アルギルの決意
またまたご無沙汰です。
ミーツェが目を覚ました所は濃密な甘い匂いが立ち込める一室のベッドの上でした。
「ここは……。」
身体を少し起こそうとしたのですが思う様に力が入りません。するとカチャリとドアが開い長い銀髪の美しい男の人が入ってきました。
「もう少しお眠りなさい。」
男の人は優しくミーツェに微笑むとそう言いました。
ミーツェは頭の中が曇ったように心もとない気分になりました。大切なことが思い出せず、考えると酷く頭が痛みました。
「貴方は……。」
男の人の顔すら思い出す事も出来ません。不安げな視線を向けると男の人はミーツェに言いました。
「私の名はセルスロイ。あなたの夫です、ミーツェ。」
セルスロイ……そうミーツェが口を僅かに動かして確認するとセルスロイは満足そうにミーツェの髪を撫でました。
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城に帰ったギルは急ぎで正装すると書類を整えてキジロ王に会う用意をしました。
「アルギル様、落ち着いてください。ミーツェ姫が『ミミ』だと決まった訳ではありません!ちゃんとロゼフォート様のことも調べ上げませんと!」
あまりの性急さにラルフがそう言いますがギルは聞く耳は持っていないようです。
「ラルフ。俺は例えミーツェ姫が『ミミ』でなくとも結婚する。ありえないがな。ロゼを拘束せよ。テルゼを騙した罪は重い。」
ギルは酷く後悔していました。猫嫌いの国の姫が猫嫌いとは限りません。セルスロイの想い人だったとしても自分が望むなら努力すればいいのです。表面上の事に惑わされてこの2年間を無駄にしてミーツェにも辛い思いをさせました。
「これでは、母上の時と同じではないか。」
ゴブリンだったときの母親を思い出してギルは苦い気持ちでいっぱいになりました。
「『ミミ』は人を外見で判断なんかしない。俺の片目が義眼だったときも、母上がゴブリンだったときも。いつも身を挺して俺たちを守ってくれた。そんな素晴らしい女性に求婚することがおかしいことだろうか。」
そうギルがラルフに問いました。その言葉にラルフは何も言えなくなりました。ロゼはギルの美貌を称えても目の心配をしたことが有ったでしょうか。今思えば結婚することに躍起になっているとしか思えません。ギルは片目が義眼になってから一度だけ城に来ていた令嬢と会いました。彼女はそれに気づくとあからさまにギルに怯え、蒼白になって帰って行きました。テルゼの王は娘に口止めをしてギルは片目を隠す様に髪を伸ばしました。そうして名前や身分を変えて異国の地で魔女を探し回ったギルはさらに自分の片目が人に良い感情を与えないことを学んだのです。
「ラルフ。俺の為にキジロ王に会いに行く用意をくれないか。」
「御意に。」
主人の想いに答えるべき、ラルフは頭を巡らしました。
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「それは、それは……こんなにうれしいことは無いが、急なお話ですね。」
面喰いながらもキジロ王はギルの申し出を快く受けていました。あの大国テルゼの王子からの申し込みに首を縦に振らない訳は有りません。
「しかし、あなたにはロゼフォート様というご婚約者がおられたのでは?ミーツェは側妃という事でしょうか。」
ここでギルはキジロ王に違和感を感じました。目の前の父親は娘が正妃でなくとも貰い受けられれば満足と行った様子でした。一人娘にしては冷たいように感じます。
「……こちらの事情で今は申し上げられないがロゼは婚約者ではありません。ミーツェ姫は正妃として迎えたい。」
「せ、正妃ですか!これ、ミーツェをすぐに呼んで参れ!」
ギルの言葉に有頂天になったキジロ王は家来にミーツェを呼んでくるよう申し付けました。
ニコニコと笑うキジロ王。その王を冷静に観察するギル。
けれどいつまで経ってもそこにミーツェが来ることはありませんでした。