怜香
東丘防衛軍養成学校。
それが神宮寺に入学を勧められた学校の正式名称だった。
今日は公民館を借りて、入学検査を行うことになっている。
普段より早起きして、海斗は検査会場の公民館に向かっていた。
並の馬の数倍の大きさがある巨大な一角獣が引く馬車に乗り、半時間ほどで公民館の前に到着する。
左右に割れた一角獣の背中から出てきた操獣士の男に料金を払い、海斗は公民館の中に入っていった。
検査までまだだいぶ時間があるのに、会場にはすでに百人ほどの少年少女が集まっていた。
ここのところ害獣による襲撃が増えたせいで、各養成学校は募集を増やしているらしい。
トイレに行き、鏡の前で海斗は男の子にしては少し長めの髪を整えた。
一昔前と異なり、防衛軍での髪型の規定はかなり緩くなったが、寝癖がついたまま、適性検査を受けるわけにもいかない。
男子トイレを出て会場に戻ろうとした海斗は目を見開いた。
今は亡き幼馴染の怜奈にそっくりの美少女が向かい側から歩いてきたのだ。
顔立ちだけではなく、女の子にしては平均かそれよりわずかに高い程度の身長や、均整のとれた体つきと黒々とした艶のあるセミロングの髪も怜奈と見分けが付かないほどだった。
あまりに似ていので一瞬、怜奈の幽霊が出たのかと思ったぐらいだ。
「あの……」
海斗は彼女に思わず声をかけた。
「どうかしたんですか?」
明るい印象なのに落ち着いた感じのする声まで、彼女とそっくりだった。
「いえ、何でもないです」
海斗は気恥ずかしくなって、その場を離れた。
検査の時間になると、海斗たちは簡単な体力測定と身体測定、健康診断を始めた。
一時検査で特に問題がなかったものだけが、二次検査に進むことになっている。
一通りの検査が終わったあと、身体測定の結果を海斗は見つめた。
身長は170センチ。
体重は54キロ。
視力は2,0以上で測定不能。
身体機能に特に異常はない。
身長は人並みだが、体重が軽すぎる。
腹筋は軽く割れているが、脂肪が少ないかわりに筋肉も細いため力は弱い方だ。
相変わらず目はずば抜けて良いが、視力なんて1.0超えていれば十分だ。
視力が人並みでもいいから、せめて筋量も人並みであって欲しかったと思う。
「身体検査を通過した方は、二次検査にうつってください」
係員の指示に従い、海斗たちはぞろぞろと移動を始めた。
二次検査の会場に入ると、壇上を向くようにして整然と椅子が並べられていた。
海斗はその中の一つに腰を下ろした。
ここで、全体に対しての説明をするらしい。
次第に席が埋まっていき、海斗の隣に怜奈にそっくりの美少女がやってきた。
彼女が軽く頭を下げてきたので、海斗も会釈する。
彼女が椅子に座ると、海斗は、彼女が抱えている身体測定の結果が書かれている用紙を横目で盗み見た。
彼女の名前は氷室怜香というらしい。
苗字は違うが、名前は似ている。
もしかしたら彼女は怜奈の双子の姉妹なのではないだろうかと思う。
化粧っけがないのに、完璧とまで言える程に美しい顔は見れば見るほど怜奈にそっくりだった。
海斗は怜香の横顔を見ながら、左手でズボンのポケットの中に入ってるものを軽く握った。
海斗が二歳の頃に怜奈の家に遊びに行った時に大きなベビーカーがあるのを目にしたことがある。
一人用にしては大きかったので、海斗は子供ながらに疑問に思い、怜奈の母親にそのことを尋ねたが、ごまかされてしまった。
それ以来、捨てられたのかどこかに隠されたのか、海斗はそのベビーカーを目にしていない。
彼女の家に父親がいなかったこともそれと関係しているのかもしれない。
しかし、怜奈の葬式で怜香らしき人物を見た記憶はない。
自分の思いすごしかもしれないと思って、海斗は彼女から目を離した。
一人の男が壇上に上がり二次検査を受けるにあたっての説明を始めた。
2,3分ほど喋ってから小瓶を掲げる。
「ここに入っているのが、神経接続生命体クレドスです」
男はそう言ったが、海斗の視力でも瓶の中に入っているものが見えない。
当然だ。
髪の毛ほどの太さもないのだから。
「これを体内に寄生させることで、自分の脳とほかの生物の脳を接続できるようになり、晴れて操獣士となれます。操獣士になれるものは人口の9割ほどと言われており、また適性のある人にとってクレドスを寄生させることは何の害悪ももたらしませんが、万が一適性のないものがクレドスに寄生された場合、肉体の異形化及び、精神の崩壊を招く恐れがあるので、検査はしっかりと受けてください。それでは男女別に並んでください」
海斗はすでに体内にクレドスを宿していたので、体内のクレドスに異常をきたしていないか、簡単な検査だけを行った。
そうして、入学検査は無事終わり、晴れて海斗は養成学校の生徒となることができた。