魔女と王様
シンと静まり返った王妃の部屋で、王妃の話しが続けられます。王妃は伏し目がちに話しました。
「東の国でオリビエは宮廷魔法使いとして働いていたんですって。とっても重宝がられていたって言ってたわ。彼女はお医者様の旦那様と最愛の息子と三人で幸せに暮らしていた。……東の国の王様が彼女を気に入って彼女に離縁と後宮入りを強制するまではね。当然彼女は断った。でも……断った彼女を待っていたのは焼け野原になった自宅と帰らぬ人となった家族だった。地面を爪をはがれるまでかきながら泣き叫ぶ声は森中に響いたというわ。」
「……だから。」
「そう。だからオリビエは東の国を滅ぼした。対外的には悪女に滅ぼされたと伝えられているけれど、それは辛うじて残った国の民の噂話に過ぎない。オリビエは蛇の邪神の化身に魂を授け、欲と恨みの塊になった。そこまでして復讐は果たしたけど……その恨みと欲はオリビエの体という服を着たまま独り歩きするようになってしまった。」
「どうして雪の魔女がそれを?」
「彼女はオリビエのたった一人の弟子だったそうよ。」
「……。」
『蛇の邪神に魂を売ったところからしかローランドの報告もなかったわ。』
ミーツェはオリビエのことが少し気の毒になりました。もちろん、だからと言ってなんの罪のない人を苦しめていいことにはなりません。
「雪の魔女はアルギルならオリビエを助けてやれると言ったわ。」
「俺が?」
「貴方はオリビエが溺愛していた息子に似ているそうよ。特にその瞳の色が。オリビエはわざわざ貴方の瞳を奪って指輪にして持ち歩いている。彼女に残っている愛情が無意識にさせたんじゃないかって雪の魔女は思ってるのよ。」
「だからって助けるってどうするんだよ。」
「暴走したオリビエはもう昔のオリビエじゃないわ。……助けるって意味は……。」
「……わかった。オリビエがあの時俺に止めを刺さずに左目だけを奪っていった訳がなんとなく理解できたよ。俺は自分の目も返してもらわないといけない。……もうすこし雪の魔女に話が聞きたいな。カナルトに行けば会える?」
「そうね……。」
そこで王妃はミーツェを意味深に見つめました。
「ミミを連れて行けばきっと会えるわよ。それに……実はミミはね……。」
ふぎゃ~~~~~っ
王妃の話しを黙って聞いていたミーツェは叫びました。
『駄目、駄目、だめぇ!ホントは人間だってばらしたら私、恥ずかしくってギルと一緒に居られないもの!』
急にミーツェが騒ぎ出したのでギルも慌てます。
「どうしたんだ!?ミミ?」
すると真っ直ぐミーツェを見ていた王妃はこう言いました。
「そうねぇ。(今は)言わない方が良いかしら。アルギルはミミちゃんが好きなのよねぇ~。」
「母上?」
「貴方に来ている縁談話をすべて保留にするわ。是非とも未来のお嫁さんの為に頑張ってオリビエを倒してちょうだい!」
「何の話だよ?それとこれとは……まあ、結婚が遠のくならそれでいいけど。」
ギルは不思議そうな顔で母親を見ていました。王様は王妃に寄り添って対して口も挟まず黙って聞いていましたが、
「お前の名誉とテルゼの誇りの為にオリビエを倒してくるがいい。但し、お前の命より大切なものはない。それを忘れてくれるな。」
そう言ってギルの手を握りました。
「父上……。」
そうしてギルは再びカナルトの森へとミーツェを連れて行くことになりました。
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「ミミ。あんたのおかげで助かったよ。ありがとう。」
王妃はミーツェと二人きりになるとおどけた口調でそう言いました。
『私はなにも……。でもシマさんが人間に戻れて良かったわ。』
ミーツェは嬉しそうに王妃を見上げました。
「大丈夫。ミミはどこかの王女様でしょ?人間に戻ったら必ず私がアルギルと結婚させてあげるからね。ああ、でもあなたのこともっと聞いておけば良かったのに……。それだけは悔やまれるわ。人間に戻ったら言葉が通じないんだもの。」
『……。』
「今、ミミが人間だってばらしたらあの子のことだもの恥ずかしがってあなたを傍に置かなくなるわ。後で盛大にばらしたらどんなに慌てるかしら!楽しみ!」
『……。』
王妃はいたずらを仕掛ける子供の様にわくわくとした目でミーツェを見ています。
「ミミちゃん。あの子のこと頼んだわよ。」
その言葉と同時に額に王妃の口付けが落ちてきました。真っ赤になったミーツェは頷くのが精一杯でした。