距離
「毎日毎日、困ったわね。しかもお父様が乗り気なのだから。」
デイからの花はミーツェの部屋をあふれ出ています。
「取り敢えず会ってお話をしないとね。」
ギルとも会えないのに、とは続けて声には出せませんでした。控えている侍女に今夜の晩餐には出ると申し出てもデイは晩餐には出ないと言いました。暗号には街でお茶をしようとあの丘での約束がありました。
「デイってこんなに強引だったのね。」
ミーツェが小さな白猫だった時のデイは猫好きで世話好きなその強面の外見とのギャップが面白い人だった筈です。
「このまま……。この話を受ければ少なくとも親戚としてはギルと会えるかもしれないけど。とにかく、先にギルに会わないと。」
ミーツェは首を振るとクローゼットの中から侍女の服を取り出しました。そして、自分の気持ちに区切りを付けようと。ミーツェは思うのでした。
*****
侍女の変装をしてミーツェはギルのいる客室のある方へ向かいました。栗色のカツラは街中で披露したためにもう使えないものとなっていました。ですので今日は暗い黒に近い髪色のカツラでした。
「今日は出かけていないと聞いたけれど。」
ロゼが庭が気に入ったと聞いたのでギルはそこに一緒に居るのかもしれません。ミーツェに暗い想いが甦ります。
「……分かってたことよ、旅のお礼を言うだけなんだから。」
そうこうしているうちに薔薇の門が見えてきました。そこはキジロが誇る庭園でお祝いごとのある日に年に数回一般公開もしているところでした。
「あそこに……。」
柱の陰に隠れてミーツェはその人物を捉えました。ミーツェが恋い焦がれたギルはすぐそばに居ました。
「ああ……。」
ミーツェは言葉も出ませんでした。ギルは2年前よりもより男らしく成長していました。少年だった面影は薄れ、逞しさも備わって見えました。美しい深緑の目は相変わらず引き込まれるかのように美しく、そして確かに両方揃っていました。ミーツェはただ、ただ見つめるだけで涙がこぼれました。
「……ギ……ル……。」
ミーツェはこんなにも気持ちが動かされることに自分でも驚きました。久しぶりに会って違和感を感じるかもしれない、会っていない間にきっと思い出も美化されているに違いないと。でも、そんな淡い期待は見事に打ち砕かれてしまいます。目に捕らえた青年は美しく、さらにミーツェを引き付けて止みませんでした。思い切ってミーツェが足を前に出そうとしたとき、隣から小鳥のさえずりの様なかわいらしい声が聞こえてきました。
「アルギル様。あちらに座りましょうよ。」
慌ててミーツェは物陰に隠れ直しました。もう一度こっそり覗くとそこにはうつくしい女の人がギルの手を引いていました。
「風がでてきましたよ、ロゼ。部屋に戻られては?」
「ふふ。アルギル様が上着を貸して下さるでしょ?」
恋人たちは寄り添うように奥のベンチへと進みました。--少なくともミーツェにはそう見えました。
「……わかってた筈じゃないミーツェ。」
そうは呟いてみたものの、ミーツェは苦しくて胸を押さえました。
……そうしてミーツェは結局ギルと顔を合わせることも出来ずに部屋へ戻りました。
*****
「アルギル様。」
ロゼに連れられて美しい庭園に出たギルはラルフの声に救われるような気持ちで答えました。
「ラルフ、報告をきかせろ。
すいません。ロゼ。私はこれから大事な話がラルフとあるので部屋へ戻ります。」
「え!?今来たところではないですか!?ラルフも気の利かない!」
ロゼは久しぶりのギルとの時間を邪魔されて怒っていました。最近のロゼは少し癇癪気味でラルフでさえちょっと眉を寄せることもありました。一国の王女だとしても領地はラルフの実家の方が大きい貴族です。それなのにもうアルギルの妻のように自分に尊大な態度をとるロゼにラルフは不満を持っていました。
「ロゼ。とても大事な話なんだ。」
ギルがロゼに言い聞かせるとロゼは不満げな顔をラルフだけに見せてギルには慎ましいと思える笑顔で答えました。
「では、また後ほど。アルギル様……約束ですよ。」
そんな彼女の顔を見て心の中でため息をついたギルは何も答えず、微笑んでから庭を後にしました。