白猫の正体
「アルギル様がロゼ様と距離を置く気持ちが最近分かってきましたよ。最初は慎ましくって綺麗な方だと思っていましたが。」
「……。ラルフ。その話はいいから報告を。」
「あ、ああ。はい。これです。」
部屋に入るなりロゼの文句をいうラルフも相当溜まっていたようです。しかしそれをギルに目で制されて「ミーツェ王女の報告書」を渡しました。
数枚めくってギルは手を止めました。
「なんだか数々の武勇伝のある姫だな。俺の想像していたのと違う。」
「ええ。私も驚きました。お忍びで良く街にも降りているらしいですよ。そこでゴーデイト様と出会われたようですし。」
「これならデイが母さんに似ていると言っても頷けるな。」
「あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「ここに、魔女が居た時は塔の部屋に移されて死んだように眠っていたとあるが?」
「ええ。私たちがセルスロイ殿に聞いたときは一度目を覚まして閉じ込められていたと聞きましたね。」
「ずっと眠っていたなんて……まるで母さんみたいじゃないか?」
「はあ。ミーツェ姫も魔女に何かに変えられたってことですか?」
「……可能性はある。母さんはテルゼで最も嫌われるゴブリンだった。この国で一番疎まれる姿は……。」
「そりゃあ。猫ですね。え!?ちょっと、待ってください。魔女とキジロ王の結婚式にミーツェ姫は出ていましたよね?」
「ずっとそう思っていたし、その後倒れたと聞いたときも数日で起き上がったとセルスロイに聞いたんだ。だからこそ違うと思っていたんだが……。でもここにある王女の性格の方が『ミミ』らしい。なによりセルスロイが必死に探していたのは『白猫』。探していたのが王に粗相をした『猫』でなくて、愛しい『猫』だったとしたら?それに、こんなに俺とミーツェ姫が会ってないのはおかしくないか?」
「しかし、それではロゼ様が……。」
「そもそも、それも怪しい。確かに旅の話には詳しいが肝心な事は濁してばかりだ。ロゼの身辺をもう一度洗ってくれ。俺達はセルスロイに良いように騙されていたのかもしれない。」
「……。」
一緒に魔女と戦った記憶がギルたちにセルスロイが味方であるように思わせていました。彼の想いが想い人に届くようにさえ願ったくらいです。ラルフはまだアルギルのいう事が素直に呑み込めませんでしたがロゼに対する違和感がザワザワとしました。ラルフが街で買ってきたミーツェの絵姿を見て二人は黙り込みました。
「とにかく、ミーツェ姫に会ってみよう。」
ギルがぽつりと言い、ラルフは頷きました。
推測でしかない。
そうギルは自分に言い聞かせましたが浮き立つ気持ちは抑えられそうもありませんでした。
******
「なんでアルギルが付いてくるんだ?」
デイの目がうさん臭そうにギルを捕らえます。
「さあ。そんなにデイが褒めちぎるミーツェ姫を見たくなったのさ。」
「ふん。お前にだってやらんぞ。」
デイはミーツェに宛てた礼状の裏にに暗号を入れました。遊び心で入れたものでミーツェが気付いても気付かなくてもいいとは思っていました。『街でお茶をしよう。待ち合わせはこの前の丘で』そう、デイは書きました。しかし、思っていたよりあっさりと暗号は解かれてすぐに手紙が届きました。デイは感心しましたがミーツェが暗号返しで返事をしてきてしまい、逆にやり込められてしまいました。デイにはそれが解読できずにギルに暗号を解いてもらいました。返事は『黒髪の町娘で良ければ』と言ったものでした。当然アルギルは付いてきます。どうにもバツの悪いデイはそれを断ることは出来ませんでした。
木陰には黒髪の町娘が立っていました。
デイが嬉しそうに声をかけようとしたとき、こちらに気づいた娘はひょっこりと木陰から顔を出しました。
思わずギルの口から言葉がこぼれました。
「ミミ!」
デイから視線をアルギルへと向けた娘は驚きのあまり立ち尽くしました。
ギルはどうしてそんな名前を口にしてしまったのか自分でもわかりませんでした。「ミミ」は私だと言って証拠まで持っているロゼが居て、目の前の娘はただその水色の美しい瞳をしているだけ。慎重に物事を進めてきたギルが衝動に任せて根も葉もないことを口にだすなんて。
でも。
その髪が栗色だったとしても
その髪が黒髪だったとしても
彼にとって特別な「ミミ」は目の前に居る娘でしかなかったのです。
一方ミーツェにはもうギルしか見えていませんでした。信じられないことに彼は自分を「ミミ」と呼び、近づいてきます。
「探したんだ。」
ミーツェの腕をとってギルはそうミーツェに言いました。
「ずっと……。」
ミーツェはそれには答えずにギルの瞳を覗き込んでいました。
「貴方の瞳が戻って良かった……本当に。」
その言葉に愛しさを感じてギルはミーツェを抱きしめました。