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悪鬼異世界へ行く ~悪逆非道の限りを尽くしたロリババア 改心の異世界巡礼を経て聖女様となる~  作者: 秋水 終那


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プロローグ:首落ちてなお、鬼は嗤う


 京の北、大江の山。


 ここは人の世の法も、帝の権威も届かぬ、血と酒の匂いが支配する魔境じゃ。

 夜の帳が下りれば、人は決してこの山に足を踏み入れぬ。理由は単純、ここには鬼が棲むゆえ。


 ……いや、正確に言えば、このわしがおるからじゃ。


 パチパチと爆ぜる焚き火の前で、わしは朱塗りの大杯を傾けておった。

 都の臆病者どもは、わしの名を呼ぶだけで震え上がるという。


 鬼の王。百鬼夜行の主。京を震わせる悪鬼。――酒呑童子。


 もっとも、目の前で平伏しておる配下の鬼どもを除けば、誰もわしの真の姿を信じぬだろう。


 銀の糸を紡いだような髪。夕闇に爛々と輝く紅い瞳。そして、十にも満たぬ人間の童女と見紛う、小さくも白き肢体。


 この矮小な器の中に、千年の歳月をかけて積み上げた悪辣な殺意と、山をも穿つ鬼気が渦巻いておるとは、誰も思いもしまい。


 わしは、京から奪ってきた極上の酒を喉に流し込む。


「……ぬるい」


 ぽつりと呟いたその一言で、周囲の喧騒が瞬時に凍りついた。


「も、申し訳ありませぬ、童子様!」

「すぐに、すぐに雪で冷やした別の樽を!」


 大の鬼たちが、わしの一言に怯え、地面に頭を擦りつける。

 カカッ、これじゃ。この絶望と恐怖に満ちた眼差しこそが、最高の酒の肴よ。


 わしが人を喰らうのは、腹が減ったからではない。


 人間という生き物は、実によく泣き、よく怒り、よく絶望する。その心の臓が恐怖に握りつぶされる瞬間、魂から溢れ出す極上の『苦悶』を味わうのが、わしにとっての至上の娯楽なのじゃ。


 人間どもが、わしに奪われると知りながらせっせと財を蓄え、美酒を醸し、女を育てる。それはまるで、わしという王に捧げられるために用意された供物のようではないか。


「童子様! 人間が、人間が門の外に!」


 見張りの鬼が駆け込んできた。

 わしは眉を上げ、口元を歪める。


「……人間? この山へ自ら飛び込んでくるとは、よっぽどの好事家(こうずか)か」


 だが、通されてきた者たちの歩みを見て、わしの目は細まった。


 旅の僧の格好をしておるが、その足運び、腰の据わり。あれは経を唱える者のそれではない。死線を幾度も潜り抜けた、武士もののふの足じゃ。


 僧の頭領らしき男が、恭しく頭を下げた。


「酒を献上に参りました。これは神より賜った秘酒――『神便鬼毒酒』にございます」

「ほう。鬼に神の酒を差し出すか。洒落が利いておるではないか」


 わしは男の瞳の奥に潜む、冷徹な殺意を確かに見た。罠か、毒か。

 よかろう。その『正義』とやら、丸ごと飲み干してやろうではないか。


 注がれた酒は、これまでに飲んだ何よりも濃く、深く、そして――妙に体に染みた。


 一杯、二杯。鬼たちが次々と倒れ伏し、宴が静まり返る。 おかしい。炎が揺れて見える。腕が重い。視界が滲む。

 わしはゆっくりと、眼前の男を見据えた。


「……貴様ら、名を名乗れ」


 その瞬間、男は僧衣を脱ぎ捨てた。下に隠されていたのは、鈍く光る大鎧。


「我が名は源頼光! 悪鬼・酒呑童子、天の命により貴様を討つ!」


 背後には四天王。渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武。

 英雄どもの抜刀が、月明かりを弾いて煌めく。


「……ははは! 面白い。神の毒を借りねばわしを討てぬか、人間!」


 頼光は刀を構え、峻烈な声で吠える。


「貴様は多くの民を殺し、京を荒らした。罪なき者の涙を、その命で贖え!」

「正義か。名誉か。反吐が出るわ。貴様らも守るという名目で殺しておるではないか。わしは楽しいから殺す。違いがあるとすれば、わしの方が己の欲望に正直だということだけじゃ!」


 体が動かん。指先一つ、わしの意に従わぬ。

 頼光の太刀が振り上げられる。黄金の輝きが、わしの視界を埋め尽くした。


「理を変えるために、我らは剣を振るう!」

「理だと? ならば死ぬがよい! 鬼は死んでも終わらん! 呪い、祟り、笑いながら戻ってくるぞ。……地獄でも、天でもな!」


 閃光。

 首が宙を舞う。己の胴体が遠ざかっていく。

 逆転する視界の中で、わしは最後に、腹の底から笑ってやった。

 ――ああ、この退屈な世界とも、これでおさらばか。


 ◇


 次に目を開けたとき、そこは果てのない白銀の空間であった。

 目の前に、まばゆい光を纏った女が立っておる。


「……死んだはずだが。ここが地獄か?  すると貴様が閻魔か?」

「いいえ。私は女神。あなたの魂は本来、その罪深さゆえに霧散し、永遠に形を失うはずでした」


 女神と名乗る女は、慈悲深いというよりは、あまりに無機質な瞳でわしを見つめた。


「ですが、あなたには別の可能性を提示します。異世界へ行き、そこで『巡礼』を行いなさい」

「巡礼? 仏門にでも入れと抜かすか。わしにそんな殊勝な真似ができると思うてか」

「あなたが目指すべきは、その地の民を導き、救済する『救世の乙女』……『聖女』になるのです。善行を積み、人々の信仰を集めなさい。さすれば、新たな生を約束しましょう」


 わしは絶句した。そして、その数秒後、白銀の空間が震えるほどに笑い転げた。


「ははははは! ! 殺戮の主が救済の乙女じゃと! カッカッ、これ以上の滑稽があろうか!」


 だが、わしは立ち上がった。

 消滅して無に帰すよりは、その『冗談』に乗るほうが遥かに楽しそうではないか。


「よかろう。やってやる。鬼が聖女を演じ、神をも欺く様を、その高いところから拝んでいるがいい」

「期待していますよ、酒呑童子」


 女神の手がわしを包み込む。意識が、次元の彼方へと吸い込まれていった。


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