キジロへ
「どうしてこんなことに?」
ギルは恨めしそうに母親を見つめました。
「貴方が何度も一人でキジロへ行こうとするからですよ。」
母親はにやりと笑って息子を制しました。今までギルの「特別」だとして危険が及ばない様にロゼの存在はひた隠しにしてきました。でもつい先週から王妃が大っぴらにお茶会に彼女を招いたり、意味深な言動を繰り返すので周りはロゼのことをギルの婚約者扱いするようになりました。
「いいじゃない。アルギル、いつまでミミを待たせるつもり?いつまでも待ってくれないわよ?思い出のキジロに一緒に旅行でもしたらきっと気持ちが戻るんじゃないかしら。」
あんなに会いたいと急いで帰ってきた息子はだんだんと人間になったミミに興味を失ってしまって行きました。ミミとの約束もあるので王妃はなんとか二人の仲を取り持とうと必死です。「女の人」にまだ興味が無いだけ。だからきっとあんなに好きだった猫のミミの面影を見出せばきっとギルはミミと結婚したくなるに違いないと王妃は思っていました。
「全部、手配済みなのでしょう。」
諦めたようにギルはこぼします。彼はもう一度栗色の髪の女の子に会わなければ気が済まないと思っていました。一目ぼれなんて信じていません。もしもあの一瞬だけの勘違いなら母が気に入る娘と結婚してもいいと思っていました。……本当にそう思うならきっと会いたいなんて思わないのですがギルはそこまで分かっていないのでしょう。
「ロゼを呼んでくるわ。」
母は彼女を面と向かってミミと呼んでいませんでした。なんどかそう呼んでみたものの「しっくりこない」のです。それはギルも同じようで彼に至ってはロゼが居ない時にもその呼び名を口にしませんでした。とくに深くは考えずに本当の名が有るのだからとロゼと呼ぶのが普通になっていました。
「ミミに悪いか……。」
確かに、人間に戻ったら素っ気なくなったというのは失礼なんじゃないかと思えてきました。それでも、ロゼに猫であった時のミミの生命の源とも思えるあのオーラを感じることは出来ませんでした。
「はっきりさせないと。」
何を。それが分からないままギルはもう一度ため息をつきました。自分の心がこれほどまでに囚われていることを彼は認めれずにいました。
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ギルは何度も栗色の娘の情報を集めようとしました。しかし、あまり探りを入れるとキジロ王から縁談を勧められるのでほとほと困っていました。つき返してもミーツェ姫の姿絵は何度も送られてきたとラルフも言っていました。
「まったく母上は……。」
ギルは一度ミーツェ姫の姿絵を見たことが有ります。しかし、それはキジロ王が華美に画家に描かせすぎていたもので美しいと言っても似ても似つかないものに仕上がっていた一枚でした。その後はミーツェが自ら修正するように言って忠実に書かれましたがその一枚だけはどこかの女神を模していていたのです。全くにていないその絵がギルの中でのミーツェ姫でした。
「ラルフ。出発の準備をする。」
「ゴーデイト様をお呼びいたしましょう。王妃が手回しなさったそうでいつでも呼んでくださいとのことですよ。」
「どうしてセルスロイがいるのに俺に縁談を進めるのかわからないがキジロの王は苦手だ。母上も分かっていて面白がっているのだろう。こっそり行くつもりだったのに堂々と復興の協力として訪問を申し込むとは。」
「ロゼ様と一緒なら大丈夫だとお思いなのでしょう。」
そう言いながらラルフはギルがお忍びで何度もキジロに行こうとする方が不思議でなりませんでした。あんなにかわいがった元猫はロゼであるといのに。ラルフはこの旅で主人が身を固めてくれるといいと切に願っていました。
一方いきなり「キジロ」へ旅行しようと言われたロゼは青ざめました。
「どうしよう。」
セルスロイの言う通りにすれば大国の王子の妃の座を手に入れられる筈でした。しかし、優しくされるものの2年経っても手すら繋いでもらったことはありません。
「でも、これが上手く行ったらきっと……。」
初めは大国テルゼの王子というだけでロゼはこの話を受けました。でも……。
「アルギル様は私を選んでくださるわ。……ああ……アルギル様……。」
震える唇で言ったロゼはもうギルの魅力に夢中になっていました。