兵器
爆散する仲間たちの死骸の横を海斗の銀龍は通り過ぎていった。
高速で飛行する中、瞬時に無数の敵との位置関係を把握し、際限なく飛んでくる光弾をぎりぎりのところでかわしていく。
翼やしっぽの動かし方ひとつ間違えただけで、その瞬間に死亡してもおかしくない状況だった。
既に海斗はドラゴンの中で失禁していた。
そのことを気にかける暇もないまま、黒龍たちが容赦なく光弾を飛ばしてくる。
海斗も突破口を開くため、仲間の被害を少しでも減らすため光弾をうちかえし続け、既に数えきれないほどの黒龍を撃墜している。
黒龍たちの群れを抜けると海斗たちは一気に加速して、黒龍たちから距離をとった。
出来ることなら、帰りのためにも全滅させておきたいが目的地につく前に戦力を失うわけには行かないし、何よりこんなものをいちいち相手にしていたらキリがない。
黒龍たちの群れを突破してしばらく飛行を続けると、灰色の島が見えてきた。
信じられないことにこの島のほとんどが人工物で覆われているそうだ。
島でほとんど点のような大きさの光がともると、次の瞬間には海斗の近くを飛んでいたドラゴンたちが肉塊と化していた。
少し遅れて爆音のようなものが聞こえてくる。
海斗たちは一斉に散開すると、先ほど光を放った場所にめがけて光弾を放った。
あちこちで小さな爆発が上がり、爆音が一時的に止んだ。
海斗たちの存在に気づいたのかあちこちから黒龍がやって来る。
あまり悠長にはしていられない。
海斗たちはお互いに距離をとったまま、島に近づいていった。
目的地となる電磁波発生装置の場所はわかっている。
だが、遠距離から狙撃できないように巧妙に遮蔽物でガードされており、一度島に上陸することが必要だと考えられている。
それに長時間飛行を続けていればいざという時に全力で飛ぶことができなくなってしまう。
地上に降りたった海斗は自分が見たこともない物質で舗装されている道を銀龍に乗ったまま歩いた。
万が一、広範囲を殺傷できる破壊兵器に攻撃された場合に備え、海斗たちは分散して目的地を目指すことになった。
誰かひとりでも電磁波発生装置のもとにたどり着いて、一撃を食らわせれればいい。
最悪、そのものが帰還できなくても、それで一旦は人類は危機を免れる。
島に住み着いている害獣たちを避けて海斗たちは進んでいたが、突然地面が爆発したり、隣を歩いていた仲間の土手っ腹に風穴が空いたりした。
こちらには敵がどんな兵器を持っているのかわからない以上攻撃を完全に予測することができない。
安全を確認するために、光弾を放ってから移動したかったが、あまり目立つことをするとこのあたりを縄張りにしているドラゴンの群れに襲われる可能性があるし、爆発物を誘爆して巻き添えをくらうかも知れないので無茶はできない。
移動する箱型の金属の物体をしっぽで跳ね飛ばし、いつのまにか班でただひとりになっていた海斗は金属の塊のような要塞に侵入していった。
途中、遭遇した黒龍に仲間を呼ばれる前に、光弾を食らわせて即死させ、海斗は金属でできた狭い通路を通過していった。
通路を抜けるとただっ広い部屋にでた。
天井まで数十メートルある。
そして、部屋の中央には巨大な柱のようなものがあった。
ブリーフィングで聞いた情報から考えるに、これが電磁波発生装置だろう。
「水沢か」
神宮寺の声が聞こえ、海斗は慌てて振り返った。
振り返った先にいた彼の近くには背中がぱっくり開いた黒龍がいた。
いや、既に意思を持たず人間の傀儡と成り果てたそれはあったという方が正しいかも知れない。
これだけ接近されているのに全然気付かなかった。
下手をすれば殺されていたと思い、海斗は冷や汗をかいた。
「この要塞に入った時から、ずっと後をつけさせてもらっていたよ。本来なら、君を仕留めるべきだったんだろうが、そうする気にはなれなかった」
そういった神宮寺は自嘲的に笑った。
彼が嘘をついているように見えなかったので、海斗は銀龍の体から出てきた。
「この柱のようなものが、電磁波発生装置ですか?」
「その通りだと言っておこうか。だが、私に聞いてどうするつもりだ? 嘘をついてるかもしれないぞ?」
「でも、あなたは嘘をつくのが下手です」
「そうかもな……」
神宮寺はふっと笑った。
「だが、俺は結局両方を裏切ってしまった。俺は知っていたんだ。こんなことをしても、何にもならないと……だが、今まで積み上げてきた屍を……仲間たちを、積極的に裏切る勇気はなかった」
神宮寺は険しい表情を緩めると、静かに語りだした。
青龍飛行部隊。
当時の操獣士たちが白龍に乗り込むと、その体が青く染まったため、神宮寺の父親たちはそう呼ばれていた。
害獣への対処法が確立されてなかった当時、神宮寺の父親たちは、ドラゴンの力を使って、それまで、ほとんど撃退不可能だった黒龍たちを次々と撃墜していった。
神宮寺の父親たちは、一躍英雄としてもてはやされたが、あるとき、仲間の一人が飛行中に民間人の虐殺を始めたのをきっかけに、青龍飛行部隊の中から暴力的行動に移るものが次々と現れた。
当時はクレドスに対する知識が今以上に不足していたために、ろくに準備も整えずクレドスを寄生させた時に中枢神経を乗っ取られてしまったのである。
白龍の体が青く染まっていたのも、クレドスが異常をきたしていたためとされた。
薬を使って、副作用に苦しみながらもなんとか自分たちをコントロールしたが、当時の政府は神宮寺たちの父親を抹殺することを決意した。
リスクを覚悟で彼らがクレドスを受け入れると知ったとき、泣いて彼らをたたえたというのに、自分たちに危険が迫ると、あっさり彼らを切り捨てたのである。
青龍飛行部隊の操獣士はほとんど殺されたが、操獣士たちに同情し、政府側の暗殺部隊に裏切り者がでて生き残ったものたちがいた。
それが青龍二番隊と呼ばれる部隊だった。
生き残った彼らは、薬でクレドスの暴走を抑えながらも、英雄だった自分たちをあっさり見捨てた人類に復讐するため数十年かけて、人類の大虐殺を始めた。
「馬鹿げたことだとはわかっている。現在33歳未満の者は当時生まれてさえいなかったんだから。だが、皆、屍を重ねてるうちに引くに引けなくなったんだ。自分達のやって来たことを否定したくなかったからな。これほどの期間がかかると知っていたら、きっと皆、復讐なんて考えなかっただろう。もう終わりにするべきなんだ、こんなことは……だが、私にはその引き金を引く勇気がない」
自分と同じだ、と海斗は思った。
一見屈強そうに見える神宮寺もまた罪悪感を背負って、それから逃げ切ることも立ち向かうこともできずに生きてきたのかもしれない。
海斗は何も言わずにドラゴンの中に戻ると、電磁波発生装置めがけて光弾を放った。
装置は小爆発を繰り返しながら、瓦礫を撒き散らし崩れ落ちていった。
「ありがとう。海斗」
涙を流しながらそう呟くと、神宮寺は安らかな表情を浮かべて、その場に座り込んだ。
このまま、ここで命を落とす気なのかもしれない。
装置が完全に崩れ去ったそのとき、ウィンウィンという耳をつんざくような音が規則的な音が響き渡った。
初めて聞くのに何故か焦燥感を感じる奇妙な音色だった。
「アラート? 一体なぜ?」
へたり込んでいた神宮寺が立ち上がり、部屋の隅にある光り輝く板のようなものを見つめていた。
「ミサイル……だと?」
奇妙なことにそこには、一瞬のうちに変化していく絵や文字が映し出されていた。
「どうしたんですか?」
銀龍からおりた海斗は神宮寺に駆け寄った。
「まずいことになった。この近くの海中基地から、遠距離殺戮兵器が放たれようとしている。発射されればあたりは屍の山だ。着弾点と爆発後に散布される化学兵器の効果範囲から考えて、国が確実に滅ぶだろう」
「そんなぁ」
海斗は声を震わせた。
自分のせいなのだろうか。
自分が後先考えず、電磁波発生装置を破壊してしまったからこんなことになったのだろうか。
「俺たちはとんだ間抜けだ……前文明の技術をとっくにコントロールした気になっていたが、連中がこんなものを用意しているとは……こんなものがあるって知ってたら、今頃人類は滅んでいたんだろうな」
「なにか手はないんですか?」
「着弾する前に、撃墜するしかない。だが、こいつに厄介な護衛がついているな。無人戦闘機とは」
「その護衛ごと一緒に撃墜すればいいんですね?」
「よせ、いくら君でも無理だ。老朽化しているとは言え、相手はドラゴンキラーの異名を持つ空で最強の兵器なんだぞ。生物には倒せない」
「でも、僕のせいなんです……絶対に撃墜しないと」
海斗は目に涙を浮かべて叫んだ。
「君のせいじゃない。放っとけば、どっちみち誰かが装置をぶち壊していただろう。そうでなくても、人類は害獣に追い詰められていずれ滅んでいた。私は、ここの機械を調べて、発射を阻止する方法を調べる。君は急いで島に戻って、大切な人を連れてできるだけ遠くに逃げろ。多分、無駄に終わるだろうがな」
怜香を助けたい。もし急いで逃げ出せば、彼女一人の命ぐらいならなんとかなるかもしれない。
だが、残された人類が海斗と二人だけの状況で彼女は正気を保っていられるだろうか……
それに何より、やるべきことから逃げて、誰かを不幸にするのはもう懲り懲りだ。
海斗は拳を握り締めると口を開いた。
「その二つの兵器を撃墜する方法を教えてください」
神宮寺は何か言いかけたが、海斗の瞳に強い意志を感じ取ったのか、話し始めた。
この島のどこにいるともしれぬ仲間を探している暇はないので、海斗はドラゴンに乗り込むと目的地を目指して飛び立った。
まともに相手している暇がないので、大きく羽ばたいて加速しては翼をたたんで、面積を小さくし黒龍たちの間をすり抜けていった。
気が遠くなるほど、翼で加速を繰り返していると、巨大な筒状の物体が後部から青白い火を吹き出しながら飛んでいるのを発見できた。
ここからあれを打ち落とすだけならそう難しいことではない。
だが、神宮寺の話によると、あの飛翔する兵器にはあちこちに爆薬をしこんでいるため、迂闊に攻撃すると大爆発を起こし、毒を撒き散らすらしい。
撒き散らされた毒には少量でも人間を死に至らしめるほどの力があり、半端な攻撃は極めて危険と考えられた。
唯一の対処法としては、推進力を奪い、毒が密閉されたまま深海にこの兵器を沈めてしまうことだった。
万が一、少しずつ毒が漏れ出しても、このあたりの海は深いから、海斗たちの島に届く前に毒は分解されてしまうだろうとのことだった。
しかし、毒を密閉したまま推進装置だけを高精度で破壊しなければならないため、接近することが不可欠だった。
だが、そのためには、護衛を務めている無人戦闘機なる兵器を打ち破らねばならない。
海斗が筒状の兵器に接近していると、何かが凄まじいスピードで近づいてきた。
危機を察知して咄嗟に海に潜ったが、飛んできた何かが通り過ぎただけで爆風のような衝撃が海中まで伝わってきた。
間違いない。今のが無人戦闘機だ。
海斗は海面から銀龍の顔をだして光弾を続けざまにはなったが、無人戦闘機は完全に海斗の動きを読んでいたように、直角に曲がって、光弾をかわした。
小気味良い連続した爆発音のようなものが聞こえ、海中にいる銀龍に連続して金属の塊がぶつかった。
信じられないことに、水中に潜っている銀龍のウロコが綺麗に割るぐらいの威力があった。
このまま水中にいれば、こちらはまともに動くこともできない。
海斗は光弾で牽制しながら、水中から飛び出した。
子気味良い爆発音がやみ、海斗を追い回していた無人戦闘機が離れてしまった大量破壊兵器の元に戻る。
代わりに空中で直角に曲がり続ける無人戦闘機から、小さな筒状の物体が放たれた。
飛んでくる物体は、銀龍との相対速度で、体感的に遅くなっていたので、銀龍の目を通してみれば充分視認できる速さだった。
筒状の物体をやり過ごそうとして、進路を変えたが、意思があるかのように追跡してきた。
海斗がどんなに複雑な軌道で飛び回っても、しつこく後を追ってくる。
海斗は危険を承知で首だけで振り返り光弾を後ろ向きにはなった。
筒状の物体が爆発し、破片が銀龍の腹部に突き刺さった。
距離があったので、中にいる海斗にまではダメージは及ばなかったが、それでもドラゴンの筋肉を傷つけられたので、機動力が落ちることは覚悟しなければならない。
いつの間にか、すぐ近くまで迫ってきていた無人戦闘機が続けざまに、小さな筒状の物体を放った。
避けきれないと判断した海斗は再び海中に潜った。
流石に水中まではおってこれないらしく、目標を失った筒状の物体は海上をぐるぐると飛び回っていたが、海斗が海面からでてきたところを狙い撃ちにするつもりなのは明らかだ。
水中では酸素を供給できない。
ドラゴンの体も、中にいる海斗も2、3分しかもたないだろう。
このまま水中から光弾を放っても、これだけ距離が開けば、高速で飛び回る筒状の物体を全て撃墜することは難しい。
近づこうにも無人戦闘機が金属の塊を連続して水中に撃ち込んでくるため、あまり上に上がるのは危険すぎる。
呼吸が限界に迫った海斗が気が狂ったように光弾を吐き続けていると、突然、無人戦闘機が筒状の物体を引き連れて、どこかに飛んでいってしまった。
銀龍が海上から顔を出すと、無人戦闘機が飛んでいった方向から、9体の白龍の群れと1体の黒龍が飛んできていた。
助けにきてくれたらしい。
あの先頭を飛ぶ黒龍は神宮司教官が乗っているものだろうか。
ドラゴンたちは巨大な筒状の大量殺戮兵器に向かっていた。
自分の護衛対象の危機を察知したのか、無人戦闘機は加速すると自らが発する音を置き去りにしてドラゴンたちに急接近した。
例の小気味良い連続した爆発とおもに、無数の金属の粒が無人戦闘機から放たれる。
ほとんど瞬間移動のような速さで位置を変え、ドラゴンを射程に入れて、つぎつぎとドラゴンの翼を蜂の巣に変えていった。
無人戦闘機と一緒に飛んできた小さな筒状の物体も、ドラゴンたちを追い回して着弾し瞬く間に撃墜していく。
海斗の銀龍は海上に飛び上がり、翼を広げて体についた水を撒き散らした。
宙を舞う水滴が、太陽の光に照らされキラキラと輝いた。
海斗が接近してくるのを確認したらしく、黒龍が先陣を切って、無人戦闘機に突っ込んでいった。
無人戦闘機は器用に姿勢制御を行って、さまざまな角度で金属の粒を放つも、ほとんど全方位から追いかけてくるドラゴンたちを振り切るのは困難だったようだ。
その間に大量殺戮兵器のすぐ近くまで接近していた海斗が推進装置に狙いを定めて銀龍の口を開いた。
無人戦闘機は、ドラゴンたちの光弾が機体をかすめるのにも構わずに、金属の粒を撒き散らしながら一直線に海斗に向かって突っ込んできた。
金属の粒が銀龍の尻尾を吹き飛ばし、バランスを失った銀龍は海面に叩きつけられた。
無人戦闘機がトドメを刺しに来る。
後ろから追跡してくるドラゴンたちは十数の筒状の物体を放って足止めしている。
金属の粒が海面に突き刺さり水しぶきが上がった。
水しぶきはまるで生き物のように海面を浮かぶ銀龍に、近づいていった。
筒状の物体に追い回されていたドラゴンたちもほとんど撃墜されている。
ここまでかと思ったそのとき、黒い影が無人戦闘機に体当たりを食らわせた。
黒龍だ。
すでに黒龍の下顎は消滅しており、首がほとんどえぐれているため、あの状態では光弾を発射することができない。
振りおろそうとして暴れまわる無人戦闘機に、黒龍は懸命にしがみつくが、体格に明らかな差があるため結果は目に見えている。
戦意を失いかけていた海斗は再び飛び上がった。
ボロボロになった銀龍で再度大量殺戮兵器への接近を試みる。
無人戦闘機は黒龍にしがみつかれたまま海斗を追いかけようとして加速したが、黒龍が噴射口に尻尾をつっこんで小爆発を起こさせた。
あまりの衝撃で、黒龍の肉片とともに無人戦闘機の装甲が吹き飛んだ。
無人戦闘機は執念さえ感じさせるしつこさで、部品をまき散らしながら、近づいてきた。
銀龍の背後から飛んでくる金属の玉もひどく弱々しい。
海斗は銀龍の翼に穴が開くのも構わずに、前を向いたまま光弾を放った。
光弾は完璧に大量殺戮兵器の推進部だけを捉え、大量殺戮兵器は大きな爆発を起こすこともなく糸が切れた操り人形のように、海に落ちていった。
「これで……終わった」
海斗が銀龍の中でそうつぶやいた直後、フラフラと飛行を続けていた無人戦闘機が、後ろから銀龍に衝突した。
無人戦闘機の先端が銀龍の首筋に突き刺さる。
銀龍と無人戦闘機はほぼ同時に力尽き、仲良くくっついたまま墜落していった。




