緑の瞳の少年
目を覚ましたミーツェが目にしたのはふかふかのシーツでした。
シーツから出ようとしたミーツェは大きな腕にシーツの中へと引き戻されました。どうやら丸いベットに寝かされていたようです。
「起きたのか?怪我をしているんだ、もう少し寝てろ。」
甘い声がしてミーツェは混乱してしまいました。顔を上げるとミーツェよりも少し年上のような黒髪の少年がミーツェの顔を覗き込んできます。そして、そのまま、ミーツェの鼻の頭にちゅっとキスをしました。
『〇×△%$#……。』
あまり突然のことにミーツェは声がでません。王様や王宮に守られて育った温室育ちのミーツェには刺激が強すぎます。
『い、いきなり何をするの!?』
やっとの事で抗議しますが少年は不思議そうに首を傾げてミーツェを見ると
「そうか。腹が減ったんだな。」
そう言って銀色のお皿にミルクを注いでくれました。そこで、ミーツェはミルクの水面に映る一匹の子猫を見つけます。水色の瞳をした白い子猫です。部屋の窓に映る姿でも確認しましたが間違いなく丸い編み籠の上に寝かされた子猫です。
『なっ!なんてこと!』
驚いたミーツェはお皿をひっくり返してしまいました。それもそのはず、よりにもよって王様の大嫌いな猫の姿になってるのですから。よくよく考えれば目覚めてからずっと違和感があったのです。先ほどから少年がやたら大きく感じたのも、狭い掃除係のこの部屋がやたら広く感じたのもそのせいだと納得できました。
『わ、わたし、オリビエに猫にされちゃったんだわ。』
ローランドはミーツェの目の前でねずみにされていました。そのことを思い出すと胸が痛みます。
『ああ。あの女の考えそうな事だわ。かわいそうなローランド。お爺さんねずみにされちゃった…。』
ローランドは60歳。まだまだ元気ですが、姫からするとおじいさんですからね。せめてもの救いはこの国が「ねずみ天国」である事くらいです。
『きっと生き延びててね、ローランド。私がなんとかしなくっちゃ。』
そう意気込むミーツェも怪我を負った子猫です。自分の掌を良く見るとピンクの肉球がふかふかしています。ミーツェは絵でしか猫を知りませんがこうして見るとなかなか可愛いものだと思いました。
「新しく入れてやったから今度は落ち着いて飲みな。」
優しい少年の声でミーツェは顔を上げます。猫を匿うなんてこの国ではありえないことです。見つかれば追放されるでしょう。傷を負った動物を助けてくれるなんてなんて優しい人なんだろうとミーツェは思いました。よく見ると少年の緑色の左目は先ほどから動きません。
『義眼なのね。親切にしてくれてありがとう。ちゃんと覚えておくわ。人間に戻ったら褒美を取らせるからね。でも、こんな綺麗な顔の掃除係がお城に居たのね。』
片目は義眼のようですが美しい少年です。お城の侍女たちの噂の的になっていてもおかしくありません。
『新しく入った人かしら……まあ、いいわ。私はお父様の結婚式を止めに行かないと。』
まだ日はそう高くありません。正午から始まる結婚式には間に合うかもしれません。
ミーツェのわき腹が酷く痛みました。もしかしたら骨が折れているのかもしれません。でも、事は一刻も急ぐのです。なんとか王様の結婚式を止めないと。
「あ、こら!外に出たら見つかるぞ!」
少年の制止も聞かずにミーツェは走り出しました。
『お父様、待ってて!』
そのころ教会では正午から開かれる王の結婚式に出ようと大勢の人々が集まっていました。