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scene2:カナリア村

木龍ユグドラシル。

荒廃していた太古の星に、最初の生命である木々を作った龍である。

主に農耕や狩猟を生活の糧としている人々に信仰されている。

そして今年も信仰者達による、木龍祭が各地で執り行われる。


「去年よりも人が多いな……」


沢山の顔とすれ違う。賑やかな喧騒で村はわき返っていた。

人混みが好きではないキールは、思わず呟いた。

キール達が暮らしている小屋から歩いて30分程の所に、ここカナリア村はある。

ウェストアリア大陸の北西に位置する小さな村で、周辺を広大な山地に囲まれ、農業が盛んであり、特産品のカナリアトマトは貴族達の嗜好品として名が知られている。


「今年はカナリアトマトが豊作だったらしいぜ。他大陸からも業者が仕入れに来てるらしいな」


「そうか……それでこんなに」


鬱陶しそうにキールは辺りを見回した。

大型の馬車が目に止まる。全てに統一されて掲げられている真っ赤な旗には、金色の龍の刺繍が施されている。


「あれは……?」


「ノースヴェルドのイスラファ帝国だな。最近勢力を伸ばしている軍事国家らしいの」


馬車の周りには甲冑を身に纏った兵士達が、槍を携えて立っている。

その威圧感に負けてか、混み合っている中でも、人々はその馬車には近付いていない。

グー爺はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「ふん、人の国でデカい顔をしおって」


「おいおい、グー爺そんな顔で睨むなって。因縁つけられたら面倒だぜ」


「ウルグの言うとおりだ。さっさとブライトさんの家に向かおう」


「分かってるわい……ん、ラキはどうした?」


「ラキ?」


キールとウルグが顔を見合う。そして同じタイミングで肩を落とした。


「またか……」


「……あぁ、いつも通りにな」


ラキの奔放癖は昔からだ。

興味を引く物があると、周りにお構いなしに突き進んでいってしまう。


「まぁ、夜になれば戻ってくるだろう。――先を急ぐぞ」


そう言ってグー爺は歩を進めた。後にキールとウルグが続く。

木龍祭に踊る群集の中に、すぐに三人は紛れていった。


――――――


――――


――


ラキは完全に迷っていた。

キラキラ光る縄を担いでいた若い商人を見つけ、それに惹かれて後をつけていたら、いつの間にか三人とはぐれてしまっていたのだ。

「あれれ……皆どこ行っちゃったんだ?」


キョロキョロと辺りを見回すが、背の小さな彼には行き交う人々の腰しか目に入らない。


「どうしよ……ブライトさんの家よく分からないしな」


完全に迷子になってしまった。

しばし考えた末、仕方なく真っ直ぐ道なりに進むことにした。

人混みの中をかき分け歩く、すれ違う人々は農民が多かった。

泥の臭いや草の臭いが色々混じっている。

しばらく進んでゆくと、人の数がさらに増えてきた。

どうやら村の中心地に向かっているようだ

道脇には屋台がぽつぽてと現れはじめた。

珍しい食物や怪しい装飾品などが売られている。興味深いそうにラキはそれらを眺めた。

何店目かに色とりどりな生地を売っている店があった。

ラキはその色彩に目を奪われ、店の前で立ち止まった。

カラフルな生地が山積みにされており、模様もサイズも全て違うものであった。どれにも、金額は記されていない。

その中に気になる物を見つけ、ラキは思わず手に取った。

それはバンダナ程のサイズの朱色の布だった。

縁には金の楔模様が入れられている。


「カッコイいいな……」


「坊や、それが気に入ったのかい?」


店主らしき老婆が声をかけてきた。

灰色のローブを頭から被り、顔は闇に隠れて見えない。だが、井戸の底から響いてくるような声色にラキは寒気を感じた。

「あ、いや、ちょっと気になったっていうか」


「お目が高いよぉ、坊や。それは私の店でも一番値打ちのあるものさ」


そう言って老婆は、掌をこすり合わせた。気味の悪い乾いた音がする。


「あ、オレお金持ってないし、買えないよ。ごめんねっ」


ラキは布を一番上に置くと、店から離れようと腰を上げた。


「待ちな、坊や。私はあんたが気に入ったよ。これはあんたにあげよう」


老婆は微かに震える腕を伸ばし、ラキの腕を掴むと彼を引き寄せた。

そしてラキの頭に朱色の布を巻く。


「ふむ……やはりあんたの髪の色によく似合ってるいよ」


頷く老婆を見て、ラキは頭の布に触れた。

何故だかこれに触れると心が安らぐ気がした。


「ありがとう、婆ちゃん。大切にするねっ!」


「気にしなさんな。それより、仲間とはぐれているんだろう。早く行ってやりな、心配してるだろう」


「そうだった、よく分かるね。じゃあ、じゃあねっ、婆ちゃん!」


別れを告げ、急ぎラキは踵を返す。


「ふっふっふっ、またの」


手を振り去っていくラキが見えなくなるまで、老婆は微笑み、手を振り返してた。

そして彼の背中が見えなくなると、誰にも聞こえない声で呟く。


「ふむ、運命は彼を選んだか……さて、店じまいでもしようかね」


老婆が指を鳴らすと、彼女ごと店も、山積みになっていた布も、全て跡形も無く消え去った。

しかし誰もそれに気づかない。最初からそこには何も無かったかのように人々は歩みき続けていた。


日は傾き始め、村の中心に人々が集まりだす。

木龍祭の始まりが、刻一刻と近づいている。

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