想いは届かず
月日は2年ほど過ぎて行きました。ミーツェはキジロへと戻ってきたセルスロイと共に国を盛り立てていました。
国中は元より近隣諸国でもミーツェとセルスロイは決まった仲であると噂されていました。二人が揃って出かけてもこんなに絵になる二人はいません。セルスロイの足には少し障害が残りました。でも、杖を突いて歩くセルスロイは自分を支えるミーツェを想うとそんなことはどうだっていいことに思っているでしょう。
「よくやってくれた。セルスロイ。お前がこの国の後継者にふさわしいと改めて思い直したぞ。」
キジロ王は満足げにセルスロイに言いました。この2年でキジロは目覚ましく復興を遂げて観光地としての信頼も取り戻していました。
「なにか褒美をやらねばならぬな。」
「そう言って下さるなら……義父上。私にはたった一つ欲しいものが。」
キジロ王はセルスロイが久々に父と呼ぶ事に気を良くしていましたが、続く言葉には頷きませんでした。
「なぜだ。ここまでしているのにどうして王は私とミミの結婚を認めない。」
王との謁見を済ませたセレスロイは悔し紛れに拳で壁を叩きました。
お膳立ても十分整ったのにキジロ王はセルスロイには有力貴族の娘を勧め、ミーツェを外に嫁がせると言って聞きませんでした。復興の為に退けた見合いの数々はもういくらも残っていません。近隣諸国ではセルスロイが傍に居るためにミーツェに手を出すものもいませんし、遠方ではミーツェをいくら美しいと言って絵姿だけで娶るなんて良縁が残っているとは思えません。
「……ミミが乗り気でないからか。」
兄と慕っていてもそれ以上は拒否されているように思う態度を想い浮かべてセルスロイは苦笑いしました。なんとかミーツェを説得しなくては。セルスロイは軽く足を引きずると廊下を歩いて行きました。
*****
「駄目……か。」
一方ミーツェは先ほどローランドに頼んでいた書類を開けるとため息をつきました。
何度かテルゼに見合いの姿絵を強引に送りましたがなしのつぶて。王妃に宛てて書いた手紙も返事は来ませんでした。猫の時と違って今は気軽に国外へも行けないミーツェはテルゼの噂を聞くことしか出来ません。ローランドが調べてくれたテルゼの動向は政治的な動きしか報告されていませんでした。
『美男子と言ったらセルスロイ様に並ぶのはテルゼのアルギル様』
そんな噂もちらほら。
「ギルは素敵だもの……。もう会うことも無理かもしれない。」
頑張っていたらきっといつかは会えるとミーツェは小さな手紙の入ったバスケットを大切に持っていました。ミーツェにとってギルが独身なことだけが希望の光でした。当然王妃に宛てた手紙はセルスロイが破棄していましたし、見合いの姿絵は公のものなので届いていたようですが「猫嫌いの国の姫など……ましてやセルスロイ様と恋仲だというのにどういうつもりか」とラルフに捨てられていました。ミーツェは知る由もありません。
「どこか、適当なところに嫁ぐしかないかしらね。……ギルと私では元々違い過ぎるし。」
最近はどこへ行ってもセルスロイとの仲を勘ぐったように言われます。しきりに父が外に嫁ぐように勧めるのはきっとミーツェが本当の娘ではないからだろうとミーツェは分かっていました。
「この頃特にお母様に似てきたと言われるもの。お父様もお辛いでしょう。」
ローランドに言えばきっと慰めてくれるでしょう。でも、それでローランドの胸を痛める事はミーツェには出来ません。
「ああ。私に羽があったら飛んでいくのに。いいえ、せめて男の子だったら密航でもなんでもしてテルゼへ行くのに。」
一目会うだけでもいいと本気でミーツェは思い始めていました。想っているだけでは胸が千切れてしまいそうです。
「もう一度猫になりたいくらいだわ。」
その時、侍女がもう一つの封筒を持ってきました。
「ローランド様から。お急ぎで。」
肩を大きく揺らす彼女にお礼を言って封筒を開けるとミーツェは眩暈がしました。
「……そう。そうなの……。」
よろよろと奥の部屋に引きこもるミーツェを侍女は不振がりましたが「大丈夫。」と言ってミーツェはぴったりとドアを閉めてしまいました。
そのまま小さな机にやっとの思いで腰かけるとミーツェは手で顔を覆いました。
ミーツェの涙で湿って行く封筒の中には近々ギルとどこかの姫が婚約を発表すると書かれていました。