予想
会議室では円卓の周りに、神宮寺を含めた十数人の男が座っていた。
オブザーバーとして呼ばれた神宮寺だが、ここにいるメンツの階級を考えると自分は明らかに場違いな存在であるということを自覚させられた。
「それでは、分析結果を……」
議長をつとめている田村総司令が口を開くと、黒板の前に立っている分析官が頷いた。
「こちらをご覧ください」
分析感の男が持っている棒で、黒板に貼り付けられている地図を指し示した。
手元の資料を見ていた神宮寺は視線を黒板に移した。
「赤い丸で囲まれた部分が、過去一年以内に襲撃を受けた場所です。いずれも人口が集中している地域ですが、他にいくつか共通点があります。一つは、この島の沿岸部であること。二つ目は過去数ヶ月以内に襲撃を受けた地域の近辺であること。三つ目は操獣士の多い地域であることです。これらの条件に当てはまっていない地域は、ほとんど襲撃を受けていません」
「島の外からやってくる害獣たちにすれば、内陸部より沿岸分のほうが狙いやすいから、一つ目はある意味当然のことだ。二つ目も……その地域の周辺が狙いやすいと害獣たちに判断されたと考えれば、まあ合点がいく……ほかに理由があるのかもしれんがな。だが、三つ目はわからん。なぜ、害獣たちが操獣士の多い地域を優先して狙うんだ?」
豊田指令がメガネの縁を押し上げながら尋ねた。
「操獣士を狙うというのは、戦略的には有効です。我々人類にとって、動物たちをクレドスによって使役することは、交通、生産、防衛すべてにとって重要ですから」
「そんなことは分かっている。問題はなぜ、あんな獣どもがそんなことをしようと考えたのかだ?」
「獣ではなく、人間が考えたのかもしれませんね」
「誰かが意図的に操っているのか? しかし、そんなことが可能なのか?」
「我々の技術では、クレドス抜きでは少なくとも不可能です。しかし、文明崩壊前の戦争では、害獣たちを操作する方法があったと考えられます。それによってどの程度のことが可能だったのかまではわかりませんが」
「操れていたのは確かだろうな」
田村総司令が口を挟んだ。
「ドラゴンも一角獣も不死鳥も……昔は存在しなかったのを、人間が生み出したのだろ?。当時の人類がそれらの害獣を生み出した理由が、大戦末期の資源と人員不足だと考えられているが、人手不足なら我々のようにクレドスを用いて、直接乗り込む以外にも害獣たちを操作する手はあったと考えられるだろう」
「しかし、今の技術ではそれは不可能なんですよ」
豊田指令が言った。
「『今の』ではない……『我々の』だ。今もこの地球上のどこかに眠ると言われているロストテクノロジー……その一端を発見することができれば、あるいは不可能ではないかも知れない」
「ですが、そんなものは、この島にはほとんど……見つかったとしても、たまたま流れ着いてきただけのガラクタのようなものばかりですし」
「だが、島の外でなら見つけられるかも知れないだろ?」
「総司令……まさか、あなたは……青龍二番隊のことをおっしゃっているのですか? しかし、あの事件はもう30年以上前のことですよ」
青龍二番隊……その名前を聞いた瞬間、神宮寺の心拍数が僅かにあがった。
すっと目を細める。
数十年前まで、空軍では白龍の代わりに青龍が戦っていた。
当時から使っているドラゴンの種類は変わっていなかったが、何故か当時は人間が乗り込むとドラゴンの体が青色に染まった。
「さあな……だが、全員分の死体が見つからなかったのは事実だろう? それに島の中にテロリストがいたぐらいだ。島の外にいてもおかしくはない。私には彼らが今もどこかで生きているようなそんな気がするんだ。それに……近頃、連携攻撃を行うドラゴンが現れたらしいじゃないか? 私はあらゆる可能性を考慮に入れるべきだとそう思うがな」
校舎の屋上に出た神宮寺は、階段に続くドアに鍵がかかっていることを確認し、ショルダーバッグを下ろした。
月明かりだけでは、心もとないので、ランプに明かりを灯す。
神宮寺はショルダーバッグの中身を取り出して、ランプの灯りを頼りに、それらを組み立てていった。
台座に垂直に突き立てた棒に、方物曲線状の物体を取り付ける。
かつてパラボラアンテナと呼ばれていた装置がこれで完成した。
この装置を使うことで目に見えない『波』を操って、キロ単位で離れているところにいる相手とやりとりできるらしい。
にわかには信じ難いことだが、この目に見えない『波』が、遠くにいる相手とのやりとり以外でも、魔法のような現象を引き起こすところを神宮寺は何度も目にしたことがある。
神宮寺は腰を下ろすと台座に取り付けられているボタンを連続して押した。
このボタンでおされた情報を暗号化して、それを『波』に変換することで遠くにいる仲間にメッセージを送ったのだ。
少し待つと、台座上に並べられている点が、忙しなく点滅を繰り返した。
暗号化された返事が返ってきたのである。
神宮寺は光の明滅を確認して、暗号を解読していった。
まずいことになったと思う。
このままでは、教え子たちが巻き込まれてしまう……
しばらく頭を抱えたあと、神宮寺は再びボタンを打ち込んで暗号を送り返した。
しかし、返事は冷たいものだった。
当たり前だ。
自分たちがやっていることに比べれば、百人そこそこの命なんて取るに足りないものだ。
むしろおかしいのは自分の方だ。
この期に及んで、まだ自分は迷っているというのだろうか。
何より、神宮寺の仲間たちが何もかも制御できているわけではない以上、彼に同情したところで、今更予定が変わることはありえないのだ。
いつの間にか、貧乏ゆすりしていたことに気がつき、神宮寺はタバコを吸って煙を吐き出した。
夜の闇に消えていく煙が、自分たちの運命を物語っているような気がした。