ミーツェと白い猫
その頃フルハップではセルスロイが報告書を読んでいました。
先日キジロを訪問し、彼の愛する宝石が臥せっているのを見舞ってきたところです。魔女は増々キジロ王の心を捕らえ、国はオリビエの思い通りに動いて衰退していました。オリビエは毎日のように夜中まで騒ぎ、豪華な衣装を作らせ、高価な宝石を取り寄せていました。ミーツェ姫の部屋は塔の上に閉じ込められるように移動しており、セルスロイの手のものに内密に手引きさせなければ会えないようになっていました。セルスロイは人形の様に横たわるミーツェの頬に、その愛らしい唇に自分の指を這わせてました。息はしてはいますがあの、彼の愛した利発な王女はそこにはいませんでした。
「ミーツェをいっそのこと攫ってしまおうか……。」
セルスロイがミーツェに会っているのがばれればオリビエはミーツェをどうにかしてしまうに違いません。後ろ髪を引かれながらもセルスロイはフルハップに帰ってきたのです。
「ああ。私のミミ。」
ようやくセルスロイが継承者としての教育を受け始めた頃、王妃の妊娠が発表されました。セルスロイは自分がお払い箱になったと周りからも冷たくあしらわれ、家族からも王宮からの援助が無くなると酷く落胆されました。多くの試験や辛い授業を耐え、望まれて王の養子となったというのに。初め、彼は生まれてくる子を誰よりも疎ましく思いました。しかし、生まれてきた子は女の子で、彼女はセルスロイに王宮での光となって彼を支えました。王宮に引き取られて孤独だったセルスロイに生きる希望をを与え、彼女が慕ってくれたからこそ周りのものにも認められたようなものです。
「必ず、お前を取り戻してみせる。」
ずっとそばに居たいと思いながらフルハップへ来て聖職者の道を選んだのはあのままキジロの後継者となればミーツェは他国に嫁入りしてしまうと考えたからです。小さなキジロでは周りの国との友好関係が重要です。たとえ愛娘でも……いえ、愛娘だからこそ有望な外国の男に娶らせたいとキジロ王も考えていました。だからセルスロイは国を出ました。フルハップで名誉ある地位を築けば後継者となったミーツェの夫として胸をはってキジロの王になれるからです。
ふと、セルスロイが報告書の一部に目を留めました。
「テルゼの王妃が目覚めたと……。」
そこには数年間人形の様になっていたテルゼの王妃が数日前に目覚めたとありました。
「ミーツェの状態と似ている。」
そう言うと彼はテルゼに面会の申し込みするために手紙を書き始めました。
*****
「セルスロイ様は先日キジロから戻ったばかりだそうです。キジロは今や破たん寸前で。」
ラルフの報告をギルは静かに聞いていました。
「果たして、会ってもらえるかな。」
「書状を送りましょう。」
「いや、直接尋ねよう。時間も惜しい。」
ギルたちはセルスロイと聖剣のあるフルパップの中心にある聖堂へと向かいました。大切なミミは外へ出られない様、ねこ好きデイに頼んであります。
ギルたちがセルスロイへの面会を打診するとすぐに会うとの返事がきました。セルスロイのほうもギルに聞きたいことが有るので願ってもない訪問だったようです。ミミのことで不信感を抱かれているのではないかと思っていたギルたちには拍子抜けの対応でした。
「……聖剣……ですか。」
「ああ。オリビエを倒すためにお借りしたい。」
「なるほど。確かにここにある聖剣は邪心を払う力があるというもの。オリビエを倒せる可能性は大きいかもしれませんね。」
「あなたもキジロとは繋がりが深いはずだ。」
「はい。喜んで教会と交渉しましょう。……ところで、テルゼの王妃が目覚めたそうで。」
「ああ。長らくの憂いも去って国も安泰するだろう。」
「当時の様子を詳しくお聞かせ願えないですか?少し、興味があるもので。」
セルスロイが自分の大切な猫のことに触れないことを良いことに、後ろめたさもあってギルは王妃の目覚めの経路を詳しくセルスロイに話しました。もちろんミミの事には触れず、言い終えた時にはこれで帰れるとホッとしたものだったのですが……
「すると、王妃様は初め、ゴブリンに姿を変えられていたのですね。」
「ああ。」
「次は、猫に……。」
「それは、雪の魔女に変えてもらえたらしい。」
考え込んだセルスロイはぽつりとつぶやきました。
「嫌われる姿に……と、言うわけですね。」
「え……?」
「オリビエの結婚式で魔女を引っ掻いたというキジロのお尋ね者の白いあなたの猫は今どこに?」
セルスロイはギルをまっすぐに見てそう、言いました。
その瞳はすべてを知っているとギルに物語っていました。