守ってきたものとは
「セルー……お兄様。やめて……。」
祭壇の方からミーツェのか細い声が聞こえました。
その声にセルスロイが一瞬反応したのをギルの目は逃しませんでした。
ガキンッ
黒い剣を薙ぎ払ってギルはセルスロイを床へと押し付けました。
すると今度はセルスロイの首に黒い影が巻き付いて行きました。
「なに!?」
ーーどちらが死のうが我の知ったことではない。
苦しそうにもがきだしたセルスロイを見てギルはすぐにまとわりつく影を外そうと力をこめますが上手く行きません。
「死ぬな!セルスロイ!」
ギルは叫びました。
その時、教会の窓があけ放されたのです。
ーーー忌々しい!
一陣の風と共に眩しい光が入ってきました。
ーーーふん、興醒めだ……
諦めたのか邪神はそのまま去って行ったようでした。ギルが見上げると腰を抜かしたように尻餅をつきながらラルフが必死に窓を開いていました。
「行ったのか?」
急に静かになった室内に鳥のさえずりが聞こえてきました。
「セルスロイ?」
ギルは声をかけましたが、セルスロイは青い顔をしたまま動きません。
「くそっ!」
ギルは心臓に胸を当て、鼓動を確認しましたが動いている様子は有りません。それを悟るとギルは体を起こしてセルスロイに心臓マッサージを施しました。
「死ねな!」
何度も息を吹き込んでも、胸を叩いても、セルスロイは人形のようでした。
「死ぬな!セルスロイ!」
必死なギルの叫びにふわりと冷たいものが触れました。
「!?」
見るといつの間にかギルの前に雪の魔女が現れていました。雪の魔女はギルにゆっくりと微笑むとギルを片手で制してセルスロイの額に白い滑らかな手を置きました。雪の魔女は何事かを唱えると一瞬痛みを伴う様に顔をしかめました。
「何か、悪いものがセルスロイの体に?」
こくり、と雪の魔女は頷きます。
「助かるのか?」
雪の魔女が困ったように微笑むとセルスロイが咳き込みながら息を吹き返しました。
「ゲホ、ゲホッ……。」
ギルは思わずセルスロイの背中をさすりましたがセルスロイは腕を振ってそれを拒絶しました。
「なぜ……なぜ助けた……!」
紅い目で睨まれてギルは宙に浮いた手を下しました。
「ミミが、泣くから。」
その言葉でセルスロイはハッとしました。
「ミミは猫だったときお前を庇って毒矢を受けた。……それほど大切な存在が居なくなってはミミは泣くんじゃないか?」
「……。」
「俺は、ミミが悲しむところは見たくない。ミミは母の恩人だ。俺はそれに報いたい。」
ギュッと拳を握るとギルは立ち上がりました。そのとき、後ろからミーツェが雪の魔女に助けられて祭壇から立ち上がっていました。
「セルーお兄様。……私は……お父様の子ではないの。」
「ミミ!?」
「お父様はとってもお母様を愛してた。だから、私を産んでお母様が亡くなってから……心が壊れてしまったの。冷たくされたとしても仕方ないわ。でも、小さいころから寂しくなかったのはお兄様が居たからよ。お兄様が居たから、守ってくれていたからどんな辛いことも頑張ってこれた。」
「……。」
「愛してるわ。お兄様。でも、家族の愛なの。私、ギルに出会ってそれが分かったの。」
「……。」
「私、ギルが好きなの……。」
ミーツェの告白にギルは足を止めました。セルスロイは、ただ俯いていました。ミーツェがどんなにギルの事を想っていたかはセルスロイが一番知っていたからです。
「でも、私。キジロでずっと行かず後家でもいいと思ってるわ!お父様には悪いけど、自業自得でもあるのだから私の顔を見たくないって言っても居座っちゃうもの。」
ミーツェは明るく、セルスロイの言う太陽の笑顔でそう言いました。