表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪鬼異世界へ行く ~悪逆非道の限りを尽くしたロリババア 改心の異世界巡礼を経て聖女様となる~  作者: 秋水 終那


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

第五話:鬼の酒盛、灰の朝


 魔軍と呼ばれた羽虫どもを焼き払ってから、この街の空気は決定的に壊れた。


 かつてのレアルタが抱いていたであろう、つつましい信仰や明日への希望といった軟弱なものは、わしが放った紅蓮の炎に焼かれて霧散したのじゃ。後に残ったのは、暴力という名の神への、底なしの執着だけであった。


 大社の周囲には、昼夜を問わず人間どもが群がっておる。


 彼らはもはや、己の生活を顧みることもない。わしが居る高殿を見上げ、ただひたすらに、喉が潰れるまで讃歌を歌い続けておる。その目は一様に虚ろで、瞳の奥にはわしが撒き散らした破壊の光景が、焼き付いたまま離れぬのじゃろう。


 わしは高殿の奥で、差し出された新たな供物を眺めておった。

 

「審判者様。これこそが、我ら教会の最深部に秘匿されていた、原初の霊酒にございます」


 司教の声は、もはや震えてはいなかった。そこにあるのは、完全に理性を捨て去った者の、静かな狂気じゃ。彼はわしの足元に跪き、血の通わぬような白い手で、黒ずんだ陶器の瓶を差し出してきた。


 その隣には、エレンが静かに佇んでおる。彼女は自らの手首を切り、滴る鮮血を銀杯へと満たしておった。


「私の命を、あなたの渇きを癒す雫に。……ああ、幸せ。こうしてあなたの『神罰』の一部になれることが、何よりの救いです」


 わしは鼻を鳴らし、エレンが差し出した血混じりの酒を煽った。


 喉を通る感覚は、もはや酒の味ではない。狂気と執着、そして腐り落ちた信仰が混ざり合った、泥のような味がした。


 かつて大江山で啜った処女の血は、もっと清々しく、命の輝きに満ちておった。だが、この世界の人間が差し出すものは、どれもが死を希求する絶望の味がする。


「……司教。外の連中は、何を待っておるのだ。あの耳障りな歌を、いつまで歌い続けるつもりじゃ」


 わしが問うと、司教は恍惚とした表情で答えおった。


「彼らは、次の『奇跡』を待っているのです。あなた様が放つ、あの全てを焼き尽くす審判の光……。あれに焼かれ、灰となることこそが、この穢れた現世からの唯一の解脱であると、皆が理解したのです。審判者様、どうか……我ら全てに、慈悲深き死を」


 わしは思わず、腹の底からこみ上げる笑いを抑えきれなんだ。


「カカッ……! カッカッカッ! 傑作じゃ! 命乞いではなく、殺してくれと願いおるか! 京の都を騒がせた鬼の王に向かって、救済として首を撥ねろと言うとはな!」


 わしは立ち上がり、高殿の縁へと歩を進めた。


 眼下に見えるのは、数万の人間が密集し、わしに向かって両手を広げている光景じゃった。彼らはわしが姿を見せただけで、地鳴りのような歓声を上げた。それは歓喜の声ではない。屠殺場へ向かう家畜が、自ら刃を求めるような、悍ましい期待の叫びじゃった。


 わしは、己の内側に眠る鬼の根源を、最後の一滴まで絞り出すようにして練り上げる。

 もはや、この世界に留まる理由はどこにもない。酒は不味くなり、人間は壊れ、わしを愉しませるものは何も残っておらん。


「司教。エレン。お前たちが望むのは、これか?」


 わしの背後に、かつて大江山を震え上がらせた、巨大な鬼の幻影が立ち昇る。


 それは聖なる御使いなどではない。山を喰らい、雲を裂き、人を屠ることにのみ特化した、純然たる暴力の化身。


 それを見た司教たちは、涙を流しながら笑い、その場に伏した。


「ああ……主よ……!」


 わしは右手を高く掲げた。

 指先一つに、この街を、この大社を、そしてこの歪な信仰を根こそぎ消し去るだけの鬼火を凝縮させる。


「さらばじゃ、狂信者ども。お前たちが求めたのは神の救いではなく、わしという名の不条理であったな。……その望み、存分に叶えてやろう」


 わしが指を弾いた瞬間、視界の全てが白銀の光に包まれた。

 轟音すらなかった。ただ、圧倒的な熱と衝撃が、一瞬にしてレアルタという街を地図から抹消したのじゃ。

 讃歌を歌っていた人間も、わしに縋った司教も、悦びに震えていたエレンも。

 彼らは文字通り、苦痛を感じる暇もなく、灰となって風に散った。


 あとに残ったのは、ただの沈黙。

 そして、全てが焼き尽くされた広大な焦土の真ん中で、一人佇むわしの姿だけじゃった。


 ◇


 風が、灰を巻き上げて吹き抜けていく。

 わしは、手元に残った黒ずんだ陶器の瓶を、無造作に地面へ叩きつけた。


「……やはり、一人の晩酌は退屈よのう」


 わしは空を見上げた。

 この世界の空は、やはり白々しく、どこまでも透き通っておる。

 わしがどれほどの命を奪おうとも、どれほどの地獄を築こうとも、この世界はただそこに在り続ける。


 わしは、あてもなく歩き出した。

 この世界のどこかに、まだわしの酒を美味くしてくれるような、骨のある人間が残っておるのか。あるいは、わしを再び「鬼」として恐れ、必死に抗う者がおるのか。


 銀髪をなびかせ、紅い瞳を宿した童女は、灰の荒野を悠然と進んでいく。

 その背中には、かつての鬼の王としての誇りと、終わることのない永遠の退屈が、影のように寄り添っておった。


 救済なき世界に、鬼は独り。

 次の酒宴を求めて、わしの歩みは止まることを知らぬ。


読んで頂きありがとうございます!

この作品を「良かった!」「続きが気になる!」と思ってくださった読者様は

ブックマーク登録や下にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ