ミーツェの行方
「さあ、お食べなさい。」
ミーツェはぼんやりと目の前に出されたスープののったスプーンを眺めました。
美しい男ーーセルスロイは一旦スプーンを皿に戻すとミーツェの上半身を起こす様に背中に枕を入れました。その動作はとても慎重でとても丁寧です。ミーツェは何も考えられないものの目の前のセルスロイの他に頼るものもなく、唇を薄く開けました。
「貴方は……本当に私の……夫なの?」
辛うじて音になった言葉にセルスロイは微笑んで答えず、スプーンを滑り込ませてスープを流し込みます。何度かそうするうちにミーツェの唇からスープが僅かにこぼれました。セルスロイはそれを見つけると指で唇をかすめ、拭き取るようにして自らの口に運びました。
「明後日、フルハップの教会で私たち夫婦の誓いを立てましょう。そうしたら、誰も私たちを離す者はいない。」
フルハップの教会で夫婦と証明されればミーツェはセルスロイの伴侶としての記述が残ります。そうすれば一国の王子の妃になるわけにはいきません。セルスロイから離れたとしても離婚歴が残るのですから。
「……。」
セルスロイの言葉にミーツェはなにも返せません。彼女は何も考えられないのです。
「愛してます。ミーツェ。」
男は微笑みました。
美しく。
そして残酷に。
*****
「ミーツェ姫が見当たらないと?」
問うたギルにキジロ王はオタオタとしています。
「あ、あの子は少々お転婆で……。きっとすぐに戻ってまいりましょう。それより、すぐにでも書類はそろえた方が?承諾の署名はすぐに入れます。」
その言葉にラルフが眉間にしわを寄せました。
「婚姻の承諾の署名は国にとっての大事。ミーツェ姫のお顔も見れぬのに……。」
「ラルフ。良い。署名も欲しいのですがミーツェ姫の姿を見たい。ところでセルスロイ殿はどこに。」
ラルフを片手で制してギルはキジロ王に尋ねました。数分後に戻った衛兵はセルスロイの所在も分からないと言いました。
「立ち入ったことを伺いますが…キジロ王、セルスロイ殿はミーツェ姫を貰いたいと言っていたのではありませんか?」
ギルは王を見据えると低い声で問いました。その言葉にビクリと王の肩が揺れ、それが真実であると語っていました。
「いや、だからと言って……。まさか……我が子の様に可愛がって来たセルスロイが……。」
狼狽するキジロ王はその可能性を打ち消そうと必死でしたが、ミーツェは見つかることもなく、セルスロイが城に戻ってくることもありませんでした。
******
「ラルフ、何かわかったか?」
「はあ。ミーツェ姫は……その、キジロ王に可愛がられていたという感じではありませんね。実際セルスロイ殿の方が可愛がられていたようです。あ、でもキジロ王以外にはそれはそれは可愛がられていたそうですよ。明るく正義感が強くて人懐っこい……なんていうかどこに居ても人を引き付けるカリスマ性のある姫だと皆が口をそろえていってます。城で馴染めなかった幼いセルスロイ殿をミーツェ姫が救ったという者もいるくらいです。昔からセルスロイ殿がミーツェ姫に執着しているのは見て取れたそうですよ。ミーツェ姫も慕っていたとか。フルハップに出たのもミーツェ姫と結婚する為だろうと言われています。……キジロの民は二人の結婚を望むものも多いようです。……ギル様……」
「なんだ?」
「キジロ王に反対されたミーツェ姫がセルスロイ殿と手を取って逃げたとも考えられます。」
「しかし。」
「キジロが立ち直るためにギル様は政略結婚の相手としては十分です。姫自身に結婚の承諾は頂いたのですか?」
「それは……。でも喜んでいるように俺は見えたぞ!拒否されてはいない。ーーさっきから何が言いたいんだ、ラルフ。」
「あまりにいつものギル様とは違い、冷静さに欠けると言いたいだけです。」
ラルフの言っていることは真実で、ギルはミーツェにきちんと返事をもらっていないことに焦りました。キジロが断れない縁談を出されてミーツェはどう思ったのでしょう。ギルが強引に事を進めたと取られても可笑しくありません。
「とにかくミミを探すことが先決だ。なにか事件に巻き込まれているかもしれないだろ。もしも、ミミが……。」
「セルスロイを選ぶなら」そうギルは言葉に出して言うのを躊躇いました。ギルは自分でも良くわからない感情の波に押し上げられていました。少し前に温もりを感じたミーツェはギルの言葉に嬉しそうに顔を赤らめました。ギルはその姿を信じたいと目を瞑りました。
お互いに求めあっていると。
そう、ギルは強く願いました。