三日月の観察者
てしてしてしと。矢のように星明かりの射す中道を、道を、猫が歩く。ふらりふらりと楽しそうに尻尾は揺れ揺れ。てしてしてしと一歩一歩を踏みしめる軽やかさで星明かり射る道を歩く。
帳の闇の暗いの中に、矢の軌道のように、線と射す明かりたちだけがひどく眩しい。されど眉をしかめる眩しさでも、天を仰ぐ眩しさでも、なく。なく。帳の闇の暗いの中に、確りとした輪郭を持ち溶け込んでいるその中を猫が、猫が歩く。尻尾は楽しそうに揺れながら。
猫の歩いて来た道は星明かり射す方で、猫が歩いてゆく道も星明かり射す方で。てしてしてし。
歩く猫の道の星明かりのいくつもの射す矢の中のひとつに、ぽつり少女の姿が見えた。黒い瞳をしっかりと開いて射す光をその瞳に取り込んで瞬くことはなくぽつり立っている。立っている少女の手には灯りのない雪洞が。雪洞が。瞬きもせずにぽつり星明かりのひとつに立つ少女は雪洞をかざす。かつてどこかのどこかのどこかのどこかで真冬を告げたときのように雪洞を。光の中にかざされた雪洞はほのりほのりと意匠の花ひらが色づいてゆく。ほのりほのり。ほのりほのり。猫はてしてしてしと歩き続けている。ほのりほのり。緩慢に緩慢に色づいていった花ひらは気付けばやっと全てに色を灯していた。少女はそれを視とめると上げていた腕をおろし翳していた雪洞は下ろされる。色づいた雪洞に灯りは入ってはいない。ただ象られた花ひらたちのみが色を灯した。少女はそこで初めてひとつ瞬いた。ぱちりと音が響き渡りそうなくらいはっきりとした瞬きだった。音が聞こえたのかてしてしと歩いている猫が立ち止まることなく少女を振り返る。少女も猫を振り返る。一度だけ瞬いた黒い瞳は星の明かりを取り込んできらきらしている。きらきらしている瞳で猫を見つめた少女はちらと小さく雪洞を持たぬ手を振って、くると足を上げ星明かりの射すひとつからいなくなった。
猫は少女に尾を振った。
ちりんと鳴る透明の音が星明かりの遠くのひとつから猫の耳にぴくりと動く。てしてしてしは歩みを止めることはないが、その方角に顔を向けた。そこには煙管を口に加え、白い息を吐いた男がいた。笠を被った男の顔は見えない。見えない。ふうと煙を吐いた男が猫を向き、口元だけで笑う。笑い、星明かりのひとつからいなくなった。
猫は笠の男に尾を振った。
てしてしてしてしと。矢のように星明かりの射す道を、道を、猫が歩く。ふらりふらりと楽しそうに尻尾は揺れ揺れ。てしてしてしと一歩一歩を踏みしめる軽やかさで星明かり射る道を歩く。
猫の歩いてきた道は星明かり射す方で、猫が歩いてゆく道も星明かり射す方で。てしてしてし。てしてしてし。
時折誰かに尾を振りながら、時折誰かに尾を振りながら。
てしてしてしと。
星明かり射す道を猫が歩く。