5話
オワレナカッタ……
でも話はすすみました
そして
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予想外のことが起こってしまったと理解してから数秒。
とりあえず今の自分にできることは何もないのだということに気づき、ため息をついた。担ぎ上げて運ばれている最中は、ここで無駄に抵抗しなければ、用事も早く済ませてくれて、早めに牢屋に返してもらえたりするのでは!?などという淡い期待を抱いて大人しくしていたのだが、部屋につき、乱暴に床に落とされて、そのまま放置されること数時間。そんな期待などはとっくにどこかへ飛んでいってしまった。
というよりも。
そもそも私、なんでここに連れてこられたのかなんて聞いてない……!
いつ始まってどれくらいで終わるのかもわからないものに、よくもまあ期待などできたものだ。このアホ具合いっそ笑ってください。
アホだけど希望を捨てるわけにはいかない。
とりあえずへこんでも仕方ないので、すべてポジティブに受け取ることにした。抵抗しなかったのは体力温存なのだ。異論は許さん!
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だめでした。アホはアホでした。
なんてアホなの私。あのあと寝てしまうなんて!!!殴りたいけど手が上で括られて殴れない。私はいつの間にやら寝台の上。そして私の上には中年貴族。とりあえず重い。相変わらずの腹だが、今回はあの気色悪い下半身がべったりと私の体に押しつけられている。服は着たままだ。
「一日、いや二日ぶりだな娘。この前はよくもまあ私の大事なものを躊躇いもなく蹴飛ばしてくれたな。そんなに欲しかったのか?気の早い娘だ。誰がそんな簡単にやると言った。恥を知れ」
そう言って、より強めにまた自身の下半身を押しつけてくる。こいつは私が奪えない状況にあるのにモノが押しつけられるほど近くにあるということに屈辱を感じていると考えているようだが、私からすればそう感じていると考えられていることの方が屈辱だ!そして何より、相手の予期せぬ形で屈辱を感じさせられているこの状況が何よりも悔しい。
「まただんまりか?相変わらずのその余裕、どこまで私を苛つかせれば気が済むのだ?……ふっ、まあよい。今回は前と違ってお前は動けない。それに、その頬。まだ痣として残っていてくれて光栄だ。見ていて心底気分がよいよ。もしも消えてしまう時がきたら、私自らもう一度叩いてやろうぞ」
好き勝手言って苛つかせてるのはどちらだ。
なんだか酷い言い草の数々に気を張るのも面倒になって、もう聞いてないふりをした。口をきかないのは頭で感情を処理するのに精一杯で余裕が無いからだし、まあつまりは奴は盛大に勘違いをしているわけだが、もう私の知ったことではない。
そう思って顔を背けたのがだめだったのか、私の態度がいたく気に入らないらしく、また私の胸を鷲掴みにしてきた。
やめろ!さわるなさわるなさわるな!
嫌悪感ばかりが頭に浮かんでくるけれど、ここでろくに動かせない体で何でもないような抵抗をして滑稽な姿を晒すのは嫌だった。これはすなわち、奴の自尊心を高揚させることにも繋がる。絶対に願い下げだ。
「おっ、やはり良い感触だなあ。母子とはこのようなところまて似るものなのか?ん?」
やめろ
今ここでその名を出されたら
せっかく抵抗しないように我慢してたのに
滑稽な姿を晒すのはいやだって我慢してたのに
「うわ…うわああああああああぁぁぁーーーいやだ!やだ!もうッ…もういやだ!離せっはなしてよおぉ」
がむしゃらに暴れた。鎖がちゃらちゃら鳴るし、脚だって枷が食い込んで痛かったけど、だってどうしようもなかった。
義母のことを出された瞬間、自制心なんてどっかへすっ飛んでいってしまったのだ。扉が開いたのは、そんなときだった。
そこから出てきたのは、召使い。なんだか顔色が悪い。
「旦那さま、ご無礼は承知で申し上げます、どうかその娘…ひッお、お嬢様に手を出されるのはお止め頂けませんかっ」
どうしたのだろう、私のことをお嬢様などとどんな風の吹き回しだ。
「なんだ急に。今せっかく叫び喚くようになったいいところだと言うのに。楽しみを邪魔されて私は気を害された。今すぐ去ると言うならば許してやらんこともない。さあ、今すぐ去れ」
そんな召使いの様子は目にも入っていないような口振りで、視線も寄越さず手でしっしっと追い払っている。
「だ、だんなさ」
次の句を告げないままに召使いは悲鳴もあげずに音もなく倒れてしまった。
「まったく…役に立たない召使いだな。主人の発情ひとつおさめることもできないなんて。なあ、ご主人」
また、別人の彼が私の前に現れた。今日の彼はどうやら挑発的なキャラのようだ。
音もなくこちらへ移動し、中年貴族が後ろを向いた時には得物を中年貴族の首に当てていた。あれは殺る顔だ。一日ぶりのハルトは相変わらずの黒装束なのに見せる顔だけが違っていて、自分が今までどういう状況にいたかとかそういうことは頭からすっぽりと抜けていた。
「ヒッ、な、何をするつもりだ!?わ、私を誰だと思っている、聞けば誰もが畏れる名門貴族様だぞ。私に手を出して見ろ、即刻国の牢に繋がれてそのまま死罪だ。さあ、今からでも遅くはない、そのナイフを避けるのだ。何も恐れることはない。私の口添えさえあればお前の罪などどうとでもできる。今ならば死罪は免れるようにしてやろう?」
最初はどもっていた中年貴族も終わりの方には調子を取り戻して、またあの饒舌なむかつく語り節を披露していた。それでも緊張はしているようで、時折、口の端からヒヒッという引きつった音が漏れていた。
説得にまったく表情を変えないハルトに業を煮やしたのか、イラついた声で「何をしている、早く避けよ」と迫った。が、それでもハルトは動かない。そもそも何も聞いていないかのようだ。これにはもうカンカンになった中年貴族が「おい!!」と叫ぶと、ナイフを首筋により近づけ、口の端を少しあげた。目許は、笑っているようでまったく笑っていない。恐ろしい顔つきだ。彼はそのままナイフを大きく振りかぶったので、ついに殺る…!?と緊張している私を尻目に、ナイフを持たない左手をヒュンッと振り、手刀でいとも簡単に中年貴族を沈めてしまった。そして気を失った体の勢いのままに私に倒れてきそうになる前に、ハルトが寝台の下に落とした。
倒れてくると奴の唇とごっつんこだ……!と覚悟していた私は、意外と簡単にいなくなった奴がこれまで私に犯してきた悪行を思い起こして、無意識のうちに涙を浮かべていた。
私の手枷と足枷を寝台に繋いでいた縄を得物のナイフで切っていた彼は、体を起こした私の目が潤んでいるのを見
「おい、なんで泣いてる?なんだ、どこ怪我でもしたのか!?」
と狼狽えていた。
さっきまでの余裕そうな様子から一変して私の涙を見ておろおろし出した彼の豹変ぶりが気の抜けたばかりの私にはなんだか面白くて、気がついたら笑ってしまっていた。
口からふふっと息を漏らした私を見て、ハルトは「なんなんだ、泣いたり笑ったりと忙しいやつだ」と困ったようにがしがしと頭を掻いていた。
忙しいのはあんたも一緒だよ、と口にするのは少し癪だったのでもう少し大げさに笑ってやった。
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しばらくして、開いたままの扉から私の知らない黒装束の人が一人入ってきて、「そろそろ撤収だぞー」とハルトと私に声を掛けながら寝台の下に落ちてた中年貴族と扉近くに倒れっぱなしだった召使いを持ってきた縄でひとつに纏め、引きずりながら扉の方へ向かっていった。
ずるずると引きずられていく中年貴族の顔を見ているとなんだか何かしてやりたくなって、気がついたら「ちょっと待って!」と声を掛けてしまっていた。「お?」といって立ち止まった黒装束の人をいいことに、手枷と脚の枷のせいで動きづらいながらも頑張って中年貴族の元まで行き、奴の腹の上に乗った見事な胸を召使いの手を動かして揉んでやった。引きずって行こうとした黒装束の人が「ぶはっ」って言うのが聞こえたけれど気にしない。ついでにハルトのため息も聞こえたけど気にしない。
それにしてもやばい、中年貴族の胸、はっきりいってそこら辺の貧乳で悩んでる女の子たちよりも大きい。どうせなら少しずつ分けてやれよという思いで私の手でパーンと叩いてやった。余程ハルトの手刀が効いているのか、奴が目を覚ます気配はまったくない。逆に召使いの方は微妙に意識がある中で主人の胸を揉まされて気持ち悪そうだった。召使いめ、麻袋の恨みこれで果たしてやったからな。ざまあみやがれ。
気が済んだので黒装束の人の方を向いて「気が済みました。ありがとうございました」と言うと、「こちらこそ面白いものをありがとう…」と言い残してすごい速さで去っていってしまった。声が震えていたがそこまで面白いものだったろうか?まあ個人の基準は違うしね、ということで気にしないことにした。
彼が部屋を出ていくと同時に、ハルトが私を横抱きにして抱き上げた。そのまま廊下にでて辺りの様子を見ると、割れた窓や花瓶の破片が散らばってだいぶ荒れたことになっていた。うわあ…と思っていると、ハルトが段々と割れた窓の方に近づいていることに気がついた。何かみたいものでもあるのだろうか、などと考えているうちに、あろうことか、彼は窓から飛び出したのだ。
真下から少し先に建物があり、そこの屋根にスッと着地したかと思えば、勢いをそのままに助走をつけてまた隣の建物の屋根へと飛ぶ。一体これはどういうことなのかとハルトに問おうと口を開くと、ハルトは時を見計らったかのようにまた次の屋根へと飛び出して、「しゃべるなよ、舌噛むぞ」と低い声で呟いて難なく着地する。自分はしゃべったくせに、と反論も言えない。横抱きにされているので、ハルトの口は私のすぐ耳元にある。こんな至近距離でそんな低い声で呟かれて、私は思わずゾクッとしてしまった。
でもそれは全く不快なものではない、甘美な響き。
そう感じてしまったことが無償に恥ずかしくて、それを隠したくて、ハルトの方を見上げると、顔のパーツは見えないのに骨の浮いたえらや喉仏がやけにはっきりと見えて、思わずときめいた。
外はとっぷり夜だ。
月の明かりがハルトの黒髪や顔のシルエットを縁取るように照らす。黒いと思っていた瞳も、実は藍色だったことに気がついた。なんなんだ、これだから美形はいやだ。月に照らされるなんて、なんてことないことで胸が高鳴る。いつもと違う姿を見ただけで魅せられてしまう。ずるい。
すると、私の食い入るような視線に気がついたのだろうか、ハルトが不意にこちらに視線をよこした。途端にじっと見つめていた自分が恥ずかしくなって、ますます顔が火照ってしまった。たまらず顔を横に逸らした。
盛大に顔を逸らされて気分を悪くしただろうか。そんなこと、この前まで全然考えもしなかったのに。
私も簡単な女だ。
一度窮地を救われて、こうやって横抱きにされていつもと違う彼を見て。そんなことだけでこんな気持ちになるなんて。
きっと次で終われると信じて…
今回も読んで頂いてありがとうございました