王妃の目覚め
すぐさま衛兵を招き入れた王はギルとデイに抱えられながら王妃の部屋へと急ぎました。王妃のベットの周りには医師と侍女たちが群がっています。その集団は王が部屋に入ってくるのを見るとすぐにベットから退き、膝をついてその光景を固唾をのんで見守っていました。
「イーサン。……ただいま。」
王が近づくと王の方に手を伸ばして王妃がそう、言いました。
「レイラ……。」
王妃に手を優しくつかむとガバリと抱きしめる王の背中に王妃は腕を回して答えました。
「ああ、お帰り。レイラ……。」
王妃は少し震え、耳元でささやきました。
「言葉遣いも作法もなっていないテルゼの王妃にはふさわしくない私だけど……イーサンの傍に居ていいかしら。」
王は苦笑します。今まで自分は王妃の何を見てきたのかと。
「……レイラ。君が努力してくれてることは十分わかっていたよ。でも私は言葉遣いや作法より、オモチャの剣を握って駆け回るレイラが好きなんだよ。」
「……ど、どうして知ってるの!?」
「君の子供の頃のこと?……後でゆっくり話すよ。私は君を守るつもりで君をずっと傷つけていたようだ。」
「……。」
「君の全てが愛しいんだよ、レイラ。」
そういうと今度は王が声を潜めて言いました。
「みんなが見ているから小さな声で言うけど、君こそこんなひ弱で病弱な私を愛してくれるかい?」
その言葉に王妃はにっこり微笑んで。
「もちろん。」
と言いました。
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誰がどう見てもその後の甘いムードに家臣たちは一人、また一人とこそこそと王妃の部屋から出て行きました。
「ああ当てられちゃあ、しょうがない。」
デイもそう言ってギルと顔を見合わせて部屋を後にしていました。
「父上ってあんな性格だったかな……。」
ギルは不思議なものを見たような顔で言いました。以前のギルの父親は母親に対して口数も少なく、優しく接しているけれど威厳を保っていました。でも、先ほど見た父親の姿は一人の女の愛の乞うただの男です。
「ホントに好きな女ってのは違うのさ。面目も、地位だって関係ない。ただ、がむしゃらに欲しくなるからな。」
「俺は理解できませんね。」
「お前だってそう思える相手に出会えたらそうなるさ。」
「ふん。」
ギルは納得できない顔でミーツェを抱き上げました。
「俺は当分ミミだけで良いですよ。」
「……まあ、お前に色事はまだ早いか。……でも、確かにかわいいよな……やっぱり、その猫俺にくれないか?」
「駄目。」
その会話を聞きながらミーツェはもう少しだけこうしていたいと感じていました。
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「さて、色々聞いておきたいのですが、母上。」
辺りが暗くなるまで待っていましたが一向に王妃の部屋から出てこない王に業を煮やしたギルが部屋のドアを叩きました。
「父上、元気があるなら政務に戻ってください。」
「お前がいるからいいだろう?レイラがやっと戻ってきたんだ。今日くらい一緒に居させてくれ。」
「……。そこに居るのは本当に父上なんでしょうね?」
だらしなく顔を綻ばせながら王は王妃の腰を抱きながら長椅子に座っています。
「今日からはレイラを臆面なく愛する男に生まれ変わったのだよ。今までなにが楽しくて素っ気ないふりをしていたのか過去の自分に説教したいくらいだ。」
「……。はあ。」
力説する王にギルも呆れ顔です。デイも今度は王妃主催の晩餐に誘ってくれとさっさとハモイに帰って行きました。
「アルギル。ミミは連れて来てくれた?私、あの子が居なかったらここに戻ってこれなかったわ。」
「おお。アルギルの白い猫か。私もあの猫にレイラを口説く勇気をもらったぞ。」
にゃあん。
ギルに連れられてきたミーツェは二人の笑顔に答えました。
『シマさん……いや、レイラ王妃。本当に良かった。』
「これまでの話しをするわ。私はオリビエの魔法でゴブリンに変えられ、城を追われたの。カナルトの森で雪の魔女にシマ猫の姿に変えてもらったのよ。」
「ええ!?」
「あの時はアルギルに酷い目に合わされたわ。」
ギルが驚きの声を上げたのを見て王妃はいたずらっ子のような顏をしました。
「そうなのか!?レイラ!」
「イーサン、あなただってゴブリンだった私を城から追い出したでしょ。話の腰を折らないで取り敢えずは聞いてちょうだい。私も記憶を消されていたの。だから、アルギルの目を襲った。あの時はごめんね、アルギル。お前の左目はオリビエの指輪の宝石になってる。私はそれに気づいていたの。」
「オリビエ剣を向けた時に……失ったのかと。」
「私は雪の魔女に聞いていたの。オリビエが王という存在自体に恨みがあるとね。破滅の道を辿った東の国であった出来事が発端なのよ。彼女は世界を恨んでる。大切なものすべてを失って。」