祖国を離れて
それからミーツェは少年とともに船に乗りました。
弱っていたミーツェは5日間シーツの上で眠り、少年は甲斐甲斐しくミーツェの世話をしました。
「骨は折れてなかったようだな。少し元気になってきた。」
ミーツェの体を撫ぜながら少年が言いました。滑らかなその毛皮は高価はビロードのようです。
「ギル様がこんなにお優しかったなんて……。ううっ。」
「いちいち、うるさいな。泣くな、ラルフ。」
「その優しさを淑女の皆様に分けてあげれませんかね。」
「ラルフ!」
「……すいません。」
従者らしき男を少年が睨みました。どうやらこの掃除係は良い家の出のようです。城に仕えるのは身元のしっかりした貴族の者と決まっています。階級が高くても兄弟が多ければ掃除係などに回されることは珍しい事ではありません。
『ベットメーキングのサラは12人兄弟の10番目だったかしら。きっと10人以上は上に居るのでしょうね。』
ミーツェが一人で納得していると少年から提案がありました。
「お前にも名前が必要だね。そうだなぁ。」
『猫にも名前が必要よね。私はあなたのこと今日からギルって呼ぶわ。』
どんな名前を付けてくれるのでしょうか。ミーツェはわくわくして耳を動かしました。それを見たギルは
「ミミ。」
『え?』
「ミミはどうだい?可愛いじゃないか。」
ミーツェはびくりとしました。小さいころはみんなミーツェのことを「ミミ」と愛称で呼んでいたからです。
『ビックリしたわ。でも、わかりやすくていいわね。』
その日からギルはミミをいっそう可愛がりました。
動けるようになってから夜バスケットから抜け出したミーツェは甲板に上がると船尾から祖国を眺めました。
『お父様の怖い顔……。国はどうなってしまうのかしら。』
その方向にもう陸地はとっくに見えません。月明かりが波をゆらゆらと浮び上げています。王様と国のことを考えるとミーツェは悲しくなりました。
『きっと人間に戻って帰るわ。あの魔女にいいようにされてたまるものですか。』
なけなしの気力を搾り出して声に出すものの、ミーツェの小さな声は塩風がさらって行きました。
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「ミミ、バスケットに戻って。フルパップに着いたよ。」
朝食が終わったミーツェにギルはバスケットに戻るように言いました。外がざわざわしています。
『とっても良くしてくれてありがとう。着いたら私はお兄様のところへ行くわ。ギルにお礼をしたいけど、今私は猫だし……。』
意を決したミーツェはギルの頬にキスをしました。ミーツェの精一杯の感謝の気持ちです。ところがギルは
「ミミ、お前からキスしてくれるの?ああ、なんて可愛いんだ。世の中にこんなに可愛いものがあったなんて!ラルフには内緒だよ?俺がお前にに首ったけなのは!」
そういってミーツェを高々と抱き上げてキスの雨を降らします。
『ちょ、ちょっと!駄目!ねえ!く、唇はだめよ!そ、そんな!イヤ~~~!』
ミーツェには気の毒ですがギルがキスを止める事はありませんでした。ちゅっちゅと音を鳴らしながら時折頬ずりまでもしてきます。
『私は猫、猫、猫……猫なのよ。……だから、今のはファーストキスじゃない……。な、無し!無しなんだからぁ!うう。』
しばらくの間ミーツェは壁に向って呟いていました。
船が港に着くと今度の検問は簡単なものでミーツェはバスケットの中で安心して船から下りました。
バスケットの外からはギルの声が聞こえます。
「セルスロイにはすぐに会えるのか?」
「明日。例の場所で。」
二人は囁くような声で言いましたがバスケットの中のミーツェにはしっかりと聞こえました。しかもその名前が出たことでミーツェは驚きました。
『どうしてギルが。』
ミーツェは港に下りたらギルと別れるつもりでした。その、名前を聞くまでは。
『セルーお兄様の名前を?』
疑問に思いながらミーツェはその人物を確かめることにしました。