手紙
怜香はドラゴンの中で泣いていた。
急に見なくなったと思ったら、海斗は死地に向かわされていたらしい。
彼女がそのことを知ったのは、今朝海斗から送られてきた手紙を読んだあとだった。
怜香は涙を流しながら、ただただ青空と青い海だけが広がるあたりを絶望的な気持ちで見回した。
作戦に参加したのは海斗を含め精鋭ばかりだったと聞くから、案外平気でいるかも知れない。
それでも、彼女の心の中から不吉な予感は消えなかった。
ひたすらドラゴンの翼を羽ばたかせる怜香の脳裏に海斗の手紙の内容が蘇った。
『怜香へ
僕はあなたと怜奈に謝罪しなければいけません。
僕があなたたちに謝罪しようと決心したのは、僕が近日中に死亡する可能性が出てきたためです。
こんな形で謝るのは本当に卑怯だと思いますが、こんな形でこんなタイミングでもなければあなたに真相を伝える勇気を持てませんでした。
あなたは僕を最後まで信じてくれましたが、僕はずっとあなたと怜奈を騙していました。
あなた達に失望され見捨てられることが怖くて仕方なかったせいです。
怜奈のお墓の前で、あなたと会った時、僕が『カイ君』ではないかと尋ねてくるあなたに、僕は嘘をつきました。
実を言うとあなたの睨んだ通り、僕は怜奈に『カイ君』と呼ばれていましたが、あなたが僕の正体を知り、真相に近づくのが怖くてあの時、咄嗟に嘘をついてしまいました。
話せば長くなってしまうので、本筋から外れるところは省きますが、怜奈は僕の身代わりとなって養成学校に入学しました。
僕たちが住んでいた村である問題が発生したとき、本来なら僕が戦うべき立場にいたにもかかわらず、僕が逃げ出してしまい、代わりに彼女が戦う羽目になった挙句、それが原因で彼女は養成学校に連れて行かれました。
そして、彼女は僕が逃げ出したことを知りもせずに『カイ君』ならきっと自分と同じことをしていたと思うと言って去って行きました。
その後、あなたも知ってのとおり、彼女は養成学校でイジメを受けますが、彼女がイジメを受けていることを、あなたと違って僕は彼女の生前に気づいていました。
ひさしぶりに彼女と会った時に、彼女の腕に痣が残っているのを僕が見つけたことに気づくと、彼女は異常に慌てて腕の痣を隠してしまいました。
その後、彼女の様子を伺いに一度学校の近くまで来たとき、彼女が数人の男女に暴行を受けているところを発見しました。
僕が発見したときは平手で叩かれているだけで、大したことをされている様子はなかったのですが、いざ彼女を助けに行こうとしても、足がすくんでなかなか物陰から飛び出せませんでした。
そうこうしているうちに、彼女に暴行を加えていた男の一人がこちらにやってきました。
その男が、仲間たちの死角に出ると、僕はその男の前に飛び出たまま何をするでもなく突っ立っていました。
彼女に対する暴行をやめるように言おうとしましたが、一発腹を殴られただけで僕は戦意を喪失してしまいました。
その男が姿を消すと、僕は助けを呼びに行くことにしてその場から逃げ出してしまいました。
後になって思えば、あの時人を呼びに行ったのは、その場から逃げ出す口実が欲しかったからだと思います。
僕が保安官を連れてきた時には、彼女に対する暴行はもう終わっていました。
それが彼女が亡くなる前日のことです。
あの時、僕が勇気を振り絞って、彼女を助けに入っていればあんなことにはならなかったと思います。
僕が臆病なばかりに彼女を死なせてしまいました。
そして、そんな臆病な僕を彼女は健気にも信じてくれていたらしいことが、後日、遺された彼女の日記を読んで分かりました。
彼女の日記はあなたも既に読んだかもしれませんが、彼女が亡くなる数日前の日付で大体こんなことが書かれていたと思います。
いじめによって負った怪我を気にしながらも、いじめを受けている事実が僕に知られないように彼女は気遣っていました。
その理由は、僕が、彼女をいじめている連中と喧嘩をしてしまうのではないかと彼女が僕の身を心配してくれたためです。
先にも記した通り、彼女がいじめられていることを知った僕は、彼女を助けに入るどころか逃げ出してしまいました。
彼女は恐怖と戦いながらも僕を信じてくれたのに、僕は恐怖に耐え切れず逃げ出して彼女の信頼を裏切ってしまいました。
僕は彼女を騙していたんです。
本当に申し訳ありません。
精神的に追い詰められていた僕は、あなたに恨まれるのを避けるため、そしてあなたに依存するため、罪悪感を感じつつもあなたに真相を話すことを避けていました。
僕はあなたたち姉妹の信頼を踏みにじった臆病な卑怯者です。
どんなことをしても許されるとは思っていませんし、許してもらおうとは思っていませんが、もしも、あなたの気持ちが少しでも晴れるなら、僕はどんな地獄のような目にでもあう覚悟でいます。
あなたが気が済むまで殴りたいなら、何発殴られようとも決して逃げ出すつもりはありませんし、あなたが罪を背負わずに済むように、あなたが一言命令すれば自ら指を折り、目をえぐり、命を絶つつもりです。
どうか僕に少しでも怒りを向けることで、あなた自身が感じている罪悪感を和らげ、あなたと怜奈への償いを少しでもさせてください。
水沢海斗より』
ほとんど過呼吸に陥りながらも、飛行を続けていると、向こう側から何体かのドラゴンが飛んでくるのが見えた。
白龍だ。
それに銀龍も一体だけいる。
でも、唯一いる銀龍は尻尾もなければ、あちこちのウロコが剥がれ落ちており中から赤黒い肉が覗いているうえ、自力で飛行できないのか白龍に抱えられている。
「海斗」
怜香はドラゴンの中で叫び声を上げた。
翼を忙しなく羽ばたかせ銀龍のすぐ近くに行き、白龍たちとともに元来た道を引き返していった。
陸地につくと、白龍たちは慎重に銀龍の体を解体し始めた。
中から目を閉じてぐったりしている海斗がでてくる。
近くで待機していた医療班が海斗の華奢な体を担架にのせた。
ドラゴンから飛び降りた怜香は、担架に乗せられた海斗に歩み寄った。
目立った外傷はないが、顔に血の気がない。手を握ってみるとひどく冷たかった。
怜香は担架に乗せられた海斗と一緒に馬車の中に乗り込んだ。
「海斗……」
怜香の涙が海斗の頬に落ちると、海斗はうめき声をあげて僅かに目を開いた。
「怜香……僕のために泣いてくれるんだ?」
当たり前でしょと怜香は声を張り上げた。
一転して静かな口調で言葉を続ける。
「ねえ聞いて、海斗。お姉ちゃんが遺書でね、『カイ君』にありがとうって言ってたんだよ」
「やっぱり……最後まで僕は怜奈を騙してたんだね」
「違うよ、海斗。お姉ちゃんは全部知ってたみたい。あたしがもっと早く海斗が『カイ君』だって気づいていればよかったね。お姉ちゃんは全部知った上で、海斗が少しでも立ち向かおうとしてくれたことにありがとうっていってたんだよ。その時の海斗にとって、それが精一杯の勇気だって、お姉ちゃんは知ってたから……海斗はお姉ちゃんを裏切ってなんかいない。お姉ちゃんはむしろ海斗に救われたんだよ? 死ぬ前にありがとうって言えたんだから……だかろ、もう……」
自分を許してあげて……
彼女が優しい声でそう囁いた途端、海斗の目に浮かんでいた涙が溢れ出した。
ずっとそう言って欲しかったのかもしれない。
毎日毎日、怜奈を騙したうえ、見殺しにしてしまったという罪悪感で押しつぶされそうになっていたのだろう。
そんな海斗にとって、怜奈からの感謝の言葉は何よりも救いになったのかもしれない。
「怜香。次、目が覚めたら、また会ってくれるかな?」
海斗は弱々しく、手を伸ばし怜香の頬を触った。
「うん、毎日でも一緒にいよ」
怜香は海斗の手を握り締めて穏やかに笑った。
海斗は静かに微笑むと目を閉じた。




