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銀龍の操獣士  作者: 裕裕
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逃避

「5号で視界を確認及び、唸り声Aを発して信号を送り、3号と4号で連携攻撃します。それから、2号で背後を取って、追撃をかけます。僕の番は終了です」

 盤上でドラゴンの形をした小さな駒を動かしながら、海斗は言った。

「じゃあ、私は3号を左に動かして、攻撃をかわします」

 怜香はそう言って、駒を動かそうとした。

「だめだ。前の番までずっと3号は、2号を視界に入れてない。その位置関係では、先に視界を確認しないと攻撃を予測できないから、かわしようがない。もしも、2号の存在を知れるようなことがこの戦闘中に一度でもあれば別だが、水沢の5号が5マス先にいる状況で左に移動するのは、不自然すぎる」

 審判をつとめている教官が首を横に振った。

「それでは、4号に合図を送ってもらいます」

「さっきまでならその判断は正しいが、実戦では『待った』はなしだ。3号はすでに撃墜されている」

「……構いません。4号はそのまま直進します」

「その先には水沢が放った煙幕があるぞ。視界が悪くなって、周りを把握できないうえ、さっきの合図で水沢の1号に位置関係を把握されたままサイドを取られることになるから、次のターンで撃墜されて詰みだな」

「あーまた負けた」

 怜香が椅子の背もたれにもたれかかってのけ反った。

「実戦では、この盤上と異なり、全体を見通せないまま仲間と連携する必要があるんだ。こんなゲームの駒さえ操れないようじゃ、いくら技量があってもすぐに落とされるぞ」

 教官が低い声でそう言うと、怜香は不服そうに頬を膨らませた。


 怜香が小石を蹴り上げた。

「あーもう」

 制服のスカートが揺れ、程よく肉のついた腿があらわになる。

 海斗は頬を染めて、顔を逸らした。

「あんなもん、審判の裁量でどうとでもなるし、大体複数の駒を一人で動かすことに何の意味もないっての。それに、人間対人間っていう構図がナンセンスよ。害獣たちなんて集団でやってきてもろくに連携とれないんだから、そんなの想定する必要ないのに。海斗はどう思う?」

「さ、さあどうかな? 近頃、駆け引きで人間を出し抜く個体まで現れてるらしいし……あながち的外れな訓練だとは思わないけど」

「なにそれ? 年上の意見には素直に賛同するもんよ。あたし、来月で16になるんだから」

 怜香は非難がましく目を細めた。

「僕も今年の10月で16だよ」

「うそ? 海斗って、あたしと同い年だったの?」

 怜香は目を丸くしてやや驚いた調子で聞いてきた。

 彫りは深いほうだが中性的で可愛らしい顔をしているため、海斗は昔から年齢より幼く見られることが多い。

 色白な肌と華奢な体つきも手伝って、ちょっと前まではショートヘアの女の子に間違われることも多々あったし、昔無理やり出場させられた美少女コンテストでスカートを履いただけで優勝してしまった時の屈辱に比べれば、多少幼く見られることぐらいどうでもいい。

「まあ、僕たちみたいに15歳で入学するって珍しいみたいだね。普通は14歳からだから」

「ところで、いつも気になってたんだけど、ポケットに何はいってんの?」

 怜香に尋ねられ、海斗は咄嗟に左手でポケットを抑えた。

「隠すことないじゃん。見せてよ」

 怜香は強引に海斗のズボンのポケットに手を突っ込み、中に入っていたものを取り出した。

 それは高さ一センチほどの円柱状の物体だった。

「なにこれ?」

 怜香は右手でつまむようにして持ちながら、空にかざしてみせた。

「オーパーツだよ」

「オーパーツ?」

「昔は今より、科学が栄えていたって、よく言われるでしょ? それもその一つらしいんだ」

「そんな話聞いたことないよ。大体なんで昔のほうが科学力があったっていうの?」

「大戦争が起きて文明が崩壊したって言われてるよ。僕も詳しくないけどね」

「ふーん。で、これは何に使うの?」

「貸して」

 海斗が右手を差し出すと、怜香は素直に円柱状の物体を渡した。

 海斗が円柱状の物体に触れると、物体の円の片面が光を放った。

「なにこれ? すごい」

「大昔はライトって呼ばれてんだって。裏面のテカってる部分を太陽に向けると、エネルギーを蓄えて、表側を発光させることができるらしいよ」

「こんなモノどこで手に入れたの?」

 やはり聞かれてしまった。

 だから、見せたくなかったんだ……それにこんなものをもらっていることがバレたら、軍か保安庁に没収されるかもしれない。 

 軽率だったなと少し反省した。

「昔……友達にもらったんだ」

「もしかして、その友達ってお姉ちゃん?」

 一瞬、心拍数が跳ね上がった。

 不意をつかれ、否定するタイミングを逃してしまう。

「やっぱり、そうなんだ。ねえ、海斗。聞いてもいいかな?」

「なに?」

「お姉ちゃんと仲良かったの?」

 海斗は無言で頷いた。

「ありがとうね」

「え?」

 思わず聞き返して、怜香の顔を見ると、彼女は目に涙を浮かべていた。

「お姉ちゃん、寂しがり屋だったみたいだから。きっと海斗が心の支えになってくれたんじゃないかって思って……だって、そんなに珍しそうなものくれたぐらい仲良かったんでしょ? きっと、お姉ちゃんも感謝してるよ」

 そうかもしれない。

 怜奈の性格なら、自分に感謝していてもおかしくはなかった。

 だけど、それはきっと怜奈が真相を知らないからだ。

 本当のことを知れば、きっと怜奈は自分を恨んでいただろう。

 自分は結局、死ぬまで彼女を欺き続け、彼女の妹の怜香まで騙そうとしている。

 海斗は歯を食いしばって拳を握り締めた。

「僕は……感謝されるような立派な人間じゃないよ」

 そう言って、足早に立ち去っていた。

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