魔女と結婚式
ミーツェは排水溝に身を隠しながら懸命に走って教会へと急ぎました。衛兵にでも見つかればすぐにつまみ出されてしまいます。
『祭壇が見えてきたわ。良かった!間に合った!』
ミーツェは祭壇の裏に隠れて王が出てくるのを待つことにしました。司祭の足がちらちらと布の間から見えます。一際大きな歓声が聞こえてくるとミーツェは少しだけ布を鼻で上げて外を窺いました。豪華な宝石を沢山身に着けたオリビエが満面の笑顔で王様に腕を引かれていました。
『あんなに宝石を付ける必要があるのかしら。』
ミーツェは不満を漏らします。確かにギラギラと宝石がうるさいくらい付いています。二人がこちらに向って来るとミーツェは身構えました。
『一か八かだわ。お父様はかわいそうだけど。』
もう何の策も無いミーツェは国民の目の前で魔女の正体を暴くしかないと思いました。
二人が祭壇から振り返り民に挨拶をしようとしたときミーツェは祭壇の裏から飛び出して思いっきりオリビエの顔を引っかきました。
「キャアアアアアアア!」
『やったわ!』
オリビエの悲鳴が教会に轟きました。
「猫だ!わしの大嫌いな猫がいるぞ!衛兵!何をしている!捕まえろ!」
ところが王様はミーツェのことを猫だとしか思っていません。その声でオリビエは怒りの形相から一転して弱弱しく泣き叫びました。
「ああ、王様、私は昨晩悪いお告げを夢見したのです。呪われた白い猫が現れてこの国から追放された猫の復讐に王様の大事な姫の魂を攫って行くと!」
しくしくと泣きながらいうオリビエの指の間からミーツェにははっきりとオリビエの笑い顔が覗き見出来ました。
『な、なにを言い出すのよ!嘘つき!』
ミーツェがいくら叫んでもニャーニャーとしか聞こえません。
「なんと!まさか!姫が?」
王様のその声で教会の最前列からバタンと人が倒れる音が聞こえました。それはオリビエが用意したミーツェの替え玉で人間のように見えても座っているだけのお人形です。
「なんて事だ!わたしのかわいいミーツェが!!その猫を捕まえろ!」
すっかりオリビエの言う事を信じてしまった王様はミーツェを捕まえようと奔走します。
「王様、呪いを解くためにはその猫の目玉をくりぬいて姫に飲ませるのです!」
オリビエは続けて残酷な事を言いました。かわいそうなミーツェ、つかまりでもしたら目玉をくりぬかれてしまいます。
『お父様!私よ!私がミーツェなのよ!お願い!魔女の言う事なんて聞かないで!』
逃げながらもミーツェは王様に訴えましたが猫の鳴き声がますます王様の怒りに火を注いでしまいます。
「この猫め!ミーツェの魂を返せ!」
どんなにミーツェが願っても心の声は届きません。
とうとう教会の外の生垣の前で衛兵の一人に捕まりかけた時、祝杯用に準備された花火が打ちあがりました。
ドドン
一瞬みんなの目がそちらに向いた時、ミーツェはふわりと体を抱き上げられました。そのまま、ミーツェの目の前は一瞬にして暗闇に包まれました。そこは暖かく、とくんとくんと心地の良い音がしていました。
「しずかにしていてくれよ。」
その声には聞き覚えが有りました。そう、今朝会った親切な少年です。
しばらくすると、わあわあと騒がしい声が聞こえなくなりました。
「お前みたいに勇敢な猫を見たことないよ。」
少年の声が聞こえました。どうやら少年はミーツェがしたことを褒めてくれているようです。
ゆらゆらと一定のリズムでミーツェの体は揺れています。どうしてこんなに安心できるのかは不思議でしたが、混乱し疲れきってしまったミーツェはそのまどろみに体を預けました。