偽りの誓い
その日の為に用意した純白のドレスをセルスロイはミーツェに着せていました。
されるがままのミーツェがふとセルスロイに尋ねました。
「綺麗なドレス……。」
「そうだよ。私たちはこの日を待ち望んでいたのだから。」
「ごめんなさい……思い出せなくて。」
「いいのだよ。私はミミを愛しているし、ミミも私を愛しているのだから。」
「そう……。」
セルスロイは着せ終わると今度はミーツェの髪を梳かしました。されるがままのミーツェがセルスロイをぼんやりと見つめていました。
「セルスロイ様のご衣裳も綺麗ね。いいえ、あなたはいつでもとっても……綺麗。私、難しいことが上手く考えられないの……でも、セルスロイ様が幸せになれるように願っていた気がするわ。」
ポツリ。
ミーツェはセルスロイにそう言うと目を瞑ってしまいました。
その言葉に……
セルスロイの手は震えてしまいました。
用意の整ったミーツェを大切に抱き上げてセルスロイは足を僅かに引きずりながら海辺の小さな教会に向かいました。祭壇には如何にも田舎者の立会人がそれらしい服を着て立っていました。
「これは、これは、なんて美しい花嫁さんと花婿さんだろうね。花嫁さんが病気で結婚を反対されたってね。こんな田舎町まで来て想いを遂げるんだ、応援するよ。」
少しお腹の出たその男はそう言って教会の規定に沿って祝辞を述べ始めました。
「
大地の恵みを共に感じ
その恩恵に心から感謝し
その実りを共に愛し……
」
誓いの言葉が交わされる寸前にガタリと教会のドアが揺れました。
光の射す方には髪を振り乱した青年の姿が見て取れました。
*****
「セルスロイ、あなたはいったい、何を?」
むせ返る甘い匂いにギルは眉をひそめました。
「無粋ですね。こんなところに乗り込んでこられるなんて。」
セルスロイはギルを確かめるとそう言いました。開け放ったドアからは風が吹き入ります。ふわりとベールが揺れてセルスロイの腕の中に居たミーツェはわずかに顔を向けました。
「ミミ!」
ギルの叫び声に虚ろな瞳のままのミーツェは答えません。
「貴様!ミミに何をした!」
ギルが二人に駆け寄ろうとしたところ、にっこりと笑う立会人の男が割り込みました。
「おやおや、……ふうん、ほうほう。」
男は笑い顔のままギルを覗き込むとうんうんともっともらしそうに何度も頷きました。
「この二人は周囲の反対で結婚が出来ないでいたんですよ。何度もここにご相談に来られてね。相思相愛であるのに可哀そうではありませんか。貴方もそう思いませんか?」
その言葉にギルは胸が詰まりました。
「何度も、ここへ?」
「ええ。」
「二人とも愛し合っていたと?」
勢い余って来てしまったギルは途方に暮れてしまいました。ギルが危惧した通りに二人は……。ギルは動揺して立ち尽くします。
「ギル様、このセルスロイにお情けを。ご存じのとおり義父は私とミミの結婚を認めてくれません。ミミと私は二人で示し合わせて此処へ逃げてきたのです。」
「……。」
「さあさあ、そちらの方もお二人の証人になっていただきましょう。」
そう言うと男は結婚承諾書を出してきました。
「ギル様!?」
後から追いついたラルフがギルに声をかけました。眩しそうに男がラルフに頼みました。
「これからこのお二人の結婚を司祭様に認めてもらうのです。おめでたい席に貴方もどうぞ。……そこのドアは閉めて頂けませんか。」
その言葉でラルフはぺこりと頭を下げると訝しげに主人を見つめました。
「早く、ドアを閉めてそちらにお座りください。」
二度目の声が教会内に響いたとき、ミーツェが小さな声を上げました。