キジロの国王
「お父様……。」
王のあまりの様子にミーツェは息をするのも苦しくなりました。ベッドの上で体を起こしていたキジロの国王テラジオの頬はこけ、目はくぼみ、くまが出来ていました。以前の雄々しい姿は少しも感じられません。ミーツェの呼びかけに王様は怪訝そうに眼を開けました。
「なんだ、お前らは。」
王様はそう口にしました。
「国王様、私がお分かりになりませんか?」
「衛兵はどうした!どうして不審者を寝室になど!」
「お父様!」
虚ろな目をしながら王様は喚き散らします。ミーツェは近づいて王様を見ましたが、王様の目にはミーツェは映っていないようでした。
「オリビエを呼べ!王妃はどうしたんだ!私のオリビエ!」
ミーツェはその様子に悲しくなりました。ミーツェやローランドが分からないばかりかオリビエの名ばかり呼んでいるなんて。
「ローランド、薬を。」
震える声でミーツェはローランドに言いました。ローランドは急いでポケットから瓶を出すと蓋を開けました。
「何をする!」
押さえつけようとした衛兵とローランドを王様は振り払います。弱っていたとしても元々は武道を嗜んできた王様です。簡単に薬を口に含めさせてはくれませんでした。
「大臣達はまだか!」
ローランドは威嚇する王様に向かいながら焦る気持ちで言いました。
「来ないわよ。」
聞いたことのあるその声が背後から聞こえてローランドとミーツェの体に悪寒が走りました。
「あらあら。どうやって呪いを解いたのかしら?……殺しておけばよかったわね。」
「オリビエ!」
嬉しそうに響く王様の声で振り向くとそこにはもっとも憎むべき顔が妖艶に微笑んで有りました。
*****
「……お兄様たちはどうしたの?」
「それを聞いたところであんたはどうするつもり?何の苦労も知らないお姫様。」
「貴方の身の上に起きたことは残念だったわ。でも、こんなの、間違ってます!」
「!知った口を!お前から殺してやる!」
襲いかかるオリビエを見てミーツェをローランドが横に突き飛ばしました。
「くそ!忌々しい。またネズミに変えてやろうか!」
「出来るわけないわ。もうローランドにも私にも弱みはないもの!」
膝を付いた姿勢でミーツェはオリビエに言いました。それを聞くとオリビエは一層美しい顔を歪めました。
「だったら、殺してやる。」
「テラジオ!その娘が私に酷いことするのよ!捕まえて!」
オリビエが言うとミーツェは後ろから押さえつけられました。
「お父様!止めて!」
相変わらず虚ろな目をした王様はミーツェを容赦なく押さえつけます。
「私の一言でテラジオは王女の首も絞めるだろうね?ローランド、大人しく瓶の中身を床に捨てるんだ。」
ミーツェを人質に取られてはローランドにもなす術が有りません。悔しそうにローランドは瓶の中身を床に落としました。
「ふふ。いい光景ねぇ?」
嬉しそうに言うオリビエは落ちた瓶を踏みつけると粉々に砕きました。
「……いい光景?本気で言っているんですか?」
「テラジオ。そのまま娘の首を絞めて。」
ミーツェの抗議の声すら楽しそうにオリビエは王様に指示します。ミーツェの細い首に大きな手が掛かってきました。
「親が子供に手をかける光景がいいなんて、あなたも落ちぶれたものだわ。」
「……なにを……。」
「愛する人を失う悲しみを誰よりも知っているのはあなたではなくて?オリビエ=マートン!」
ミーツェが口にしたその名前にオリビエが表情を無くしました。
「……よくそんなことが調べられたわね。忌々しい。」
「雪の魔女が教えてくれたのよ。彼女はあなたを救いたいって!」
「ははっ!あの愚かな女が?あの女が王の嘘を鵜呑みにして守りの魔法を解かなければ私の家族は死ななかったというのに!?」
「……え……。」
「何が雪の魔女だ!何が救いたいだ!あの女は人殺しだ!……テラジオ!殺して!」
いよいよ王様の手に力が込められたとき、乱暴にドアを蹴破る音が聞こえました。