涙と決意
港に着いたミーツェを待っていたのは照りつけるお日様でした。
「どうして……?帰るのは夕刻ではなかったの?」
デイの船は見当たらず、辺りは静まり返っていました。港に居た何人に聞いてもデイの船は急いで出航したと言われました。なす術もなくミーツェはその場で膝を折って座り込みました。
「ギル……。」
ギルの書いたメッセージカードはミーツェの涙でところどころがシミになってしまいました。
「……ふぅっ……。」
地平線を見つめながら涙を流すミーツェを見てひとりの老人が近づいてきました。
「お前さんも大切な人を亡くしたのかね?」
ミーツェが顔を上げると老人も地平線を見つめたまま言いました。
「わしのまご娘はお城に務めていたんだが……言いがかりをつけられて魔女に殺されてしまった。王様があんな魔女に入れあげたりしなければ……この国もまご娘もこんな目に遭わなかったのに。わしはこの国ほど幸せな国は無いと思っていたさ。少しばかりネズミに困らされようがね。」
「……お孫さんが……。」
老人はくしゃくしゃの顔をしてミーツェに微笑みました。
「あんたほどの別嬪じゃないけど、かわいいまご娘じゃったよ。」
ミーツェが笑うと老人はミーツェの頭を撫でてくれました。
「ごめんなさい。私は此処で泣いていてはいけなかった。」
スッと立ち上がったミーツェは凛としていました。老人やそこに居た人々までもがハッとするくらいに。
「きっと、キジロ国は元に戻ります。」
「そうじゃな……魔女も倒されたのだから……。」
悲しそうな老人にそれ以上かける言葉は見つかりませんでした。自分たちがしっかりしていなかったばっかりに罪のない人の命が失われていたのです。ミーツェは港に背を向けて城へと歩き出しました。
「自分の事ばかり考えていたわ……。キジロが大変な時なのに。それに、ギルは死んでしまったわけじゃない。きっと、会える時が来るわ。きっと……。」
握り込めたメッセージカードはミーツェの手の中でクシャクシャになっていました。
*****
数日経って逸る気持ちでテルゼに戻ったギルは城に着くと真っ直ぐに母親レイラの元へと急ぎました。
「母上!」
レイラ王妃はきょうも仲睦まじく王様と座っていました。ギルが広間に着くと王妃の顔は輝きました。
「アルギル!戻ったのね!顔を見せて頂戴!」
レイラはギルに駆け寄ると両手でギルの顔を挟みました。
「ああ、瞳が戻ったのね……よかった……。よかった……。」
「ご心配おかけしました。……それで……。」
レイラ王妃は一通り息子の体の無事を確認するとギルの顔を見て噴出しました。隣に来た王様も苦笑します。
「貴方が飛んで帰ってきたのは、ミミの事かしら?私たちがどんなに心配していたか知らないのね。」
「母上はミミが人間だって知ってたんですね?」
「だって、あなた、ミミに毎朝キスしたりしてたじゃない。一緒に行くなら恥ずかしいから言わないでってミミに言われたのよ。それに、言ったら気まずかったでしょ?」
「……。」
ギルの脳裏に自分でも赤面な猫へのスキンシップが浮かびました。確かに知ってしまったら同じように接するのは無理だったことでしょう。
「ミミはあなたのことが好きで……どこかの王女様だって聞いていたの。名前を聞いておかなかったのは失敗だったけれど、人間に戻って会いに来てくれたから問題ないわよね。」
「え?」
「実はもう来てくれているのよ?」
王妃は嬉しそうにそう言うと王様と頷きあってから呼び鈴を鳴らしました。
******
「お久しぶりですアルギル様。いえ、初めましてでいいのかしら?」
扉の向こうから現れたのは美しい黒髪の娘でした。透き通るような白い肌に美しい水色の瞳を持っていました。
「き、君が……ミミ?」
「はい。」
クスリと微笑んだ娘はギルに近づいて優雅にお辞儀をします。
ギルは驚きのあまり娘を見つめ続けていました。