ミミとお姫様
「あの時のアルギル様ったらレイラ様を縄で縛ったりして……。」
「ほんと、アルギルったら酷かったわ。」
「……すいません。」
眩しそうに笑うミミと名乗る娘は優雅にカップをソーサーに戻しました。その隣ではニコニコと王妃が微笑んでいます。
王様の計らいでギルはミミと名乗る娘と王妃と三人でテラスでお茶を飲んでいます。話せば話すほどギルはその娘がミミであると思うしかありませんでした。それほどその娘は自分たちの旅に詳しく、おまけにギルが白猫に与えたリボンと指輪を持っていたのです。
「……ミ……君の本当の名前は何というの?」
レイラ王妃も認めたくらいの娘です。それでもギルはその娘を「ミミ」と呼ぶのは躊躇われました。そんなギルを気にすることもなく娘は話を続けました。
「私の本当の名はロゼフォ―トです。メルロイ=フルーセ=ロゼフォ―ト。フルハップより東の山間の国メルロイの王女になります。どうぞ、ロゼとお呼びください。キジロへは結婚式に出席するために行っていましたの。でもオリビエに猫にされてしまって……。猫嫌いのキジロで猫にされてあのままアルギル様に助けて頂けなかったらどうなっていたかしら。考えただけでも恐ろしいわ。」
「魔女に飛びかかった君は勇敢だったよ。」
「そんな、照れます。」
ロゼと話をしてもギルはなぜか気持ちが沈みました。目の前には水色の瞳の娘。その娘は自分が追い求めていた娘だったというのにちっとも嬉しくありませんでした。
「ロゼ。母上。ちょっと船旅で疲れてしまったみたいなんだ。部屋に戻ってもいいだろうか。」
「え……、ええ。もちろんよ。私はレイラ様とお話ししています。」
「ごめんなさいね、ロゼ。貴方に逢いたくて随分無理して帰って来たみたいだしね。」
そう言ってロゼを肘でつつく母親を見て何だか一層ギルはつかれた気持ちになりました。ずっと旅を共にしてきた白猫に悪いと思いながらギルはテラスから退出して行きました。
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「はあ。」
ギルはあんなに焦がれていたミミと会えたというのにこんなに浮かない気分になるとは思いませんでした。思い出すのはあの茶色の髪の娘。人を引き付けてやまない意思の強い眼差し。
「あの娘じゃなかったんだな……。」
ロゼから返してもらったリボンと指輪はギルの手の中にあります。ロゼは改めて人間に似合うような宝石を贈りたいと言うといとも簡単にそれを返してくれました。じっと見つめてからギルはそれを引き出しの中にしまい込みました。
「ミミなら大事に持っててくれるかと思ったのにな。」
ロゼとは少し価値観が違う様に思えるギルでしたが今更ロゼを遠ざける理由もありません。
「なんだか……面倒に思えて来たな。」
そうつぶやくとギルは瞼を閉じて眠りに落ちるのでした。
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「さて、アルギル様の猫はお気に召したかな。」
ミーツェのいない部屋のベッドの上でセルスロイは書類をめくっていました。窓際には二匹の鳩がとまっています。セルスロイは鳩にパンを与えると小さな手紙を鳩の足に忍ばせました。
「さあ、良い子だ。」
準備が整うと鳩は空に向かってバサバサと一心に飛んでいきました。
しばらくすると部屋のドアを叩く音が聞こえます。この音はセルスロイを幸福にする音です。
「どうぞ。」
彼がそう言うと思った通りの人物が部屋に入ってきました。でも、随分気落ちしているようでした。
「どうしたんだい?」
「……セルーお兄様……。」
小さな震える手を取ると指は傷だらけでした。
「その箱を取ってミミ。私が手当てをしてあげよう。」
「……。少しだけ……ここで泣いてもいい?少しだけ。そうしたら、私、キジロの為に頑張れるから。」
セルスロイは自分の手に感じる涙も愛しくて仕方ありませんでした。ミーツェはセルスロイの手に縋るように頬を寄せていました。
「ミミ。気が済むまで泣くといい。私はいつもお前の傍にいる。」
そう言ってセルスロイはミーツェの美しい金色の髪を撫ぜ続けました。