愛の告白
愛してる
そう言ったセルスロイは別人のように見えました。セルスロイの腕の中でミーツェはこの温もりが架空の出来事のように感じていました。
「セルーお兄様と……結婚……。」
ミーツェが幼いころはよくセルスロイに「お兄様と結婚する」と言って笑われていました。美しくて賢く、そして何より優しい兄がミーツェの自慢で憧れでした。
「ミミ。私は本気だよ。お前さえ頷いてくれれば何も心配することは無いんだ。」
「……。」
そうは言うもののキジロ王はミーツェとセルスロイの結婚は望んでいません。ミーツェは知っていました。父王がセルスロイがキジロに戻ってくると喜んで縁談を調えているのを。キジロ王はそれほどにセルスロイに期待をしていました。
「そうすればお前はキジロを離れなくとも済む。王妃となって私をささえて欲しい。」
セルスロイのその言葉でミーツェは我に返りました。何よりもキジロ王がミーツェに国に残ることを望んでいない事をミーツェは悲しくも感じ取っていました。そしてその訳も。
「セルーお兄様のお気持ちは嬉しいです。でも私の為にお兄様が犠牲になってはいけないわ。それにお父様は私を手元に置くことは望んでいないのです。」
ミーツェは姿勢を正すとゆるりとセルスロイの腕を体から離しました。
「ミミ?」
「私は、大丈夫です。お兄様。」
ミーツェはセルスロイに精一杯笑いかけました。その笑顔が痛々しくて……セルスロイはそれ以上ミーツェに話しかけることが出来ませんでした。
セルスロイはミーツェの憂いを取り去ることが先決だと感じてミーツェの部屋を後にしました。王とミーツェには以前から何かしら確執が有るように感じていましたが、ミーツェがローランドの子であることはセルスロイは知りません。
「なぜだ……。」
こんなに手を尽くしても自分を焦がす娘は手に入りません。
「どうしたら!」
ままならない身体にしびれを切らしてセルスロイは体を支えて居たステッキを床に投げつけました。
カラン
カラン……
ステッキはまるでセルスロイの心を表す様にくるくると回転しながら転がって行きました。
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セルスロイが部屋を出た後、ミーツェはただ混乱していました。父を想って咄嗟に断れた自分を褒めてやりたい気分です。
「……。」
「愛してる」とセルスロイは言いました。見たこともないような熱っぽい顔で。きっとギルと出会っていなければ浮かれていたことでしょう。
「お体が不自由になってきっと心細くなっているんだわ。」
セルスロイが急にミーツェにべったりになったのは足を悪くしてからです。そう考えるとミーツェは心が落ち着きました。
「私がこうも落ち込んでいるのが悪いのよね。セルーお兄様が心配して私を留めれるようにと考えるのもそのせいだわ。」
ミーツェは引き出しに入っていたギルのメッセ―ジを手に取るとすっと息を吸い込みました。
「落ち込んで部屋に隠れてるなんて私らしくないわ。せめてギルに会ってお別れにお話しでも出来ないかしら。」
ギルの隣になんて大それた想いが無ければいい。ただちょっとだけ猫であった時に優しくしてくれたことにお礼を言おう。そう、ミーツェは思い至りました。
「ちゃんと会えたら……。きっと想いも断ち切れるわ。」
そんな風に自分を言い聞かせてミーツェはギルに会いに行くことにしました。きっとミーツェはどうにかしてギルに会う理由が欲しかったのです。押さえ込んでも押さえ込んでも溢れてしまう気持ちに蓋を出来ないでいたのです。
しかし、ミーツェが意を決して出席したその日の晩餐にはギルの姿はありませんでした。