自責
暗闇の中で、床に座り込んだ怜奈が泣いていた。
なぜか身につけている服はぼろぼろで、あちこちに擦り傷を負っていた。
「大丈夫?」
海斗は恐る恐る声をかけた。
しかし、怜奈はすすり泣くばかりで振り返ろうともしない。
「ねぇ、大丈夫?」
海斗は怜奈の肩に手を置いた。
振り返った怜奈の顔は鬱血してパンパンに腫れ上がっており、蛇のように伸びた舌が飛び出ていた。
首筋には生生しい索条痕がついている。
「カイ君のせいだよ。全部カイ君が悪いんだから。あたし、カイ君のこと信じてたのに、全部知ってたのにあたしを見捨てたんでしょ?」
あまりの剣幕に海斗は後ずさった。
「僕はそんなつもりじゃ……ごめんなさい」
「またそうやって知らんぷりして逃げるつもり? 死にたがってるくせに、全然自殺しようとしないじゃない?」
怜奈はどこからか取り出したナイフを海斗の足元に投げつけた。
「さぁ、早く自殺しなさい。死にたいんでしょ? あたしが死んで悪いと思ってるんでしょ?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
海斗は頭を抱えて、オウムのように繰り返した。
「いまさら逃げようたって、絶対に許さないよ。あんたはあたしを裏切ったんだから。さぁ、早く。早く死ねって言ってるでしょ?」
怜奈はナイフを拾い上げると、海斗の首筋に押し当て、彼の手を握ってナイフを無理やり掴ませた。
怜奈が目を見開き、ナイフを持った海斗の手を強く押しあてる。
海斗の頚動脈が切断され、地が噴水のように吹き出した。
そうして、夢の中の海斗は死んだ。
気がつくと、海斗は医務室のベッドで寝かされていた。
目を開くと、ベッドに向かって座っている怜香の顔が見えた。
海斗の右手を握り締めている。
彼女の頬は濡れていた。
「おはよう」
なんといっていいか分からず、海斗は間の抜けたことを言った。
怜香ははっきりとした二重が印象的な大きな目に涙を浮かべて、口を開いた。
「よかった。あたし、このまま目を覚まさないんじゃないかって心配しちゃった。どこもおかしなところはない?」
「うん、特に異常はないよ。氷室さんこそ大丈夫だった?」
「海斗のおかげでね」
「授業はどうなったの?」
「あのあと神宮寺教官が指示違反した斎田をつれていって、代わりに田中教官が授業を代理できたよ。それから、三十分ぐらい経ってるかな? それにしても、本当にごめんね海斗。あたしのせいでこんなことになって。着地するとき、あたしの下になってかばってくれたよね」
「別に……たまたまだよ」
海斗は怜香から目をそらした。
海斗は怜香にまた嘘をついていたのである。
怜香をかばったのは意図的にやったことだ。
怜奈に瓜二つの彼女を救うことで、罪悪感を誤魔化したかったのかもしれない。
だからこそ、彼女に感謝されたくなかった。
彼女に感謝されることで彼女を騙しているような気分になってしまうからだ。
「とにかく気にしないで。僕も訓練に戻るよ」
海斗は上体を起こした。
「まだ動いちゃダメだよ。さっきまで気を失ってたんだから」
怜香はそう言って、海斗を呼び止めようとしたが、海斗は無言のままやや乱暴に怜香の手を振りほどいてベッドから降りた。
「ねえ、海斗。誰に謝ってたの?」
寝言を聞かれていたのだろうか。
動揺しつつも、そう尋ねてきた怜香を無視して海斗は彼女に背中を向けた。
彼女に嫌われるかもしれない。
しかし、それでもよかった。