスはナユタに手を貸して、彼をゆっくりと立ち上がらせた。
「どーも、すんません」
「鼻柱とか折れてねぇよな? 本当に大丈夫なんだよな?」
さすがにマックスもいまの事故は心配だったらしい、本当に当惑している様子だった。
「……まあ、いいや。和彩、心美、どうだ?」
マックスから視線を向けられると、対照的な体型の少女が二人、首を縦に振って答えた。
「エレナさんが入れ込むだけはありますわ」
「…………合格」
心美と呼ばれた少女は初めてここで言葉を発すると、とことことナユタの前まで歩み寄る。すると何を思ったのか、いままで被っていたフードを上げて、隠れていた黒い天然パーマを晒してみせた。
「……そこのもじゃもじゃ」
「何? どったの?」
「頭、触らせて」
などと言いつつナユタの許可を得ないまま、心美は無遠慮に両手で彼の天然パーマを掻き回し始めた。
「お? お? おお?」
「……和彩。このもじゃもじゃ、気に入った」
「あらま。心美が殿方を気に入るなんて、今日は赤飯かしらーん♪」
和彩が楽しそうに微笑んでいるのを無視して、心美がナユタの頭から手を離し、キラキラと目を輝かせてサムズアップを決めた。
「三笠心美。よろしく」
「うぃっす」
どうやら同じ天然パーマ同士、通じるものがあったらしい。二人はすぐに仲良くなってしまった。ちなみにこの様子を眺めていたサツキがぷっくりとふくれているが、ナユタの恋愛事情なんぞに関しては基本的に興味が無い修一からすればどうでも良い話だった。
修一はふとある事を思い出し、和彩に話を振った。
「で、お姉さん達? ナユタとサツキちゃんに用があるんじゃなかったんですか?」
「ああ、そうでしたわね」
本当にいま思い出したかのように、和彩はぽんと手の平を合わせた。
「九条ナユタ君、園田サツキさん。ちょっと一緒に来てもらえます?」
●
場所は中等部内のVIPルーム。部屋の内装が中学校の校舎にある一室にしては優雅だったので多少落ち着かない気分になったが、サツキが以前通っていた女学院の初等部に比べたら驚く程ではない。
ふかふかのソファーに腰を落ち着けてから、ナユタとサツキはようやくマックス達の口から本題を聞き出せた。
「S級ライセンスバスターの推薦枠?」
サツキが目の前でいくつかの資料を差し出したマックスの言葉を復唱する。
「A級のライセンスバスターならわんさかいるんだが、S級ともなると話は別でね。A級の階級保持者なら受験さえすりゃあすぐにでもA級バスターの資格は得られる。だが、S級はそこに加えて厳しい条件が一つだけ付帯する」
「条件?」
「正規の手順でS級ライセンスバスターの中でも一番最近入った奴と<バトル>を行い、勝利する事。つまり、正当に試験を挑んで合格した奴程、実力が上になっていく仕組みだ。こいつはより高い資質を持った精鋭を集める為の人事システムだ」
例えば、S級バスターAが新入りBとタイマンで<バトル>を行い、新入りBがAに勝利してS級の仲間入りを果たしたとしよう。これでBはAより強い事が証明される。しかしここで新たな受験者であるCは、最近S級の仲間入りを果たしたBに挑まなければならない。これでCがBに勝って新たにS級バスターとなった場合、CはBよりも強い事が証明される。
これの繰り返しで、正規の手順で採用された新入りのS級バスターが常に最強となるのだ。。
「たしかに厳しい試験ですわね」
「まあ、受験するのが遅ければ遅い程難易度が上がるからな。でも世の中には腕っ節の強さよりも重宝する才能なんてごまんと燻ってる。そういう貴重な技能を持った連中を集めて、人類側の基盤を固めるのだって、日々<星獣>共と戦ってる俺達からすれば重要な要素だ。それだけ人類側の生存率が伸びるからな」
「そこで、さっき言った特別な推薦枠の存在が重要になります」
向かい側のソファーでくつろいでいた和彩が言った。彼女は短いスカートのまま足を組んでいるので、サツキはともかく隣のナユタにスカートの中身が見えないかが心配になってくる。
「三山エレナさんはもうご存知でしょうから、彼女の説明は省きます。ともかく、その彼女がS級バスターへの昇格を熱望している相手がおられるようでして。それが九条ナユタ君、あなたなのです」
「何度も誘われては蹴ってる筈なんですがねぇ、まさか他のS級まで送り込んでくるとは。いやー、あの人にも困ったものですなぁ」
とは言いつつも、ナユタの視線はずっと和彩の太ももに釘付けだ。彼の場合はオープンスケベなので、いくらこちらが注意しようとも聞き入れはしないだろう。むしろ調子に乗って犯罪すれすれの行為までやらかさないとも限らない。
しかも和彩に至っては彼の視線に当然のように気づいているので、わざとらしく脚を組み変えては見えるか見えないかのところで露出を留めているのだから性質が悪い。
「……で、私はどのような要件で呼び出されたのでしょうか」
ナユタにS級バスターへの昇格を希望しているのは分かったが、サツキ本人に何の用があるのかはまだ聞いていない。
和彩は少し意外そうな顔をして返答する。
「どのような……って、決まってるじゃありませんか。あなたもS級バスターに推薦されているのですよ」
「私が?」
これまた意外な話だった。本物の犯罪者であるユミを制圧した以外は目立った行動は全く起こしていないし、ナユタみたいに戦争への参加経験があった訳でもあるまいに、何故に推薦なんぞを受けてしまったのか。
いままで黙っていた心美が、こちらを見かねてようやく口を開いた。
「……園田サツキ、株式会社ステラカンパニー・アステルカード開発部門主任の一人娘。これまでに数々の<メインアームズカード>のテストモニターとして、会社の利益に大きく貢献したA級の階級保持者。全種類の<メインアームズカード>と<バトルカード>を使いこなし、S級ライセンスバスターに匹敵するカードタクティクスを有する天才少女」
「お前を推薦したのは俺、和彩、心美の三人だ」
無口な少女の長広舌の後、マックスが追従するように告げる。
「S級ライセンスバスター推薦採用枠の適用条件は、現役のS級ライセンスバスター三人以上の推薦と長官……つまりは俺達のボスの承認が必要だ。お前ら二人はその条件を満たしてる」
「っつー事は、いまからでも俺とサツキはS級バスターになれるんすか」
「ああ。とはいえ、選ぶのはお前ら自身だがな」
マックスはソファーから立ち上がり、壁際の背が低い食器棚の上に置かれたコーヒーサーバーで、人数分のコーヒーを淹れ始めた。
「ちなみに九条。さっきの戦いで俺をしらけさせていたら、お前にとっていまの話は無かった訳だ。その前まではエレナさんとハンスさんの推薦しか得られてなかったんだからな。ボスなんて、お前の採用を今日になるまで悩んだくらいさ」
「その情報は要らなかったっす」
「別にいいじゃねぇか。大企業よりも就職が難しい職場に採用されたんだからよ」
マックスは全員分のコーヒーを淹れ終わると、全員にカップを行き渡らせた。
彼は食器棚に寄り掛かり、立ってままコーヒーを飲みつつ言った。
「お前らにはまだ将来がある。もしS級バスターに就職したとしても、嫌になったり別にやりたい事があったりしたら辞めれば良い。自分の肌に合わん職場に無理してまで務める必要は無いからな。お前らの担任のケイトさんだって、同じ理由でS級バスターを辞めたんだし」
「そうなのですか?」
サツキやナユタと同じクラスの担任、ケイト・ブローニング。元々はS級のライセンスバスターだったのだが、何故か教師に転職したという変わり種だ。給料や待遇は圧倒的にS級バスターが上の筈なのに、どうしてだろう。
ナユタは渡された資料を斜め読みすると、ソファーの背もたれに体を沈ませ、だらしなく天井を仰ぎ見た。
「この資料の文面だと、別に就職しても転校の必要は無いみたいだな。でもすぐ就職ってのもなんだかなー、心の準備が足りないといいますか。はて、どうしたもんか……」
「そうですわね。少しお時間を頂けますか? 私達としても考えたいですわ」
ここでほいほいとOKを出しても、後先考えずに厳しい戦争屋の世界に踏み込める程の度胸はサツキには無い。ナユタの場合は既に即戦力レベルの戦闘能力は身についているが、サツキの場合はまだ発展途上の段階だ。自分でも痛い程にナユタやマックスらとの実力差が分かっている以上、ここで勇み足を踏み出す訳にはいかない。
マックスもこちらの事情を察したのか、静かに首を縦に振った。
「推薦状だけは先に長官に送っておく。急いでる話じゃないし、義務教育終了後でも遅くはない。でも中等部を修了するのは案外あっという間だ。まだ先の話だとのんびり構えていると後悔するだろうから、頭の片隅には常に留めとけ。いいな」
「あらあら、面倒見が宜しい事で」
「う、うるせぇな。将来の新入り相手なんだから、お前だって同じ事くらい言うだろ?」
真面目な忠告を和彩に茶化され、マックスの顔が真っ赤になる。
「おら、さっさと帰るぞ! ガキ共も、後でコーヒーのカップは片しとけ!」
「それではサツキさん、またいずれ」
「……ナユタ、また会おう」
三人はそれぞれ去り際に挨拶して、慌ただしくこのVIPルームから退出した。あっという間にこの部屋は、ナユタとサツキの二人っきりだ。
しばらく続いた沈黙を、先にナユタが破った。
「……将来の進路、か。考えてもいなかったな、そんなもん」
「そうなのですか?」
「まだ中学生だからってのもあるんだろうが、昔の事を考えるとどうしてもね。生きていられるならそれでいいし、死ねばそれまでだって思ってたから」
いかにもナユタらしい言い分だった。戦争経験の無い、ごく普通の中学生が同じ事を言ったら、きっと自分は相手を嫌悪していたかもしれない。
サツキは手元のコーヒーカップに目線を落とす。
「私はいまも将来も、お父様とお母様のお仕事に一生携わるものだと思っていましたわ。でも、そういえば強制された道では無いのですよね、そんな将来なんて」
サツキからすれば、<アステルカード>のテストモニターは自発的に引き受けただけの事で、実際の労働とは一切関係が無い。たしかにモニターでお金が出るならそれに越した事は無いが、サツキは未だ義務教育課程の身だ。イチルやタケシみたいに特殊な事情で金銭を貰い受けている訳でもないので、サツキのそれは「家のお手伝い」と同等の活動に過ぎないのだ。
だから本当に手に職をつけるとなれば、まだ自分の知らない自分に出会える可能性がある――サツキはあの三人が来るまで、そんな未来像を失念していた。
「自分自身の将来に夢はあって、無いならいまの自分にとって最良の道を選べばいい。そんな単純な事を、いまのいままで忘れていましたわ」
「そんな考えを抱ける十三歳がこの世にいたとはね」
ナユタが皮肉交じりにぼやいた。
「本当だったら友達と群れてただ楽しい、ぎゃーぎゃー騒げれば最高だ――その程度で気が休まる連中が一般の中学生かと思ってたけど、お前を見てるとそんな気が全くしないね。未来について真面目に考えられるなんて、貴重な才能だよ、きっと」
「果たしてどうなのやら」
サツキが落ち着き払った態度で言った。
「人生設計が計画通りに進んだ果てか、あるいはただの妄想で終わる虚像か――真面目に未来を考えた結果なんて、案外そうやって単純に終わるんですよ、きっと」
まるで、神が告げた未来視の結果を代弁しているような気分だった。
●
八坂イチルが三山エレナに勝利したのは今回が初めてだった。
セントラルの訓練アリーナの中央を陣取って繰り広げられた三本勝負は、二勝一敗で総合的にはエレナの勝利だが、イチルは以前まで彼女を相手に一勝すら上げられなかった。
ようやく師匠の背中に触れられた――イチルの体内に染み渡っていた疲労感が、一気に達成感へと切り替わり、彼女は感極まってその場で飛び跳ねた。
「やったー! 勝った、師匠に勝った!」
「……やれやれ、とうとう追いつかれてしまったか」
無痛覚フィールドの解除と共に、エレナの黒い制服とイチルの<メインアームズカード>が同時に消失する。
「もう君に教える事は何も無いな。後は個人の努力次第さ」
すらりとした体躯のエレナは、尻餅をついた状態から立ち上がる所作までもがスマートでエレガントだった。自分みたいな、ただちんちくりんなだけの小娘とは大違いだ。
「イチル。今日を以て、君との戦闘訓練を最後とする」
「え?」
イチルは飛び跳ねるのを止めて、師匠のS級ライセンスバスターの顔を覗き込んだ。
「だってまだ、エレナさんに三本勝負で一回も勝ってないですよ?」
「三本中一回勝てればそれで充分さ。対人戦だけでは成長の幅に限界もある訳だしな。それに、これ以上君の<輝操術>を強化しても、かえってマニアックな連中から狙われる危険性を増やすだけだ」
「マニアックな連中って?」
「例えば、君のお母さんみたいな力を欲しがる犯罪者はごまんといる」
エレナは遠い目をして述べた。
「最強の<輝操術師>、八坂ミチル。大気中のアステライトを自らの手足みたいに操り、不死身の自己再生能力を備えた怪物みたいな超人。君は知らないだろうが、彼女は常に西の犯罪者から狙われる身だったんだ」
S級の中でも史上最強と謳われる三山エレナが、最も尊敬した人物が八坂ミチルなのだそうだ。ミチルは常に西の戦争地帯で<輝操術>を用いての医療活動に勤しんでいた為に、セントラルで防衛活動の仕事をしていたエレナとは接触の機会は少なかったそうなのだが、それでもエレナはずっとミチルの事を気にかけていたらしい。
きっとミチルが病で亡くなった後、エレナは柄にもなく号泣したのだろう。
「あの人の娘さんが同じ力を持っていて、どんな星のめぐり合わせか、こうして私と引き合わせてくれた。だから私は君を強くしたいと願ったのだ。自分から特訓を申し出て、勝手に突き放すような事を言って、本当に申し訳無いと思ってる」
「いえいえ、すごく感謝してます! それに……」
イチルは少し言い淀んでから、ゆっくりと口を開いた。
「これ以上、ナユタ達の足を引っ張りたくなかったですし」
「…………」
エレナは少し物悲しそうな目をして押し黙った。きっと、少し前にあった龍牙島での騒動を思い出したのだろう。
やがて黙考を止め、エレナが厳しい目つきで尋ねてきた。
「イチル。君は一ノ瀬ヒナタの事を、いまでも好きなのか?」
「……分からないです」
イチルはかぶりを振った。
「昔好きで、なのにあたしの身勝手な都合で振っちゃった男の子ですからね。本当は二度と会わなければ、あたしは別の人を好きになって、それだけで忘れられる気がしたんです。それがまた、今度は敵になって現れたなんて、本当に良いお笑い種ですよ」
「誰も笑わんし、面白くも無い」
エレナが吐き捨てるように言った。
「たしかに戸惑う事ではあるだろう。けれど、時には抱えたって何の足しにもならん苦悩ぐらいは誰にだってある。きっぱり過去の男を切り捨てろっていうのが無理なら、せめてその苦痛を誰かに分けた方がよっぽど前向きになれる」
「大人ですね、師匠は」
「それでも女子大生の小娘さ、私なんて」
エレナはイチルの頭に手のひらを置くと、周囲をぐるりと見渡して言った。
「さあ、早くこの施設から出よう。さっきから注目の的だ」
「ですね」
自分でも忘れがちだが、片やグランドアステルにおける有名な女子中学生モデル、片や史上最強のライセンスバスターだ。そんな二人がハイレベルな戦いをアリーナの中央で繰り広げていたら、当然のように周囲の視線は釘付けとなる。
エレナは演習フィールドの範囲外に設置されたコンソールに、退出手続の申請を打ち込んだ。
●
久しぶりに孫の顔を見たい。
などと思った頃には、最後の再会から既に三年が経過していた。存外、あっという間だった。
「おうおう、政宗やい。どうした、そんな疲れたような顔をして」
「任務の後ですからな」
隣を歩く同世代の老人が、疲労感に苛まれる園田政宗の顔を覗き込んで陽気に尋ねてきた。
彼はこのジャマダハル市街において最大の覇権を有するマフィア、『ジャマダハルファミリア』のボス、通称・ヤマタの老師だ。禿頭に近いゴマ頭、小柄な体躯とアロハシャツ姿からは、とても彼がウラヌス機関の議席の一つを占めるような大物には思えない。
政宗は疲労感からか、普段なら絶対口にしないような台詞をぼやいた。
「久々に倅の家族と顔を合わせたい気分です。サツキは元気にやってるだろうか……」
「ワシもそろそろ、ナユタとナナに会いたいのぉ……」
二人揃って、それぞれの孫の顔を思い浮かべていた。
といってもヤマタの老師は身寄りを無くした子供達の後見人となっているだけなので、その孫とやらは決して彼の血縁者ではない。
ヤマタの老師は薄汚れた風俗店の前でたむろしているチンピラと水商売の女達を見送りつつ、ぼんやりとした口調で言った。
「お前さんがナユタをワシに紹介して、ロットンのアホからはナナを紹介されて、あんな可愛くて育てがいのある子供を二人も孫にできて、ワシゃ実に幸せモンじゃよ。そっちのサツキお嬢さんも、中々出来の良いお孫さんと聞き及んでいるが?」
「私の倅にしては、よくできた娘を育てたものかと。利発で、正義感も強くて、とにかく元気な子ですよ。周りに悪い虫が集ってこないかが唯一の心配事ですが」
「よー分かるわ、その気持ち。ナナなんて、六会の倅なんぞと付き合い始めおった。もうちっとマシな男はおらんかったのか、全く」
「真面目で頭の良い少年だとは伺っています。問題は無いでしょう」
「ぐぬぬ……でもなんかこう……やっぱ認められん自分がおるわい!」
「幸せな懊悩ですよ、お互いに」
お互いに自分の孫について談笑していると、途端に背後から不穏な気配を感じて、二人同時に笑顔を消して振り返る。
「何じゃ、アレは?」
「玩具の類ではなさそうですな」
彼らの目前で浮遊していたのは、人型の何かだった。
緑色に発光する体の上に和風の意匠を凝らした機械じみた鎧が装着されており、両腰には一本ずつ、短い棒状の物体が刀のように差されている。背中にはまるで翼のような、左右対称の幾何学な光子体も背負っていた。
政宗は古ぼけたデッキケースからカードを抜き出した。
「<メインアームズカード>、アンロック」
唱えるや、彼の姿は赤いラインが入った黒い着流しと羽織を纏う侍風に変化する。左腰には同じような配色の日本刀が、帯と腰の間に挟まっている。
左手で鞘を、右手で柄を握り、政宗は腰を低く落とした。
「老師、下がっていてください」
「先に手は出すなよ。何が目的か分からん以上はな」
言われるまでも無い。
そう思った直後、鎧武者の両腕が光を帯びて、一瞬にして大口径のガトリング砲へと変化した。
鎧武者が緩慢な動作で両腕を広げる。
「! 老師……!」
政宗は咄嗟にヤマタの老師を地面に引き倒す。もしこの行動が一秒でも遅れていたら、既に政宗とヤマタの老師はこの世にはいなかっただろう。
鎧武者のガトリング砲が、コンマ数秒遅れて火を噴いた。自らの体をゆったりと回転させながら、まるで薙ぎ払うかのように放たれた高威力の弾幕は、周囲を歩くなりたむろするなりしていた人間の全てを血の煙に変えていた。
弾切れを起こしたのか、砲声が止んでガトリングの砲門が空回りする音だけが聞こえる。やがて砲門は回転数を下げ、完全に動きを止めた。
「……何が起きた?」
「あのまま棒立ちしてたら、我々もどうなっていた事やら」
政宗はむくりと立ち上がると、デッキケースから四枚の<バトルカード>をばら撒く。
「<バトルカード>・<バウンドパネル>、アンロック」
唱えると、散らばった四枚の<アステルカード>が鎧武者を取り囲み、光子の四角形となって肥大化する。
政宗は大太刀の鞘を払って跳躍。先程展開した<バウンドパネル>の一枚に飛び乗って、また別のパネルへと飛び移る。
「ふんっ!」
気を発し、跳躍。通り過ぎ様に刀を一閃させ、鎧武者の脇腹に斬り傷を入れてやる。鎧武者が斬撃の衝撃でぐらりと体を揺らす。
後はもうこの攻撃の繰り返しだった。別のパネルに飛び移っては相手を翻弄し、パネルの効果によってバウンドしながらの斬撃。この手のヒット&アウェイは七十を迎える老体にはさすがにきつかったが、相手に飛行能力がある場合に限っては遠距離攻撃だけで済ませられるだなんて甘い思考は持ち合わせていられない。
直接この手で叩き落とした方が、もっとも確実だ。
現にこの斬撃の繰り返しにより、相手の装甲や本体となっているであろう人型の発光体にはきとんとダメージが入っている。手応えも<星獣>を斬っているのと変わりはない。
鎧武者が高度を下げてきた。おそらく、飛行の為に必要なエネルギーが足りなくなっているのだ。
政宗はこれをチャンスと捉え、次に飛び移ったパネルを思いっきり踏みつけ、今度は鎧武者の遥か頭上へと跳躍する。
「<バトルカード>・<ストームブレード>、フォースアンロック!」
<ストームブレード>の力を四枚分解放。政宗の白刃が、一瞬にして巨大な竜巻を帯びる。
「<カードアライアンス>・<トルネードブリンガー>!」
<カードアライアンス>。特定の<バトルカード>の組み合わせによって発動する、<バトルカード>戦術最強の必殺奥義。
いまや一個の巨大な竜巻そのものを振り上げ、政宗は眼下の敵を再捕捉する。
「かあっ!」
刃を一閃。荒ぶる白い竜巻が鎧武者を飲み込んだ。周囲の街路樹やビルの窓ガラスが一斉に粉微塵と化し、近辺に駐車されていた車やトラックがズタズタに引き裂かれては宙を舞う。
けれど、災害じみたその光景は、たった一瞬で終わりを告げた。
なんと、竜巻の中心で浮遊していた鎧武者が平然と腰のビームサーベルを抜刀し、こちらに向けて一回刀を振っただけで、<トルネードブリンガー>ごと政宗の胸板を引き裂いたのだから。
「な……っ」
驚くのも束の間、周囲に吹き乱れていた風圧が掻き消える。
鎧武者は負傷したまま落下する政宗を、直接首を掴む事で受け止めてしまった。
「一体……何が……」
鎧武者が万力のような凄まじい力で首を締め上げてくる。兜から覘く爛々とした眼光が、いまの政宗にとっては酷く恐ろしい。
いや、それだけではない。敵がたったいま<トルネードブリンガー>ごと政宗を斬ったビームサーベルの尺は、おおまかに見ても彼の刀と同じくらいの筈だ。なのに、あんな離れた距離からどうやって斬撃を届かせた? 飛ぶ斬撃にしても速すぎる、ビームの刃を伸縮させたとしてもやはり速すぎる。
その上、鎧武者は全くの無傷だった。さっきまで装甲から人型の光子体まで、全体的なダメージがきちんと入っていた筈なのに。もしかして、自動修復機能でも備わっているのだろうか。
「政宗!」
すぐ近くから、地に這いつくばって傷だらけになっていたヤマタの老師が叫んでいる。おそらく<トルネードブリンガー>の余波に運悪く巻き込まれたのだろう。非常時とはいえ、さすがに申し訳無い気分になってくる。
「政宗、しっかりしろ! オイ!」
「老師……早く……逃げ……」
園田政宗の人生はそこで終わった。
鎧武者の貫き手が、彼の心臓を貫いた瞬間に。
「政宗ぇ!」
地に叩きつけられた友人の亡骸を目の当たりにして、ヤマタの老師は目を剥いて叫び、立ち上がった。
ああ、何て事だ。
剣の腕だけならあの三山エレナをも上回る人間国宝が――いや、孫にも自慢されて然るべき誇り高い剣士が、あんな一瞬で葬られてしまうなんて。
許すまじき。
ヤマタの老師は、自らの<メインアームズカード>を久しぶりに懐から取り出した。
「歯向かうのは止した方がいい」
怒りが爆発しそうになった直前、聞き覚えの無い声がこちらの思考に冷水をかけてきた。
鎧武者の後ろから歩み寄ってきたのは、いかにも教皇みたいな黒い装束を纏った、よれた長髪の頑丈そうな男だった。おそらく三十代で、その佇まいからは常日頃ヤマタの老師が嗅いでいる「戦士の匂い」が漂っていた。
男はいましがた地に降り立った鎧武者の横に並ぶ。
「お初にお目にかかります、ヤマタの老師。私の事はご存知でしょうか」
「どうでもいいわ、んなもん! 貴様ら、よくも我が友を……」
「ならば私からは、「よくも私の娘を」……とでも言っておくべきでしょうか」
「何だと……?」
男の発言は予想外であったと同時に、ヤマタの老師の中で眠っていたとある記憶を引き出すトリガーにもなっていた。
ようやく最悪の記憶が脳裏で資料化され、こめかみに冷や汗が流れた。
「……まさか、御影東悟……なのか?」
「思い出してくれたようで何よりです」
「なるほど……全く、最近はてんで奇妙なアクシデントの連続な訳よのぉ。で、お前さんの横にいる奴は、一体何じゃ?」
「見ていれば分かる」
東悟が指先で合図を送ると、鎧武者は足元に転がっている政宗の亡骸を掴み上げた。
「……! 貴様、一体何を……」
ヤマタの老師が疑問符を発する前に、政宗の亡骸が緑色の光を帯び始めた。光は徐々に彼の体を侵食し、やがてその全てが本物の光子となって、手の平から鎧武者の体内に吸収されていった。
一連の現象に開いた口が塞がらないヤマタの老師を見て、東悟はただ淡白に述べた。
「これが我々の新兵器、その名も<アステマキナ>。こうして人をアステライトに分解して喰らい続ける事でさらに強くなり、その力は<アステルジョーカー>のそれを遥かに上回る」
「……どうかしている」
根源的な恐怖から、ヤマタの老師は唇を震わせながら呟いた。
「人間を喰らい続けながら稼働する殺戮兵器だと……? 何でそんな物を作った? お前はそれを使って、一体何をしようと言うのだ?」
「勿論、復讐だ」
東悟は訳も無く告げた。
「私の娘は<トランサー>一族によって非人道的な扱いを受けた。奴らは勿論、そんなクズ共を匿ったスカイアステルの連中も、これ以上野放しにしておく訳にはいかない」
「お前の目的はスカイアステルの壊滅か」
「それだけでは無いですがね」
東悟が指を鳴らすと、<アステマキナ>の姿が忽然と消える。
同時に、また別の場所からも砲声と悲鳴、破壊音が激しく鳴り響いた。おそらく<輝操術師>特有の、擬似的な瞬間移動の類でも使用してから、再び破壊活動に勤しんでいるのであろう。
少し離れた位置に立つ商社のビルが、轟音と共に粉々に砕け散る。爆風を乗り物に飛んできた建材の破片が、ヤマタの老師の頬を掠めて切り傷を付けた。
「やめろ……これ以上、ワシの街を……」
「ウラヌス機関に関与している時点であなたも同罪です。恨むなら、我々<新星人>に遺恨を残したスカイアステルの連中にしてください。では」
東悟はまるで友人と帰路を分つ時のように気軽な挨拶をして、この場から一瞬で姿を消した。
『ヒナタ、聞こえるか?』
「感度良好。いつでも行けます」
『では、存分にやれ』
「了解」
セントラルとウェスト区をつなぐ巨大かつ長大な橋を遥か上空から見下ろし、白髪の少年がヘリコプターの開け放たれたハッチから身を乗り出した。
一ノ瀬ヒナタはこれからスカイダイビングを敢行する気でいた。とはいえ、格好はいつもの白マントと、シンプルなフォーマルスタイルだけなのだが。
ヒナタはヘリのパイロットに合図を送る。
「では、行って来る」
「幸運を」
「ああ」
パイロットからの社交辞令を聞くと、ヒナタはハッチから飛び出し、殴りつけるような風圧が支配する大空に身を投げ込んだ。
右手には既に一枚、<アステルジョーカー>が握られていた。
「<アステルジョーカー>、アンロック」
ヒナタのカードが白く発光し、奇形の大太刀に姿を変える。
和風の柄と鍔、真っ白で太めの刀身が伸びた大太刀。刃の先端は丸く削られており、美術品としてもただの珍品として扱われそうな造形は、とても星の切り札と呼ばれているようには思えないような外観だった。
これがヒナタの<アステルジョーカーNo.3 ソウルスレイヤー>だ。
「<黒化>!」
唱えるや、たったいま発動したばかりの武装がさらに変形する。
今度出現したのは、白い柄を巻いた黒い刀身の大太刀だった。これは先程の<ソウルスレイヤー>とは違って、見た目だけに限って言えば、ごく普通の造形をした日本刀だった。
<アステルジョーカーNo.X3 ワールドスレイヤー>。<ソウルスレイヤー>よりさらに進化した、<ブラックアステルジョーカー>の一枚だ。
「……いくぞ、<ワールドスレイヤー>」
落下を続けるヒナタの眼下には、視界一杯の海面と一本の長い交通橋が広がっている。
彼は自らの視界そのものを、<ワールドスレイヤー>の刃先でゆったりと何度も横断させた。
すると、橋の真ん中にあたる地点が細切れとなり、重々しく海面へと落ちていった。運悪くそのあたりを通ろうとしていた車両の何台かが、たったいま引き起こされた不可思議な災害の巻き添えとなって、海に転落したり一緒に真っ二つになったりもした。
ヒナタは周囲のアステライトをかき集めて固形の物体を生成する<輝操術>・<飛天>で光子体の足場を生成してそれに乗っかり、宙に立ったまま無線を開いた。
「ボス。任務完了です」
『これでウェスト区は文明社会から完全に孤立した。撤収しろ』
「了解」
ヒナタは無線を切り、無感動に高速移動の<輝操術>・<流火速>で、この空域から瞬間的な退避を果たした。




