セルスロイとアルギル
「ギル……。」
それは、小さな小さな声でした。きっとギルにしか拾えないほどの……。
その声を聞いたギルは顔を上げて男に尋ねました。
「この教会はやけに薄暗いのですね。」
「ええ?そうですかね?」
「ええ。そうです。だから、すぐには気付けなかった。」
「……。」
「お前には、影が無い……ラルフ!すぐに全ての窓を開けるんだ!」
ギルの声にニコニコと笑っていた男の顔がぐにゃりと歪みました。
「お前には見覚えがあるぞ。」
「なあんだ、つまらない。つまらないなあ。」
男はそう言うとくつくつと笑い始めました。
「悲しむお前の顔を堪能してやろうと思ったが、まあいい。色恋沙汰で姫を巡って世継の王子に何かあったら……どうなるだろうねえ。戦争が起きたら……楽しいだろうなあ。」
「何を!」
ギルが剣を抜いて男に切りつけました。男は笑い顔のままギルに切りつけられると紙のように薄く闇が広がるように伸びました。
ーーほうら、セルスロイ、殺すがいい。
この男はお前から姫を奪いに来たのだから
純粋で穢れも知らない男だ。お前と正反対じゃないか。
望まれて生まれて、周りに愛され、欲しいものは思いのままだ。
なんの苦労もせずに自由に動き回って「正義」という名の免罪符でやりたい放題だ
ギルが見ると黒い影がセルスロイに巻き付いていました。
「くそっ!邪神め!セルスロイ!目を覚ませ!」
ギルはセルスロイに声をかけましたがセルスロイは丁寧にミーツェを祭壇に横たえるとどこからか現れた黒い剣を構えました。
「私は貴方みたいな人が大っ嫌いです。世界に愛されて当たり前に生きて、苦労という苦労も不幸も知らない。だからあんな安っぽいロゼの猿芝居に素直に騙されてしまうのです。」
「……やはり、お前が……。」
「ミミは女で生まれたことで随分王宮で肩身の狭い思いをして育ったのですよ。しかも、自分を産んだせいで王妃は亡くなってしまった。それゆえ父親も愛情を与えてはくれない。ミミが王宮で愛されて育ったのはあの子自身の強さに皆が惹かれていったからです。私はミミを理解できる。私たちは支え合ってきたのです。」
「……。」
「大切に守ってきたミミをポッと出てきた貴方に攫われるなんて冗談じゃありません。」
「ミミの意思は無視というわけか?」
セルスロイの手にした剣は彼の不自由な足を庇う様に勝手に広がり、滑らかに動き、ギルに向かって行きました。
「すぐにミミは気付く筈です。一時の感情で貴方を選んで後悔させたくない。」
「俺がミミを傷つけると?」
「はっ。貴方は全く分かっちゃいない。貴方の存在は私たちを惨めに思わせるのですよ!」
次々と繰り出されてくる剣をよけながらギルは頭を巡らせました。セルスロイの影は彼のもののようです。きっとまだ彼は邪神に魂を渡しているわけではない筈だと。それに、分かったことが有りました。セルスロイとミーツェはギルの思っていたよりも深い所で支え合ってきたようです。
「私たちが懸命に努力して掴んだものは貴方にとってただ手を伸ばせば良いものです。……価値観がちがうのです。貴方はミミがどれだけ隠れて泣いていたかも知らない!」
「わかった。では、ミミと一緒に話し合おう。俺もミミを愛している。悪いようにはしない。」
ーー騙されるな、セルスロイ。そいつが言っていることが本心だとしてもお前の望む未来はない。
「そうです。貴方は易々とミミを手に入れるのです。」
ギルがセルスロイの剣を剣で受けながら横目でラルフの動向を伺うとラルフは窓を開けようと邪神と戦っていました。ミーツェを早く探すために他の従者と別れたために今ここに居るのはギルとラルフしかいません。
「どちらが、という話はしていない!無理やりミミを手にしてもミミは泣くかもしれないだろ!?」
ギルのその言葉にセルスロイは怯みました。
セルスロイのただ一つの宝石。
太陽のように輝き
真っ暗闇の自分を照らしてくれていたミミ。
誰にも涙を見せず、自分にだけ弱みを見せてくれていた。
愛しい娘。