2話
何とか続きました…
頬がじんじんして、頭がガンガンして、ひどく寝苦しい。今は何時、私はどこ?朝か夜かも思い出せない。
「んんっ………んん」
「気がついたかしら…あなた、大丈夫?」
知らずと呻く私に優しい女の人の声が聞こえた。目を開けたいのにまぶたが上手く上がらない。滲む視界で捉えたのは金と紫。髪の色だと認識できたのはそれからすぐのことだった。
右手を額に当てようとして、同時に左手も上がってくる感触に一瞬で意識が浮上した。
「私……牢屋入れられて…扉閉まる音がして……」
「合っているわ。ここはあなたが連れてこられた牢屋の中。あなたを入れていた麻袋は私とこの子で取ってしまったの。突然麻袋に入った何かが部屋の中に入れられたからとても驚いたわ」
譫言のように呟いた私の言葉にも、金髪の人が優しく答えてくれた。そこから私が気を失っていた間のことを丁寧に説明してくれたので大人しく聞いていると、その間に紫色の髪の人は冷たい水を飲ませてくれた。
金髪の人はラヴィーネと名乗り、紫色の髪の人はミーシャだと名乗った。
まず二人から、自分たちは自ら潜り込んだのだと教えられた。聞かされた話を要約すると、あの中年貴族は国の方に抵触する行為を数多く行っていて、こえして娘を買うこともそれの一環であったというのだ。具体的にいうと奴は国庫の金に手を付け、それで儲けた金で娘を買い、手元に置いたり売りさばいたりしてさらなる儲け、もしくは自分の快楽を得ていたのだという。
まったく気持ち悪いことこの上ない。
そして、明日の夜中にこの二人の仲間たちがやってきて、ラヴィーネとミーシャと私の三人を迎えに来るらしい。
本当はもっとたくさんいたらしいのだが、この二人とその仲間たちがうまく逃がし、証人として保護しているのだという。最後の最後に二人だけになって、あとは自分たちが脱出するだけになった昨日の夜、突然私が新しく入ってきて、もしかしたらここへ置いて助けられなかったかもしれなかったと教えられた。私としてはそもそもここから出られる希望はほとんど持ち合わせていなかったので、見つけてもらえたのは運が良かったとしか言いようがないが、もしもあと一歩遅くて私がまだここに入れられてなかったらどうであったのかを尋ねると、ここにラヴィーネとミーシャを助けに来る人たちとは別働隊で中年貴族の屋敷に突撃する部隊があるらしく、そこで運がよければ保護されるか、悪ければ人質にされるか、はたまた勘違いされて殺されるかなど、結構な瀬戸際にいたらしい。
とりあえず今は牢屋にいれられた翌日の朝で、今日の夜に明日の脱出計画について確認するためにその彼女たちの「仲間たち」が来るらしい。本当は私が牢屋に入れられたその瞬間も同じ部屋にいたらしいのだが麻袋の中で外が見えない私はもちろん、普通に目が見えていた召使いさえも気がつかなかったのだから、それなりにベテランなのは確かだろう。
夜中まではすることがないので、とりあえず私は必死に頬の傷を冷やしたり、睡眠をとったりして休息に努めていた。鏡がないので見られないが、私の頬は相当ひどく腫れているらしい。殴るのにどれだけの力を込めたのか、想像しただけでも気分が粟立つ。ラヴィーネに一体何をしたのかと聞かれたので、胸を揉まれたので股間を蹴ったと言ったら戸惑った顔をされてしまった昨日は暗くて見えなかったが明るい中で揉まれた胸を見てみると、くっきりと指の痕がついていた。一体どんな力で揉んだのだろう。どこが味見よ、変態中年貴族め。
私の服装は正面から見るとかすかに胸の谷間の線や胸の影がみえるようになっている、黒のオフショルダーの膝丈ワンピース。なんの装飾もないが、胸元や腕、脚は確実によく見えるデザインだ。これは義母に着せられたものだったが、なるほど、これならば中年貴族が私に味見」と言ったことも分からないでもない。胸か、腕か、脚全て味わわなければそれはすなわち「味見」なのだろう。本当にクソだ変態中年貴族。しかもこのワンピースのせいで昨日の暴行の痕が蹴られた背中以外のところは全部見えるようになっているのだ。左半身の局所的な痣や、殴られた頬。揉まれた胸の指の痕。
でも、ここから出れるという希望が見えている今は昨日のような自棄の思考にはならない。
一生、味わせてなどやるものか。
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無事に中年貴族に呼び出しを受けることなく夜になった。そろそろ中年貴族が寝静まって警備が数分の一、手薄になるのだという。
密かにそわそわしていると、ラヴィーネさんは苦笑いを浮かべながら、今日ここに来るのは男の人が三人か四人だけで、段取りの確認と、追加の連絡があればそれを聞くだけだけの長くはかからないものだから緊張するほどのことは無いらしい。
私としては特に緊張していたつもりは無かったのだが、そわそわしていたのは事実なので、図星をさされて顔が赤くなるのを感じた。
しばらくすると、天井から静かにコンコン、という音が聞こえた。本能のままに音に釣られて上を向いてしまいそうになった私の肩をミーシャさんがトン、と叩いた。危ない、せっかく静かに合図してくれたお仲間の方たちの配慮を無駄にするところだった。私が顔を下げたそのとき、ラヴィーネさんが空中で手を叩いた。「虫が…」と言いながらも、ラヴィーネさんの視線は格子の奥の扉。牢屋の格子の奥にまた扉があって、そこにしか看守はいないらしいのだが、物音に気づいてこちらをうかがう者がいなければもう見張りももう中に引っ込んでいる証拠らしい。幸い、看守は顔を出さない。もう引っ込んでいるようだ。
その確認が取れると、ラヴィーネさんはまた手を叩いた。視線は天井を向いている。
すると、いつの間にか天井には四角く穴が開いていて、そこから黒い人たちが三人、音もなく降りてきた。肌が黒いとかそういうことではなく、むしろ肌が見えないほど全身が黒で覆われていた。うち二人は髪が金色と赤色だったので、全身黒と相まって変に目がちかちかとした。残る一人は髪が真っ黒で、目も黒っぽくて、顔は口元や鼻を覆うぴったりとした黒い布があるので、辛うじて目の周りの本当にかすかな肌色だけが彼を人間的に見せる唯一のもののような気がした。
そんな私の心中など物ともせず(まあ実際聞こえて無いわけだが)、赤い髪の人が呆けている私に気づいてどんどん近づいてきた。私は座り込んだままなので、自然と彼を見上げる形になってしまう。それにしてもでかい。首が痛い。かと思えばスッと私の前にしゃがんでいきなり目線の高さが同じになった。
そしてじっと顔を見られる。なにかついているのかと思い、頬を擦ってみると「あっ」と彼が声を上げたので怪訝そうな顔をしてみせると、私の頬を指さして「そんなためらい無く擦れるくらいには痛くないの?」と聞いてきた。なるほど、頬の赤みのことを見ていたのか。彼らがくるまでの日中はずっと長いことミーシャさんに手伝ってもらいながら冷やし続けていたので、目が覚めた時な比べれば痛みは引いていた。触るのもためらうほどに酷かったとは。中年貴族め、力の加減もできないのか。とりあえず「まあ、それなりに」と答えると、気になるのかなんなのか、黒く覆われた指先で私の頬をつついてきた。つつかれても痛くないとは私は言ってないぞ!地味に痛かったのでつつきに来た手をべしっと叩いて落とすが、それでも懲りずにカレは両手を使って私の両頬を攻撃してきた。しかし私の手は今は一本も同然。防ぎきれずに困っていると、ラヴィーネさんが彼の頭をはたいて止めてくれた。
「何するんだよラヴィ。いたいなあ」
「あなたが彼女をいじめるからよ。こまっているでしょう。ねえ、……あれ?そういえば名前を聞いていないわ」
「あれ?そういえば言ってませんね。なんか全然支障なかったから言ってないことすら思いつきませんでした」
どうせだから皆に名乗ろうと思って立とうとすると、横から支えが入った。なんだ赤髪もいいとこあるじゃないかと見直して、横を振り向くと、あったのは黒い髪。いつのまに!?と思いながらも礼を言おうとすると彼はおもむろに鼻まで覆っていた布を勢いよく引き下げた。そしてこちらをじっと見てきた。なんだかデジャヴを感じていると、彼はなにを諦めたのか深くため息をつき、支えてくれた時からずっと掴んでいた私の腕をようやく放した。
「……おまえ、ユラーナ・リリソンだろ」
その通り、私の名はユラーナ・リリソン。愛称はユラ、歳は16、って………なんで知ってる!?私はそこまで有名になるほどの何かがあるとは思えない。
普通の容姿で、普通に学校に通う、普通の16歳だ。………ん、待てよ
。学校…?
「ハルト・フィダー?」
「やっとわかったのかよ……仮にも同じクラスだってのに」
こいつ、私のクラスメートだ!
お読みいただきありがとうございました。
黒いの出てきました